クーラタルの街
道夫の家
家に戻ると、すぐロクサーヌに迎えられた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。
お時間が掛かったようですが、何かありましたか?」
「ああ、ちょっとな、後で話す。
ところで、日没まではあとどれくらいあるかな?」
彼女はちょっと考えた後、「まだ1時間以上あります」と答えた。
なるほど……道中を考えると、ザビルとの時差は2時間前後というところか。
「今は夕食の支度中か?」
「はい、あの……まだ少し掛かりますが」
「悪いが、ちょっと手を止めてみんなを居間に呼んでくれるか」
※ ※ ※
「冒険者ギルドで緊急依頼を受けることになった。
ハルツ公領で起きた水害で、救援物資の輸送に冒険者の人手が必要らしい」
「……あの、それは大丈夫なのでしょうか?」
「ご主人様ならば当然のことです」
集まった4人の前で先ほど冒険者ギルドであったことを話すと、まずセリーが懸念を示した一方、何故かロクサーヌが誇らしげな顔をした。
この世界に来た当初、ソマーラの村を襲撃した盗賊の一団を、村の人間と一緒に成り行きで撃退した。
その話をソマーラの村長から聞いて以降、更にはベイルの街で盗賊退治などもした結果、ロクサーヌの中で俺は正義の人ということになっているようだ。
……まあ、
「あー……セリーの懸念は正しい、俺が冒険者でないことを心配してくれたのだろう?
だが、災害救助なので参加者の種族も身元も問われないそうだ、こちらのことが露見することはないだろう」
今回だって成り行きだ。
どうやって断ろうか考えていたら、そのように言われただけだ。
ギルドの受付嬢が言うには、どうもエルフの中には人間を見下すような者がいるらしく、そのために俺が引き受けるのを躊躇っていると思われたようだ。
その辺りの経緯を話して、「ハルツ公領というのはエルフが多いのか?」と訊いてみる。
「はい、ハルツ公はエルフですから、領民もエルフが多いです。
……残念ながら、あからさまに人間を見下す方もおりますね」
ハンナがほろ苦い顔をした。
口にこそ出さないものの、セリーも苦々しげな顔だ。
ドワーフとエルフは大抵仲が悪かったりするものだが、この世界もそうなのだろうか。
「そういえばハンナ達は……」
話を逸らそうかと思って、口にしてから思い出した。
ハルツ公領は北にあるらしいが、彼女達が襲われたという狂犬のなんちゃらとか呼ばれる盗賊も、帝国の北の方で有名な賊だという話ではなかったかと。
……思い出してしまうと訊きにくいな。
「……ハルツ公の名前は最近聞き覚えがあるな」
「はい、仲買人のルーク殿が御用聞きをしている貴族です」
そうだったな。
人間の仲買人と付き合いがあるということは、ハルツ公は人間を毛嫌いしたりはしていないのだろうか。
「ハルツ公のことは直接存じ上げませんが、保守的なエルフからは、貴種にあるまじき軽薄な振る舞い、上手いのは人気取りばかり、などと批判されているのを耳にしたことがあります。
人間族にとっては、むしろ付き合いやすいかもしれません」
「そうか……まあ、いくらなんでも公爵と直接会う……謁見? するようなことにはならないか」
例えば、総理大臣が災害派遣した自衛隊員やボランティアにいちいち会うかと言ったらそんなわけはないだろうし。
なんといっても公爵様だ、あっても精々終わった後に全員集めて「大儀であった」とか、そんなところだろう。
ハンナも苦笑して「それはそうですね」と頷いた。
あとはハルツ公の家臣がまともであることを願おう。
「不安なことは、アイテムボックスの容量だ。
冒険者は探索者Lv50からなれるのだから、アイテムボックスは50×50の2,500のはず……だよな?」
鍛冶師や武器商人のアイテムボックスの仕様を考えれば、そうなるはずだ。
一応確認するが、やはり間違いないようだ。
「今の俺の探索者Lvは34だから34×34、料理人のアイテムボックスを合わせても……400以上足りないな」
まあ、冒険者ではあり得ない数のアイテムを収納してしまうより、少ない方がマシではある。
