加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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遊び人

 

 

   ロクサーヌさんへ。

   ご主人様に鏡をよく見るように伝えてください。(セリー)

    ↑ごめんなさい。

 

   ※ここから下はご主人様のメモ欄です。

 

   春52日

    AM:遊び人と博徒の検証

    PM:ハルバー13F

 

 

 

 

   ターレの迷宮

    十二階層

 

 色々あっていつもより遅い出発になってしまったが、その日も迷宮に入った。

 どこの迷宮にするかはちょっと迷ったが、検証なので昨日戦ったのと同じ階層にした。

 騎士団員も見回りをしていたし、さすがに2日続けて盗賊とエンカウントすることはないだろう。

 

「では、遊び人と博徒のスキルの検証をしたいと思う」

「効果設定とスキル設定、それにクリティカル発生ですね」

 

 既に皆に確認したが、どれも聞いたこともないそうだった。

 フェルマーの最終定理のようなセリーの調査結果を考えると、図書館で調べるのも望み薄だ。

 よって、一から確認していく。

 

 まず、遊び人に空きスキルに探索者の〈アイテムボックス操作〉を設定して、増えたアイテムボックスが1×1であることは確認済みだ。

 他のジョブのスキルを借りることはできるが、レベルは遊び人依存ということだろう。

 複数ジョブがなければ遊び人一本でレベル上げしていくんだから、後から思うと当然と言えるな。

 

 ともあれこれは悪くない。

 スキルを使っているのは遊び人の方ということだから、魔法使いと遊び人の両方で魔法を使った時、クールタイムは別になると思う。

 僧侶の〈手当〉もそうだったからな。

 

 逸る気持ちを抑えつけながら、〈効果設定〉で英雄の〈知力中上昇〉を設定し、〈スキル設定〉で魔法使いの……えっと、〈スキル設定〉で……

 

 

   遊び人:Lv1

    効果:知力中上昇

   スキル:効果設定

      :スキル設定

      :アイテムボックス操作

 

 

「……スキル設定が使えなくなってる」

 

 え、マジか……〈スキル設定〉……あかん。

 遊び人の検証は開幕即終了してしまった。

 本日はお集まりいただきありがとうございました。

 

「スキル設定を使えるのは一度だけ……ということですか」

 

 セリーが顎に手を当てながら言った。

 

「えっと、でもどんなジョブになっても長続きしなかったという遊び人皇太子がなったジョブのスキルとしては、それではおかしいような……」

「それは確かに……ですが、装備品にスキルを付加するのも、基本的に一度だけですし」

 

 ロクサーヌ達の会話を聞きながら考える。

 装備品のスキルで例えるセリーの指摘は、鍛冶師らしい観点のもっともらしいものといえる。

 だが、セリーは今〝スキルを付加〟という言葉を使った、設定ではない。

 

 俺は会話もメッセージウィンドウも日本語と認識しているが、これは謎翻訳が働いた結果、ブラヒム語が日本語で相当する概念に翻訳されている……と思う。

 とすれば、設定と付加の概念もまた、別のものなのではないか。

 ……この世界のシステム言語であるブラヒム語がメッセージウィンドウに日本語として表示され、それを俺が読んで日本語で発声してブラヒム語に謎翻訳され、それを聞いたセリーがブラヒム語で発声してまた謎翻訳で日本語として俺が聴き取り……と、わけわからんことやっていると思うから、どっかで翻訳ミスしてるだけかもしれんけども。

 

「……ちょっと時間を置いて、また試してみるか。

 とりあえず〈知力中上昇〉はつけられたから、魔法の威力は上がると思う。

 ではロクサーヌ」

「はい、魔物のところへご案内します」

 

 ロクサーヌがホっとした顔で言った。

 ……さっきの俺は、よほどショッキングな表情をしていたらしいな。

 

「ロクサーヌの装備もお試しだし、戦い慣れたピッグホッグで戦って、その後で十三階層の魔物と戦おう」

 

 昨日の盗賊が持っていた鉄の剣だが、話し合った結果ロクサーヌが使うことになった。

 ロクサーヌの戦闘スタイルに口出しするのはやめようと思ったのだが、彼女としては両手剣を扱えるようになってデュランダルに相応しい担い手になるというのは、結構重要な目標らしい。

