加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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卸し

 

   ペルマスク市

   冒険者ギルド

 

「では、俺はまたここで待っている。

 ハンナ、公爵閣下の名前を使って阿漕に稼ぐのもなんだから、恨まれない程度に頼むぞ。

 ロクサーヌはみんなを頼んだぞ」

「はい、心得ております」

「はいっ、お任せください!」

 

 次にセリーを見る。

 

「すまないな、大荷物を持たせてしまって……カタリナも」

「いえ、これくらいなんでもありません」

「はい」

 

 ここまで運んできた板材が入った箱は、ここからは彼女が持ってくれている。

 体積で言えばセリー自身より大きいが、言葉通りなんでもない様子だ。

 とはいえ背丈と同じくらいあるから、引き摺ってしまわないように後ろからカタリナが支えてくれている。

 

 服装のおかげで、育ちの良い少年少女カップルみたいに見えるな。

 ……こういうの何て言うのだったか、えっと……エモい?

 

 なんとなく急激に年を取った気分になりながら、もう一度皆の顔を見渡して見送る。

 華がある一団だからさぞや目立つだろうと思ったのだが、ギルド内は閑散としていたので一安心だ。

 今のうちにさっさとテラス席に上がってしまおう。

 

 今日は1人増えたが、ザビルの迷宮できっちり回復してから来たから、前より多少余裕がある。

 なにより、水魔法2発で倒せるニートアント主体のベイルの迷宮の十階層の効率は素晴らしい。

 おかげで昨日はあっという間に戦士Lv30になって、賞金稼ぎのジョブが解放された。

 

 

   賞金稼ぎ:Lv13

     効果:器用小上昇

       :腕力微上昇

       :MP微上昇

    スキル:生死不問

 

 

 微上昇とはいえ、MPが上がる貴重なジョブだ。

 僧侶もLv30になったし、カタリナの巫女レベルも上がってきたとはいえ、MPなんてなんぼあっても良いからな。

 

 そしてスキルの〈生死不問〉は、魔物や盗賊を一撃死させるスキルらしい。

 当たり前だが、確定ではないようだ。

 何回か使ってみたがまだ成功していない、確率で成功するのだろう。

 

 こうなると、以前図書館でセリーに調べてもらった賞金稼ぎと博徒の関係も見えてくる。

 低確率であろう〈生死不問〉を成功させるのは、ギャンブルのようなものだろうからな。

 〈生死不問〉の成功が博徒になる条件というのは、大いに考えられるだろう。

 

 そんな風に各種設定画面を見て時間を潰していると、「ご主人様」と話しかけられた。

 普段と足音が違うから気づかなかった、セリーだ。

 

「ん? 1人か?」

 

 だがどうも何かがあったという感じじゃないので、ひとまずセリーにテラス席を勧めて俺も腰掛ける。

 

「目的の鏡工房を訪ねたのですが……今は昼食が終わったところで、この後は長い昼休みを取るので終わるまで対応できないと言われまして」

「……ああ、シェスタか」

「ご存知でしたか」

 

 いや、ご存知というかなんというか……適当に誤魔化しておく。

 とにかく、茶会に誘われたのでそこで交渉を試みるようだが、いずれにしても鏡を受け取れるのはシェスタ後だということだった。

 

「どうも夕方までは休むようで……呑気なものです」

「まあ、こっちは暑いし、しっかり食べて休まないと体力が持たないのだろう。

 工房というからには、火も扱うのだろうしな」

「……なるほど、確かに」

 

 テラス席から黒煙を上げる工房らしき建物の煙突を見ながら言うと、セリーが頷いた。

 彼女はちょっと厳しいところがあるが、合理的な理由が思い当たればすんなり納得してくれる。

 

 ちなみに、シェスタはスペインから発祥して地中海沿岸に広まった風習らしいが、おかげで昼はいろいろなモノが止まるし、そのあおりで夜は残業地獄らしいと聞いたことがある。

 陽気なラテンのイメージとは程遠い、世知辛い話だ。

 最近はQOLを高めるために、シェスタをやめようと政府が呼びかけているとかなんとか。

 

「悪い時間に来てしまったというべきか、ギリギリ間に合ったというべきか」

 

