この度は当方の管理不行き届きでご不快な思いを
させましたことをお詫びいたします。(ハンナ)
申し訳ありませんでした。(カタリナ)
↑戸建てなら仕方のないことです。(セリー)
↑ご主人様もちゃんとおわかりです。(ロクサーヌ)
※ここから下は御主人様の備考欄です。
春46日
AM:ボーデ→ペルマスク
PM:Gフォース キックオフミーティング
クーラタルの街
道夫の家
昨晩はよほど戦慄した顔をしていたようで、寝室に戻ったら起きていたロクサーヌに心配をかけてしまった。
なんとなく寝苦しい夜が明けて翌日、ペルマスクでの取引も3回目になると、もう慣れたものだ。
近所のスーパーに行くような……と言っては大げさだが、電車で特急駅にある大きめの家電量販店に買物に行くような感覚で終了した。
が、ちょっと問題は起こった。
「短期間に鏡を買いすぎたようで、次の10枚は確約できましたが、今後はもう少し待ってもらいたいということでした」
「さすがにそうなるか」
多分手作業だろうし、大きな工房といっても生産力はたかが知れているだろう。
一方、コハクの方は好調そのもので、追加で更に2件、ネックレスとマント留めの注文が入った。
ヘタイラと呼ばれる、聞いた感じでは吉原の太夫みたいな高級娼婦絡みの注文だそうだ*1。
ヘタイラからの注文ではなく、ヘタイラに贈り物をしたいどこぞのお大尽からの注文らしいが、水面下で誰がどの嬢に何を贈るのか探り合いが発生しているらしい。
……スパチャ合戦みたいなものだろうか。
「あー……それでかな?」
「何かございましたか?」
皆を冒険者ギルドで待ってる間、柔らかな物腰で飲み物やら軽食やらに誘ってくる男に絡まれたのだ。
胡散臭かったので、「仕事中なので」の一点張りで断った。
俺のことはただのアッシー君としか思っていないだろうから、そんなにしつこくはされなかったが、
「その男のジョブが、前にセリーが教えてくれた博徒でな」
「盗賊と関係するという……出入り口は騎士がインテリジェンスカードをチェックしているはずですが」
驚き顔のセリーに、「素通りしていた」と答えると、一転深刻そうに考え込んだ。
「目立ちすぎましたようで……申し訳ございませんでした」
「まあ、それだけ上手くやったということだろう」
売上は既に100万ナール近くなり、多分150万ナールも超えるだろう。
ここから仕入れの分を引いても、最終的な利益は100万ナールに届くのではなかろうか……いや、まだ売りに出していない茜と貝紫の反物もあったから、確実に大台に乗るなこれは。
ここまでやってもらって、文句を言うわけにはいかない。
ジョブが見えるから警戒度が上がっただけで、ただ食事に誘われただけと言えばそれまでだし。
「……次で最後にしよう」
『もうはまだなり、まだはもうなり』という格言がある。
まだ稼げるだろうが、面倒なことになる前に引き上げるべきではないか。
幸いというのもおかしいが、言い訳もある。
「公爵から迷宮探索の依頼も受けているしな」
「これだけ需要があるなら、誰かが自前で冒険者を雇おうと考えるでしょう。
潮時だと思います」
……ふぅ、ハンナが素直に頷いてくれて助かった。
ここ数日でロクサーヌ達4人の購入代金より高額になりそうな稼ぎを叩き出しているわけだし、取引が終わったら利益を還元しなければならん。
一度利確して、皆で話し合うべきかな。
いくら俺の〈ワープ〉とデュランダルありきとはいえ、代替手段はあるはずだし。
「さて、ペルマスクの方でウロチョロする輩も心配だが、我が家をウロチョロする虫の心配をしなければならない」
ロクサーヌに視線を向けると、彼女は頷いて俺が文字の練習に使っている小さな黒板を掲げた。
そこにはロクサーヌに書いてもらったブラヒム語が箇条書きにされている……はずだ。
害虫対策
1.侵入を防ぐ。
2.食害を防ぐ。
3.繁殖を防ぐ。
「まず言っておくが、戸建てに住んでいる以上、害虫が入ってくること自体はどうしようもない。
だがその上で、少しでも侵入を防ぎ、しかる後にヤツが好き勝手に食事することを防ぎ、最悪でも居着いて繁殖することを防ぐ、この3点だ」
そう、三段構えで防ぐ算段を立てなければならない……ふふっ。
「皆にもそれぞれ対策があるそうだが、聞かせてもらえるか――ロクサーヌ」
「はい、猫を飼ってはいかがでしょう?
