ベイル
アランの館
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました、ミチオ様」
「いつも急に来て申し訳ない、アラン殿」
「いえいえ、いつでもお越しください」
これまでよりも対応が柔らかいだろうか、「どうぞおかけください」という言葉に従う。
同時に従業員がお茶を置いてくれた。
ロクサーヌがそうしてくれた日を思い出す……あの時は赤面モノの反応をしてしまったな。
「以前も言ったが、ロクサーヌは本当によくやってくれている。
おかげで迷宮探索も順調で、新しく家を借りることもできたのだが……」
「それはなによりのことでございますな」
まあ〈値引交渉30%値引〉もあるのだ、変に駆け引きもせず、募集条件を言おう。
まず1人はドワーフの戦闘用奴隷、可能なら鍛冶師であれば言うことがない。
魔法により遠距離攻撃が主体となるなら、前衛が時間を稼いでくれればそれだけ攻撃機会が増える。
四階層の魔物が今は魔法4発で、そうなるとこちらが攻撃を受けてしまう、しかし前衛がいれば話が変わってくるかもしれない。
更に鍛冶師であれば、パーティーメンバーの攻撃力も上がる。
魔法云々は当然説明しないが、こんな要望を出す。
もう1人は家事奴隷。
届け物がある時に家にいなければならないのは面倒だ。
家事が一通り出来る者、ブラヒム語が堪能で、近所付き合いができる留守を任せられる者。
相場や世情に堪能で、魔物の特性や迷宮についても詳しければ尚ありがたい。
だが、読み書きができて調べ物ができるのであればそれでも良い。
並べると、結構贅沢か?
だからというわけでもないが、ロクサーヌで充分満足しているので、性奴隷である必要はない旨は伝えた。
ただ、男性奴隷は遠慮しておく、せめて家に離れがあれば選択肢に入ってくるのだが……同じ屋根の下はな。
「そうですね……不可能ではありませんが、なかなか難しくはございます」
だがやはり贅沢だったようだ。
……いや、アランPのプロデュース力を信じろ。
「前衛向きの戦闘奴隷、できれば鍛冶師ということですが、スキル結晶の融合は失敗が多いことはご存知でしょうか?」
お抱えの鍛冶師を持ちたがる者は後を絶たないが、失敗が続けば不審感を抱く。
双方が幸せになった例は、あまりないという。
ドワーフ達もそれがわかっているから、奴隷落ちする際はジョブを変更してしまう場合が多いという。
供給が減って値段が上がり、だが失敗が多いので待遇が悪くなり更に供給が減るという、負のスパイラルに嵌っているようだ。
「……なるほど、だがどちらかというと武器や防具を作れるのに心惹かれる。
ドロップアイテムを加工して売ることができるということだろう?」
「ほう……製作スキルは力量に見合った装備なら失敗することはないと言われます。
確かに、安定して稼ぐならその方がよろしいでしょうな」
なかなかに商才がお有りのようで、とアランがヨイショを入れてくるが、まあ話半分に聞こう。
「ですが申し訳ございません、現在当家で取り扱っている鍛冶師の奴隷はおりません」
「……いや、こちらで扱っていないのなら、そもそも無理な話だったのだろう」
実のところ予想はしていた。
事前にロクサーヌから、この商館に居た女奴隷は人間族ばかりだったと聞いている。
ロクサーヌを購入してからまだ二十日と少しというところだ、加えて今は農繁期なので、奴隷が売られることはあまりないらしい。
とはいえ、いきなり「お宅の店にいないだろう?」と切り出すのも角が立つだろうから、
「そうだな、鍛冶師ではない、迷宮に入れるドワーフはどうだろうか?」
と、こうして徐々に要求を下げて、他の店の紹介とかしてもらえないものか。
果たしてアランは浮かない顔で、「ドワーフですか……」と呟いた。
何かあるのだろうか?
