ベイル
スラム街
「……ちょっといいか?」
ロクサーヌを伴って見張り役の盗賊に話しかけた。
2人だと警戒されるかもしれないから、両手は見えるところに出しておく。
「あ? 誰だお前ら?」
「いや、怪しいものではない、聞きたいことがある」
俺は懐からバンダナを取り出した。
盗賊バンダナを盗んだ男がすり替えたバンダナだ、すり替えただけあって、よく似ている。
ソマーラの村に行った時に思いついて譲り受けた。
盗賊に〈鑑定〉するようなスキルはない、盗賊専用装備だから熟練した盗賊にはわかるかもしれないが、そこまで考慮してはいられない。
「情報を教えてくれたら、これを金貨1枚で譲ろう」
「1枚か……で? 何の話が聞きたい?」
乗ってきたか、奴隷商が買った値段だ、おそらく盗賊にとってはもっと高いのだろう。
「ウーゴのことだ」
「ウーゴの兄貴なら
やはりあの時の会話はウーゴのものだった。
そして、兄貴というからにはこの男はウーゴに好意的なはずだ。
「そうか、ウーゴの旦那が……できればその辺を詳しく」
「……わかった、金貨は俺の部屋にある、そこで話をしていいか?
ただし、1人でだ、悪いがお偉いさんもいるんでな」
お偉いさんか、やはりここがアジトで間違いないようだ。
「ああ」
ロクサーヌを手で制すると、ややあって彼女は頷いた。
男の先導で奥に行く。
〈ワープ〉で離脱できるように、周囲をよく観察しながらついていった。
少し待ってくれと言われる、男は仲間の部屋の扉を開けて、すぐ閉めた。
「悪いな、お偉いさんの部屋だ、よく寝てた。
うちの頭目もウーゴの兄貴とは知り合いだから、あとで挨拶するといい」
そして人気の無い部屋に入ると、机の上にカンテラを置いた。
「じゃあ、まずは盗賊のバンダナを確認させてもらえるか」
どうも目つきが怪しいな、警戒しながらバンダナを取り出す――。
――ばッ!
飛びかかってくる! 避ける! ――狙いは武器か、腰の胴の剣を
「しばらく前に跡目争いがあってな、本当は野郎が継ぐ予定だったんだが、うちと別の派閥が手を組んで町から追っ払ったのさ」
なるほど、追い出したのは騎士団ですらなかったのか。
旅亭の言う事は正しかった。
「その後、どこかの村を襲って失敗したらしい。
まったく、ウーゴも馬鹿な野郎だぜ」
男が剣を抜く。
「盗賊のバンダナがあれば活躍できるんだ、俺はこんなところで終わるつもりはねェ。
逃げようったって無駄だ、お前を連れてきたのは誰にも見られてねェ……
「なるほどな、〝町を追い出された盗賊〟が復讐のために戻ってきたというのはデマだったか。
藪を突いて蛇を出したかな」
「ああ? なに言ってやがる」
ボーナスポイントは既に設定済みだ。
デュランダルはアイテムボックスの中に入れている、いつでも出せる。
「ウーゴを殺したのは俺だ。
てっきりウーゴの仲間が俺に復讐に来たのかと思ったんだがな」
「……まさか」
「このバンダナはくれてやろう」
バンダナを机の上、カンテラの火の上に――
「な、なにしやが――」
――シュッ!
火にかけられた盗賊のバンダナ、いや、ただのバンダナに取り縋る男の背中にデュランダルを刺し入れる。
なるべく誰も見ていない場所で情報を聞き出したい俺と、俺を始末したい男。
俺達の思惑は途中まで同じで、最後が決定的に違っていた。
殺されかけたのだし、今更罪悪感があるわけではないが……溜息が出る。
「……藪蛇だが、ここまでやってしまった以上――」
「はい、盗賊を全滅させてしまいましょう」
叫ばなかった自分を褒めてほしい。
ロクサーヌが部屋の外に立っていた。
「ど、どうして?」
「えと、あの、ここまで潜入できたのですから、ついでに盗賊達を始末してしまった方がよろしいかと思ったのですが」
そういう意味じゃないが?
