クーラタルの街
道夫の家
翌朝、5日に1回開かれるベイルの市が立つ様子を少し冷やかしてから家に帰った。
ベイルとクーラタルに多少時差があって、東にあるベイルの方が少し早い。
向こうを夜明けに出ると、こっちは夜明け前だからな。
よく気がついてくれるロクサーヌに感謝だ。
『おかえりなさいませ、御主人様』
突然居間に現れた俺達に、ハンナとカタリナはビシリと決まった外出着姿でお辞儀をした。
装身具で片目を隠しているが、もう片方の目元に化粧の跡がある。
徹夜明けかもしれないな。
「ああ、ただいま」
「昨日は醜態を晒してしまい、誠に申し訳ありませんでした。
亭主の仇を討ってくださったこと、感謝の念に堪えません」
2人はまた声を揃えて、『ありがとうございました』とお辞儀した。
「まあ、偶然遭遇しただけだし、シモンを討ったのはロクサーヌだ」
「いえ、私は、セリーのおかげでもありますし」
「いいえ、ご主人様の指示通りにしただけですから」
わちゃわちゃだ。
もう一度、前にハンナとセリーに訊いた鍛冶師の詐欺師の話のお陰で機転が利いたという話をすると、ハンナが顔を綻ばせた。
「昨日お預かりしたものについてのご報告です。
こちらの指輪ですが、手前共の物ではありません」
そうだったのか。
とすると、結局遺品のようなものは取り戻すことができなかったということになるか。
「セリーによると、この決意の指輪は伝世品らしいのだが」
「……はい、手前もそう思います。
そして、あの
少し長くなるというので、カタリナが香茶を用意してくれた。
テーブルに座って話を聞く。
商人であった頃のハンナ達は、ハルツ公と同じエルフの諸侯であるセルマー伯の領地で商人として活動していた。
セルマー伯の領地では迷宮討伐が順調とは言えず、そうなると素材が手に入らなくなるから商人や鍛冶師が逃げ出して装備のグレードが下がって、更に迷宮討伐が滞るという負のスパイラルに陥っていたそうだ。
その状況を打破するために他所の商人に声をかけていて、手を挙げたのがハンナの旦那だったというわけだ。
そして現地で腰を落ち着けて間もない頃に、兇賊のハインツと狂犬のシモンが率いる盗賊達に狙われた。
頭目のハインツはエルフだったから、エルフの領地はむしろハンナ達より勝手知ったるホームグラウンドだったのかもしれないな。
「これは噂でございますが、セルマー伯の下に兇賊のハインツが宝物を盗みに入ったのだそうでございます」
「それがこれだと?」
そこまでは、とハンナは首を振った。
「ですが、ルーク殿であればご存知であると思います。
その宝物というのは、ハルツ公の夫人であられるカシア様を娶るため、ハルツ公が贈った結納品であるという噂ですから」
「公爵の御用商人であるルーク殿なら知っているはず、と」
「ルーク殿は先代の頃から、ハルツ公と親交がありますので……」
ハンナが少し遠い目をした。
もしかすると、ハンナの旦那はルークに対する対抗意識のようなものがあって、セルマー伯の話に乗ったのかもしれないな。
「ところで御主人様、こちらのインテリジェンスカードは如何なさるおつもりでしょうか?」
「それはまあ、公爵の依頼で入った迷宮で討伐した盗賊だからな、公爵に届けるのが筋だろう」
公爵の功績ポイントも欲しいし、そう遠くないうちに冒険者にもなれるはずだ。
そんな風に高を括っていると、今度はセリーが言い辛そうに口を開いた。
「……すみません、ご主人様。
遮蔽セメントで探索者を罠に嵌めるような大掛かりな仕掛けですから、そのうちあそこに盗賊がいたことは露見するかと」
「……その通りだな」
これってもしかしなくても、ターレの迷宮で階層突破だとか言ってる場合じゃないな?
