加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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平常業務

 

   ザビルの町 郊外

     聖職ギルド

 

 カタリナを巫女にしてもらった後、「身体を暖めた方がよろしいでしょう」と老神官が白湯を勧めてくれた。

 日向(ひなた)でそれをいただきながら、滝行がどんな感じだったのか訊いてみることにする。

 

「はい、セリーさんから精神を統一するように言われたのですが――」

 

 最初はよくわからなかったそうだ。

 ……まあ、そうだよな。

 精神統一って言葉だけは、バトル漫画とかゲームとか怪しげなセミナーとかでよく聞くが、じゃあどんな効果でいつ発動するんだって話だ。

 

「――とにかく必死に集中しようとしましたが、滝に打たれていてはそれも……。

 ですが続けていると、意識がゆったりと遠のいて自分と滝の流れが1つになっているような感覚がありました」

 

 ……それは意識を失いかけていたのでは?

 横でセリーがうんうん頷いているから、まあ大丈夫なのだろうが。

 僧侶の〈手当〉を使った方が良いだろうかと思ったが、俺が使わなくてもこの場には巫女が2人いるのだった。

 

「全体手当はもう使ってみたか?

 ……まだならセリー、手本を示してやってはどうだ?」

「はい、わかりました」

 

 そして、〈全体手当〉を都合2回使用して、Lv1だけにMP消費も少ししんどそうなカタリナに強壮丸を飲ませてから帰宅した。

 

 最後まで神様的なサムシングとの邂逅はなかったし、カタリナの話からもそんな様子はなかった。

 ……どうやら色々考えすぎだったようだ。

 そのうち俺も神官になるとしよう。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 ザビルの聖職ギルドではそろそろ陽が傾いていたが、クーラタルはまだ昼間だった。

 短期間にあっちこっちに行っていると感覚が狂うな、これが時差ボケというやつか。

 

「日没まではどれくらいかな」

「まだ3時間くらいはあると思います」

 

 信じられるのはロクサーヌの腹時計だけだ。

 

 ……いや、迷宮にいるわけじゃないんだから、普通に太陽の位置を見れば良いじゃないか。

 と、気付いてロクサーヌの顔を窺ったら、にっこりと微笑まれた。

 なんだかホッと肩の力が抜ける。

 

 明後日にはまたボーデの宮城で肩肘張る必要があるが、明日から――いや今この瞬間からは通常モードだ。

 金曜日の午後に出先から早引けして直帰した時のような爽快感があるな。

 

「おかえりなさいませ、御主人様」

「ただいま、ハンナ。

 カタリナは無事に巫女になることができた。

 あと、ペルマスクにも行ってもらった、鏡は買えなかったがな」

 

 深々と頭を下げるハンナに「俺は行ってないから詳しいことは本人に訊いてくれ」と言って着替える。

 明後日の件を詰める必要はあるが、今日のところは良いだろう。

 明日できることは明日やる。

 

 何時に帰れるか未定だったが、ハンナが軽食を用意してくれていた。

 セリーが作ってくれた燻製肉をパンで挟んだものだ。

 燻煙の香りと程よい塩気……うん、コショウも利いてる。

 

 ……こういう軽食って、なんでどいつもこいつも酒が呑みたくなるんだろうな。

 敬虔で信心深い俺としては直ちにおビール様への祭祀を執り行いたいのだが、グッと堪えてハンナの方の話も聴く。

 

「芋虫のスキル結晶が手に入りました、相場より300ナールほど高くなってしまいましたが……」

「それくらいなら良いだろう、引き続き調達してくれ」

 

 改めて、5人分揃えることを宣言しておく。

 

「これで、ご主人様が身代わりのミサンガを装備できますね」

「……いや、後で迷宮で少し戦ってからにしよう。

 セリーの負担がちょっと大きいようだからな」

 

 ひもろぎのロッドを融合した時はセリーがしばらくどん底状態だったからな。

 言い出したロクサーヌも、苦笑して「そうですね」と引き下がった。

 

