加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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ハルツ公爵

 

    ボーデの城

   ハルツ公の部屋

 

 俺がお忍び中の公爵閣下を見つけてしまい、その俺達を騎士団長のゴスラー氏が見つけてしまったことで、俺は城内に招かれた。

 ……ちょっと何を言っているのかわからないな、なんでだ。

 

 尚、ゴスラー氏は騎士団員に捕まってさっきの広間に残っている。

 つまり、ここには俺と公爵閣下の2人きりだ。

 えぇ……。

 

 ……まあ、どこかに護衛とか控えているとは思うが。

 

「余のプライベートルームだ、自由に掛けてくれ」

「きょ、恐縮に」

「ことさら礼儀を気に掛けることはない、普段通りの口調で構わぬ。

 余も堅苦しい言葉は嫌いだ」

 

 公爵が外套をバサっと脱いだ、首元のスカーフをクイっと整える、皇帝ラインハルトくらいの長さの髪が波打った。

 憎らしいほど決まっている。

 

 ハンナが言っていたのは〝貴種にあるまじき軽薄な振る舞い〟だったか、こういうところだろうか。

 〝上手いのは人気取りばかり〟とも言っていたか、確かに気さくで親しみやすいかもしれない。

 俺みたいに後ろ暗い、インテリジェンスカードを見られたくない人間でなければ、だが。

 

「この度の領内の災害救助への合力(ごうりき)、かたじけない。

 余からも礼を申す……その方も座れ」

「はい、ありがたく」

 

 一番出入り口に近い、ソファの端っこに座らせてもらった。

 ほどよく堅くて腰に優しい。

 

 ……ふぅ、少し余裕が出てきた。

 冷静に考えてみれば、救援要請に応じて来た冒険者を誰何したりはしないだろう。

 少なくとも犯罪者(盗賊)でないことは明らかなわけだし。

 

 ということで、滅多にない機会でもあるのでそろっと部屋を見渡してみる。

 暖炉に薪が燃えている。

 窓を背に重厚なデスクがあり、正面に背の低いソファとテーブルセットがある。

 他には本棚と絵画と……いかにも落ち着いた雰囲気の、書斎兼応接間という空間だな。

 

 ……うーん、こういう部屋も憧れるな。

 

 いや、なにげなく踏みしめている足の感じからも、この絨毯の毛足はかなり長い。

 食べかすを落としたら掃除に苦労しそうだし、牛乳を零しでもしたら大惨事だ。

 少なくとも、こんな心配をする人間に釣り合う部屋ではないだろう。

 俺みたいな小市民にはタイルカーペットがお似合いだ。

 

「今年は雪融(ゆきど)けが少し遅いようだ。

 春の大雨の時期と重なってしまい、例年より被害が大きくなってしまった」

 

 ……なるほど、毎年のことだから事前準備もされていたし、手際も良かったのか。

 

――コン コン

 

「失礼いたします」

「ゴスラーか、御身も座れ」

 

 今、ノックしても公爵は返事をしなかったし、ゴスラー氏もさっさと入ってきたな。

 なんだろう、もしかしてエルフってすごいせっかちな種族なんだろうか……エルフのイメージが。

 まあ、俺のエルフのイメージは、悠久の刻を過ごす長命な、世界観によっては不滅(イモータル)なエルフだ。

 この世界のエルフは人間と寿命は変わらないというから、美形で笹穂耳で高身長で足が長い、ただそれだけの種族である。

 

 ……けっ。

 

「冒険者殿、この度のご助力に感謝いたします」

「あっ、いえいえ」

 

 ゴスラーは公爵に比べると肩肘張った雰囲気がある。

 短めの金髪をオールバックにした、映画に出てくる有能枠の軍人のような感じだ。

 俺の正面に座る彼に、小声で話しかける。

 

「……冒険者ごときを公爵閣下のお部屋に招き入れても?」

「城内なら呼べばすぐに誰か駆けつけます。

 公爵も私も身代わりのミサンガをつけております」

 

 なるほど、不意を突いても、暗殺は難しいと。

 ……俺は儀礼とか作法的な話を聞いただけなのだが、この世界の人達ってやっぱり殺伐としているよな。

 

「余ら貴族は領内の迷宮を駆除する責務を負っておる。

 不意ならともかく、正面から打ち合って簡単にやられるようでは爵位は保てん」

 