ロクサーヌを見る……黙って首を傾げられた。
「……失礼しました、その前に家事奴隷のお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「……ああ、よろしくお願いする」
「まず、家事やブラヒム語は問題ありません、当家で間違いなく教育できます」
アランの視線がロクサーヌに向く。
確かに、文句の付け所がない。
居心地が悪そうな顔をしている彼女の頭を撫でたい衝動と戦う。
「しかし、相場や世情、魔物や迷宮に詳しい者、こちらはある意味では鍛冶師以上に難しいです。
そういう者――恐らく商人になると思いますが――奴隷落ちするまでもなく、働き口がありますからな。
……実は当家に1人条件に合う者がいるのですが……少々……訳ありとなります」
いちいち頷ける話だ。
即戦力になる中途採用は貴重だ。
そうした人材は、選べる側の人間だからな。
「ですが、読み書きができて調べ物ができるということであれば、これはと思う者が1人おります。
性格的にあまり荒事に向いていないかと思いますが……話は戻りますが、その者こそがドワーフなのです」
だが、恐らく種族がドワーフであれば鍛冶師にすることはできるだろう、俺にとっては悪い条件ではない。
そして迷宮に入れなくても、鍛冶師なら仕事はいくらでもある。
「しかし……非常に頭脳明晰ではあるのですが、まだブラヒム語の教育を始めて間もなく、喋れるようになるには今少しお時間が掛かります。
…………そこで、ですな」
溜めが長い。
勿体ぶっているというより、迷っているという感じがするな。
「先程申し上げた訳ありの者、こちらは万全であればどこの商家、あるいは冒険者パーティーでもやっていける者ですが、元の家業の関係から、語学に堪能で特にドワーフ族の言語に秀でています。
当家で教育するのが一番と自負はしておりますが、彼女に教育を任せることもできるでしょう」
「……聞けば聞くほど魅力的だな」
どんな落とし穴が待っているんだろう?
「……本来であれば、教育の終わっていない者、瑕疵のある者を売りつけるのは当家の名に傷が付く行為です。
これは以前当家を助けていただいたミチオ様だからこそのご紹介、そう思っていただけると……」
なるほど、いわゆる訳あり商法というのがあるが、本来であれば品質管理が疑われる行為だ。
だが、こうして直接薦められると、自分が特別な客な気がしてくるから大したものだ。
「ドワーフの方はただいま申し上げた1人しかおりませんが、迷宮に問題なく入れる女性奴隷は数多くおります。
当家の3階は女性奴隷のみの部屋となっておりまして、よろしければご覧になりませんか?」
とはいえ、狼人族の獣戦士という種族固有ジョブを持っているロクサーヌと比べると、即戦力でもなければ人間族の奴隷を迎える意味は薄い。
そして、即戦力レベルの奴隷がいないであろうことは、先程のアランの言葉からもわかることだ。
「……申し訳ない、先程話のあった奴隷のことが気になってしまってな、まずはそちらを紹介してもらえないだろうか?」
……。
…………。
………………。
「彼女、セリーが今うちにいるただ1人のドワーフです。
セリー、こっちへ」
「はい」
その黒髪の少女は……とても小さかった。
ロクサーヌが俺より少し背が低い程度だが、更に頭一つ小さいだろう、140cmかそこらか。
セリー
<♀️・16歳>
探索者:Lv10
だが年齢はロクサーヌと同じか。
そう思って見れば、幼児体型とは違って均整が取れているというか、パーツが全体的に小さいというべきか。
映画ロード・オブ・ザ・リングのホビットのようなイメージだな。
あれは多少小柄とはいえ普通の役者が演じていたが、遠近法を使った撮影方法で小さく見せていた。
あのメイキング映像は、手品の種明かしをされているようで面白かったな。
「ブラヒム語の教育は終えていませんが、発声に難があるだけで聴き取りはほぼできております*1。
……ご挨拶しなさい」
「……セリー、です、よろしく、お願いします」