 ……悩ましいところだな。

 まあ、次はファッションショーがないから、午前中に着けるだろう。

 さきほどから静かな冒険者ギルドに視線を巡らせる。

 大抵カウンターとかで食事や飲み物を扱っているものだが、そもそも受付に人がいない。

 

「この様子では食事の提供も終わっているようだし、俺は一度家に戻るとするかな……4時間くらいしたらまたここに来る。

 日没前には迎えに来るつもりだが、来なかったら夕方の便でザビルまで戻って待っていてくれ。

 運賃は確か……」

「銀貨5枚ですね、わかりました」

 

 しっかりと頷くセリーに見送られて、一度家に帰ることにした。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 時間を潰して冒険者ギルドに戻ると、ホールは昼と打って変わってざわめいていた。

 綺羅(きら)びやかな貴婦人を連れたいかにも上流階級な老紳士とか、筋肉モリモリマッチョマンのイカニモ系のおっさんとか、そんなカロリー高めな人々が集まっている。

 ……あのおっさんの上腕、明らかにセリーの腰より太いな。

 300人いればペルシア帝国軍100万と戦えそうだ。

 

 そして、人集(ひとだか)りの中心にいるのは、ロクサーヌ達だ。

 

 さて、どうしたものか……と尻込みしていると、いち早くこっちに気付いたロクサーヌが俺を見て〝ご主人様〟という口の形をした。

 彼女が喋っているのはブラヒム語だから、普段そう聞こえるだけで日本語と口の動きは違うのだが、なんとなくわかるようになった。

 しかし……うーむ、この状況で堂々とご主人様でございと登場するというのはどうにも……彼女達が奴隷だということは、公言しない方が良いような気もする。

 

 ……そうだ、いっそのこと。

 

「お嬢様方、お待たせして申し訳ありません。

 お迎えに上がりました」

 

 どうにかこうにか人混みをかき分けて、アランがするようなお辞儀をしてみた。

 ロクサーヌの「えっと……」という声を遮るように、ハンナが「あぁ、苦労をかけます」と人を使い慣れている声を俺にかけると、

 

「それでは皆様、本日はお世話になりました。

 都合がつきましたら、また数日後に参ります」

 

 

 

   ザビルの迷宮

     一階層

 

「すまなかったな、打ち合わせもせずに。

 ああしたほうが、今後の交渉もやりやすいかと思ったのだが……」

「はい、ありがとうございます」

 

 正直に言うと、あの状況で偉そうに振る舞える自信がなかったというのも大きいのだが、見抜かれていそうな……まあいいや。

 ともあれ、応えるハンナの顔はどことなく満足げだ、首尾は良かったらしい。

 

「早速ですが、ご報告させていただいてよろしいでしょうか?」

「……帰ってからと思ったが」

 

 まあ、結果を早く知りたくもある。

 

「ロクサーヌ、人目が避けられるような小部屋に案内してもらえるか」

「はい、お任せください」

 

 デュランダルを渡して頼み、適当な小部屋に陣取った。

 

「では、細かい数字は今度帳簿でも付けてもらうとして、軽くどうなったか教えてくれるか?」

「はい……セリーさん」

 セリーが背中の長櫃を下ろして蓋を開けると、色鮮やかな布に包まれた鏡が見えた。

 布は梱包材だろうか。

 

「鏡はさしあたって10枚購入できました。

 大金を預けていただけましたので、もう20枚予約を取っています」

 

 不安そうに「大分使ってしまいましたが」というハンナに、「問題ない」と頷きを返す。

 

「鏡は様々な大きさで、1枚辺り銀貨35枚で購入することになりました。

 ……もう少し値切れそうだったのですが、少々目立ちすぎたかもしれません」

 

 参事委員会とやらの役人の目に留まったことで、あまり交渉できなかったという。

 できれば装飾付きの鏡や、それ以外のものを買ってほしいと言われたらしい。

 ……まあ、加工貿易主体の島国――都市国家? なのだろうしな、貿易赤字とかに神経質なのだろう。

 

「では、こちらから売るのはやりにくい感じか?」

「いえ、そちらは非常に好評でして……」

 