ご主人様は以前、飼おうか考えていらしたと思いますが」
ロクサーヌが口火を切った。
そういえば、彼女にはいつだったか、安楽椅子に座って猫を撫でたいという思いつきを話していた。
だが、歴史を遡れば猫は愛玩動物ではなく、穀物がネズミによって食い荒らされる問題に対処するための共生関係だったと聞く。
もちろんゴキブリも狩るだろう。
……ゴキブリを齧った後の猫を膝に乗せることを考えると微妙だが。
「農家であれば猫を飼っている家は少なくありません。
ソマーラの村に行けば、分けてもらえるのではないでしょうか?」
「猫は春に子供を産みますから、親離れした子猫を分けてもらえるかもしれません」
ロクサーヌの提案に、セリーが補足してくれた。
……そういえば、春になると野良猫がうるさかったな。
4人とも、これまでに少なからず猫を世話したことがあるようなので、飼うことは問題ないらしい。
「では、害虫対策の一環として採択しよう。
次は――セリー」
「はい、シュラブの葉を用いた毒餌が一般的です」
セリーが説明した。
迷宮の結構上の階層の敵からドロップするアイテムに、そういう効果のものがあるらしい。
シュラブの葉自体は無味無臭なので、小麦粉や砂糖、野菜の煮汁なんかを混ぜて誘引して食べさせないといけない。
だが、毒餌を食べて死んだゴキブリが共食いの対象となることで、更に効果が拡大するほど強力な毒らしい……素晴らしいな。
「でもそれだと、猫が誤飲してしまわないか?」
「はい、しっかり躾ける必要がありますね」
……開始数十秒で猫を飼う価値が暴落した気がする。
だが、今を逃したら絶対一生飼わないだろうという確信がある。
世話をみんなでしてもらうなら負担も少ないだろうし……やっぱり一度飼ってみたいな。
結果後悔したら……ソマーラの村長に頭を下げて返せば良いか。
「猫は対策の2、毒餌が2と3の複合だな。
それで対策1の、そもそも侵入を防ぐという話だが……」
「その……勝手口と玄関を主に使うのは手前共ですので」
「出入りの際はしっかり確認するようにいたしますが……」
ハンナとカタリナが自信なさげに言った。
どうやったって防ぎ切れるものではないし、是正処置や予防処置としてマニュアルに「気をつけてください」と書いたら現場の人間がブチ切れる。
「ま、これについてはちょっとした思いつきがある。
これを使ってだな――」
アイテムボックスから、今度売りに行く予定のウサギの毛皮を出した。
ゴキブリの侵入経路は、窓や扉の開閉時に紛れ込むこともあるだろうが、隙間から入ってくるのが主だと思う。
それで思いついたのが、隙間を減らして開閉に支障がないようにすることだ。
要するに隙間モヘアだな。
以前の家では、家中の扉と窓を外して自分でDIYした。
これの有無で虫の侵入を減らせるだけでなく、空調の利きにも違いが出るし騒音も減る。
「――さっきちょっと試したが、これくらいの厚みなら扉の下に貼り付けても大丈夫そうだ。
上手い具合に切って接着する必要があるが……コーラルゼラチンは絨毯を貼るのに使ったりもできるのだよな?」
「はい、そうです」
この世界では絨毯を床に敷くのはよっぽどの富裕層がやることで、一般的には壁に貼ったり間仕切りのように使うものだと、以前ロクサーヌが教えてくれた。
公爵ともなると、さすがに床に絨毯を敷いていたが。
ウサギの毛皮は100個単位でしか売れないというから余りが出る。
以前は黒板消しに使っていたが、それもセリー製作の
コーラルゼラチンもチョーク作りのために沢山常備している。
「毛皮を綺麗に切るのは結構大変かもしれんが、隙間風が入るようなところに、それも接着剤で貼り付けるなら出来栄えはあまり問題ではないだろう」
そんな風に説明すると、セリーが感心した顔になった。
「絨毯を敷くのとは逆に扉の下に……ハンナさん達は知ってますか?」
「いえ、手前も聞いたことはございません」
「……こうして聞くと、当然のことのように感じますね」
コロンブスの卵的な発想に聞こえているのだろうか。
意義と方法は理解してもらえたようなので、大丈夫そうだな。