「……ご面倒をおかけします」

 

 セリーも先日のことを思い出したようだ、俯く頬が赤くなっている。

 

「鍛冶師になって日も浅いのだし、無理をさせた俺に非がある」

 

 気にしないよう言った後、居間に立てかけた黒板を見る。

 セリーが書いたブラヒム語の下に、日本語で今後やることをメモしておいた。

 

 

   ・料理人のレア食材ドロップ率アップの検証

    スローラビットで検証可能 クーラタル7F ベイル?F

   ・錬金術師のメッキの検証

    ダメージ軽減率? 持続時間? 魔法軽減できる?

 

 

 最近は迷宮探索が疎かになっていたので、やりたいことはあるが……。

 

「まあ、今日のところは、普通に探索を進めるか」

「カタリナのレベルを上げるなら、クーラタルの迷宮九階層にしますか?」

 

 効率優先の俺のことをよく理解しているセリーが提案してくれた。

 クーラタルの九階層はニートアントだ。

 水属性が弱点だから、ビルド次第で魔法1発で殲滅可能……なのだが、

 

「あそこはニードルウッドがいるからな、ベイルの八階層で探索を進めよう」

 

 問題なのは、八階層の魔物であるニードルウッドもそこそこいるということだ。

 ニードルウッドは水属性に耐性があるから、混在して出てきた時は非常に面倒臭くなる。

 それだけでも非効率に苛々するというのに、結構人が多いからそっちも気にしなければならない。

 今日は煩わしいことなしに迷宮に入りたい気分だ。

 

 

 

   ベイルの迷宮

     八階層

 

「あっちからコラーゲンコーラルの臭いがします。

 ……2匹、ですね」

「よし、案内を頼む」

 

 クーラタルの迷宮でも戦った相手だ、不安はない。

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 誘導に従った先で〈鑑定〉を使う、その通り、2匹だった。

 開幕〈ファイヤーストーム〉をぶっ放して、ロクサーヌとセリーが食い止めている間に、もう1発。

 これで倒せ……ないか。

 

「すまん、もう少し時間を稼いでくれ」

「お任せ下さい」

「わっ、かりましたっ!」

 

 倒すのに3発必要になってしまった。

 カタリナが〈知力小上昇〉の効果がある商人Lv25から、〈知力微上昇〉の巫女Lv1になったためだろうな。

 あとは、探索者、英雄、魔法使い、色魔のいつものジョブセットに、フィフスジョブにレベルを上げたい戦士をセットしたのがまずかったか。

 

 十一階層までの敵ではLv31以上にするのは経験値効率が悪いらしいから、それまでは全ジョブLv30になるように満遍なく上げていきたい。

 同時に、できれば〈知力小上昇〉がある錬金術師のようなジョブは、もっと上の階層まで取っておきたい。

 〈結晶化促進十六倍〉を外して、〈知力上昇〉に割り振るか? いや、それならいっそ、

 

 

   キャラクター設定

 

   【ボーナススキル】

    MP回復速度二倍

    シックススジョブ

    結晶化促進十六倍

    パーティージョブ設定

    詠唱省略

    キャラクター再設定

 

 

 

   【ジョブ設定】

      探索者:Lv34

       英雄:Lv32

     魔法使い:Lv34

       色魔:Lv26

       戦士:Lv15

     防具商人:Lv1

       村人:Lv10

       盗賊:Lv15

       商人:Lv30

       剣士:Lv15

    薬草採取士:Lv26

       僧侶:Lv20

       農夫:Lv1

      料理人:Lv1

     奴隷商人:Lv1

     武器商人:Lv1

     錬金術師:Lv1

 

 

「できれば1匹のところに案内してくれるか」

「はい、お任せ下さい」

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 ……よしよし、防具商人の〈知力微上昇〉のおかげで2発で倒せたな。

