加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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早速誤字報告してくれた方、どうもありがとうございました。


ショッピング

 

 

   きょうは ごしゅじんさまの ふくを かいます。

   そのあと ペルマスク で かがみを かいます。

   さいごに テイト で かいものを します。(ミリア)

    ↑ちゃんと書けています。

     えらいですよ。(ロクサーヌ)

 

   帝都で服を買ってくれるそうですが、古着屋で

   良い品があれば買ってしまいましょう。(セリー)

    ↑皆さんを着飾りたいとお考えなのでしょう。

     お言葉に甘えた方がよろしいかと。(ハンナ)

    ↑そういうものですか……。(セリー)

 

   ※ここからしたはごしゅじんさまのめもです。

 

   春64日

    終日:ショッピング

 

 

 

   クーラタルの街

 

 クーラタルの街は、知られている限り最古のものという迷宮を中心に、放射状に発展している街だ。

 日本ではあまり見ない作りだ、言うなれば田園調布か。

 家を借りているのは六区と呼ばれる北側の区画で、迷宮が田園調布の駅なら家があるのは自由が丘駅辺りだろうか……人口密度はスッカスカだが。

 

 町内会とか自治会はない――少なくとも俺は会員ではないが、取りまとめをやっている世話役がいる。

 中心部の一等地に店を構えている金物屋だ。

 途中、そういえば住人(ミリア)が増えるのに挨拶をしていなかったな……と思い出して、大家で世話役な金物屋の奥さんに軽く挨拶してから古着屋に向かった。

 

 中心のロータリーには長蛇の列ができている。

 ここの迷宮は、騎士団の詰め所で100ナールの入場券を人数分買って、入口で受け渡すシステムだ。

 漁協が発行する遊漁券みたいなものだな。

 

 丁度、朝の混み始める時間にかち合ったようだ。

 迷宮入口の騎士に入場券を渡して、パーティー単位で列がはけていくと同時に、入場券を買ったパーティーが最後尾に加わる。

 そんな様子を見ていると、通勤時間帯の高層オフィスビルのエレベーター待機列を思い出す。

 

 ここは長年の探索で魔物部屋(モンスターハウス)も掃除されている上、詰め所では地図も売っている。

 探索者がパーティーメンバーにいれば〈ダンジョンウォーク〉が使えるし、慎重さを忘れなければ『*おおっと*』な事態は大体避けられることだろう。

 更に一階層の敵は最弱の魔物であるコボルトということもあって、ピカピカの新人(ニュービー)からダマスカス鋼装備や竜革装備でかっちり身を固めた熟練者(ベテラン)まで御用達というわけだ。

 

 そんな比較的安全な迷宮であっても、当たり前だが入った者が全て出てこられるわけではない。

 目的の古着屋は、何度か足を運んだ家具屋のほど近くにあった。

 どちらも恐らく、商品の供給元は同じだろう。

 

 つまり、俺のように家を借りて迷宮に挑戦し、道半ばで斃れた探索者たちの遺品だ。

 

 俺が迷宮で死んだら、大家が家の中を掃除して残った家財を古着屋や家具屋に売ったりするのだろう。

 今住んでいる借家の家賃が4万5,000ナールだから、庶民1人分の人頭税の1.5倍になる。

 比較すると割安に感じるんだが……そもそも1年も契約が続かないケースも多そうだな。

 

 そんなあまり愉快とはいえないことを考えながら、古着屋に足を踏み入れる。

 店内の匂いを嗅いで、社内イベントの残骸やら記念品やらキングファイルやらがびっしり並んだ会社の倉庫を思い出した。

 

「結構いろいろあるものだな」

 

 朝から服を買いにくる客は少ないのか、店内は閑散としていた。

 なんとなく声を潜めてしまうと、ロクサーヌが小首を傾げて、

 

「クーラタルの迷宮には各地から人が集まりますから」

 

 と、俺と同じように小声で言った。

 