 

「わかりました、ピッグホッグはこちらの方向です」

 

 そうして未練たらしく〈スキル設定〉を試しながら歩いた先で、ピッグホッグ2匹と戦った。

 昨日と同じく、必要な魔法は3発だ。

 

「Lv1の博徒と遊び人をつけて同じ回数だったから、知力中上昇の恩恵が一応あった……のかな」

 

 昨日戦っていた時のジョブ構成は盗賊との遭遇で変えてしまったから正確に覚えていないが、こんな舐めプビルドをしていなかったことは間違いない。

 

「クリティカルが発生していたということもあるのでは」

「おっと、それもそうか」

 

 こういう、条件を限定して因果関係を特定したりすることは障害調査とか散々やっていたのに、情けないことだ。

 ……連続魔の可能性が潰えたかもしれないことで、相当動揺しているな、これは。

 

「よし、博徒は一度外して……農夫でも試してみるか。

 ロクサーヌ、またピッグホッグを探してくれるか」

「はい」

 

 今度はミノとピッグホッグの混成だったが、結果は同じだった。

 正確な上昇量とかを測定するならもっと条件を整える必要があるが、威力が上がっていること自体は間違いないだろう。

 

「おっ――」

 

 

   【スキル設定】

   ▶アイテムボックス操作(探索者)

    アイテムボックス操作(武器商人)

    アイテムボックス操作(防具商人)

    アイテムボックス操作(料理人)

    インテリジェンスカード操作(騎士)

    インテリジェンスカード操作(奴隷商人)

    オーバーホエルミング

    カルク(商人)

    カルク(武器商人)

    カルク(防具商人)

    カルク(奴隷商人)

    禁欲攻撃

    クリティカル発生

    生薬生成

    初級風魔法

    初級土魔法

    初級火魔法

     ▼

 

 

「――スキル設定が再使用できるようになったぞ」

「それはよかったですっ!」

「……再使用まで時間が掛かるのですか」

 

 さっき使ったのは朝食後だったから……ロクサーヌに確認すると、小一時間くらい経っているという。

 〈効果設定〉の方は……まだ使えないか、さっき使ったばかりだしな。

 ロジックはよくわからないが、一度迷宮に入ったら階層を跨がない限りは基本的に同じ魔法を使う。

 一度設定したら1時間は変更できないとしても、問題にはならないだろう。

 

「では弱点属性の……」

「十三階層のラブシュラブの弱点は火魔法です」

 

 そうそう、板を落とす魔物だったな。

 

 

   遊び人:Lv3

    効果:知力中上昇

   スキル:効果設定

      :スキル設定

      :初級火魔法

 

 

「……よし、初級火魔法を設定したから、早速試してみよう。

 ファイヤーウォール」

 

 言葉と同時に念じると、炎の壁が現れる。

 そして〈ウォーターウォール〉……と思ったが、万が一同じところに発動してしまうと効果時間終了後に熱湯が撒き散らされる大惨事が起きる気がしたので、〈サンドウォール〉にしよう。

 

 …………んん?

 

「どうかしたのですか?」

「ああ、いやファイヤーウォール――おおっと!」

 

 セリーの疑問の声に、「ファイヤーウォールは上手くいったのにサンドウォールが上手く行かないんだ」と答えようと思ったら、炎の壁が一枚増えてしまった。

 

「ご主人様、すごいですっ!」

「ま、魔法の同時使用が……!」

 

 2人はそう言ってくれるが、こっちはそれどころではない。

 

 

   加賀 道夫

   <男・37歳>

     探索者:Lv37

      英雄:Lv35

    魔法使い:Lv37

      僧侶:Lv30

     遊び人:Lv3

      農夫:Lv1

      装備:ひもろぎのロッド

        :鉄の盾

        :硬革の帽子

        :硬革の鎧

        :硬革のグローブ

        :硬革の靴

        :身代わりのミサンガ

 

 

 ……うーん、これは、

 

「すまん、ちょっと思った通りに行かなかった。

 もう少し時間をくれ」

「……ああ、別の属性を使おうとして失敗していたのですか」

 

 本当に察しが良いなぁ、セリーは。

 画面共有して調査に協力してほしいところだが、今回は大丈夫そうだ。

 多分、ジョブの順番じゃないかと思う。

 

 先に魔法使いの〈ファイヤーウォール〉が発動した場合、遊び人には〈初級火魔法〉しかないのだから〈サンドウォール〉は使えない。

 恐らくそんなところだろう。

 だと良いな。

 

 やけに長く感じるクールタイムを待った後、今度は先に〈サンドウォール〉を使用する。

 

――ズガァッ!