 コハクの原石は店頭価格の5倍に、タルエムの板材は10倍になったらしい。

 原石は確か800ナールとか言っていたかな、4000ナールか。

 とりあえず10個用意したとか言っていたから、それだけで4万ナール。

 

 ……板材はどうだったかな、あのエルフの話は半分くらい聞き流していたからな。

 他にも、タルエムの鞘の注文も受けてきたらしい。

 サイズとかはどうなんだろうと一瞬思ったが、鍛冶師のスキルでできる装備品の鞘だから画一的な寸法で良いのか。

 

「それと、商品見本にとお預かりしたコハクのマント留めを売ることになってしまいました。

 お役人相手のことなので断り難く……」

「マント留め……そういえば、冒険者ギルドの職員も肩に大きな宝石を飾っていたな*1

 

 ロクサーヌも、「町の出入りを管理している騎士の方も身に付けていました」と言うから、向こうでは標準的な装飾なのだろう。

 ……貿易赤字とか関係なく、自分が欲しかったからゴネたのだろうか。

 

「うーん……商売し難そうだな」

「今回だけの特別な取り扱いと念押し致しましたので、恐らく問題ないと思います。

 自分が買ったものが周囲にもっと高値で売れていれば、気分も良いでしょうから」

「なるほど……まあ、1つくらいは仕方ないだろう」

 

 とはいえ、自分だけが優遇されたということを自慢したがるのも人情というものだ。

 1つで済めば良いのだが……。

 

「3万ナールのマント留めを9万ナールで譲ることになってしまいました。

 ……本来なら10万ナール以上にはなるところでしたが、申し訳ありません」

 

 いや、十分すぎるだろう。

 だが……うーん、コハクの原石が5倍ということを考えると微妙……なのか?

 原石は選別しているらしいが、それでも実際に研磨するまで最終的な品質はわからないこともあると、コハク商が予防線を張っていた。

 商品見本にするようなマント留めなのだから、当然当たりのコハクなわけで……とはいえ3万があっさり9万なのだし……わからん、俺にはさっぱりわからん世界だ。

 

「それから、鏡工房の親方の奥様からネックレスの注文をいただきまして、金貨25枚までなら出せると言っていましたが、質次第ではもう少し引き出せそうです*2

 こちらは好みの色や大きさを聞き取ってセリーさんに記録してもらっていますが、5、6万ナール程の品を用意すればよろしいかと思います」

 

 ……わからん、さっぱりわからん。

 

 そうだ、こんな時こそセリーだ。

 彼女はいつだったか、仲買人に対して「仲買しているだけなのに利益を奪われるのはシャクですね」と憤慨していた。

 そして、俺達は今まさに物品を右から左に流すだけで巨額の利益を貪ろうとしているのだ。

 

 セリーッ! 君の意見を聞こうッ!

 

「茶会に呼んでいただきましたが、あの親方はロクサーヌさんの胸をじろじろ見て奥さんを怒らせていました」

「…………そうか」

 

 もう何も言うまい。

 

「あー……っと、そういえばこの色鮮やかな布……反物? はどうしたんだ?」

「はい、鏡本体は市外に持ち出すことを考えられていなかったようで――」

 

 どうも、梱包が心許(こころもと)なかったそうだ。

 持ち運びに不安があるし、どうせ長櫃にも隙間があるし……ということで、梱包材代わりに買い求めたのだという。

 そして、わざわざペルマスクで買い求めるものなのだから、

 

「――こちらは茜と貝紫の反物となっておりまして、いずれも南方の産物で帝国では作れない代物です」

 

 というわけだ。

 茜は知っている、俺もかつては京で買った茜を大湊に何度も運んで巨万の富を築き、銭の力で戦国の世を駆け抜けたものだ。

 ……太閤立志伝の話だが。

 

 そして貝紫、これは更に貴重なのだという。

 

「古くは〝皇家の者以外身につけてはならぬ〟と御触(おふ)れが出されたこともあるもので、帝国では間違いなく高く売れるものです*3

 

 なるほど、禁色(きんじき)というやつか。

 日本で言うと黄櫨染(こうろぜん)色だな、令和元年の即位礼正殿の儀で天皇陛下が着ていた黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)の色だ。

 いくら官位が上がっても臣下には許されないということで、絶対禁色なんて呼ばれることもあるようだが……ハンナの口ぶりではそこまで厳しくはないようだ。

 

「そういえば、昔の偉い学者がある種の魚の尾の血で染めるのだと言っていたそうです。

 結局、再現できなかったそうですが」

「製法は厳重に秘匿されているようですね」

 

 セリーの言葉にハンナも頷いた。

 ……はて?