……こっそり後ろからついてきてたのか、臭いで追跡してきたのか……加齢臭とか平気だろうか、風呂に入りたい。
誰にも見られてねェ、と自信満々に言ってた盗賊:Lv⑨さんが気の毒になるな。
「……そうだな、そうしよう。
お偉いさんがいる部屋はわかっている」
部屋のシーツを切り取り、デュランダルについた血を拭き取りながら部屋を出た。
目的の部屋の扉を開けると、寝息が聞こえるが、暗くて様子はわからない。
さっき明るい部屋にいたせいだ、夜目が利かなくなっている……目を慣らすべきだったか。
男
盗賊:Lv35
女
盗賊:Lv11
男
盗賊:Lv38
女
盗賊:Lv14
だが〈鑑定〉のおかげで位置はわかる。
さっき入ってきた女盗賊とお楽しみだったようだ。
ロクサーヌに部屋の入口を示し、そこで待つように指示する。
彼女も夜目が利いていないようだ。
――ザシュッ!
盗賊:Lv38にシーツを被せて首筋をデュランダルで斬る、まずは1人、仕留めたことを確認し左手を切り取る。
次に横に寝る盗賊:Lv14の女……奥まっていて切り辛いな……。
「ぐ……っ」
声を出された! まだ2人残っているのに!
「××……? ×……×××」
盗賊:Lv11の女だ!
だがこっちも夜目に慣れてきた、振り向きざまに剣を振り抜く!
――ゴトン
首が落ちた。
だが、さすがに最後の1人は起きてしまったか。
男
盗賊:Lv35
装備:銅の剣
手元に隠してでもおいたのか、剣を振り回している、風切り音が響く。
「呼びかけたるは我が心、感じ現る剣の意思、奔流、火炎剣!」
暗がりに火が灯り、ロクサーヌの姿が浮かび上がる、ほむらのレイピア!
盗賊の姿がよく見える、だが向こうは炎に気を取られている! 俺に気づいていない!
(オーバーホエルミング!)
盗賊を倒して得たジョブ――英雄のスキルを詠唱省略で唱えた瞬間、全ての動きが止まる。
ほむらのレイピアが纏う炎はまるでプラスチックのイミテーション、照り返す銅の剣の軌道も、今ならどちらも指で摘めそうだ。
――ドッ!
あの時、ウーゴの首にそうしたように、デュランダルを突き入れる。
息を吐く、部屋の壁で影法師達が踊り出す。
「よく気を引いてくれた、助かった」
「いえ、ご主人様も素晴らしい動きでした、動きが見えませんでした」
ロクサーヌの前でオーバーホエルミングを使うのはこれで2回目だが、衰えない称賛がこそばゆい。
降って湧いて得た力だが、少なくとも今は自分の力ということで素直に受け取ろう。
まあ、ロクサーヌなら、そのうち本当に自力でこれくらい動けるようになりそうだが。
盗賊達の左手を切り取ったところで、部屋の外から物音がした。
こいつら以上のレベルの盗賊がいるとも思えないが、リスクは冒せない。
(ワープ)
急いで迷宮に逃げることにした。
ベイルの迷宮
一階層
迷宮の小部屋で、俺はほとんど倒れ込むようにしていた。
「……あ、あの、ご主人様、お加減は大丈夫でしょうか?」
ロクサーヌが強壮剤を差し出してくる。
「そのうち……回復する……俺のことなど……放っておけ」
「そんなことはできません!」
「デュランダルも……ある……適当に狩りでも……していろ……おまえなら1人で……いいだろう」
間抜けな話だ。
ビッカーが言っていたではないか、復讐はデマではないかと、盗賊同士の抗争ではないかと。
勝手に空回りして……俺はいつもこうだ。
そのくせ盗賊の手だけは持ってきて、金は欲しいか、卑しい奴め。
「お前たちも……災難だったよなあ……俺みたいな……間抜けが……町にいたばっかりに」
床に放り出した手首達と仲直りの
俺みたいなチーター野郎と違って、頑張ってそのレベルまで上げたんだろうな。
「ご主人様は間抜けなどではありません! ビッカーさんに累が及ぶかもしれないと――」
「ああ? 違う違う……ビッカーの奴が捕まって……情報が漏れたら……困るからな……それだけだ」
それも含めて余計な心配だったわけだが。
「……ご主人様、昨日、盗賊たちに女性が捕まっている時、ご主人様は奥歯を噛み締めておられました。
女性を助け出そうとされていたのでしょう? ご主人様はお優しいお方です」
「別にあれは――」
嫌なものを見せられたと思っただけだ。