だが、余計なものをアイテムボックスに入れていると思われて、「容量切れです……」と言い訳するのも気まずい、「切れたらさっさと荷物を捨てろマヌケェ」という話だ。
慈善事業じゃなくて日当貰って仕事として行くわけだし。
とはいえ、明日までにレベルを上げて冒険者になるなんてことは不可能だ。
普通なら諦めて出たとこ勝負するしかない、普通ならな。
「だが、大至急アイテムボックスを増やせるかもしれない手段がある。
何日か前に商人Lv29になっている、Lv30になれば俺も武器商人と防具商人になれると思う*1。
……ロクサーヌ、セリー、もう夕方なのに悪いのだが、これから迷宮に行きたいのだが」
「はい、お任せください」
ロクサーヌは力強く頷いた。
体調に関しては心配するまでもなさそうだ。
「はい、大丈夫です。
あっさりレベルが上がられると感覚がおかしくなりそうですが、成算はあると思います。
簡単にレベルが上がると感覚が狂いそうですが」
なぜ2回言ったし。
ともかくセリーも問題ないようだ。
「ザビルまで行くのも問題なかったので、明日は聖職ギルドに行ってカタリナに巫女になってもらおうと思っていたのだが、悪いな」
「い、いえ、とんでもないことです」
さて、昨日今日に続いて、明日も外出予定で塞がってしまった。
「みんな、明日はなにかやりたいことはあるか?」
石鹸作りはまたやりたいが、自分でやらないと錬金術師になれないしな……。
「私は商人ギルドの方で情報収集でもしようかと。
……常にはない珍しい出物が見つかるかもしれませんし」
「……ああ、頼んだ、ハンナ」
なるほど、災害で身を持ち崩す者が出れば、普段売りに出ないものが質流れしたりするかもしれないな。
皆まで言わずに言葉を濁すのは、彼女の人柄だろう。
次に口を開いたのはセリーだ。
「私の方は、よろしければ冒険者ギルドで調べ物をしてみようかと。
魔法で狩りがしやすい迷宮が見つかるかもしれません」
そういえば、ハンナが博識なので忘れていたが、元々セリーには調べ物をしてもらおうと思っていたのだったな。
だが……うーん、調べ物か。
迷宮の情報は有用だが、今はそれよりも知りたいことがあるな。
「ジョブやスキルについては調べられないか?」
最近チョークを作ったり石鹸作りをしたせいでDIY熱が高まって、ついつい〈メッキ〉の実験も自分でする気分になっていたが、この世界のことはこの世界の知識を求めるのが先だろう。
「メッキの効果が知りたいな。
それに、ハンナのおかげで武器商人と防具商人になることを思いついたが、事前にどんなジョブがあるかもっと知っておきたい」
「冒険者ギルドでは難しいかと。
……あの、ええと、帝都の図書館なら調べられる……と思います」
冒険者のギルドなのだからそれはそうかと思った後に、おずおずとセリーが付け足した。
「ですがその、入館料は100ナールと聞いたことがあるのですが、それとは別に預託金が……金貨1枚、必要だそうで……」
「そうなのか?」
一応、ハンナに確認してみると、コクリと頷いた。
「手前共母娘は昨年行ったことがありますが、その時もその料金でした」
「だが、預託金ということは、後で返却されるのだろう?」
これにも頷かれた。
破損や汚損した場合の保証金らしい、デポジットというやつか。
……こないだ買い物の時にも金貨を渡したのだから、遠慮なく言ってくれても良いのにな、ちょっと焦れったい。
これまでセリーが製造した装備の売却益を考えれば、全く図々しい要求ではない。
だが、セリーが悪びれもせず金品を
「よし、明日は調べ物を頼む。
ジョブになれる条件まではわからなくても、どんなジョブがあるかだけでもわかると助かる」
「はい、ありがとうございます!」
セリーに目を輝かせてお礼を言われた。
……頼み事をしたのはこっちなんだが。
ずっと行きたかったのだろうな、「良かったですね」というロクサーヌの言葉にも、「はいっ!」と声を弾ませている。
「私もセリーやハンナさんのように早くご主人様のお役に立ちたいので、迷宮で鍛錬しようかと。
……カタリナに留守を任せることになりますが」
