どうにも落ち着かない気分だったので、中心街までパンを買ってきた。
1個8ナールのパンを3つ、2人で1個で充分だが、なんとなく今日は沢山食べたい気分だった。
……うん、パン屋の女将さんの顔を見ていたら落ち着いたわ。
「あっ、ご主人様、ありがとうございました」
「いや、朝の散歩のついでだ」
戻ると、カタリナに深々とお辞儀をされた。
多分このお礼には、昨夜の薬の分も含まれているのだろう。
傷肌の少女は、昨夜はもちろん、昨日の朝に会った時より元気になったように見える。
まあ、夜にはまた疲れてしまうかもしれないが、徐々に良くはなってきているのだろう。
じっと顔色をうかがっていると、顔を赤らめて「失礼します」と逃げられてしまった。
……そうだな、昨晩この家で何が行われたか、わからないほど子供ではないだろうし、そりゃあ逃げるか。
というか、元気になったのってまさか、色魔の〈精神中上昇〉の影響か?*1
とすると、暴君ミチオニスの性欲が彼女の
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おかえりなさいませ」
ロクサーヌとセリーに「ただいま」と応える。
寝起きに荒ぶっていたセリーの頭を撫でると、頭髪に押し返されたような錯覚を覚える。
すっかり風呂に入る前に元通り……いや、贔屓目に見れば多少大人しくなっただろうか。
なんとなく物問いたげにしているロクサーヌの頭も、もう片方の手で撫ぜる、いつも通りしっとりさらさらだ。
そうだ、カタリナが元気になったなら、今日も風呂を沸かすか。
入浴はメンタルヘルスに良い影響があるという、以前通院中に勧められたものだ。
それに考えてみれば、一番時間がかかる
水道代もガス代も電気代もかからないのだ、なんなら毎日入ったって良い。
……そしてロクサーヌとセリーをこうして両手に侍らせて湯船に……いかん、ㄘんこ.exeのCPU使用率とメモリ使用率が上がってきた、落ち着こう。
「……今日からセリーも含めて迷宮に入る。
行き先は、ベイルの迷宮だ」
クーラタルの迷宮の攻略もそろそろ進めたいのだが、あそこは人が多い。
魔法を使うことを考えると、あまり目立ちたくない。
という説明も交えると、2人が「はい」と頷いた、セリーはやっぱりちょっと緊張しているか。
……まあクーラタルの方は地図が購入できる、もう少し上の階層に行く時はそちらを攻略して、レベル上げやジョブの取得は人が少ないベイルでやった方が良いだろう。
「今日はセリーのジョブを村人にして、新しいジョブを獲得していく」
あとは色魔のレベル上げだ。
レベルを上げたいような……上げたくないような……。
ベイルの迷宮
五階層
チープシープ
Lv:5
チープシープ
Lv:5
五階層から出てくるチープシープは
結構凶暴そうな不敵な面構え、横長の瞳孔がちょっと気味悪い。
加えて悪魔のような渦巻き状の角がついている、メリノー種というやつだな、動物のお医者さんで見た覚えがある。
「ファイヤーストーム」
先制で魔法を一発お見舞いする。
火属性にしたのは、なんとなく燃えやすそうな見た目だからだが、特に弱点というわけではない。
火花をパチパチとさせながら、チープシープが前足を持ち上げて
「来ます、セリー!」
「は、はいっ!」
セリーにはレベルが上がるまではロクサーヌの後ろにいるように言って指示してある。
羊は前に出たロクサーヌの前で立ち上がると、チョキの形をした蹄を叩きつける。
1匹は避け、もう1匹の方は振り下ろされる前に、セリーの棍棒で横殴りされて転倒した。
すごいな、後ろから見ているだけでも大迫力だ、バックネット裏で野球観戦するのはこんな感じだろうか。
……よし、そろそろ。
「ファイヤーストーム」
ん? 発動が早かったか?
〈詠唱破棄〉を取っているのに呪文を唱えているのは、2人に攻撃の意図を伝えるためだ。
クールタイムの間はいつも呪文を念じて、発動してから発声しているのだが、心持ち発動が早かったような……〈精神中上昇〉か?
