その後、騎士団でインテリジェンスカードのチェックをした後、ロクサーヌに代筆してもらって契約に進んだ。
日本に比べれば契約内容は薄い、改装も自由にして良いと言われ、前の住人は現状回復もしていないのだから、制約も緩い。
ただ、家賃1年分一括払いで、途中で打ち切っても基本的に家賃は返ってこないらしい。
契約時、〈値引交渉30%値引〉を利かせるために、目を引いた中華鍋っぽい鉄鍋、庭の手入れをする鍬や工具を一緒に買うことにする。
〈値引交渉〉は商品の売買時に効果を発揮するから、ついつい色々買ってしまうな。
「申し訳ない、つい手が伸びてしまったが、これらを明日まで預かってもらえないだろうか?
……これから家具を用立てなければならないのだが」
「あらあら、うちの製品を気に入っていただいたようで嬉しくなってしまいますね」
〈値引交渉30%値引〉が利いただけだと思うが、特別サービスで安くしてもらえてこちらも嬉しいのであまり気にするのはよそう。
ついでに家具屋と桶屋を紹介してもらい、
「家具をお買い求めなら、中古の家具であれば明日には届けてもらえるでしょう。
店に預けて、その時に一緒に届けるように言えば大丈夫ですよ、どこもウチのお得意様ですからね」
確かに、どちらでも金属製の工具は必須だろう、いや店だけでなく普通の市民もそれは同じか。
伊達に世話役をやってはいないということだな。
長いものには巻かれろというし、ありがたく紹介された店に行くことにする。
家具屋ではベッドと〈パーティー編成〉の最大数である6人掛けのテーブルと椅子、戸棚、クローゼットを買った。
マットレスは新品に換えてくれるというから一安心だ。
2階の大部屋を書斎兼寝室にしたいからデスクも欲しいが、ダブルベッドを置いてから改めて検討することにする。
「それと、ロクサーヌ用のシングルベッドを買うぞ」
「えと、その、よろしいのでしょうか?」
その、よろしいのでしょうか、とはどういう意味なのだろうか。
奴隷にベッドを買うことがよろしいのか、という意味か、はたまた私と一緒に寝ないでよろしいのか、という意味か。
えー、ご主人様って1人で寝られるんですかー? なんてことは思われていないと思いたい。
「もちろんだ、必要なものだからな」
だが鋼鉄の意志で貫徹する。
実際、彼女にも生理とかあるはずだし、あった方が良いだろう。
こういう話はどうもし難いな……。
次の桶屋は、中古品を扱っていた家具屋と違って工房だった。
「おう、らっしゃい」
店主、あるいは工房長は村人だから値引は利かないか。
まあものは考えようだ、直売だから割引が要らないほど安いのだと考えよう。
ロクサーヌとは、庭木の水やり、台所の洗い物、洗濯、コップに使う桶が必要だと話している。
「たらいというのは、あれが最大か?」
「もっとデカいのを特注で作ることもできるぜ」
ロクサーヌが入念に選んでいる間、店主と話す。
昔ながらのワイン造りに使うような、葡萄踏みのたらいなんかは人が入れるほど大きいから、できるとは思っていたが一安心だ。
「人の背丈ほどの……、そうだな店主殿の背丈程の直径のたらいを作ってほしい。
深さは膝丈ほどの……」
手近にある丁度良い深さのたらいを差して、これくらいで、と頼む。
店主の背丈は俺より高いが、屈まなければ扉も通れないような巨体ではない。
度量衡がいまいちわからないが、具体例を示すようにすれば問題ないだろう。
「そうだな……2,000ナールほど掛かるがいいか?」
「是非頼む」
思ったより断然安い、直売価格でありがたい。
だが受注生産になるから、5日掛かるという、出来たら届けてくれるというからありがたく言葉に甘えることにする。
ロクサーヌも選び終わったようだ、そちらはその場で購入する。
「しまったな、結局荷物が出来てしまった、桶屋に来てから家具屋に行くべきだったか……」
「いえ、私にお任せください。
……ところで、大きなたらいを何に使うのですか?」
この世界では、風呂は少なくとも一般的ではないらしい。
あまりおおっぴらに言うことでもないから、「まあ楽しみにしておいてくれ」と誤魔化しておく。
とはいえ、風呂は好き嫌いもあるから気に入るかは分からないか……だが俺としては是非入りたい。
俺も特別風呂好きというわけではないが、入浴は体臭を防ぐ。
ロクサーヌの嗅覚の前では焼け石に水かもしれないが、できるだけ抑えたい……加齢臭とか。
「ベイルに戻る前に、たらいを置きに行こうか」
その日は冒険者ギルドで〈フィールドウォーク〉を使う冒険者に紛れて新居へ移動して桶を置き、ベイルに戻った。
