加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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滝行

 

   ザビルの迷宮

     一階層

 

 街から戻ってきたセリーに「鏡はどうだった?」と訊いたところ、「後でお話しします」と小声で答えられたので、人目が避けられる迷宮まで〈ワープ〉した。

 またMPがごっそり減るが、しっかり休憩を挟んだからさっきよりはゆとりがある。

 だが、MPは足りても配慮には不足がある、あった。

 

「しまった、直接迷宮に来てしまった」

 

 思わずカタリナの方を振り向く。

 

「だ、大丈夫です、多少は迷宮に入ったこともありますので」

 

 と、彼女は細腕でウッドステッキをむんッと構えた。

 ……いや、さすがに戦わせられんぞ。

 

「ご主人様、辺りに魔物の臭いはしません」

「そ、そうか」

 

 スンスンと鼻を鳴らすロクサーヌに「魔物が近付いてきたら頼む」とデュランダルを預ける。

 

 そっとカタリナの方を窺う……彼女は物珍しそうに見渡して、「本当に迷宮に直接来られるのですね……」と呟いていた。

 

 カタリナは狼人族のレイピア使いの賊に甚振(いたぶ)られたようで、来た当初はロクサーヌを恐れる素振りがあったのだが……今は平気なようだ。

 ロクサーヌと打ち解けて平気になったのか、ステータス上昇の効果でPTSD的な症状が緩和されたのか、単純にロクサーヌが持っているのがほむらのレイピアでなくデュランダルだから大丈夫なのか、わからないが。

 といって、まさか訊いてみるわけにもいかないし……ううむ。

 

「……ではセリー、カタリナ、報告を聞こうか」

「何軒か回ってみました、ただし、どれもこれも無駄に高いものばかりです。

 総じてゴテゴテした成金趣味の飾りがついていて、私達が使うにはちょっと」

「ご主人様がお使いになるのでしたら相応のものですが」

 

 まずいな、カタリナがロクサーヌみたいなことを言い出した。

 最近は意識的に2人が一緒に行動するように仕組んでいたのだが、やりすぎたかもしれない。

 もっとセリーで中和しよう……いや、セリーが俺を(ないがし)ろにしているとかではないが。

 

「さっきの冒険者の方の言った通りでした。

 お店の人が言うには、より華美な鏡の方が好まれ、元値が高くなるから転売できると、そのためペルマスクでも金銀宝石で飾るようです」

「どうだかな、付加価値を付けたいのだろう」

「フカ価値ですか?」

 

 セリーは知らないようだ。

 カタリナはわかっているようなので、説明を任せてみる。

 

「えっと、ペルマスクの鏡は替えが利かないものですから、鏡単体ではなく他の要素を付加――付け加えてより高値で売る、ということだと思います」

 

 こちらを窺うカタリナに、「ありがとう」と頷きを返す。

 申し分ない説明だ、門前の小僧というやつか。

 セリーも「なるほど、確かに」と頷いた。

 

「島だから職人達も逃げ出せないのだったか、迷宮もないのだろうか?」

「そうだと思います」

 

 冒険者ギルドから見えた範囲では、島は断崖絶壁に囲われているように見えた。

 とすると、港すらないのかもしれない。

 唯一の出入り口が冒険者ギルドとすると、住人は自力で探索者になれない――つまりは冒険者になることもできないわけで……アルカトラズ刑務所(ザ・ロック)より恐ろしいな。

 

「それと、工房の方にも行ってみましたが、直接はやはり売れないと」

 

 まあそうだろうなと納得していると、セリーが「ただし」と不敵な笑みを浮かべた。

 結構話が上手い、思わず身を乗り出す。

 

「特例として、貴族からの委任状があれば売って良い、だそうです」

「御主人様は、明後日、ハルツ公閣下にお会いするのでしたよね?」

 

 というわけで、今日のところは鏡を買わなかったらしい。

 なるほど、とも思うが……。

 

「さすがに図々しいような気もするが……まあ、今更か」

 

 昨日は向こうからグイグイ来られたが、よくよく考えなくても公爵とはド偉い立場だ。

 

 俺の名字の加賀といえば加賀百万石の前田家だが、明治維新後は侯爵だったはずだ。

 武士で公爵と言えば……島津家とか……大丈夫? 肝練り*1する?

