加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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ハルバード

 

 

   図書館でハルツ公領のことを調べようと思います。

   調べた方が良いことはありますか?(ロクサーヌ)

   ↑景勝地が多いです。

    貴族の避暑地などもございます。(ハンナ)

   ↑魚も美味しいと聞いたことがあります。

    御主人様はお好きではないでしょうか?(カタリナ)

   ↑ありがとうございます!(ロクサーヌ)

 

   ※ここから下はご主人様のメモ欄です。

 

   春43日

    AM:図書館→ボーデ

    PM:未定

 

 

 

 

   ボーデ 宮城

     ロビー

 

 ハンナとカタリナをコハク商に置いて、城に移動した。

 ボーデの城は城下町から見て小高い丘の上にある、少し距離があって面倒だから〈ワープ〉を使った。

 ……陽射しを受けてギンギラギンに輝く山並みに囲まれたボーデの朝は、寝不足の疲れ目にはしんどい。

 

 以前と同じくロビーの壁の垂れ幕に出ると、同じ騎士団員がやってきた。

 思えばこの間とほぼ同じ時間だから、巡回しているのかもしれない。

 ゴスラーに面会を求めると、「そちらは?」と背中の長櫃のことを訊かれた。

 

「お約束していた鏡です、ゴスラー殿にご確認いただければわかるかと」

「はい、話は伺っております」

 

 てっきり持ち物検査でもされるかと思ったがそんなこともなく、そのまま「こちらに来て下さい」と案内された。

 だが、向かっているのは公爵の執務室だ。

 ……ゴスラーにと言ったのに。

 

「入れ」

 

 騎士団員がノックをすると、返ってきたのはゴスラーの実直そうな声だった。

 

「失礼します、お客様をお連れしました」

「おお、ミチオ殿」

 

 中では公爵とゴスラーが執務中だった。

 朝も早くから上司と差し向かいで仕事とは……宮仕えは大変だ。

 

「お邪魔します」

「一度に運んでこられたのですか……」

 

 ゴスラーの呆れを含んだ声で思い出した。

 そういえば、一度に運んでこなくても良いって言われていたな。

 あの糞エルフが用意した長櫃付き背負子のせいで、大荷物が運べるようになってしまったから忘れていた。

 ……まあ何度も来たくはないし、助かってはいるのだけれども。

 

 ここまで案内してくれた騎士団員と、いつの間にか増えていた護衛っぽい人に手伝ってもらって長櫃を机の上に下ろした。

 この城の人々はテキパキと優秀な人が多いな……それくらいでないと、公爵の軽快なフットワークについていけないのかもしれないが。

 外資系企業の本社ビルに呼ばれた時のようなアウェー感を思い出す。

 

「確かに、装飾も何もついていない鏡ですな」

「余の謁見室にもあるが、映りはやはり良いものだな」

 

 うんうんと頷いた公爵が、騎士団員に「カシアを」と言った。

 言われた騎士団員は、「はっ」と一礼して出ていく。

 なんだろうと思ったら、公爵が「余の妻に見てもらう」と説明してくれた、人の名前か。

 

 鏡のこととなると、やはり女性が詳しいのだろう。

 待っている間、質問を受けた。

 

「まさか一度に10枚運んでこられるとは思いませんでした、それは?」

「私もそう思ったのですが……」

 

 先日ここにゴスラーと一緒に来た武器商人のことを話した。

 タルエムの板材も運んだこと、鞘の注文も受けたこと……「はぁん?」と鼻で笑われたことは黙っておいてやった。

 俺は寛大な男だ。

 

「とはいえ、ご紹介いただいたコハクには及びません。

 まさに桁が違うと言いますか、非常な人気がありました」

「そうであるか」

「我が領の産物が評価されるのは喜ばしいことです」

 

 公爵とゴスラーは控えめに喜んだ。

 あの糞エルフにも、こういう慎みを持ってほしいものだ。

 他にも、ボーデとの気候の違いやシェスタの習慣のことなどを話して時間を潰していると、扉の外から「閣下」と女性の声がした。

 

「おおっ、来たか」

「失礼します」

 

