ベイル亭
昼過ぎにソマーラの村から宿に戻った。
「今日は随分早いな、部屋の掃除はもう終わってるから、構わないが」
旅亭の男は今日もカウンターにいた。
いや、一昨日もこれくらいの時間に居たからおかしくはないか。
「少し荷物を置きにな」
旅亭の男がロクサーヌをチラリと見た。
……帯剣させていることを何か言われるだろうか?
ロクサーヌの腰には、ロムヤの得物であるほむらのレイピアが下げられている。
あの後、ロムヤはロクサーヌと稽古――というか決闘を望んだのだが、ほむらのレイピアをロクサーヌが持っていることがその結果を如実に示している。
ロクサーヌが実力で掴んだものなのでそのまま彼女に持たせているが、奴隷に武器を持たせるのは一般的ではないようだ。
……あれはすごかった、ロクサーヌは太刀筋を全て見切って紙一重で避けるという神業を見せたのだ。
さすがにレベル差があったからか、ロクサーヌの剣もロムヤに通用していなかったが。
村の若者達の前で威厳を保つためだろう、実力を認め盗賊を退治するまで愛剣を託す、という体で引き分けで収めたが、こっそり「あの娘、とんでもねぇ」と冷や汗を流していた。
レベル差が19――いや昨日上がったから18か、ジョブが違うとはいえ……「ミチオさんの人を見る目は確かだよ」と言われたが、見る目があるのは奴隷商のアランだと言うべきか、むしろ見る目がないんじゃないかと言うべきか。
「それ、キュピコじゃないか? こっちで見るとはな」
違った、旅亭が見ていたのはロクサーヌの剣ではなく、持っている荷物の方だったらしい。
キュピコは言うまでもなくビッカーからの貰い物だ。
ロクサーヌが先日の夕食代とキュピコの礼を言い、「おいしかったです!」と言うと沢山持たせてくれたのだが……ちょっと多すぎるな。
「貰い物だが、良かったら何本か要るか?」
「良いのか?」
「ついでに、ウサギの肉もあるんだが……」
たしか、食材は買い取れると言っていたはずだ。
これは村の周囲で狩ったスローラビットのドロップアイテムだ。
あまり早く村から戻ると、探索者のはずなのにどうやって? と思われてしまうから、時間潰しついでに狩ったのだ。
なお、野外でもロクサーヌの索敵能力は健在だった。
「だがメニューに載せるにはもう少しまとまった量がないとな……まあ、アンタらの夕食にウサギの肉を出すくらいならできるぜ」
「なるほど、頼んで良いか?」
「ああ、キュピコがあれば……よし、夕食は期待していてくれ」
その日の夕食はキュピコをソースに使ったウサギのソテーだった。
摩り下ろされたキュピコに香辛料が芳しい、ロクサーヌもご満悦だ。
ベイル
スラム街
その日から、迷宮探索は半日だけにして、昼間は町の探索に充てることにした。
資金に余裕はあるが、急に迷宮探索をやめると不審に思われるかも知れない、という用心だ。
ビッカーの言う通り、町の北側は不衛生な場所で、嗅覚が鋭いロクサーヌは眉を顰めていた。
しかし、盗賊と対決するにしても逃げるにしても、土地勘が必要だという認識は共通のものだったので頑張ってくれた。
それに、〈ワープ〉で飛べる箇所を増やしたいというのもある。
夕食後は、迷宮に入ると装ってスラムに入る。
昼間は村人ばかりの町に、盗賊達が闊歩する時間帯。
一口にスラムと言っても、村人も普通に歩いている娼館街と、あばら家が立ち並ぶ場所があり、そんなところは一見すると人気がないが、物陰に盗賊が佇んでいたりする。
俺もロクサーヌも外套を被っている、特にロクサーヌは目立つからな。
聞いていたように、盗賊達は区画毎にグループに分かれて棲み分けをしているようだった、縄張りの境目では不自然なほど接触を避けている。
目的のグループだけ狩ることができれば延焼はしなさそうなので、その点はありがたい。
だが、盗賊同士のつながりがわかりにくいというのは難点でもある。
〈鑑定〉で一方的にジョブがわからなければ、どうしようもなかっただろう。
各グループの中で目についた盗賊を尾行して、行動範囲などを探っていく。