有り物でできる作業はセリー達に始めてもらうことにして、俺はロクサーヌと買い出し班だ。
ソマーラの村
馬小屋
一度ベイルに行って、「今日は市が立つ日ではありませんが……」とロクサーヌに突っ込みをもらってからあの馬小屋にやって来た。
市が立つのは2と7が付く日か……この世界に来たのがどうやら春の1日目で、ロクサーヌと会った2日目に市が立っていたから間違って覚えてた。
……仕方ないだろ、CもJAVAも配列のインデックスは0
――ブルルォ
馬だ。
こいつ視点、俺は計3回も突然目の前に現れていることになるのだが、動じない馬だ。
ダニ
そして、相変わらずダニと同居している。
「……ロクサーヌ、猫にもダニって付くよな?」
「それは、そうですね」
「その場合はどうすれば良いんだろう?」
「……地道にブラッシングでしょうか」
ロクサーヌが自分の尻尾を掴んで、ブラシを入れる仕草をした。
身体を捩って、見返り美人図のような姿勢で尻尾を持つ構図がなんとも艶めかしい。
……おっと、ロクサーヌにダニが引っ越しては大変だ。
「そうか、丁寧にブラッシングしないといけないな」
ロクサーヌが尻尾を持ち上げるのを手伝いながらそう言うと、「はい、お願いします」と耳元で囁かれた。
ぞくぞくする。
――ブルルォ
すまんが、そっちはビッカー君に頼んでくれたまえ。
「あっ、村の人が来ますね、自警団の人のようです」
ロクサーヌが身を離すと、手から尻尾の温もりが抜ける。
良い手触りだ、後でゆっくり触らせてもらおう。
サンダル
馬小屋を出る前にちらっと確認すると、小屋の隅にあのサンダルがあった。
うんうん、君はそこにいるのがよく似合っているよ。
<男・17歳>
探索者:Lv3
道の向こうから、籠を抱えた若者が歩いてきている、農作業中のようだ。
確か、盗賊の襲撃で父親を喪ったという若者だったと思う。
……あれ? ジョブが探索者になっているな。
「×××!? ミチオ××! ロクサーヌ××!」
向こうもこっちのことを覚えているようだ。
言葉はわからないが、名前を呼ばれていることはわかる。
……まあ、記憶しているのは俺の顔じゃなくてロクサーヌのことかもしれないが。
そういえば、この世界に初めて来た時に見かけた親子ほど年の離れた2人組の村人は、彼と父親だっただろうか……。
……。
…………。
………………。
村人に案内してもらって、ロムヤとビッカーに会わせてもらった。
久闊を叙するというと大げさだが、引きこもり在宅ワーカーだった頃より1日の密度が濃いから、随分と久しぶりな気がする。
農作業中に邪魔したことを詫びると、
「いえいえ、随分と暑くなってきたんでね」
「えぇ、えぇ、昼間は休みを取らないと身が持ちませんから」
2人はにこやかに迎えてくれた。
最近はお偉いさんと会ったり商談したりとかが重なったから、こういう肩肘張らなくて良い雰囲気は楽で良いな。
早速本題に……入る前に、気になることがあったので確認する。
「ロムヤさんは……その、気の所為でなければ様子が変わったように思うが」
ロムヤ
<男・35歳>
探索者:Lv50
そう、村人Lv25から探索者Lv50になっているのだ。
といっても、ジョブが変わったところで突然筋肉が発達したりオーラが出たりするわけではないから、慎重に言葉を選ぶ。
「あ、わかります?
いやぁ、さすが、ミチオさんにはわかってしまいますか」
……すまん、ドヤ顔がむかつく。
「実は色々あって、探索者に戻ったんですよ」
彼が元冒険者だということは、最初に村に来た時に村長から聞いている。
てっきり異世界ファンタジーモノによくある生業としての冒険者なのかと思ったが、ジョブとしての冒険者だったということか。
そりゃスキル付きの装備品の1つくらい持っているか。
だが、どういう理由で冒険者をやめて村人になったのだろう? 合理的な理由が全く思い浮かばないのだが。
「いつぞやは情けない姿を見せてしまいましたがね、今なら話は違いますよ」
「――っ! ご主人様」
ロムヤがラーメン屋の店主のように腕組みして不敵な笑みを浮かべると、ロクサーヌが目を輝かせて俺を見た。
……あの、今この世界特有の圧縮言語か何か使われました?