 公爵は首をトントンと叩きながら「どうだ? 狙ってみるか?」と不敵な笑みを浮かべた。

 ……もうやだ、この人達。

 そのうち「貴族の本懐とは……ナメられたら殺す!」とか言いそう。

 

 この世界はレベル制だから、財力が個人の強さに直結するように思う。

 オリハルコンの剣のような装備もそうだが、人を雇ってパーティーに入れてもらうことで自動レベルアップできるからだ。

 偉い=金持ち=強い、実に脳筋だ。

 異世界ファンタジーあるあるな、王侯貴族も頭が上がらないS(ランク)冒険者みたいな存在は、多分誕生する余地がないんじゃなかろうか。

 

「め、滅相もないことで、お戯れを……」

 

 だから俺みたいな一般人を挑発するような真似はやめろください。

 

「優秀な冒険者と聞き及びました、閣下に勝てるやもしれません」

「別に優秀ということは……」

 

 私は雑草、私は石ころ、私は庭の隅のダンゴムシ。

 

「ほぅ、優秀なのか?」

「ターレの村への物資輸送をすでに終えたそうです」

「ターレへか」

 

 私は駄馬、私は渡し船……ふふっ。

 ちなみに、駄馬は駄目な馬という意味ではない、荷駄を運ぶ馬という意味だ。

 

「ターレというのは、領内ではここから一番遠くにある村です」

 

 ゴスラー氏は俺がターレの位置関係を知らないとわかったのだろう、説明してくれた。

 ターレへの輸送は3人の冒険者に依頼したが、俺以外の2人はまだ半分も終えてないそうだ。

 公爵は「ほぅ」と感心した顔をした。

 

 ……ああ、あの2人、いつの間にか見かけなくなったからどっか余所の担当になったのかと思ったが、先にへばってたのか。

 同じ仕事してるんだからさ、一言くらいあっても良いじゃないか、そしたらワンチームの精神で一緒にへばったのに。

 俺は協調性のある男だ。

 

「その方は人間族であろう」

「はっ」

「人間にもなかなか優秀な者がいるようだ。

 どうだ、余の騎士団に入るつもりはないか?」

「い、いえ、大変光栄ではございますが、手前は気楽な冒険者暮らしが性に合っておりますゆえ」

 

 異種族だし式典とかには駆り出されないだろうが、肩肘張って神経使うばかりか戦に明け暮れる生活であろうことは想像に難くない。

 ゴスラー氏は魔道士Lv61だ、恐らく魔法使いの上級職だろう。

 仮に冒険者のように魔法使いLv50からクラスチェンジするとして、更にLv61……何十万何百万と魔物を倒しているはずだ。

 

「そうか、まあ仕方あるまい」

 

 元々冗談だったのか、あっさりと公爵は引き下がった。

 咄嗟に断ってしまったが、「余の申し出を断るとは無礼な」みたいな展開にならなくて良かった。

 

 ……というか、おりますゆえ、だってさ。

 初めて使ったよこんな言葉、時代劇か。

 意外と出てくるもんだな。

 

「何か困ったことがあったら、そこのゴスラーを訪ねて参るが良い。

 エルフの中には人間を見下す輩もおる、助けになろう。

 こちらからも、何か頼むことがあるかもしれん」

 

 さすがに公爵ともなると他種族を見下すようなことはないのか、少なくともそう装えるのだろうな。

 ともあれ、公爵や騎士団とのつながりは有益なものではあるだろう。

 ……そういえば、騎士団とのつながりといえば――

 

「ほぅ、早速何か困っていることがあると見える」

「あ、いえ、困っているというわけではないのですが……」

 

 ――しまった、考え込んだところを見咎められた。

 実際、今すごく困らされてはいるのだが……まあいい、言ってしまうか。

 言い淀んだり勿体ぶる方が、このせっかちな印象のある公爵の不興を買う気がする。

 

「実は妨害の銅剣を5本手に入れたのですが、6本セットでないと高値はつかないと聞きまして。

 騎士団に直接伝手があるなら売れるかも、とも聞いたのですが」

「妨害の銅剣か……ふむ。

 ゴスラー、あの件に使えるのではないかな?」

「……ああ、第三皇子の御成婚の件ですか、別家を立てるという」

 

 いや、皇子にスキル付きとはいえ銅の剣はないのでは……と思うが、余計なことを言うのはやめよう。

 破壊神を破壊した男(ローレシアの王子)だって最初はどうのつるぎと50ゴールドを持って旅立った。

 修羅道を征く貴族達を束ねる皇帝の息子ともなれば、それが当然なのかもしれん。

 

