ベイル
アランの館
「当家の主、アランでございます」
「犯罪奴隷を連れてきた、ミチオと言う」
「ソマーラの村のビッカーでございます」
推定上級職の奴隷商人が入ってきたので挨拶し、促されてソファに座る。
この辺りは日本と変わらないな。
「本日の市は随分と盛況でございますな」
と、ビッカー。
まずは世間話から、ということだろうか、これも変わらない。
ロムヤは護衛のような顔をして黙っている。
……ソマーラの村では貴重なブラヒム語話者だろうに、これで良いのだろうか。
「ご存知ないのですか? 2日前に新たに迷宮が発見されたのですよ」
そうか、ダンジョン型とフィールド型の両方の設定を選んだのだった。
色々聞いてみたいが、お上りさんの雰囲気を出すと足元を見られるかもしれないな。
迷宮の話を聞いたビッカーとロムヤが驚いて何やら話している……現地語だからわからんな。
さっきまで言葉が通じていた相手が別の言葉を話しているのを聞くと、急激に疎外感を覚える。
「ここまでの道中、魔物に遭遇いたしませんでしたか?」
「途中、スローラビットとグミスライムに。
……まさかグミスライムがいるとは、思い出しても冷や汗が」
「なんとそれは……大変だったでしょう」
「いやいや、スローラビットはこちらのミチオ様が一太刀で、グミスライムも当村のロムヤが仕留めました」
ビッカーのセールストークがこそばゆい。
「このロムヤも元冒険者で腕が立ちますが、ミチオ様は村を襲った恐ろしい盗賊もただ一撃にて問題にしなかった方なのです」
まあ、商人としての身代が違うから、自分はこんな人と知り合いなんですよ、と少しでも大きく見せたいのだろう。
奴隷商の感嘆する素振りの奥から、値踏みする鋭角な視線を感じる。
「いや、その盗賊を生け捕りに出来たのもロムヤさんのおかげだ。
そして、その盗賊から剥ぎ取った装備品を盗もうとした男を奴隷身分に落とすことになった、という次第で……」
話を逸らす意味もあって、村長からの委任状を差し出して説明する。
「……なるほど、確かにそのようでございます。
6名とも、既に確認させていただいております。
価格は……」
ドラムロールの幻聴が聞こえるような気がする。
「健康体で働き盛り、1人3万ナールが相場かと思います。
しかし…………、5人は既に盗賊に落ちていますから、半分の1万5千ナールとなります」
なるほど、インテリジェンスカードに盗賊と記録されてしまう以上、そうなるか*1。
外見からわからないとはいえ、入れ墨みたいなものだな。
「こちらでは、盗賊に落ちた者の扱いはどんなものなのかな?」
「通常の奴隷と大きく変わることはありません。戦闘奴隷か労働力か、まあ、扱いは多少悪くなるかもしれませんが」
なるほど、と頷く。
肉盾や苦役として使い潰されるような場合もありそうだ。
野蛮なことだと思わなくもないが、21世紀の地球でも現在進行形で起きてるんだよな、それも大規模かつ組織的に……なにも言うまい。
あのロン毛が盗賊になっていなかったのは、剥ぎ取り品の所有権がはっきりしていなかったからだろう。
システム――あるいは神?――によって所有権が決められるなら、村長が村人が倒した2人分の装備の権利をわざわざ俺に確認する必要はない。
これは村のものだ、嘘だと思うなら装備してみろ、盗賊になるぞ……と言われたらどうしようもないからな。
「売却金は村と折半することになっているのだが――」
「――そのことなのですが」
ビッカーがこちらに向き直る。
「ロムヤさんとも話したのですが、盗賊の売却金を放棄する代わりに、装備品を全て譲ってもらうわけにはいかないでしょうか?」
「街道にグミスライムも出たし、盗賊も全滅させたわけじゃねぇ。
新しく迷宮が出来た以上、騎士団の巡視もどれほど頼れるか……。
村の連中にもう少しまともな装備を付けさせてぇんだ」
そのためには、奴隷と装備品の売却金を分配した後、装備品を買い戻すのでは無駄が多いというわけだ。
しかし、村にとっても貴重な外貨だろうに、2人で決めて良いのだろうか。
……いや、そもそも通商が途絶したら無意味になるという判断か。
「一般に、装備品の値段はギルドで決められております。
特段の事情がない限り、中古品の売却金は定価の4分の1が相場です。
もっとも、スキルの鑑定や品質の保証もされますから、武器商人や防具商人を通すことは無駄ではないのですが」
ビッカーが説明した。
定価が決まっているのは、ウサギの皮の値段なんかと同じだな。
横で見ているアランはこの分配に対して損も得もない立場だが、「ベイルの町の一市民の立場で言えば、食料供給源である周辺の村々が安定することはありがたいことです」と一般論を述べた。
装備品がどれほどで売れるのかわからないので、判断のしようがないのだが……。
「……装備品で一番多いのは銅の剣だったかな」
「銅の剣の相場は、1本1000ナールですな。
武器屋の売却価格は250ナールとなります」
なるほど、確か20本かそこらあったはずだ。
そのうちスキルスロットが空いているのが1本、あとは頭目の装備である鉄の剣や鉄の鎧に後ろ髪を引かれるが、
「わかった、2人がそれで良いなら、異論はないが……」
〈買取価格30%上昇〉もあるし、多少割を食ったとしてもどうにでもなるだろう。
いや、そうだ、頭目の装備品と言えば、
「アラン殿、先程盗賊の奴隷は戦闘奴隷になることもあるということだったが、盗賊のバンダナを引き取ってもらうことはできないだろうか?