 

「貝ではないのか?」

 

 反射的に口を挟んだ俺に、2人がごくりと唾を飲み込んで『ご存知なのですか?』と声を潜めて聞いてきた。

 

 ……いや、さっきから()紫って言ってるじゃないか、と考えて気付いた。

 あっ、これブラヒム語の翻訳が仕事しすぎているやつだ、と。

 ハンナとセリーはカイムラサキという色に相当するブラヒム語の名詞を言っていて、謎翻訳で俺にだけ貝紫という日本語に聞こえているのだろう。

 

「あー……ある種の貝から採れるらしいな、詳しくは知らん」

 

 確か、アカニシ貝から採れる染料じゃなかったかな。

 明治時代にお雇い外国人が発見した大森貝塚からも出土していて、殻が割られているのは食べるためだけでなく貝紫を得るためだと考えられているとか聞いた。

 確か……社会科見学か何かで行ったんだったかな*4

 

 まあ、俺にとっては食べると美味い貝というくらいの認識だが。

 最近はトルコ辺りからの輸入品は珍しくない、トップシェルというやつだな。

 オイル煮はビールにもワインに合うし、醤油味の煮貝の缶詰はご飯が進む君だ、コンビニで売っているボイルしたやつをシンプルにワサビ醤油で日本酒のアテにするのは言うまでもない。

 

 ……腹が減った。

 

「反物もコハク商か武器商人に売るのか?」

「それでもよろしいかと思いますが、帝都の服屋に持ち込んではいかがでしょうか?

 ウサギの皮が溜まっておりましたよね?」

 

 なるほど、皮を買い取っているということは、服屋で職人も抱え込んでいるということだろう。

 ならば当然、布地だって欲しがるはずだ。

 なにしろ皇帝のお膝元だからな、貝紫はいかにも高く売れそうだ。

 

 ……というか、簡単すぎる……あっけなさすぎる。

 まだ一連の取引は始まったばかりで気を抜くには早すぎるが、こんなにあっさりと稼げてしまって良いのだろうか。

 不安になってきたな、油断せずにきっちり迷宮探索は進めよう。

 〈ワープ〉もあるし滅多なことにはならないと思うが、もっと強くならないと不安だ。

 

「では、反物の方は鏡の取引が終わったらまとめて持ち込む……で、良いか」

「そうですね、私達が帝国に帰るのは明日ということになっていますし」

 

 セリーの言葉に頷きを返す。

 明後日ボーデに鏡を届けに行って、3日後以降は引き続き鏡の取引を続ける予定だ。

 コハク商の分と武器商人の分、そしてうちで使う分で2回か3回往復することになるか。

 

 その間、予期せぬ場所でハルツ公領の人間と会うと日程に矛盾が出てしまう。

 広い帝都でそうそうないとは思うが、公爵の関係者と遭遇することは十分有り得ることだ……そういえば、いつやるのか知らんが皇子の結婚がどうとかとも言っていたしな。

 まあ、偶然会ったところで誤魔化しようはあるだろうし、ペルマスクとの往復所要時間が2日だろうが1日だろうが今更気にされないかもしれないが、念の為だ。

 あまり身の丈以上に評価されて、無理難題を頼まれても困る。

 

「とにかく、今日はみんな良くやってくれた。

 しばらく苦労をかけることになるが、引き続き頼んだぞ」

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

「えっと、お料理をされていたのですか?」

 

 帰宅してすぐ、ロクサーヌが鼻を鳴らして言った。

 

「ああ、皆に仕事を頼んでいる間にと思ったんだが、実はまだ途中なんだ。

 まあ、夕暮れまでには出来ると思う……っと、もしかして向こうで食事は済ませてきたか?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 ロクサーヌ達が自分の服を見下ろして首を振った。