 

 そしてすかさず〈ファイヤーウォール〉………………〈ファイヤーウォール〉。

 

――ゴゥッ!

 

 さっき手こずった分、クールタイムがずれたか。

 焦らせやがって。

 

「よし、ではこれで実際に魔物を倒してみよう。

 十三階層に移動する」

 

 

 

   ターレの迷宮

    十三階層

 

 この階層で一番出現するはずのラブシュラブが出たら、火属性魔法を3回。

 ピッグホッグが出たら、火属性魔法と水属性魔法を2回ずつ。

 推測が正しければ、どちらのパターンでも連続魔で2ターン撃破できるはずだ。

 

 

   ラブシュラブ

     Lv:13

 

 

 

   ラブシュラブ

     Lv:13

 

 

 案内してもらった先に、ニードルウッドより小さい木の魔物が2体、モソモソと移動していた。

 外で見かけたら、ただの木だと思ってしまうだろう。

 なんとなくいい感じのサイズ感だから、通り道にあったらついでにひと撫でしてしまうかもしれない、それくらいの大きさの木だ。

 こういうインテリア、居間に1つ欲しいな。

 

 ……が、魔物だ。

 こうして動きが遅い分、遠距離攻撃をしてくるのだそうだ。

 

 3人で頷き合って、ロクサーヌ達が駆け出すと同時に――

 

「――ファイヤーストーム」

 

 言葉と一緒に念じると、火の粉が舞い上がって低木に纏わりつく。

 だが、これはまだ1発目だ。

 もう一度念じると…………同じ魔法だとよくわからんな。

 

「来ます!」

 

 赤く染まる迷宮の中で、ラブシュラブの根本に魔法陣が展開しているのに気づくのと、ロクサーヌの警告に気づくのはほぼ同時だった。

 そして――

 

――チュンッ!

 

 何かが通り過ぎて、横の壁に当たった。

 カランと乾いた音を立てて地面に落ちたのは、え……枝!?

 ……壁に当たった小枝が出していい音じゃないだろ。

 

 そして今更、頬のあたりがビリビリ痺れていることに気づく。

 微妙に掠っていたのか、それとも風圧だけだろうか。

 

「くそっ、ファイヤーストーム」

 

 もう1回使って、ラブシュラブは煙になって消えた。

 

「十二階層より戦闘時間が短くなっています」

「素晴らしいです、さすがはご主人様です」

 

 セリーがドロップアイテムを拾ってくれながら言った言葉に、ロクサーヌがいつもの調子で相槌を打った。

 

   板   

   板   

 

 板に画期的な使い道もないだろうし、これはセリーに装備製造してもらおう。

 

「しかし、あの攻撃は怖いな、避けるのは難しそうだ」

「すみません、折角詠唱中断のついた武器を使わせていただいたのに、キャンセルできませんでした」

 

 頭を下げるセリーに、「それは仕方ないだろう」とフォローする。

 速度もそうだが、詠唱も早かったような気がする。

 そしてろくに移動もしないし、前方も後方もないだろうから不意も突けないから、武器が届く距離まで到達するまでに撃たれてしまう。

 

「俺も、2人の後ろに立って射線に入らないように……」

 

 気をつけよう、と言おうとして気付いた。

 余ってる盾あるじゃん、今、丁度。

 

「ロクサーヌの盾を使わせてもらうな」

「あ、それは良いですね」

 

 ちょっと心配そうな顔をしていたロクサーヌがにっこり微笑んだ。

 

「……装備できるのですか?」

 

 しかし、セリーには疑いの眼差しを向けられた。

 持っているだけではいけないのだろうかと〈鑑定〉で確認するが……

 

