加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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奴隷を買う

 

   ベイル

   アランの館

 

「ミチオ様、お待ち申し上げておりました」

「ああ」

 

 ほとんど待たされることもなく、アランがやってきた。

 ニュータイプじゃないのに脳裏にロックオンアラートが鳴る。

 

「ところで先程売った、盗みを働いた元村人の件だが、盗んだのは盗賊のバンダナだった。

 仲間というわけではないようだが、盗賊にツテがあるのかもしれない」

「さようでございましたか」

 

 ビッカーがそうしたように世間話から。

 アランは「注意させていただきます」と言ったが、さほど感銘を受けたようには見えない。

 まあLv44だしな。

 

――コンコンッ

 

 後ろからノックの音がする、お茶だろうか、奴隷商は無反応なので、気にしないことにする。

 そういえば先程ビッカーは迷宮の話をしていたか。

 

「先ほど迷宮が出来たと言っていたが、場所はどちらに?」

「この町の西側、森に入ってすぐのところでございます」

 

 西というと、ソマーラの村から来た時とちょうど反た…――。

 

 

   ロクサーヌ

   <♀️・16歳>

   獣戦士:Lv6

 

 

 不意打ちだった、自分が〈鑑定〉を使ったことにすら気づかなかった。

 白いエプロン部分と広がったロングスカートが特徴の紺のワンピースは、豊満な身体を隠しきれていない。

 メイド服だ、この世界にもメイドがいるらしい。

 顔はものすごい美人だ、市で見かけたエルフらしき女、高慢な女騎士、どちらも美人だったが、頭一つ抜けている。

 鳶色(とびいろ)の瞳、陶器のような肌、栗色に輝く髪をフリルがついた頭巾でまとめている。

 生憎と、なんか高級な屋敷のドアノブに被さってそうなやつ、などという無粋な感想が浮かんでしまうのだが*1

 

「どうぞ」

 

 清らかな笑顔だ、ほっそりとした顎の下に、無骨な首輪――恐らくは奴隷の証――が覗いている。

 買えるというのか、この娘が。

 買えというのか、この娘を。

 

「ど、どうも」

 

 か、完全に殺しに来ている……使用人が来客に向ける笑顔じゃない、営業に来てる勧誘員のそれだ。

 彼女はしずしずと後ろの扉から戻っていった。

 前門の虎、後門の狼ではないか、ここは応接間じゃあない、殺し間だった……これでどうやって戦えばいいんだ?*2

 

「お気に召していただけたようで、何よりでございます」

「け、結構なお点前で」

 

 メイド――ロクサーヌが置いていったお茶を飲む……味がわからない。

 

「もちろん彼女のことでございます」

 

 包囲線に切れ目が見つからない、どうにかして一点突破を図らねばならぬ。

 大腿四頭筋(ロムヤ)よ、力を貸してくれ。

 

「す、素晴らしい女性だと思う。

 しかし、言い方が悪いかもしれないが、周りに見せびらかすための見栄えのよい奴隷を求めているわけではないのだが」

 

 ブラヒム語が喋れること……先程は挨拶だけ覚えたのかもしれない。

 読み書き計算ができること……でないと買い物もできない……俺が。

 迷宮に入り戦闘ができること……そんな要件を説明していく。

 

 ……よく考えたら、彼女はお茶を出しただけなので、既に語るに落ちている気がしないでもない。

 

「……なるほど、やはり彼女を引き合わせた判断は正しいものだったようです。

 彼女は既にブラヒム語の教育を終えておりますし、読み書き計算も充分にできます。

 そして〝獣戦士(じゅうせんし)〟……彼女は優れた狼人族(ろうにんぞく)のみが就ける戦いに秀でたジョブに、既に就いております」

 

 なんと……。

 言われてみれば歩く時に肩が動いておらず、重心移動も見事だった、武道をやっている人間の所作だったかもしれない。

 あんな美しい上に、昼も夜も戦えてしまうということだろうか、なんたる波状攻撃だ……反転しつつ上昇! 上下回避!

 

「特徴などは見ていただいたほうが早いでしょう」

「いや! まだ何も決めてなど――」

 

 アランが手を叩くと、先程の扉から、こちらは正しく使用人という態度の女性が現れた。

 支度をさせるように、という指示を受けて下がっていく。

 

「しかも、狼人族というのがまた、彼女をお薦めする理由でございます。

 狼人族は種族的な気質として、義理堅く、忍耐強く、従順で主によく仕えると言われています」

 

 アランは「無論、個人差はございますが」と予防線を張りつつも、自身の見立てに自信があるようだ。

 いわゆるステロタイプというやつだろうが、先入観が人格形成に影響することもあるから馬鹿にはできない。

 