 ざっと視線を巡らせると、正面の壁にはボーデで見たエルフ風の服があった。

 ルックス強者のエルフの服はここでも人気なのだろうか。

 中央の棚にはそこら辺で見かける服が並んでいて、右手の奥の方にはペルマスクで見た古代ギリシャ風のぞろっとした衣装がある。

 

「ここはどういう風に陳列されているんだ?」

 

 この店で買物をしたことのあるハンナに尋ねると、彼女はエルフ服があるところのプレートを指差した。

 

「あちらはボーデを初め帝国北部の辺りの服ですね。

 正面の壁が北部、右の壁が東部と地理的な並びになっているようです」

 

 ……なんとなく緊張してしまった理由がわかった。

 これ服屋というより博物館だわ。

 客が来たというのに、カウンターで黙念としているサービス精神皆無な店主も含めて、なんとも居心地が悪い。

 

「な、なるほど。

 ……では、無難に中央の棚から服を探すとするか」

 

 とはいえどうしたものか。

 俺が参考にできそうなのは……同じ人間族の仲買人のルークと、奴隷商人のアランくらいか。

 

 ルークは薄い色のベレー帽、膝下まである黒っぽいジャケットにぴっちりめのズボンだった。

 ズボンは帽子と同系統の色で、水虫になりそうなロングブーツはジャケットと同色で揃えていた。

 帽子以外はオリンピックの馬術競技で見覚えのある感じだから、なんとなく印象に残っている。

 

 アランはスーツと濃い赤のインバネスコートだったな。

 ヴィクトリアンエイジ*1の紳士って感じで、無難に渋格好良いと思う。

 

 ……あと誰かいたな、ちょい悪オヤジ風の色魔が。

 ラフというか実用的というか、バイカージャケットっぽい上着を着こなしていたな。

 歳は47歳、丁度10歳上だったからよく覚えている。

 

 20代のルーク、40代の色魔、50代のアラン。

 30代がぽっかりミッシング・リンクになっているんだよなぁ。

 

 ソマーラの村組は、貴族に舐められないような格好という意味では残念ながら選外だ。

 ロムヤとかは舐められはしないだろうが、あれは自前の筋肉襦袢だから装備できないし。

 

「アランがコートの下に着ていたのは、こういうスーツだったかな」

 

 とりあえず安牌かなと思ってスーツを手にすると、

 

「ご主人様には地味ではないでしょうか」

「作りは悪くないと思いますが」

 

 ロクサーヌとセリーにぼっこぼこにされた。

 

 ……地味というのは、単に色のことを言っているのだろうか。

 ロクサーヌの中にあるであろう、俺のあるべき姿がわからん。

 それとも、貫目が足りないと遠回しに言われているのか……うむむ。

 

 とはいえ、よく考えたらアランの服装を真似するのもよろしくないな。

 美少女戦士3人と傷のある美女美少女の母娘を連れた奴隷商人の格好をした男って、それもう奴隷商人なんよ。

 セルマー伯の所に彼女達を連れて行くことにはならんと思うが……公爵は興味を持っていそうだったからなぁ。

 

 よし、根本から戦略の練り直しだ。

 そもそも商人の格好を参考にするのが誤りだった。

 設定としては、腕利きの冒険者、貴族ではないがそれなりに野心も持つ男、金には困っていない、そんな感じだな。

 

 ……どんな感じだよ。

 

「××」

 

 半ば途方に暮れていると、ミリアの声がした。

 気に入った服でも見つけたのだろうかとそちらを見ると、

 

「……着物?」

 

 ミリアが口をあいうえおの〝お〟の形にさせながら広げている服を見て、思わず呟いてしまった。

 ……いや、襟があるし袖も細いから、着物とは違うか。

 どちらかというと、チャイナ服か?