 さすがに高級貸衣装を着て食事はできなかったらしい、お茶を飲んだだけだったようだ。

 カタリナに至ってはドレス姿だしな、そりゃ無理か。

 

「まあ、それほど時間は掛からないと思う、気にせず休んでいてくれ」

「そういうわけには、すぐに着替えてお手伝いしますね。

 結局、セリーやハンナさん達に任せきりで、私はなにもしていませんから」

 

 慌てて身支度をしようと2階に上がろうとするロクサーヌを、「それは違うぞ」と呼び止める。

 

「護衛というものはな、何もないことが一番の仕事なんだ。

 よくやってくれた、ロクサーヌ」

「……あっ、はい、ありがとうございます」

 

 ハンナとカタリナも、頷いてロクサーヌにお礼を言うと、ロクサーヌが照れくさそうに走り去った。

 実際間違っていない。

 ロクサーヌがいない状況で、セリー1人に護衛を任せて母娘に大金を預けるのも気が引けるしな。

 

 そしてしばらくして、いつもの服に戻ったロクサーヌが台所に入ってきた。

 キリっとした顔で「お待たせしてすみません」と会釈されると、胸が押し上げられて谷間がムニュっとなる。

 

 ……そりゃあさぁ、見ちゃうよ、これは。

 すまんな、名も知らぬ親方よ*5

 

「これは……何をお作りになっているのでしょう?」

「フライ……油で揚げる料理だ」

 

 昼にペルマスクから戻る途中、時間の確認のためにザビルの冒険者ギルドに寄ったのだが、先日世話になったドワーフの冒険者も食事中だった。

 オリーブオイルをぎっとりと使った、ギリシャっぽい料理だ。

 油でテカテカした唇で酒をグイグイかっくらう様子を見て、久々に脂っこいものが食べたくなった。

 

 で、思いついたのが、白身を使ったフィッシュフライと、鶏肉の代わりにウサギの肉を使ったラビットカツだ。

 こっちに来てから運動量が増えたとは言え、あんまり重たいものは胃もたれしそうで不安だが、これなら平気だろう。

 

 ……それにしてもラビットカツ、絶妙に語呂が悪い。

 間違いなくこんな単語を思いついたのは人生で初めてだし、地球にいたら一生なかったことだろう*6

 

「こちらの白いものはなんでしょう? それにこの鉄の器具は?」

 

 帳簿作りをハンナとカタリナに任せたらしいセリーもやってきた。

 どうも新しい料理をしているらしい……ということで気になったのかもしれない。

 

「それはマヨネーズ……というソースだ、卵の黄身と酢、オリーブオイルを混ぜてひたすらかき混ぜると出来る。

 その鉄の丸いのは、かき混ぜるためのホイッパー……泡だて器だな」

 

 泡だて器は、どうもこの世界にはないようだ。

 だが、針金を使えば作れるだろうと思って金物屋に行ったら、珍しく旦那さんの方がいたので、話して作ってもらった。

 

 出来あがったものはちょっと頼りなかったのだが、そう言うと「ちょっと待ってろ」と店の裏に引っ込んで焼入れしてくれた。

 ニードルウッドのドロップアイテムであるブランチは、火力が高くて燃焼温度も時間も一定だから、こういうちょっとした作業に使えるそうだ。

 

 ……というのに、針金代しか請求してこないものだから手持ちのブランチを押し付けてきた。

 なんとも店番に向かない人だ。

 今日はたまたまオネスタ女史(大家さん)が世話役の会合とやらで不在だったそうだが、普段奥さんが表に出ている理由がわかった気がする。

 

「黄身と酢とオリーブオイルですか……あの、その、比率の方は……」

「ちゃんと控えてあるぞ」

 

 今のところマヨネーズ作成の成功率は100%だ。

 成功するまでリトライすれば必ず成功するし、失敗作は迷宮にポイっちょすればなかったことになるからな。

 ……だからセリー君、卵の備蓄の方は見ないでくれたまえ。

 

「では、2人にも手伝ってもらうとするか。

 まず揚げ物だが、具材は切って半分は塩コショウ、半分は魚醤で下味を付けている。

 ……あまり臭くない魚醤を選んだつもりだが、ロクサーヌは平気か?」

「はい、美味しそうです」

 