クーラタルとベイルには時差があり、どうもベイルの方が東にあるようで、既に夕暮れだった。
面倒臭がらずに歩いていたら、夕飯の時間に間に合わなかったかもしれない、物臭なのもたまには役に立つ。
ベイルの迷宮
三階層
「いました」
ロクサーヌの先導する先に〈鑑定〉を使う。
コボルト
Lv:3
グリーンキャタピラー
Lv:3
グリーンキャタピラーか、コボルト狩りをしていた時は魔法4発だったが……。
「ファイヤーストーム」
2匹の魔物に火の粉が舞い、まずコボルトが甲高い悲鳴を上げて脱落した。
グリーンキャタピラーが身体を縮めて突進の構えを取る……が、まだ魔法は
ロクサーヌが盾を構えて前に出る。
「ファイヤーボール」
飛び掛かるグリーンキャタピラーを丁度撃ち落とす形で火球が吸い込まれた。
ギチギチと鳴き声を発しながらのたうつが、まだ生きている。
態勢を整えた芋虫の足元で魔法陣が生じた、糸が来る!
「お下がりください」
「わかった」
一歩、二歩と距離を取る。
「来ます!」
「こっちもだ! ――ファイヤーボール」
グリーンキャタピラーが糸を吐く! その奔流を切り裂くように、火球が突き進む!
そして勢いを失った白い固まりはこちらに届く前に霧散した。
糸
煙が晴れるとドロップアイテムが残っていた。
「……3発か、ロクサーヌが教えてくれた通りだな、杖で威力が増している」
「はい! ありがとうございます」
加賀 道夫
<男・37歳>
探索者:Lv17
英雄:Lv13
魔法使い:Lv11
商人:Lv8
装備:ワンド
:木の盾
:皮の帽子
:皮の鎧
:皮のグローブ
:皮の靴
「では、また次を探してくれるか」
「わかりました!」
ロクサーヌの後ろを歩くと、ピクピクと跳ねる尻尾に思わず視線が吸い寄せられてしまう。
本人は気付いているのだろうか。
「ウッドステッキの方も試して比較したいので、またグリーンキャタピラーを探してくれるか」
「なるほど、了解です」
杖には2系統あるらしく、ワンド、ケーン、ロッドの3種類と、別の棚に木、鉄、鋼鉄のステッキの3種類が置いてあった。
ワンド系統はダイアゴン横丁で売っていそうな短い杖――指揮棒と言った方が印象としては近い。
ステッキ系統はそのものずばり、
まさかインテリジェンスカードを調べられることはないだろうが、魔法使いでもないのに店員に聞くのも憚られるので、こうして自力で検証しなければならない。
「いました」
む、さっきと同じ構成か、ロクサーヌは本当に凄いな。
同じように試したところ、ウッドステッキではグリーンキャタピラーに4発必要だった。
「ワンドの方が優秀なようなので、今後はこっちを使うようにする。
次はニードルウッドで試してみたい」
「はい、探します」
だがいずれにしても、武器で魔法が強化できるとわかったことは大きい。
ボーナスポイントの〈知力上昇〉によって知力のステータスが魔法の威力に影響することは確認してみたが、知力が上がるスキルがあればもっと強化できるだろう。
武器屋には空きスロットが3つあるロッドがあった、明日にでも買ってしまうか。
「そろそろMPが切れそうだ、デュランダルでMPを回復するから、適当な敵を探してくれるか」
「はい」
この時間がちょっと面倒臭いのだよなぁ……。
狩り効率を上げるのには、レベルを上げる、ジョブを増やす、武器を強化する、の3つの手段がある。
だが威力を上げる以外にも、MPを増やすという方向もあるな。
〈知力小上昇〉のある商人を〈フォースジョブ〉でつけているが、〈ワープ〉を使う時のようにMPが上がる僧侶にしても良いかもしれない。
「……いや、何も俺のジョブを変えなくても良いか?」
「ご主人様?」
いやすまん、と謝っておく。
ロクサーヌはどうも俺を誤解している気がするし、そもそも思い込みが強い娘と感じる。
だからこまめに、今何をしようとしているか、どういうつもりかを話して意図を伝えるように気をつけているが、つい独り言まで口にしてしまった。
「以前、獣戦士がいるとパーティーメンバーも機敏に動けるらしい、という話をしてくれたな」
「……ええと、はっきりとした話ではありませんが」
この世界に来た当初、不安だったのでボーナスポイントを敏捷上昇に割り振っていた。
だがロクサーヌとパーティーを組んでからは、無敵の索敵能力でほぼ確で先制攻撃ができるものだから、経験値獲得系スキルに割り振るようにして、特に不都合なく動くことができた。
それでジョブの効果がパーティーメンバーに共有されるのでは、と思って訊いたのだった。
「ロクサーヌのジョブを僧侶にしても構わないだろうか?