……確か、真っ当な防具商人はまともな価格で引き取ってくれない、と聞いたのだが」
「なるほど、確かに盗賊のバンダナに使い道を用意できるのは当家くらいのものでありましょう。
とはいえ、盗賊にそこまで高価な装備をさせるまでもない、という考え方もありますが……」
思案顔のアランに、まっすぐ目を合わせて、待つ。
「……わかりました。
新たな迷宮が見つかり、何かと人手が必要な時期に6人もの奴隷をお取引させていただくお客様です。
特別に1万ナールでお引き取りしましょう」
「……では、それでお願いしたい」
適正価格はさっぱりわからんが、防具商人に売るよりはマシだろう。
すぐに食いつくと足元を見られるかもしれない、こちらもちょっと溜めて返事をした。
「それでは、元村人の奴隷の売却金3万ナールはビッカー様とミチオ様で折半、それ以外はミチオ様に、ということでよろしいですかな?」
俺とビッカーは同意する。
話が決まり、〈買取価格30%上昇〉はもう効いているのか、これから効くのか、と気もそぞろになった瞬間、
「ところでミチオ様は今後、奴隷を買うご予定がございますでしょうか?
当家では女奴隷も取り扱っております」
――女奴隷!
地球ではとうに結婚は諦めた。
性欲がないわけでもないが、娼婦に病気を移されても馬鹿らしい、この世界の医療技術が地球より進んでいるとは考え難いわけだし。
だが奴隷ならば、という思いはなくもない。
「……ど、奴隷を買う冒険者は……多いのだろうか?」
「それはもちろん、多ございます。
腕が立ち、信頼し合うパーティーメンバーというのは非常に貴重なものですが……」
アランは俺とロムヤを交互に見ながら、
「そんな相手とも時に対立してしまうのが、銭金の問題というものです。
パーティーメンバーが奴隷であれば、そうした問題は回避できますからな」
地球の倫理など何にもならない。
俺は今しがた、奴隷を売ったのだ。
売ったのだから、買うこともできるのだ。
――ゴホンッ!
ロムヤの咳払いに我に返った。
「……ご興味がおありなら、いずれご説明させてくださいませ。
それでは、本日お取引させていただいたお代を用意してまいります」
アランが部屋を出ていった。
「助かったよ、ロムヤさん。
……うまいこと営業されてしまったな」
にやりと笑みが返ってくる。
これ以上、人の耳があるかもしれないここで話す気にはなれず、静かな時間が流れた。
※ ※ ※
奴隷商から、ビッカーに1万5千ナール、俺には13万ナール――金貨13枚が渡された。
ロン毛の半金1万5千ナール、盗賊5人で7万5千ナール、盗賊のバンダナが1万ナールでちょうど10万ナールだから、きっちり3割増にされていることがわかる。
そのことに対して、ビッカーもロムヤも疑問に思っていないことが若干気味が悪いか、まあ多くて悪いことはない。
――ミチオ様には今後の取引を期待して……。
ということのようだ。
……完全に捕捉されてしまっているな。
さっき売却益の分配にアランは無関係だと思ったが、考えてみれば金が一人に集中した方が太客となる可能性が高いのか、うーむ、上手いものだ。
その後、盗賊の懸賞金を照合しに、市場が立っている町の中心部の騎士団の詰め所を目指した。
折角の異国情緒のある市場で、エルフやドワーフ、獣人も見かけたのだが、ロムヤが冒険者や奴隷について説明してくれたので堪能できなかった、俺も奴隷を買うことに気を取られてもいたからな。
それも良かったのだろう、自分にインテリジェンスカードがあるのか心配していたのだが、言い訳を考える暇もなく騎士にインテリジェンスカードの提示を求められ、何の支障もなく終わった。
案ずるより産むが易しというやつだな、実際産めた。
父よ母よ、道夫はインテリジェンスカードを産める身体になってしまいました。
……一体どうなっているのやら。
インテリジェンスカードが出たり入ったりした左手の甲を撫でるが、何の異常もない。
