ベイルの迷宮
三階層
三階層の敵がコボルトだということは知っていた。
以前、迷宮前でどこぞの冒険者が、コボルトと聞いて「やってられんな」と言って四階層から探索を開始しているのを聞いたのだ。
コボルトはクーラタルの迷宮の一階層で戦ったことがある。
ちゃちなナイフを持った頭でっかちな小人のような魔物だ。
吊り上がったギョロ目と乱杭歯の生えた口は、一欠片の美点も見出すことができない。
おまけにドロップアイテムのコボルトソルトの買取価格は4ナールと激渋だ。
コボルト
Lv:3
コボルト
Lv:3
「こいつも魔法を試してみる、攻撃は待ってくれ」
それでもあちらでは迷宮初心者の入門用としての地位を確立しているが、三階層ではそうもいかない。
次の四階層では一度に出現する魔物が3匹に増えることを考えると、油断を誘う悪辣な罠かとすら思えてくる。
「ファイヤーストーム」
ロクサーヌの後ろから魔法を使うと、甲高い悲鳴を上げてあっさり消滅した。
どこぞのサメドーナツ*1を思わせる鳴き声だ、虚弱体質だし。
「……やはり弱いな、火属性が弱点なのだろうか?」
「ええと、どうでしょう」
「少し試してみたいことができた、デュランダルを消すから、コボルトだけがいるところに案内できるか?
それとロクサーヌの黒魔結晶を貸してくれ」
きょとんとするロクサーヌと手持ちの魔結晶を交換し、彼女の案内で迷宮を進む。
コボルト
Lv:3
「ブリーズボール」
やはり、同じように一発で倒せる。
コボルトナイフ
「ん? ソルトじゃないのも落とすのか。
食べ物を落とす魔物はみんなそうなのかな?」
スローラビットも毛皮と肉を落としたな、肉がレアだったがこちらは逆か。
そういえば、この世界に来て味に物足りなさを感じることはあっても、塩気が足りてないことはなかったかもしれない。
塩は安いのだろう。
「えっと……どうでしょう。
ですがこれもギルドでないと売れないと思います、有り余ってますので」
それでも買うのかと訊くと、何かに加工するらしいという。
金属資源ということを考えればそれもそうか。
江戸時代には火事で燃え残った釘の一本一本まで回収していたらしい……そんなことを考えながら、ドロップアイテムをアイテムボックスにしまった。
「では次も頼む。
……そうだな、できれば1匹のところにしてくれ」
「わかりました」
コボルト
Lv:3
「ウォーターボール」
やはり1発だ。
とはいえ、迷宮では下の階層の魔物も一緒に出現する。
ニードルウッドと一緒の団体が出ることもあるはずだから、水魔法を使うことはあまりないだろうが。
そして成果はあった。
「やはり、ロクサーヌ、見てくれ」
先程まで黒かった魔結晶が紫色になっていた。
基本的に俺がトドメを刺していたから、ロクサーヌがこの魔結晶を持って倒したのは……10匹は倒していないはずだ*2。
そしてもちろん、デュランダルを外して設定していたボーナススキルはこれだ。
キャラクター設定
【ボーナススキル】
結晶化促進六十四倍
弱いから結晶化速度も遅い可能性を考えていたが、最低でも64倍すれば2匹で約90体分は結晶化が進むわけだ。
ドロップアイテムが不味いことなんか関係ない、結晶化だけで1匹推定45~64ナール稼げることになる。
しかもデュランダルが必要ない、とすれば〈結晶化促進六十四倍〉をつけていても、〈必要経験値十分の一〉か〈獲得経験値十倍〉あるいは〈シックススジョブ〉がつけられる。
俺が結晶化を早くできることは知っていたからだろう、最初は俺が何を喜んでいるかわかっていなかったロクサーヌも、徐々に意味がわかってきたようだ。
「よし、次はコボルトとニードルウッドがいるところに案内してくれ」
俺は空腹も忘れて狩り続けた。
金、金、金! 探索者として誇らしくはないのか!