 良かった良かった。

 以前一緒に帝都に買物に行った時は、とんでもなく臭いものがあったからな。

 

「これらには、マヨネーズ作りで卵白が余ったからそれを絡ませて、パンを粉々に砕いたものをまぶしてオリーブオイルで揚げる」

「パン粉ですね」

「……パン粉はあるのか」

 

 教えてくれたセリーに訊くと、「チーズが買えない時、代わりに振りかけます」と教えてくれた。

 なんとも悲しい食材だ――ではない! ……なんということだ、フィッシュフライを作ろうとしてチーズを忘れるとは。

 ミチオ・カガ、料理の中で食材を忘れた。

 だがもう時間が……今日のところは諦めるしかないか。

 

 おろし器のようなものはないため、セリーにパンを千切ってパン粉にしてもらうことにする。

 

「そしてマヨネーズの方だが、こないだロクサーヌが昼食に出してくれた、肉と一緒にパンに挟んだ根菜の酢漬けがあったろう?

 あれと茹で卵をみじん切りにして混ぜると、タルタルソースと呼ばれるものになるので*7それを作りたいのだが……」

「はい、ではそちらは私が」

「ではロクサーヌにはそれと……油物ばかりではバランスが悪いので、他に野菜も切って野菜スープを作ってくれるか。

 ウサギの肉についていた骨*8で、出汁だけは取ってあるのでそれを使ってくれ*9

 

 そうしてフィッシュフライとラビットカツが出来上がった。

 結局、揚げ物は火加減が難しかったので、安定するまで2人に手伝ってもらって試行錯誤したが。

 やっぱり揚げたてが一番なので、揚げながらハンナとカタリナも呼んで台所のテーブルでそのまま食事にする*10

 

「サクサクしていてとても美味しいです!」

「パンに挟んでも美味しいぞ」

 

 ロクサーヌは無難に塩コショウで味付けした方が良いらしい。

 タルタルソースにもご満悦だ。

 

「中まで味が染み込んでいて、肉汁が溢れてすごいです」

「フォークで穴を空けて漬け込むと味がよく染みるんだ」

 

 セリーは魚醤に漬け込んだウサギの肉が好みらしい。

 これはタルタルソースがなくてもイケるな……というか、唐揚げとか竜田揚げのような味付けのフライになってしまった。

 

「随分油を使っていますのに、このソースを付けるととてもさっぱりして……」

「ついつい食べすぎてしまうんだよな」

 

 ハンナにもタルタルソースは好評だ。

 ……さっぱりすると言えば、こないだのゾボドリンク? のような、ハイビスカスのソースとかがあれば梅干しの代わりにならないだろうか。

 ささみとかイワシのフライに練り梅を塗るような……今度ちょっと探してみるかな。

 

「こんな贅沢なものをいただいてよろしいのでしょうか」

「気にするな、一杯食え」

 

 最初に取り分けた分を食べてからは大人しく野菜スープを飲んでいるカタリナの皿に、揚げたてのフライを追加投入する。

 このスープも美味しいけどな……ちょっと行儀悪いが、揚げ物を続けながら片手でスープ皿から直接ぐいっと飲む。

 料理で汗ばんだ身に染みる味だ。

 

「あの、ご主人様も食べてください、揚げるのを代わりますから」

「あ、いや、俺はロクサーヌ達が食べ終わった後にいただくよ……酒も買ってきたのでな」

 

 今、2階の風通しが良い場所に、エールの瓶に濡れタオルを巻いて安置してある。

 ヴァイツェンっぽいエールだから、フィッシュフライは絶対に合う。

 

 皆を迎えに行く前に、風魔法の〈ブリーズウォール〉に突っ込んだら急速冷蔵できないかと試したら、瓶が砕けて全部迷宮に呑まれてしまった。

 ……まあ、そよ風(ブリーズ)とはいえ(ウォール)だしな、アホなことをしてしまった。

 というわけで冷やし直したから、まだ冷えていないのだ。

 

 そんなことを考えていると、「……あの、御主人様」と遠慮がちにカタリナに話しかけられた。

 

