加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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書き上げるのに非常に時間が掛かってしまいました。
本日より章完結するまで毎日投稿します。

時間が空いてしまったので、前章振り返りの内容を多くしています。
そのため本日は昼にもう一度投稿します。


ベスタ&ルティナ
プロローグ


 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 ボーデの城で、兇賊のハインツと狂犬のシモン一味の討伐報酬を受け取った日の夕方。

 図書館に行っていた面々と商談を終えたハンナを迎えに行き、揃って帰宅した。

 

「……ということで、村人のギルド神殿を作成したという話を見つけることはできませんでした。

 村人のジョブを固定化したという話も同様です」

「ん、そうか……変な思いつきをわざわざ調べさせてしまってすまなかったな」

 

 軽く謝ると、セリーが「いえ」と首を振った。

 

 ハインツは『決意の指輪』というアクセサリーを装備していた。

 これは俺がボーナスポイントを3ポイント割り振ると出てくるボーナス装備と同じものだ。

 だがどうやらこの指輪は、ギルド神殿でジョブを『固定化』する祝福を受けた際に、稀に出てくる貴重な伝世品らしい。

 

 ということは、ボーナスポイントは俺だけが持っているものではないのだろう。

 誰しもがレベルを上げれば手に入るが、自由に割り振ることはできない、そんな代物なのではないか。

 それが固定化とやらをすると、ポイントが確定されて装備品が出てくる……という予測が立てられる。

 

 そしてこの世界には、村人――おそらく、ジョブシステムがあるゲームですっぴんとかノービスと呼ばれる類の代物だと思うのだが、そのまま別のジョブに就かずに高レベルになっている人材がちらほら存在する。

 そんな人々に、どうにかこうにか固定化させれば、結構良い装備品が出てくるのではないか、そんなことを考えたわけだな。

 まあ、それで出てきた装備品は当たり前だがその村人の物だ。

 譲ってもらうには大枚をはたく必要があるだろうが……テーブルの上に乗せた巾着袋を横目に見る、金はあるんや!

 

「強い装備品をお求めになるのは当然のことです。

 それに、面白い着眼点だと思いました」

 

 結果、無駄骨を折らせてしまったわけだが。

 しかし、セリーは図書館での調べ物が楽しかったのか、特に気にした様子もなくそう言ってくれた。

 

 んー……そういえば装備品のことだけ考えていたが、固定化すると強くなったりもするらしい。

 これは恐らく、ボーナスポイントがステータスの方に割り振られるのだろうが。

 もし村人が固定化できるなら、そこらへんの村人がいきなり強くなったり強い装備を手にしたりすることになるんだよな。

 

 ……どう考えても政治的に影響が無茶苦茶大きいな。

 ちょっとこの思いつきは寝かせておいたほうが良さそうだ。

 この世界の貴族は日常的に迷宮にカチ込んで魔物を殺戮しているガチ勢だから、すぐに革命とか起きたりはしないと思うけど……すぐには。

 

 というか、ボーナス装備が出てきたってことは、ボーナススキルを隠し持っているヤツがいることだって考えられるわけか。

 ……首筋がスースーしてきた。

 ボーナスポイントは、身一つでこの世界に放り出されたアラフォーの俺にとって、唯一にして絶対の優位点だ。

 それが損なわれる事態は……あまり楽しい想像ではない。

 

「さて、ロクサーヌ達の方は今日はどうしていたんだ?」

 

 気を取り直して、ロクサーヌの方を向き直る。

 

「はい、セリーのおかげで図書館の個室が借りられたので、ミリアの文字の勉強をしていました」

 

 ロクサーヌがミリアに視線を向けた。

 狼人族のロクサーヌと猫人族のミリアは、元々彼ら獣人族の言語であるバーナ語しか喋れなかった。

 奴隷になってこの世界の共通語――恐らくヨーロッパにおけるラテン語のような言語と思われるブラヒム語を学んだのだが、ミリアの方はまだ10日も勉強していない。

 

「お疲れ様だな、ミリア。

 まあ気長にやっていこう」

「……はい、です」

 

 ミリアは……だーいぶお疲れちゃんのご様子だな。

 彼女はなんというか、初対面の印象通り勉強苦手っ子らしい。

 と、セリーが「そうでした」と言いながら立ち上がった。

 

「個室を借りる条件として写本をしましたので、給金が出ました」

 

 つまり、俺が頼んだ突拍子もない調べ物をしつつ、バイトして給金まで貰ったの?

 預託金に金貨1枚要求してくる格式高い帝都の図書館で? 飛び込みで?

