ベイルの迷宮
四階層
武器をワンドからロッドに換えても魔法の使用回数は変わらなかった。
まあ、例えば元の威力が100として、杖の補正がワンドで1割増、ケーンで2割増、ロッドで3割増としても、ワンドで3発必要な相手にロッドで2発になるとは限らないか。
四階層に行けば効果が実感できるだろうか。
そんな皮算用をしながら、人がほとんど来ない三階層で鳥なき里の蝙蝠のようにコボルトを狩る作業を続けていると、とうとうボス部屋に到達した。
「クーラタルの一階層の時より、多少硬いくらいだったか?」
「そうですね、それでもご主人様のおかげでとても早く倒せています」
コボルトのボスであるコボルトケンプファーは剣を持つコボルトだが、脅威とは呼べない。
ボスは1体しか出ないから、ダメージ効率の良いデュランダルを使った。
魔法により遠距離攻撃をするまでもなく、ほとんど一方的に攻撃できてしまう。
しかし、この三階層と四階層の落差には悪意しか感じないな。
ミノ
Lv:4
筋骨隆々な牛の魔物、体高は奈良公園のシカぐらいだが、体重はその倍はあるだろう。
こちらに気付いた! ガッ、ガッと蹄を鳴らして突進してくる!
速さ、威圧感、鋭そうな角、すべてでコボルトを超越しているな。
「なかなか凶暴そうだな」
「そうですね……動きを見て――」
前に進み出たロクサーヌに、角で掬い上げるようにミノが首を巡らす――
「――躱さなければなりません」
――が、全く慌てた様子もなく避けて一撃を食らわせていた。
……うん、まあいつもの。
そしてひるむ様子もないミノが、ロクサーヌに再度突撃しようと旋回する。
……横から見ると、なにか致命的な設計ミスが起きているような体型だ。
ボディビルダーのような四肢を繋ぐ胴体は、しかし異様に寸詰まりだった。
世界一醜い犬コンテストで優勝した、やたらと胴が短い犬の写真を見たことがあるが、あんな感じだな。
その短い胴体にデュランダルで斬りつけると、モ゙オ゙! と短く鳴いて煙となった。
良かった、まだ一撃で倒せる。
皮
これがミノのドロップアイテムか。
「この皮とは、皮装備の皮のことでいいのか?」
「はい、そのようです」
俺もロクサーヌも、つけているのは恐らく最下級であろう皮装備だ。
ミノの皮でミノの角が防げるか……うーん、どう考えても無理に思える。
「これがいくつあれば装備が作れるか知っているか?」
「……すみません、わかりません。
装備は鍛冶師が作るものですから、鍛冶師なら知っていると思いますが……」
鍛冶師……皮なのに鍛冶?
世話役の金物屋の製品を作っているのは、亭主の鍛冶職人と言っていたような気がする。
確認してみると、生業としての鍛冶職人ではなく、鍛冶師というジョブのことのようだ。
「鍛冶師とはドワーフの種族固有ジョブのことです。
武器や防具の製造や、スキル結晶の融合を行うことができます」
「……ああ、すまん、前に教えてくれたな」
以前、装備の空きスキルについて訊いたことがあったが、その時に鍛冶師について聞いたのだったかな。
ロクサーヌの「滅相もございません」という微笑みに、救われるやら小恥ずかしいやら。
「薬草採取士の生薬生成で、80ナールのリーフが100ナールの毒消し丸10個になるんだったか……」
もちろん、素材の買取価格と最終製品の売却価格を比較しても意味は薄い。
だが毒消し丸の買取価格が、装備品のように4分の1になったとしても250ナールだ。
それを考えれば、素材の買取価格と装備品の売却価格も3倍くらいにはなるのではなかろうか。
「……欲しいな、鍛冶師」
「鍛冶師はパーティメンバーの攻撃力を上げると言われています、探索の役にも立つでしょう」
なるほど、同じ種族固有ジョブの獣戦士が〈敏捷中上昇〉だから、察するに〈腕力中上昇〉か。
ミノ:Lv4はデュランダルで一撃だったから今は良いが、いずれは一撃でなくなるだろうし……うーむ、欲しい。