僧侶にはパーティメンバーのMPを上昇させる効果があるようなのでな」
「もちろんです、お任せします」
「おそらく、獣戦士より動きが悪くなると思う、気をつけてくれ」
まあ、間違いなく要らぬ心配だろうが、一応な。
「はい、ありがとうございます。
ご主人様がお怪我をされた時には、手当てをいたしますね」
「ああ、頼むとしよう」
しまったな、よく考えたら僧侶は〈MP微上昇〉だ、〈知力小上昇〉がある薬草採取士にしていれば、魔法の使用回数を抑えられるかもしれない。
だが……ロクサーヌが小声で〈手当〉の詠唱を練習している、韻に合わせて尻尾を揺らしながら。
この状況でやっぱなしで、って言える奴いる? いねえよなぁ!?
「あ、ご主人様、あちらにコボルトが」
「……わかった」
ロクサーヌの視線が……視線が痛い。
ものすごく緊張しながら、だがサクッと倒した、まあコボルトだしな。
だがコボルト相手ではMP吸収量に少し不安があるな。
「も、もう1匹頼む」
「はい、お任せください」
……まあ、今はMPを上げることが目的だったから間違ってはいないはずだ。
そういえば狩り効率を上げる方法はもう一つあるな、既に高レベルのメンバーを増やすことだ、そして何も一緒に迷宮に入ってくれなくても良いのだ*1。
僧侶と薬草採取士の知り合いはいないが、商人はいる。
世話役の女性は商人:Lv44だった、さすがにパーティに入ってくれと言える間柄ではないし、既に入っているかもしれないが。
アランも戦闘奴隷のパーティーメンバーの位置は息子に譲っていると言っていたか、商人としては信用しているが、あまり手の内を晒すのもな。
ビッカーは商人:Lv6だったはずだ、偶然にも俺と同じだが、微妙にも程がある……迷宮行きだっ……! 1050年迷宮行きっ……!
「……見つけました」
その日も粛々と狩りを続けた。
ベイルの町
コボルトのレアドロップであるコボルトナイフは、体感1割超、2割未満というドロップ率だ。
なので、これを15本拾ったら大体130匹くらい倒しただろうと判断している。
もちろん、他の魔物も30~40匹くらい混ざるから、合わせて〈結晶化促進六十四倍〉でおおよそ1万ナール分になるだろう。
今日はワンドの影響で早く稼げたので、夕食の時間までロクサーヌとベイルの街を散策することにした。
「今日はロムヤさんいなかったですね」
「時間が合わなかったかそもそも来なかったか、まあ明日は市の日だから会えるだろう」
もう新居に家具を置いて、日用品も買い込んだ。
明日引っ越すことは、旅亭の男にも伝えてある。
そう思うと、感慨深くはある。
……そういえば、旅亭に明日楽しみにしていろと言われたな、なんだろうか。
「今日の探索者ギルドは少し混んでいましたね」
「日を追うごとにそう感じるな、迷宮の影響だろうな」
ロムヤ達のように、近隣から探索者志望が集まっているのだろう。
ある種、季節労働者のようなものか。
このまま迷宮が攻略されなければ、クーラタルのように探索者ギルドが大きくなるのかもしれない。
「……今度、クーラタルの街も散策しよう、
「はい、お供いたします」
クーラタルの冒険者ギルドは小さい、街の中心に陣取る探索者ギルドを見た後だと尚更そう感じる。
冒険者ギルドがBEA*2なら、探索者ギルドはNTSB*3だ、……いやそれはさすがに言い過ぎたな。
だが、小さいだけに〈ワープ〉を使うのが少し怖い、あの顔の広い世話役のオネスタ女史に見られたら……と思うとな。
「……この街はご主人様に拾っていただいた場所ですが……これからもきっと御役に立てますね」
ロクサーヌは街の広場で、目を巡らす。