 ナイスタイミングだ、ペルマスクについて俺が話すネタはもうない。

 何度も鏡を届けることになったら会話に困ったかもしれない、やはりあの武器商人には感謝すべきか。

 ……まあ、毎回公爵やゴスラーが応対するとも思えないが。

 

 そんなことを考えながら、扉の方を見ると……天女かと見紛うほどの美女がいた。

 

 

   カシア・ノルトブラウン・アンセルム

   <♀・29歳>

   魔法使い:Lv41

    装備:身代わりのミサンガ

 

 

 入ってきた美女は3人いるが、真ん中のカシアという女性が群を抜いていた。

 今まで見てきたエルフは普通のエルフで、この女性は神代の時代から生きる上古のエルフ(ハイエルフ)です、と言われたら無条件で信じられる。

 

 着物のようなぞろりと長い袖に、大きく肩の開いたデザインのドレスの上から、似たデザインのケープを羽織っている。

 鎖骨が見えそうで見えない、谷間は見えてしまいそうだ、身を乗り出せば見えるだろう、もう少しで見えるのではなかろうか。

 ……いかん、危険だ、危険が危ない。

 

 会釈をして目を逸らしつつ、感受性を殺す。

 亭主の前で女房に色目を使って良いことなんて何もない。

 以前の会社も、理系リーマンばっかりで男女比が偏っていた分、少ない女社員はほとんど社内で結婚していたからな……トラブルの種でしかない。

 色魔も……大丈夫だ、外している。

 

 地球では家を出る前に社会の窓(チャック)が開いていないか確認する。

 こっちでは人に会う前に理性に穴が空いて(色魔がついて)いないか確認する。

 異世界での必須新習慣だな。

 

「とても優秀だという話は公爵からうかがっております。

 ……どうか頭をお上げください」

「はっ……こちらが本日お持ちした鏡となります。

 ご査収の程、よろしくお願いいたします」

 

 頭は上げるが顔は逸らして鏡を示すと、カシ――公爵夫人が「拝見させていただきます」と机に近づいた。

 声も美しい、玉を転がすような声とはこういうことか。

 ……ちげーよ、鈴を転がすような声だよ、玉転がしじゃ運動会だ、どんな声だ。

 いや、悪くない、気が紛れてきた。

 

 公爵夫人が鏡を覗き込んだ。

 ……横髪をかき上げる色気ある仕草、ふっくらとした二の腕と脇肉の膨らみ……惑わされるな。

 鏡だ、俺も鏡を見よう。

 ……鏡に映ったカシアの顔をばっちり見てしまった、まつげが長くて美しい、白磁の人形のような顔……惑わされるな。

 

「どうだ?」

「はい、綺麗な映りの鏡です。

 間違いありません」

 

 綺麗なのは鏡に映ったあなたの顔です……惑わされるなと言っておる――!

 

 目の焦点をずらして視界をぼかす。

 もう何も見ない。

 見猿聞か猿言わ猿の精神だ。

 

「それで値段ですが――」

「では1枚当たり銀貨70枚ではいかがでしょうか」

 

 しまった、早口になってしまった。

 本物と鑑定できたからか、値段交渉をしてきたゴスラーに、つい一息に話してしまった。

 ……もっと勿体ぶろうと思っていたのに。

 

「そ、それでは安すぎます、帝都で買っても、恐らくその倍近くするでしょう」

「いえいえ、工房で直接買うと銀貨35枚でしたから、それでも2倍になります」

 

 騎士団には冒険者もいるのだし、そうでなくとも雇えばもっと安く済むかもしれない。

 そんな話をしたが、ゴスラーは「人を雇うというのは大変です」と首を振った。

 

「ペルマスクの鏡などはそう毎日必要になるものではありません。

 スポットで買うのですから、多少高くなるのはやむを得ないでしょう」

 

 なるほど、騎士団経営者としての判断か。

 コスト意識のしっかりした、良い管理職だ。

 ……まあ、冒険者を使い捨てるような真似をしたら、先日の災害救助の時のような非常時に人が集まらなくなるかもしれない。

 そんな長期的視野もあるのだろう。

 

「さすがは余の見込んだミチオ殿だ。

 ……とはいえ欲のないことは良いことばかりとも言えんが」

 

