加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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外部研修

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 1人で家に戻った。

 ロクサーヌ達には、ミリアのベッドや日用品などを見繕ってもらっている。

 

 俺はその間、風呂を沸かしつつ、買ってきた白身でフィッシュフライの仕込みだ。

 〈MP回復速度二十倍〉を付けながら、休み休み交互に作業をすればMP枯渇することもないだろう。

 〈ウォータウォール〉で風呂桶に水を溜めていく。

 

 別にミリアも汚れているわけではないが、毎日風呂に入っているみんなに比べるとちょっと気になってしまう。

 それに、弊社は小なりとはいえ福利厚生のしっかりした職場であるというところもアッピールしなければならん。

 ……多分、魚を食わせるのが一番喜ぶんだろうけど。

 

 

   【パーティージョブ設定(ミリア)】

 

   セットジョブ

     海女:Lv2

     効果:体力中上昇

       :HP小上昇

       :腕力小上昇

    スキル:対水生強化

 

   所持ジョブ

    ▶海女:Lv2

     村人:Lv5

     商人:Lv1

    探索者:Lv1

     戦士:Lv1

     剣士:Lv1

     海賊:Lv1

 

 

 王都からの帰り道で確認したミリアのジョブはこんなものだった。

 どうやら迷宮に入った経験はあまりないようだ。

 海賊になっているのは、禁漁区で漁をしたためだろう。

 

 それにしても、海女のジョブ効果はかなり優秀なものだったな、さすがは種族固有ジョブだ。

 体力とHPが上がる点が、パーティーの安定性が上がると言われる所以(ゆえん)だろう。

 腕力が上がるのも、デュランダルでMP回復する時の効率が上がると思えば文句なしだ。

 

 海女や漁師には魚のような魔物に対して攻撃力が上がるという話があるようで、それが〈対水生強化〉スキルの効果なのだろう。

 パッシブスキルというわけだな。

 対象になるのは……これまで戦ったことのある魔物ではコラーゲンコーラルくらいか?

 水のない迷宮内だと、サンゴと言われてもただの岩の塊にしか見えないんだが。

 

 水も溜まったし、次は白身の準備をするか。

 魚醤に漬けるのと塩コショウで下味を付けるのと、梅干し風味のローゼルのジャムは……お試しでちょっとだけにしておこう。

 どうなるかわからんしな。

 

 ……奴隷商との交渉で、他の――例えば遺言変更なんかの取引を追加して〈値引交渉30%値引〉を使うことも少し考えた。

 だがその場合、アランの見立て通りなら原価割れするはずだ。

 3割引になるのはスキルの〈カルク〉に干渉しているからだとしても、値下げした理由は自分で考えるのだろうか?

 値下げする理由まで含めて介入しているとなると、それは相手の認識そのものを書き換えているということにならないだろうか?

 

 いや、深く考えたくない。

 今は無心でマヨネーズを混ぜよう。

 ……あれ? そういえば、またチーズを買い忘れたな。

 まあ、またミリアに作ってあげる時の楽しみが出来たと思えば……いやそうだ、備え付けのがあるんだった、大丈夫だ。

 

 お次はロクサーヌから借りたほむらのレイピアで水を温めて……というところで、「ただいま戻りました」と玄関から声がした。

 セリーの声だ。

 

「随分早いな、1人か?」

「はい、買い出しの方は問題なさそうだったので、先に戻ってお手伝いをするようにとロクサーヌさんに言われました。

フィッシュフライですよね?」

 

 ロクサーヌ達も追っ付け帰ってくるそうだ。

 俺が家事をしているからと、慌てさせてしまったかな。

 そのうち思い切り買い物を楽しませてやりたいものだ。

 

「ああ、白身の下拵えとマヨネーズを作ったところだ。

 俺は風呂を沸かしておくから、またパン粉を……いや、その前に身代わりのミサンガを作ってもらえるか、3人分な」

「わかりました。

 一応、ミサンガの方が間違いないか、確認していただけますか?」

 

 グリーンキャタピラーの糸は全部ミサンガ作りに回している。

 作った後は全部〈鑑定〉で確認して、スキルスロットが空いているもの以外は下取りに出しているから、残っているものなら間違いはないはずだが、不安なのだろう。

 

   ミサンガ ・空き   

   ミサンガ ・空き   

   ミサンガ ・空き   

 

「ああ、間違いない」

「はい、ありがとうございます」

「別に一気に作らなくても良いからな」

 