「ちゃんと装備できているようだが」

「ああ、複数ジョブだからですか」

 

 セリーによると、魔法使いは盾を装備できないそうだ*1

 ついでに訊いてみると、杖の二刀流もできないという、厳しい裁定だ。

 剣と杖の二刀流をやったガンダルフのようにはいかないのか……まあ、種族:魔法使いだしな、あのお方は。

 

 更に強力な杖は……と、ゴスラーが持っている杖のことを思い出した。

 俺の身長くらいあるデカい杖だったな。

 

「今使っているロッドより強力な杖はスタッフか?」

「はい、棍として攻撃も出来る、強力な武器です」

 

 ……うーん、片手では棍としては使えないだろうから盾はダメだろうか。

 

「あとは聖槍という武器があります。

 作るのに聖銀が必要でかなり貴重なものですが、魔法の威力が上がるそうです」

「片手剣は……ないか」

 

 セリーが頷いた。

 エンハンスソードとかルーンブレイドとかないのかよ……とボヤきたくなるが、魔法使いが盾を使えないなら片手剣にする意味はないしな。

 

「片手で扱うものでは、金剛杵というものがあります*2

 回復効果が上がるので僧侶や神官が装備することが多いですが、魔法使いが使う場合もあるそうです。

 ……とはいえ、これも貴重なものですが」

 

 こんごうしょ、金剛杵か、弘法大師が右手に持ってるやつだな。

 世界観は……警策とかあるし、今更か。

 禅宗がOKで密教がNGってことはないだろうし。

 

「回復効果が上がるのは悪くないな、〈手当〉の回数が減らせる」

 

 とはいえ〈手当〉は多分、60ナールの滋養丸と同じくらいの効果だ。

 600ナール出せば滋養剤が買えるし、〈パーティライゼイション〉を使えば回復薬が全体回復になるから、優先度としては低めかな。

 

 だが聖槍は槍だから、盾は使えないだろう、システム的にではなく物理的に。

 装備部位が増えれば、付加できるスキルも増える。

 将来的にはそっちの方が恩恵が大きいかもしれないな。

 

 いや、デュランダルの代替品として、〈MP吸収〉のついた聖槍という選択肢はあるか。

 戦闘中に呑気に〈キャラクター再設定〉でデュランダルを出したり戻したりは危ないからやっていないが、武器交換の手間がなくなるのは大きい。

 ……が、結局それも回復アイテムを使えばどうにでもなるような気もする。

 悩ましいところだな。

 

「金剛杵と聖槍、そのうち手に入れてみたいものだ。

 さて、つい話し込んでしまったが、次はクリティカル発生の検証をしてみよう」

 

 農夫を博徒に戻して探索を続ける。

 魔物の徐々に数を増やして、ピッグホッグとラブシュラブの混成も倒してと一通り試して、目論見通りに2ターン目撃破ができることを確認した。

 

 ついでに愉快なこともわかった。

 短い根っこでうねるように歩くラブシュラブだが、近くで〈サンドウォール〉を使われるとひっくり返って起き上がれなくなるらしい。

 〈サンドウォール〉は地面から生える感じで壁が作られるが、足……というか根っこを払う形になったようだ。

 

 ……まあ、狙ったわけではなく、スキル攻撃をしようとしている時に丁度クールタイムも明けていたから防ごうとしただけなんだが。

 

 身動き取れない相手を一方的に嬲るのは非常に気分が良い、心が洗われるようだ。

 ついでに安全にデュランダルでMP回復もできて申し分なしだ。

 

「MP回復できたし、スキル設定もまたできるようだが……特に変わったことは起きなかったな」

「クリティカル発生による威力上昇は魔法の回数が減るほどではない、もしくは魔法の場合は発生しないということもありますか」

 

 ……どっちもありそうだな、それ。

 威力の検証をするなら、〈メッキ〉の検証をした時の方法が使えるだろう。

 そもそも発生しているかどうかは……ボーナススキルを使うか。

 

 

   キャラクター設定

 

   【ボーナススキル】

    クリティカル率三十パーセント上昇

    獲得経験値二十倍

 

 

「クリティカル率を上昇させてみたので、もう少し試してみよう」

「そんなこともおできになるのですか?」

「……いや、多分な」

 

