加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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まだまだ奴隷を買う

 

    帝都

   奴隷商

 

 翌日、諸々済ませて帝都にやってきた。

 

 アランは別に抗争とかそういう意図はないようだ。

 もしお気に召しましたらどうぞ、という程度の意味合いで、多少の意趣返しの意図があることは認めたものの、本当にそれだけだそうだ。

 内心は知らんが、そのように明言したことは間違いない。

 

 更に、「ミチオ様だから特別に……」と仕入れ価格の目安を教えてくれた。

 アランの方ではみっちり仕込んで競りに出せば60万、70万ナールという値がつくと見込んで、25万ナールで仕入れようとしていたが、断られた。

 だから帝都の奴隷商人は、「恐らく、30万ナール程は払っているのではないかと」ということだった。

 

 また、アランがミリアを購入しようとしていることを帝都の奴隷商人が察知しているかはわからないそうだ。

 だから、アランの紹介状を持ち込むとミリアを隠してしまうかもしれない。

 その時は名前を出してしまっても構わないそうだが……できればそんな喧嘩を売るような真似はしたくないなと思いながら、アランに別れを告げた。

 

 お次はクーラタルの商人ギルドでルークとの交渉だ。

 転売ヤーな仲買人は渋々という態度でコボルトのスキル結晶は2個だけでとか言い出したが、「交渉に応じた時点で結果はわかったようなものです」とハンナが自信の笑みを浮かべていた。

 交渉の結果、芋虫とコボルトのスキル結晶、計10個で5万ナールの大型取引となった。

 

 だがこのスキル結晶は落札品ではなく――正確には転売ヤーが落札した品を買い取る形なので、落札品特典の鑑定料10ナールのサービスが受けられない。

 今の膨らんだ財布では小銭とはいえ、結果がわかっているのに癪だったので、ルークとセリーに1から10までの適当な数字を言ってもらって、対応するスキル結晶だけを鑑定してもらうことにした。

 無作為抽出による標本調査というやつだな。

 

 このやり方は2人の仲買人にとって目から鱗だったらしく、感心した顔で鑑定料を持ってくれた。

 ……詐欺にでも使うつもりだろうじゃなかろうか。

 客に自分で数字を決めさせれば、公平感もあるしな。

 スキル結晶を出品した探索者ではなく、転売ヤーが差額で儲けるのが不快だったので提案してしまったが、余計なことだった気がする。

 

 うっすら後悔を抱えながら、今度こそ5人で帝都の冒険者ギルドへ飛んで、奴隷商の商館に向かう。

 アランから教えてもらった場所には、周囲が塀で囲まれた門構えも建物も立派な建物があった。

 

「紹介を受けて来た、店の者と話がしたい」

「承りました。

 ……こちらにお越しください」

 

 敷地に足を踏み入れたらすぐさま出てきた男に、紹介状を渡した。

 封蝋を見て、誰からの紹介か判断しているのだろうか?

 特に何も訊かれず、中に案内される。

 

「ようこそおいでくださいました。

 私が当商会の主でございます」

 

 しばらく待っていると、アランより若干若い中年男性が入ってきた。

 ……奴隷商人Lv6か、随分低いな。

 

「よろしくお願いする」

「それでは、こちらにお越し願いますか」

 

 この部屋も結構金がかかっていそうだが、ただの待合室か何かだったらしい。

 更に奥へと案内されて、ソファに腰掛けると香茶が用意される。

 ちゃんと5人分用意されている、奴隷を売りに来たとは思われていないようだ。

 

「アランからの紹介状を拝見いたしました。

 鍛冶師を探しておられるとか」

「いや、鍛冶師はもうよいのだ」

「……左様でございますか」

 

 奴隷商人がちらりとセリーを見た。

 紹介状に〝もうドワーフを売った〟とか書いていなければ、彼女が鍛冶師だと思っていることだろう。

 

「迷宮で戦える女性がいたら紹介してほしい」

「冒険者、探索者向けの戦闘奴隷ということですか。

 他にご条件は?」

「ブラヒム語を話せる者で」

 