 公家なら、元々島津家の主筋だったという近衛家とか……五摂家じゃねーか、専用機は青の武御雷(たけみかづち)か。

 下手すると、河豚を食おうとしたら侍医が必死で止める身分じゃなかろうか*2

 

 ……いやいや、そもそも武器の売買にいちいち公爵が出張ってくるはずもないか。

 武器商人か、あってもゴスラー殿だろう。

 というか、名前からしてゴスラー殿は公爵と同じ氏族とか一門衆とかだろう。

 朝倉氏3代に仕えた朝倉宗滴のような。

 その上、側近で騎士団長なのだし、彼の委任状でも良いのではないかな*3

 

「ペルマスクの鏡は、帝国東部や南部のお貴族様が贈答品として用いられると聞き及んでおります。

 北部では手に入れにくいものですから、代わりに購入すると言えばお喜びになられるのではないでしょうか?」

 

 ……カタリナ君、フラグを立てるのはやめたまえ。

 だが、鏡を買おうと自分で言い出しておいて、その上ここまでお膳立てしてもらっておいて、会うのが怖いとはさすがに。

 

「わ、わかった、ゴスラー殿にお尋ねしてみよう」

 

 公爵閣下にではない、ゴスラー殿にだ。

 

 

 

   ザビルの町 郊外

     聖職ギルド

 

 話し込んだせいで約束の時間に遅れてしまったが、ザビルの冒険者ギルドに戻って冒険者に聖職ギルドに送ってもらった。

 お詫びに()を一杯奢っておいた。

 そして、また戻って今度はセリー達を連れて聖職ギルドに入る。

 ……今日は慌ただしいな。

 

 聖職ギルドは、道場のような場所だった。

 板張りの床の上で、なにも敷かずに数人の男が黙って座禅*4を組んでいる。

 警策を持った老人が、こちらに気付いて歩いてきた。

 

「……冒険者の方ですな……御用の向きがおありかな?」

 

 見事な禿頭の老人だ。

 剃ってるのではなく、自然に抜けたのだろうな。

 枯れ木のような老人だが背筋はシャッキリとしていて、思わずこちらの背筋も伸びる気がする。

 

「はっ、こちらのカタリナに巫女の修行をさせていただきたく」

「……ふむ……滝行となりますと、あいにくと当ギルドではただいま巫女がおりませんで……指導できる者が……」

「いえ、こちらのセリーは既に巫女となっています。

 また、こちらのロクサーヌにも見学をさせていただければ、と」

 

 神官の老人がセリーを見て鼻を鳴らした。

 

「ほぅ…………なるほど、ドワーフの方でしたか*5

 

 そらこんなに酒の匂いをさせてたらそうよ。

 

「……わかりました。

 古いものですが、以前当ギルドにいた巫女が使っていた白装束でよければお貸しいたしましょう」

「は、大変ありがたく、この通り奉賛いたします」

「……これは、これは……ご丁寧に」

 

 ……嗚呼、肩が凝る。

 もっとシステマチックな、流れ作業的なところが良かったな……滝行だけに。

 

   ※   ※   ※

 

 白装束は、まんま襦袢のような服だった。

 どういう世界観なんだろう、東の方に行けば日本っぽい国があったりするのだろうか。

 〈ワープ〉があるから、ここが推定ユーラシア大陸だとしても、時間をかければ行けるような気がするが……行ってどうするんだという話でもあるが。

 

