――町を追い出された盗賊の一派が、復讐に帰ってきたらしいぜ
野次馬の中の誰が言ったのかはわからなかった。
現場を監視している人間がいるかもしれないから、努めて気にしない風を装う。
「時間を取られてしまったな、探索者ギルドに急ごう」
「はい、ご主人様」
……以前懸賞金を受け取った時、あの女騎士は確か「壊滅作戦を展開中なので一部が逃げ出した」と言った。
ベイルの町にどれくらいの盗賊がいるのかはわからないが、偶然の一致とは思えない、〝町を追い出された盗賊の一派〟とは、あのウーゴとかいう盗賊の一派だろう。
では復讐の相手とは?
「買取を頼む」
探索者ギルドのカウンターで申し出ると「こちらにお載せください」とトレーを差し出された。
ロクサーヌと一緒に、リュックサックの中身をトレーに載せていく、詰め込みすぎたな……手こずっていると、ロクサーヌが「私が」と言ってくれた、お言葉に甘えよう。
……騎士団に追い出されたのなら、騎士団? いや、さすがに騎士団に伍する盗賊団なら、そもそも追い出されたりしないだろう。
ソマーラの村を復讐の対象と見ているなら、ベイルの町に帰ってくるのはおかしい。
では……俺、なのだろうか?
「はい、では少々お待ちください」
職員がカウンターの奥に持っていこうとする、どこかよそで確認するらしい。
朝、アイテムを買った時はその場で対応していたはずだが。
……あ、ブランチの雪崩が起きた、さすがに積み込みすぎだったか。
「す、すみません」
……俺の情報が漏れるとすればどこからだろう。
俺が盗賊を撃退したことを知っているのは、奴隷商人アランと騎士団だ。
アランが盗賊を買ったのは商品とするためなのだから、盗賊達が仲間が
顧客を言いふらすような真似はしないと言ってはいたが。
……おっとそうだ。
「申し訳ない……アイテムボックスに入れていた分を忘れていた」
職員は諦めの溜息を吐いて、トレーをもう一つ持ってきて、床に落ちたブランチを拾っていく。
それに合わせて、アイテムボックスの中身を……そうだ、〈詠唱省略〉をつけていないのだった……いや幸運だった、考え事をしていたから、〈詠唱省略〉をつけていたら無言でアイテムボックスを開いてしまっただろう。
詠唱してアイテムボックスを開き、5×5の空間にあるブランチをトレーの上に置く。
……アランはどれくらい信用して良いのだろう。
アランは盗賊のバンダナを買った、盗賊の戦闘奴隷に使えるが、盗賊に売る伝手があったとしたら更に高額で転売できるのではないだろうか?
それに、ロクサーヌと探索したのは2日だけだが、42万ナール……いや60万ナールという値段にロクサーヌが見合うのかというと、見合わないように思う、安いという意味でだ。
今は一階層で、もちろんデュランダルで一撃というメリットはあるが、もっと上層にいけばもっと稼げるはずだ、そしてロクサーヌの索敵能力はそこでも発揮されるだろう。
高額商品を魅力的な値段で売った後、実力で取り戻す、ありそうな話ではないか?
「……では、少々お待ちください」
職員がブランチを拾い終わった。
もう1人の職員に手伝ってもらいながら、トレーを奥に運んでいく。
しまった、もう遅いかもしれないが、〈買取価格30%上昇〉も試してみるか、〈値引交渉30%値引〉は効かなかったが、一応な。
……そうだ、アランが知っていることはもう一つあるな、俺が盗賊や魔物を一撃で屠る武器を持っているという情報だ。
そうなると騎士団も怪しいか? 俺はデュランダルという、恐らくはとんでもないお宝を持っている。
直接ものを盗めば盗賊になる、騎士としてそれはできないだろうが、盗賊から盗品を買ったり奪ったりするのはできる気がする。
盗品の売買ができないなら、ソマーラの村長が盗賊の剥ぎ取り品を売るはずがないからだ。
「お待たせしました、こちらになります」
トレーの上には銀貨が……40枚以上あるぞ? これは〈買取価格30%上昇〉が効いているんじゃないか?