 無論、この条件ではミリアは出てこない。

 だが、最初からバーナ語も大丈夫とか言ったら、警戒されたりしないかと思ってのことだ。

 それに、実際ブラヒム語を話せるに越したことはないしな。

 ブラヒム語を話せる良い奴隷が見つかれば、それはそれで良いわけだし。

 猫人族はハルツ公領にもいるのだから、当然帝都にもいるだろうからな。

 

「帝都では、冒険者向けの戦闘奴隷や有力者様向けの見目麗しい家内奴隷が需要の大半となります。

 当商会でも需要に合った者をご用意してございます」

 

 冒険者向けということは、帝都の近くには迷宮がないのだろう。

 この奴隷商人のレベルが低いのも、レベルが上げにくい環境だからということか。

 

 そんなことを考えていると、奴隷商人はロクサーヌとセリーを見て、そしてハンナとカタリナを見て少し眉を顰めた後、「きっとお気に召す者がいることでしょう」と言った。

 ……もうちょっと表情は隠してもらいたいものだ。

 

「そう願いたい」

「それではこれから……」

 

 そうした奴隷たちがいる3階の部屋に案内するので、軽く目通しして気に入った者がいれば面談を、という運びになった。

 2階には年齢のいった者や戦闘に適さない女性奴隷がいるというが、迷宮に入れるという条件はマストだから断った。

 奴隷商人は、またセリーをちらりと見たが、大人しく引き下がった。

 

 ……ああ、セリーの耳が細いから、そういう趣味だとでも思ったか。

 気に入らんな。

 セリーの頭を撫でてから、案内に従って3階に上がる。

 

 セリーは一瞬上目遣いに照れ顔を向けてくれた後、顔を引き締めてからカタリナに手を貸して歩き出した。

 同じようにロクサーヌはハンナに手を貸している。

 仲が良くて何よりだが、半ば無理やり連れてきてしまったのは……やはり失敗だったろうか。

 

「探索者のお客様がパーティーメンバーを探しておられる。

 ブラヒム語を解する者はこっちに並べ」

 

 奴隷商人が命じると、10人ほどの奴隷が並んだ。

 最初から明らかにやる気のない者、逆に興味ありげにこちらを見てくる者もいるが、後列のハンナやカタリナを見て目を逸らした。

 ……次の部屋だな。

 

 次の部屋は雰囲気が違う。

 部屋全体の体脂肪率がシュッと下がり、代わりに骨格筋率がムワッと上昇した。

 

「この部屋は戦闘奴隷として即戦力になる女性奴隷を集めています」

 

 なるほど……探索者、戦士に剣士、僧侶もいるな。

 レベルはそれほどでもないが。

 さっきの部屋よりやる気がある女性が多いが、やはりハンナとカタリナを見て目を逸らした。

 

 ちゃんとした良い服は着させているし、コハクの装飾品で眼帯を隠したりしているのだから、大切に扱っていると思ってくれても良さそうなものだが。

 ……いや、マイナスが大きすぎるか。

 奴隷を使い捨ての肉盾にする主人とか、絶対いるだろうし。

 

 こないだのエルフ達は母娘に対しては悪い反応ではなかった。

 だが思えばあれは、商談を任されるくらい重用している相手だとわかっていたからだったのだろうか。

 

 ……まあ、商売相手とこれから入社する会社では話が違うか。

 会社説明会で明らかに過労でボロボロの社員とか見かけたら、積極的に入社したいとは思わないだろうからな。

 全身ブランド物で身を固めていたとしても、俺なら嫌だ。

 

 ハンナとカタリナの護衛がいればと少し思ったのだが、これでは期待できないな。

 やはり彼女たちを連れてくるべきではなかったのだろうか。

 

「次の部屋を頼む」

「……はい、こちらへ」

 

 ……ちょっと落ち着こう。

 遊び人の連続魔が上手くいって、調子に乗って気が大きくなっているかもしれん。

 