「まあ、今いない者の話をしても仕方がないな、2人で出来る限りをやるとしよう。
……さて、四階層の敵に魔法でどれくらい戦えるか試したい、三階層と違って人目を避けながらで苦労をかけるが、敵を探してくれるか」
「はい、お任せください」
一通りの敵を試して、相変わらずコボルトは1発、それ以外の魔物は3発だった。
三階層と戦闘時間が同じなら、魔物が多いこちらで戦った方が良い。
そしてロッドの効果を確認するためにワンドに換えたら4発だったから、やはり高い金を払っただけのことはあるのだ、と安心していた時――。
「あっ、やりましたねっ! ご主人様!!」
「お、おう?」
スキル結晶
コボルト
「なるほど、これがさっき話したスキル結晶か」
三階層でさんざん倒しても出なかったのに、ミノのお供で……偶然だろうが、物事というのは重なるものだな。
ロクサーヌも初めて見るというから、かなり確率は低いのだろう。
100分の1未満、1000分の1以上くらいか、ソシャゲのガチャに比べれば良心的か。
「幸先が良いな、この調子で先に進むとしよう」
「はい!」
なお、スキル結晶がまたドロップするような幸運はなかった。
クーラタルの街
道夫の家
引っ越ししたばかりの、なんとなく浮ついた気持ちは、そろそろ治まっただろうか。
日本と違って、明日は役所に行って明後日は警察署に行って……ということがないから、随分楽ではある。
それでもあれがないこれがない、という気付きは日々あるもので、朝食後にコボルト狩りをした後、長い昼休憩を取って家事を片付けつつ、夕食まで引き続きベイルの迷宮の探索を進める、という生活を続けている。
クーラタルの迷宮は、たまにナイーブオリーブからオリーブオイルを調達する程度に留めている。
人が多いので魔法が使い難く、人を避けつつ敵を探すのが非効率だという理由も大きいが、三階層のスパイスパイダーが毒攻撃をしてくるというのが気になっている。
その日は特注のたらいが届く日だった、とうとう風呂に入れる日ということでもある。
そして汚れても良い日ということで、迷宮は午前中だけで済ませて、後回しにしてきた仕事をすることにした。
「今日は庭の整備をしよう」
「はい、ハーブの種は揃っています」
これまでも水魔法で出した水を庭木にやったりはしていたが、それでやや持ち直したように見えるローズマリーの周囲の雑草を駆除する。
そして周辺は耕して、ロクサーヌがチョイスしたハーブを植えるという予定だ。
迷宮から産する肉や魚、油の類はアイテムボックスに入れてずっと保管できるので買い込んでいるのだが、比較すると野菜と調味料は貧弱だ。
なお、ハーブ類の種や苗を取り扱っている店も金物屋のお得意様だ、紹介してもらった。
「雑草ごと掘り返して、緑肥として鋤き込んでしまえば良いと思います。
私がいたしましょうか?」
「いや、ロクサーヌはローズマリーの周囲の雑草を取り除いてくれるか、折角根付いているのだし、大切にしたいからな」
まともな農作業の経験などないが、ボーナスポイントを〈腕力上昇〉に注ぎ込む。
筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決すると最果ての聖騎士も言っている。
実際解決しそうだ。
というより、元々随分手を入れていたのだろう、丹念に石が取り除かれていたようだ。
日本の我が家は防草シートを敷くのも一苦労だった、固定用の杭が地面に入らないから、業者も音を上げて1日作業の見積もりが2日になったからな。
「ご主人様、桶屋からの使いの人が来ました。
これから受け取れるとお返事してしまってよろしいでしょうか?」
「――ああ、熱中してしまったな、それで構わない」
思い切り土を掻き出して、草や根を細かく粉砕するように鍬を入れ、更に下の土と混ぜ合わせる。
これが正しい手順かわからないが、ひたすら地道に丁寧に、教育工数も管理工数もなく無心に単純作業をやるのは楽しい。
