(ロクサーヌさんが夜に疲れさせてるんじゃないかなぁ……)
と自分のことは棚上げして思っている。
ハンナはそんなセリーの後ろから
(御主人様、たまには御一人で寝られたほうが良いのでは……)
と思っているかもしれない。
そしてカタリナは染みと皺がついたメイド服を一生懸命洗っている。
※ここはご主人様のメモ欄です。
ご主人様は少しお疲れのようです。
気付いたことがあれば教えてください。(ロクサーヌ)
春39日
終日:ベイル8F~
※明日はボーデに行くので早寝すること。
ベイルの迷宮
八階層 ボス部屋
昨日探索を進めたおかげで、午前のかなり早いうちにボス部屋まで辿り着くことが出来た。
コラージュコーラル
Lv:8
珊瑚の魔物であるコラーゲンコーラルのボスは、そのままスケールアップした巨大な珊瑚で、フレイルのように頭を振り回してくる。
人体とは、というか動物とは構造がかけ離れているから、動きが予測できなくて戸惑う。
「ロクサーヌさん! 行きっ、ますッ!!
「はいっ! ……
セリーが場外ホームラン間違いなしなスイングでその頭部をかっ飛ばすと、起き上がり
多分、頭の重心が不均衡なのだと思う、俺にはどう弾むのかが読めない。
しかし、ロクサーヌにとってはそうでないようで、丁度良い位置、タイミングで〈ビーストアタック〉を繰り出した。
彼女は俺と出会った時は〈ビーストアタック〉の詠唱を知らなかったようだ。
だがハンナとセリー、そして俺も少しだけ協力した結果、不明だった詠唱は解明された。
更に、俺がかつて剣士の攻撃スキルである〈スラッシュ〉を連発していたように、〈MP吸収〉できるデュランダルなら〈ビーストアタック〉を連発できる。
〈詠唱省略〉はないのでタイムラグはあるが、恐らく通常攻撃の数倍の威力がある。
だから、ロクサーヌにデュランダルを装備させる必要があったんですね。
そして、俺は安全圏からちくちくと火球を飛ばしている。
そうすることでロクサーヌが攻撃に専念することができるからな。
多分これが一番早いと思います。
「倒せ……ましたね、ご主人様」
「こ、こんなに早く」
「ああ、2人共良くやってくれた」
3人での狩りも、大分安定してきたと言えるだろう。
……。
…………。
………………。
「――あ、この階層の魔物はスローラビットですね」
「そうか、料理人の検証ができるな」
次の階層に踏み入れてすぐ、ロクサーヌが言った。
これまで何度も戦った魔物だから、臭いを覚えていたのだろう。
ということは、ベイルの迷宮のニートアントは十か十一階層か、悪くない。
……というか、よく考えたら俺が探索者ギルドに行って魔物の情報収集をすれば良いな。
ザビルに行った時のように、文字は書いてもらえれば判別できるし。
適度に仕事を任せて楽はしたいが、文字も覚えたいしな。
それはそれとして……
「レア食材ドロップ率アップの検証には時間が掛かると思う」
「はい、何匹も倒して比較しないといけません」
セリーに「その通りだ」と頷く。
「2人のおかげで早く八階層を突破できたので、午前の残りの時間は錬金術師のスキルの検証をしたい」
錬金術師の〈メッキ〉について、セリーに調べてもらってもあやふやな情報しかわからなかった、ハンナの方が詳しいくらいだったそうだ。
どうも情報統制されているんじゃないか……そんな気がする。
錬金術師になるような実験を行う人間は、それなりに知識人かつ好奇心があるような人間だと思う。
思い出したのはマイセン陶磁器の逸話だ。
大航海時代、東洋からヨーロッパにもたらされた陶磁器は〝白い黄金〟と持て囃され、欧州各国はその製造開発に乗り出した。
だが、マイセンの地でそれを開発した錬金術師は、技術流出を恐れて生涯幽閉されたという*1。
現代の価値観で歴史上の出来事を断じるべきではないとは思うが……一応技術者の端くれとしてはなんともゾッとする話だ。
それはさておき、錬金術師のジョブになるような者は、そういう国家機密レベルの技術開発に
というか、ペルマスクがまさにそれだろう。
とにかく、自分達で検証しなければならないということだ。
それも、できるだけ目立たずに。
「一階層……は人が多いので、二階層から順に試してみよう」
クーラタルの街
道夫の家
検証方法は単純だ。
まず、二階層の魔物を魔法1発で倒せるように装備やジョブ、ボーナスポイントの〈知力上昇〉で調整する。
ひもろぎのロッドは強すぎるので、久々にワンドの登場だ。
その威力を基準に九階層までの魔物を〈メッキ〉使用前に何発で倒せるか、〈メッキ〉使用後に何発で倒せるかを確認していった。
検証結果をセリーが読み上げながら黒板に書くのを見ながら、俺も手元の黒板に日本語で写していく。
2F:1発、メッキ後2発
3F:2発、メッキ後2発
4F:2発、メッキ後2発
