加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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メロスのように

 

――わぁ、セリーの力は凄いですね!

――いえ、ドワーフ、ですから。

 

 女性陣が家の中で仕事をしているのを庭で聴きながら、日本で戸建を買って引っ越しした時を思い出す。

 あの時は頼んだわけではないが、引越し業者が半分くらい女性だった。

 多分、荷物が少なかったからだろう。

 

 会社の方針なのか個人の営業努力か知らないが、新品の靴下に履き替えて、はきはきした喋り方でテキパキ作業していたのが気持ち良かったな。

 化粧っ気がないが、さりとて女を捨てているわけでもなく、ひたすら陽気で快活で……こう、力仕事する女って、良いよな、と思ったものだ。

 

――申し訳ありません、私共の家具まで運んでいただいて。

――いえいえ、ご主人様がさっき言っていた通り、2人もご主人様の御役に立っているんですから。

 

 ……やっぱり力仕事する女って良いよな……自分に仕事がないということを除けばな!

 俺は手伝おうとしたのだが、困った笑顔のロクサーヌに「ご主人様にそんなことさせられません」と言われた。

 

「……畑に柵でも立てるか」

 

 家の周囲の柵は業者に立ててもらったが、畑はまだだった。

 こっちは魔物を警戒する必要もない、境界線がわかるだけの簡素なもので充分だ。

 腕力にボーナスポイントを割り振って、杭を打ち込んでロープで結わえる。

 

――あの……下の方は私が……。

――良いですよ、カタリナさん、私の方が、背が、低い、ですから。

 

 手元不如意(ふにょい)で追加工事は頼めなかったが、材料は柵を建てた業者に事情を話して、端材が出たら分けてくれと頼んでいた。

 だが丁稚の修行に丁度良いと言ってくれて、あらかた作ってくれていたらしい。

 ……ふーむ、ここはちょっとやすりで削った方がいいかな。

 

――あ、2階は大丈夫ですよ!

――いえっ、ゆっくりなら、登れます、のでっ。

 

 うん、親切な業者だな。

 外構工事をやってると言っていたから、屋根の修理とかがあれば頼んでも――

 

「あ」

 

 ――屋根を見上げると、2階の窓から顔を出して固まるカタリナと目が合った。

 普段は髪を前に垂らして火傷痕を隠しているが、下から見ると首筋に切り傷がある……非道いものだ。

 少女は会釈をして引っ込んでいった。

 

――あの……ロクサーヌさん、ご主人様が畑に柵を……。

――えっと……見なかったことに。

 

 ……さて、ちょっと仕上げをしただけで作業が終わってしまった。

 

「……どっか、行くか」

 

 いい天気だなぁ……陽射しが目に突き刺さる。

 

   ※   ※   ※

 

「独りだと、さすがに広いな」

 

 足を折り曲げずに入れる風呂は、一般家庭にはそうそうないだろう。

 ……働かずに漬かる一番風呂は気持ちいいか?

 いや卑屈になるなよ、少なくとも風呂を沸かしたのは俺なんだから。

 

 日暮れ前に家に戻って、罪滅ぼしではないがロクサーヌ達には出先で買ったカルメ焼きを贈った。

 ベイル亭の旅亭は正しかった、甘いものは正義だ。

 まあ、ロクサーヌ達は当然機嫌を損ねてなどいないのだが。

 

 昼間はあれから、帝都を冷やかした。

 いざとなればワープでどこにでも逃げられる、という思いが心に余裕を産む。

 ちょっと思い切って路地裏に入ったら、怪しげな店舗や屋台が立ち並ぶ一帯があった。

 いかにもな感じの怪しい薬、とんでもない臭いの魚醤、ペットか食材か判別できない小動物、その他諸々だ。

 話に聞く上野アメ横商店街とは、あんな場所なのだろうか。

 

 ……あのとんでもない臭いの魚醤は良いな、あれに魚を漬け込めば()()()みたいにならないだろうか?