 もしくは防具商人自体、知力が高めのジョブなのか……商人Lv30が前提のジョブだしな。

 いずれにしても、結晶化速度はガクンと落ちるが、金策の手段は他にもあるし問題ないだろう。

 

「とりあえず、今日はこれで戦うか。

 ロクサーヌ、セリー、敵を探しつつ上の階層を目指そう」

「はい、えっと、セリー」

「はい、右の方から進めましょう」

 

 コラーゲンコーラルのドロップアイテムはチョーク作りに使えるが、そう大量に必要なものでもない。

 できれば早く九階層に上がりたい。

 

 ……一階層から十一階層までの敵は、出現順こそ違うが各迷宮で共通で、このベイルの迷宮ではまだニートアントとスローラビット、スパイスパイダーが出現していない。

 ニートアントはレベル上げに、スローラビットは〈レア食材ドロップ率アップ〉の検証に使える。

 できればニートアントは十一階層に、スローラビットは九階層に出てきてほしいものだ。

 

「あっ、あちらはエスケープゴートもいますね、3匹の群れだと思います」

「ああ、2発で倒せるはずだから問題ない」

 

 

   エスケープゴート

      Lv:8

 

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 その通り、問題なく倒せた。

 やはり必要な魔法が2発だと、逃げ出す前に安定して倒せるな。

 

「すみません、アイテムボックスが一杯です」

「ああ、じゃあこれまで拾ったコーラルゼラチンをこっちに寄越してくれ」

 

 何しろ防具商人もつけているからな、アイテムボックスは有り余ってる。

 ドロップアイテムを受け取って、探索を再開する。

 

 ……ベイルの探索者ギルドに行けば、多分最新の魔物の情報が収集できるのだが、あまり行きたくなかったりする。

 ネタバレ禁止とかではなく、ソマーラの村の自警団の面々、ロムヤ達と遭遇するかもしれないからだ。

 別にロムヤに隔意があるわけではないのだが――

 

「ご主人様、向こうにナイーブオリーブがいます」

「――ああ、オリーブオイルも補充しておくか」

「石鹸作りで大分使ってしまいましたからね」

 

 それ以外にも料理に装備の手入れにと、無駄がない素材だ。

 グロス単位で欲しい。

 

 

   ナイーブオリーブ

      Lv:8

 

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

 迷宮は大体、半分くらいの割合でその階層の魔物が出現する、一階層下の魔物はその半分、二階層下は更に半分……という感じだ。

 ここベイルの迷宮八階層の場合は、コラーゲンコーラルが50%、エスケープゴートが25%、ナイーブオリーブが12.5%……まあ、体感だが。

 ロクサーヌの嗅覚に頼れば目当ての魔物だけ狙うことも可能だが、その分索敵時間が余計に掛かってしまう。

 

 できれば十階層と十一階層がコボルトとニートアントで、十二階層の魔物も水属性が弱点だったりする迷宮があれば理想的なんだが……多分人が多いだろうなぁ。

 

「あっ、ロクサーヌさん、そちらに曲がると入口の方に戻ってしまいそうです」

「そうですか……では、こっち?」

「……そこはさっき通った道に繋がっていそうですね」

「んー……2つ前の分岐を逆に行ってみるか?」

 

 真・女神転生でマップを埋めるためにカテドラルの落とし穴を全て踏み抜く程度のマップを埋めたい症候群予備群である俺は、症状を悪化させないようにセリーのマップはあまり見ないようにしているのだが、こんな時は口を出すようにしている。

 やっぱり戻る、という提案は彼女達からはし難いと思うし。

 

「別に急ぐ必要もないのだし、気長に行こう」

「はい」

「……すみません」

「こっちの道がわかったのだから、無駄ではない」

 

 歴史あるクーラタルの迷宮はマップが売っているが、このベイルの迷宮は新しく出来た迷宮だ。

 一から探索していれば、こんなことはしょっちゅうある。

 未知に満ちている道を探索しているのだからな……ふふっ。

 