セリーがいるおかげで前衛の余裕ができて、俺の心にゆとりが出来ただけという気もする。
「に……2発だけ、ですか」
「ご主人様ですから」
考えてる間に2人がドロップアイテムを拾ってくれていた。
受け取ってアイテムボックスに仕舞う。
「まあ、ハンナとカタリナの商人の効果もある。
……さて、問題もないようだし、ロクサーヌ、次の魔物を見つけてくれ」
微笑んで頷くロクサーヌを見送りながら、セリーが「狼人族」と呟いたのが聞こえたので、「その通りだ」と頷く。
「ロクサーヌは、狼人族の中でも、特に鼻が良い。
いつも魔物を見つけてもらっている」
「……それに、身の、こなし、も、すごいです」
「そうだな、まあ獣戦士だしな。
セリーの棍棒もすごい威力だったぞ」
彼女は照れくさそうに俯いた。
……可愛い、物陰に連れ込んでイケない遊びがしたい。
先を行くロクサーヌの尻尾がピンッとなった、これは何か見つけた時の反応だ。
……あの尻尾を引っ張ったらどんな反応するかな、昨夜は手荒にしてもちょっと悦んでいたような。
「ご主人様、向こうから別のパーティーが来るようなので、迂回しようと思います。
……ご主人様?」
「あ、ああ、そうだな、任せる」
ㄘんこ.exeは相変わらずビジー状態だ。
10年くらい前、顔面は60点だがおっぱいは100点だった派遣の女の子と仕事していた頃を思い出す。
しかもこのアプリ、セキュリティホールになるくせに修正パッチが配布されない、おまけに強制終了もできないというクソアプリだ。
アンインストールするには強制的に削除しなければならないが、他のアプリと競合しているので色んな機能が動作不良を起こしやがる。
「……いました」
コボルト
Lv:5
「コボルト1匹か……うーむ」
「ご主人様?」
セリーにも僧侶を取得してほしいから、魔物を素手で倒してもらいたかった。
コボルト1匹というのは、その場合最適な相手だ。
だが何もLv5を相手にすることはないだろう、と説明する。
「……いえ、大丈夫、です。
元々、八階層で、戦っていました、から」
……うん、折角やる気になっているのだしな。
「よし、わかった、一応、今だけセリーのジョブは探索者に……っと戻した。
ロクサーヌはコボルトを1回だけ攻撃して傷を負わせてくれ、さすがに1回では死なないだろう」
「わかりました」
「その後は、周囲の警戒を頼む。
……セリー、俺は僧侶の〈手当〉が使える、思いっきりやってこい」
邪魔だろうからと棍棒を受け取ると、セリーが殴りかかる。
……まあ結果は問題なかった、一度ナイフで斬られてヒヤッとしたが。
斬られた二の腕に〈手当〉を行う、白い二の腕……昨日はこの小さい脇に手を入れて……駄目だ、気が緩むとすぐクソアプリがソフトウェア割り込みしやがる。
これ以上油断するとハードウェアにも影響が出かねない、集中しろ集中。
「……よし、ではまた村人に戻す。
ロクサーヌ、魔物を」
……セリーに僧侶のジョブは増えていない。
うーむ、やはり村人Lvが足りていないのだろうか。
「……あの、もっと、上の階層でも、やれますっ!」
ちょっとがっかりしたのが顔に出てしまっただろうか、失敗失敗。
やはり集中しなくてはならん。
……とはいえ、もっと上と言われてもな。
「悪いが、ロクサーヌといつも狩りをしているのはこの階層なのだが?」
「ええ、そうですよ?」
その後、困惑するセリーに訊き取りをした結果、理解した。
セリーは俺達がもっと上の階層で戦ってると思っていたのだ。
いきなりレベルが上がったのだから当然か。
とすると、セリーを迎え入れた時にやたらと緊張していたのは、探索者Lvが上がったことと言うより、「この人達どんな上の階層で探索してるの!? 私そのパーティーに入るの!?」……という感じだったのかな、悪いことをした。
「……説明していなくて悪かった。
俺には獲得経験値二十倍というスキルがあってな……」
セリーはホッと息を吐いた後、「えぇ……」と引いた目をした。
俺が言えた話じゃないが、もうちょっと表情を隠してくれても良いのよ?
だが、僧侶になれていないことは有耶無耶にできたので良しとしよう。
「まあそういうわけでな、このまま五階層で戦う。
そう時間も掛からないだろう」
実際、10回も戦闘せずにセリーは村人Lv5になった。
【パーティージョブ設定(セリー)】
セットジョブ
村人:Lv5
効果:体力微上昇
所持ジョブ
▶村人:Lv5
探索者:Lv15
薬草採取士:Lv1
戦士:Lv1
商人:Lv1
巫女:Lv1
剣士:Lv1
僧侶:Lv1
「……あの?」
じっと見ていたからか、不安そうなセリーに問いかけられた。
うーむ、どう言ったものかな……。
「セリーは戦士、商人、剣士、それに巫女と僧侶になれるようになったようだ。
そうだな、巫女の効果を見てみたい、変えさせてもらうぞ」
「あ、ありがとう、ございます、お願いします……」
笑顔に少し苦みがある、やはり鍛冶師になりたかったんだろうなぁ……。
俺としても鍛冶師は欲しい、攻撃力を上げたい。
今は魔法メインだから気にならないが、五階層の魔物からはデュランダル一撃で倒せなくなっている。