きっと盗賊と戦った時のことなんかを思い返しているのだろうな。
ベイルの迷宮には今後も入るつもりだが、この街に来ることは……ああ、いや。
……すまん、奴隷を買いにまたここ来るわ、多分近い内に。
ベイル亭
翌朝、朝食を終えてから引っ越し作業に取り掛かる。
ここに住み着いて――いや泊まって15日か、地球の我が家はどうなったか、まあ今更か。
各種生活必需品や衣服、色々と買い込んだものだ。
宿と新居を〈ワープ〉で繋ぎ、バケツリレーのようにしてものを運び込むが、運ぶ度にきっちりMPが消費されている、しかも恐らく往復分。
確かに結果を見ればその通りだ、抜け道は許さないということだな。
おかげで一度、迷宮に行ってMPを回復する必要があった。
……まあそうか。
移動魔法でなんでも運べるなら、物流網を構築する必要もなくなる。
だが、現実にはそうなってはいないのだ。
「名残惜しいが……まあ、いつか懐かしくなったら旅行にでも来るか」
「はい! そうですね」
いつかジジイになって、ここでのことを良い思い出として懐かしめるように、ロクサーヌと過ごしたいものだ。
銀婚式に新婚旅行で行った旅館に泊まるみたいだな、と想像してしまって……なんとも気恥ずかしい。
部屋を出て階段を下りる。
今となっては共用トイレも……微塵も懐かしくないな、二度と御免だ。
ロビーにはいつもの通り旅亭がいて、ビッカーと雑談していた。
結局あの旅亭が勤務していない時間は見つからなかったな、エマーロ族恐るべし。
「よぉ、ミチオさん!」
「ああ、久しぶり……でもないか、元気そうでなによりだ、ロムヤさん」
ロムヤは今日も村の若者達を引き連れてきたそうだ。
護衛という名目だが、実態は荷物持ちだと笑っている。
「……寂しくなりますねぇ、また村までとは言いませんが、ベイルで会えると良いんだけど」
「……いや、ほむらのレイピアを返さなきゃいけないから、必ず会いに行くよ」
「そういやそうだった。……なぁんだ、それならすぐ会えそうだ」
どうだかな、と苦笑いする。
実際どうなのだろう? 近い内にちゃんと調べないといけないな。
「お久しぶりです、ミチオさん。
旅亭さんから、お引越しなさると聞きましたよ、水臭い! 引っ越し祝いもご用意できないじゃありませんか」
「これまで充分もらったよ、ありがとう」
ビッカーには最初ベイルの町の案内をしてもらって、盗賊についても教えてもらったな。
彼は盗賊が俺を狙ってるのもデマじゃないかと言い当てていた。
地元の商人というのは大したものだ。
「こっちからは引っ越し祝いがあるぞ。
最近は天気が良かったからな、なんとか間に合ったんだ」
旅亭が盆に載った焼き菓子と手のひらサイズの小袋をくれた。
キュピコをドライフルーツにしたものが入っている焼き菓子らしい、さくらんぼのような風味と酸味が際立っている。
今思うと、生そのまま食べていた時は生臭さというか、エグみがあったが、全く感じられない。
「俺達エマーロ族は引っ越しのプロみたいなものだからな。
その経験上、甘いモンもらって機嫌を悪くする奴はそうはいない、大家なり、お隣さんなりに配ると良い」
「ありがとう、ベイルの町で作られた、ソマーラの村の名物が使われたものだと言っておくよ」
ビッカーも嬉しそうだ。
彼に旅亭ギルドの宿を紹介してもらって、俺がお裾分けしたキュピコが今こうした形になっている。
……不思議なものだな。
あまり長話してると辛くなりそうだ。
いい歳して人付き合いに慣れてないから、ちょっとしたことで目頭が少し熱くなる。
俺はカウンターに鍵を置いた。
「……では、連泊は今日までだ、随分と世話になった」
「ああ、またいつか旅亭ギルドの宿に泊まってくれ」