 居間の方からぺかーっと光が漏れ出るのを視界の端に収めながら、風呂桶に腕を突っ込んでどんぶらこっとかき混ぜる。

 マヨネーズ作りで疲れた手に冷水が気持ち良い。

 勢いがついた水流にレイピアを浸して、〈火炎剣〉を使う。

 

 この作業、ずっと中腰だから腰がしんどいんだよな。

 そういえば、海女や漁師がいるんだから舟の(かい)もあるだろうし、風呂桶をかき混ぜるいい感じのものを用意するか。

 

 ……DIY欲とか買い物欲とか微妙に膨れ上がってきているんだが、どうもなぁ。

 折角エリクシールという目的が出来たし、ロクサーヌやセリーもやる気だから水を差し難い。

 気の長い道のりになるはずだから、どっかで区切りをつけて小目標を立てたり方針を定めたりペース配分を決めたりしたいんだが、

 

「ご主人様、セリー、ただいま戻りました」

 

 おっと、今度はロクサーヌ達が戻ってきた。

 

「おかえり」

 

 風呂場から声を掛けた。

 風呂の温度は……ちょっと温いかな?

 まあ結構気温も上がってきたし、まだ昼間だし、これくらいで良いだろう。

 

「こちらでしたか、ご主人様」

 

 ロクサーヌが風呂場に入ってくると、俺を見て「あっ」と声を上げて汗を拭かれた。

 距離が近い。

 そしてその様子を、後からぞろぞろとやってきたハンナ、カタリナ、ミリアに見られる。

 ……とてもすごく恥ずかしい。

 

「あー……カタリナ、ミリアを風呂に入れてやってほしいんだが、大丈夫か?」

「はい、ミリアさん、××× ×××」

「×× ××××」

 

 ミリアはなぜか腕まくりをした、どうやら洗濯の仕事でも振られたのだと勘違いしているようだ。

 惜しい、洗う対象がちょっと違う。

 

「××××××××××」

「×××? ××××?」

 

 結局ロクサーヌも手伝って、なんとか説明できたようだ。

 ……まあ、危険があることでもないし、時間がかかっても風邪を引くような季節じゃないし、大丈夫か。

 あとは食事の支度だな。

 

「では、フィッシュフライを作るから手伝ってくれ。

 作りながら、相談したいことがある」

 

 ロクサーヌにマヨネーズをタルタルソースにしてもらい、セリーが引き続きパン粉作り、ハンナには付け合わせを用意してもらいながら話をする。

 

「まず、ミリアのことだが、アランに預けて教育してもらえばどうかと思っている」

「それは良いと思います。

 あそこの人にはお世話になりました」

 

 さっきの商館でこの話をするわけにもいかないので家で改めて宣言したが、ロクサーヌが笑顔で頷いた。

 同じ場所で教育を受けたという共通体験は、彼女たちの関係に良い影響を与えるのではないだろうか。

 ……俺は絶対、同じ学校の人間とかに会いたくないけど。

 

「……あの、それでは石鹸を使わせるのは問題なのでは」

 

 セリーが慎重論を言ってくれた。

 そうそう、その話が本題だ。

 

「秘密にしようとすればそうだな。

 俺としては、製法を売ってしまうのはどうかと考えている」

 

 みんなが作業を止めてこっちを見た。

 

「以前、石鹸を売ればどうだという話をしたが……ハンナにはすまないが、仲買人を通したところでどれだけ秘密が保たれるか、不安に思っている」

 

 まあ、信用してないのはルークのことなんだが。

 そして秘密が漏れた場合、狙われるのはハンナとカタリナだろう。

 そこまでは言わないでもわかっているようで、ハンナは黙った。

 

「だが、同時期にベイルでも作られていればどうだろう。

 もし出元を訊かれたら、ベイルの商人に教えてもらったとでも言えばいい。

 アランと口裏を合わせてしまえば、どっちが先かわからんのではないかな」

 

 いわゆる、ソースロンダリングというやつだな。

 その上でこっちで売る分は仲買人を通せば、安全性はより増すのではないか。

 そもそも、ベイルでも手に入るなら追求の手も緩まるだろうし。

 

「しかし、ミリアさんの教育の対価とするには、石鹸の製法は見合っているとはとても……」

「石鹸だけじゃなくて、チョークと黒板も教えたいと思っているがな。

 だってあれ、読み書きの練習に持ってこいだろう」

 