 これで5回……いや、10回くらい試してみよう。

 仮に元のクリティカル発生率が1%だとしても、31%ならさすがに発動するだろう。

 だが、1%の3割増で1.3%になるクソ仕様という可能性も否定できない。

 もしそうだったら永久に封印してやる。

 

 そして何度か試した時、ピッグホッグとラブシュラブを同時に戦った時のこと、

 

「今、ピッグホッグが先に倒れましたか?」

「ロクサーヌもそう思うか?」

 

 ほとんど同時に使っているから自信がないのだが、ピッグホッグの相手をしてもらっていたロクサーヌが言うならそうなのだろう。

 魔法使いの〈ウォーターストーム〉の方でクリティカルが発生したのだろう。

 

「もう少し試してみるか、ラブシュラブだけがいるところに案内してくれるか?」

「はい、わかりました」

 

 そうして更に何度か試していると、とうとう〈ファイヤーストーム〉が2発で、つまり1ターン撃破することができた。

 

「もうなんと言っていいか、本当に素晴らしいです。

 さすがご主人様です」

「はい、本当にすごいです」

 

 クリティカルの効果は恐らくダメージ2倍、そして遊び人の魔法のダメージは魔法使いと多分変わらないな。

 威力にレベルは関係なく、ステータス準拠なのだろう。

 そして〈クリティカル率三十パーセント上昇〉はクソ仕様じゃなかった、さすがはボーナススキルだ。

 

「まあ、これをすると経験値効率が悪くなってしまうから、そうそう使えるものではないがな。

 デュランダルのようなものだ」

「いえ、魔法を連発できるだけで本当に素晴らしいですから」

 

 さっきからセリーが手放しで褒めてくる。

 珍しいから、ちょっと照れるな。

 

「あー……一通り試せたので、そろそろハルバーの迷宮十三階層の方に行ってみようと思うが」

「はい、昼食の時間まで、まだ少し余裕があります」

 

 そういえば結構戦ったはずなのに、まだそんな時間か。

 戦闘時間の短縮は素晴らしいな。

 その分MP消費も激しいが、回復の必要がほとんどなくなるのは大きい。

 

「板も十分集めていただきました」

「防具ならルークが割高で買ってくれる、後で防具製造を頼めるか」

「はい、木の盾ですね」

 

 手に入るドロップアイテムも徐々に値打ちが上がってきたな。

 順調そのものと言えるだろう。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 ハルバーの迷宮十三階層では、遊び人に〈初級水魔法〉を付けて探索を進めた。

 午前の残り時間での成果は、セリーに「こんなに沢山燻製を作るのは……窯を増やさないと……」と引かれるくらいだ。

 まあ、別に全部燻製にする必要もないが。

 

 ……トンカツでも作ろうかな、俺はちょっとだけで良いけど。

 しゃぶしゃぶというのもありか、脂がお湯に溶けるし。

 ポン酢の替わりに魚醤にレモン汁というのは、タレとしては微妙かもしれんが。

 できればすり胡麻が欲しいところだが……売っていたかな。

 

 そんな呑気な悩みを抱えながら、家に戻った。

 

「ルーク殿からですが、芋虫のスキル結晶を持つ仲買人と交渉がついたそうです。

 5個買ってくれるなら、1個5,000ナールで良いとのことで」

 

 相場は4,000ナール超というところらしいから、結構吹っ掛けてきてるな。

 まとめ買いするなら安くしろよと思うが、これは供給が潤沢な商品の場合か。

 供給が限られているものを納期を早くするなら、当然割増になる。

 

 ここで必要な身代わりのミサンガは2個だから、スキル結晶も2個で良い……と、言う訳にもいかん。

 成功率100%なんて、知られて良い情報ではないしな。

 ……まあ、そのうち必要になるだろうし、何個あっても困るものではないが。

 

 仲買人は100ナール単位で価格を吊り上げる、ケチくさい連中のように思える。

 だが真の目的は、スキル結晶自体の相場を吊り上げることではないだろうか。

 1個100ナール単位の値上げは大した話じゃないが、相場自体が上昇することは話が違う。

 そして一度値上がりしてそれが常態化すれば、更に100ナール、更に更にもう100ナールと吊り上げることもできる。

 