「近く第三皇子の結婚式が行われますが、新しく家を立てることになるとのことで気を使います。

 普通は皇家の結婚ならばエリクシール、出産祝いであれば誰が相手でも自爆玉でいいのですが、別家を立てるに相応しい装備品などが入手できればと思っています」

 

 大人しく会話の成り行きを見守っていると、またもゴス雷電(らいでん)が説明してくれた。

 

「妨害の銅剣は皇子の装備として相応しいとは言えませんが、家臣団を形成する必要もありますから」

 

 なるほど、皇子のパーティーメンバーで皇子以外が使うと考えれば、5本というのは丁度良いのかもしれない。

 妨害の銅剣を遺したパーティーは魔法使いと前衛5人だったようだが、第三皇子が魔法使いだったりするのだろうか。

 公爵が聖騎士なのだし、長男とスペアの次男を魔法使いにはしないかもしれないが、三男くらいになればすることもあるのかもしれないな。

 

「今持ってきておるのか?」

「閣下、ミチオ殿には大量の物資を運んでいただいたのです。

 余計なものをアイテムボックスに入れる余裕はありますまい」

 

 ……良かった、持ってますと言う前にゴスラー殿がブロックしてくれた。

 いや良くない、しっかり名前を呼ばれてしまった。

 まあ、さっきの騎士団員には名乗ったから、今更だが。

 

「こちらとしても、武器鑑定のできる者がすぐに手配できません」

 

 武器商人はアイテムボックス持ちだ、荷物運びに駆り出されているのかもしれない。

 

「そうですな……3日後、できれば朝にまた来ていただけませんか?

 この度の助力の件もありますし、5本で10万ナールほどであれば買わせていただきます」

「10万ナール、その値段であれば、喜んで」

 

 1本1万5千ナール程と言われたからな、三割増しより更に高い。

 中間業者を排しているとはいえ、これは美味しい。

 

「では、これを渡しておきましょう」

「これは?」

「ハルツ公のエンブレムです。

 この宮城(きゅうじょう)でこれを見せれば、私や公爵にすぐ話が通るはずです」

 

 作りのしっかりとした、盾の形をした印章(ワッペン)だ。

 刺繍なのか織物なのかわからないが、意匠は黒い山羊? いや、この舞茸みたいな角はヘラジカだろうか、斧槍(ハルバード)を持ったヘラジカだ*1

 背景の模様の意味は……ちょっとわからないが。

 

「それほど悪用はできないと思いますが、領内で不必要に見せびらかすのは罪に問われますので、お気をつけください」

「承知しました*2

「先ほど団員からもどうするか確認がありましたが、ミチオ殿の本日の活動は終了です。*3

 本日のご助力、重ねて感謝いたします」

 

 良かった、やっとここを出られる。

 とホッとした時に、「引き止めて悪かったな、許せ」と言われた。

 ……し、心臓に悪い公爵だ。

 

「日当はお越しになった街の冒険者ギルドに申し出てください」

「はっ、分かりました」

 

 MPはそろそろ回復したはずだが、どっと疲れた。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 たっぷり冷や汗をかいたせいだろう、城の外に出ると寒さに震え上がりそうになった。

 〈ワープ〉のMP消費量を考えても、ボーデとクーラタルはそれほど離れている感じはない。

 やはり標高が違うのだろうな。

 

 ああ、早くロクサーヌに会いたい……が、彼女は図書館だ。

 そういえば、1人で家にいるのは初めてかもしれない。

 

「御主人様、お戻りでしたか」

「ああ、ハンナか」

 

 いや、1人ではなかった。

 ハンナが差し出してきた手に、自然と外套を預けていた。

 いつの間にか、周囲に人がいることにすっかり慣れたようだ、長い間独り暮らししていたのに、我ながら軽い驚きがある。

 

「商人ギルドの方はどうだった?」

「はい、芋虫のスキル結晶が競売に出ております。

 少し割高になりそうですが、よろしいでしょうか?」

「構わない、ロクサーヌにも心配を掛けてしまっているし、5人分は可及的速やかに揃えたい」

 

 迷宮には安全係数高めで入っているし、クーラタルには盗賊も滅多にいないという。

 悪事を働けば盗賊堕ちする世界だから、直接的な危害を受けることはあまりないと思うが……災害で思いついたが、事故に見せかけて殺害とかは出来そうな気がする。

 崖崩れとか建物の崩落とかを利用した場合、果たして仕掛け人は盗賊落ちするのかどうか……。

 