 

 まあ、巫女になるのに白い襦袢で滝行をするような世界だ。

 ずっと東の方に行けば、異世界ファンタジーあるあるな中華っぽい大帝国とか和風テイストな皇国的サムシングがあったりするのだろう。

 そもそもミリアの服も、前開きの服に細い帯を巻く和風ファンタジーで見る感じの服だし。

 

 炭水化物はビールで摂取するタイプだから白米が恋しいとかも特にないし、あまり関心はない。

 ……関心はないのだが、

 

「ロク……あー、カタリナ、ちょっといいか?」

「あっ、はい。

 なんでしょうか、御主人様?」

 

 真剣な顔で服をとっかえひっかえしているロクサーヌに話しかけるのは気が引ける。

 カタリナに頼んで、ミリアにどういう服なのか訊いてみることにした。

 

「×××× ×××××」

「…………ええと、ミリアさんの村の婚礼衣装に似ているので驚いたそうです」

 

 婚礼衣装か……タキシードと紋付袴は、礼装としては同格なんだったかな。

 更に訊いてみると、ちゃんと男性用もあるらしい。

 

「この辺りに置いてあるということは、帝国東部ではよく着られている服なのか?」

 

 店の右側の棚に陳列されていることは、東の方なのだろうと訊いてみるが、ミリアにはよくわからないようだ。

 この国の移動の自由とかはよくわからない。

 だが奴隷落ちするか冒険者のパーティーにでも入らない限り、村から一歩も出ないで一生を終えるなんてことも()()だろう。

 

 カタリナも知らないようだ。

 彼女が母親に助けを求めようとしたところ、

 

「……それは遥か東の騎馬民族の民族衣装だが、お求めかね」

 

 ぬるりと陰鬱な声がした。

 振り向けば、カウンターの後ろで動かなかった店主が、いつの間にか後ろに立っていた。

 もじゃもじゃの鳥の巣みたいな頭に、顔の下半分を覆う古代ギリシャの哲学者みたいな髭……どう見ても商人には見えない。

 

「ああ、その……祖国の昔の服に似ているので――」

「――ほぅっ、どちらからこのクーラタルへ?」

 

 ちょっと早口に食いつかれたが、すぐに「詮索は禁物だな、すまない」と首を振られた。

 迷宮の街であるクーラタルには色々な素性の者が集まるから、他人の素性を詮索するのはタブーという風潮がある。

 色々と内密にしなきゃいけないことが多い俺がここに定住を決めたのも、それが理由だった。

 

「だが、その民族衣装の来歴をこちらが勝手に語るのは構うまい」

 

 しまった……さてはこの店主、オタクだな?

 ミリアが3回欠伸を噛み殺し、買物に全集中していたロクサーヌさえも手を止めてこちらに寄ってきて、なおも続いた店主の話を要約すると以下になる。

 

 ・その昔、東からやってきた騎馬民族出身の部族集団が、クーラタルに居を構えていた。

 ・着物は秋に綿入れして、春に綿抜きをしていた。

 ・部族長が迷宮で死んで、集団は散り散りになった。

 

 ……以上だ。

 あとの9割は、服の話じゃなくて騎馬民族の薀蓄(うんちく)だった。

 

 ちなみに、日本では旧暦の四月一日に着物の綿抜きをしていた。

 そしてそれに由来すると言われる、四月一日(わたぬき)という難読名字が存在する。

 これは四月一日(エイプリルフール)の嘘ではない。

 

 ……ええと、何の話だったかな?

 早口で語り終えた店主は満足したらしく、またカウンターの置物に戻っていった。

 騎馬民族の嫁取りの風習とか興味がないわけじゃないが、長話をするならスライドを作ってほしい。

 同じことをずんだの妖精に喋らせても、それじゃ再生数は一桁だと思う。

 

「では、あー……ちょっと試着してみようかな」

「こちらの服にするのですか?」

 

 やや疲れた表情で苦笑いしているロクサーヌに訊かれたので、店主の話を聞きながら思いついたことを言う。

 別に着物を思わせるアジアンな服が良いと思ったわけではない。

 だが、貴族に舐められないという意味では、異国の貴族というカバーは悪くない気がしたのだ。

 