 くさやはたまに食べたくなる、白ワインで口の中を洗い流すとフルーティーな清涼感が際立つ。

 いやいや、コリアンダーシードとオレンジピールが利いたホワイトエールをガブりと流し込むのも捨てがたいな。

 

「うん、奇麗になってるな」

 

 今日は念入りに身体を洗いたいと思って、お湯にシェルパウダーを入れてみた。

 魚醤の臭いが身体に残ったらしい、ロクサーヌに妙な顔をされてしまった。

 彼女の鼻が利かなくなったらえらいことだ、もし魚醤を買っても、家の中で料理するのはやめたほうが良いだろうな。

 

 このシェルパウダーは帝都での一番の収穫だ。

 カルメ焼きを作っている屋台で、こっそり〈鑑定〉を使って材料を伺ったら、シェルパウダーとコボルトスクロースと出た。

 コボルトスクロースは砂糖のことだ、コボルトのボス――コボルトケンプファーのドロップアイテムだから知っている。

 だがシェルパウダーは初めて見た。

 てっきり(シェル)(パウダー)で石灰かと思ったが、カルメ焼きに石灰はないだろう。

 

 あれは重曹だ。

 重曹は英語でベーキングソーダ、化合物名としては炭酸水素ナトリウムだったかな、定期購入していた包装容器に書かれていたからよく覚えている。

 風呂に適量入れれば身体も湯船もピカピカになるし、料理に掃除にと大活躍する代物だ。

 というわけで、目分量で重曹風呂を作ってみたが、肌触りからはっきりと油脂分が落ちていると感じる。

 

 いつになくすっきりした気分で風呂から上がり、脱衣所で身体を拭いていると気配に気付いたらしいロクサーヌが「失礼します」と入ってきた。

 

「お拭きいたしますね」

 

 ……こういうのはまだちょっと恥ずかしいが、大人しく身を任せる。

 

「ありがとう。

 それと、すまないが、あの3人に風呂の入り方を教えてやってくれ」

「はい、心得ております」

 

 下着はさすがに自分で履くぞ。

 そうして俺が履き始めると、ロクサーヌが目を逸らした。

 目を逸らされると、いっそ見せつけて履かせてもらいたくなる、この心理は一体どうしたことか。

 今度風呂に入る時は……ロクサーヌの横顔が赤みを帯びていく、いかんいかん。

 

「そうそう、今日は湯船にシェルパウダーを入れてみた。

 いつもより身体が奇麗になるはずだが、あまり長湯はしないように気をつけてくれ」

「シェルパウダー? えっと、消火剤ですが……」

 

 ……ああ、なるほど、重曹は加熱すると二酸化炭素が発生するのだったか、〝炭酸〟水素ナトリウムだものな。

 カルメ焼きが発泡して膨らむのはそのためだが、確かに消火剤にもなるのか。

 シェイクしたコーラで火を消せるというしな。

 消火器なんてはるか昔の防災訓練で見たきりだが、あの白い泡の正体は重曹だったのかな。

 

「俺が居た場所では、洗剤や石鹸としても使われていた」

 

 さっき買ったカルメ焼きの材料でもある、と付け加えると、口に手を当てて驚いてくれた。

 だが、口に入れても大丈夫なものなら肌につけても大丈夫、と安心してもらえるだろう。

 

「今日は結構買い込んできたから、色々試して使ってみるといい」

「はいっ、ありがとうございます」

 

 寝巻きを着て脱衣所を出ると、ハンナとセリーが待機していた。

 

「私共も湯浴みをさせていただけるとのことで、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 ……もう少し気楽にしたい。

 

「ん? カタリナはどうした?」

「……申し訳ありません、少々具合を悪くしてしまい、お目汚しかと」

 

 そう言うハンナも血色が悪く見える。

 今日は朝から活動して、環境も変わって、力仕事をしてだから、そうもなるか。

 〈ワープ〉を使うために僧侶のジョブは付けっぱなしにしていたので、ハンナに「手当」と唱える。

 