 ……す、すげぇなこの娘。

 

「そ、それはセリーが稼いだものなのだから、好きに使うと良い」

「ありがとうございます。

 ……では、ミリアに筆記具を買ってあげるとしますか」

 

 後半の半ば呟きのような言葉を、ロクサーヌがミリアにわざわざ翻訳したようだ。

 すると、

 

「……ありがとう、ござい、ます

 

 ミリアの感謝の言葉も尻すぼみだ。

 勉強に疲れたのか図書館に疲れたのか……両方かもしれんな。

 

「御主人様、香茶(ハーブティー)でございます」

 

 話が一段落ついた時、ハンナとカタリナがお茶を淹れてくれた。

 

「ありがとう、2人も自分の分を用意して座ってくれ。

 そっちに関係する話もあるのでな」

「……はい、かしこまりました」

 

 母娘は一瞬躊躇(ためら)った後で頷いた。

 家事担当である彼女達だが、主人の俺だけでなく戦闘担当のロクサーヌ達にも常に一歩引いたスタンスを取っている。

 魔物に迷宮に盗賊にと脅威に事欠かない世界ということもあり、戦う者には敬意を払うべきという風潮があるようだ。

 

「ではこちらの話を始める前に、ルークとの商談について教えてくれるか」

「はい、石鹸の商談でございますね」

 

 理科の実験の記憶をほじくり返して作った石鹸だが、この世界では貴重品で製法も秘匿されている。

 故に売り出してみたら儲かるんじゃないかと思ったのだが、どことも知れない者が作ったらどんな扱いを受けるかわからない。

 パチモン扱いされる、商売敵に悪評を撒かれる……そんな可能性は十分あるだろう。

 実際に使ってみて問題ないことは確認しているが、『いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ』という偉大な先人の教えもある。

 

「ルーク殿には、遠方の旅人から製法を聞いたこと、少量生産で取引は限られた相手としたいことを念押しして探ってみましたが……」

 

 だから信用できる富裕層相手に限って石鹸を卸すことを考えていた。

 今のところの心当たりは、クーラタルで仲買人をやっているルーク、ボーデの猫人族のコハク商とエルフの武器商人だ。

 そして反応を探ってみた結論としては、需要は十分にあるということだった。

 

 ハンナは家長とその家族が使うと考えたとして、10家族分くらいに売ればひと季節に金貨2枚から3枚くらい――つまり2から3万ナールの利益になるのではないか、という見積もりまで出してくれた。

 季節毎にバラツキがあるのは、夏には頻繁に使うが冬はそうでもないだろう、ということからだな。

 そして本人が言うのだから、10家族分くらいなら今のように家事をしながらでも問題なく製造できるのだろう。

 

 ……この世界、というかこの帝国では人頭税が取られる仕組みになっている。

 自由民の俺は10万ナール、庶民は3万ナール。

 奴隷は1万ナールで、これは主人が払うわけだが。

 

 庶民のひと家族が4人くらいだったとして、合計12万ナール。

 家長ともなれば、多分その倍くらいは稼げるのだろう。

 そう考えると、女2人で1年にざっくり10万ナール稼げるのは、まあそれなりと言えるのだろうか。

 

 でも高価な品って割にはなぁ……という微妙な内心を、どうやらハンナに見抜かれてしまったらしい。

 

「こちらでお世話になると忘れそうになりますが、いくら富裕層でも毎日湯浴みをしたりは致しませんので」

 

 ……おおぅ、なるほど。

 この国では、どうやら風呂は王侯貴族くらいしか入らないらしい。

 庶民はお湯で身体を拭いたり、それもできないなら水を使うという。

 場所によっては、蒸し風呂なんかもあるのかもしれないが。

 

「それだけに、以前御主人様が仰った『色々な種類の石鹸を少しずつ作って』というのは大変素晴らしいお考えと存じます。

 香水代わりに使う者も現れるかもしれません」

 

 そして、「一部の有力者から、貴族にまで販路が広がれば需要は更に跳ね上がるでしょう」とハンナは力を込めて言った。

 1年で約10万ナールというのは、かなり最低限という見積もりっぽいな。

 

「それと、もしお許しいただけるなら、御主人様が考案した豚毛の歯ブラシも売り出してみてはどうかと思うのですが……」

 

 なるほど、石鹸を使うような身綺麗にしたい者なら、歯ブラシも欲しがるだろうというわけか。

 歯ブラシを職人に注文して作らせたのは、ターレの迷宮十二階層のボスであるピックホッグを初めて倒した後だから、もう10日以上前になるか。

 この世界で一般的に使われているのは房楊枝という代物で、とてもじゃないが満足のいく物ではないのだ。

 