 公爵の言葉にゴスラーも頷いた。

 安く買い叩いたとか思われたくないのだろうな。

 

「欲がないなどということは……実は、たっての願いがございまして」

「ほほぅ」

 

 公爵が身を乗り出してきた。

 

「私のパーティメンバーにこれはという者がいるのですが、是非ハルバードを使わせたいと思っております。

 とはいえなかなかお目にかかれるものでもなく、もし所蔵の品があれば購入させていただけないかと……」

 

 そう願い出ると、公爵が破顔して「うむ!」と頷いた。

 

「さすがは余が見込んだだけのことはある、金よりも武器を求めるか」

「良い装備を揃えるためには、金だけでなく人の縁というものも必要ですからなぁ」

 

 ゴスラーもうんうんと頷いている。

 よしよし、修羅道を征く貴族ならきっと食いつくと思っていたぞ。

 

「ハルバードは大体如何程であったかな?」

「7、8万ナールというところでしょうか……10万ナールまでは届かないと思います」

「ふむ……であればペルマスクの鏡10枚分の差額として丁度良いか」

 

 おおっ! さすが気前が良いな。

 

「うむ、では鏡10枚の対価として、金貨7枚とハルバードを用意しよう。

 ……だが、1つミチオ殿に頼みがある」

 

 ……嫌な予感がしてきた。

 公爵は「いや、大したことではない」と手を振るが、当てにしてはいけないとなんとなくわかる。

 

「我が領内にある迷宮はハルバーとターレの2つ*1、どちらでも良いのでミチオ殿にも手伝ってもらいたいのだ。

 ……武器を譲るにあたって、こちらにも名分というものがあるのでな」

 

 なるほど? 依頼遂行のための必要経費的な意味で武器を支給する、そんな感じだろうか。

 それはわからんでもないのだが、ゴスラーの「閣下?」という戸惑い混じりの声が不安を煽る。

 

「あの、ハルバードをお譲りするのですよね?」

「うむ、御用邸に死蔵しておるものをミチオ殿に選んでもらえば良かろう」

 

 ……なんか話が変な方向にスッテンコロリンしている気配がする。

 

 ゴスラーが「武器庫のもので良いのでは」と食い下がった。

 頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって! やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!

 

「折角譲るのだから、使い古しより疵がないものの方が良かろう」

「とは言いましても……」

「例の妨害の銅剣も、綺麗に手入れされていると、御身も感心しておったではないか」

「それはそうですが……」

 

 諦めんなよ、諦めんなよお前! どうしてそこでやめるんだそこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメダメ諦めたら。

 周りの事思えよ、応援してる俺の事思ってみろって。

 

「どうせ殆ど使われずに壁の飾りとなっておるのだ、構わぬだろう」

「カッサンドラ様が何と言うか……」

「む、むう……しかし、折角良い武器なのだから使ってやった方が持ち主も喜ぶというものであろう」

「……まあ、それは」

 

 ……駄目なようだ。

 誰か人名を呼ばれた時こそ怯んだものの、結局公爵が押し切った。

 決まり手はゴリ押しだ。

 

「おっと、これも確認しておかねばなるまい。

 出身地かどこかの騎士団と契約しているということはないのか?」

 

 公爵が俺に探りを入れてきた。

 こっちのことを、どこぞの家中の者だと思われてフシがあるからな。

 ちょっと迷ったが、変な風に探られたくないので、「そのようなことは」と首を振る。

 

 ……いや、いかん、普通に話を受け入れる方向になっている。

 ウチの社長は新米(ペーペー)の頃、取引先のお偉いさんからン十万するゴルフセットを受け取ってしまったばっかりに毎週末ゴルフに付き合わされる羽目になった……というのが飲み会の持ちネタだった。

 妙なものは受け取りたくない。

 

「しかし迷宮に入ると申しましても、パーティメンバーも揃っておらず、まだ年若い者も多いので、あまり上の階層には行けませんが」

 

 公爵は「なんとそれは……」と口籠った後、「後進の育成か、なかなかできることではないな」と勝手に納得して頷いた。

 公爵の頭の中でどんなストーリーが展開されているのか、考えたくもないな*2

 