適当な理由をでっち上げて探索者に戻ったことにして、さっさとインテリジェンスカードを届け出る必要があるな。
その場合、短期間で探索者と冒険者を反復横跳びしてたらさすがに怪しまれるだろうから、ハルツ公領の迷宮にはしばらく近寄れないことになるか。
ああ……入口の探索者にこまめに挨拶なんかするから、却って面倒なことになってしまった。
探索者に戻った理由としばらく迷宮探索をサボる理由を考えていると、ハンナが「そこで、この決意の指輪でございます」と言った。
「こちらが確かにハルツ公の結納品であり、セルマー伯の下から盗まれたものであれば、セルマー伯にとって――いえエルフ全体にとっての醜聞となるものです。
人目を憚って、公爵閣下に直接お目通りしてお届けになられても、感謝されこそすれ改めて誰何されるようなことにはならないでしょう」
「おおっ、なるほど」
公爵にこっそり会いに行って、それでも職質されたら探索者に戻ったことにすれば良いか。
そもそも、あの公爵ならそんなことにはならないって気がするしな。
「では、早速ルーク殿に鑑定してもらうとしようか。
昨日の今日だが、ハンナは大丈夫か?」
「はい、もちろんでございます」
だがこういう話だからな、ぞろぞろと大人数で行くような真似はしないほうが良いだろう。
となると、
「……ロクサーヌ達は、また図書館にでも行くか?」
「えっと、よろしいのでしょうか?」
「話が長くなるかもしれないし、場合によってはそのままボーデに行くかもしれんからな」
セリーの目が輝いている。
ミリアはピンと来てないようだな、まあロクサーヌとカタリナが居るから……いや、図書館って感じのキャラじゃなさそうな。
「まあ、図書館が気が進まなければ、帝都で買い物でもして羽を伸ばしてくるのも良いだろう」
「ご主人様の服も買い求めませんと……」
「ああ、それもあったか、ロクサーヌ達の服も買わなければ。
よし、服を買いに行くのは明日にしよう」
それに、連続魔ができるようになってから効率爆上がりなのは良いが、働きすぎだ。
なんで遊び人になってから仕事熱心になってるんだ。
「明日も休みにするが、それはそれとして今後は1と6が付く日は基本的に休日にする。
買い物をするなり、図書館に行くなり、自由にして良い日だ。
ちゃんと給料も払うぞ、みんなよくやってくれているからな」
こういうのはロクサーヌ達の意見を聞くと絶対遠慮するから、一気に畳み掛けてしまう。
とりあえず、1日銀貨1枚、休日の度に500ナールくらい渡せば良いか。
前の休日から結構経っているから、今日は1人銀貨10枚にしよう。
ミリアの分は……まあ寸志ってことで半分渡せば良いか、俺も新入社員の頃貰ったし。
で、その分一番奴隷のロクサーヌに上乗せするとしよう。
図書館の入館料の4万ナールと一緒に、戸惑っているロクサーヌに押し付ける。
「そうだ、セリーにはちょっと調べてほしいことがあった。
ギルド神殿はジョブ毎にあるんだよな? 村人のギルド神殿というのはないのか?」
「村人の? いえ、そもそも村人というジョブはないというか、何のジョブに就いていないのが村人ですから……」
……なるほど、俺はジョブ設定画面とか見ているからジョブとして認識しているが、この世界的には違うのか。
ロムヤが冒険者から村人に戻った時も、冒険者のギルド神殿を使ったのだろうし。
「うーん……俺が知りたいのは、村人を固定できるかどうかだ。
金物屋の亭主とか外構工事業者とか、高レベルの村人は結構居るからな。
彼らが固定すれば良い伝世品が出てくるんじゃないかと思ったんだが……」
固定で出てくる装備がボーナス装備と同じなら、Lv64以上の人間が固定すれば確率次第でデュランダルが出てくるはずだ……超々々々々低確率だろうが。
そこまでの高レベルじゃなくても、それなりの村人は沢山いる。
デュランダル級じゃなくても、伝世品が市場に出てくれば買い求めることもできるだろう。