 別室で着替えたカタリナを連れて、建物の奥から外へ出て、更につづら折りの山道をゆっくり上って……すると滝壺があった、ここが聖地なのだろう。

 流れの高さは、精々ウチの2階の窓くらいだろう、幅はせいぜい両手を広げたくらい。

 日本の観光地基準ならそこそこな規模かもしれないが、海外の観光地ならあんまり話題にならなそうというか……こじんまりしているというか。

 

 なんというか、鬱蒼とした山林をスプーンでえぐり取って、そこに水が流れ込んだような不思議な空間だ。

 振り返ると結構な見晴らしだ、標高が高い! RPGなら中盤以降に移動手段が増えて初めて入れるような場所だな、そして絶対滝の裏に宝箱があるやつ。

 ……見に行ったりしないけどさ。

 

 とはいえ、涼しくて眺めている分には良い感じだが、まだ水泳には早い季節だ、大丈夫だろうか。

 

「では、カタリナ。

 そこの手桶で、ゆっくり身体に水を慣らして下さい。

 そうしたら滝に打たれながら、精神を統一していきます」

「は、はい」

 

 おっと、白装束が濡れると素肌が透けてしまうな。

 ……ああ、巫女がいないから指導できないとはこういうことか。

 

 男女同衾せずということだな、一緒に滝に打たれることを同衾と言うかわからんが。

 夏目漱石の雅号の漱石は、〝石に(くちすす)ぎ流れに枕す〟というのが由来だが、これは〝石に枕し流れに漱ぐ〟を言い間違えた男が頑固に認めなかったという故事だという。

 これに倣って滝の流れを布団に見立てるのは、なんとなく風流かもしれない……知らんけど。

 

 ……さて、どうしよう。

 なんか聖地的なイベントがあるかと内心身構えていたのだが、本当にただの滝行のようだ。

 

 カタリナは服が透けていることに気付いていないようだ、没頭している。

 顔が強張っているな……寒いのか、緊張しているのか。

 

 ……襦袢が透けるのに気付かず滝行する傷肌少女か……ありだな、ありよりのあり、ありおりはべり、いまそかり。

 とはいえ気付いてしまったら恥ずかしがるだろう、今のうちにさよなら(アリーヴェデルチ)するべきだな。

 

 どうせ滝音で聞こえないだろうが、念の為小声でロクサーヌ達に話しかける。

 

「男が見ているようなものではないようだな、席を外すとしよう」

「えっと……」

「……あ、はぁ」

 

 ふむ、2人とも俺の紳士っぷりに言葉もないようだな。

 ……な?

 

「カタリナは、ちょっと緊張しているみたいだな。

 ここの場所は覚えたから、後でこっそりワープで入り込んでも良い。

 苦戦するようなら、気楽にやるように伝えてくれ、くれぐれも体調優先でな」

 

 と言った後で気付いた。

 曲がりなりにもセリーは巫女だ。

 聖地に入り込むとか、さすがに不謹慎だったろうか。

 

「い、いや、あくまで緊張を解すための方便だ、本当に聖地に忍び込んだりするつもりはないぞ」

「……いえ、別に構わないのではありませんか? 聖地や神話なんて作りごとですし」

 

 飲酒して聖地に来てこの御託宣。

 ……この巫女、ロックすぎない?

 

「あ、あんまり口にしないようにな。

 そういうのを大切にしている人もいるだろうし」

「も、申し訳ありません」

「ロクサーヌは、そうそう魔物が出ることもないと思うが、気を付けておいてくれ」

「はい、お任せください」

 

 ……大丈夫だろうか。

 色々な意味で心配になりながら、その場を離れた。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 別に信心深いとかそういうわけではない。

 初詣だって何十年と行っていない。

 決算とかキックオフミーティングとかの時に神社に参拝に行かされたりしたことはあるが、精々そのくらいだ。

 

 ……俺はこの世界はゲームではないと確信している。

 正確には、人間が作ったゲームではないと確信している。

 