「5人分……手前共母娘の分も……とは恐れ多いことですが」

「まあ、危険がなければ、スペアを預けておくだけとも言える。

 あまり気にしないでくれ」

 

 ハンナは「はい」と深くお辞儀をした。

 ……気にしないでほしいのだがなぁ。

 

「他には、ハルバード*4が競売にかけられる予定です。

 セリーさんの装備にと、以前ご提案させていただきましたが……」

「相場でいうとどれくらいだろう?」

「……安くとも7万ナールほどにはなってしまいます」

 

 なるほど、言い淀んだのは値段のためか。

 だが、妨害の銅剣が売れれば払うことはできる。

 

「基本的には購入する方向で考えたい」

 

 セリーはロクサーヌのようには攻撃を避けられないから、長柄武器の方が良いだろう。

 最近はボス戦ではロクサーヌにデュランダルを持たせて、俺が魔法攻撃をしている。

 セリーは隙を窺って棍棒でボスをノックバックさせようとしているが、あまりやることがないというのが正直なところだ。

 

 ロクサーヌならボスの攻撃をすべて避けて完封しつつ、スキル発動を阻害(キャンセル)し続けることが可能だ。

 だが、セリーが攻撃に参加できるようになればもっと効率化できるだろう、できればなんらかのスキルが付与できると尚良いのだが。

 

「一度現物を見ることはできるか? スキルスロットがついているか確認したい。

 それと、支払いは3日後以降になってしまうのだが」

「手数料を払えば問題ありませんが……3日後ですか?」

 

 さっき妨害の銅剣が売れたことを話した。

 

「ところで、ハルバードはエルフと関係が深い武器なのだろうか?

 ハルツ公の騎士団長のゴスラー殿から、このようなエンブレムを預かったのだが」

「……ッ! ハルツ公のエンブレム……これは?」

 

 更に第三皇子の結婚の件についても話すと、随分驚かれた。

 商人ギルドでも耳にしていないという、まだ市井には出回っていない情報なのかもしれない*5

 

「まあ、この情報にどれだけ値打ちがあるかはわからんから、ハンナに任せる」

「はい、お任せください。

 ……それでハルバードですが、式典の際に皇家の警備をエルフの護衛が担当しており、その得物がハルバードです*6

 

 なるほど、この世界のスイス衛兵(ガード)みたいな存在か。

 

「エルフの護衛は、さぞや見栄えが良いだろうな」

「実利的な面もあると思いますが、ハルツ公の先祖は初代皇帝陛下のパーティーメンバーだったと伝えられておりますので……*7

「なるほど、苦楽を共にしたパーティーリーダーの子孫に護衛を派遣しているということか」

 

 ありそうな話だな。

 

「手前は皇太子殿下の立太子式で遠目に見たことがあるくらいですが、ロクサーヌさんとセリーさんも決して見劣りしておりませんよ」

 

 後半はどことなく宥めるような口調だった。

 ……おっとと、今日は散々イケメンと美女と、あとお忍びイケメンとナイスミドルイケメンを見たものだから、ついつい僻み根性が出てしまったかな。

 ロクサーヌ達の前じゃなくて良かった、失敗失敗。

 

「彼女達には夕方に迎えに行くと言ったのだが、まだ時間があるな」

 

 帝都はクーラタルの南にある。

 以前買物に行った時の感覚では、ほとんど時差がない。

 むしろ、若干クーラタルの方が日没が早い気がする。

 

「そうだ、ちょっと実験をしたいから、手伝ってくれるか。

 ロクサーヌがいると、やらせてくれないからな」

 

 ハンナはクスッと笑った後、「危なくはありませんので?」と少し真剣な目をして言った。

 

「大丈夫だ、ただの甘味作りだからな」

 

 作りたいのはカルメ焼きだ。

 砂糖のカラメル化と重曹の熱分解……だったかな、化学反応と言えるだろうから、錬金術師になれるかもしれない。

 砂糖はアイテムボックスに入れっぱなしにして忘れていたコボルトスクロースがあるのを、今日の仕事で思い出した。

 ベイルの迷宮三階層と、クーラタルの迷宮一階層でドロップした2つだ。

 

 ハンナにコボルトスクロースをミルで砕いてもらって、俺は日持ちするからと多めに買い置きしてある卵の卵白を分離する。

 帝都の屋台では使っていなかった気がするが、卵白があるとカルメ焼きが萎みにくくなるそうと聞いたことがある。

 重曹の量はちょっと覚えていないのだが、そんなに必要じゃなかったと思う……卵白に馴染むくらいで良いか。

 余った卵黄は、夕食に使ってもらおう。

 