そこにはまだ知られていないスキルが付いている装備も含まれているかもしれない。
「なるほど、調べてみます」
「ああ、頼んだぞ」
クーラタルの街
商人ギルド
ハンナと共に商人ギルドに行き、ルークに面会を申し込んだ。
ルークは忙しそうにしていたが、事情を話すと予定をキャンセルして時間を取ってくれた。
「我は尋ね力を見る、守りの魂立ち出でよ、防具鑑定。
……こちらの品は、決意の指輪に間違いありません」
ルークが重々しく頷いて言った。
「そして兇賊のハインツと狂犬のシモン、そう名乗る盗賊が所持していたのであれば、この決意の指輪はハルツ公からセルマー伯に贈られた結納品に間違いないでしょう」
と、もう一度頷いた。
「奴らは音に聞こえた大盗賊。
それを討伐されるとは、御見逸れ致しました」
「いや、まあ偶然だがな」
それにしても、ハンナの言う通りだったか。
それではこのままボーデに行くか、とハンナと相談しようとした時、
――コンコンッ
忙しない感じのノックの音がした。
ルークがこちらを見たので頷きを返す。
「どうぞ」
「失礼します、ハンナ様に緊急の手紙が届いております」
入ってきたのはギルドの受付にいた若者だった。
それにしてもハンナに? 内心戸惑っていると、ルークが「気が利かぬ」と吐き捨てた。
足が悪いんだから手紙を持ってこいよ、ということか。
わからんでもないが、パワハラやめーや。
「申し訳ありません、御主人様、ルーク殿。
確認して参ります」
「ああ」
首を竦める若者を伴って、ハンナが部屋を出て行った。
……
だが、訊きたいこともあるから良い機会でもある。
「ルーク殿」「ミチオ様」
……こんな時に限って言葉がコリジョンした。
更に気まずくなる。
「どうやら祖霊の囁きが聞こえたようです。
ミチオ様の話をお聞かせ下さい」
……何、その……何? なんだかお洒落というか雅な言い回しをされた。
なんとなく敗北感を覚える、人間力的な意味で。
「あー……、では単刀直入に訊かせてもらおう。
ルーク殿は随分とハンナとカタリナに目を掛けているようだが、何故彼女達を保護しなかったのだ?」
公爵家の御用商人をやっているような商人なら、それくらいの経済的ゆとりはあるはずだ。
そう問い質すと、ルークは痛みを堪えるような表情になった。
「……一般論としては、盗賊に装備品を奪われるような商人は爪弾きにされます。
武器商人にせよ防具商人にせよ、探索者として自身も戦えなければなりませんから、盗賊風情の餌食になるようでは……と。
ですから、表立って助けられないという部分はございます」
……ふーむ、俺はハンナ達のことを知っているから、同情的になってしまう。
だがどうだろう、例えばセルマー伯を日本の地方自治体の首長に置き換えた時、ハンナ達は地方自治体の公共事業に入札した事業者のような立場と言える。
建設会社が重機が奪われて、その重機が利用された強盗事件が発生したりとか。
IT企業がセキュリティホールを作って、大規模な個人情報漏洩が発生したりとか。
そんな報道を耳にしたら、その会社はどんな管理をしてたんだ、と苦々しく思ったかもしれない。
そして報道なら、
「それはわからんでもないが……一般論というと?」
「その前にお訊ねさせて下さい。
ミチオ様はハンナ達とセルマー伯の事情についてはご存知なのでしょうか?」
「ああ……といっても、今朝聞いたばかりだが」
ハンナから聞いた話のあらましをすると、ルークが何度か頷いた後、
「付け加えますと、セルマー伯が先輩――ハンナ殿の夫に不快感を表明したということもあります。
他所から来てそれでは、むざむざ盗賊に装備を流したようなものであると」
「なんとまあ……セルマー伯の方から呼んだのではなかったのか?」
「……まあ、御用商人になることは商人の側にも大きな利益になることでございますから」
騎士団を抱える諸侯の御用商人になることは、装備商人にとって言うなれば〝上がり〟の1つだそうだ。