ベイル亭
コボルトソルトはやっぱり安かった。
おまけにリュックに詰め込みすぎたせいで一部破損し、買取拒否されてしまった。
塵も積もればなんとやらで重くなるし、コボルトソルトはアイテムボックスに入る分以上は拾わない方が良いな、これは。
手元の
「ご主人様、装備品の手入れが終わりました」
「いつもすまないな、ロクサーヌ。
……今朝は早かったから疲れてしまった、もう灯りを落として構わないか?」
空腹だったから、夕飯は余計に色々頼んでしまった。
朝昼普通に食べるよりよっぽど高くついたな、旅亭はホクホク顔をしていた。
だがそれも問題にならない。
今なら1日、いや半日で1万ナール稼ぐこともできるのだ。
「えっと、はい、わかりました」
ロクサーヌが歯切れ悪く頷いて上目遣いに俺を見るが、素知らぬ顔でランタンの火を消して寝台に入る。
……そんな毎日
寝間着のやつもそろそろ業務に慣れただろう、フルタイムで働いても良い頃だ。
「明日なんだが、そろそろ本格的に家を探そうと思う」
「そうですか……クーラタルでしょうか?」
ロムヤとベイル亭の旅亭に話を聞いて、そのつもりになっていた。
ロムヤは元冒険者だけあって、クーラタルには住んでいたこともあるそうだ。
彼曰く、迷宮探索という大義名分があるから国中から色んな種族が集まる、そのため個人の事情に立ち入らない、という不文律が街全体にあるという。
色々と隠し事がある俺にとって、基本的には都合の良い話だ。
そして旅亭はエマーロ族の種族的特徴として旅暮らしを好むそうで、クーラタルのことも知っていた。
その旅亭曰く、食事が安くて質が良いという。
これは、最古にして恐らくは最大の迷宮に日々大勢の探索者が挑んでいるから、ウサギの肉のような迷宮産のドロップアイテムが豊富に供給されるためだろうな。
「あとは、教えてくれたように杖を探したい」
「はい、クーラタルなら常設の武器屋がございます」
魔法使いは杖を武器とすることで魔法の威力が上がるらしい、デュランダルではなく魔法をメインの攻撃手段とするなら、使わない理由はない。
資金稼ぎを優先で行っている分、レベルが上がり難くなる。
武器で魔法の威力を底上げできるなら、恩恵は大きい。
「……とても良いお宿でしたね」
「そうだな……」
これは迷わず同意できる。
ここは居心地が良い、食事は美味しいだけでなく、なんというか彩りもあって、男やもめの一人飯からは得られない栄養がある。
これはロクサーヌと食べているから、というだけではない。
あと、稀に寝台を汚しても掃除洗濯してくれる。
……だが。
「盗賊と揉め事を起こしすぎた」
「しかし、ご主人様であれば……いえ、そうかもしれません……」
盗賊が盗賊として目の前に現れるとは限らない、なにしろ盗賊のバンダナを盗んだのは村人だった。
そしてアランは、その男を一度は誰かに売ったのだ、彼はインテリジェンスカードを確認できるのに、である。
つまり、盗賊ではない誰かが盗賊に協力していたということになる。
〈鑑定〉で盗賊がわかるのは強力なアドバンテージではある、だがそれは絶対的なものではないのだ。
無論、ロクサーヌがいれば、不意の闇討ち、あるいは毒を盛られるなどの
「それに、俺やロクサーヌを直接狙うとは限らないからな」
「ロムヤさんやビッカーさん……」
「ああ、それだけではなくなってしまった……」
迷宮から戻った後、探索者ギルドでいるはずのない男と出会った、ソマーラの村にいるはずのロムヤだ。
ソマーラの村では、盗賊から剥ぎ取った武器を用いて自警団を作ったらしい。
ベイルに新しく迷宮が出来た影響で魔物が増えて騎士団が対応に追われるという懸念があったためだそうだ。