 ……ソマーラの自警団の設立も、盗賊襲撃に加えてこのベイルの迷宮が出現したことが理由だ。

 なにしろロムヤ以外は全員、十代半ばの若者だ。

 出稼ぎ、腕試し、功名心……ここには危険と魅力が同居している。

 ロムヤは若者たちが無茶をしないよう、指導と監督のために一緒に迷宮に入っているそうだが――

 

「ご主人様、そろそろお夕食の時間かと」

「――そうか、じゃあMPを回復してから帰ろうか」

 

 そして夕飯を済ませたら、セリーに装備製造をしてもらって風呂を沸かそう。

 

 ……あの若者達は、美しいロクサーヌを連れている俺のことを明らかに羨んでいた。

 その上、セリーまで見たら……我も我もと血気に逸って無茶しかねない。

 その結果迷宮で死んだとしても自己責任だし、関係ないと言えばそれまでだが、ロムヤがさすがに気の毒である。

 

 

   コラーゲンコーラル

      Lv:8

 

 

「お見事です」

「い、一撃ですか」

「セリーの鍛冶師のレベルが上がったおかげでもある」

 

 セリーの頭を撫でると、「それだってご主人のおかげです」と照れくさそうに俯いた。

 前に装備の上から撫でた時は、ボヨンと押し返してくる反骨精神溢れる頭髪だった気がするが……小まめに風呂に入って髪を梳かしていたから、とうとう調伏されたのだろうか。

 ……いや、装備を皮の帽子から硬革の帽子に換えたからかな。

 

 

   キャラクター設定

 

   【ステータス】

    腕力上昇 28

 

   【ボーナス装備】

    武器Ⅵ

 

   【ボーナススキル】

    獲得経験値二十倍

    サードジョブ

 

 

 まあ、一撃だったのは後衛系のジョブを外して〈腕力上昇〉に割り振ったからだが。

 しかし、基礎能力値が上昇したことで、恐らく比率上昇と思われる鍛冶師の〈腕力中上昇〉の恩恵も大きくなっただろうから、嘘をついたつもりはない。

 いつもは面倒だからジョブとスキル構成をそのままでMP回復しているが、この方が安全だし結果的に早く済ませられるな。

 どうせ魔物とエンカウントするまで時間はあるしな……急がば回れというやつか。

 

「もう1匹倒したいな、頼めるか?」

「はい、もちろんです!」

「ありがとう、ロクサーヌ」

 

 ロクサーヌの頭も撫でる。

 硬革の帽子の上からでは殆ど感覚もないだろうに、彼女はくすぐったそうに目を細めた。

 

 ……無理もないよなぁ、あの年頃の――たとえば17歳の頃の俺が今の俺を見たら、間違いなく「爆発しろ」と呪詛を飛ばしていただろう。

 殺してでもうばいとる選択肢すら考えたかもしれない。

 だからって、「な、なにをする、きさまらー!」と言ってやる義理はないのだが……やっぱりロムヤが気の毒だ。

 

 というか、冒険者ギルドでも情報を貼り出してくれれば変な気を遣う必要もなくなるんだがな。

 ベイルの迷宮に関しては……というか探索者ギルド管理の迷宮の情報は、当たり前だが探索者ギルドの方が早いようだ。

 冒険者ギルドと探索者ギルドは仲が悪いというのが周知の事実のようだから、情報伝達を妨害したりしているのかもしれない。

 

「よし、回復したようだ。

 牽制してくれてありがとう、ロクサーヌ」

「はい、ご主人様」

「この階層も、もうすぐ探索が終わりそうです」

 

 合理的なセリーには、これまでのマッピング結果とロクサーヌの探知範囲を突き合わせることで、大体の範囲が絞り込めるらしい。

 2、3時間の成果としては充分だろう。

 