騎士団が討伐する魔物の素材をギルドを通さずに直接買い取り、お抱えの鍛冶師に装備を作らせて騎士団や他の商人に売る。
町の武器屋防具屋なんか目じゃない稼ぎなのだろう、というのは想像に難くない。
「先輩はその魅力に抗えなかったのでしょう」
ルークが俯いて首を振った。
怜悧な印象のルークが、人間味のある……というのも失礼だが、不意に出てきた気安い呼びかけが、なんとも心に響く。
「……失礼致しました。
当家は父の代の頃より、ハルツ公閣下からの御用を仰せつかっております。
無論、公爵家ほどの大貴族ですから、数ある御用商人の1人に過ぎませんが」
ハルツ公とセルマー伯は当主同士は不仲で有名だが、先代の頃は隣同士昵懇の付き合いをしていた。
ルークの父や年寄連中はそのことが頭にあるから、セルマー伯が不快感を持つ相手を保護することは許されなかった。
曰く、人間族に数で負けている亜人や獣人は内部の結束が強い。
曰く、当主同士の折り合いが悪かったとしても、貴族は家と家の付き合いである。
曰く、当代が不仲でも次代もそうだとは限らない。
……まあ、納得はできるな。
「手前としては、セルマー伯は人間族の商人に声を掛けるくらいだからハルツ公との仲も冷え切っている、そのように判断していたのですが……」
そんな言い訳めいた言い方を恥じたのか、ルークが薄く笑みを浮かべた、
笑みというには苦みが強すぎるが。
なんとなく目を逸らしてしまう。
……なるほど、先代は仲が良かったのか。
いや、そりゃそうか、結婚しているのだし。
「その辺りの事情は、ハンナも知っているのかな?」
「わかりません」
いっそ清々しい回答が返ってきて、ちょっと目を剥いてしまう。
盗賊に襲われた後、ルークは2回見舞ったことがあるが、どちらの時も殆ど意識がない状態だった。
亭主が力尽きた後は店の者も殆ど離散していたはずで、ルークも足止めをくらっていた。
どれくらいの事情を知っているのか、そもそもその後どうなったかもルークは知らなかったという。
だが、そのハンナがある日、クーラタルの商人ギルドに顔を出した。
「てっきり薄情者と罵られるかと思いましたが、とはいえこちらから確認するわけにも……」
と、実のところ恐々としていたらしい。
さっき俺に話しかけようとしたのも、ハンナがいない隙に思い切って俺に話を訊こうとしていたのだそうだ。
「お互い同じようなことを考えていたわけだな」
「仰る通りで」
ルークは肩を竦めて笑みを浮かべた。
思わず俺も笑ってしまう。
――コン コン
今度は落ち着いたノックの音がして、「失礼致します、御主人様」とハンナが入ってきた。
こっちの雰囲気がいつもと違うことがわかったのか、小首を傾げている。
ルークが気を利かせて席を外そうとしたが、ハンナが呼び止めた。
「ハルツ公の騎士団からの緊急の連絡でございました。
〝すぐに来てほしい〟と」
言った後、「鏡についてのご連絡も来ておりましたが、こちらは後でもよろしいかと思います」と小声で付け加えた。
「公爵からの、と思って良いだろうか。
……これはもしかして」
「もしかするやもしれませんね」
ハンナが同意し、ルークも頷いた。
3人分の視線が決意の指輪とインテリジェンスカードに集中する。
迷宮の一角にあんな大掛かりなデストラップを仕掛けるような盗賊だ。
多分活動はもっと早かっただろうし、存在が露見して手配されてもおかしくないだろう。
俺を呼びつけて、〝気をつけろ〟と警告してくれるつもりか、〝ついでに掃除しといて〟と依頼するつもりかは知らんが。
「では、このままボーデに行くとするか。
決意の指輪をルーク殿に鑑定してもらったことは、言ってしまっても良いかな?」
「はい、もちろんでございます。
よろしければ、私も同道致しましょうか?」
ルークは快く申し出てくれたが……すまん、1人で行きたい。
一応念の為、宮城まで歩いて行くつもりだからだ。
「あー……ということは、ルーク殿はこの後の予定は良いのかな?」