「無論構わぬ、入るだけで効果があるからな。

 若いメンバーというのなら、ハルバーの迷宮が良かろう。

 このゴスラーが四十階層まで攻略していて、クーラタルの迷宮ほどではないが地図も手に入る。

 人も多いから、盗賊などもそうそうおらぬのでな」

「ミチオ殿の場合はあまり関係ないかもしれませんが、お渡ししているエンブレムを見せれば騎士団関係者として探索が進んでいる最上階までの案内が無料になります。

 それに、騎士団関係者にも階層突破の報奨金は出ます」

 

 入るだけで効果があるとか、階層突破の報奨金とかはよくわからんが、どうやら迷宮探索における常識のようなことを言っているらしい。

 こちらは優秀な冒険者だと思われているだろうから、聞き返すこともできない。

 

「はっ、お心遣いありがたく」

 

 ……ん゙ん゙っ!? 引き受けてしまったぞ!?

 これが貴族社会の巧みな話術というものか。

 くっ、卑劣な真似を……。

 

「よし、話はまとまった、早速参ろうか」

 

 部屋を出る公爵についていく。

 どうしたものか……とゴスラーの顔を窺うと、彼は公爵夫人と目配せして頷き合っていた。

 下衆の勘繰りを巡らすには、表情が真剣(マジ)すぎる。

 

 そして夫人が俺のすぐ横を通って公爵に追いつくと、何やら話し込み始めた。

 ……なんか良い匂いがするぅ。

 ふ、不意打ちはずるい。

 日光東照宮の三猿だって鼻までは塞いでいない。

 嗅が猿なんていないというのに――加賀猿だってか!? ……ふふっ。

 

「ミチオ殿」

 

 ゴスラーのひそひそ声に我に返る。

 

「これから向かうのは、当家で管理している皇家の御用邸です」

 

 ……公爵の御用邸じゃなくて、皇家の御用邸なのか。

 いやそうか、自分の家の御用邸だったら、公爵は()用邸とは言わないだろうしな。

 

 どうも皇帝一家の避暑地のようなものらしい。

 那須とか葉山とかのあれか。

 一応有事の際の避難所のような場所でもあり、これから〈フィールドウォーク〉で移動するが、

 

「移動に使う幕は絶対に見ないで下さい」

 

 と、迫力のあるバリトンボイスで言われたので黙って頷く。

 見ないし聞かないし言わないし嗅がない、ワイは猿や。

 

「しかし、そんな恐れ多いものをいただくわけには……」

「いえいえ、まあそこまでのものでは……」

 

 所有権とかどうなっているんだと内心青くなるが、御用邸は名義上貸しているだけで間違いなく公爵の領地だし、そこにある物の所有権も公爵にある。

 ハルツ公の一門で、皇帝一家の護衛を務めた者達に下賜されたハルバードが、引退後はそこに収蔵されているのだそうだ。

 それに下賜品といっても、褒美というより官給品という性質が強いからそんなにありがたがるようなものではないという。

 ……その辺りのニュアンスはいまいち理解できない。

 

 徽章や紋章がついているわけでもないから何かに悪用できるわけでもなし、といって気軽に手放せるようなものでもなし。

 そんなわけで、皇家の藩屏(はんぺい)たる意思の表れとして飾ってあるそうだ。

 

 ……というより、過去にそういう名目で飾り始めたから、今更やめますとも言えずに続いている慣習、そんな感じではなかろうか。

 公爵のさっきの口調も、明らかにバカバカしいと思っているような調子だったし。

 あるいはひねくれた見方をすれば、ウチは代々こんなに尽くしてるんですよ、という皇家への圧力という側面もあったりするかもしれない。

 

「暖炉の上に飾られているハルバードは決してお選びにならないでください」

 

 そんな惰性の産物でも、絶対に譲れないものがあるらしい。

 公爵家の初代の持ち物だったそうだ。

 ……前にハンナに聞いた、初代皇帝のパーティーメンバーだったという人のことだろうか。

 こういう歴史の裏側っぽいアレコレはちょっと楽しい……他人事ならな。

 

 あれよあれよという間に城のロビーまで来て、騎士団員の冒険者に〈パーティー編成〉された。

 目隠しされてドナドナされている間にやることは……〈パーティージョブ設定〉だ。

 