「はい、大丈夫です」
「ろ、ロクサーヌは今でも充分役に立っているから、あまり危険なことはしてほしくないのだが」
俺という砲台が魔物を倒せるのは、索敵と前衛のロクサーヌがいるからだ。
無論、鍛冶師で前衛のセリーもだ。
それに、折角の休日だというのに戦うことばっかりというのも如何なものか。
……そうだ、いっそのこと。
「ロクサーヌとカタリナも図書館で調べ物をしてくれないか?」
カタリナを巫女にするために寄付金を貯めていたし、そろそろ緑魔結晶もできるはずだ。
あとは明日朝一でセリーに製造してもらった装備を売れば……うん、行けるな。
金貨3枚、安くはないが、後で返ってくるなら全然問題ない。
「朝はゆっくりで良いと言っていたから、余裕はあるだろう。
ハンナ、明日は商人ギルドでルーク殿と会えるだろうか? セリーが作ってくれた装備を売りたい」
「え、あ、はい、大丈夫だと思います」
ルークも出物を探すのだろうな。
あるいは、誰かに頼まれて出品して資金調達するということもあるか。
「ロクサーヌは……そうだな、俺はこの国の地理をよく知らん。
ペルマスクや、その向こうにあるというカッシームについてもな。
ロクサーヌも知らないのだろう、調べて教えてくれないか?」
「地理を……えっと、わかりました、調べてみます」
なんだか高校の進路相談の時を思い出す。
あの頃の俺はかなりひねくれていたというか、将来に対する展望とかが持てなくて絶望していたが、ロクサーヌは素直だ。
色々と知識が増えていけば、あそこに行きたいとかこれが欲しいとか、自然と出てくるんじゃなかろうか。
「図書館に行ったことがあるカタリナは、2人の案内を頼む。
あとは、ハンナの方で調べものがあったら伝えておいてくれ」
「は、はい、わかりました」
「はい、ありがとうございます、御主人様」
こんなところかな。
「では、迷宮に行こう」
ボーデはかなり寒いはずです。
御主人様に外套をご用意した方が良いと思います。(ハンナ)
↑水害ですから天気も悪いかもしれません。(セリー)
↑ありがとうございます!(ロクサーヌ)
※ここから下は御主人様の備考欄です。
春37日
終日:緊急クエスト発生中
昨日はロクサーヌとセリーがちょっと熱烈だった。
ロクサーヌはいつも通りだが、セリーも積極的に反応を返してくれるようになった気がする。
普段より大分就寝時間が遅くなったから添い寝だけのつもりだったのだが……金品を強請られるのは困るが、ああいうお強請りは大歓迎だ。
目論見通り、武器商人と防具商人になることもできた。
ついでに奴隷商人のジョブも生えてきたが……アイテムボックスもないし、効果も目立つところはない。
多分、商人Lv30と所有奴隷がいること、あるいは奴隷の売買をしたこと、だろうか?
インテリジェンスカードを見れるようになったが、まあ優先度は低いな。
「朝食も摂った、セリーの装備製造も終わった、MPも回復した。
……よし、朝の日課は終わりだな」
ロクサーヌが甲斐甲斐しく用意してくれた外套も着込んで、支度は万端だ。
ハンナによると、ハルツ公領ではこの時期まだ雪が残っているそうだ。
この家からも望めるアルプスのような山脈の向こうにあるらしい。
とすれば、標高も高いのかもしれない、スイスのような場所柄だろうか。
そして、昨日までと同じようにセリーのジョブを探索者にして4人でパーティーを……
「……考えてみれば、クーラタルで〈ワープ〉を使っても別に構わないかな。
ここ数日、あちこちの冒険者ギルドを出入りしてわかったが、冒険者の移動は活発だ。
とりわけ、人が多いクーラタルと帝都は顕著だ。
クーラタルでだけ自重したところで、俺のことを冒険者だと認識している人間はすでに結構いるはずだ、今日の緊急依頼で更に増えるだろう。
「よほどの振る舞いをしなければ、いきなりインテリジェンスカードの提示を求められることはありません。
そもそもフィールドウォークを使えること自体が身分証明とも言えますし」
「なるほど」
世慣れたハンナがそう言うなら大丈夫か。
冒険者であるということは盗賊ではないということだし、ギルドが認めたということでもあるしな。