その業務は村の防衛はもちろんのこと、市に仕入れに行く必要のある村唯一の商人――ビッカーの護衛だという。
ロムヤはその団長だ、市に仕入れに来た時でもなければ、村にいるべき重鎮と言える。
――オレも覚えはあるけど、武器を持つと血の気が多くなるもんでさぁ。
武器がある、防具も全員に行き渡らない程度だがある、剣の使い方も教えてもらった。
こないだは盗賊に襲われた、徒歩で行けなくもない距離に新しく迷宮ができた。
そこまで考えれば、次にどんな結論が出るかは明白だ。
訓練のため、出稼ぎのため……村から最寄りの迷宮であるベイルの迷宮へ行きたい理由はいくらでもあるというわけで……。
ぼやくロムヤが視線を向けた先には、あの襲撃で父親を殺された少年を初め、自警団のメンバーだという村の少年達がいた。
彼は目の届かないところで無茶をされるよりはと、迷宮に引率に来ることになったらしい。
俺は三階層のコボルトソルトは安くて骨折り損のくたびれ儲けだったこと、二階層のグリーンキャタピラーは危険なスキルを使うこと、一階層のニードルウッドが結局一番儲かったことを話した。
ロムヤはいちいち頷いて、少年たちに翻訳して話していたが、どこまで通じたことか。
少年たちから見れば、俺は美女を片手に颯爽と迷宮探索する圧倒的成功者に見えていることだろうしな。
「ロムヤも、まあビッカーもなんとかするだろうが、あの子達はな……」
ロクサーヌの胸を何度もチラ見していたな、無理もないが。
正直、そこらの酒場女でも使えばダボハゼみたいに釣れると思う。
もし彼らが人質になって何かを要求されたとしても、迷わず断る自信はある。
だが、ソマーラの村の人間とは気まずくなって、二度と会えなくなるのではないか。
結局、ベイルを出たら彼らとは二度と会わなくなるかもしれないが、会わないのと会えないのは違うだろう。
……思い出すだけで苦い気持ちが蘇る。
歳を取ればそんな場所や人は増えるものだが、この世界で最初に来た土地のことを、そんな風に思うようにはなりたくはない。
「あの、失礼ですが……ご主人様はおいくつなんでしょうか?」
……ああ、それもそうか*3。
ロクサーヌ
<♀️・16歳>
獣戦士:Lv11
村の少年――いや若者達はロクサーヌと同年代だった、年上もいたか。
「ロクサーヌのことを散々弄んでおいて、彼らを子供扱いするものでもないか。
……37歳だ、幻滅したか?」
「いえ、そのような、いつも可愛がっていただいて……」
……くっ!*4
「ね、年齢差を考えればロクサーヌくらいの子供がいてもおかしくない。
や、やはり慎みというものを考えなければならない、ベッドも分けるべきだな」
「確かに、ご主人様と一緒のベッドで寝るというのは畏れ多いです。
お情けをいただく時はともかく、それ以外は床で寝させるべきです」
言うがいなやロクサーヌが起き出した。
どうしてこの娘は、こう、あれなんだ!
寝台から下りようとするロクサーヌの肩を、慌てて掴んで引き留める。
「待て、待って、待ちなさい、夜中に変な話を始めて悪かった。
……さすがに春とはいえ身体を冷やす、ちゃんと暖かくして寝るんだ」
うふふ、とロクサーヌは笑みをこぼした。
そして、首を傾けて、肩を掴んでいる俺の手に頭を重ねる。
イヌミミが手の甲を、ぱふん、とくすぐった。
「ご主人様、お父さんみたいです。
……はーい、あったかくして寝まーす、パパ」
……ぱ、パパだと?*5
「ロ、ロクサーヌ……」
「あっ……ふふ、暖めて下さい、パパ」
寝巻き君、キミ今日もう帰っていいよ。
あなたたちの中で『Teaching Feeling』のシルヴィにパパ・お父さん・お父様・お父上と呼ばせなかった者だけが道夫さんに石を投げなさい。