「この国の貴族の身分を詐称したら犯罪だろうが、外国の貴族を名乗っても確認しようがないと思うんだが」

 

 身分詐称で盗賊堕ちするかは知らんが、完全な嘘というわけではないような気がしないでもない。

 

 実家にあった紋付袴の家紋は、加賀前田家の加賀梅鉢だったし。

 絶対詐称だと思うけど、確認してないからシュレディンガーだし。

 それに先祖に源平藤橘(げんぺいとうきつ)のどれかはどっかで入ってると思うし。

 そもそも日本人だから陛下の赤子(せきし)だし。

 

 ……匂わせるくらいで、名乗りはしないのが無難か。

 盗賊堕ちしてもすぐジョブを変えられるが、どんな綻びが出るかわからん。

 

「御主人様は御髪が黒くていらっしゃいますから、東方の遠国の出身だとされるのはよろしいかと存じます」

「ペルマスクでもそうでしたが、東のほうでは黒髪の人が多いですからね」

 

 ハンナが同意すると、セリーもそれに頷いた。

 

 そういえばミリアも黒系の髪色だし、騎馬民族の末裔だったりするのだろうか。

 東欧にそういう民族がいたはずだ。

 猫人族と騎馬民族というのもイマイチ結びつかないし、関係ないかもしれんが。

 

「ご主人様を知れば、自ずと尊い身分の方だと向こうも察するでしょう」

「……ええと、ブラヒム語の発音は完璧ですよね」

 

 ロクサーヌは……うん。

 対してセリーの着眼点は確かだ、なにしろ俺のブラヒム語はチートだからな。

 ……はぁ。

 

 試着室に行って、今着ている服の上から羽織ってみる。

 着物と同じで、前開きのゆったりとした服だからサイズは問題なさそうだ。

 

 着物と違うのは襟がついているところだが……これはカギホックで留めるのか。

 詰め襟の学生服みたいだな。

 袖口と前開きの肩甲骨あたりにボタン――というか紐を結んで作った玉がついていて、それを紐にくぐらせて固定する。

 隙間風が入らないように防寒性を高めているのだろう。

 

 日本でいうチャイナ服のイメージは、清帝国時代の影響を強く受けているらしい。

 清帝国は満州の騎馬民族である女真族の政権だから、見た目が近いのはしっくりくるな。

 ズボンは作務衣みたいに紐で締めるものだが……あまり特徴はないものだし、とりあえず今はいいだろう。

 

 で、あとは帯を巻くだけだが……チャイナ服って帯あったっけかな?

 まあ、似てるってだけでチャイナ服そのものなわけじゃないから、違和感を覚える方がおかしいのだが*2

 

 生憎と、神田結びしか知らん。

 江戸の職人とかがやってた結び方だ。

 これでは『お侍様の結び方じゃない……』と言われてしまうな。

 

 ……っと、こんなもんか。

 まさか、会社のイベント(ノルマ)で参加させられた夏祭りの経験が、異世界(ここ)に来て仕事するとは思わなかった。

 『加賀くんは体力ありそうだねぇ? なんかやってたんじゃないのぉ? えっ、剣道? じゃあ――』じゃねえよ、剣道と太鼓のバチ捌きはどうあがいても関係ねえよ。

 

 結局、太鼓の達人の達人が見つかって事なきを得たが。

 力仕事はきっちりやらされた。

 

「どうだろうか?」

 

 試着室を出て、ロクサーヌ達に感想を訊いてみる。

 ……うーむ、なんとも気恥ずかしい。

 

「落ち着いた色合いで、ご主人様によくお似合いです」

 

 色は灰青色というのが一番近いと思う。

 二代目中村吉右衛門の鬼平が、こういう青みがかった着流し姿で捜査をしていた記憶がある。

 落ち着いた色なので、正直好みだ。

 

