加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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   ソマーラの村

     村長宅

 

 急ぎ村長と話したところ、「きちんとご契約いたしましょう」ということになった。

 外部の人間が村人に大量の武器防具を渡すから多少一悶着あるかもとは思ったが、まさかこんな話になるとは……。

 面倒だなとは思ったが、村長としては若者達に責任感を持って仕事としてやらせたいようだ。

 

「こちらの都合で申し訳ありません」

 

 と丁重に謝罪されては、断るわけにはいかない。

 

 急ぎ、村長とビッカーが肩を突き合わせて契約書を書き上げた。

 多少は読み書きできるようになったとはいえ、契約の文言とかはさすがに読めない。

 書いてる途中に何度も問題ないかは確認されたが、署名する前にロクサーヌに読み上げてもらう。

 

「えっと、冒険者ミチオ・カガ、以下、甲。

 ソマーラの――」

「×××××× ×××××――」

 

 横ではビッカーがブラヒム語がわからない若者に読み聞かせている。

 その内容は、以下だ。

 

――冒険者ミチオ・カガ(以下「甲」)と、ソマーラの村の村長、自警団団長ロムヤおよび自警団一同(以下「乙」)は、聖なる契約の証として、以下の条項を厳粛に取り決める。

 

 大仰だなと思うが、これでも大分簡略化しているらしい。

 本式なら、騎士団とかに証人として立ち会ってもらう必要があるそうだ。

 

「第一条、装備品の譲渡について――」

「×××××× ×××××――」

 

――甲は乙に対し、以下の装備品を譲渡するものとする。

 

――レイピア、一振

――鋼鉄の盾、一面

――鋼鉄の剣、一振

――鉄の剣、三振

――硬革の装備一式、三揃

――銅の剣、八振

――皮の装備一式、八揃

 

――かかる装備品は、乙が後述の義務を果たすための武具として提供されるものなり。

 

「第二条、魔物駆除および戦利品の取引について――」

「×××××× ×××××――」

 

――乙は、ソマーラの村の周囲に跋扈する魔物を駆除し、その討伐により得た戦利品を甲に優先的に売却するものとする。

――但し、初回の取引においては、第一条に定める装備品の対価として、乙は以下の戦利品を甲に無償で譲渡するものとする。

――ウサギの毛皮、47枚

――ウサギの肉、2片

――ウサギのスキル結晶、1個。

 

――戦利品およびその価格は以下の通り定める。

――ウサギの毛皮、10ナール、公定価格と同額

――ウサギの肉、80ナール、公定価格と同額*1

――ウサギのスキル結晶、ベイルの商人ギルドにおける前回落札価格と同額

 

――甲は、乙が提示した戦利品を上記価格にて優先的に買い取る権利を有し、乙はこれを遅滞なく甲に引き渡す義務を負う。

――更に、甲は5日に1回、ソマーラの村を訪れ、戦利品の買い取りを行うものとする。

――甲が上記の権利を行使しなかった場合、乙は他の者に戦利品を売却する自由を有する。

 

 値段は探索者ギルドの売却額と同額に決まった。

 村長とビッカーには、村まで買い取りに来てもらうのだから、「むしろお安く致します」とまで言われたが、さすがにそれはどうかと思った。

 ほんのちょっとの値段の違いで、遠くのスーパーまで買い物に行くのが人間というものだ。

 後々不満を抱かれそうな種は蒔くべきではないだろう。

 

――乙は、甲の到来まで、戦利品をアイテムボックスに安全に保管する義務を負う。

――更に、乙はベイルの商人ギルドの競りに出品されるスキル結晶について、甲に対し、その出品の事実および詳細(出品時期、数量、予想価格等)を遅滞なく報告する義務を負う。

 

 この辺りは、申し訳なさそうにする村長達を納得させるために付け足した義務だな。

 アイテムボックスに入れていれば嵩張らないし劣化しないから、言われないでも入れて保管するだろうが。

 

 そしてビッカーには、ウサギに限らずスキル結晶の出物を調べるように頼んだ。

 ベイルの迷宮に出現する魔物では、一階層のニードルウッドのスキル結晶は狙ってないが、二階層以降のグリーンキャタピラー、コボルト、ミノ、チープシープ辺りは狙い目だ。

 この後ビッカーの予定が空いているなら、ベイルに移動して明日の出品を確認しに行こう。

 