 ……探索者ギルドと冒険者ギルドもなぁ、もっと合理的にやってほしいもんだ。

 攻略情報を積極的に広めれば、結果として探索者も増えると思うのだが。

 まあ、探索者ギルドにしてみれば、冒険者ギルドはLv50以上の上澄み社員をヘッドハントしてくる競合他社みたいなものだろうから、下請け仕事メインの元会社員として気持ちはよぉっくわかるんだけどさ。

 

「では、帰るとするか」

 

 明日は何も予定はないから、多少の寝坊は問題ない。

 最近はロクサーヌの体調や外出の用事があったりして延び延びにしていたが、今日こそ2人にメイド服を着てもらおう。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

「ご主人様、朝です」

「……ああ、おはよう、ロクサーヌ」

 

 翌朝、ロクサーヌに起こされて目覚める。

 若干気怠いが、気分は良い。

 数日ぶりに見るメイド服姿は、もちろん最高だった*1

 

「……あふ、おはぉうございます」

「おはよう、セリー」

 

 セリーは……ちょっと無理をさせてしまったかな。

 昨日はメイド2人の奉仕で、上下から左右から前後からサンドイッチにされた。

 色魔がなければ即死だった。

 

 特にセリーが熱烈だった。

 昼に飲んだ酒が残っていたということはないと思うが、色んな場所で色んな人に会ったから、テンションが上がっていたのかもしれない。

 人前で話すのに自信がないタイプの人間は、自分を奮い立たせないと話せないからハイテンションになり、結果変なことを言って後で後悔したりするという。

 

「セリーの髪の毛も大分大人しくなったな」

「はい、そうですね」

「あの……毎日のように湯浴みをさせていただいているためだと思います。

 ありがとうございます」

 

 ……まあ、実際のところセリーがどう考えてるのかとかは想像なんだが、アランの商館で初めて会った時は腕力以外は内気な文学少女という印象だったから、少し気になってしまう。

 とにかく、昨日は市場調査に滝行に戦闘にマッピングにと、本当にとてもよくやってくれた。

 思いついた時にちゃんと褒めておかないとな。

 

 照れくさそうに毛先を弄るセリーの髪を撫でながら、「昨日はよくやってくれた、ありがとう」とお礼を言う。

 ……セリーが真っ赤になって俯いた。

 いや、その……ごめん、このタイミングで言ったら、昨晩のことを言ってるようにしか聞こえないよな……人を褒めるのヘタクソすぎんか?

 

「では、私達は着替えてきますね」

「は、はい」

「あ、ああ、朝食の時間になったら教えてくれ」

 

 皺になってしまうのでとベッドサイドに畳まれたメイド服を持って、2人が部屋から出ていった。

 

 ……さて、どうするかな。

 なんとなく、窓から庭を見下ろす。

 白い花が咲いていた、あれがカモミールの花だろうか。

 石鹸作りの時はロクサーヌが手早く刻んでしまったからよく覚えてない。

 

 軽く身だしなみを確認して、1階に下り……ようとしたところで、階下でロクサーヌが洗濯物(メイド服)をカタリナに受け渡しているのが見えた。

 離れて見てもわかるくらいカタリナは赤くなっている。

 気不味いので壁に隠れる……まあ、ロクサーヌには気付かれていそうだが。

 

 ……そろそろ良いかな……よし、大丈夫だ。

 そっと庭に出て、深呼吸する。

 窓で空気を吸うのと変わらないはずだが、気分的には大分違う。

 

 花は……あれかな、どことなく菊の花っぽい。

 と思っていると、後ろから足音が聞こえた、ロクサーヌだ。

 一緒に暮らしていると、なんとなく違いがわかるようになる。

 

「ご主人様、お庭の散策ですか?」

「……ん、迷宮に入っていると季節感がわからなくなりそうでな」

 

 おまけに短期間で温暖なペルマスクに寒いハルツ公領にと行ったから、尚更だ。

 

「そうですね……ご一緒しても?」

 