「確かに、あれは良いものです」

「コボルトソルトで磨くと、歯茎が引き締まる感じがして気持ちが良いですよね」

 

 最近は俺に付き合って歯磨きをしているロクサーヌとセリーも賛成のようだ。

 シュクレの枝とやらで作る房楊枝と比べれば、そして21世紀の地球の製品と比べさえしなければ使い勝手は充分だ。

 あと、まだまだ不慣れだからか子供みたいに口を膨らませてシャコシャコしている2人はとても可愛い。

 

「ルークには歯ブラシも見せたのか?」

「いえ、石鹸と違って現物を見ただけで真似されてしまいますので……」

 

 ああ、それもそうか。

 しかしそれなら……「職人にはなんと言って作らせたんだ?」と確認すると、

 

「主が綺麗好きなので、狭いところを洗えるブラシを作ってほしい、と注文してあります」

「なるほど……嘘は言ってないな」

 

 思わず苦笑すると、ハンナも薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「ピックホッグのドロップアイテムを使いますから、真似をされてもそう安くはなりませんが、逆に言えば材料費も抑えられません。

 御主人様のおかげで形は決まりましたので、あとは富裕層向けに高級感を出せれば良いのですが……」

「あー……それに口の中に入れるものだから、木が腐食しないように樹脂とかが塗ってあると良いんだが」

 

 朽木元綱ならぬ基綱様は漆を塗って朝廷に献上していたが、多分この辺りに漆はないと思う。

 蜜蝋はあまり硬くならないし、ちょっと違う気がする。

 などと考えながら、食器や細工物なんかに塗る漆の説明をしてみると、セリーが小首を傾げながら「ワニスのことでしょうか?」と口を開いた。

 

「ああっ! 確かにワニスならっ!」

 

 セリーとハンナがなにやら通じ合っている。

 ロクサーヌも頷いているから、まあまあポピュラーな素材のようだ。

 

 皆の話を聞くに、楽器や絵画を保護するために表面に塗るものらしい。

 ……つまりニスのことか? もしかして日本語に組み込まれる過程で〝ワ〟が省略されたとか?

 和の国なんだから、もっと〝ワ〟を(たっと)べよ昔の人……いや知らんけど。

 

「木材にそういう加工をするなら、ボーデの武器商人とかに協力してもらうべきかな?」

 

 迷宮で拾ったスキル付きの装備を公爵に売った時に知り合ったエルフ武器商人だが、ペルマスクとの交易を通じて随分と懇意にしてもらっている。

 彼は剣の鞘とかの加工に自信があるようだから、適した人材と言えるだろう。

 

「……左様でございますね、さすがに掃除ブラシにワニスを塗れと注文するのも怪しまれるでしょうし……」

 

 その点、エルフ武器商人なら口は堅い……かどうかは知らないが、老舗の婿養子という微妙な立場ゆえか、手柄を立てようと懸命だ。

 それに、公爵の信頼厚い冒険者……であるかのように見える俺のことは随分畏れている様子だ。

 ちゃんと一緒に儲けるように話をつければ、問題ないだろう。

 

 ……というかそれは二の次だ。

 俺は清潔で使いやすい歯ブラシが手に入れば良いんだ。

 食事が楽しめなくなったらえらいことだ。

 なにしろ娯楽の少ないこの世界では、食事は重要な娯楽なんだ。

 

「あの方が手掛けた品であれば、公爵閣下に献上しても不足はないでしょう」

 

 彼にはペルマスクで仕入れた剥き身の鏡に、ハルツ公爵領の特産品であるタルエムという白木で枠を作ってもらっている。

 今のところ、受け取ったのは手鏡2つだ。

 正直なところ出来栄えの良し悪しはよくわからないが、ハンナとしてはかなりのものだと評価しているようだ。

 

「今日は姿見も出来上がったと報せが来たんだったな、受け取りに行くついでに話をしてみるか」

「はい、そうさせていただけますなら」

 

 そして向こうの反応次第では、そのうち公爵に献上する……ということになるか。

 

 十中八九、いや100のうち99は、今の試作段階の石鹸や歯ブラシを持ち込んでも公爵は別に怒らないというか、面白がって話を聞いてくれるとは思う。

 金銭感覚もガバ……おおらかそうだから、ほいほい金貨をくれそうな気がする。

 だがその家臣達はどうだろう。

 

 苦労人のゴスラーは大丈夫として、その下の騎士団員とかはよくわからない。

 今のところは別に不愉快な目に合わされたりはしていないが、異種族で異邦人の俺が主君に近づくのを不愉快に思う者はいるだろう。

 

 ……いやだって、怪しくない?