 でもチャイナ服っぽいから、若い頃のリヒター・ベルモンドの方が近いかな。

 あの戦闘服って、どう見てもチャイナ服だよな。

 まあ生憎と、あんな筋肉は持ち合わせちゃいないけど。

 

 ……ところでロクサーヌさんや、『地味』と『落ち着いた』の違いはなんぞや。

 

「絹製ですし、作りも良いものです。

 お貴族様と謁見しても、非礼にあたることはないでしょう」

 

 ハンナがそう言うなら問題ないだろう。

 彼女はセルマー伯と直接謁見していないらしいが、夫はしているようだし。

 

「ところで……ロクサーヌ達もこれを買うのか?」

 

 部族集団で来ていたというだけあって、似たような服がまとまった数あった。

 中には女物の服もある。

 騎馬民族は家族で移動するからな。

 

「えっと……ダメでしょうか?」

「い、いや、ダメということはないが」

 

 なんでロクサーヌは顔を赤らめているんだ。

 ……そういえばミリアの故郷の婚礼衣装に似ているって言ってたな。

 いかん、俺の顔も熱くなりそうだ。

 

「集団の中には子供もいたようです。

 サイズも合うので、よろしければと思ったのですが」

「なんだかそれも悪い気がするが……」

 

 セリーは「ドワーフはそんなものです」と乾いた笑い声をあげた。

 ドワーフは馬に乗るのは難しそうだし、サイズが小さいということは子供のものだったのだろう。

 なんとも世知辛い話だ。

 

 いやしかし、ありがたい話だ。

 ロクサーヌとペアルックみたいになるのは……その、ちょっとしんどい。

 だが皆で同じ衣装を着ていれば……あら不思議、ペアルックからユニフォームに意味合いが変わってくるではないか。

 

「これに、決めて、良い、ですか?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとう、ござい、ます!」

 

 ミリアは素直に綺麗な服で嬉しいって感じの反応だな。

 そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

「…………ところで、2人はいいのか?」

 

 ロクサーヌ達を試着室に見送って、手持ち無沙汰なのでハンナとカタリナに声を掛けてみた。

 

「手前どもはこちらをいただいていますから」

「はい、申し分ありません」

 

 2人は笑顔で頷いた。

 彼女たちの服はルークの服装に似た感じだから、一般的な商人が着るような品のようだ。

 実際それで商談をしてもらっているのだから、それで良いのだろう。

 

「今後は石鹸作りも忙しくなりそうだし、2人のメイド――侍女服もあった方が良いかな」

 

 ざっと店内を見渡すが……そんなものはないな。

 まあ、お手伝いさんとかではなく侍女を雇うような者が迷宮で死んだら、普通に遺族が遺品を引き取りに来そうだしな。

 と思いながら視線を戻すと、カタリナが頬を赤くして俯いていた。

 

「いや……普通の侍女服だぞ。

 その、一般的な、だな」

 

 なんということだ。

 メイド服って本来はただの作業服のはずなのに、アランの野郎がフリルがフリフリの叡智なデザインのメイド服を寄越すものだから、我が家ではすっかりセンシティブな意味になってしまっている。

 確かにセンシティブな用途に使用したけども……ついでに使用後の洗濯はカタリナがやっていた気がするけども。

 

 ……いや、元はと言えばあれは、『帝宮の侍女の服を模したもの』と言っていたな。

 ということはだ、帝宮にはとんでもない変態がいるに違いないぞ。

 絶対にロクサーヌ達を近づけさせないようにしなければならん。

 

 そもそも近づく機会があるとも思えんが。

 公爵の次は伯爵に会うことになってしまったが、徐々にスケールダウンしている。

 良い兆候だ、次は男爵あたりだろう。

 まあ、次なんかないのが一番良いんだが。

 

 2人は結局、「石鹸を作る時に使えそうなので」と農家のおばちゃんみたいな野良着を買っていた。

 庭仕事をするための野良着はもうあるが、土汚れのある服を台所で使い回すのを避けたようだ。

 ……それはそれとして、今度からハンナ達の服はロクサーヌに任せよう。

 