 家事をしてもらうためにハンナとカタリナに来てもらったが、結局家事以外のことも頼んでしまっているしな。

 石鹸を売るようになったら石鹸作りの回数も増えるし、その上チョーク作りはオーバーワークだろう。

 人が増えれば当然家事も増えるわけだし。

 

「あっちでチョークを作ってくれるなら、売ってもらうのも良いと思っている」

 

 我が家のチョーク使用量の大半を占めるセリーが、ちょっとバツが悪い表情をした。

 黒板に色々書いた後に、パピルスに清書しているのを知っている。

 

「代わりに何をアランに要求するかだが、あそこには結構高レベルの戦闘奴隷が居たからな、結構上の階層まで行っているはずだ。

 探索で手に入れた素材を回してもらえないかと考えている」

 

 タダで寄越せといったら、先々しこりになるだろう。

 向こうからしてみたら、製法を教えてもらっただけで取引は終了なわけだし。

 だが、ギルドに売る分と同じ価格で、こっちから買い取りに行くと言えばどうだろう。

 向こうは手間が減るし……いや、さすがにちょっとは価格を上乗せしたほうが良いかな。

 

「ルーク殿からばかり買うのもな……あまり大量に売買すると怪しまれないか?」

 

 鍛冶師が装備製造をする回数は、MP依存だから当然1日にそう何度もできないはずだ。

 こっちはデュランダルがあるからホイホイできるが、あまり作りすぎるとどうだろう。

 〈MP吸収〉がついた装備を使っている鍛冶師は当然他にもいるだろうが、デュランダルは攻撃力も並外れているから効率が段違いだと見るべきだ。

 そんな装備を持っているかもしれない、と思われるだけでも警戒したい。

 

 ……そういえば、エルフ武器商人から買う手もあったな。

 異種族嫌いのようだから、ルークとのつながりは多分無いだろうし。

 今度、鏡を受け取りに行く時に話してみよう。

 

「その、御主人様のお考えはわかりましたが、手前どものために……その……」

 

 ハンナは渋っている。

 

 石鹸もチョークも、専売できれば儲けが大きい。

 だが儲けを取れば危険を招く。

 専売できないのが自分たちを守るためだとしたら、それは自分たちの存在が俺に不利益を招いているのではないか?

 

 ハンナの内心を代弁すると、そんなところだろうか。

 

「ハンナ達のためだけというわけじゃないぞ。

 俺だって、なんで石鹸の製法を知ってるんだ、とか探られたくないんだ」

 

 チョークは多分、思いつけばすぐ模倣されるような代物でしかない。

 俺はボレー粉とコーラルゼラチンで作ったが、まさか石灰岩とかがないってことはないだろうし、そっちの方が安いかもしれない。

 

 だが、石鹸はこの世界では結構な高額商品のようだ。

 となれば当然、その製法は厳重に秘匿されているはずだ。

 既に石鹸を作っている者達からすれば、自分達のところから盗まれたと思うだろう。

 

 ……知財の剽窃も盗賊落ちの条件になるのだろうか?

 なったとしても、盗賊から教えてもらったら盗賊になるかと言ったらならない気がするしな。

 渋々という感じで引き下がるハンナの様子を見るに、やっぱり危険そうだ。

 

――×××!?

――×××××!

 

 不意に静かになったキッチンで、遠くから少女たちの悲鳴混じりの声が届いた。

 ……そういえば、猫って風呂嫌いだったっけ?

 まあ、水が苦手ということはないだろうし、大丈夫だと思うが。

 

 しかし、なんというか……手を伸ばすほどの距離と言うと大げさだが。

 すぐそこで15歳の少女2人が風呂に入っていると思うと……なんというかその……いや、決してやらしい意味でなく。

 

「えっと、ミリアはどれくらいの期間、アラン様のところに預けるおつもりでしょう?」

 

 ロクサーヌの声に我に返る。

 同じバーナ語話者のロクサーヌは、それほど長期間ではないが、今くらい喋れるようになるまでには時間が掛かったようだ。

 セリーは多分外れ値だから参考にしてはいけない。

 

「まあ、それは進捗次第になるか。

 とりあえず何日か預けて、触りだけでも良いんじゃないか?」

 

 江戸時代にロシア帝国の植民地の孤島に漂流して、何年もかけて帰国した大黒屋光太夫は、現地でロシア語を習得する際にエトチョワ=それは何か? という単語を最初に覚えたそうだ。