 災害救助や盗賊討伐で名を上げた新参者が、いつの間にか顔パスで城の奥の院まで入り込むようになるとか。

 実際は向こうからグイグイ来るんだけどさ。

 

 俺を困らせるのは、実のところ騎士ならば簡単だ。

 ボーナススキルの〈ワープ〉で城に移動した直後に〈インテリジェンスカードオープン〉という名の職質を掛けるだけで、探索者なのに〈フィールドウォーク〉を使っている異端者だとバレる。

 とはいえ、〈フィールドウォーク〉で移動できるなら冒険者に決まっているわけだし、わざわざそんな真似はしないだろう。

 

 ……という、この世界の固定観念を信仰することで、俺は公爵とのオワタ式コミュニケーションを何度も成立させているわけだな。

 おかげで今日もストレスで胃がマッハだ。

 程よく(ぬる)まった香茶が沁みる。

 

「まあ、向こうの反応を見てから改めて考えよう。

 ……正直なところ、冒険者になるまではできるだけ公爵――というか貴族や騎士に積極的に近づきたくない」

 

 そう言うと、ハンナが「先走ったことを申しまして……」と引き下がった。

 探索者はレベル41になっているが、40を超えてから本気で上がり難くなってきた。

 〈必要経験値二十分の一〉と〈獲得経験値二十倍〉を付けてレベル上げし続ければ、春の内には冒険者になれると気はしている。

 だがその場合、ジョブの数を絞ることになるから上の階層に進む速度は遅くなるだろう。

 

「ではこっちの話だ、ハルツ公と面会して兇賊のハインツ、狂犬のシモンの懸賞金を受け取ってきた。

 決意の指輪の方は向こうで鑑定をするということだが、出所はやはりセルマー伯のところで間違いなさそうだ」

 

 手元の巾着袋をひっくり返しての中身をテーブルに広げると、ミリアが「ワァ……」となんかちいさくてかわいい歓声をあげた。

 そういえば、彼女はペルマスクとの交易で稼いだ金を数えた時にはまだいなかったか。

 

「89万5,200ナールあるようだな。

 数え間違いがないか、ロクサーヌ達の方でも確認してもらえるか?」

 

 懸賞金だけでなく、ハインツの一味は魔結晶も持っていた。

 魔物10万匹分の黄魔結晶が1つ、1万匹分の緑魔結晶が1つ、1千匹分の青魔結晶が6つあって、100ナールしかならない紫魔結晶も2つあった。

 黄魔結晶は10万匹分でも99万匹分でも10万ナールにしかならないから、換金しにくい。

 だが最低でも11万6,200ナールにはなるわけで、合計すると100万ナールを突破する。

 

 そんな貯め込んでいた手練れの盗賊団を相手にして、誰一人怪我することもなく済ませられたのは、皆の働きのおかげだ。

 こうしてその成果を数えるのは、今後の勤労意欲につながると思う。

 給与明細を眺めるようなものだな。

 

 新規メンバーのミリアだって盗賊の相手をしてくれたし、逃げ出した賊を仕留めもしてくれた。

 まあ、冷静に考えれば雑魚盗賊が1人だけ逃げ出したところで、迷宮内で野垂れ死んだと思う。

 だが、俺の秘密を知っている盗賊が生きているかもしれない……と頭の片隅に残り続けたことだろう。

 

 俺の能力を正確に把握されると、対策を取ることは多分難しくない。

 〈ワープ〉は〈フィールドウォーク〉を防ぐ遮蔽セメントを貫通できるが、ある程度しっかりした壁になるものがないと使えないという縛りは共通だ。

 鉄格子とかで閉じ込められたら使えないし、防音室みたいな凸凹した壁面でも使えるかというと怪しいものだ。

 

 〈オーバーホエルミング〉は強力だが、俺が人間である以上は視界と呼吸を封じられたらお陀仏だ。

 例えば、毒ガス攻撃とかされたらアウトだな。

 さすがに化学兵器はないだろうが、それこそさっき話した漆の木を燃やして敵軍を燻すというのは戦記物で読んだことがあるし、似たような代物はあるだろう。

 そして多分、これをされると一番頼りになるはずのロクサーヌが真っ先に影響を受ける、嗅覚が鋭いからな。

 

 ……そんな和マンチ脳の盗賊がいるとは思いたくないが。

 とはいえ、そもそも俺みたいに他の世界から来た人間が他にいないって保証もないしなぁ。

 

「すっかり香茶が冷めてしまいましたね」

「ええと……失礼して淹れ直したいと思います」

 

 俺が険しい顔になってしまっていると、ハンナとカタリナがそう言って台所に下がっていった。

 