 理科の実験ではおたまを使ったが、金属のおたまがない。

 代わりに形が似ている金物屋で買った中華鍋――っぽいものを使う。

 大は小を兼ねると言うし、問題ないだろう。

 

「御主人様、砕き終わりました」

「よし、ではこの鍋に入れてくれ」

 

 砂糖を水に溶かして煮詰める。

 昔はザラメを使ってたと理科の教師が言ってたな。

 だが、カルメ焼きの色はザラメの色とは関係なく、砂糖のカラメル化の影響だ。

 カラメル化するための温度は覚えていない……まあ、どうせ温度を計る手段がないから関係ないが。

 とにかく焦げないようにする必要があるが、とはいえつまみを捻るだけで弱火にしたりはできないわけで……。

 

「鍋を持ち上げるから、横からかき混ぜてくれ」

「は、はい、わかりました」

 

 コポコポと煮立つのを見ながら、焦げ臭くないか慎重に嗅ぎ分けていると、「御主人様は……」とハンナがポツリと零した。

 距離が近い、ロクサーヌやセリーとは違う、ちょっとハスキーな声にドキっとする。

 ロクサーヌのような手の出ないレベルの美人とは違う、手の届きそうな美人だと思う。

 

 ……いや、ロクサーヌのことを目一杯手籠めにしてはいるのだが、それとは別勘定というかなんというか……仕事が終わった後、色魔を外しておくべきだった。

 

「……御主人様の下に来て、実に貴重な経験をさせていただいております。

 娘の――カタリナのことも、本日は図書館にまで行かせていただいて……。

 どうして……いえ、どうすればこの御恩をお返しできるのか」

 

 鍋からなんとも言えない良い香りがする。

 さて……。

 

「まあ、あまり気にするな。

 商人ならわかると思うが、大きく儲けるには大きく投資する必要があるものだろう」

 

 アメリカで自動車会社を作ったヘンリー・フォードは、従業員の給料を2倍だか3倍だかにしたという。

 そのおかげで従業員が辞めないようになり、熟練工が増えて能率が良くなったとか。

 ロクサーヌのような天然チート枠は別として、レベル制のこの世界は原則的に積年の努力が実を結ぶ、長く働けるように努める理由としては充分すぎる。

 

 フォードとか自動車とか言っても通じないから、適当に誤魔化しつつそんな話をした。

 

「まだあるな、2人が家事をやってくれるから、昨日のように突然迷宮探索しても生活に支障がない。

 ハンナに至っては出物の情報収集までやってくれている。

 他にも……言っていなかったが2人をパーティメンバーに入れているのは実験的な意味もある」

 

 俺は昔、うつ病になって休職したことがあるし、迷宮探索するなら一生物の怪我をすることは当然警戒すべきだ。

 ここに来る前の2人は怪我の状態も悪かったし、カタリナはうつ病のような症状が出ていた。

 母娘が短期間で体調が良くなっているのは、俺にとって心強いことである。

 

 ……うん、別にこれが唯一絶対の正解だなんて言うつもりはないが、悪いやり方ではないと思う。

 

「……ありがとうございます、今後も精一杯努めます」

 

 だが、ハンナはイマイチ煮えきらない……そんな感じだ。

 

 彼女は、自分達の有用性は今後下がることはあっても上がることはないと、そう思っているのではないか。

 そしてそれは、残念ながら恐らく正しい。

 戦闘要員が増えればパーティーから外れるし、セリーはあっという間に不自由なく喋れるようになって、今後は知識的な方面でも成長するだろうからだ。

 

「……沸騰しましたが」

「まだまだ」

 

 多分、母娘にさっさと手を出してしまって、「俺のお気に入りだから」と言った方が彼女達の立場は安定するし、その方が丸いのだろう。

 ……でもなぁ、子供ができるのはなぁ。

 

 だが、ハンナの不安は分かる……分かるような気がする。

 一方的に与えられたものは、一方的に取り上げられるかもしれない。

 俺だって、こっちに来て不安に襲われたことがないわけじゃない。

 

「……少々、粘り気が出て参りました」

「まだ……だと思う、もう少し」

 