「……あぁっ、重ね重ね、ありがとうございます」

「ロクサーヌ、カタリナに滋養丸と強壮丸を用意してやれ、少しは良くなるだろう。

 ……入浴は体力を使うから無理をしない方が良いが、今日は汗もかいたろう、お湯で身体を拭くくらいはすると良い」

 

 ハンナが慇懃に頭を下げる気配を感じながら、足早に2階に上がる。

 開放された窓際に立つと、春の夜風が身体を撫でてくれる、風呂上がりには(こた)えられない。

 2階の角部屋だからできる贅沢だな、前の家は平屋だったから、あまり風は吹かなかった。

 

「……そうだ、石灰があれば」

 

 シェルパウダーは石灰ではなかったが、セメントがあるのだから石灰もあるだろう。

 そして石灰をどうにかこうにか固めたら、チョークが作れるのではないだろうか?

 

「チョーク……黒板……だめか」

 

 ブラヒム語に翻訳されず、日本語がそのまま発声された感じがするから、この世界にはまだないのだろう。

 とすれば自作する必要があるが、用意できれば便利だ。

 打ち合わせも楽だし、いちいち顔を合わせなくても多少の指示は伝言で済ませられる。

 ……まあ文字が書けないのだが、その文字の練習にも便利だろう。

 

 黒板の素材はわからないが、硬度があって濃い色をしたものならなんでも良いのではないか。

 ハンナが冒険者は衝立を使うと言っていたな、近いものがないか見に行ってみるか。

 あとは……。

 

「クリップボード……方眼紙……まあ、ないか」

 

 迷宮探索はロクサーヌの鼻と記憶力に頼っていたが、魔物の湧き位置を割り出してリポップ時間を測れば、より効率的に狩りが出来るはずだ。

 古のゲーマーのように方眼紙を持って正確にマッピングをしていけば、法則性を見出すことができるかもしれない。

 セリーは頭脳労働が得意そうだ、上手くやってくれるだろう。

 だが、「クリップ」……駄目か、「バネ」……うん、バネはあるようだな。

 

 ……色々試したいが。

 

「そのためにも、先立つものが必要か」

 

 と言いつつ、本日2番目の収穫、濡れタオルを巻いて窓辺に置いておいた瓶詰めの林檎酒(シードル)を手に取る。

 もう買っちゃったんだし、仕方がない。

 

 キリっとした辛口な酸味、風呂上がりの火照った身体には充分冷えていて清涼感がある。

 もしかすると、食前酒とかにするのが本来の作法なのかもしれないが、これはこれで良いものだ。

 

 酒を買う時、葡萄酒(ワイン)林檎酒(シードル)で迷ったが、ワインの方が高かったし、金属瓶に入っていたのが気になったのだ。

 ……あれはもしかして鉛製じゃないだろうか。

 地球でも昔は鉛の杯でワインを飲んでいた、というのは結構有名な話だと思う。

 その方が甘みが出るというが、当然鉛中毒待ったなしだ。

 

 とすると、化粧品とかも気をつけた方が良いか。

 江戸時代の大奥には鉛が入った白粉(おしろい)が使われていて、鉛中毒が蔓延していたと何かの漫画かアニメで聞いた覚えがある。

 

「色々と必要だなぁ」

 

 やはり黒板が欲しい、手を動かしながら考えたい。

 欲しいもの、やりたいことを一覧にして、優先度をつけて対処する。

 あとどれくらい時間があるか……漫然とあれをやってこれもやって、とするようなゆとりが、果たしてあるか。

 

「……結晶化促進で目先の金を増やすより、セリーを鍛冶師にした方が……」

 

 レベルが上がると殲滅速度も上がる、食材も自力調達できるし、よりよい装備の素材も手に入るだろう。

 ドロップアイテムを装備にして高く売れるし、上位装備なら売らないでそのまま強化することもできるかもしれない。

 そうして金を貯めて、装備を整えて、また増員して……。

 

「……して……して、どうする?」

 

 迷宮を踏破する? そこに何がある? 領主になる?

 あと何年で領主になる? なった時には何年残っている?