5F:3発、メッキ後3発
6F:4発、メッキ後4発
7F:5発、メッキ後5発
8F:6発、メッキ後6発
9F:7発、メッキ後8発
「メッキを使う前と後では、二階層と九階層で使用回数が変わりました。
そして、ロクサーヌさんに一撃入れてもらった後は、メッキを使う前と同じ回数で魔物が倒せました。
そのことから、メッキはかけた直後の攻撃だけを軽減している……というのは間違いないと思います。
あとは、重ねがけをしても結果は変わらない、錬金術師でなくなると効果は消える……ですよね?」
慎重過ぎかもしれないが、〈詠唱省略〉で無言で〈メッキ〉を使ったからな、本当に使ったかどうかは俺のみぞ知る。
ジョブを付けたり外したりも同様だ。
もちろんどちらも本当のことを言っているので、「間違いない」と頷く。
「あとはメッキでどれくらいダメージが軽減されているかだが、魔物の強さがわからないとなんともいえんな。
二階層の魔物を基準値として仮にHP100とすると……」
必然的に魔法の威力は100になる。
一階層毎にHPが3割増になると……130、169、219、285……六階層で結果が合わなくなるな。
4割増だと……140、196、274、384、537だから七階層で外れるか。
35%かな? ちょっと計算結果をまとめてみるか、〈カルク〉様のご加護のおかげで暗算も楽々だし。
3割増、4割増、3.5割増
2F:1発、メッキ後2発、 100.0、 100.0、 100.0
3F:2発、メッキ後2発、 130.0、 140.0、 135.0
4F:2発、メッキ後2発、 169.0、 196.0、 182.3
5F:3発、メッキ後3発、 219.7、 274.4、 246.0
6F:4発、メッキ後4発、 285.6、 384.2、 332.2
7F:5発、メッキ後5発、 371.3、 537.8、 448.4
8F:6発、メッキ後6発、 482.7、 752.9、 605.3
9F:7発、メッキ後8発、 627.5、1054.1、 817.2
小数点以下を切り捨てた結果をセリーにも共有する。
小数の概念の話まで脱線すると、俺の主人としての
「3割5分増の場合でも、八階層で結果が合わなくなりますか……」
「そうだな、実際、この計算だと上の階層に行くほど敵の強さがとんでもないことになる。
八階層では敵が増えるから、その分個体の強さの増加はそれほどでもないのかもしれないが」
「ですがそれだと、四階層の結果が――」
うん、四階層の結果から、メッキの減少率は2割未満、1割8分と仮定したが、2割以上あることになる。
魔物が増える階層では増減幅が半分になるとするとどうだろう、四階層で159、五階層で215、六階層で290……やはり駄目だな、計算が合わない。
……と、ロクサーヌがついてこれてないな。
俺だって暗算じゃ無理だ。
「まあ、階層ごとの増減幅が同じとは限らないということだな。
ロクサーヌのおかげで、各階層で同じ魔物で検証することができたが、微妙な個体差や魔法の威力の差の可能性も考え始めると、一朝一夕で結論は出せないだろう」
「はい、階層毎の魔物の強さについては昔から議論されていることですが、はっきりした結論は出ていませんし」
そもそも、ダメージを軽減するというのも結果からの推測でしかない。
弱点属性や耐性属性を除いて、魔物の種類によって魔法の使用回数が変わらないから意識から外していたが、魔法防御力のようなステータスがあるかもしれない。
メッキの効果が防御力を割合で高めるとかだったら、ダメージ算出の計算式がわからないとお手上げだ。
「とりあえず、メッキの効果は1割以上2割未満だと仮定しよう。
頼りすぎるよりは慎重な方が良い」
「確かに、そうですね。
あとは効果の持続時間ですか……」
とはいえ、〈メッキ〉を使う時だけ錬金術師を付けて、それ以外の時は別のジョブで戦うというのはできないから、重要度は低い。
お守り代わりにハンナとカタリナに使おうかと思っていたのだが。
……いやいや、〈メッキ〉を掛け直す回数を減らして無駄なMP消費を避けることは、継戦能力に影響するな。
それに、今検証しないとずっと検証しない気がする、ついでにやってしまうべきだな。
午後は迷宮に入る前にロクサーヌに〈メッキ〉をかけて、夕方帰る前に低階層で攻撃を受けてもらって効果が続いているか確認することにした。
三階層のコボルト相手なら、万に一つもないだろう。
「これは、攻撃が避けられるロクサーヌにしか頼めないことだ。
すまないが、頼むぞ」
「はい、お任せ下さい」
ロクサーヌがドンッと胸を叩くと、装備をつけてないから胸が揺れる、それはもう揺れる、ぷるんぷるんと揺れる。
ぐっ、し、視線がつい……セリーの目が冷たい、チクショーメー!