レベルが上がって身体の動きが軽くなっているから、なおのこと楽しい。
ロクサーヌは「素晴らしいお手並みです」と言うが、さてどうなのだろう。
「……でか」
木立ちの合間で
荷台の上に円形のたらいが縦に置かれていた、直径約2メートル、荷台の高さも入れれば3メートルほどか、パンジャンドラムじゃん。
「こちらは注文の品になります」
工房の丁稚だろうか、がっしりとしているものの、年若い印象の馭者が届けてくれた。
「板も厚くて、丈夫そうだな」
「これくらいはないと、すぐに壊れてしまいます」
この分厚さは……掴んだ感じでは、冷蔵庫のドアくらいあるだろうか、底板も同じくらい厚いようだ。
だが考えてみれば、最近の浴槽と違って魔法瓶構造ではないから冷めやすいかもしれないな。
「ところで、このたらいを覆うような蓋を作ってもらうこともできるだろうか?」
「……すいやせん、できるとは思いやすが、親方に訊いてみないと」
「その通りだな、すまない、そちらの仕事には満足している」
馭者は「親方に伝えやす」と言うと帰っていった。
「よし、これを運んだら、一休みして昼食を摂って、もう一仕事しようか」
「ええと、このたらいは……」
「これはあの排水口だけがある部屋に運ぶ、手伝ってくれ」
……そして庭仕事と家事を終わらせて、夜。
夕食はロクサーヌが昼に作ってくれたポトフだった。
彼女は恐縮しているが、それは気にし過ぎというものだろう、日本人だってカレーを鍋一杯作ったらしばらくカレーが続くくらいは当然だし。
ベイル亭の良い食事をずっと食べていたからか、どうも彼女には食道楽と思われてしまっているようだ。
「野菜に味が染み込んでいて美味しいな」
「あっ、ありがとうございます」
実際、時間が経ってごろごろした野菜に味が馴染んでいて、素朴だが充分に美味しい。
そうだ、カレーは難しいだろうが、ホワイトシチューなら作れるかもしれないな。
とはいえ家事を手伝うと言っても遠慮されてしまうし、上司が部下の仕事を奪ってしまうのもどうか……ちょっとその辺りの機微が掴めていない。
……とりあえず、自分にしかできない仕事をするとしようか。
「さて、たらいに湯を張って、湯船にしようと思う。
俺はたらいのある部屋に籠もっているから、ロクサーヌは片付けを頼む」
「湯船、お風呂ですか……お風呂に入るのは王侯貴族くらいですが……」
「……多分、MP回復するのに手伝ってもらうことになるかもしれん」
……なんかまた変なことを考えていやしないだろうな。
まあ良いか、と上着の腕をまくる。
〈ウォーターウォール〉で水瓶に水を張り、〈ファイヤーボール〉を撃ち込んで温めて、皮のグローブをした手でたらいにお湯を移す、という作業をしながらどれくらい掛かるか考える。
一度の〈ウォーターウォール〉で水瓶を3つ満杯にできる。
水瓶1つが10リットルとして、30リットルのお湯を作るのに魔法を4回使う。
たらいの面積は直径2メートルとして、半径×半径×円周率に、深さを50cmとして……いやこれ桁数あってるか?
アラフォーの頭では難しい暗算はできない、すんなり公式が出てきただけ褒めてほしい。
【ジョブ設定】
探索者:Lv18
英雄:Lv14
商人:Lv8
魔法使い:Lv10
僧侶:Lv7
村人:Lv10
薬草採取士:Lv5
剣士:Lv5
戦士:Lv5
盗賊:Lv5
農夫:Lv1
……ん? 農夫が増えているな、農作業をしたからか。
まあ今はいいか、商人の〈カルク〉で計算した結果、1570リットル――1.57トンのお湯が必要らしい。
つまりこのサイクルを53回、魔法を212回使う必要がある。
詠唱破棄で魔法が1発30秒とすると、106分掛かるのか。
「……マジで?」
思わず独り言が出てしまった。
……カイゼンだ! カイゼンが必要だ!!
ここは水源まで距離があるから、水は魔法を使う必要があるだろう、だが水を温める手段は他にもあるのではないか?