 こないだの盗賊共は、遮蔽セメントを迷宮に持ち込むとかいう大掛かりな仕込みをしたくせに、最終的に脳筋だったから問題なく対処できた。

 しかし、高額の懸賞金を懸けられていたということは、それだけの凶行に及んでいたということだ。

 そしてこの部屋にはその被害者が2人いるわけで……自分たちが居ると邪魔になると思ったのかもしれないな。

 

 ……まあ、あまり気を揉んでも仕方がないか。

 想像の翼を広げるなら、楽しいことを考えよう。

 

 以前ペルマスクで取引して、163万2,000ナールという大金を稼いだ。

 鏡の特産地であるペルマスクの鏡は映りが美しいと評判で、ペルマスクから運ぶだけで数倍の値段になる。

 そしてボーデの特産品であるコハクとタルエムも向こうでは珍重されており、ペルマスクに持ち込めばやはり数倍になる。

 

 その後、ミリアを迎えたり装備品を購入したりして一時100万ナールを下回ったものだが……。

 

「――ご主人様、間違いなく89万5,200ナールありました」

 

 数え終わったロクサーヌ達から、金貨と銀貨を仕舞い直した巾着袋を受け取って、中身をアイテムボックスに仕舞う。

 41×41マスのアイテムボックスのうち、5マスが金貨で占められた。

 これで180万ナールを超えたな。

 

「御主人様……失礼いたします」

「ん、ありがとう」

 

 カタリナからもう一度お茶を受け取って、ほぅっと一息つく。

 ……懸賞金でホックホクと言いたいが、面倒事も舞い込んでいるんだよなぁ。

 

「さっきは積極的に近づきたくないと言ったが、そうとばかりも言っていられなくてな。

 件のセルマー伯のところに、挨拶? しにいくことになってしまった」

 

 公爵と話した結果、3日後にまたボーデの城に行って日取りを決めることになったと説明する。

 

 俺としては気が進まない。

 セルマー伯というのは、帝国にいくつかあるエルフの諸侯の1人らしい。

 パーティメンバーで家事に商談に石鹸作りにと色々任せているハンナとカタリナの母娘は、このセルマー伯に因縁がある。

 

 2人の夫であり父は武器商人をやっていて、セルマー伯領で商いをしていた。

 その頃の伯爵領では、迷宮攻略が滞る→各種迷宮素材が手に入りにくくなる→商人の活動が不活発になる→更に迷宮攻略が滞る……という負のスパイラルに陥っていたらしい。

 母娘がセルマー伯領に居を構えたのは、公共事業の誘致みたいな経緯だったようだ。

 

 しかし、兇賊のハインツ一味に襲撃され、商品――つまり武器や防具を奪われてしまった。

 セルマー伯から見たら、呼び込んだ商人が反社に兵器を流したようなものと言えなくもない。

 故に伯爵は不快感を表明したそうだ。

 

 結果、破産した上に不具にされたハンナ達に手を差し伸べる者はいなかった。

 自衛できない武器商人は白い目で見られるという風潮もあるが、諸侯に睨まれるのを恐れたという部分も大きかったそうだ。

 かくして母娘は奴隷に堕ちる羽目になったわけだ。

 

 仇というには言い過ぎだと思うが、破滅の要因の1つであることは確かだろう。

 そしてそんな奴隷落ちした母娘を引き取った者が、自分の所で暴れまわった盗賊を討伐した。

 ……これで『いやぁ良いことしたな、きっと伯爵も感謝してくれるに違いない』なんて考えるほど、俺は能天気でもなければ人の善性を信じてもいない。

 

「致命的な失敗をやらかした後、尻拭いをしてくれた相手に素直に感謝できる者ばかりかと言うとな……。

 伯爵にも面子があるだろうし、セルマー伯とハルツ公が不仲らしいというのも頭痛の種だ」

 

 そんなわけで、挨拶するという話も一度は断ったのだが、結局押し切られてしまった。

 

 懸賞金を受け取ってしまった以上、討伐されたことは既に知られている。

 それなのに誰がやったのか隠したりしたら、かえって嗅ぎ回られたりされてしまうだろう……というわけだ。

 だが正面から堂々と挨拶して、兇賊のハインツ一味を正面から打ち破れる実力者であることを示せば、追及の手も緩まる。

 それが俺を論破した公爵の言い分だった。

 

 そういった経緯をつらつらと説明し終えた頃には、香茶は空っぽになってしまった。

 

「では、ご主人が侮られないようにしなければなりませんね」

 

 代表するようにロクサーヌが力強く言うと、1人を除いて全員が頷いた。

 ミリアは……すまんが後でロクサーヌから聞いてくれ。

 