 返事をする代わりに、自然と横に立つロクサーヌを軽く抱き寄せる。

 目を合わせると、いつものように微笑んでくれた。

 いわゆる雑談力というものを持ち合わせていないので気の利いた会話はできないが、彼女とはこうしていても苦痛ではない。

 

 それがなにより嬉しい。

 

 ……最近は忙しすぎた。

 ザビルにだって、2日で行く必要はなかった、もっと何日かに分けたって良かったはずだ。

 ペルマスクと聖職ギルドにだって事前に俺1人で行っておいてから、改めて皆を連れてきても良かった。

 

 そして……そして、昨日ザビルから戻った時……なにを思った?

 〝金曜日の午後に出先から早引けして直帰した時のような爽快感〟だって? その後、迷宮に入ってんじゃねーか。

 迷宮に入って生活の糧を得ているのだから、迷宮探索は仕事だろう。

 シームレスに平常業務に戻ってるんじゃないよ、全然早退してない、あと金曜日でもない、正気に戻れ。

 

 〈ワープ〉が便利すぎる。

 通勤時間が実質0だから、在宅勤務の延長で曜日感覚がなくなってる。

 ……いや、この世界には曜日とかはないんだが。

 

 溜息を吐きそうになって堪える、ロクサーヌに心配をかけてはいけない。

 

「……あの山の向こうに、行かれたんですね」

「そうだな、寒かった、まだ雪が残っていた」

「ご主人様は、寒いのはお嫌いですか?」

 

 ……どうだろう? 暖房の方が電気代が掛かるのは嫌だったが。

 アパート住まいから平屋の一戸建てに引っ越して、地面とは寒いのだという当たり前の事実に気付かされた。

 今の寝室は2階だから、少しはマシだと良いのだが……というかハンナ達は大丈夫かな……。

 

「あまり得意ではないかもしれない、ロクサーヌは?」

「平気です、獣人族は寒さに強いんです。

 ……その時は、暖めて差し上げますね」

 

 ロクサーヌが耳元で「パパ」と囁いた。

 ……決めた、決断的に決定した。

 今後は朝になったら色魔は外す、断固外す。

 

「あ、暖かくなったら、ボーデに観光にでも行こうか。

 城に行っただけで、まだ城下町も見ていないんだ」

「はい、楽しみです」

 

 ロクサーヌの視線がまた山の方に移った。

 ふぅ、危険が危なかった。

 誘惑を断ち切って思考を戻そう。

 

 ……基本的に迷宮に入るのは楽しいんだよな、特にレベル上げ。

 スキルアップするのが即数字に現れるとか、ボーナスタイムすぎる。

 

 ゲーム感覚で迷宮探索をするのが悪いとは思わない、仕事は楽しんでやるものだ。

 だがそれは、効率化や成長を実感することに対する達成感、あるいは迷宮からドロップアイテムを持ち帰って経済活動に貢献するやり甲斐とかであるべきだ。

 

 もし魔物と戦うのが楽しいと感じているなら危険だ。

 それじゃあ戦闘狂(バトルジャンキー)じゃないか、修羅道の貴族社会に毒されたか?

 このロクサーヌですら、迷宮の外ではこのように穏やかな気性をしているというのに。

 

「あ、ご主人様、朝食のご用意ができたみたいです」

「ああ、行こうか、ロクサーヌ」

 

 ……まあ、そのうち成長が鈍化するか、楽しいと言ってられないくらい戦闘がしんどくなるのだろうが。

 今日明日は予定通り仕事をするとして、意識的に休日を作ろう。

 そして外に出る予定は、入れても午前中だけにする。

 どうしても入れてしまった時は、迷宮探索はお休みだ。

 

 最近は忙しくしすぎた。

 

*1
ロクサーヌとセリーのメイドさんプレイが見たい方は原作漫画版10巻をご購入ください。(あれを文字に起こすのは無理なんで勘弁して下さい。)

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