いざという時、一度の攻撃で倒せるというのは安心感が違うのだ。
【パーティージョブ設定(セリー)】
セットジョブ
巫女:Lv1
効果:MP小上昇
:知力微上昇
スキル:全体手当
所持ジョブ
▶巫女:Lv1
村人:Lv5
探索者:Lv15
薬草採取士:Lv1
戦士:Lv1
商人:Lv1
剣士:Lv1
僧侶:Lv1
……だが巫女の効果とスキルは素晴らしいな。
「セリー、全体手当、と唱えてみてくれ」
「はい、全体手当……あっ!」
よしよし、詠唱が浮かんできたな。
しかし……
「……その、すみません、詠唱、が、少々、難解、です」
「いや、後でハンナに訊いてみよう、知っているかもしれん。
……ついでに、あの2人に全体手当を試してみよう、時々しんどそうな顔をしているからな」
「あ、はいっ」
セリーの顔がやっと
わかるよ、人を治すっていう、分かりやすく他人の役に立つ行為は、分かりやすく承認欲求が満たされるからな。
感謝されたり褒められれば尚のこと嬉しい。
もちろん、俺もその時はちゃんと褒めてあげようとも。
「良かったですね」
「ああ、良かった」
俺が笑顔になったからだろう、ロクサーヌも微笑んだ。
そのまま巫女Lv5になるまで探索を続けたところで、昼になった。
クーラタルの街
道夫の家
昼食のために家に戻った。
家事をやってもらうと楽だな、これなら探索時間をもっと延ばせる。
そしてハンナは博識だ、〈全体手当〉の詠唱を知っているそうで、セリーに教えてくれている。
朝とは違って、
午前中は一度、MPが枯渇しかけたが……酷い状態になった。
疲労状態だと倫理観や遵法精神が欠如するという、基本的にエリートな航空機パイロットだってその状態では規則を破って事件や事故を起こす……と航空機事故ドキュメンタリーで見た。
俺の場合は、もう少しで色魔から強姦魔にクラスチェンジするところだった、強姦罪が成立するかは別として。
しかし、禁欲攻撃を使うことで気分が落ち着いた、いわゆる賢者タイムというやつだな。
パッシブスキルの精力増強と違い、禁欲攻撃は名前の通り攻撃スキルだ。
どうもこれは禁欲することで攻撃力が上がるらしい、逆に禁欲していなければ威力は出涸らしだ、屁のつっぱりにもならない。
と言っても、夜から昼前までの半日程度の禁欲ではほとんど威力は変わらないようだ、さっきは普通の攻撃と何が違うのかわからず、もう一度使って、それで仕組みに気付いた。
ともあれ、これで色魔が扱いやすくなった。
精力的になって性欲が制御できると考えると、種族固有ジョブに相応しい性能と言って良い。
人間はその持て余す性欲によって帝国を築いたわけだな、知らんけど。
「――あぁ、身体が楽になりました。
ありがとうございます、セリーさん」
「ありがとうございますっ」
おっと、〈全体手当〉が成功したようだ。
嬉しげで誇らしげなセリーの頭を撫でて、ハンナにも「よく教えてくれた」と礼を言う。
「この全体手当は良いな、戦闘中にも非常に有用だろう」
「はい、上の階層に行けば、全体攻撃をしてくる魔物が出てくるそうです。
巫女はかなり人気のあるジョブです」
ふむ、ロクサーヌも巫女になりたいのだろうか。
「セリーは巫女になるために何をやったんだ?」
「ええと、聖職、ギルドの、聖×で、滝に入る? 修行を」
ハンナが「聖地で滝に打たれる」と補足してくれた。
……まあ、あまり使う言葉じゃないだろうからな。
「××××××××――」
「滝に打たれながら、精神を統一していくと、何かひらめく瞬間があるそうです。
セリーさんにもそうじゃないかというひらめきはあったそうですが……」
つまり滝行というやつか。
「なれなかったのは、当時村人Lvが足りなかったから、ということだな」
この世界では探索者にしかレベルがないと言われている。
というより、アイテムボックスの数をレベルと呼んでいるというべきか。
だから、村人にもレベルがあるという概念を、彼女らがどれくらい信じているかはわからない。
だが、いやだからこそあえて自信満々に言う。
あることを客観的に証明することはできないが、ないことだって証明できない、言ったもん勝ちだ。
「しかし、聖地か……おいそれとは入れないのだろうな」
「そうですね……私の知る限りでは」
と、ハンナが巫女の修行に必要なお布施の相場をそっと耳打ちしてくれた。
セリーの耳に入らないようにしているのは気遣いだろう。
確かに気遣いが必要な金額だ、それだけ払って巫女になれないのは、例えるなら有名進学塾とか敏腕家庭教師とかの講義を受けたのに入試に失敗するようなものか*2。
そりゃセリーも自尊心壊れるわ。
……ロクサーヌとカタリナを巫女にしたいと思ったのだが、すぐには無理だな。
セリーが緊張している理由を感想で速攻的中している方がいて、びっくりしましたが的外れでないとわかって嬉しかったです。
作者が見ているものと道夫さんが見ているものは違うので、どの段階で気付かせれば良いのかなかなか判断に迷うのですが、今回はちょっと察しが悪すぎたかもですね。
暴君ミチオニスには若い娘の心がわからぬ、ということでお許しください。