 

   【パーティージョブ設定(ブロッケン)】

 

   セットジョブ

    聖騎士:Lv14

     効果:体力中上昇

       :知力小上昇

       :精神小上昇

    スキル:大防御

       :任命

       :インテリジェンスカード操作

 

   所持ジョブ

    ▶聖騎士:Lv14

      村人:Lv6

    魔法使い:Lv1

     探索者:Lv1

   森林保護官:Lv1

      戦士:Lv30

      剣士:Lv1

   薬草採取士:Lv1

      騎士:Lv50

 

 

 ほほぅ……察するに聖騎士になる条件は、騎士Lv50か*3

 そして騎士になる条件が戦士Lv30だと確認できたのも良かった。

 どうも槍で敵を倒す必要があるらしいが、俺はまだ倒したことがないので騎士になれない。

 ハルバードが手に入れば、早速試してみることにしよう。

 

 それにしても、公爵なのに薬草採取士を持っているのか。

 まあ、フットワークが軽そうな人だからな。

 公爵がアイテムボックスもないのにさっさか拾ってずんずん進もうとする姿を想像する……違和感が仕事をしない。

 もしかしてこの人、ただのせっかちな人なのでは……いや、まさかな。

 

 ……だがそれが命取り。

 この俺の零の悲劇(パーティージョブ設定)があれば、公爵の超人パワーを0にして薬草採取士Lv1にすることも可能なのだ。

 己が迂闊さを呪うが良いわ。

 

 ……いや、やらないけどぉ。

 だが、あまり人をヒヤヒヤさせないでもらいたいものだ。

 

 

   【パーティージョブ設定(ゴスラー)】

 

   セットジョブ

    魔道士:Lv61

     効果:知力中上昇

       :MP小上昇

       :精神微上昇

       :体力微上昇

    スキル:中級火魔法

       :中級水魔法

       :中級風魔法

       :中級土魔法

       :下級氷魔法

       :下級雷魔法

 

   所持ジョブ

    ▶魔道士:Lv61

      村人:Lv5

    魔法使い:Lv50

     探索者:Lv1

   森林保護官:Lv1

      戦士:Lv1

 

 

 そしてこれが見たかった、魔道士になる条件は魔法使いLv50だな。

 スキルは魔法使いのスキルの中級版に、新たに氷と雷か。

 中級なのだから、魔道士より上のジョブもきっとあるだろう、ゴスラーでもレベルが足りていないのか*4、他に条件があるのか――

 

「ミチオ殿、もう結構です」

 

 ――まあ、諸々セリーに調べてもらおう。

 今は魔道士になるための必要レベルがわかったことが何よりの収穫だ。

 僧侶の〈手当〉と魔法使いのスキルのクールタイムが別々だったことを考えると、魔法使いと魔道士のクールタイムもそうである可能性がある。

 もしそうだったら今後の展望が大きく変わる、実質魔法使いが2人になるのと一緒だからな。

 

 目隠しが外されると、案外落ち着いた雰囲気の部屋にいた。

 皇家の御用邸とかいうから、もっと金ピカだったり、石造りの城塞みたいな場所のどちらかかと思った。

 がらんとした空間の、木と赤い漆喰の壁のあちこちにハルバードが展示されている*5

 

「すまぬな、窮屈な真似をさせて。

 このホールにあるハルバードは持っていって構わぬ」

 

 公爵は気楽な調子で言うと、夫人の手を取って窓からの景色を楽しみ始めた。

 窓の外から見えるのは青空と雲と山だけで、かなり標高が高そうだ、山頂かな。

 山頂にある山荘というと、ヒトラーの山荘とかが思い浮かぶな*6

 

 そしてそんな公爵とは真逆の表情で、ゴスラーがわかってますよね!? とゴリゴリに眼力を込めて圧力をかけてくる。

 ……標高が高そうだから、与圧してくれているのだなあ。

 

「あー……申し訳ない、ゴスラー殿。

 私の上背では少々苦労しそうなので、手伝っていただけませんか?」

「ええっ! もちろんですともっ!」

 

 ゴスラーがほっとした顔で何度も頷いた。

 俺は空気が読める男だ。

 