 そんな話をすると、

 

「仰る通りかと存じます。

 好意的に言えば、有用なスキル結晶の供給を増やすために効果的な手法だと思いますが……」

 

 低階層では難敵なグリーンキャタピラー。

 逆に弱いがドロップアイテムが不味いコボルト。

 そうした魔物は、旨味がないと好んで狩りをしたい者はいない一方、そのスキル結晶は非常に重要だ。

 

 それに、スキル結晶の買い取り価格も上がって、低階層の探索者が潤うと思えば良い話だ。

 ……手数料を取っている仲買人に対して、思うところがないわけでもないが。

 

 自分たちの身代わりのミサンガを作るためだと知っているハンナは目を伏せて黙っているが、「買ってしまおう」と決める。

 

「ハンナの話を聞いて思ったんだが、そういう仲買人なら、コボルトのスキル結晶も溜め込んでいるんじゃないか?」

「なるほど、確かに。

 ……そうですね、芋虫のスキル結晶を5,000ナールで買う代わりに、コボルトのスキル結晶も同額で、と交渉してみるのがよろしいかと存じます」

「……コボルトのスキル結晶は、最近値上がりしてるとかルーク殿が言ってなかったか?」

 

 確か誰かが集めているとかで、5,200ナールになっているらしい。

 ちょっと強気な交渉な気がするが、

 

「いえいえ、その集めている者も当然目的があって集めているわけで、明日にも……いえ、今まさにその目的を果たしているかもしれません。

 次に芋虫のスキル結晶に5,000ナールも出しても良いという者が現れる時、相場が今のままとは限らないわけですから……」

 

 なぁるほど、そうやって煽って吐き出させるわけだな。

 うん、やっぱり商談はハンナに任せるのが1番だな。

 その条件で、午後にもう一度ルークを通して話をしてもらうように頼んだ。

 

「それともう1つ、ご報告がございます。

 実は先程、アラン様とお会いしまして」

「アラン? ベイルの奴隷商の?」

「ついでの所用があったと言っていましたが、御主人様に御用があったものと推察します。

 そして伝言ですが……」

 

 ハンナはロクサーヌをちらっと見てから話しだした。

 

――以前紹介状をお渡しした帝都の奴隷商には、足を運ばれたでしょうか?

――その折にお話しした猫人族の奴隷ですが、帝都の奴隷商にて入荷されました。

――名はミリア、年は15、既に海女のジョブになっており、非常に将来有望と見込んでおります。

――まだ教育を受けておらず、ブラヒム語は喋れませんが、ロクサーヌと同じくバーナ語が喋れます。

――今のうちであれば、お安く購入することもできるかと思います。

 

 という内容だった。

 教育を受けたロクサーヌと、教育途中のセリーの値段は大分違ったからな。

 まあ、セリーには耳が細くて年寄りに見られる、という瑕疵もあったが。

 

「……わざわざ教えに来てくれたのか?」

 

 なんだったか……仕入れルートは奴隷商固有のものだが、顧客は融通し合っている……そんな感じのことを言っていたよな。

 

「手前が思いますに、バーナ語の話者というのがこの話の要点かと」

「バーナ語か、狼人族の言葉というわけではないのだな」

「えっと、バーナ語は帝国中東部の獣人達が喋る言葉です」

 

 横からロクサーヌが教えてくれた。

 ついでにセリーにも訊いてみるが、「私は喋れません」と首を振られた。

 ハンナとカタリナは帝国北部で商売していたから、あっちの方の獣人族の言葉は多少喋れるというが、商売上の定型文とかに毛が生えた程度らしい。

 ……〝儲かりまっか?〟、〝ぼちぼちでんな〟みたいなやつだろうか、ちょっと聞いてみたいな。

 

 ……ん? ということは、ミリアの出身地はロクサーヌの故郷の近くということではないのか?