俺が〈鑑定〉で盗賊を見つけて追跡し、ロクサーヌは少し後ろから不審な気配がないか探っている。
ウーゴのような高レベルの盗賊は見かけない、ロクサーヌをどうにかできる盗賊はそうそういないだろう。
村人
<26歳・女>
バラック小屋のような小さな家の陰に女が座り込んでいた。
(女……? あんなところで何をして……)
不審に思っていると、ロクサーヌに腕を引かれる。
「×××!!」
「××!!」
松明片手に、なにやら慌ただしい一団がやってきた。
木陰に隠れてやり過ごし、〈鑑定〉を使う。
盗賊:Lv3
盗賊:Lv7
盗賊:Lv3
盗賊:Lv9
ロクサーヌが剣に手をかける。
負けることはないだろうが、この辺りの土地勘はまだない、逃がしてしまうかもしれない。
それに下っ端ばかりだ、有用な情報を持っているかわからない、ロクサーヌが逸らないように制止する。
盗賊達が探していたのは、村人の女だったようだ。
女の髪を掴んで引きずり出し、殴る蹴るの暴行を加える。
「×××× ××××!」
足抜けしようとしている娼婦だろうか?
あるいは縄張りを侵して商売をしようとしたか……舌打ちが出そうになって堪える、嫌なものを見てしまった。
「ロクサーヌ、何を言っているかわかるか?」
「……申し訳ありません、バーナ語でないことはわかるのですが」
……なるほど。
俺は異世界のなんかよくわからん言語としか認識していないが、現地には現地で色々な言葉があるのは当然か。
「ったく、手間かけさせやがって!」
ブラヒム語だった。
盗賊:Lv9、あの中では一番レベルが高いが、大したことはない。
ロクサーヌもいる、この場で倒すこともできるが……。
他に合流してくる一団がいることをロクサーヌが察知する。
あの女を探しているのは奴等だけではなかったらしい。
「明日から、あのブラヒム語を喋れる盗賊を探る」
※ ※ ※
次の日も昼下がりまで迷宮探索した後、その日は昼の調査はせずに仮眠を取った。
そして夜、昨日の現場と程近い場所で、見張りに立っているらしい盗賊:Lv9の男を見つけた。
誰かと話しているようだ、ブラヒム語を喋るかもしれないから、近くを通るフリをして会話を聞いてみる。
「×××××ウーゴ×××××」
聞き違いだろうか、話の途中にウーゴという言葉が出てきたように思う。
たまたま同じような音の単語というだけかもしれないが……。
「……どうだった?」
「あの男が立っている建物から、多くの人間族の臭いがしました。
盗賊の根城かもしれません」
「どんな様子だったかわかるか?」
「えっと、お酒の臭いがしました」
なるほど、宴会中だろうか。
話を聞いてみたいが、何かあれば外に出て来るかもしれない。
酒を呑んで武装している人間は危険だ、何をしでかすかわからん*1。
「連中が寝静まったらわかるだろうか?」
「……酒を飲み終わったかどうかならわかると思います」
「……よし、少しここで見張ろう」
女
盗賊:Lv11
女
盗賊:Lv14
しばらくして、女が2人やってきた。
同じグループらしい、盗賊:Lv9と会話している男が2人を中に迎え入れて、一緒に家の中に入っていく。
盗賊:Lv9は1人で見張りを続けるようだ。
……。
…………。
………………。
「ご主人様、少し前に酒を飲むのが終わったようです、物音もなくなりました」
「……すまん、うとうとしていた」
ロクサーヌはにっこり笑った。
多分、気付いて寝かせておいてくれていたのだろうな。
「では、俺が見張りの男に話しかけてみる、ロクサーヌは――」
「一緒に参ります」
「――わかった、後ろに控えて、声は出さないでくれよ」
俺はロクサーヌを伴って、見張りの男の下へ歩き出した。
盗賊Lv:9って他にブラヒム語喋れる人いなさそうなのになんでブラヒム語を喋ったんだろう、って考えてみたんですが、よく考えたら現代日本にも日本語で言えば通じることをわざわざ横文字使う人いるしどうでもいいやってなりました。