「以前、ハンナとカタリナが服を買ったという古着屋があったな。

 俺が着ておかしくない服もあるだろうか?」

 

 母娘が顔を見合わせた後に、「はい、問題ないとは思いますが……」と遠慮がちに答えると、ロクサーヌが遮る。

 

「もちろんご主人様は何をお召しになられても最高ですが、ご主人様のお召し物は王都で新しく仕立てるべきでは」

 

 ……ロクサーヌはたまにものすごく当てにならなくなる。

 

「公爵から3日後に日取りを決めることになっているからな。

 それから更に何日も期間が空くということはないと思う」

 

 初代皇帝のパーティーメンバーを祖に持つ由緒正しい大貴族であるハルツ公だが、そういう身分の人間から想像できる人柄と違ってせっかち――いや、気が早――いやその、行動力と決断力に溢れているイケメンだからな。

 

「『日取りは決めた、今日これからだ』とか言われたりしてな」

 

 俺が笑いながら言うと、みんなも「いえそれは」「さすがにないかと」と苦笑した。

 そういうわけで、一から仕立ててもらう時間はないだろう。

 

「まあ、みんなにも服はもっとあった方が俺も嬉しいし、帝都(そっち)はそっちで明日行ってみよう」

「はい、ありがとうございます」

 

 ロクサーヌも納得してくれたようで、笑顔で引き下がった。

 折角だし、目一杯着飾ってもらおう。

 そしてあのすっけすけのネグリジェも……いかんいかん。

 

「それから、せっかくまとまった金が入ったんだ。

 新たなパーティメンバーを迎えるなり、装備を更新するなりしたいところだが……」

 

 席が全て埋まった6人掛けのテーブルセットをしみじみと見渡す。

 ロクサーヌと2人で住み始めたこの借家だが、いつの間にか6人で住むことになった。

 そして〈パーティー編成〉の最大数も6人だ。

 

 狼人族で嗅覚が鋭く、素晴らしい近接戦闘のセンスを持つロクサーヌ。

 ドワーフ族らしい力自慢で鍛冶師のセリー。

 ミリアはまだまだ経験が少ないが、猫人族の種族固有ジョブである海女になっている。

 

 母娘は利き足の腱が切られている上に片目が潰されているから、当然戦力とすることはできない。

 パーティーメンバーに含んでいるのは、あくまでパーティーに展開されるジョブ効果を目当てにしてのものだ。

 そして今後増員すれば、パーティーから抜けるのはこの2人だ……このテーブルからも。

 

「手前共は迷宮ではお役に立てませんので、パーティーメンバーの増強を図るのは当然のことです」

 

 ハンナが冷徹な声を出すと、カタリナも同じように「はい」と頷いた。

 

 公爵からは、どこの迷宮でもいいから『三十四階層に入れるようになったら、余に教えてくれぬか』と言われている。

 万能薬であるエリクシールを求めていることもゴスラーから伝わっているようだし、何かしら便宜を図ってくれるはずだ。

 一時の感傷は忘れて、今は上の階層を目指す時なのだろう。

 

「とはいえ、適当な人材を入れても意味がない」

 

 そう言うと、ロクサーヌとセリーがすぐさま頷いた。

 

「そうですね、ご主人様についていけるような者ではなくては」

「口が堅く、信の置ける者でもなくてはいけません」

 

 ミリアはまだ複雑なブラヒム語の会話についていけないが、誰かに言いふらそうとか浮ついた様子はない。

 まだよくわからないが、おかしなことを考えるような娘じゃないというくらいは信頼している。

 迷宮の中では、戦力という意味では今は残念ながらそれほどでもないが、自分のできる範囲を懸命に探ろうとしていると感じる。

 

「優れた戦士の資質を持つという竜人族と、種族は何でもいいが魔法使いになれる人材。

 ……まあ、魔法使いに関しては、迷宮の外にいる時にその振りをしてくれるだけでも良いんだが」

 

 残りの2枠に狙っているのは、そういう奴隷だ。

 どちらも貴重なので、市場に出てくるのは季節末のオークションくらいらしい。

 

 この世界の暦は春夏秋冬が90日ずつあって、季節の間に1日か2日の休日がある。

 春と夏の間の休日とは、要するに夏至のことのようだ。

 

 ……とすると、俺がこの世界に来たのは春分の日の翌日だったのだろう。

 それから2ヶ月と少し経っているから、今は5月23日か24日くらいか……新入社員が減る時期だな。

 夏至まではまだ1月弱もある。

 