 ホールには十数本のハルバードがある。

 彼が言っていたのは……アレだな、台座のような(しつら)えの白い暖炉の上の壁に、明らかに別格な感じに安置されているハルバードがある。

 ……さすがにこんな扱いをされているものを欲しがったり出来んわ、

 欲しくなっても困るから、〈鑑定〉もしないようにしよう。

 

 そして一通り見た限り、ハルバードの空きスロットは最大4つのようだ。

 あそこに飾られているのが5じゃなければだが……いやいやいや。

 目的のものに一直線すると不審がられそうなので、一応暖炉から一番離れたところから順番に〈鑑定〉を使っていって……

 

 

   ハルバード

   ・空き

   ・空き

   ・空き

   ・空き

 

 

「こちらにしたいと思います」

「こちらですな」

 

 手伝いを頼んだのは方便だったのだが、ゴスラーは律儀に壁から取ってくれた。

 ゴスラーは俺より頭1つ分背が高いが、その彼の頭の上くらいの高さに斧と鈎爪がついていて、そこから更に長いスパイクが伸びている。

 全部で2.5メートル前後というところかな。

 がっちりした体型のゴスラーが持つと丁度良いサイズ感だが……さて、セリーはどうだろう。

 

「ほう、それにするか、それは確か……」

「はい、こちらは4代前様の妹君の……」

「というとカッサンドラお婆様の……」

「確か亭主同士が仲が悪かったと聞いたような……」

「というよりカッサンドラお婆様の御夫君を一方的に毛嫌いしていたと……」

 

 ……あまり聞かない方が良さそうだな。

 

 窓から外を見ると、やはり標高が高いようだ。

 よくこんなところに屋敷を建てられたものだ。

 ……いや、〈フィールドウォーク〉と〈アイテムボックス操作〉があれば問題ないのかな。

 普通の建材はアイテムボックスに入らないだろうが、板材をドロップする魔物もいるようだし、石材を落とす敵がいてもおかしくない。

 

「お待たせしました、お持ち帰りいただいて大丈夫です」

「はっ、ありがたく」

 

 会釈しながらゴスラーから受け取って、アイテムボックスに格納した。

 結構重い、去年の暮れに粗大ゴミに出した3メートルのステンレス物干し竿よりずっしりくる*7

 ……まあ、セリーなら平気か。

 

「迷宮探索の方もよろしく頼むぞ」

「はっ、そのことですが……」

 

 あと何回かペルマスクに行かないとならないのでそれからになると公爵に話すと、「構わぬ」と鷹揚に頷かれた。

 基本的には付き合いやすい人だと思う、基本的には。

 

   ※   ※   ※

 

 その後はまた目隠しされてボーデに戻り、同じ冒険者がハルバーの迷宮まで運んでくれた。

 至れり尽くせりでターレの迷宮へもと言われたが、さすがにそちらは断った。

 以前救援物資を運んだ村と同じだから、自分で行くことが出来る。

 

 ……と思ったのだが、言葉が通じない場合があるということを忘れていた。

 これまで出会ったエルフは、全員ブラヒム語が喋れたからな。

 

 第一村人のエルフに「はぁん?」と鼻を鳴らされたので、面倒くさくなってハルツ公のエンブレムを見せたら、ブラヒム語の話者だという村長が呼ばれて話はトントン拍子に進んだ。

 ゴスラーには〝領内で不必要に見せびらかすのは罪に問われる〟と言われたが、迷宮探索は公爵の依頼なのだし問題ないだろう。

 ……こういうことがあると、もう少しハッタリの利く服装にでもするべきかと思う。

 俺は別に良いけどロクサーヌとセリーがなぁ……。

 

 ターレの迷宮は十二階層まで攻略されている*8ということなので、騎士団関係者権限でそこまで送迎してもらった。

 ベイルとクーラタルの迷宮で十一階層を突破したら、こちらに来るのも良いか。

 鏡の取引が終わる頃には、丁度それくらいまで攻略が進むだろう。

 

 そのためにも、今後の取引の詳細を詰めなければならない。

 ということで、ハンナとカタリナを置いてきたコハク商に戻ることにした。

 

 

 

   ボーデ 城下町

     コハク商

 