 というか色々考えているが、そもそも俺みたいなおっさんに買われたくないだけって可能性も十分あるな*1

 アランからの紹介だから、〝まあまあ上客かも?〟くらいには思っているだろうが、それは奴隷商人の視点であって、奴隷達からはわからないだろうし。

 えーっ、マジ探索者!? キモーイッ! 探索者が許されるのは20代までだよね! キャハハハッ! ……みたいな。

 

 その後、いくつかの部屋を回ったが、特にこれといった奴隷はいなかった。

 

「次の部屋は、まだ男性経験のない者のみを集めています。

 その分、戦闘奴隷としてはいささか値が張りますが」

 

 多分、次の部屋が本命なのだろうな。

 部屋に入って、同じように奴隷商人が指示すると、女性達が並ぶ。

 ……やや遅れて、奥に座っていた猫耳の少女が列に加わった。

 

「××××××××××」

 

 しかし、奴隷商人によって追い返された。

 これは……?

 

「バーナ語ですね」

 

 ロクサーヌが耳打ちするのと、鑑定結果が目に入るのは同時だった。

 

 

   ミリア

   <♀・15歳>

   海女:Lv2

 

 

「なるほど」

 

 適当に返事してロクサーヌ達に頷くと、みんなも頷きを返してくれた。

 意図は通じたらしい。

 

「すみません、彼女はここへ来て間がありませんので」

 

 いや、と手を振って検分を再開した。

 ……が、特に目ぼしい女性はいなかった。

 これまでと反応は同じだ。

 

 そしてミリアだが、追い返された後は元の位置に戻って黙って座っている。

 だがその目はこっちに、いやハンナとカタリナ、そしてセリーに向いているな。

 大体の者は目を逸らしていたのだが。

 

「ロクサーヌ、あの娘がこちらを気にしているようなのだが、話を訊いてみてくれるか」

「はい、わかりました」

 

 こっちから物欲しそうにするのはよろしくないかもしれないが、この状況なら大丈夫だろう。

 というか、純粋に気になる。

 

「××××××××××」

「××××××××××」

 

 ロクサーヌが呼び寄せると、軽快な動きでミリアがやってきた。

 

「いろんな色のコハクがあって綺麗だと思った、と言っています」

 

 先ほどからピリピリしていたセリーも、表情を押し隠していたハンナとカタリナも、雰囲気が和らいだ。

 今日は多少改まった場所に来るということで、セリーと母娘はコハク商に譲ってもらったコハクの装身具をつけている。

 それが目を惹いたらしい。

 

 光り物が好きなのだろうか。

 女の子っぽい……というより猫っぽいな*2

 

「宝石が好きなのか? と、尋ねてみてくれ」

 

 ロクサーヌが訊き出すと、後ろでハンナ達が吹き出す気配がした。

 訊き出したロクサーヌも困惑顔だ。

 

「えっと、コハクも好きですが、魚が食べたいそうです」

 

 ……なるほど?

 こっちに来て食べた魚は、迷宮で取れる白身ぐらいだ。

 海の魚か川の魚か、迷宮の魚だったら迷宮探索にも意欲的になってくれそうだが。

 それもロクサーヌに訊いてもらう。

 

「魚はなんでも好きだそうです。

 魚が食べられるなら喜んで働くと言っています」

 

 なんとも食い意地の張った娘だな。

 部屋の一角でそんな会話をしていると、奴隷商人がこちらにやってきた。

 

「……この者が如何いたしましたでしょうか?」

「彼女との面談を頼めるだろうか」

「まだブラヒム語も解しませんし、罪を犯して売られてきた者ですが」

 

 ……犯罪歴は気になるが、売られてきたというか買ってきたんだろうに。

 そう思うと、あんまり気にならなくなるな。

 何よりもこの商人が気にしていないのだろうし。

 

「彼女は物怖じしないようだし、この通りバーナ語も喋れる者がいるので問題ない」

「……お客様がよろしいのであれば」

 

 一瞬、忌々しそうな顔をしたな。

 ミリアは掘り出し物だから売り惜しんでいるのか。

 傷物の奴隷を連れてくんなよ、TPO弁えろ……とかかもしれんが。

 

 さっきお茶を出してもらった部屋に戻って、ミリアと面談した。

 