「ご主人様……いかがでしょうか?」

 

 そのロクサーヌが試着室から出てきた。

 着ているのは、若草色のチャイナ服という感じだ。

 

 チャイナ服のように横にスリットが入っていて、隙間からは素足が……ズボンを履いているから見えるわけがない。

 騎馬民族の衣装なんだから当たり前だ。

 生足剥き出しで馬に乗る女性はゴダイヴァ夫人くらいだろう*3

 

 ……コスプレのチャイナドレスって、いつどういう経緯でああなったんだろう。

 

 そしてチャイナ服と違うのは、日本の着物のように帯があるところだな。

 ロクサーヌとはこぶし一つ分くらいの身長差があるのに、帯の高さは俺と変わらない悲しみ。

 でも仕方ないじゃない、日本人だもの。

 

「よく似合っている、セリーもミリアもな」

 

 セリーは薄紅色、ミリアは藍色の、これまで着ていたものと似たような色の服にしたようだ。

 統一感のある服をみんなで着ると、なんというか一体感があるな。

 これなら騎士団か何かの一団に見えるだろうか……強そうに見えるかは知らん。

 

「ところで、今までの服より裾が長いが、動きにくくはないか?」

 

 なんとなくロクサーヌの所作に違和感があったので確認すると、彼女は「大丈夫です」とくるりと回ってみせた。

 

「いつもより身体が締め付けられる感じがなくて、とても動きやすいです。

 今は尻尾を出す穴がないので、少し窮屈ですけど……」

 

 ああ、尻尾が見えないから変に感じたのか。

 最初は尻尾がある人間にびっくりしていたのに、いつの間にかあるのが当然に思っている。

 不思議な気分だ。

 

「身体が締め付けられる? ……まだ大きく?」

 

 そしてセリーは怖い顔で自分の胸を見下ろして、なにやらブツブツと呟いている。

 ……気にしすぎなんだよなぁ。

 何か声を掛けた方が良いのだろうかと悩んでいると、ロクサーヌに「あの……」と遠慮がちに話しかけられた。

 

「ご主人様の故郷の女性のようになれていますか?」

 

 ……さっきの話を聞かれていたのか。

 てっきり買物に夢中だと思っていたんだが。

 

「すまんすまん……俺の故郷でこういう服が着られていたのは、随分昔の話だ」

「そうなのですか?」

 

 それに着物とは大分違うものだし。

 ……なんて話は、しても仕方がないか。

 

「だが、本当によく似合っている……綺麗だ」

「あっ……」

 

 ロクサーヌの頭をそっと撫でる。

 顔は直視できない。

 

「それと、俺は故郷に未練はないし、帰るつもりも全くないからな」

「……では、ずっと一緒、ですね?」

「…………そうだな」

 

 耳が熱い。

 

*1
 ヴィクトリア女王治世下の19世紀英国を指す歴史用語。

 シャーロック・ホームズやジャック・ザ・リッパーの時代として知られる。

*2
 モンゴルの民族衣装であるデールを想定しています。

 パリオリンピックのモンゴル選手団の服が格好良かったので。

*3
 11世紀のイングランド、コヴェントリーの伝承。

 夫人が夫の圧政に諫言したところ、「もしお前が全裸で馬に乗り、コヴェントリーの町を巡れるなら税を下げる」と条件を提示され、それを実行した。

 町の人々は彼女の勇気と自己犠牲に敬意を表し、誰も彼女を見ないように家に閉じこもった(ただし、後世の話では『覗き見(ピーピング・)トム』がこっそり見たというエピソードが加わった)。

 現代では史実ではないと考えられている。

 日本ではゴディバのチョコレートのロゴとして有名な人。




帝宮にいるとんでもない変態の登場は次章になる予定です。
男爵と会うのも同じくです。
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