バトル脳怖いわー……というか、一応俺も対外的には冒険者ということになっているから、なんで冒険者やめたんだとかの話を聞かせてくれてほしいんだが。
「あー……まあ、胸を借りてくると良い」
「はいっ! ありがとうございます!」
前に稽古をつけてもらった? 時は、木剣で模擬戦をしたが、ロクサーヌがすべての攻撃を紙一重で躱すという神業を見せてくれた。
さすがにロクサーヌの攻撃も防がれていたが。
あの時は……確かLv6か7くらいだったんじゃないかな、彼女を購入してから間もなかった頃だし。
そして、こないだニート狩りをやったこともあって、今は獣戦士Lv24になっているから……あれ? レベル差は広がっているが、比率としては……。
「い、一応今日は別件で来たのだし、農作業中にお邪魔しているのだから、ほどほどにな」
「あ、はい、そうですね」
「いやいや、大丈夫ですよ」
フラグを積み上げることに余念がないロムヤと尻尾を揺らしているロクサーヌが、木剣を手に肩を並べて歩き出した。
……。
…………。
………………。
猫はビッカーが飼っているというので、見せてもらうことになった。
「こちらです、昼間は寝ていることが多いので、申し訳ないのですが……」
「ほぅ……」
馬車に積むような木箱の中にボロ布が敷かれていて、母猫と4匹の子猫が微睡んでいた。
猫の種類はよくわからないが、日本の町中で見かける野良猫と変わらないように見える*2。
多分キジトラとか言われる模様だと思う、とても普通な猫で、普通にとても可愛い猫だ。
……あっ、母猫がこっちを見た。
高速で舌打ちをするような、高い音を立てている。
見知らぬ人間を見て警戒感をあらわにしている感じだろうか。
子供の前だし、あまりじろじろ見ない方が良さそうだ。
これぐらいにしておこう、と手振りで示して部屋の外に出た。
「すみません、遅くともあと20日もすれば親離れするはずなのですが」
「この春に産まれたのだったか」
普段は馬小屋で飼っているのだそうだ。
ゴキブリ対策ではなく、「ネズミは馬の餌を横取りしますし、病も運びますので」ということだ。
俺がこの世界に来た時は丁度妊娠していて、最近になって生まれたというわけだな。
「親離れした後にまた見に来ても良いだろうか?」
「はい、それはもう」
ビッカーの隣で、彼の奥さんも控えめに頷いた。
猫の面倒を見ているのは、主に彼女らしい。
「ではロクサーヌ、飼い方の諸注意など聞き取ってもらって、ウチで飼えそうかどうかの判断をしてもらって良いか?
……俺は猫を飼ったことはないのでな」
「はい、わかりました」
そちらは任せて、ビッカーと商店の方に戻った。
商店と言っても商品は何も無い、明日ベイルの市で仕入れた物が並ぶのだろう。
今は商品の代わりに、ロムヤが猫のようにぐでっと転がっていた。
こっちは塵芥ほども可愛くない。
「ロムヤさん、ミチオさんの前ですよ」
「いや、まあ、疲れているだろうし」
ロムヤは一瞬起き上がるが、ロクサーヌがいないと見るとまた不貞寝した。
一応、これでもさっきまでは威厳を保っていたのだ、多分。
ロクサーヌと彼の試合は、まずロクサーヌが速攻でロムヤの喉元に木剣を突きつけて終了。
仕切り直してもう1本は、ロムヤが防戦一方の千日手となり、騒ぎを聞きつけた村長が叱りつけて終了となった。
剣道の試合だったら、審判次第だが消極的ということで警告が入ったところだろう。
「そりゃあオレも現役時代のままとはいかないですけどね……力も速さもこないだと段違いで」
ロムヤは手をグーパーしながら「一体どんなペースで迷宮入ってるんですかい?」とボヤいてため息を吐いた。
間近で見てると、ロクサーヌはずっと強かったからよくわからないのだが、久しぶりだとそう見えるのか。
パーティーメンバーに〈腕力中上昇〉がある鍛冶師のセリーも増えたし、俺のレベルも4倍くらいに増えているし、もっと言うとジョブの数自体も増えたしなぁ……。
「現役時代と言えば、元冒険者なのだったか」
とはいえ、あまり根掘り葉掘りされても困る。
話を逸らす意味もあって、その辺りの話を訊き出してみる。
それによると、冒険者ロムヤは迷宮で大怪我を負った。
だが、そんな時でも冒険者ギルドから
すべての責任を負わされたロムヤに対し、ギルド側が言い渡した示談の条件とは、冒険者のジョブを捨てて村人に戻ること。