「×××××××」

「ミリア×× ×××××××」

「ミリアです、よろしくお願いします……だそうです」

 

 ロクサーヌが何事かを話すと、ミリアが勢いよくお辞儀した。

 そういえば、まだ名前を聞いてなかった。

 こっちから名前を呼んでしまったら怪しまれたかもしれない、ロクサーヌに感謝だな。

 

 まず魚を食べる頻度を訊いてみたら、3日に一度と言った後に、5日に一度で良いと要求が下がった。

 まあ、白身は魔物からドロップするし、探索のついでと考えれば問題ないな。

 

 しかし、白身は俺も食べたいから前にセリーに訊いたのだが、ハルバーの迷宮で白身をドロップするマーブリームという魔物が出てくるのは、二十二階層らしい。

 ターレの迷宮はもっと下層で出てくると良いのだが……そんな取らぬ狸の皮算用をしていたら、ミリアが「10日に一度でも良いそうです」と、どんどんハードルが低くなった。

 考え事をして、俺が黙っていたからか。

 

「まあ、それぐらいなら……みんなも構わないよな?」

 

 微笑ましい表情で頷かれた。

 こないだ作ったフィッシュフライは、みんな美味しそうに食べてくれたからな。

 頷きを返すと、ミリアが目を輝かせた。

 

「料理は出来るか? 猫人族の魚料理を食べてみたいのだが」

「××××! ×××××××!」

「是非任せて下さいと」

 

 翻訳してもらわんでもわかるわ。

 他の家事は出来るか、迷宮に入るのは大丈夫か、そんな質問を続ける。

 どちらも問題ないようだ。

 迷宮に関しても、「迷宮で魚人をやっつけるそうです」と、若干不安になるがやる気満々な答えが返ってきた。

 

「……他に何か確認事項はあるかな?」

「御主人様、ブラヒム語や読み書きを覚える気があるかどうかも、確認してみては如何でしょうか?」

 

 おっと、そうだった。

 ロクサーヌが訊くと、「頑張ります」と答えたが、熱量は低めかもしれない。

 ……勉強苦手っ子かな。

 

「言葉を覚えれば、知らない土地に行き、知らない魚、知らない料理に出会えるかもしれん。

 読み書きを覚えれば、先人の調理法を学び、新たな調理法を後進に残すこともできる。

 頑張って覚えてみないか?」

 

 少しはやる気になってくれた……かもしれない。

 ……まあ、俺のブラヒム語はインチキで日本語しか喋れないんだが。

 ブリーズの単語を捻り出すのに四苦八苦する程度しか英語の知識も残ってないし。

 

「そろそろよろしいでしょうか」

 

 奴隷商人が話の切り上げ時を告げてきた。

 了承すると、ミリアを連れて出ていく。

 そして部屋に俺達だけが残された、どうぞご相談して下さいというところらしい。

 

「どう思う?」

 

 早速尋ねると、セリーが「良い子だと思いました」と笑顔で頷いた。

 ハンナとカタリナもにこやかに首肯して、「手前どもも、ゆっくりなら日常会話程度は出来ると思います」と言った。

 そして、黙っているロクサーヌに目を向けると、

 

「そ、そういえば、猫人族は集団で狩りをしないので、パーティーで戦うことはあまり得意でないと聞いたことがあります」

「……そうなのか。

 まあ、迷宮で戦うのに支障が出るようなら、ハンナ達の護衛をしてもらうという手もあるか」

 

 母娘が「いえ、そのような」と遠慮するのを手で制して考える。

 

 ……いやいや、すっかり買う気になっているが、一旦冷静になろう。

 仕入れ値は30万ナール程だとアランが言っていた。

 ということは、売値は40~50万ナールくらいにはなるだろう。

 

 ロクサーヌが60万ナール、セリーが30万ナール……まあ3割引したけども。

 ともあれ、その値段に見合うかと言うとどうだろう。

 ……2人のせいで要求水準が上がっている気もするが。

 