「オークションまでにすっからかんになるわけにはいかないが、そもそも目当ての人材と出会えると決まったわけでもない。

 今はひとまず装備を充実させようと思う」

 

 求めているのは、まず空きスロットが4つある武器。

 魔物のスキル攻撃を妨げる〈詠唱中断〉、魔物の動きを止めることができる〈催眠〉、〈麻痺添加〉、〈石化添加〉のスキルを付与するためだ。

 基本的に、ロクサーヌ達が魔物を食い止めて、俺が魔法でダメージソースになるのがセオリーだからな。

 

 防具の方は属性耐性4つ、状態異常耐性3つ、移動補助系3つ、そして〈物理ダメージ削減〉で合計11のスキルを付与することを目指している。

 これらを頭、銅、腕、足の4部位で揃えたい。

 盾は使ったり使わなかったりだし、アクセサリーに付けて〈身代わり〉で壊れると弱体化してしまうからな。

 

 よって、空きスロットは各部位できれば3つは欲しいわけだ。

 空きスロット4つの装備が手に入ることも期待できるから、一部は2つでも妥協はできるが。

 そしてスロット4の装備品は、ダマスカス鋼か竜革を使った装備品が該当する。

 

「私がダマスカス鋼や竜革の装備品を作れるようになるには時間が掛かると思いますし、それが良いと思います」

 

 これにはまず、セリーが同意してくれた。

 最初は複数スキルを付与することに躊躇していたセリーだが、ハルバードに〈詠唱中断〉と〈催眠〉をつけてからは吹っ切れたようだ。

 

 セリーの〈武器製造〉と〈防具製造〉だが、板や銅から始まり、鉄装備、硬革装備と順番にランクアップして、そろそろ鋼鉄装備に挑戦する段階だ。

 なかなか進まないのは、素材をルークから買っているためだ。

 

 〈MP吸収〉のスキルがついているボーナス武器の聖剣デュランダルで魔物を倒せば、セリーは1日に何度でも製造スキルが使える。

 だが、それで異様な回数こなしては、不審に思われてしまうだろう。

 それを避けるために、セリーには朝昼晩で各1~2回しか装備製造をやってもらっていない。

 

 それにどうせ、欲しいランクの装備品は素材も相応に高価で、供給も少ない。

 空きスロットが3つも4つも空いている装備が出来上がるまでガチャを回すのは、自分たちで素材を手に入れられるようになるまでは現実的ではない。

 

「ご主人様が侮られない装備を身につけるべきです」

 

 ロクサーヌは別の観点から同意した。

 侮られない……つまり、示威行為としての装備か。

 なるほど、それは考えていなかったな。

 

「まあ、伯爵に会う時に装備品をつけるようなことにはならないと思うが、見た目にも強そうな装備をつけておくのは重要だな。

 あの盗賊連中も、詰まる所こっちがカモだと思ったから襲ってきたわけだろうし」

 

 騎士団員みたいに揃いの服とかもあった方が良いのだろうか。

 有象無象の探索者よりは手強そうに見えるんじゃないかと思うんだが。

 ……兇賊のハインツ一味は諸侯相手にガチ抗争を仕掛けるようなバリバリの反社だから、どんな対策をしても襲ってきたような気がするが。

 

「そういえば、身代わりのミサンガはやっぱり手首につけた方が良くはないか?」

 

 6人全員に行き渡った身代わりのミサンガだが、俺は手首に、ロクサーヌ達は「目立ちたくありませんので」ということなので足首につけている。

 唯一ハンナは手首につけているが、これは俺の代わりに商談とかをするためだ。

 ただの奴隷と、身代わりのミサンガを預けられるほどの信頼を向けられる名代では、話の説得力が変わってくるからな。

 

 俺がロクサーヌに訊くと、彼女は足首と手首を交互に見ながら首を傾げて、

 

「……どうでしょう? 悪目立ちしないでしょうか?」

「いや、もう目立つのは諦めた」

 

 というか最初から無理があった。

 そもそもロクサーヌとセリーとミリアみたいな美少女3人引き連れて、そこらの凡夫でございやすって顔をするのは無理だよ。

 

「全員がミサンガを装備していたら、見せかけだと思われないでしょうか?」

 

 セリーも不同意のようだな。

 ハンナも控えめに首肯している。

 

 ……そういえば、アランも装備していなかったな。

 彼は数十万ナール単位の奴隷を取り扱っている奴隷商だから、手に入らないということはないだろう。

 戦闘奴隷のパーティーメンバーの座も息子に譲っているらしいから、そうした貴重品も跡継ぎ息子に譲っているのかもしれない。

 