「ゴホンっ! すぐ手当するからな、くれぐれも無理はしないでくれよ」
「心配しすぎです、迷宮に入っていれば、攻撃を受けるのは当たり前のことです」
…………本当か?
ロクサーヌがまともに攻撃を受けているのは、ビープシープの催眠攻撃の時くらいしか覚えがないのだが。
セリーも同感だったらしい、疑いの眼をしている……良かった、話が逸れた。
「では、セリーに昼の装備製造をしてもらったら、また迷宮に入ろう。
……っと、その前にロクサーヌ、文字を教えてもらえるか?」
「えっと、私でよろしければ、喜んで」
十一階層までの魔物の名前を覚えよう。
そうすれば、ベイルの迷宮の十階層と十一階層の魔物を俺が調べることができる。
午後の迷宮探索の前に、〈ワープ〉で行って、さらっと確認した。
十階層はニートアント、十一階層はスパイスパイダーか。
なお、戻ってそのことをロクサーヌに話したら「入口の探索者に訊けば良かったのでは……」と遠慮がちに言われた。
……そりゃそうだ。
最近入口使ってないからすっかり忘れてた。
ベイルの迷宮
九階層
午後はスローラビットで料理人の〈レア食材ドロップ〉の検証だ。
こっちは複雑なことはない、ひたすら狩り続けるだけだ。
スローラビットは動きも遅いし、的が小さいから攻撃はしにくいのかもしれないが、そこは魔法だから関係ない。
まず料理人を付けないで50匹倒した。
レベルが上がってきた錬金術師の〈知力小上昇〉のおかげだろう、ここでも2発で倒せたが、ウサギの肉は1個しか出なかった。
「以前ご主人様と倒した時はもっと出たような気がします」
「ああ、ソマーラの村の周りで戦った時だな」
ベイルのスラム街を調査して盗賊を探している時だったな、随分前に感じる。
あの時は何匹倒したか覚えていないが、迷宮のように入り組んでいないから、外の方がロクサーヌは魔物を見つけやすいようだ。
多分、4、5時間で100匹以上は倒したはずだ、200匹までは届かなかったと思うが*2。
それで村長達にお裾分けしてなお自分達で食べる分は残ったから、5、6個はドロップしたのかな。
……微妙だ。
「まあ、多少のバラツキは出るだろう」
「外の魔物と迷宮の魔物でドロップが違うという話は聞いたことはないですが、今度調べてみますか?」
「うーん、他に調べることが思い付かなかったら頼むとしよう」
今更外でLv1の魔物を狩る必要はないだろうし。
だがまあ、明日ボーデの城に行って、委任状が貰えたらペルマスクで鏡を買って、そしたら休みにして図書館に行ってもらうのも良いだろう。
……。
…………。
………………。
スローラビット
Lv:9
スローラビット
Lv:9
さっきまでは、探索者、英雄、魔法使い、錬金術師、戦士、防具商人の6つのジョブをつけていたが、防具商人の代わりに料理人をつけたら、魔法が3発必要になってしまった。
うーん……検証のためとはいえ、数をこなさないといけないのに戦闘時間が延びるのは厳しい。
〈パーティージョブ設定〉を〈ジョブ設定〉に、〈詠唱省略〉を〈詠唱短縮〉にダウングレードして……〈ワープ〉も探索中はなくても大丈夫か。
〈鑑定〉は敵を発見できるからあったほうが良いか……他には……と。
「ロクサーヌ、1匹だけのところを探してもらえるか?」
「はい、わかりました」
スローラビット
Lv:9
「ファイヤーボール。
すまんが、時間稼ぎを頼むぞ」
「はいっ」
「1匹なら私、がッ!」
セリーが
捻出したボーナスポイントを〈知力上昇〉に割り振ったのだが、これでもダメか。
その後、クールタイムの間にロクサーヌが攻撃して魔物は消えた。
俺が倒していないから、これでは検証にならない……妖怪1足りないは
「えっと……」