 さっきコハクに好奇心を持っていたのも、物怖じしないと好意的に捉えてしまったが、ただの考えなしだとも取れる。

 こっちから尋ねなかったとはいえ、名乗りもせずに魚の話を始めたことを考えると、一直線というか粗忽者という感じもある。

 それにもし母娘の護衛にするんだったら、もっと即戦力でハッタリが利くような見た目の者の方が、どう考えても良いよな。

 

「うーん、良い子だとは思うが、大金をはたいてというとな」

「……おそらく、50万ナール程にはなるでしょうね」

 

 ハンナが補足してくれた。

 やはり、そうだよな。

 俺の言葉を聞いて、ロクサーヌが「そうですか」と安堵の息を吐いた。

 

「あっ!? 申し訳ありません!

 購入しないことを喜んでいるわけではないのです」

「あー……もちろん新たな奴隷を買っても、ロクサーヌや皆のことを蔑ろにするつもりは――」

「勿論わかっています!

 ご主人様をご満足させられないのは情けない限りですが、ご主人様が大業を成すのに、パーティーメンバーの拡充は必要なことです」

 

 ……いや、満足していないわけではないの。

 汲めども尽きなくなるだけなの、色魔を付けると。

 首筋の〝噛み痕〟はデュランダルですっかり治ったはずだが、なんとなく熱を持っている気がする。

 

 なにしろ色魔はONとOFF(付けるか付けないか)しかない。

 くたびれた中年から過ぎ去りし少年のあの日々にアクセルベタ踏みで一直線だ。

 だからわかっちゃうんだよ、歳月の残酷さというやつが……角度で。

 

 今となっては色魔を外して夜戦に挑むのが怖い。

 どうするよ、〝まだ入ってますか?〟とか言われたら。

 ……絶対立ち直れない。

 

「ただ、その……不安なのです。

 ペルマスクの件でもそうですが、ご主人様とセリーやハンナさん達の話についていけないことが多くて……でも、バーナ語が話せるのは私だけですから……」

 

 ミリアがパーティーメンバーになれば、当然ミリアの教育はロクサーヌが行うことになる。

 家の中ならハンナやカタリナも手伝ってくれるだろうが、その場合でも最終的にバーナ語で言い聞かせるのはロクサーヌになるだろう。

 それを重荷に感じる……いや、それを重荷だと感じてくれているのか。

 

 思えばロクサーヌを一番奴隷に任命したものの、一番奴隷(チームリーダー)らしいことをさせていたとは言えない。

 ペルマスクではハンナに頼りきりだったし、迷宮でもどちらかと言えばセリーと話していることの方が多い。

 俺は悪い上司だ。

 だが、そんな不出来な上司の下でも、しっかり責任感というやつが育っていたのか。

 

 恐ろしい才能……! 俺がその域に達したのは、恐らく20代の後半……!

 その頃に初めてOJT担当になっただけとも言う。

 

「気が変わった、やはり彼女には来てもらおう。

 ハンナ、商談は任せて良いな?」

「はい、お任せ下さい」

 

 ロクサーヌとミリアの相性が良いかはわからないが、自分の望みをしっかり持っている娘のようだ。

 こういう娘は、言い方は悪いが結構扱いやすいと思う。

 OJT担当の先輩社員に「加賀君がどうしたいのかがわからないな……」とか困った顔をされる俺みたいな奴とは大違いだ。

 

 ……上の立場になってみるとわかるんだ。

 やりたくない仕事をやらせて、いきなり会社に来なくなったら困るんだよ。

 とりあえず魚はしっかり食べさせてやって、もし食欲がなくなるようなら産業医面談だな……そんなもんいないけど。

 

 それと、年齢がロクサーヌより下というのも良い。

 腕っぷしではロクサーヌに敵わないだろうし、下剋上的なことも起きないだろう。

 値段に見合うかはわからないが、それを考えなければ得難い人材ではあると思う。

 

「えっと……あの、ご主人様?」

「大丈夫だ、任せておけ。

 ブラヒム語が喋れないことが問題なら、誰かに教えてもらえば良い、それだけのことだ」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「あの娘は、ブラヒム語などをきっちり教えてオークションに出せば、60万、70万ナールに届いてもおかしくない逸材です。

