クーラタル亭
本格的に家を探す。
ロクサーヌに宣言した通り、翌日はクーラタルに来ていた。
探す家の条件としては、まず迷宮が近くにあること。
〈ワープ〉があるからどこでもいい、と考えてしまうが、
探索者なのに遠くの迷宮を探索しているとは言えないから、近所の子供から「おじちゃんなんのおしごとしてるの?」などと思われてはいけない。
当然その場合、保護者からはもっと厳しい視線が向けられることであろうし。
あとは、プライバシーが守れる戸建の家が良い。
出かけた様子もないのに、いつの間にかいなくなっていた、なんてことが続けば不審がられるだろう。
ご近所トラブルは怖いものだが、中で死んでるんじゃないかと善意から干渉されても困る。
ロクサーヌがいるから孤独死の心配はないが、腹上死のような全く心当たりのない的外れな心配はされるかもしれない。
思い切って、
ソマーラの村はそれなりに裕福な村だったのだな……いや、盗賊に狙われたのだから当然か。
だが、〈ワープ〉と〈値引交渉〉や〈買取交渉〉のことを考えれば、交易プレイしつつ
というような条件をロクサーヌと詰めながら、食事をしている。
今日はそう……連日の迷宮探索の影響だろうな、寝坊して朝食を食べそびれてしまった。
それならばついでにと、クーラタルにある旅亭ギルドの宿で、朝食兼昼食を摂ることにしたのだが……
「……確かに美味しいが、ちょっと塩気が強いな」
「確かに、ベイル亭に比べるとそうかもしれません」
俺が頼んだのは白身のムニエル、この世界に来て初めて食べる魚料理となる。
地球の白身魚と同じ、解れやすいがしっかりした歯応え。
白身魚は咀嚼に時間が掛かるから味が濃い方が飽きが来ないと思う……がそれを差し引いてもちょっと濃すぎる気がする。
まあ、客層の多くは
「酒が呑みたくなってしまうな」
白ワインよりビールが恋しくなる味だ。
「ご主人様はお酒を嗜むのですか?」
「……まあ、少しな」
盗賊が気がかりだから、外で呑むのは気が引ける。
それに、ロクサーヌとベッドを共にしているのに酒に酔ってしまっては、いくら俺が自制心がある人間と言っても気が迷ってしまうかもしれない。
……やめよう、そろそろ自己欺瞞がしんどくなってきた。
「家を借りて落ち着いたら、少しばかり呑んでもいいかもな。
……ここはいい景色だからな」
テラス席にして良かった、町並みの向こう、残雪が眩しい急峻な山々に思わず感嘆のため息が出る。
海外に出たことはないが、スイスアルプスとはこんな景色なのではないだろうか。*1
この眺望を拝んで魚を食べる……なかなかできる贅沢ではないだろう。
「そう言ってくれると、この街の人間としては嬉しいね。
……ここにはなかなか、景色を楽しむようなやつはいなくってな」
突然横から話しかけてきた声に、「へぇ」と相槌を打ちながらすかさず、
(鑑定)
ローレル
<男・47歳>
色魔:Lv35
装備:山崩しの鉄剣
:身代わりのミサンガ
――はァッ!? 色魔!!?
……いや、これはジョブ……なのか?
〈鑑定〉さんが突然罵倒語に目覚めたのでなければ、ジョブのはずだ。
だがジョブ名の印象とは違い、ロクサーヌの方はチラリと見た程度だ。
「ここクーラタルの人間は、大体迷宮に入ってばかりだからな。
……ま、俺もその1人ではあるが、な」
と腰の剣をポンっと叩いた。
山崩し……どんな代物なのか、あまり視線を向けるのも怪しまれるかな。
男は金髪で口髭を生やしたちょい悪オヤジという風情だな、湘南ナンバーの車を持ってそう。
俺が入社した頃の課長にちょっと似てる。
納品前で徹夜する時は、ジンジャーエールのペットボトルにウイスキーを混ぜると仕事が捗ると、当時未成年の俺に教えてくれたものだ。
……ろくなもんじゃない。
だが適度に適当な人だったから、俺も新米の苦しい時期を乗り切れたという気もしている。
まあ、話し好きなようだ、ついでに情報収集といくか。
「実はここで家を借りようかと考えていてな。
ベイルの町の旅亭から、食事が安くて美味いとは聞いているんだが……」
男は「ほぅ、こないだ迷宮が増えた」と言うと、隣の机に寄りかかって話す姿勢を取った。
店内は閑散としているというほどではないが、客は少ない。
「ベイルとここじゃ、町並みが全然違うだろう?」
「確かに、向こうは城壁に囲われているな」
最古の迷宮のあるクーラタルは、迷宮を中心とした都市だ。
外から魔物の侵入を警戒していたベイルと違い、迷宮から魔物が溢れることを警戒している。
だから街の中心には平屋は一つもないほど過密で道も狭い、魔物を分断し街の外に出さないような設計だという。
反面、城壁がないので郊外は割と無計画に都市部が拡張していった歴史があるようだ。
なお、旅亭ギルドはこの街では後発なので、中心部から少し離れた郊外に宿がある。
「……それでは、盗賊などが入り放題ではないのか?」
「いやいや、ここは探索者の街クーラタルだぜ?