「また、家族愛が強く仲間思いとも言われます。

 見たところ、ミチオ様は初めて奴隷を買われるご様子、その初めての奴隷にぴったりかと存じます*3

「な、なるほど、申し分ないようだ。

 しかし、そんな女性であればオークションに出した方が高値がつくのではないかな」

 

 年4回、季節の終わりにオークションが開かれるというのは、先程ロムヤ達から聞いていた。

 奴隷商と直接売買するのが怖いなら……ということだったな。

 確かに、オークションで値が釣り上がるのも怖いが、こうしてセールストークを聞かされると、どんどんその気になってくるのが怖いところだ。

 

 果たして、アランは苦笑して溜息を吐いた。

 

「……確かに仰るとおりでございます。

 彼女は当家で今お売りできる中でも一、二を争う美女でございます。

 聡明で性格も良く、その上処女で性奴隷になることも承知しておりますから、オークションに出せば目玉の一つになることは疑いようもありません。

 ……しかし、彼女に関しては『同族に売らないこと』というのが奴隷落ちした際の条件になっているのです」

 

 普通は逆ではないだろうかと思うが、間違いないという。

 

「彼女の家が、狼人族の中でも有力な()()家に睨まれたようでございまして、その家の者の手に落ちるようなことは避けたい、というのが親族からのたっての希望なのです」

 

 性奴隷になるというのは、その条件を呑む交換条件だそうだ。

 

「……無論、ご購入されたとしてお客様に累が及ぶようなことはございません。

 誰それに売った、などと言いふらすような不届きな真似をするようでは、この商売は成り立ちませぬ故」

「そうか……愛されているのだな」

 

 あの娘は16歳だったか、高卒で就職した時の俺より更に若いのか。

 親は、あるいは俺と同じくらいかもしれないな。

 娘を性奴隷として売り出すか……想像を絶するし、想像したくない。

 

 いつからだろうか。

 ……子供と喧嘩した、最近夜帰ってくるのが遅い、子供が学校をサボった、洗濯物を分けてくれと言われた。

 20代の頃は、そんなご家庭のトラブルを、子供側の目線で見上げていたように思う。

 いつの間にか、大人側の目線で捉えるようになった気がする、大人になった……いや、子供でなくなったのか。

 

(キャラクター再設定)

 

 

   キャラクター設定

 

   【ボーナススキル】

    買取価格30%上昇

    値引交渉30%値引

 

 

 その一方で彼女を購入しようと考えてもいる……度し難いな。

 

 いや、考えようだろう、狼人族と思しき人間(ヒト)はさっき市場でも見かけた。

 ここで奴隷商が狼人族以外に売ったとして、購入相手のパーティーメンバーには狼人族がいるかもしれない。

 金に困って、奴隷商を通さずに転売するということも有り得るだろう。

 俺なら狼人族の知り合いはいない……まあ、金に困らないと断言することもできないが。

 

 そこまで考えて、そもそも値段を聞いていないことに気づいた。

 

「そんな彼女ならば、高いのでは?」

「そうですね……」

 

 溜めるじゃん。

 

「……ズバリ、60万ナールほどが相場でございます。

 しかし……」

 

 ……アンタ、クイズ番組の司会になれるよ*4

 

「先ほどの衣装もおつけして、ここまでお薦めしたのですから、42万2800ナールでお譲りいたしましょう」

 

 この男は俺の財布を透視でもしているのではなかろうか。

 現在の所持金は、金貨だけで44万ナール、銀貨と銅貨も結構あったから、2800ナールはあるだろう。

 彼女を購入しても約2万ナール余る。

 

 2万ナール!

 

 ……どうなんだ!?

 宿屋の値段、食費、迷宮に入るのに金は掛かるのか? 予想される収入はどれほどだ? 銅の剣は1000ナール、鎧や靴もいるだろう、自分の分は最悪ボーナス装備があるが……。

 いっそ、素直に聞いてしまおうか、手持ちの情報だけで判断しようがない、時には開き直りも大切だ。

 

「正直なところ、手の届く金額ではある。しかし、軽々と動かせる金額でもない……単刀直入にお尋ねする。

 彼女は迷宮で戦えるということだが、彼女の扱える装備を整えるのに如何ほど必要か、彼女を戦力として数えた時、稼げる金額は如何ほどか。

 ……この辺りの相場には明るくないもので」

「さて……銅の剣のお値段は先程お話ししましたが……」

 

――コンコン

 

「失礼します」

 

 そこまで話したところでロクサーヌが入ってきた。

 着替えている! イヌミミと尻尾!?