……俺は勝手にジョブを変えているが。
それに、元々この家は街の中心から離れているから探索者にとってはやや不便な立地だが、もうすぐ冒険者になれそうだったからここに決めた、と言えば不審に思われないだろう。
家の契約をした時も、衝立などを使えば冒険者になっても大丈夫、というようなことを言っていた覚えがある。
この家を契約更新する場合はまたインテリジェンスカードの確認を求められるかもしれないが、だとしても来年の春だ。
その頃には本当に冒険者になれるだろう。
色々考えたが、商人ギルドには〈ワープ〉で行くことにして、〈パーティー編成〉はセリーに使ってもらえば良いということになった。
俺がパーティーメンバーになれば〈ワープ〉も使えるし、俺が抜けた後は4人同士で居場所もわかってジョブ効果が受けられるという算段だ。
「では、全員で商人ギルドに行く」
「エントランスの壁がフィールドウォーク用のものです」
幸いルークはすぐ捕まった。
少し忙しそうにしていたが、「これから水害対策に行くので急ぎで頼めないだろうか?」と頼んだら、恐縮した様子で時間を取ってくれた上、割増料金で買ってくれた。
ただ、後ろにいるカタリナのことを気にしていたから、割増料金はその分かもしれない。
彼にとっては友人の娘のようだし。
……どういう心境なんだろうな。
「帝都の図書館に行く前に、銀貨を1人5枚渡しておく。
入館料と、まあ他に必要なものもあるだろうから、好きに使うといい」
3人に5枚ずつ渡すと、そのままセリーに渡った。
アイテムボックスは便利だし、落とす心配もないからな。
「では、帝都の冒険者ギルドに行く。
図書館の場所はカタリナが知っているのだったな?」
「はい、冒険者ギルドからあまり離れておりません」
図書館は丸みのある優雅な建物だった、美術館とか神殿のような雰囲気だ、2階建てでもBEAとは言えん。
だだっ広い庭園には、甲府城跡の謝恩碑のような
出張で近くのビジネスホテルに泊まっただけだが、エジプトとかローマとかのイメージがあるオベリスクが日本の城跡にあったのが印象に残っている。
「すごいです……」
セリーは入る前からうっとりしている。
そのセリーを、ロクサーヌとカタリナが微笑ましそうに見ている。
「確かにな」
普段のセリーにはない珍しい表情だ。
まあ喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
「では、預託金の金貨3枚を渡しておく」
浮かれているセリーに渡すのは
「夕方になったらこの辺りで待ち合わせよう。
夕方前には終わると言っていたから、大丈夫だろう」
「はい、わかりました」
実際、デュランダルでMP回復できなければそんなにMPが続かないから、もっと早く終ることすらあるだろう。
俺は探索者だが、複数ジョブがあるし本職に比べてそこまでMPが少ないということはないと思う。
……まあ、それも向こうの段取り次第か。
「では、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
※ ※ ※
「お集まりいただいた冒険者の皆様。
この度は我がハルツ公領への助力、感謝いたします」
冒険者ギルドで案内された場所にはエルフがいた。
これまでにも何人か見かけたが、イケメンと美女しかいない種族だ。
人間を見下す気持ちもわからんではない、圧倒的売り手市場なのだろう。
「お仲間とパーティーを組んでいる方は一度抜けていただき、こちらのパーティーで皆様をお連れいたします」
だが、このエルフの騎士と冒険者は、人当たりの良い笑顔を振りまいている。
冒険者の方は、笹穂型の耳が垂れ気味で穏やかな印象のある美しい女性だ、58歳でこれか。
……〈MP小上昇〉がついてる色魔をつけてきたから、今朝MP回復のついでに禁欲攻撃をしたとはいえ、ちょっと心配になってきた。
外套のフードを目深に被って、イケメンの顔だけを視界に収めるようにする。
「友に応えし信頼の、心のきよむ誠実の、パーティー編成」
パーティーを受諾して、
風が冷たい、息が白い!