 そして、アランが仕入れた奴隷なら、そのまま俺に売れば良い。

 それを帝都の奴隷商が仕入れたと報せてきたということは、

 

「帝都の奴隷商が、アラン殿の縄張りから仕入れた、ということだろうか?*3

「おそらくは」

「で、横から掻っ攫われたけど今ならお買い得なのでどうぞ、と」

 

 普通に考えると、帝都の奴隷商としては教育完了後に売り出したいはずだ。

 そういえば季末に競売も開かれるんだったか、できれば出品したいと思うよな。

 

「奴隷商人同士の嫌がらせ……というか抗争に巻き込まれるようなことは困るんだが」

「そこまで険悪ではないかと、元々両者は客を紹介するほど懇意なのですから、単に良い奴隷がいることを教えてくれただけかと。

 ……まあ、多少は意趣返しのような意味合いはあるかもしれませんが」

「うーん……まあ、折角薦められたのだしな」

 

 明日はルークとの商談の他に、帝都の奴隷商に行くことに決めた。

 ハンナ達にもついてきてもらおうとしたが、それは断られた。

 

「手前共が参りますと、御主人様のお邪魔になるかと……」

 

 ……ああ、そうか。

 主人が奴隷を痛めつける嗜虐趣味の持ち主とでも思われたら、奴隷の方も来たがらないか。

 

「御主人様とロクサーヌさん、セリーさんが問題ないと思った方なら、手前共も問題ないと思うはずでございます。

 どうかお気遣いなさいませんよう」

 

 深々と頭を垂れる母娘を見て、咄嗟に「いや」と口から出ていた。

 いや? いや……なんだろう、何を言おうとしたんだろう?

 思わずロクサーヌに助けを求めると、痛々しい顔で何かを言おうとしていた。

 ……この娘にこんな顔をさせるのは、嫌だな。

 

「傷痕に怯むような者なら、どうせ迷宮についてこれないだろう」

「――はい、そうです!」

「そ、そうですね」

 

 ロクサーヌが力強く頷いた。

 ……セリーはちょっと躊躇い気味だが。

 

「それと、明日はアラン殿の店に確認してから向かう……一応な」

 

 大体、客の俺がなんで裏側の思惑とかに気を使わにゃならんのだ、めんどっちい。

 お宅らの縄張り争い(ナワバリバトル)に付き合う義理はない、ときっちり釘を刺しておこう。

 それでグダグダ言うなら、これっきりだ。

 

 その日の午後は、引き続きハルバーの迷宮十三階層で、ボスのピックホッグと戦った。

 セリーの説明を聞いて勘違いしていたのだが、十二階層以降のボスのお供の雑魚は、必ずしもボスと同系統の雑魚ではないらしい。

 その階層で出る魔物なら、どの魔物でもお供になる可能性があるのだという。

 だから時にグラスビーやミノがお供をすることもあったが、魔法使いで雑魚に対応した弱点属性の魔法を、遊び人でピックホッグの弱点属性を使うようにすれば、全く苦労することもなかった。

 

 豚毛集めも順調そのもので、ブラシとか掃除用具とかを作るには十分であろう量が集まった。

 これで母娘の家事の負担を減らせれば良いのだが。

 

*1
 原作で明言されていませんが、多分そうなのではないかと。

 魔法使いはパーティーのメイン火力なので、できるだけ防御を高めて守りたいはずですが、原作で盾を持っている魔法使いキャラはいませんから。

 〈二刀流〉のスキルがないから杖と盾もダメという判定なのかもしれませんが、少なくともワンド・ケーン・ロッドは明らかに片手しか使わないのでセーフではないかと。

*2
 本作オリジナル設定です。

 原作だと巫女や僧侶がどんな武器を使っているか全然明言されていないので……。

*3
 原作でミリアの出身地は不明ですが、同じバーナ語を喋れることから本作ではこのように設定します。

 本作の場合、事前に猫人族の奴隷が欲しいという希望を道夫さんから出しており、そのためにアランは猫人族を調査をしてミリアが引っかかり、原作でミリアを仕入れる帝都の奴隷商と競合した、となります。

 ミリアも都会っ子な感じはしないので、少なくとも帝都近くには住んでいなかったのではないかと。




唐突に思いついた怪文書。

異世界の貴族家に転生した加賀道夫さんさい。
前世知識無双によって神童と呼ばれるも、3歳以下なら確実に失敗するはずの自爆玉を使い、無事爆死。
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