「すまない、戦士のレベルも上げようと思ったのだが、難しいようだ」
……仕方ないか。
戦士の代わりに防具商人をセットする。
今日は戦士ではなく、センシになったつもりで
そしてまた50匹倒すと、ウサギの肉が4個ドロップした。
更に次の50匹では6個だった。
レベル依存か? でもなぁ、乱数のきまぐれって言われても仕方ない。
「当分ウサギの肉には困りませんね」
「といってもまだ2食分ってところか」
カタリナはちょっと痩せすぎだ、もっと栄養を摂らせないと。
そういえば、十二階層以降には白身がドロップする魔物がいるらしい……うん、魚も良いよな。
「ウサギの毛皮も、確か帝都の服屋で高く売れるのでしたか」
「ああ、ハンナが言ってたやつだな」
姿見が手に入ったら、毛皮の売却ついでに服を見に行くか。
売った代金で服を買うなら、2人も変に遠慮せずに受け取ってくれるだろう。
それに、前にウサギの肉を入れたホワイトシチューはセリーも旨そうに食べてくれたが、材料から値段を想像したのかちょっと気まずそうな表情になっていた。
俺としては、効率優先で倒しやすい魔物で稼いで、食材は買えば良いと思うのだが……これも自分達で狩った食材なら気兼ねなく食べてくれるかもしれない。
遠慮がちなカタリナも、パーティーメンバーが採った食材と思えば少しは気が楽だろう。
そう思うと、ウサギ狩りは悪くないな。
……食わせなければ、若者には飯を食わせなければ。
更に50匹倒したら5個だった。
その次の50匹では6個だ。
「よくわからんな」
「……ですね」
セリーと首を捻りあった直後、1個ドロップした。
「ところで、料理人のレベルはいくつになったのですか?」
「……24だな」
ドン引きしないでも良いじゃないか。
「ご主人様、そろそろお夕食の時間が近いです」
「そうか、じゃあMPを回復するから、1匹のところを探してくれるか」
そしてMP回復のためデュランダルで倒したら、また1個出た。
昨日そうしたように、後衛系のジョブを外してボーナスポイントを〈腕力上昇〉に集中している。
つまり料理人はついていないのだが……やっぱりよくわからんな。
確率が上がっていること自体は間違いなさそうだが。
「では、コボルトの階層でロクサーヌさんにメッキの持続時間を確認してもらいますか」
「あっ」
……錬金術師、外しちゃった。
ザクセン選帝侯アウグスト2世に招聘されたが、陶磁器開発後はマイセンのアルブレヒト城に幽閉され、酒に溺れて37歳で死去した。
錬金術師の情報が隠匿されているというのは本作オリジナル(捏造)設定ですが、時代設定的に知識や技能は秘されているでしょうから、それほどおかしくはないと思っています。
しかし、原作道夫くんがサンダル履きでウサギ狩りができるような開けた森ならロクサーヌも索敵しやすいでしょうし、定期的に人が通っている道にも出てくるのですから、それなりに魔物は出現するものと思います。
森の奥まで分け入っても〈ワープ〉で帰れるから狩りに集中もできるでしょうしね。
黒板とセリーの頭脳があったらこんな風に検証するかな、という回でした。
新ジョブ来る度にこんな検証回は挟まないと思います。
道夫さんの物忘れがはげしいなってしまった回ですが、本作を書く縛りとして作者がガチで忘れていたことは道夫さんも忘れているだろうと思ってこうしています。
入口の探索者の件は、始めからロクサーヌとセリーに相談していればすぐ判明したことですが、2人を若い男に見せたくないと言うのがスタート地点なので、道夫さんとしては恥ずかしいから相談できないでしょう。
錬金術師を外した件は、言い訳のしようなく普通にど忘れしました。
休日なら苦も無く検証できることなので、多分背景で検証するでしょう。