「はい、問題ありませんが」
そういやさっき、予定をキャンセルしたって言ってたな。
「であればだ、ハンナと商談を詰めてほしいのだ。
実はベイルの方から来た旅人から石鹸の製法を教えてもらってな。
ハンナとカタリナに試してもらったところ、上手い具合に作れたのだ」
「なんと、石鹸でございますか」
「そういうことでな……ハンナ、後は任せるぞ」
慌ただしく立ち上がる。
「はい、お任せ下さい」
嬉しそうなハンナの声に見送られて、部屋を出た。
ボーデ 宮城
ロビー
宮城に歩いて入り、手近な騎士団員にさっきの書状片手に公爵かゴスラー殿との面会を申し込むと、「執務室にどうぞ」と言われた。
案の定身元証明も求められなかった、形としては向こうに呼ばれて来たのだしな。
それどころか案内も付かなかった、ご自由にどうぞって感じだ。
えぇ……まあ良いけどさ。
私は呼ばれて来たんですよ、とアピールするために書状を手にしながら、執務室に歩く。
……マジで誰にも呼び止められないでやんの。
ハインツの話を聞いた後だから、こんな不用心でどうすんのと不安になる。
――コン コン
「入れ」
ゴスラーの声だ。
……言われたんだから入るけどさ。
「失礼します、ミチオです。
お呼びだと聞きましたが」
「おおっ、早かったの、ミチオ殿。
呼び立ててすまんな、よく参られた」
公爵がいきなり話を始めようとすると、ゴスラーが「まずはお座りください」と声をかけてくれた。
……やっぱりこの人、ただのせっかちな人っぽいな?
そして腰を落ち着けるやいなや、「実は困ったことになっての」と切り出された。
「困ったことと言われると?」
問い返すと、ゴスラーが正面に座って、
「兇賊のハインツという賊をご存知ですか?」
やはりこの話だったか。
俺は「はい」としっかり頷く。
「実はその賊ですが、昨日ハルバーの迷宮十二階層で遭遇しました。
なんとか撃退したのですが、少々気になる代物を所持しておりまして……」
「なんと!?」
驚く公爵達をよそに、〈アイテムボックス操作〉の詠唱を行う。
そしてインテリジェンスカードと決意の指輪をテーブルの上に乗せた。
それを見てまた、「これは!?」と驚いている。
「この指輪ですが、さぞ名のある品であると思いクーラタルの防具商人ルークに鑑定を依頼したところ、決意の指輪という品のようです。
ルークが言うには、これはハルツ公からセルマー伯に贈られた結納品に違いないと。
丁度どうしたものかと話し合っていたところで、こちらからの連絡を受けたというわけでして」
「おおっ! さすがはミチオ殿、余が見込んだだけのことはある。
……うむ、確かにこの指輪じゃ」
大喜びの公爵は大声で「カシアを呼べ」と言った。
嫁さんの実家のことだからな。
大丈夫だ色魔は外している、感受性を殺す準備は万全だ。
「閣下、インテリジェンスカードの照会を致しませんと」
「そうであったな。
すまぬがミチオ殿、余の騎士団のギルド神殿の場所まで付いてきてくれ」
公爵はさっさか歩き出した。
うん、もう慣れた。
そして俺より慣れているゴスラーが「指輪もお持ちになって下さい」と言うと、テーブルの上に置いていかれたインテリジェンスカートをささっと手に取り、「カシア様をギルド神殿の部屋に」と外にいた騎士団員に伝えていた。
……あんたも大変だね。
そして移動した部屋で、お付きの騎士がギルド神殿に1枚ずつカードを載せて何か操作している。
インテリジェンスカードの照会もやってくれるのか、ギルド神殿さん多機能すぎんか?
「ハインツ、ジョブは兇賊です」
騎士がその照会結果を読み上げると、公爵達が唸った。
「ハインツは本当に兇賊のジョブになっておりましたか」
「むぅ、真であったか」
兇賊になっているかどうかすらも定かではなかったのか。
まあそれもそうか、騎士に捕まりでもしないと、〈インテリジェンスカード操作〉は使えないだろうからな。
……ん? そういえばどうやって兇賊になったんだろうな?
