「今回のことでは非常なご迷惑をおかけしました」
――〝自爆玉〟。
使えばほとんど必殺だというアイテム。
アランは盗賊の1人がそれを使ったと思っているらしいが、そうでないことは魔法使いのジョブが増えたことが証明している。
彼はまだ青褪めた顔で「少々お待ちください」と言うと、早足で店の奥に引っ込んだ。
「あの、このお店には、とてもよくしてくれたおばさんがいるんです。
だからついご主人様のお慈悲に甘えてしまって……でもこんな大事になるとは……」
「いや、俺の見通しが甘かったんだ」
ロクサーヌには予め〈等量交換〉のことは話していたが、まさか口の中のものを嚥下できないほど疲弊するとは思わなかった。
チラリと惨劇のあった部屋の扉を見る、壁という壁に肉片が飛び散り、天井からは血が滴っていた……。
あの部屋は模様替えしないと使えないのではないだろうか。
「お待たせしました。
……こちらは追加報酬です」
アランが俺の手を掴んで小袋を握らせてくれた。
狼狽したり神妙だったり、最初の海千山千の印象からは程遠い顔をよく見る日だ。
「こんなことになるとは思いませんでした……改めて、お礼を申し上げます。
本当に、ありがとうございました」
「そんなにされては……元を辿れば、こちらが騒動の種を持ち込んだようなものだ」
館内から内通して盗賊を引き入れた奴隷は、ソマーラの村の元村民、俺が持ち込んだ奴隷だ。
だがアランは、最初出会った時と同じ笑みを浮かべる。
煮ても焼いても食えなさそうな商人の営業スマイル。
「いえいえ、一部破損はありましたが、おかげさまで〝商品〟の仕入れもできましたから。
お受け取りいただけないと、こちらが困ってしまいます」
「そう言ってもらえて安堵した、こちらとしても心配の種が、全て片付いたよ」
〝全て〟の言い方に含みを感じたのだろう、物問いたげにこちらを見るアランに、「怒らないで聞いてほしいのだが」と口を開く。
「ロクサーヌの嗅覚のこと、アラン殿は知らなかったのだろう?
……彼女が余りにも優秀だったのでな、俺は何か騙されているのではないか、後で連れ戻しに来られるのではないかと、実は少し心配していた」
盗賊とアランが裏で繋がっているのでは、などと不安になっていたからな。
あの時はMP枯渇気味だったとはいえ……。
「なんと! お客様を不安にさせてしまうとは、汗顔の至りです。
……この歳になっても、まだまだ至らぬことを知るばかりですな」
アランは好々爺然として喉を震わせた。
「それではミチオ様、今度ともどうかご贔屓に」
胸に手を当て、完璧な礼をするアランに別れを告げて、白み始めた空を背に迷宮へ歩き出す。
「……さて、今日も頼んだぞ、ロクサーヌ」
「はい、お任せください!」
……だが、こんなに早く終るなら、ベイル亭で朝食を頼んでいれば良かったな。
ベイルの迷宮
一階層
魔法使い:Lv1
効果:知力小上昇
:MP微上昇
スキル:初級火魔法
:初級水魔法
:初級風魔法
:初級土魔法
この初級◯魔法というのは不親切極まりないな、初級◯魔法というスキルがあるわけではないようだ。
睨みつけるが、ツールチップを出すサービス精神はない。
サポセンどこー?
「……ロクサーヌ、魔法使いのスキルについて知らないか?」
しかし、彼女も詳細は知らず、伝聞として聞いたことがあるだけだった。
ロクサーヌサポートセンターの回答をまとめると以下となる。
曰く、単体攻撃魔法、全体攻撃魔法、壁のようなものを出す魔法がある。
曰く、単体攻撃魔法は球のようなものを飛ばす。
曰く、なんか難しいブラヒム語を唱えていた。
……いや、大分前進したと言えるだろう。
球……火……火球となれば……。
「ファイヤーボール?」
俯いて考え込む視界に影が生じる。
ロクサーヌが唖然とした顔を、俺の頭上に向けていた。
「おおっ!」
人目につかない小部屋――度々実験に使っている、先日魔物を駆除した
念じると、壁に向かって飛んでいき、爆発して焦げ跡を残す。
「さすがご主人様! 魔法使いにもなられたのですね!」
「うむ、今日はこれを試していきたい」
その後、ニードルウッドを使って実験していく。
ファイヤーで火魔法、ウォーターで水魔法、サンドで砂魔法もとい土魔法のようだ。
単体攻撃はボール、全体攻撃はストーム、壁はそのままウォールで、もしかするとグリーンキャタピラーの糸を防げるかもしれない。
単体攻撃も全体攻撃も威力は同じで、だが消費MPは異なるようだ。
ついでに、ニードルウッドは火が弱点ということもわかった……と思ったら違った、水に耐性があるだけのようだ。
ファイヤーが3発、ウォーターが4発だったので勘違いしたが、サンドでも3発だったのだ。
木だから火属性が弱点なんだな、と先入観で決めつけないでよかった。
「……そういえば、ニードルウッドは上の階層では水属性の魔法を使ってくると聞いたような」
なるほど、水魔法を使うから水にも耐性があるということか。
魔物が魔法を使ってくるというのも、重要な情報だな。