 

「……ロクサーヌ、こちらのお客様はお前が迷宮で戦うための戦力となることを期待されている。

 得意な得物や、以前戦っていた階層など、お教えして差し上げなさい」

 

 言われると、無感情な目に凛々しい光が宿った気がした。

 

「はい、以前いたパーティーでは、六階層で戦っておりました。片手剣を使うのが得意です」

「片手剣……どんなものを使っていた?」

 

 銅の剣は両手で持つだろうしな、余程の力自慢ならともかく。

 そう訊くと、ロクサーヌが「ナイフやシミターを以前使っていました」と答えた。

 シミターは片刃の曲剣のことだったかな。

 

「六階層では1日でどれくらいの稼ぎになった?」

 

 私は新参でしたので……と言われた金額の多寡が今ひとつわからないが、とても多いとは言えなさそうだ。

 と思ったのが表情に出ていたのか、

 

「し、しかし、私は狼人族の中でも鼻が利きます! 敵を探すこともできます!」

 

 これは、買われることに乗り気……なのだろうか?

 迷宮に入りたいということだろうか、まあ性奴隷として飼われるよりは、そうか。

 

「おお、私としたことが申し上げることを忘れておりましたな。

 狼人族は嗅覚が鋭く、中には索敵に秀でた者もいるようでございます。

 ……いかがでしょう、先ほどお引き取りした盗賊のバンダナのように、様々な事情で引き取った装備は他にもございます。

 先ほどの侍女服ではなく、最低限一通りの装備を揃えてお渡しする、ということも可能ですが」

「……なるほど……それは……ありがたい」

 

 はあ? メイド服とか絶対強防具であるべきだろうそうすべき。

 

 という思いを噛み殺す……殺すとき……殺せば……殺した。

 戦闘(バトル)メイドなんて幻想だよ、わかってるよ、でも幻想を追い求めるんだよ、わかれよ。

 

「迷宮での稼ぎは結局のところパーティーの才覚次第ではありますが……盗賊や地上の魔物を一太刀で屠ったと聞きました。

 堅実に戦えば、稼ぎに困るということはありますまい」

「それは……素晴らしいです、ご主人様」

 

 待って、まだ買うって言ってないの。

 

「ロクサーヌ、このミチオ様には、お前を狼人族に売らないことという事情もお話ししたのだが、値引などは一切求めなかった。

 その姿勢に、私も非常に感服したものだ」

「なんと……ありがとうございます」

 

 コンビ打ちやめろ……いや今のハメでしょ? 俺のシマじゃ今のノーカンだから*5

 ロクサーヌはなぜか涙ぐんでいる、女の涙を信じるほど純情ではないが、ないが!

 

「わかった……彼女を購入しよう」

 

――残金約2万ナール!

*1
ドアノブカバーのことおぜうさまって呼ぶのやめなよ。

*2
説明しよう! ぼっちでも現役学生だった原作道夫君と違い、在宅勤務続きで対人経験にブランクがある道夫さんは若い娘に対する免疫力が衰えているのだ!

*3
原作とセールスポイントが異なる点に関しては、あとがきにて補足。

*4
かつて2000年4月20日から2007年3月29日まで地上波放送され、答えを告げるまでの独特の溜めによる演出――司会者の名前から通称『みの溜め』と言われた――で人気を博したクイズ番組があり、当時の道夫少年も視聴していた。

*5
結局のところ、やり手の商人の前で購入の意志と予算を明かした時点で勝ち目などないのだ。




 狼人族の気質について、原作で特にこういった記述はありませんが、猫獣人(ミリア)に対して、番になってもべったりしない、という記述があることから、元となる動物の気質に影響されている、もしくはそういうステロタイプが浸透していると思いこのような記載としました。

 そして、アランのセールストークで、原作では狼人族が老化が遅く見える(=若く美しい期間が長い)ことをアピールしていましたが、本作ではこうした気質を売り文句したのは、ロクサーヌと同年代の道夫君と、年の差がある道夫さんに対してでセールスポイントが変わると思ったからです。
 アラフォーの客に20年後、30年後も若々しいままですよ、といっても「いやその頃にはさすがにもうジジイだし……」ってなりかねませんからね。
 もちろん、アランもプロですから、どんな種族の奴隷でもそれなりの売り文句を考えたでしょう。
 (上述の猫獣人(ミリア)なら「あまりベタベタする種族じゃないので手間が掛かりませんよ」とか)

 また、本作ではアランはロクサーヌの狼人族の中でも嗅覚能力が特に秀でていることを話半分に聞いていて、「狼人族が嗅覚が鋭く、中には索敵に秀でた者もいるようでございます」と一般論でお茶を濁しています。(虚偽広告にならないためですね)
 原作でも恐らく同様だったのではないでしょうか、正確なところを知っていたらもっとふっかけていたか、手元で戦闘奴隷として育成したんじゃないかと。
 就活の自己アピールを鵜呑みにする人事担当なんてまあいないでしょうし、奴隷だともっと必死に自分を売り込むでしょうからね。
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