その小さなセリーの中で、一際目立つ部位がある。
頭――というか髪だな。
彼女が頭を下げると、髪留めでまとめた黒髪の全体が不自然に揺れる、髪の毛が荒ぶるMMDの3Dモデルのようだ。
間近で見ると、もちろん可愛らしいし美人でもある。
やや彫りが深い印象がある、イタリア系……いやラテン系というべきか、テルマエ・ロマエに出演してても違和感なさそうだ。
というか探索者じゃないか、それなら迷宮に入るのに問題はないだろう。
……問題はもう1人、いや2人だな。
「そしてこちらは商人のハンナと、娘のカタリナです」
訳ありの理由は明らかだった。
服を着て、被り物をして髪を垂らしても随所に見て取れる火傷の痕。
いや、恐らくは見てわかるような位置に火傷
脚を引きずっているのも、恐らく足の腱を斬られたか……。
ハンナ
<女・34歳>
商人:Lv28
カタリナ
<女・15歳>
商人:Lv1
元は美人と美少女だったのだろうと窺わせる面影は残っているな。
茶髪はオネスタ女史なんかもそうだったが、この辺りの一般的な人間族の特徴なのだろう。
だが張りは失われ、色はくすみ、白髪も混じっている、まるでソマーラの村長のようだな。
……これは瑕疵というレベルではないのではなかろうか。
「この者達は、元々《さる》領地で装備品を扱う商家の者でしたが、先ごろ盗賊の襲撃を受け、没落しました。
この通り一命は取り留めましたが……」
アランが首を振った。
財産を奪われた上で、本人たち、あるいは家族の治療費のために借金したのかもしれない。
……まあ、そんな事情を知っても仕方がないか。
「母親の方は商人ですが、武器商人、あるいは防具商人となるため、探索者Lv30でもあります。
母親の希望で、売却先は娘と一緒にするように、という条件となっております」
察するに、武器商人と防具商人の条件は探索者Lv30と商人を高Lv――30かな? まで上げる必要があるということか。
商人Lvでは世話役のオネスタ女史に負けているが、同じくらい鍛えられているのだろう。
商人には〈知力小上昇〉がある、〝小〟なりとはいえ、このレベルなら効果を期待しても良いのではないか。
そしてジョブ効果が不要になったら倉庫役にもできると、申し分なしだな……体調が良ければ、というか保てば。
「ハンナと申します、こちらは娘のカタリナです。
よろしくお願いいたします」
母親の恐らくは見えないであろう片目を隠した顔が青褪めている。
血が足りていないからか、だが気丈に振る舞っていると感じる。
娘の方も同様に顔色が悪い……加えてお辞儀をするにも反応が遅れがちだ。
俺もうつ病だった時に覚えがある、音を声だと理解して、更に自分に向けられているとわかるまでに時間が掛かるんだよな。
そしてアランはどこまでも事務的だ、変に良心に訴えかけてくるようなこともない。
「……とりあえず、座って話を訊いても?」
ロクサーヌとアランが席を立ち、隣にセリーが、正面に母娘が着席した。
……さて、何から訊くか。
「セリーはブラヒム語をまだ上手く喋れず、ハンナなら翻訳できると聞いている。
意思疎通に問題がないかを確かめたいので、私はブラヒム語を喋るので、セリーの言葉を私に伝えてくれるか?」
「かしこまりました」
セリーは本当に聞き取りはある程度できているようだな。
ワンテンポ遅れてだが、今も頷いている。
スピーキングができないならリスニングもできないものではないのか? ……不思議な話だな。
「私はドワーフの戦闘奴隷と、留守中の家事や調べ物ができる家事奴隷を求めてここに来た。
だがセリーのことは戦闘奴隷としてでなく、頭脳明晰な家事奴隷として薦められた。
セリーは迷宮に入れないのだろうか?」
暗い面持ち、重い口取りのセリーの言葉を、ハンナが通訳する。
『私はもう、探索者Lv10になりましたが、鍛冶師にはなれませんでした』
「……すまないが、鍛冶師になる条件を私は知らない」
『ドワーフ族は探索者Lv10になると鍛冶師へのジョブ変更が認められています。
ただし、全員がなれるわけではなく、迷宮で活躍できる才能のある者が鍛冶師になれる、とされています』