 だが、人知を超越した存在にとってはゲームなのかもしれない。

 そしてその、神だか、GM(ゲームマスター)だか、親愛なる友人にして完璧な管理者だかは知らないが、全人類の体内にインテリジェンスカードを仕込んでいるであろう偏執狂(パラノイア)だ。

 

 この聖地で祀られている存在とその存在に繋がりがあるかはわからない。

 とはいえ、不興を買いたい存在でないことは間違いない。

 事務的に「ボーナススキル? バグですね、パッチ当てます」とか対応されたら困るし、AL教みたいに「バランスブレイカーですね、回収します」とか言われたらもっと困る。

 

 ……でも、聖地に不法侵入したり破壊活動したりすれば、異端者とか破戒僧とかのジョブが解放されたりして――

 

「もし、冒険者殿」

 

 ――はい、コンピューター様! 私は幸福です!

 違った、さっきの老神官だ。

 

「これは失礼を……思索の最中でしたかな?」

「や、そのような立派なものでは」

 

 まさか、心を読んだりされることはない、と思うが……。

 

「……お待ちの間、座禅でも組んでいかれますかな?」

「はっ、では、お言葉に甘えます」

 

 滝に打たれなくても、ここは聖地。

 もしかしたら神官になれるかもしれないな。

 

   ※   ※   ※

 

「……もし、冒険者殿。

 お仲間が戻られましたぞ」

「……や、これはどうも」

 

 特に指導とかはされなかったので、とにかく無心になれば良いのかと思って、俯いて半目になって瞳の裏を見続けていた。

 精神科の待合室とか、本番環境で障害発生時に顧客に激詰めされている時とかに使える、感受性を殺す技術(テク)だ。

 考えてみたら祈りでもなんでもないな、これ。

 ……うん、神官のジョブも生えてない。

 

「よく集中なされておりましたな。

 冒険者殿であれば、いずれ神官の道が啓けましょう」

「は、ありがとうございます」

 

 腰とか肩とかをパキパキと言わせながら、2人の下へ行く。

 ……もう着替えてしまったか、ちょっと残念。

 あと、カタリナにはもっと食事を摂らせよう、痩せすぎだ。

 

「ご苦労だったな、寒くはないか?」

「はい、御主人様。

 あの、これはという感覚があったような気がしたのですが……」

 

 

   【パーティージョブ設定(カタリナ)】

 

   セットジョブ

     商人:Lv25

     効果:知力小上昇

       :精神微上昇

    スキル:カルク

 

   所持ジョブ

     ▶商人:Lv25

     探索者:Lv1

      村人:Lv5

      剣士:Lv1

      戦士:Lv1

      農夫:Lv1

    錬金術師:Lv1

      巫女:Lv1

 

 

 良かった、無事に解放されたようだ。

 

*1
 薩摩で行われていた、肝試しを兼ねた宴のこと。

 火縄銃を用いた薩摩式ロシアンルーレットのようなものと伝えられるが、実際に行われた記録はないとされる。

*2
 昭和天皇が河豚を所望された際、侍医に止められたというエピソードがあります。

 また、天皇家では現在も河豚は食べないそうです。

*3
 作中では言及されてないと思いますが、原作者様が感想返しで公爵の叔父であると明言されていますので、立場としては全く問題ないと思われます。

 ただし、ゴスラーに委任状を貰えるかどうかは別の話ですが。

*4
この世界には警策があるので、座禅に相当する概念も存在すると思われる。

*5
原作では、帝国の図書館で飲酒したセリーが読書できているので、ドワーフは酒呑んでいても社会的に色々セーフなのだと思われます。




 神とかGMとかは、原作でそのような設定が出てこない限りは採用しません。
 あくまでも、状況から考えてそういう懸念を持つだろうな、という仮定の話です。
 でも異端者とか破戒僧みたいなダーク寄りの職業は、あったらちょっと面白そうな気がしますね。
 実際にそういう行動を取らないとジョブが開放されないと思いますので、小市民な道夫さんがジョブを取得することはないでしょうが。

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