「第三条、責任の免除について――」

「×××××× ×××××――」

 

――乙が魔物との戦闘において傷を負い、あるいはその他の損害を受けた場合、いかなる状況においても、甲は一切の責任を負わぬものとする。

――乙は自らの危険と責任において本契約を履行するものと心得るべし。

 

 これは令和の感覚ではかなりギョッとする文言だ。

 ただこの世界では当然の感覚らしい。

 無言で聞いている自警団の若者達が、表情を引き締めた。

 

「第四条、契約の効力について――」

「×××××× ×××××――」

 

――本契約は、両者が署名し、誓いを立てた時点より効力を発する。

――本契約の有効期間は春季までとし、その後の継続については、甲および乙が協議の上、別途合意するものとする。

――神々の加護と正義の下、両者は本契約を誠実に履行するものとする。

 

「――以上になります」

「ありがとう、ロクサーヌ」

 

 言い終わって、「はふぅ」と息を吐くロクサーヌを労う。

 ビッカーもお疲れさん。

 

「契約内容に至らぬ点はございますでしょうか?」

「いや、申し分ありません」

 

 なんとなく、ちょっと改まった言い方になってしまう。

 村長はほっと息を吐くと、厳粛な面持ちで若者たちに向き直り、

 

「×××××××××××」

 

 恐らくは、責任感をもって務めるように、とかなんとか言っているのだろう。

 ともかくも、肩が凝る時間は終わった。

 

 

 

    ベイル

   アランの館

 

 村で猫と安楽椅子を受け取り、家に運び入れたら間を置かずにベイルの町へ向かった。

 ロクサーヌは猫の世話があるので、代わりにハンナに付き添いを頼んだ。

 

 それにしても……何だ、この忙しない姿は。

 休日の姿か? これが……。

 休出の姿だ、これが。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

 応接間でお茶をいただきながら、在るべき休日の過ごし方に思いを馳せていると、アランが入ってきた。

 強面の男が一緒だ……冒険者か。

 

「本日お渡しできる品は、以下になります」

 

 アランとは石鹸とチョークの製法を教える代わりに、彼が抱えている戦闘奴隷が迷宮で得たドロップアイテムを売ってもらう契約を結んでいる。

 値段はやはり、公定価格と同額だ。

 ウサギの毛皮のように必ずしも高く売れるものばかりではないが、食材だったら店で買うより安く済むし、装備品や薬の素材だったらセリーや俺が加工できるから、利鞘は充分にある。

 

 アランに、目録……と思われる書面を渡された。

 数量くらいはわかるが詳細は読めないので、軽く目を通してハンナに渡す。

 

「アイテムは彼女に渡してくれ」

 

 冒険者が無言で頭を下げ、アイテムボックスの中身をハンナのアイテムボックスに移していく。

 ……おっ、(らく)があるな。

 (はまぐり)もまだまだあるし、夕食はクラムチャウダーにしようかな。

 

「それと、当家で製造を開始した白墨でございます」

「……おっと、そういえばそちらの値段は決めてなかったな」

 

 白墨はチョークのことだ。

 チョークの語源は知らないが、ブラヒム語にはなかった。

 なので、アランが商品名をつけたらしい。

 

「いえいえ、まずは出来栄えを見ていただきたいので、どうぞそのままお持ち帰り下さい」

「まあ、そういうことなら……」

 

 自分たちでも使っているんだからそんな必要はないだろうに、上手いこと言うもんだ。

 断る理由もないので、ありがたく使わせてもらおう。

 

 金勘定を済ませて、少しばかり世間話をする。

 アランには俺がどういう奴隷を求めているか伝えているので、心当たりがないか一応訊いてみた。

 だが、やはり難しいらしい。

 やはり夏至の競りまで待つことになるか。

 

「……ところで、他家に修行に出している手前の倅のことなのですが」

 

 竜人族や魔法使いの奴隷を探すのは難しいが、それ以外に探しているもの――例えばスキル結晶とかがあれば、「是非ご用命ください」という申し出をされた。

 

 セリーをこの店で買った時は鍛冶師ではなかったが、俺が鍛冶師に奴隷を求めていたのは当然だが既知のことだ。

 そして俺が素材を集め始めたことで、セリーが鍛冶師になったのではないか……? と、アランは察しているフシがある。

 そうでもないと、定価で素材を引き取っても何の得にもならんからな。

 

 ……あれ? この話、前もしなかったっけ?