まさか兇賊のギルド神殿なんてのがあるのだろうか。
そんなことを考えていると、丁度ゴスラーが疑問を解消してくれた。
「ハインツはエレーヌの神殿で兇賊のジョブに就いたというのが売りの男でした。
噂では担当した神官は殺されたとか……まあ、醜聞の類ですから、それも定かではありませんが」
なるほどギルド神殿とは別に、エレーヌの神殿というのがあるのか。
多分初めはそこで誰かが未知のジョブに就いて、既知のジョブになったらそのジョブのギルド神殿が作られる。
そんな感じで色んなジョブになる条件が解き明かされていったのだろうな。
……時に魔道士Lv61のゴスラー殿はその神殿に行くご予定はありませんです?
魔道士の上のジョブの必要レベルが知りたいなって。
「シモン、ジョブは海賊です」
それが読み上げられると、また唸り声が上がった。
「ハインツもそうですが、第一の手下のシモンという海賊も恐ろしい程の片手剣の使い手と聞いております。
ミチオ殿のパーティーはご無事でしたか?」
「はい、うちのパーティーにも、かなりの使い手の狼人族がおりますから、なんとか」
一度顔合わせしているゴスラーが「あの女性ですな」と感心顔で頷く。
公爵が興味深そうに「ほぅ」と呟いた。
「ミチオ殿は後進を育成していると思ったのだが、そんな手練れの
「いえ、その、先日やっとパーティメンバーが4人になったくらいですし、まだ若い者たちですから」
「それは将来有望だのう、今度是非――」
というところで、「お呼びになられましたでしょうか」と部屋の外から声が掛かった。
良かった、これで話が逸らせる。
俺をしつこく騎士団に誘うくらいだし、公爵は人材蒐集家っぽいからな。
ロクサーヌ達を勧誘されたら困ってしまう。
「カシアか、入れ」
「はい」
……良かった、今日は肌の露出が殆どない。
公爵夫人は水色のドレス――多分ゴシックドレスというやつに身を包んでいた。
服が喋っている、そう思おう。
「カシアよ、喜べ、ミチオ殿がハインツの一味を成敗してくれた。
決意の指輪も、この通り取り戻してくれたぞ」
と言う公爵ではなく、ゴスラーが決意の指輪を取り出して見せた。
「まあ」
服の上からそんな声がしたので頭を下げてやり過ごす。
「ありがとうございます、ハインツが跋扈していたのはわたくしの実家であるセルマー伯の領内です。
わたくしの知り合いもハインツに殺されました。
ミチオ様はわたくしにとっても仇をとってくれたことになります」
「いえいえ、とんでもない、ありがたい言葉です」
服の上から、艶のある綺麗な金髪がざっくりと流れ落ちた。
いかんいかん。
「こちらの領内に入ったのではないかと聞いて心配しておりました。
これで領民も安心できるでしょう……どうか頭をお上げ下さい」
「お役に立てることができて光栄です」
頭を上げてと言われたので、その通りにして公爵達の方を向く。
……ふぅ、危なかった。
「閣下、こちらが賞金です」
騎士がまた機械を操作すると、ギルド神殿から硬貨が出てきた。
金庫にもなるのか。
「ふむ、金貨にして100枚近くはあるの*1」
「ハインツとシモンはセルマー伯領で散々暴れまわっておりましたから」
カシアが悲しそうな声で言った。
公爵が懸賞金を俺に手渡してくれた。
……カシアの知り合いが殺された分だけ額が上がっていると思うと、なんともはや。
それにしても、カシアの言い方だと賞金を懸けたのはセルマー伯ということになる。
つまりギルド神殿さんは金庫どころか銀行機能まであるということか。
……デュランダルの制限解除のためにギルド神殿を使い捨てにするのって、バレたらとんでもないことになりそうだ。
「悪辣で狡猾な連中と有名であったからの。
ミチオ殿だから言うが、帝府に掛け合ってインテリジェンスカードをチェックしないよう、特例を認める必要があると思っておった」
「なるほど、そんなことも出来るのですか」
「まあ、頭の固い連中だからの、簡単にとはいかぬ。