 そこからはロシア人達を質問攻めにしてロシア語を覚えていった……というのは、小説原作の映画『おろしあ国酔夢譚』の描写だから、どこまで本当か知らんけど。

 でも、最初の取っ掛かりがあるだけでも大分違うと思う。

 

「どうせしばらくは戦力にならないだろうし、パーティー編成だけしてレベルを上げておいた方が良いだろう」

「……探索者にしないなら問題ないかと」

 

 セリーがちょっと恨めしそうな顔をしている。

 ……悪かったって。

 

「で、石鹸やチョークの作り方を教えるとして、レシピを渡してそれだけ、というのも不親切だろう。

 ハンナとカタリナが良ければ、カタリナも一緒に何日か派遣して作り方を教えてもらって、ついでにカタリナもバーナ語を覚えてもらうのが良いと思うのだが」

 

 ミリアが少しでもブラヒム語を覚えて、片言でもバーナ語がわかるカタリナがバーナ語の理解を深める。

 ミリアの理解度も把握しておいてくれれば、その後の勉強も捗る……という算段だ。

 

「ロクサーヌさん達を見れば、アラン様のところの教育が確かであることはわかります。

 手前ではどうも甘くなってしまいますから、あちらで面倒を見ていただけるなら喜ばしいことです」

 

 ハンナは風呂場がある方の壁を見つめて眉を顰めた。

 多分、ミリアが戸惑って騒いでいるだけで、カタリナは悪くないと思うのだが……母は怖し。

 

「それに、石鹸についてはカタリナが色々と試してくれているが、馬鹿正直に一から十まで教えてやる必要はないからな。

 コイチの実のふすまとシェルパウダーを使う石鹸だけなら、こっちが作る石鹸と差別化もできるだろう」

「左様でございますね」

 

 シェルパウダー、コイチの実のふすま、オリーブオイル、ボレーの粉、各種ハーブ類、廃油、蜜蝋、牛乳……まだ結果がわからないものもあるが、色々試したものだ。

 

「色々な種類の石鹸を少しずつ作って箱詰めにして、これはという客に、最初はいっそのこと配ってみたらどうかな?

 そこから好みの石鹸があれば個別に注文を聞いて調整して……どうだ、売れると思わないか?」

 

 奴隷商人のアランは多分人手が沢山用意できるだろうから、基本的な製法だけ伝えて大量生産路線。

 こっちはどうせそんな量は作れないから、質で勝負して客も選ぶ。

 そんな風に棲み分けすれば、多分目立つのはあっちじゃないかと思う。

 

「それは……売れると思います、間違いなく」

 

 ハンナの目が、160万ナールをテーブルに積み上げた時のようにギラついた。

 怖……いや、頼もしい限りだ。

 

「ハルツ公にお売りになるのですか?」

 

 こっちはちょっと引き気味のセリーが訊いてきたが……いや、あそこまで金持ちになると、さすがにどうだろう。

 まあ、エルフ武器商人とかコハク商とかなら良いかもしれない。

 2人の感想を訊いてみてからだな。

 ハルツ公御用達の石鹸とかになったらペルマスクにも……さすがに鬼が笑うな。

 

   ※   ※   ※

 

 その後、風呂から上がったミリアにフィッシュフライをたらふく食わせてやった。

 タラの白身じゃないのに鱈腹とはこれいかに。

 和気藹々と会食しながら雑談混じりに自己紹介でもと思ったんだが……そんなことができる雰囲気じゃなかったな。

 

「では、改めて挨拶すると、俺が主人のミチオだ」

 

 テーブルの端のミリアに「よろしく頼むな」と声をかける。

 

「××! ×××××××××××!」

「こちらこそよろしくお願いします、と言っています」

 

 やる気満々のようだな。

 ミリアは活発そうな見た目だから、こういう返事をされると体育会系の女の子のような雰囲気がある。

 ……ちょっとだけ、餌付け成功という言葉が思い浮かんでしまった。

 

「ブラヒム語の返事は、〝はい〟だ。

 言ってみろ、はい」

「……はい」

 

 またロクサーヌが翻訳すると、ミリアがもぞもぞと口を動かした。

 

「おお、ちゃんと言えるじゃないか」

「××××××××××」

「すごいです」

「ええ、×××」

「×××」

 

 すかさず褒めると、特に打ち合わせもしていないのにみんなも追撃してくれた。

 セリーはすぐさまブラヒム語をマスターしていたから、ナチュラルにミリアの心を折るようなことを言いやしないか……と、実はちょっと不安だったのだが、そんなことはなかった。