さて、ここまでは順調だが、残る風魔法のキーワードがわからない。
風魔法だけ魔法体系が異なるとかでなければ、ウィンドではないらしい。
タイフーンとかブラストとか、思いついたものは片っ端から試しているのだが発動しない。
最後に英語の勉強してからはるか20年程、英語の語彙力は技術用語以外落ち続けている。
……いや、技術用語も怪しいか。
ここ数年は機械翻訳ばっかりだから、まともに英文を読んだ覚えがない。
omgとか、lolとか、nooooob teeeeem!*1とかの、英語圏のネットスラングの語彙は増えたが。
「すまない、ロクサーヌ。
水でも飲んでちょっと待っていてくれ」
初級水魔法で出した水は飲水にもなるらしい。
ウォーターウォールから水を移した水筒は、時間が経っても中身が消える様子はない。
ロクサーヌのありがとうございます、とお気になさらず、が混合された笑顔を見ると、俺の心も潤う。
よし、別のアプローチで……技術用語では思い付かないから、アニメやゲームから考えてみるか。
バギ……、エアロ……そりゃ駄目だろうよ、いろんな意味でな。
メキシコに吹く熱風という意味のサンタナというのはどうかな……どうかなじゃないよ、駄目だよ。
……考え事しているから、腹が減った。
迷宮に入る前、夜明けからやっているらしい屋台以上食堂未満といった風情の食べ物屋に入ってみたが……
それを差し引いても褒められた代物ではなかった、嗅覚が強いロクサーヌはしかめっ面になっていたな。
ベイル亭の食事はかなり良いものだったな、旅亭の自信は確かだった。
それなりに金を出せさえすれば、この世界の食事の質に不満はないのだが、利便性という点ではなかなか困る。
牛丼屋もファミレスもないというのは厳しいものだ。
……あ、ガスト!
そうだ、一陣の風と書いてガストと詠ませる歌があったな……ぐぬぅ、今度こそはと思ったが違うか。
……いや、あの歌には他にもそれらしいのが有ったような気がする。
最初に戻って、
(ブリーズボール)
うなじがざわつく感覚がして、見上げると頭上の一点で風が渦巻いていた。
そうそう、出典によって
正しい歌詞はわからないが、魔法の名前はbreezeの方だろうな。
訳はそよ風だったかな、一度思いつくと、過去の英語の授業で習った記憶が結びつく*2。
これでロクサーヌに聞いた魔法は一通り使えるようになったわけだが……いかんな、本当にこれ以外ないのか不安になってくる。
身振り手振りで威力が変わったり、ということも考えられる。
それに初級ということは、中級や上級もあるのだろうし。
……詳しい人間が必要だ。
スキルについて、魔物について、迷宮について。
ロクサーヌに不満があるわけではないが、彼女もそれほど上層まで行ったことがあるわけではない。
知っている人間、あるいは調べられる伝手がある人間が必要だ。
増員する奴隷については、色々と考えなければならないな。
だがとりあえずは今日の探索だ。
その後、二階層では魔法の使用回数が1発ずつ増えること、そして憎きグリーンキャタピラーの糸を〈ファイヤーウォール〉で防ぐことができることを確認した。
これで上を目指すことが出来る。
ベイルの迷宮
二階層 ボス部屋
ホワイトキャタピラー
Lv:2
グリーンキャタピラーのボスはホワイトキャタピラーだった。
無数にある足の一本一本が、俺やロクサーヌの足と同じくらいある超巨大イモムシ。
軽自動車とまでは言わないが、1人乗り用の
凶悪な
「来ます」
ホワイトキャタピラーが魔法陣を張る――速攻か!
「ファイヤーウォール」
ロクサーヌを庇う体勢で火壁が展開された後、爆発的といって良い勢いで白い糸が放出された。
至近で受ければロクサーヌでも避けられまい……いや、多分、恐らく、きっと避けられないんじゃないかという可能性を考慮しても良いのではないかと思わないでもない。
「行きます」
膨大な糸は命中しなければそのまま消えるようだ。
収まると同時にロクサーヌが駆け出したので、俺は後ろに回り込む。
その勢いのまま――
(スラッシュ!)
斬りつける!
ウドウッドと違って前後がある、囲んでしまえば――
「うッ!?」
見た目と裏腹に動きはアグレッシブだ。
キィィという鳴き声と共に身をくねらせた後、脚の一本でソバットのように蹴りつけてきた。
だが、ウドウッドに比べると悲しいまでに射程が短い。
(スラッシュ!)
絹の糸
ロクサーヌと2人で斬り付けていると、煙となってアイテムが残った。
グリーンキャタピラーの糸よりも上級品なのだろう。
ロクサーヌが拾い上げるが……ジョブは増えていないな。
「ふぅ、やはりボスにはデュランダルが良いようだ」
「はい、こんなに早く倒せるなんて、さすがはご主人様です」
「まあ攻撃に集中できたからな、ロクサーヌのおかげだ」
ロクサーヌがはにかんだ笑顔で絹の糸を渡してくれる。
白く美しい糸が結わえ付けられているのはまるで……ああ、素麺が食べたい。