 それくらい貴重な品をこれ見よがしに身に着けていても、真に受けてくれないというのは確かにそうだ。

 

「わかった、ではそれはこのままにするとして、装備だが――」

 

 お目当ての装備品は結構な貴重品らしく、迷宮の街であるクーラタルや公爵のお膝元のボーデの老舗でも、各部位の一点ずつくらいしかない。

 その中から更に空きスロット3つ以上に絞ると、店に1つか2つあるかどうかというところだ。

 だから数撃ちゃ当たる作戦だ。

 

「――せっかくペルマスクという遠方まで足を延ばしたんだ。

 それまでにあるいくつかの町を、もう一度巡ってみるのはどうだろう?」

「冒険者ギルドがある町なら、武器防具を扱う店はあるはずです」

 

 武器商人であるハンナが言った。

 ベイルの町のように常設の店舗まではなくても、商人ギルドには武器商人か防具商人はいるだろうということだ。

 

「またペルマスク方面に行くなら、鏡やコハクの取引もしては如何でしょうか?」

 

 セリーが提案した。

 貴重な装備品は当然値段もお高く、1つ買うだけで10万ナール近く飛んでいく。

 

 戦闘要員の6人全員をそのランクの装備で固めると、10万×5部位×6人でざっくり300万ナールか……足らんな。

 追加メンバーを手に入れるのにも50万とか100万とか必要になるだろうから……全然足らんな。

 更には聖銀やオリハルコンといった素材の装備になると、いわゆる時価というやつになるから……果てしないな。

 

「ああ、いや、鏡は不味いな。

 往復2日掛かるということになっているから、3日後にボーデにいるのが不自然になる」

 

 それにつけても金の欲しさよ……と詠いたくなる気持ちだが、だからといって迂闊なことはできない。

 一儲けしようと目論んだエルフ武器商人も冒険者を集めたらしいが、ペルマスクまで行くのは簡単ではなかったらしい。

 大人数で、その上大荷物を背負って、気軽に行って帰ってしまうのは不味いだろう。

 

「それと3日後だが、インテリジェンスカードをチェックされた時のために、俺は探索者に戻った……ということにしようと思う」

「……左様でございますね。

 公爵閣下が身分保障する相手にそのような真似はしないと思いますが、万が一ということもありますか」

 

 セルマー伯としては、何とか粗探しして失点を取り戻そうとしてもおかしくない。

 ハンナもそれに思い当たったのか、慎重な口ぶりで賛意を示した。

 

「いえ、運搬用の背負子と売り物だけ預かってしまうのです。

 あちらは冒険者集めに難航しているのでしょう?

 明日ペルマスクまで運んで、ボーデに持ち帰るのは何日か空けても良いわけですから」

 

 だがセリーは織り込み済みのようで、指をピンっと立てて説明した。

 

「ご主人様とセルマー伯との会見は、内容が内容ですから厳重に秘匿されるはずです。

 もし露見しても、遠方のギルドで転職の手続きをしたのだと勝手に誤解してくれるでしょう。

 それは、我々に都合が良いことだと思います」

「おお、なるほど」

 

 冒険者から探索者に変わるのは、なくはないがそれなりの事情がないと不自然だ。

 この帝国にいる人間族とは明らかに特徴の異なる俺が、そんな融通を利かせられるギルドはどこか、怪しまれないとも限らんか。

 

「さすがはセリーだな、それでいくか」

「では明日は、クーラタルの古着屋に行ってご主人様のお召し物を買って、その後ボーデのコハク商で装身具を選べば良いと思います」

 

 そういうのはいらんのだが……いや、宝石の1つくらいハッタリには必要なのか?

 うーん、向こうにちょっかい出されないくらい力を示す必要があるし、力には財力も含まれるといえばそうだが。

 

「……みんなの服を買いに帝都の服屋に行きたいのだが」

 

 宝石を身につけるのになんとなく抵抗感を覚えて、思わず苦し紛れの言い訳みたいな言葉が出てしまった。

 だが、セリーは立板に水を流すように淀みなく「ありがとうございます」と頭を下げると、

 

「ですが、まずはご主人様のものが最優先です。

 それに、ペルマスクで反物を仕入れて、帰りに帝都の服屋に持ち込むのが効率的だと思います」

 

 セリーはいつも合理的だ。

 そのうち、巡回セールスマン問題とか自力で思いついて解法を編み出しそうだな。

 

「……確かに、そうするのが良いようだな」

 

 それから明日の予定を詰めたり、石鹸の試供品を箱詰めしたりしていたりしたら、結局食事の支度ができずに2日続けて外食になってしまった。

 まあ、臨時収入が入った日くらいは良いだろう。

 

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