言い方は悪いけどな、探索者なんて金は無くても血の気は余ってるような連中の方が多いもんさ」
なるほど、日々迷宮に潜っているであろう探索者に比べれば、〈パーティー編成〉もできない盗賊はレベルも上げにくいはずだ。
その上、財布も薄いとなれば、盗賊にとっては美味みがないか。
ベイルの騎士団は盗賊をぞんざいに扱っていたが、ジョブの仕組みがわかってくると脅威度は低いのだろうというのがわかる。
……それでも、魔物と違って知恵のある人間は怖いように思うのだが。
「それに街には魔物も出るからな」
「……ロクサーヌは魔物が湧く街でも?」
「何の問題もありません」
愚問だったな。
「ま、腕っ節があるなら住み易い街だと思うぜ。
俺はローレル、ここの商業ギルドで仲買人をやってる」
「ほぅ、仲買人……」
「スキル付きの装備やスキル結晶、その他オークションに出るものなら売りでも買いでもなんでもござれ、さ」
もしかすると、ロクサーヌに持たせてるレイピアがスキル付きだと見込んで話しかけてきたのだろうか?
それとも、俺のことを若い娘と一緒に昼間から飯を食ってる裕福なディレッタントとでも思ったか。
「だが悪いな、今は普通の装備を探している。
とはいえこの街は、道が分かり難いな」
ふふっと男――ローレルが嫌味にならない程度の笑みを浮かべると、テラスから身を乗り出して「あの通りの奥だ」と指し示してくれた。
とその時、外から「ローレルさんっ!」と呼ぶ声が聞こえて、彼は大きく肩を竦めた。
……仕事をサボっていたのだろうか。
「家を探しているなら、街の中心の金物屋で訊くと良い、六区の世話役だ。
じゃあまた、機会があれば是非ご用命を、な」
悠然と立ち去る彼の背に、「親切にどうもありがとう」と声を掛ける。
すると、ピュッと後ろ手に指を振った。
イケオジと言うべきか、やりすぎと言うべきか……評価が分かれるところだろうな。
「……ロクサーヌはあのローレルという男のことをどう思う?」
「えっと……強そうな人でしたね」
色気より食い気の女の子を花より団子と言うが、この娘の場合はなんと言うのだろうな。
クーラタルの街
六区 郊外
クーラタルは迷宮を中心に放射状に6本の道が延びており、それを境に区画分けされている。
探索者ギルドがあるのが一区だ、クーラタルが探索者の街と言われていることがよくわかる、建物の大きさもこの街で一番だろう。
正対している四区には騎士団の詰め所がある、迷宮の入口で検問している騎士はここに詰めているのだろう。
……探索者に首輪を嵌めているようにも思える。
教えてもらった武器屋に寄って目的の杖を手に入れた後のこと。
六区の世話役だという金物屋の女店主に、区画について説明してもらいながら、そんなことを考えていた。
オネスタ
<女・37歳>
商人:Lv44
年齢は俺と同い年、レベルはアランと同じというところに少し可笑しみを感じる。
まあ、アランのジョブは奴隷商人だが。
店主に探索者であること、年4万ナールくらいで借りられる家を探していること、多少中心街から離れていてもいいので戸建が良いことを伝えると、早速案内してくれた。
4万ナールというのは、クーラタルの戸建の借家の大体の相場らしい。
今の稼ぎからすればもっと金は出せるが、不動産屋というのは予算のギリちょい上くらいの物件を紹介してくるものだ、というイメージがある。
「この辺りの気候はどうですか」
「いいところですよ。夏は涼しくて、冬もあまり雪は降りません」
郊外に向けて歩きながら、主にロクサーヌが大家にこの辺りのことを聞き取りしてくれた。
家事をするのはロクサーヌだし、俺が変なことを訊いて怪しまれてもいけない。
雪が少ないのは良いな、彼方に見える山が寒波の防波堤となっているのかもしれない、関東地方も日本アルプスのお陰でシベリア寒気団が来ないというし。
もしかすると雨も少ないのかもしれないが、水魔法が使える今となっては水不足も怖くない、なんなら毎日うどんを茹でることもできる。
「さあ、着きましたよ」
「へぇ、結構大きいな」
モルタル塗り2階建ての白い家だ。
この辺りやベイルの町でもよく見かけるような家である。
あのモルタルに使われているのが遮蔽セメントだろうか。
遮蔽セメントについては既に聞いている、冒険者の〈フィールドウォーク〉が使えない素材らしい。
ここは中心街からは1駅分くらい離れているだろうか、近いとは言えないが、徒歩通勤ができないほどでもない。
かといって気軽に買い物に行ける距離でもないな、〈ワープ〉がなければ微妙な距離だ。
ただし、中心街は石畳で舗装されていたが、この辺りは踏み固められてはいるが土が剥き出しだ。
砂利も敷かれてないから、雨や雪の日は泥濘になるだろう。