 悪いことを考えてしまった。

 セリーはちゃんと空気の読める娘だ。

 

「はい」

 

 ミリアはもう一度言うと、嬉しそうにはにかんだ。

 

「もう自己紹介は済んでいるかもしれないが、彼女が狼人族のロクサーヌ、一番奴隷をやってもらっている。

 しばらくは通訳もしてもらうのだから、姉とも思って敬うように」

「××××××××××」

「はい」

 

 ロクサーヌの翻訳に、またミリアがブラヒム語で返事をした。

 ……はっ、そうだ。

 

「よし、言ってみるか、お姉ちゃん」

 

 ミリアに何度か教え込むと、たどたどしく「……お姉ちゃん」と口にした。

 初々しい感じがたまらない。

 

「はい、ミリア」

 

 ロクサーヌも微笑んで応えた。

 ……くっ、なぜ俺はセリーにもロクサーヌを『お姉ちゃん』と呼ばせなかったんだ。

 一番奴隷で先輩なんだからおかしくはないだろう……先輩もありだな。

 

「彼女はドワーフのセリーだ」

 

 なぜだろう、セリーから冷気を感じたので紹介を続ける。

 邪なことは、まだそれほど考えていなかったはずなのに。

 こっちの空気はあまり読まないでほしい。

 

「セリーには迷宮探索だけでなく、鍛冶師として装備製造を、それに外での調べ物をやってもらっている。

 とても博識だから、わからないことがあれば訊いてみるといい」

 

 2人も改めて挨拶を交わした。

 

「ハンナとカタリナは母娘だ。

 家事の他に、ハンナには商人として外での商談をやってもらっている。

 男の俺には言い難いものもあるだろうから、なにか欲しいものがあれば相談すると良い。

 カタリナにはさっきミリアも使ったであろう石鹸作りなんかをしてもらっている」

 

 こっちはバーナ語混じりに挨拶を交わした。

 言葉がわからなくて心細い、なんていうことはないと良いのだが。

 

「さて、ミリアにも迷宮探索して適性を見るつもりだが、その前に最低限で良いのでブラヒム語を覚えてもらうつもりだ。

 来て早々で悪いのだが、懇意にしている奴隷商人のところで勉強してもらう」

「××××××××××」

 

 予想はしていたが、ロクサーヌの言葉を耳にしてミリアは不安そうな顔をした。

 そうだよな、転売でもされるのかと思うよな。

 

「安心してほしい、あくまで一時的なものだ。

 パーティーメンバーには入れたままにするし、ブラヒム語を覚えて帰ってくれば、ちゃんと魚料理も用意する」

「××××××××××」

 

 またロクサーヌが翻訳すると、ミリアは「……ふぃっしゅふらい?」と言った。

 フィッシュフライの名前はさっき一度しか言っていないのに、もう覚えたのか。

 ……というか、それはブラヒム語じゃないんだが。

 

「そして、ミリアを1人で行かせるつもりもない、カタリナ」

「はい」

 

 一応、ハンナを見やると、頷きを返された。

 

「アランに石鹸とチョークの製法を売ろうと考えている……俺達だけで売り出すのも不安なのでな」

 

 製法を売るが、こちらが作ることをやめることはない。

 むしろ今後も作り、売り出していくための布石であるということを、改めて明言しておく。

 

「それに、バーナ語の話者がロクサーヌ1人というのもな。

 カタリナには、ミリアに同行してアランに石鹸の製法を伝え、更にバーナ語の勉強もしてもらいたい」

「……はい、やります。

 いえ、やらせてください」

 

 力強い返事だった。

 

 

 

   ベイル

   アランの館

 

 早速アランの店にやってきた。

 ……ベッドに連れ込むのは、もう少し言葉を覚えてからにしたい。

 ミリアは犯罪者になって奴隷落ちしたから、性奴隷になることを了承しているわけではないようだし。

 

 あと、言葉が通じない娘とするのってどうなんだろう。

 嫌がられても、お使いの翻訳機は絶対正常に動作しないだろうし。

 基本的に奴隷として売られた時点で覚悟完了しているだろうし、ただの仕事と言えばそれだけだが。

 

 そういうちょっとした未練は振り払って、アランの店に来た。

 アランはミリアを見てもなんら驚きもせず、「お待ちしておりました」とお辞儀してきた。

 そしてブラヒム語や行儀作法をある程度で良いので教えてもらいたいことを話す……ここまでは、さも予定調和です、という顔だな。

 