詰め所から出てきた女騎士が言った。
「あれはこの町のスラムを根拠としている盗賊団の一味だ。現在壊滅作戦を展開中なので一部が逃げ出したのだろう。そのほうが倒した中の2人に賞金がかけられている」
恐らく、頭目のウーゴと盗賊:Lv19のことだろう、懸賞金が渡――いや放り投げられる。
相当の美人だが、これではな……オーク先生のご出馬を要請したい。
「ミチオさん、装備はこのまま村に持って帰るから、ここまでかな」
「わたくしどもは、市で仕入れをして村に帰ろうと思います」
ロムヤとビッカー、思えば世話になった。
いや、一番世話になったのは村長なのだが……そのうち、こっそりサンダルを返しに行こう。
「2人には世話になった。良ければこれを受け取ってほしいのだが」
1万ナール――金貨を1枚差し出す。
「!? おいおい、そんなに受け取れねぇよ!」
「そうですよ、お世話になりましたのはこちらなのですから」
「盗賊のバンダナを奴隷商に売ることを考えついたのは、ロムヤさんのおかげだ。
ビッカーさんも、装備を引き取ってくれたおかげで随分資金に余裕が出来た」
銭入れ――村長にもらった礼金が入っていたものだ――には、金貨が45万と、銀貨と銅貨がそこそこある*2。
買取価格が3割アップしていることを考えれば、これくらいなんともない。
それに、短い時間だがロムヤには冒険者として色々話を聞くことができた。
半ば無理やり押し付けて、別れの挨拶をする。
ビッカーにはさっき枕を高くして泊まれる宿について尋ねて、広場にあるベイル亭という、旅亭ギルド経営の宿屋について教えてもらった。
もしなにかあったら、その宿経由で連絡が来るかもしれない、逆にこちらから何かあれば、商人ギルドで伝言できるようだ。
まあ、〈ワープ〉が使えるようになったら、直接村に行っても良いわけだし。
2人と別れて、そうして教えてもらった施設の場所を確認したり、武器屋や防具屋を冷やかしたりする。
とりあえず、文字が読めないとどうしようもないということを痛感した。
そういう意味でも、文字が読める奴隷は必須だな。
別に女でなければならない必要はないが、特に女を避ける必要もないな、うむ。
初めて風俗に行こうとしてふんぎりが付かない若造のような気分で時間を潰した後、スラムが視界に入ってきた。
そういえば今は大金を持ち歩いているのだった、と不安を覚えたので思い切って奴隷商の扉を叩く。
「――あ、先程の」
「主人のアラン殿にお会いしたい」
先ほど商談をした部屋とは違う、暖炉や調度品のある部屋へ通された。
「それでは、こちらで少々お待ちいただけますか」
売りに来た時とは違って、客扱いということだろうか。
俺ははやる気持ちを抑えながら待つことにした。
アニメ版では、盗賊のバンダナの窃盗犯は盗賊となっていることがインテリジェンスカードからわかります。
しかし、原作小説や漫画版では明言されていないはずです。
盗賊になっている場合、インテリジェンスカードを見られるあらゆる局面で盗賊として捕まる(捕殺含)可能性があり、現代日本で反社会的組織に所属するよりも社会生活を送る上で著しい不利を被るものと思われます。
村が盗賊を匿っていると思われる危険性すらあるでしょう。
そして、ソマーラ村長が窃盗犯に手心を加えたがっていた以上、窃盗犯はまだ盗賊になっていないことが自然であると判断しました。
盗賊のバンダナを盗んでも盗賊にならなかった理由に関しては、作中で描写した通りまだ所有権が明確でない状態だったため、とします。
そんな盗賊の奴隷ですから、当然村人の奴隷に比べて価値が下がるであろうと考え、売却価格を半分としてあります。
兇賊のハインツ・狂犬のシモンの一味に探索者がいたように、こうしたグレーゾーンを突いて盗賊落ちを免れている人間は盗賊側から見ると貴重な存在でしょうし、この窃盗犯はそういう立場だったと思います。