無論手ずから討ち取ってやりたいとは思うが、盗賊は盗賊に取り締まらせるのが一番手っ取り早いというのも確かだ」
なるほど、盗賊落ちした者が仲間のインテリジェンスカードを差し出しても捕まるだけだが、そうした特例があると話が変わる。
普段はこわーい盗賊団の頭目が、手下から見て獲物に早変わりするわけだ。
……割とえげつないことを考える公爵だな、合理的ではあるんだろうが。
「ともあれそんな手間も掛ける必要もなくなった。
改めて言うがミチオ殿、今回の件では本当に世話になった」
公爵達が頭を下げてきた。
……もう一声、エリクシールって言ってくれんものか。
「そしてハインツが持っていたこの指輪だが、是非余が買い取りたいのだが、どうだ?」
公爵の話によると、5代前の先祖が固定の時にいただいたものだそうだ。
元々そんなことだろうと思っていたから、大人しく頷く。
代金は……エリ……エリ……。
「申し訳ありません、ミチオ殿を疑うわけではありませんが、一度盗人の手に渡ったものです。
一度こちらでお預かりし、防具商人に鑑定をさせていただきたいのですが」
ゴスラーがデカい身体を小さく畳んで言った。
……確かに、鑑定結果も俺が伝えたものだし、当然の申し出と言えるだろう。
公爵達目線、俺がルークに騙されている可能性だって考慮しないといけないだろうしな。
「はい、当然のことと思います」
ホッと息を吐くゴスラーに決意の指輪を渡すと、また「ありがとうございます」と言われた。
だから……エリ……エリク……。
「ミチオ殿をセルマー伯の所へ連れて行きたいと思うが、カシアはどう思う?」
「はい、もちろんセルマー伯からも感謝の言葉があってしかるべきでしょう」
……ああ、また話が変な方向に。
「その……閣下、それはどうか無用に願いたく」
俺がおずおずとそう言うと、
「ミチオ様はあの賊を倒されたのです。
セルマー伯にも感謝を表明する機会を与えていただければと思います」
とカシアに縋り付くような口調で言われた。
縋りたいのはこっちなんだが。
「閣下、先ほどの照会結果を見た通り、14人の一味のうち、探索者は2人だけでした」
昨日ロクサーヌ達にしたのと同じ話をする。
探索者の数からすると、盗賊団の一味はまだ他にもいるという疑念だ。
ターレの迷宮の盗賊の分一緒に渡しているから数は変わっているが、話の整合性は問題ない。
「以前お話ししたように、私の家には身体を悪くしている者がおります。
私が探索に出ている間に、その者が狙われるような真似は避けたいのです」
「ふぅむ、とはいえ残った者たちに大したことができるとも思えんが、そういうことであれば騎士団には箝口令を敷く。
セルマー伯に会うだけだ、であれば問題ないのではないか?」
いや、そっちもそっちで問題なんだが。
……いいや、言ってしまうか。
上手く同情を引ければ、エリクシールも近づくかもしれん。
「そのセルマー伯も問題でして、実はその身体を悪くしている者は……」
と、今朝ハンナに訊いた話をした。
いくら自助努力が重要とは言っても、貴族が取り締まれないような盗賊から身を守れなかったことで責められても理不尽という他ない。
セルマー伯とやらのことは知らんが、領内で上手く行かない鬱憤を余所者のハンナ達に押し付けたんじゃないかという疑念を持ってしまう。
……どう考えても恨まれるよな。
この場合、正当な怒りか逆恨みかは問題ではない。
恨まれるということが問題なのだ。
「なんと!? 彼奴め、そのようなつまらぬ真似を」
「叔父上……」
カシアが項垂れると、また美しい金髪が流れ落ちる。
……どうにもやりにくい。
「しかし……うぅむ、そういうことであれば、尚更セルマー伯のもとに顔を見せた方が良かろう」
「と言いますと?」
「ギルド神殿から懸賞金を引き出した以上、余の領内でハインツとシモンが討伐されたことはわかってしまうのでな」
公爵の言い分はこうだ。
ハルツ公領で討伐されたことがわかったら、当然誰が討伐したのかをセルマー伯は調べようとするだろう。
そしてセルマー伯領はハルツ公領の隣にある。