と言う前に、頭が持ち上げられで、口の中に何かが入ってきた。
――はぅ
生暖かい息が顔に掛かる。
口の中をまさぐる温かい感触が心地良くて、舌を出して縋り付く。
喉を何かが通っていく、何かがそれを流していく。
「す、すまん」
……生暖かい息はロクサーヌの吐息だった。
口移しで強壮剤を飲ませてくれたのだ、と気づく。
失敗だった。
ソマーラの村に〈ワープ〉で飛んだ時は、心の準備はしていたし、事前にデュランダルを消して〈MP回復速度二十倍〉を設定していた。
今回は迷宮の中とはいえ距離が短いが、〈オーバーホエルミング〉を使った後だったからな、それでMPが枯渇したか。
そもそも冷静に考えればそれほど慌てて離脱する必要もなかった、〈MP回復速度二十倍〉をつける時間くらいはあっただろう。
「あ、あの、盗賊のインテリジェンスカードを回収いたしませんと――!」
「ん、ああ、そうだな」
「あの、その……動けません」
いつの間にかロクサーヌの腰に手を回していたらしい、割とがっつりと。
……こんな細い身体で。
「すまない! あー……っと、30分くらいするとインテリジェンスカードが出てくるのだったか」
「は、はい! 迷宮の床に置くと吸収されてしまいますので、このままシーツの上に置いておけば!」
顔を逸らすロクサーヌの顔が赤い。
きっと、俺も同じくらい赤い。
ベイル亭
「よう、おかえり。
遅くまで迷宮ご苦労さん」
インテリジェンスカードを回収し、ついでに血まみれになった外套も手首もまとめて迷宮で処分した。
そしてベイル亭に戻ると、いつものように旅亭に声を掛けられた。
「ん? 怪我したのか?」
「あ、いや、もう回復薬は飲んだからな」
血の匂いがしたのかもしれない、と髪を触ると、血がついて髪が一房固まっていた。
参ったな。
「お湯はいるか? ……深夜料金をもらうことになるが」
「そうさせてもらおう。
なかなか、2人で潜るのも大変なものだ」
探索帰りではないが、大変なのは実際そうだ。
ロクサーヌの索敵能力とデュランダルの殲滅速度に対して、運搬能力が伴っていない。
半日で探索を終わらせているのも、盗賊の調査をしていたことはもちろんだが、それくらいの時間で荷物が一杯になってしまうことも一因としてある。
「ところで、こないだ言ってた殺人事件の件だが、復讐云々はデマだったよ」
鍵を渡してくれながら旅亭が口にした内容は、さっき盗賊:Lv9から聞いた内容を裏付けるものだった。
そして盗賊もそうだったが、ソマーラの村の名前までは知られていないようで少しほっとする。
旅亭は先日おすそ分けしたキュピコの味が気に入ったらしい。
ソマーラの村でビッカーが作っていると伝えたら、「うちで扱っても良いな」と言っていた。
旅亭がソマーラの村の襲撃のことを知っていたら、盗賊との関係を勘ぐられたかもしれない。
「そうだ、明日の市にビッカーって商人は来るんだったよな?」
「ああ、昼頃にここの食堂で会うことになっている」
キュピコのソースは美味しかったな。
またスローラビットを狩っても良いかもしれない。
※ ※ ※
椅子の上にお湯の入った桶を置いて、ベッドに横になって頭を乗り出し、髪をお湯に浸す。
ロクサーヌがシャカシャカと固まった髪を解してくれるのが心地よい。
「首は痛くありませんか」
「ああ、問題ない」
目を開けると、眼の前にロクサーヌの胸があった。
服の上からでも主張が激しい膨らみが、ロクサーヌが腕を動かす度に揺れる。
「あ、あの、横の方も洗いませんと」
「頼む」
……いかんなぁ。
これまで会社の新入社員に対するような気持ちで接してきたつもりだったから、努めて胸や腰に視線を向けないようにしてきた。
手に抱きしめた時の感触が蘇る。
「お拭きいたします」
「ああ」
こわごわとタオルを頭に被せる。
男の洗髪後なんかはガシガシと髪を擦って拭き取るものだが、ロクサーヌはタオルを押し付けて一房ずつ髪から水を吸い取るように拭いてくる。
女性的な拭き方だな、と思う。
もうロクサーヌのことを女としか見れない。
「ロクサーヌ」
「あっ」
腕を掴んで拭くのをやめさせた。
「今夜はこっちのベッドで寝るんだ、いいな?」
ロクサーヌは真っ赤になって頷いた。