その後は、奥さんの実家があるこのソマーラの村に移り住んだのだという。
「ですが最近、迷宮に入るようになって探索者時代の知り合いと会いましてね。
冒険者を辞めたんなら探索者に戻れば良いだろうと、新しく迷宮ができて人手も入り用ですから……」
なるほど、冒険者ギルドと探索者ギルドは仲が悪いとは聞いたが、探索者に戻られたくないから条件をつけたのだろうか。
だが、人手不足なんだからそんな人材を遊ばせておくわけにはいかんと。
とはいえ、さすがに冒険者を辞めたからと、誰でも探索者に戻れるわけではない。
今回の場合は人手不足に加えて、ソマーラの村長のような社会的信用がある立場の人間の口添えもあったからだそうだ。
「冒険者から探索者のように、ジョブを戻すことは結構あるのかな?」
「商人の場合は、武器商人から防具商人に、あるいはその逆に……ということは
別の商人になった後、豪商を目指して商人に戻るというのも……まあ、ないことはございません」
「つっても金が掛かりますから、なかなか……ですが、冒険者と探索者の場合は魔結晶で物納もできますんでね」
……ああ、魔結晶はギルド神殿の燃料的なものだったか。
いや、思い掛けず良い話が聞けた。
今後何かの折りにインテリジェンスカードを見られても、適当な理由をでっちあげて探索者に戻ったと言い訳すれば良いな。
……〈ワープ〉を使うところさえ見られなければ、だが。
「で、不仲の冒険者ギルドから追い出された元冒険者ってことで、探索者ギルドも色々融通を利かせてくれましてね……」
自警団の若者たちも、まとめて探索者にしてもらったのだそうだ。
35歳のまだまだ働き盛りでLv50の即戦力、近くの村で結婚しているから余所に出て行かれる心配もなし。
更に将来有望……かはわからないが、後進の育成もやってくれるとなれば、どこの企業も喜んで中途採用するだろうな。
「探索者は、はっきり言って強いジョブじゃないし素養も何も要らないんで……まあ、パーティーでの扱いは良いもんじゃないんですが、探索者6人のパーティーならではのやり方ってやつがあるんですよ」
ロムヤが教えてくれたのは、シンプルに言えばボスの周回だった。
ボス部屋は、入口は待機部屋で出口は次の階層への一方通行だが、〈ダンジョンウォーク〉を使えば待機部屋の手前に戻れる。
そして、探索者が多いということは〈ダンジョンウォーク〉の回数を多く使えるということだから、MP枯渇の心配がなく周回プレイできる。
その分敵は強いが、常に1匹だけだし不意の遭遇戦もない、それならロムヤがいれば安定して狩れるというわけだな。
「今は一階層のウドウッドでそれをやってます」
「ああ……リーフか、毒消し丸の素材になる」
他のパーティは多分もっと殲滅速度が遅いから、毒になる危険は大きいはずだ。
となれば当然、探索者ギルドはいくらでも欲しいだろう。
と思ったが、別の理由もあるようだ。
「それもあるんですが、ボス相手だと魔結晶の溜まる速度も早いんで……融通利かせてもらった分、ギルドに貢献しないと」
おおっ! こういう話を聞きたかった。
だがそうか、十一階層までのボスは三十四階層以降の雑魚敵として出てくるという。
言ってみれば高ランクの魔物だからな。
……待て待て、ということは、
「なるほど……ボス相手ならロムヤさんもレベルが上がるんじゃないか?」
「ああ、そういう話もありますね。
っても、さすがに一階層のボスじゃ相当時間が掛かるでしょうけど」
……悪くない、いや、むしろ良い。
今は十一階層で苦労しているが、ボス相手でも1匹だけならロクサーヌで完封できる。
とはいえデュランダルを使うとさすがに経験値効率が悪いが……全体攻撃魔法持ちのパーンやラリホーを使うビープシープみたいなボス以外なら……。
「あいつらがもう少し育ったら、二階層のホワイトキャタピラーをやるつもりです。
絹の糸を反物が作れるくらい贈れば、大概の女は機嫌を良くしますし……俺も女房に服の1つも、ね」
ははぁ、若者達をさっさと村で身を固めさせてしまえば、外に出ていかないだろうという腹積もりだな。
これは村長の目論見かもしれないな。
……ホワイトキャタピラーか。
あの全方位糸攻撃は<ファイヤーウォール>で防げたから、選択肢としては有りだな。