合わせて考えると、少し距離があるのに遮蔽セメントが使われているこの家は、案外捌き難い物件だったりするのかもしれない。
「この部分は庭ですか?」
「そうです、好きに使っていただいて構いません」
ロクサーヌが尋ねた区画は、家よりも広いくらいだ。
ちょっとした家庭菜園くらいならできるだろう、さっき白身のムニエルの付け合わせについてきた草が生えている。
なんとなく手で撫でているとロクサーヌが教えてくれる。
「ローズマリーですね、あまり元気がないようです」
「ここは若干高台になっているから、水が足りないのかもしれないな」
庭は荒れているが、植生は貧弱に思える、
心なしか、世話役から緊張した視線を感じるが……まあ〈値引交渉〉もあるからゴネる必要もないだろう。
あと、大家さんの心証を悪くするのは単純に怖い。
「中を見せてもらえるだろうか?」
「家のほうですが、この前木窓の修復を行なって掃除もしたので、家具を運び込めばすぐにでも住める状態です」
中に入ると、その広さに驚く、日本的感覚で言えば邸宅と言って良い。
日本で住んでいた時の家は、元々リタイアした老夫婦が終の棲家に建てた家で、住宅ローン控除を受けるためだと思うが一階建てで床面積は50平米ギリギリだった*2。
この家……いや屋敷は恐らく1階部分だけでその倍はある、将来パーティーメンバーが6人に増えても問題ないだろう。
「前の住人が色々手直ししてしまっているので、中はどんな改装をしても構いません」
「……改装というと?」
賃貸物件に住まう全人類が羨む剛毅な言葉を吐いた世話役の女性は、しかし頭に手を当ててため息を吐いた。
「特に手を加えてしまったのは水洗トイレですね」
と、一階にあるトイレに案内される。
上の容器に水を入れると、外のドブへ流れる仕組みだという。
近くの川からも取水しているので、それほど汚くもないそうだ。
「庭で仰っていた通り、この場所では水を用意するのもやや不便なんですけどね……前の住人の趣味です。
他にも作ろうとしていたので、それはやめさせました」
「……もう1つトイレを?」
訊くと、隣にある部屋へと案内された。
2畳ほどの小部屋に、二重扉で更に部屋があり、この部屋にも排水口だけが繋がっているという。
広さは4畳半か、あるいは6畳間に近いかもしれない。
「トイレの隣に……一体何を造ろうと?」
「さぁ、途中でやめさせたのでわかりませんが、洗濯場でしょうか……この部屋でも使えるような桶だと何人分の洗濯物になるかわかりませんが」
「……そんな大きな桶が?」
「まぁ、特注すれば作れると思いますが……よろしければ後ほど業者を紹介しましょうか?」
是非お願いする、と頼むと……変人を見る目をされた、なぜだ。
……俺はこの部屋は浴室だと思う、小部屋は脱衣所だろう。
そして水を用意する手段にも心当たりがある、スキルだ。
ロクサーヌが使っているほむらのレイピアには〈火炎剣〉という剣身に火を纏うスキルがついている、火属性の魔法があり水属性の魔法もあるのだから、水属性のスキルもあるはずだ。
まあ湯船に浸かる風呂ではなく、サウナ風呂のようなものかもしれないが、大きな桶があれば湯船にもできるだろう。
念の為、入口の大きさはよく見ておこう、俺の身長を基準にすれば問題ないと思うが、もし運べなかったら大惨事だ。
俺が考え事をしている間に、2人は隣のキッチンに移動していた。
ロクサーヌの中では、俺のことは結構な食道楽ということになっているようだ。
料理が作れるか、と聞いたら緊張した面持ちをしていた。
今も真剣な様子で使い勝手を訊いている、別に凝った料理が食べたければ外食すれば良いし、そこまでのものは求めていないのだが……。
「……少し2階を見させていただく」
2人に言って、2階へ上がる。
2階は大部屋と中部屋の2部屋構造だった、大部屋には暖炉もある、ここを寝室兼書斎にしようかと考えながら――
(ワープ――隣の部屋!)
結果は――成功だ!
さすがはボーナス呪文というべきか、〈フィールドウォーク〉と〈ダンジョンウォーク〉の完全上位互換と言える。
ただし、うっかり遮蔽セメントがある壁に〈ワープ〉してしまわないよう、気をつける必要がある。
今まではホイホイ使えなかったが、最近はMPに余裕も出てきた、油断しないようにしなければ。
……。
…………。
………………。
「どうでしょう? 庭もほったらかしてしまっているので、この家は1年契約で45,000ナール。
契約は、今日はもう引っ越しもできないでしょうから、明日から来年の今日までにということにしましょう」
俺の心は決まっている。
ロクサーヌを見ると、彼女も目を合わせ頷いた。
「是非、この家を契約させてもらいたい」