――ぶぇっくしッ
一緒に来た冒険者がクソデカくしゃみをして、屋根の上の雪が落ちてきた。
「す、すまねぇな」
「い、いや」
……ほとんどの冒険者が薄着だから、この世界の人類はフィンランド人並の寒さ耐性を持っているのかもと思ったが、別にそんなことはなかったようだ。
言われた通り外套を着てきて良かった。
「冒険者の方々、こちらです」
イケメンに案内された先には立派な城があった。
試しの門の3段階目くらいまである大きな門扉が開放されていて、大勢のエルフが大量の物資を運び込んでいる様子が見える。
なるほど、そういえば依頼を受ける時に受付嬢が、「安全面はハルツ公の騎士団が責任を持って請け負います」と言っていたが、こういうことか。
一番安全性が高いであろう城を指揮所兼集積所として、各地への中継地点として開放しているのだろう。
公爵だか城主だか知らないが、実に合理的だ。
さしずめ、さっき〈フィールドウォーク〉で使われた家は、ゾルディック家における使用人の家的な存在だろうか。
いや、あの家は試しの門の内側にあったはずだから、どっちかと言うとグランバニア城のサンチョの家かな。
「ではご説明します、冒険者の方々は集まってください」
くだらないことを考えながらあちこち眺めていると、呼びかけられた。
さて、どれくらい働かされるやら……。
※ ※ ※
物資運搬は特段問題なく終わった。
洪水で分断された村に、城で物資をアイテムボックスに入れて〈フィールドウォーク〉で運ぶだけの簡単なお仕事だ。
無論、俺の場合は〈ワープ〉だが。
物資はきっちり用意されていたし、どこにどれだけ運ぶかも振り分けられていた。
アイテムボックスに物資を入れすぎないように気をつけるのに、多少神経を使ったくらいだ。
騎士団員が目を光らせていたからな。
だがそれも、防具商人をつけていたおかげで〈カルク〉が使えるから、面倒な計算もスキル任せにできた。
やがてMP切れでへばる冒険者が出てきたので、俺も休憩させてもらうことにした。
〈MP回復速度二十倍〉をつけてるから多少余裕はあるとはいえ、1人だけ元気だったら不審がられるだろう*2。
「ありがとうございました。
これから全体の進捗を確認しますので、どうぞお休みになってください」
お言葉に甘えよう。
ここにいると眩しいイケメンのイケスマイルで灰になりそうだ。
……いや、俺も結構MP少なくなってるな、ネガティブになってる。
普段は瀟洒な広場か何かであろう場所で、片隅のベンチに座って休む……寒い。
別に肉体労働をしたわけじゃないからな、身体は冷えっぱなしだ。
体温がベンチに吸い取られて腰が冷える、中で休ませてくれんものか。
と、何気なく城の方を見ていると、城内に続いていると思しき扉が開いて人が出てきた。
目深にフードを被ったその姿に向けて――〈鑑定〉。
ハルツ公爵
ブロッケン・ノルトブラウン・アンハルト
<♂️・35歳>
聖騎士:Lv14
装備:オリハルコンの剣
:身代わりのミサンガ
……わーお、公爵様だ。
息子の名前はブロッケンJrだろうか。
俺は人間の37歳探索者、あっちはエルフの公爵で35歳聖騎士。
ザ・ニンジャじゃなくても「違うのだ!」と言いたくなる。
その公爵様だが、なぜか俺がいる方に歩いてくる。
別に俺のことを見ているわけではないが、足はしっかりこっちに向いている。
困ります!! 困ります!! お客様!! 困ります!!
こちらは下々の者エリアでございます!! あーっ!!
……いや、どっちかというとこっちが客なんだが。
とはいえ、公爵様の前でベンチでへばってるのは、さすがにまずいだろう。
タイミングを見計らって慌てて立ち上がった風を装い、さも今気づきましたよという目をしつつアランやハンナがするようなお辞儀をする。
「余のことを見知っておるのか、よい、しのびだ」
公爵は俺の所にすばやく歩み寄ると、小声で耳打ちした。
そういえば、周りは誰も気にしていない、必要なかったようだ。
……ああ、〈鑑定〉なんか使ってしまったばっかりに。
「余のことをどこかで見たのか?」
そのまま公爵が隣にどっかりと座ってきた。
外套を着てフードで顔を隠しているのに、知らない人間にお辞儀をされたから興味を引いてしまったようだ。
……クセになってんだ、〈鑑定〉使って通行人調べるの。
いや、我ながら悪趣味にもほどがあるが、滅多に目にしない種族や身分のヒトがいっぱいいたものだから、つい。
ちなみに、エルフの種族固有ジョブは森林保護官だと思われる。
学びを得た。
「あーっと、以前確か……」
「そうか」
苦し紛れのでまかせだったが、しかし公爵はあっさり引き下がった。
まあ、貴族なんて政治家と同じで、顔が広くてナンボだろうしな。
「閣下」
今度は城の2階から小走りに誰かがやってきた。
その呼び声に、辺りがざわざわと騒がしくなる。
「いかんな、ここでは話もできん、ついて参れ」
……なんでさ。
ゴスラー・ノルトブラウン・アンハルト
<♂️・46歳>
魔道士:Lv61
装備:ひもろぎのスタッフ
:身代わりのミサンガ
「ハルツ公領騎士団団長のゴスラーと申します。
こちらにお越し願えますか」
……なんでさ。