公爵夫妻以外にも地縁血縁は密接に絡みついているし、そもそも同じエルフだ。
騎士団で討伐されたのではなく、外部の人間が討伐したということもわかってしまうだろう。
「無論、余の目が黒いうちは間違ってもセルマー伯に小癪な真似はさせぬ。
だが、隠すようなことをすれば、却って伯の興味を引くことになるであろう。
正面から堂々と釘を刺せば、伯も滅多なことは出来ぬと思う」
誰が討伐したのか隠すようなことをすれば、実力で倒したのではなく何か計略を用いたのではと思われかねない。
さっき公爵が言ったように、懸賞金を餌に盗賊同士を仲間割れさせたんじゃないか、とかだろうな。
帝府とやらの許可を得ずにそんなことをしたとすれば、それを暴ければ公爵側の失点になる。
粗探ししようとするのは納得だ。
だが、堂々としていればハインツやシモンを正面から倒せるような実力者だと思われて、ちょっかいを掛けられることもなくなる。
……うーん、一理あるような……うーん。
ところでプランBがある。
エリクシールをくれたら身体の悪い者がいなくなるんだ。
……まあその場合、俺はバックレると思うけども。
「実のところ、ミチオ殿の申し出はこちらとしてもありがたいことでもあるのだ。
我らエルフの中から、迷宮討伐が滞るのみならず盗賊
俺がルークに鑑定を頼んだことではなく、ルークが決意の指輪を盗まれた結納品だと知っていたことが問題なのだと公爵が説明した。
盗賊に宝を盗まれたことを隠し通す事は難しいが、それが既に市井にまで広まっているというのは由々しき事態だと言うわけだ。
ただの噂と、現物を実際に手にして〈防具鑑定〉したというのでは大違いだ。
もしかして、ルークに鑑定させたのはハンナなりの復讐だったりするのか?
……まあ、聞かぬが花ってやつかな。
「クーラタルのルークは、先代の頃より当家と付き合いのある商人です。
仲買人としては信用できる者と思っておりますが……ミチオ殿はルークとは長いのですか?」
ゴスラーが探るような目で訊いてきた。
「いえ、それほどでは……しかし、被害に遭った者とルークは同郷で懇意にしていたそうです。
それで調べたのかもしれません」
「なるほど、そういうことでしたか」
公爵とゴスラーが目を合わせると、ゴスラーがしっかり頷いた。
ルークに口止めをしようと言うのだろう。
……口封じでないことを祈る。
「そういう次第でな、セルマー伯としてもこの件は広めたくないことであることは間違いない。
いっそ広言しないでやるから感謝しろ、くらいの事を言ってしまっても良いのではないかな」
話が有耶無耶になるかと思ったのに、公爵は強引だ。
ゴリ押し公爵め。
「……はっ、そういうことであれば」
根負けして頷くと、公爵がホッと息を吐いた。
その後公爵とゴスラーが話して、3日後までに日取りを決めるということになった。
だから3日後にまた宮城に来てほしいとのことだ。
悄然としていたカシアが、その辺りの根回しは行うという。
「……あの、あなた」
思い詰めた表情のカシアが公爵に縋りついた。
縋られた公爵も小さく頷く。
これは……エリク……エリクシ……?
「ミチオ殿、その商人がミチオ殿の
決して悪いようにはせぬ、きっとミチオ殿の助けになれると思うゆえに、な」
ゴスラーを横目で見ると、少し申し訳なさそうに頷かれた。
俺がエリクシールを欲しがっているという話は、ちゃんとしてくれていたようだ。
この調子だと、公爵クラスでも自由にすることができないくらいエリクシールは貴重なのだろうか。
とはいえ、五十六階層まで取りに行くことを考えれば、三十四階層なら随分現実的だろう。
セルマー伯領ではシモンの方が大きく暴れまわっていたようで、原作での賞金額は不明ですが本作では50万ナールとします。
ここで本章区切らせていただきます。
次章投稿予定は未定ですが、積みゲーも溜まっている上に他に色々都合もあるので遅くなると思います。
本章では沢山の感想、ここすき、推薦もいただきました。
ありがとうございました。