 教育前ですが、50万ナールとさせていただきましょう」

 

 ミリア購入の意向を伝えると、奴隷商人はそのように言った。

 アランの見立てと同じだな。

 交渉役のハンナは顔色を変えずに、

 

「〝彼女はここへ来て間がありません〟ということでしたが?」

「……もちろん、それを含めての価格です。

 あれだけの逸材です、仕入れにも元手がかかっておりますので」

 

 こっちもアランの言った通りだな。

 アランを出し抜くのによっぽど上乗せしたのだろう*3

 

「罪を犯したということですが?」

「……禁漁区で魚を獲ったのでございます」

 

 神殿近くで網を打っているところを捕まり、村で相談の上、奴隷に落とされたのだそうだ。

 前に滝行をしたような場所のことなのだろう。

 

「それが彼女への罰であり、所有なされましても神罰などはないはずです」

 

 だが、既に罰が下されているわけだし、問題ないというのが奴隷商の弁解だった。

 

「神罰か……」

「か、彼女は禁漁区の存在を知らなかったそうでございます。

 決して手癖の悪い女性というわけではありません」

 

 ただの犯罪ならともかく、ちょっとドキっとするワードに思わず口を出してしまった。

 まあ、俺だってサンダルを盗……ちょっと勇者行為をしただけで盗賊になるなんて思わなかったしな。

 知らなかったなら仕方がないのだ。

 

「では、最大限譲歩して45万ナールといたしましょう。

 これ以上はまかりません」

 

 ……何か妙だな、弱気というか。

 オークションに出すまで待てばもっと高く売れるとはアランも言っていたし、今慌てて売る必要はないような気がするが。

 もしかして、神罰って本当にあるのだろうか。

 

 俺も弱気になってきて、思わずハンナを見ると……笑った?

 

「ところで、彼女はバーナ語を話せるようでしたが、他に喋れる言語はありますか?」

「……いえ、ございませんが」

「とすると、彼女は帝国中東部の出身ということですか?」

 

 奴隷商が苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 ……ああ、そうか。

 バーナ語しか喋れない時期に、それもアランの紹介状を持っている俺達に見つかってはいけなかったのか。

 ブラヒム語を仕込んでからオークションに出品すれば誤魔化しも利くと思ったのかもしれないが、今見つかってしまうのは想定外だったのだろう。

 

 ミリアが聴き取れないはずのブラヒム語の指示に従ってしまうのは想定外だったわけだな。

 思えばあれも、周囲の様子を窺って合わせるという、いわゆる空気を読む能力があることの証明だ。

 猫人族はパーティーを組むのが苦手ということだが、エアリーディング技能持ちなら大丈夫じゃなかろうか。

 

 もしかすると、禁漁区で漁をしてむちゃくちゃ怖い目にあったりしたのかもしれないな。

 神域を侵された聖職者、漁業権絡みの漁師、どっちもヤクザより怖そうだ。

 ……今も怖い目にあってるか、異種族のおっさんに買われるわけだし。

 彼女には優しくしてあげよう。

 外目ではわからないが、内心ビクビクして周囲の目を気にしているようだと、多分そのうち病む。

 

「…………40万ナール、これ以上は、どうか」

 

 考え事をしている間に、奴隷商が白旗を揚げた。

 ハンナが俺を見て小首を傾げた。

 ……あの、それ〝まだ絞ります?〟って訊いてます?

 

「分かった、それで買わせてもらうとしよう」

 

 アランの名前は出さずにミリアを見つけて値引きも出来たんだ、これで十分だろう。

 これ以上はOVER KILLというものだ。

 それでリザルトが増える仕様ならともかく、間違いなく恨みつらみしか増えない。

 

*1
原作道夫君は17歳の探索者ですが、道夫さんは37歳の探索者なので、比較するとあまり魅力的な条件には見えないでしょう。

*2
 原作道夫君がミリアに買ってあげたコハクのネックレスは、色とりどりのコハクを使ったものでした。

 非常に気に入っている様子でしたので、光り物自体は好きなのだと解釈しています。

*3
原作では45万ナールです。

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