「本日のお料理に使った油はどうされるのでしょうか?」

「使い回しもできるとは思うが、身体に良くないとも聞くのでな、捨ててしまおうと思っているが……」

 

 地球だったら捨てるのが面倒なので悩むところだが、こっちでは迷宮にポイ捨てしても誰からも文句を言われないからな。

 そう、この世界ではミミガーやホルモンの茹で汁で排水管を詰まらせる心配をしなくて良いのだ。

 それに魔物を倒せば手に入るというのも、気楽で良い。

 

「それでは、あの……石鹸作りに使ってみてよろしいでしょうか?」

 

 できるのだろうか? ……いや、廃油石鹸とか聞いたことがあるような気がする。

 工業用の廃油なのか、家庭用の廃油なのかもわからないが。

 

 ともあれ、オリーブオイルは俺にとっては迷宮で簡単に手に入るものだが、カタリナにとってはそうではない。

 うちで使わなくても、石鹸が安く作れて余所に売れるなら悪くないし、

 

「ちゃんと出来るかわからないし、パン粉のカスとか混じっているので慎重に取り除く必要があると思うが……やってみるか」

「はい、ありがとうございます」

 

 ……真面目だなぁ、もっと肉食え、魚も食え。

 しまった、甘いものも用意すれば良かった。

 卵白が余って泡だて器も出来たのだから、今度はメレンゲとかに挑戦してみるか。

 

 作ってみた系の料理動画で見たお菓子作りの工程を思い出しながら、丁寧に油切りして具材を引き上げた。

 

*1
漫画10巻で、すしざ◯まいみたいなポーズでペルマスクにおける注意事項を説明している浅黒い肌の男性のことです。

*2
原作では5万5,000ナールのネックレスを金貨25枚で売っていますが、本作では鏡を値切りせずに景気よくまとめ買いしているので、財布の紐も緩むことでしょう。

*3
 漫画の描写から、ペルマスクはギリシャ文化圏を想定しています。

 茜と貝紫は古代ギリシャで染料として使われた記録が残っており、特に貝紫はギリシャを制圧したマケドニアのアレキサンダー大王、ローマのジュリアス・シーザーなどが愛した色だとされています。

*4
 現在の東京都品川区大森貝塚遺跡庭園。(最寄り駅は大森駅だが、住所は品川区)

 明治10年、アメリカから来日した動物学者エドワード・シルヴェスター・モースにより発見・発掘調査された。

 チョーク作りの時も書きましたが、道夫さんは東京都出身という推定で書いています。

 また、大森貝塚から殻が割られたアカニシ貝が出土していることは確かですが、染料を採取していたかどうかは〝そういう推測をしている人もいる〟と話半分程度に捉えてください。

*5
 原作道夫君はセリーと一緒に親方に怒っていましたが(セリーが怖くて同調しただけの可能性はありますが)、さすがに40手前にもなって連れがおっぱい見られたくらいでいちいち怒ったりはしないでしょう。

 むしろ年齢的に、若い女の子に色目を使ったのを見咎められて、奥さんのご機嫌取りに高い買物をすることになった親方さんサイドに感情移入してしまうと思います。

*6
ウサギの肉は家畜はラパン、ジビエはリエーブルという呼び方があるようなので、今後日本でウサギの肉が一般化してもラビットカツとは呼ばれないでしょう。

*7
タルタルソースにタマネギではなくらっきょう漬けやピクルスを入れるようなものとお考えください。

*8
漫画の描写から、ウサギの肉は骨付きモモ肉と想定しています。

*9
 日本で出汁文化が発展したのは、水の硬度の違いによるものと言われます。(軟水の方が出汁がでやすいとされる)

 しかし、少なくとも原作ではベスタが蛤の煮汁をもらって美味しかったと言っているので、軟水は料理に使われていて奴隷に分けることもあるということでしょうから、出汁の概念も通じると思われます。

 また、魔法で出した水は多分不純物のない(=出汁が出やすい)純水ではないかと思います。

*10
漫画4巻の描写から、台所の真ん中に1畳くらいの大きさの備え付け調理台があるので、そこで食事をしているものとお考え下さい。

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