 今更地球に戻されたら、とか。

 突然ブラヒム語がわからなくなったら、とか。

 突然ボーナスポイントがなくなったら、とか。

 そもそもあの夜に酔っ払ってトチ狂ってボーナスポイント一桁の縛りプレイでこの世界に来ていたら、とか。

 

 ……まあ、だからって怯えてても意味ないけどな。

 それはそれとして、最後のifに関しては節度を持って飲酒することで避けられるので気をつけるように。

 

「……少々黄色みを帯びて参りましたような」

「よしよし、ここで火から下ろして……っと。

 シェルパウダーと卵白を混ぜたものを入れて、あとはひたすら混ぜる」

 

 混ぜるのは自分でやる。

 でないとまた錬金術師になれない気がする。

 ハンナからすりこぎを受け取って、ひたすら混ぜる、無心に混ぜる。

 

「す、すごい膨らむのですね」

「あ、ああ、多すぎたかな」

 

 中華鍋いっぱいに膨らんだ。

 鍋から切り離す……と多分崩壊するな。

 大きさはまるでメロンパン……どころじゃない、メロンパンナちゃんの顔くらいあるかもしれない。

 

「ちゃんと出来たと思うが、食べ方に困るな。

 えーと、少し切り分けてくれるか?」

「は、はい、やってみます」

 

 角度にして15度くらい切り分けてくれたが、やはり崩壊した。

 丁度いいサイズのかけらをパクっと食べる。

 ……うん、味は間違いなくカルメ焼きだ。

 

「ハンナも食べてみるといい」

 

 

   【ジョブ設定】

      探索者:Lv34

       英雄:Lv32

     魔法使い:Lv34

       商人:Lv30

       僧侶:Lv20

       村人:Lv10

       盗賊:Lv15

       剣士:Lv15

       戦士:Lv15

    薬草採取士:Lv26

       農夫:Lv1

       色魔:Lv26

      料理人:Lv1

     奴隷商人:Lv1

     武器商人:Lv1

     防具商人:Lv1

     錬金術師:Lv1

 

 

 よしよし、今度こそ錬金術師になれたな。

 明日から迷宮に行く前に、ハンナとカタリナに〈メッキ〉を使っておくかな。

 効果時間はわからないが。

 

「……美味しゅうございます」

 

 ハンナが微笑んだ。

 

「……ハンナには、いやお前たち母娘には、外に知られてはならないことを随分と知られてしまった。

 逃がすつもりはないので、そのつもりでいるように」

「あっ……はいっ、ありがとうございます」

 

 いつか生活がもっと安定して、この家を出てちゃんとした家を買って、またこんな雰囲気になることがあったら……。

 

*1
漫画10巻の第二十三章・ペルマスク①に登場したイメージ画像を参照してください。

*2
昨今はマナー講師(失礼クリエイター)によって〝了解しました〟は目上の相手には失礼であるということに創造されたので、会社員だった道夫さんも「昔は問題なかったのに……」と思いながらも長い物に巻かれている。

*3
 原作でも、この時点でゴスラーは道夫君の名前を把握していますが、2回目にあった時は〝冒険者殿〟呼びになっています。

 公爵より現場寄りであろうゴスラーにとっては、数多いる中での一冒険者に過ぎないので忘れてしまったのだと思います。

 本作では次回に会う約束までしているので、しっかり名前を覚えることでしょう。

*4
本作ではエストックやスタッフと同格の武器とし、レイピアやエストックのように素材は未指定とします。

*5
原作でゴスラーが道夫君に話した時より7日程度早くイベント進行しています。

*6
本作オリジナル(捏造)設定、漫画版でハルツ公のエンブレムにハルバードと思しきものがあるところからの妄想です。

*7
原作者様が感想返しで開示した裏設定です。




 原作では石鹸作りで錬金術師になっているので、カルメ焼きで錬金術師になれるかはわかりません。
 道夫君は化学反応を起こすとなれるのではないかと推測していますが、その場合ちょっと凝った料理をする人ならなれてしまうような。
 まあ、本作ではこのような設定ということで、ご承知おきください。

 公爵とゴスラーの台詞は、妨害の銅剣に関する部分以外は原作通りです。
 原作を読み返していて、結局公爵はなぜ道夫君を自室に呼んだんだろうと疑問に思いました。
 本話で書いた通り、仕官の勧誘をしたのはゴスラーから「優秀な冒険者のようです」と聞いた後だからです。
 まあただの考え無しな人なのかもしれませんが、自分なりの解釈ができたので次に公爵登場する回でご説明する予定です。
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