台所で鍋を使って湯を沸かす……論外だ、燃料がどれくらい掛かると思う。
いや、水を熱するのではなく、石を熱して水に漬けるとか……。
「……あッ!? ――ロクサーヌ!」
「……は、はいっ、ご主人様! 如何されましたか!?」
いかんいかん、慌てて呼び出すようなことでもなかった。
努めて声を落ち着ける。
「魔法で水を出して温めているのだが、思ったより手間がかかりそうで途方に暮れていた。
……ほむらのレイピアはもう手入れをした後だろうか?」
「ええと、火炎剣で水を温めるということでしょうか?」
……ま、まずいだろうか、剣は戦士の魂とか。
口を開く前に頭を使え! このバカチンが!
俺のボーナスポイントのような
「そ、そのつもりだったが、やはり――」
「それでしたら私も御役に立てますね!」
「――やめ…………は? あー、その、ロクサーヌがそれで良いなら」
ロクサーヌの尻尾がブンブン振られている。
空回りしてるな、思考がネガティブになっているのは、MPが減ってきているからか。
「……その前に、すまん、迷宮でMPを回復したい」
ちょっと行って帰ってくるつもりだったが、意気込んだロクサーヌにしっかり装備を整えるよう言われて思い直し、ベイルの迷宮……はMP残量が心配なのでクーラタルの二階層へ行きナイーブオリーブを狩る。
戻ってまず〈ウォーターウォール〉でたらいを水で満たす、水瓶に入れる工程が省けるので、無駄なく水を入れられる、都合5回で目標量になった。
「呼びかけたるは我が心、感じ現る剣の意思、奔流、火炎剣!」
横では刀身を水に浸しながら、ロクサーヌが水を温めている。
スキルを発動している間、水をかき混ぜて温度ムラをなくす、これも結構な重労働だが、こうしないと剣の周囲の水だけ熱湯になって火傷しそうだ。
現状のロクサーヌのMPでは、4回連続でスキルを使うと辛くなるようだ、だがそれでも充分助かる。
途中で俺が代わり、それでも温度が上がりきらないので再度迷宮へ行ってお互いにMP回復する……
もう一回往復して、湯船の水を全てお湯にすることができた、今回は1時間以上掛かってしまったが、慣れれば半分も掛からない気がする。
「これなら2、3日に1度沸かしてもいいかもしれんな」
「お疲れ様でした」
「早速だが、着替えを用意してくれるか、一緒に入ろう*1」
「えっ、私もよろしいのでしょうか?」
もちろんだ、と言ってから思いつく。
そうだ、いつだったか石鹸を作ろうと思ったがまだ試していなかった。
だがハーブや果実で香りをつけるのは良いかもしれない、ハーブは当然まだ芽吹いてもいないが……そうそう、あれを買ってあったな。
スキップしそうな足取りで台所へ行って戻る。
「……お待たせしました、わぁ……レモンですか?」
「半分に切って湯に浮かべてみた……いい香りだろう?」
「はい! ……あの、ご主人様お召し物を」
いかんいかん、少し落ち着かなくては。
迷宮に入ったから、装備もリュックも身につけたままだった。
「こっちの小部屋で着替えられるようにするつもりだ。
……タオルや脱いだ服を入れる籠か何かがあったほうが良いな」
「確かにそうですね……お手伝いいたします」
当然、貰ったら返すものだ。
ロクサーヌが脱ぐのも丁寧に丹念に手伝おうとも。
「あ、あの! 皮装備に湿気は良くないですから、一度、拭いて」
「…………そう……だな」
リュックの中から手ぬぐいを出す! こういう時は嘆くより手を動かすのだ! 装備についた水滴を拭き取る!
俺の方が手が大きいから、早く終るはずだ。
そう思って鎧を拭いている時――。
「えっ? ええっ!?」
「ど、どうした?」
俺の荷物を整理しているロクサーヌが素っ頓狂な声を上げて、作業を中断させられた。
「ご主人様の魔結晶の色、朝は緑だったはずですが……」
……驚いた。
今はMPを少しでも増やすために、〈シックススジョブ〉でジョブを増やしていた。
だからよりによって今、MP回復のため数匹狩った今
1日1万ナールを目安に稼いでいたが、多分1割くらいは多めに稼いでいるのではと思っていたが、更に余分に稼いでいたか……。
黄魔結晶――10万ナール稼いだ証がロクサーヌの手に乗っていた。