 だが、うちで出来上がった石鹸を渡して、「石鹸作りの製法を買ってほしい」という話を始めると、流石に顔色が変わった。

 渡したのはもちろん、最初に作ったコイチの実とシェルパウダーの石鹸だ。

 ハーブも何も入っていない、地味な褐色をした味も素っ気もないものだ。

 

「……石鹸、でございますか」

 

 石鹸を手元で弄りながら、アランが重々しく呻くように言った。

 ……むぅ、さすがにすぐに食いつくようなことはないか。

 いや、頼もしいと言うべきだろう。

 

「このベイルの、特に町の北側は水源の下流に当たり、時折流行病が蔓延するのです。

 石鹸を自給できるのであれば、非常に有益であると言えるでしょう」

 

 アランが何度か頷きながら、「ですが、何故(なにゆえ)当家に?」と冷徹な眼差しで言った。

 

「こちらとしても、偶然石鹸の作り方を聞いて、試してみたら上手くいったというだけで、販路などは持っていない。

 闇雲に売り出したところで、見咎められて潰されるのが落ちだろう」

 

 他に石鹸を作る労働力を持っていて、加えて自衛できる武力も持っているであろう存在。

 この国でそんな知り合いはアランくらいしかいない……と、この国の既得権益層から製法を盗み出したわけでもないことも言っておく。

 

「なるほど……見込んでいただいたのは恐縮ですが、軽々しく返事をするのも難しいですな」

「それと、もう1つ買ってほしいものがある、俺の生国でチョークと呼ばれていたものなのだが……セリー」

 

 セリーが頷くと、持ち込んだ小振りな黒板に文字を書いた。

 そしてそれをじっくり見せつけた後、毛糸の黒板消しで拭き取る。

 すると、ここまでポーカーフェイスだったアランが「ほう」と感嘆の声を漏らした。

 こっちの方が食いつきが良いように見えるのは、多分用途と製法が想像しやすいからだろう。

 

「名前に馴染みはないと思うので、適当な名前をつけてくれて構わない。

 この通り繰り返し文字が書けるので、読み書きの練習に最適だ。

 こちらなら十分に活かせるものと思う」

「……ええ、はい、素晴らしいものですな」

 

 アランはしきりに感心したように頷いた後、

 

「しかし対価の方は、そのミリアの教育だけだと?」

「加えて、石鹸とチョークの作り方も教えてあるカタリナを預けるので、彼女にバーナ語の教育を。

 それから、そちらの戦闘奴隷が迷宮で集めた品を、こちらに流してもらいたいのだ」

 

 この要求も予想外だったらしい。

 

「特にお求めのものがあるわけではなく、ドロップアイテムならなんでもよろしいのですか?」

「あれから鍛冶師の伝手ができたのでな、装備品が製造できる素材と、あとは食材も頼みたい。

 そちらの選り抜きの戦闘奴隷なら、それなりの階層まで上っているものと思うが……」

 

 聞いてみると、こちらが知らない迷宮の三十一階層で戦っているらしい。

 三十二階層まで行くと、魔物の数が最大6匹になる。

 ここの戦闘奴隷はアランの息子をパーティーに入れて、それ以外の5人で潜っているはずだから、三十一階層が限界なのだろう。

 

「パーティーメンバーの場所を息子に譲りましたが、今はモロクタウルスとボスタウルスと主に戦っているようですな」

「……バラ肉や酪を落とす魔物です」

「それは良いな、酪には目がなくて」

 

 横でそっと教えてくれるハンナに、あえて気楽な調子で答えるが……アランがセリーの顔をチラリと見た。

 セリーが鍛冶師になっていることを察したかな?

 

 まあ、鍛冶師になる方法を訊かれても、別に教えても良いような気がするが。

 レベル以外はそんなに特別な方法じゃないし、それで鍛冶師の存在がインフレするなんてことにはならないだろう。

 スキル合成の成功率が上がらないと、結局鍛冶師の奴隷が迫害される現状は変わらないだろうし。

 

「そういえば、コイチの実のふすまを使うし、できればソマーラの村のビッカーにも仕事を回してほしいものだ。

 ……この話を受けてくれるのならだが」

「……かしこまりました、2人は当家の客人としてお預かりいたしましょう」

 

 アランは微妙に言質を取らせない言い方をしつつ、しかしがっちりと握手をした。

 ま、実際に作ってみないとなんとも言えないだろうしな。

 

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