 跡継ぎもいない、ロクサーヌに子供を産ませられるなら、多分そうするのだろうが。

 ……おぼろげにだが、こうしようかな、という思いはある……のだが…………。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

――コン、コン

 

「……ん、ロクサーヌか? 入って良いぞ」

 

 いつの間にかベッドに座ってウトウトしていたようだ。

 最後に腹にアルコールを入れてから……もうすぐ一ヶ月近いだろうか、シードルなんてどうせ大したアルコール度数じゃないだろうと油断したかな*1

 

「……どうした、ロクサーヌ?」

 

 ロクサーヌは扉を開けたが、俯いて入口で立っていた。

 その後ろにはセリーがいた、風呂上がりのしっとりとした髪に、ロクサーヌと揃いの地味な寝間着。

 なまじ素材が良いと、変に色気のある服よりこういう野暮ったい服の方が一周回ってイイ気がする。

 修学旅行の夜に学校指定のジャージを着ているような、変な見栄を張っていない感じというか。

 

 ……なのにおかしいな? とてもすごく嫌な予感がする。

 

「……私は御主人様の御心を一度だけ疑いました。

 もうお情けを受ける資格はありません……どうか今後はセリーを」

「か、覚悟は、できています、かわいがって、ください」

 

 ……よし、今日からお前の名前はメロスサーヌだ……ではない。

 一体何がどうなってるんだ、誰か説明してくれよっ!

 と、取り乱すわけにもいかないので、「何があった?」と落ち着いて尋ねる。

 

「……さきほど、ハンナさん達とお風呂をいただきました。

 しかし、2人の身体を見て……あんな、非道い」

 

 戦う覚悟とかキマってる娘だから平気かと思ったのだが、人間の悪意そのもののような傷痕はまた別だったか。

 ……多感な少女に悪いことしたかな。

 とはいえ体調が悪い2人を初めての風呂に放り込むのもなんだし、俺が介助するのも良い結果に繋がるとは思えないし。

 

「ハンナさんはとても物知りで頼りになる方で、不安になってしまって……。

 だから私は一瞬ホッとしてしまったのです、これなら2人が夜に呼ばれることはないと」

 

 あの母娘に関しては、怯えさせたくないし呼ばないと言った、嘘を吐いたつもりはない。

 だが一番の理由は、人間族だ(妊娠しかねない)からだ……と言うのも気が引ける。

 裏を返せば、お前は妊娠しないからヤリ放題だ、と言うのと同じだ。

 無論ロクサーヌもわかっていることではあろうが、言わぬが花、棚上げして見えないことにした方が良い現実というのはあるのだ。

 

 第一、そんなことを16歳の少女に言って、

 

――では気兼ねなくいくらでもヤレますね! ご主人様!

 

 ……そんなロクサーヌはちょっとな。

 といって逆に、

 

――それでも良いですから傍に置いて下さい……。

 

 とか縋られるのも困る。

 何もかも放りだして山奥に隠遁するかもしれん、重すぎる。

 悲しい瞳で俺を責めないで、何も言わずに行かせてほしい。

 

「私は浅ましい女です。

 ……ですから、どうか」

「……あまり気に病むな、俺も配慮が足りなかった」

 

 ロクサーヌの頭をポンポンと撫でるが、顔を上げることはなかった。

 

「ロクサーヌ……さあ、中へ」

 

 できるだけ優しい声音を作って、顔を覗き込む……更に深く頭を下げられた。

 彼女の細いその肩をそっと抱き寄せて……抱き……抱き寄……なんで軸足動かないんだよ、床に杭でも打ち込んでるのか。

 

 ……ええい、もういい、もはや言葉は不要。

 メロスサーヌよ、セリーヌンティウスよ、邪智暴虐の王ミチオニスの力を思い知るがよい。

 

*1
湯上がりの飲酒は血行が良くなっているため酔いが回りやすいとされる。




別にネグリジェとかが嫌いなわけではないので、お金が貯まってプレイがマンネリ化してきたら手を出すんじゃないかと思います。
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