宿に戻ったらちゃんと計算しよう、ブランチの数は大体数えているからな。
ありがとう、と礼をしてカウンターを離れる。
「随分稼げた、ロクサーヌのお陰だ」
「いえ、その、滅相もないことです」
……落ち着いて考えよう、今MPが不足して悪い方に思考が落ちている。
不愉快な話だが、あの女騎士の眼中に俺が入っているとは思えない、さっきだって一瞥もしなかったからな。
さっき考えたことは、想定される最悪の可能性ではある。
だが、最悪から逆算して一方的に人の心に悪意を見出すのは、悲観論を通り越して陰謀論の領域だろう。
「そうだ、夕食に何か甘いものでも頼もうか、何が良い?」
「あ、ありがとうございます……あの、ご主人様」
徐々に混みだしてきた探索者ギルドを尻目に宿に帰ろうとすると、ロクサーヌに呼び止められた。
「……前も申し上げましたが、昔組んでもらっていたパーティーでは私は新参だったのです。
だから、意見など聞いてもらえませんでした。
戦闘のときも、遠巻きに見ているか後ろからこっそり攻撃しろと」
だからありがとうございます、とロクサーヌは頭を下げた。
なんと言葉を掛ければよいかわからず、なぜかロクサーヌの頭を撫でていた。
「……明日もよろしく頼む」
「はい!」
多分こういう表情のことを、輝く笑顔、と言うんだろうな。
ただ、それを見て心臓を鳴らす感情に名前をつけるには、俺はちょっと歳を取りすぎたのだと思う。
……もしかすると、その昔のパーティーメンバーは、ロクサーヌに良い格好を見せたかったんじゃなかろうか。
ベイル亭
「宿泊料は今日までだが、どうするね?」
宿に戻ると、旅亭の男に声を掛けられた。
……彼は本当に24時間働いているんだろうか。
「特に問題もないし、そうだな、5日分ほど延長しようと思うが……」
「は、はい! お食事もとても美味しいですし」
確認の意味でロクサーヌに視線を向けると、彼女は勢いよく頷いた。
「そうだろう、そうだろう。
……5日分か、探索は順調みたいだな」
「まあ、ぼちぼちな。
……ところで、さっき西門の方で殺人事件が起きたんだが」
「ふむ? そういやさっき、屯所の方が騒がしかったな」
町を追い出された盗賊の一派が復讐に帰ってきたらしい、と説明する。
「騎士団は壊滅作戦を展開中らしいが……」
「騎士団はいつでも壊滅作戦を展開中さ。
盗賊達が酔っ払ってすっ転んで死んだ時、そこには騎士団の深謀遠慮の策があるのさ」
旅亭の男は鼻で笑った。
「ま、そんな騎士団だって、
スラムの辺りは多少ごたつくだろうが、この辺りは安全だ」
そんなものか。
※ ※ ※
今日の夕食もなかなかだった。
さっきロクサーヌが美味しいと言ったことが嬉しかったのだろう、また試作品の焼き菓子がついてきた。
今日のはコーンブレッドみたいな風味を感じた。
ついでに焼き菓子に合うハーブティーも勧められた。
……そちらは別会計だった。
「あの、ご主人様、盗賊のことについて気になることがお有りなのでしょうか?」
装備品の手入れをしながら、ロクサーヌが訊いてきた。
……そうだな、話してみるか。
「前にビッカーという商人の話をしただろう、村が盗賊に襲われたという……」
ロクサーヌが頷いたことを確認して、続ける。
「その村を襲った盗賊というのが、町を追い出された盗賊の一派だと思う。
このベイルに復讐に帰ってきたという、一体誰に対する復讐なのか……」
さきほどまで考えていたことを筋道立てて話していく。
この世界に来てすぐにも思ったが、頭の中だけで考えていると論理の破綻に気づかないものだ。
「そもそも前提がおかしいな、復讐の対象が俺なら、盗賊が殺されているのがおかしいか」
「……ご主人様を害することで力を示し、後継者として名乗りを上げる、ということもあるかもしれません」
ヤクザの理屈、というか戦士の理屈という感じだろうか。
「その場合、手柄首を争った結果、盗賊同士で殺し合ったということも……」
……
「な、なるほど、殺されていた場所は俺の行動範囲である迷宮のある西門だったか」
迷宮に行くには必ず通る場所だ、そこで待ち伏せしていた?