 今回の取引だが、割とゆるゆるだ。

 

 俺達はペルマスクに貸衣装を着て、同じく借り物の長櫃付き背負子にタルエムやコハクを入れて鏡を買いに行った。

 コハク商と武器商人にはまだ1ナールも支払っていない。

 公爵の委任状と紹介状の重みに胃もたれする思いだが、窃盗したら盗賊堕ちして公共サービスから切り離される世界だということも大きいだろう。

 持ち逃げの心配とかはしていないようだ。

 

 だがそれ以上に、両者共自分たちの商品が売れるという自信があるのだろう。

 そしてそれは、間違っていなかったわけだ。

 次に決めるのは、こちらがコハクとタルエムをいくらで買って、鏡をいくらで売るのかという話だ。

 

 鏡の値段に関しては、そもそもいくらで買えるのかがわからなかったので白紙だ。

 とはいえ、形式上公爵の依頼で購入するのだから、公爵に売った値段より安く譲ることはできないだろう。

 だが、できれば同じくらいの値段でお売りいただきたいもので……そんな緩やかな合意だけをしている。

 

「御主人様、何かおありになったのでしょうか?」

 

 店に入ってすぐ、受付で猫人店員と一緒にいたカタリナに訊かれた。

 俺の顔を見て、ホッとした顔をしている。

 ……そうか、〈パーティー編成〉が解除されたからか。

 

「ちょっとな、後で話す。

 ……商談は奥の部屋か?」

「はい、先日と同じ部屋です」

 

 外套を受け取ろうと手を出すカタリナに手を振って断って、店の奥に進む。

 結構身体が冷えているな、あの山荘はボーデよりかなり寒かった。

 

「ああ、御主人様」

「申し訳ない、思ったより時間が掛かってしまった」

 

 部屋ではハンナとコハク商と武器商人が和やかに話していた。

 やはり彼女に任せて良かった。

 ロクサーヌとセリーがいたらちょっと心配になったところだ……武器商人の身の安全がな。

 

「それで御主人様、公爵閣下には鏡はいくらでお売りすることになったのでしょうか?」

「ああ、1枚あたり銀貨70枚ということになった」

 

 猫人店員が淹れてくれた香茶の湯気で渇いた唇を湿らせながら答えると、ハンナが絶句した。

 

「それは……小さい鏡がということでしょうか?」

「いや? サイズを均等に分けて、1枚あたりだが……」

「……あの、それは……申し訳ありません!

 こちらの方では、公爵閣下にお売りしたのと同じ値段で売るということで話をまとめてしまったのですが……」

 

 表情を変えない猫人のコハク商と……エルフ武器商人の方はにんまり顔を抑えきれてないな。

 

「……そうか、まあそれでも、仕入れ値の2倍にはなるのだし――」

 

 渋い顔を作りながら両者に向き直り、〈アイテムボックス操作〉の詠唱をしてからハルバードを取り出す。

 武器商人の腰が浮いて顔が強張った。

 

「――誤解ないように言っておくが、公爵閣下とゴスラー殿にもこの価格では安すぎるのではと言っていただいたが、対価として所蔵のハルバードをお譲りいただいた。

 この値段はその分だと思ってほしい」

 

 2人とハンナがハルバードに向かって会釈をした。

 控えおろう! これは公爵閣下の何代か前のご親族が愛用していたハルバードであるぞ!

 ……まあ、儀礼用だからほとんど使われてないらしいけどな。

 

 当然、この話の流れは事前にハンナと段取り済みだ。

 公爵からハルバードを譲ってもらえないものかと昨日彼女に話したところ、このように一芝居打ってみてはどうかと提案されたのだ。

 代わりにこっちもコハクとタルエムを仕入れ値の2倍で買う、店頭価格の2倍ではない。

 俺も売ったんだからさ。

 

 正直なところ、宝石や高級板材の適正な原価率とか利益率とか想像しようもないのだが、ハンナの見立てでは店頭価格より高くなることはないだろうということだ*9

 この話の流れで、我々の商品はもっと高く買ってくれとは言えないだろう……おっかない女だ。

 