「迷宮で金を貯めれば、ベイルの農夫ギルドで農夫になることもできるでしょう。
農夫は腕力が強くなるジョブですから、農村では頼りになる存在です」
「若い連中がこのまま迷宮に行き続けるか、どっかで気持ちに一区切りつけて農夫にでも落ち着くかはわかりませんが、オレみたいな要領の悪い元冒険者じゃなくて、上手く稼げる強かな連中になってもらいたいと思ってます」
ビッカーとロムヤが今後の青写真を話した。
……ふーむ、色々考えているのだな。
おっと、そうだ。
「贈り物で思い出したが、手土産に焼き菓子を持ってきたので、良かったら奥さん達とでも食べてもらえればありがたい」
「やっ! これはこれは……」
「すいやせん、女房子供に渡させてもらいます……にしても、菓子ですかい」
ロムヤはちょっと残念そうだ。
……うん、土産物として失せ物は無難だと思ったんだけど、酒でも持ってきた方が良かったよね。
丁度昨日まとまった量作ったし、ハンナも丁度いいって言ってくれたんだが……40手前のおっさんが30過ぎのおっさんに渡すもんじゃないよな。
「酒を覚えてから甘いものはあんまりだったが、作ってみると若い娘が喜ぶもので……」
などと言い訳じみたことが口をついて出る。
「なんとっ! ではミチオさん手ずから」
「……その口ぶりだと、若い娘のパーティーメンバーを増やしたみたいですねぇ」
……口が滑った。
こういう山も谷もない駄弁りだと、つい油断してしまうな。
口が滑ったついでに、「そういえば……」と安楽椅子を探していることも話す。
決して話を逸らしたわけではない。
「ああ、それでしたら……」
ビッカーが、ベイルを挟んでソマーラの反対側にある村で作っているものが評判が良いと教えてくれた。
ソマーラの村長も愛用している逸品だそうだ。
「あちらの人とは明日、市が立つ日に会いますので、よろしければ注文しておきましょうか?
ミチオさんの背丈は、見たところ私とそれほど変わりませんから……」
それでよければ、ビッカーが見立ててくれるということだ。
折角なのでお願いして、今度また猫を見に来る時に引き取ることになった。
……その時には酒でも持ってくるか。
「ちょいとじじむさいんじゃないです?」
「いやいや、俺ももうすぐ40だし、腰がねぇ」
「ミチオさんの腰は、別の原因で痛んでるんじゃないんですかねぇ?」
……こういう会話、超苦手。
「まあ、なんだ、若い連中と迷宮に入ってると、なんというか年を取ったことを実感するというかだな」
「あー……まあ、あの娘と入ってりゃそうでしょうねぇ」
そろそろ一休みしようかなー、と思って振り向くと、全然涼しい顔で「あ、そろそろお休みになりますか?」と言われたりしてなおさら痛感する。
たまに、「若い人と一緒に仕事すると若さをもらえる気がして……」なんてことを言うエネルギッシュなシニア勢がいるが、今のところそういう感覚になったことは一度もない。
……そういえば、セリー達に仕事を任せているのに、すっかり腰を落ち着けてしまった。
みんな働き者だから、ずっと休みなく作業していそうだな。
別に今日終わらせる必要もないのだし、シュラブの葉も調達しなければならない。
「家の仕事を任せている途中なので……」
ということで、その日は失礼することにしてロクサーヌを呼んだ。
「猫の方はどうだろう? うちでも飼えそうか?」
「はい、しっかり躾ける必要はありそうですが、家の広さにも余裕はありますし大丈夫だと――あっ」
人目もないところまで来たので、ロクサーヌの尻尾を撫でながら「それは良かった」と答える。
「でも、猫は尻尾を触ると怒るそうですよ」
「そうか、ロクサーヌは?」
「私はもちろん……」
返事の代わりに、手の中で尻尾がクイクイっと踊った……こそばゆい。
「ご主人様の方は、何か良い話でもありましたか?」
「ああ、少しな」
半ば思いつきで村に来たが、ためになる話が聞けた。
害虫も迷宮探索も、問題が起きてもちゃんと対策を立てれば大丈夫そうだな。
ロムヤが冒険者を辞めた話は、原作Web版の『午後の農作業』の回の後書きで公開されていたエピソードを脚色したものです。
Web版で47歳だった元冒険者の村人の年齢が35歳になっているのは、漫画版以降の変更であり、本作では年齢はそちらに準拠しています。