「そういえば、インテリジェンスカードも確認できていないのですから、盗賊だとも限りませんか」
「そ、そうか、人違いということも……」
「……いえ、ご主人様とは似ても似つかない男でしたのでそれはないかと」
ロクサーヌの視線が微妙に上の方を向く……ハ、ハゲてねーし。
……できるかできないかと、やるかやらないかは別々に考える必要がある。
できるかできないか――つまり連中が俺のことを知っているかどうかだが、盗賊がこの町にどれくらい浸透しているかがわからない。
やるかやらないか――これは盗賊の行動規範だが……盗賊が何を考えるかなんてわからんな。
……うん、無理だ。
「明日、ソマーラの村に行ってみようと思う、ついてきてくれ」
ロクサーヌが元気良く返事をした。
……そうだ、サンダルを返しに行こう。
俺はロクサーヌに見えないようにサンダルをアイテムボックスに入れた。
ソマーラの村
村まで来るのはなかなか大変だった。
この世界で最初に来た馬小屋へ〈ワープ〉を使ったが、MPの消費は昨日より更に激しくて、ほとんど倒れ込んだ。
最初からこうなるだろうと察していたので、事前に〈MP回復速度二十倍〉を設定しておいて良かった。
ロクサーヌに強壮剤を用意してもらい、なんとか飲み込んで休憩した、今度から事前に口の中に入れておいた方が良いな。
俺のことを覚えていたのだろうか、馬がグロッキーになっている俺の頭を鼻でフガフガしてきた。
……ダニが俺の身体に引っ越していないことを祈りながら、回復を待つ。
その間に、こっそりサンダルを馬の寝藁の中に潜り込ませておいた。
……全くイタズラ好きな馬だな、仕方のないやつだ。*1
「で、スラムに殴り込むのかい、ミチオさん。
オレの方はいつでもいいぜ」
そして、村の若者に剣術を仕込んでいるロムヤに時間を取ってもらい、村長とビッカーと共に説明をした時の第一声がそれだった。
「いやあのロムヤさん、そういう話をしに来たんじゃないんだが」
「よさぬか、ロムヤ、ベイルの町に帰った盗賊
そしてビッカーは盗賊を奴隷商に持ち込んだ者、狙われる理由は充分ある。
ミチオ様はそれを心配して知らせに来て下さったのだぞ」
……え、そうなの?
ロムヤが「すいやせん」と小さくなった。
ビッカーとロクサーヌは感動した顔を何故かこちらに向けている。
……え、そうなの?
村長の中で俺はどんな高潔な人間ということになっているのだろう?*2
ビッカーが盗賊に捕まって、そこから俺の情報が漏れないか心配していただけなんだけど……。
「わかった、ビッカー、次の仕入れの時はオレもベイルに行くよ、ミチオさんに心配はかけられねぇからな」
「ソ、ソレガイイトオモウナー」
「よろしく頼みますよ、ロムヤさん」
どうしよう、良い話風に話が終わりそうなんだが。
「ビッカーさん、実際のところ、盗賊が復讐しに来る、ということはあるだろうか?
アランという商人や、騎士団が情報を漏らさない限り、俺のことを知ることはないと思うのだが」
アランにしても、俺がベイル亭に泊まっていることは知らないはずだ。
ビッカーも首を捻っている。
「はて、ないとは申せませんが……」
アランはずっと昔からベイルで商売をしている人間で信用も高い。
まあ、だから盗賊を売りに行ったわけだろうしな。
騎士団についても言うまでもないが、騎士団は盗賊同士を相争わせることで、目に余る盗賊を盗賊自身に取り締まらせることがあり、そのために情報を流すことは否定できない。
ただ、俺のことを盗賊に話す意味が騎士団にあるかはわからないという。
「ベイルの盗賊には色々な派閥……のようなものがあるのかな?」
「はい、ベイルの町の北側は川の下流にあたるため、昔から寂れていて病が流行ったりしていたのですが……」
そうしてスラムとなった町の北側は、ブロック毎に別々の盗賊グループが巣食っており、時に棲み分け共存し、時に抗争や集散離合を繰り返しているのだそうだ。
アランの館から見えたスラムの一角は、あくまでごく表層でしかなかった、というわけだ。
「案外、復讐しに来たというのは
「……騎士団に話してみる、というのは」
村長が「それはおやめになるべきです」と強く言った。
「ミチオ様は自由民であられます。
自由民とは自助自立するもの、騎士団を頼れば、自由民としての地位を剥奪されることも有り得ます」
「な、なるほど。
降りかかる火の粉は自分で払え、というわけですな」
とはいえ、あの女騎士がなにかしてくれるとは思えないし、俺に一片の興味があるとも思えないが。
いや、デュランダルもあるし、今はロクサーヌもいるのだったか。
……やはり、さっさと盗賊を探してしまうべきだな、積極的自衛権というやつだ。
「大丈夫です、ご主人様は私が必ず守ります」
21歳年下の少女が力強く断言した。
……実際ロクサーヌの方が武器を除けば絶対強いしな。
ロクサーヌにデュランダルを持たせてスラムに
「……本当にそんな
ロムヤが皮肉げに言うと、不穏な空気が流れた。
おいおい……。