 まあ、実際の仕入れ値なんか調べようもないから、コハク商も武器商人も適当に上乗せしてくるかもしれないが。

 元技術系サラリーマンとしては、単純に値切って現場の人間にしわ寄せがいくのを想像すると胃がキュっとするから、仕入れ値の倍というのは心の負担が軽くなる。

 

 その後の商談は、事前にハンナがやってくれていたようですんなりと終わった。

 明日と3日後に鏡を10枚ずつ仕入れに行くこと、コハク商と武器商人が折半して買い取ること、その後の取引は売上と公爵の意向を伺って改めて決めること、そんな取り決めをした。

 それと、仕入れの日は事前に荷物を用意してもらうことも頼んだ。

 向こうに着くのが遅くなると、またシェスタで待たされるからな。

 

 ついでにハルツ公領の迷宮探索の依頼を公爵から受けたことも話すと、冒険者ギルドでハンナが迷宮のことを調べると言ってくれた。

 が、それをインターセプトして武器商人が「商売柄付き合いが多いので」と迷宮の情報を調べて教えてくれることになった。

 彼からすれば、俺は公爵から特命を任されるような、信頼厚い凄腕冒険者に見えていることだろう。

 

 この話の笑いどころは、公爵は本当に俺に厚い信頼を寄せているんじゃないか、というところだな。

 

*1
 原作で同様の依頼を受けた時、ボーデの迷宮は発見されたばかりで一階層突破もまだでした。

 原作より早くイベント進行しているので、まだ発見されていないでしょう。

*2
 獲得経験値に個人差がないと仮定した場合、年齢とレベル(≒力量)は正比例していくはずです。

 そして、ロクサーヌのようにレベルで埋められない固有技能や戦闘センスはあるでしょうが、基本的にレベルと力量も正比例するはずです。

 よって年齢(≒力量)の離れたパーティーメンバーと組む理由は、パーティー壊滅して立て直し中とか、後進の育成(アランの戦闘奴隷のように主人や主人の跡継ぎを鍛えるとか)くらいしかないと思います。

 例として、ハルツ公領でトップクラスの実力者と思われるゴスラーは、公爵夫妻とは別パーティーで迷宮に入っています。

 騎士団と契約していないという道夫さんの回答と合わせると、公爵がパーティー壊滅して立て直し中だと想像したとしても、多少思い込みが強いかもしれませんがおかしなものではないでしょう。

*3
 聖騎士の効果とスキルは本作オリジナル設定です。

 騎士の効果を一段階ランクアップしたものとし、スキルも〈防御〉から〈大防御〉のランクアップしています。

 もしかすると、〈任命〉できるのが村長だけじゃなくなっていたり、〈インテリジェンスカード操作〉も騎士のものより権限が大きかったりするかもしれませんが、そこまでは未設定です。

*4
 原作で魔道士より上のジョブの条件が開示され、矛盾が生じたら修正しますが、必要レベルは50より上の可能性があると思います。

 原作者様が感想返しで『種族固有ジョブはLv50で上級職だと簡単すぎそう』と言われており、種族固有ジョブと中級職は効果からしておそらく同等ではないかと思えるためです。

*5
エジンバラ城のグレート・ホールのような空間をイメージしています。

*6
 海抜1881mのケールシュタインの山頂近くに建てられたケールシュタインハウスのこと。

 戦中はムッソリーニとの会見に利用されたりなどしたが、戦後は連合軍に接収、イーグルズ・ネスト(鷹の巣)と改名され、現在は観光地となっている。

 東北のプロ野球チームが営業する飲食店とは関係ない。

*7
 道夫さんの力はこの世界に来て飛躍的に上昇しているので、道夫さんの感想はそのままハルバードと物干し竿の重さを表したものではありません。

 あくまで相対的なものとご承知おき下さい。

*8
原作で同様の依頼を受けた時、ターレの迷宮は十三階層まで攻略されていましたが、原作より早くイベント進行しているので、まだ十二階層ということに本作ではします。

*9
 原作で道夫君は3割引で買っていますがそれで原価割れしているなら、さすがにコハク商も次から売り渋るか吹っ掛けるかするんじゃないかと思います。

 道夫さん同様、作者も適正価格なんてわかりませんので、ざっくり店頭価格より少し安いくらいの値段で買ったと思っていただければ幸いです。

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