なるほど、鍛冶師になれなかったセリーは、鍛冶師だけでなく迷宮で活躍できる見込みも薄い、と。
いや、アランは性格的に向かない、と言っていたか。
しかし才能……抽象的だな、〈鑑定〉でレベルを見ることが出来る身からすると、ジョブ関連はもっとシステマチックな条件だと思うのだが。
例えば他に必要なジョブLvがあるとか、ステータス値ということもあるか。
……いや、種族固有ジョブは別ということもあるか? そもそも種族という先天的要素が大前提なのだからな。
ロクサーヌは獣戦士だが、どう考えても彼女はセンス○とかの青特能持ちだろう、手術に成功してる可能性すらある*2。
「探索者Lv10で鍛冶師になれないと、以後も絶対に鍛冶師になれないのか?」
『鍛冶師ギルドでは、探索者Lv10での転職しか受け付けていません。
調べてみましたら、まったく前例がないというわけではなかったのですが』
それなら別の条件もあると期待して良さそうか。
とはいえ、種族固有ジョブなのだから、ドワーフ族は種族をあげて条件を解明しようとしたはずだ。
よほど厳しい条件なのだろうな。
『私は村で一、二の力持ちでした。
ドワーフの中では背も高く、力のあるほうだと思います。
迷宮に入ってもやっていくつもりです』
と、大きく頭を下げて売り込んできた。
……うーむ、腕力もあるのか。
そしてアランが認めているのだから知力も高いだろう、一体どんな条件なのか。
俺が胡乱げな表情をしていることに気付いたのか、ハンナが「私からよろしいでしょうか?」と言った。
「迷宮で活躍できないと言われる例は他にもあります。
例えば人間族の場合ですと、迷宮で魔物を倒しても剣士や戦士のジョブになれない者はそのように言われます。
しかし、そうした者の中にも、探索者として研鑽を積み、冒険者となる者も少なくありません」
なるほど、俺もそうだったが、村人Lv5になった時に一気にジョブが増えたのを覚えている。
村人Lvを上げずに探索者になれば、確かにそうなるだろう。
それだけの問題であれば才能など関係ないか。
セリーもその可能性はあるか? ……簡単すぎる気もするが。
しかし、セリーはてっきり家事奴隷を希望するかと思ったのだが……。
通訳は間違いないのだろうかと視線を上げると、アランがハンナを冷ややかな目で見ていることに気付いた。
そして色々と腑に落ちた気がした。
アランはセリーを知識奴隷として売りたいのだ、その方が凡百なドワーフの戦闘奴隷として売るより、商品価値が高いだろうからだ。
だが俺がセリーを家事奴隷兼知識奴隷の枠として買った場合、この母娘を買う理由は減る。
いや正確には買っても維持し続ける必要性が減る、というべきか、いずれセリーも普通に喋れるようになるだろうし。
アランの理想の展開は、俺に3人まとめて売った上で、追加で戦闘奴隷を売る。
もしくはセリーを家事奴隷兼知識奴隷として契約をまとめた上で、引き続きこの店で教育を受け持ち、戦闘奴隷を売る、だろうか。
後者の場合は、当然教育のための費用も発生するだろう。
セリーが戦闘奴隷でもやっていくつもり、と自分を売り込んだのは、彼としては誤算なのではないか。
しかしハンナとしてはセリーが戦闘奴隷として評価された方が良い。
それでこそ、通訳だけでなく知識奴隷としての自らの価値が生きてくることになる。
ハンナが通訳以外で発言したのは一度だけだ。
その一度だけで、知識奴隷としての競合相手であるセリーを貶めることなく、望ましい未来を手繰り寄せようとした。
あるいは、セリーは援護射撃をしてくれた彼女に感謝すらしているかもしれない。
だからこそアランは直接黙らせることもできず、冷ややかな顔をすることしかできないのだ。
……いいねぇ、怖いねぇ。
俺は絶対営業職とかやりたくないし、向いてない。
商人に転職とか無理だわ。
これで俺がただの観客なら、無責任に解説者風のことを言ってロクサーヌにドヤ顔できるのだが、残念ながら
さて、そこまでアランが評価するセリーの頭脳を試してみたくもあるな……。