 

 既視感(デジャブ)がするのは疲れている時とエージェント・スミスが出てくる時と言われているが、いくら慌ただしいと言ってもそこまでじゃないし、引き取った猫は黒猫じゃない。

 ……ここがマトリックスが管理する仮想現実なら、このままどうか夢の中にいさせてくれ。

 俺は赤い薬は絶対飲まない、ケーブルも抜かない*2

 

 お茶をグイっと飲み干して思い出した。

 そうそう、深夜にダイナミックお邪魔しますを決めた時だ。

 

 バーナ語しか喋れないミリアを帝都の奴隷商から購入した日、カタリナにバーナ語を、ミリアにブラヒム語と行儀指導の教育をアランに頼んだ。

 そして教育が一段落したと考えたアランは、そろそろ俺を呼んで成果を確認してもらおうと思い、ついでに倅殿を挨拶させようとしていたようだ。

 それで、夜明けに帰ってきた倅殿を紹介されたんだった。

 

 あの時は眠気が酷くて、お茶をグイグイ呑んで誤魔化していたものだ。

 そして帰ってすぐベッドに入ったものだから、前後の記憶がほとんどなくなってしまっていた。

 外付け記憶装置であるセリーも、あの時は裏口を壊したことでずっと恥じ入る様子だったし、あの時の話はあまり蒸し返さなかったのだ。

 

「ありがたいことだ、是非お願いしたい」

「……書くものを貸していただければ、御主人様がお求めのスキル結晶の目録をご用意できますが」

 

 ハンナが申し出ると、アランが人を呼んだ。

 持ってきたのは、ミリアに短期間で片言とはいえブラヒム語を仕込んだ初老の女性――通称:匠だった*3

 ハンナに紙とペンを、そしてアランにひらひらした布を渡して去っていった。

 

「こちらは当家の嫁が、子育ての傍ら心を込めて刺したもの。

 四季の移ろいを映す花瓶の下に添えていただければ、家の彩りにささやかな手仕事のぬくもりが加わりましょう」

 

 改まった口上と共に差し出されたのは、レース編みのコースター? 花瓶敷き? だった。

 身も心も独身のおっさんだから、こういうちょっとした小物に気が回らないんだよな。

 花瓶の下に何かを敷くという発想がない。

 というかそもそも花瓶がない。

 

「これはご丁寧に、ありがたく使わせていただく」

 

 ……今度来たときは何かお土産でも持ってこようかな。

 せっかくハーフェンに行くようになったんだし、魚でも持ってこようか。

 この辺りは内陸っぽいから、海の物を持ち込んだら喜ばれるような気がする。

 

 ……いや、オシャンティーな刺繍のお礼に魚ってどうよ。

 完全に負けてる気がする。

 いやいや、鮭様も鮭を貰って喜んでたし、やっぱりアリか?*4

 

 ……まあ、後でハンナに相談してみるか。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 帰宅すると、居間にミリア以外が揃っていた。

 

『おかえりなさいませ、ご主人様』

「ああ、ただいま……ミリアはどうしたんだ?」

 

 尋ねると、セリーが「裏庭で燻製作りを代わってくれています」と答えた。

 魚の匂いで落ち着かないからと、志願したそうだ。

 もしかすると、沢山魚を選んだことに責任を感じているのかもしれない。

 

 

   猫

 

 

「子猫は落ち着いたか?」

「そうですね、一応は」

 

 居間の端っこには布を敷いた籠が置いてあり、その中でキジトラの子猫が入ってきた俺をじっと見ていた。

 籠と布は、ビッカーが用意してくれたものだ。

 

 貰ってきた子猫は、4匹兄妹、あるいは姉弟の唯一のメスだった。

 メスはオスより発育が遅いそうだ。

 だからか他の子猫とのじゃれ合いでも負けるようになってしまい、隔離するように育てていたのだという。

 

――1匹だけ引き取っていただけるなら、この子にしてもらえると……。

 

 というわけだ。

 おかげで、我が家の女性比率はまた上がってしまった。

 まあ、あまり元気な猫だと留守を預かるハンナ達の手に負えなくなりそうだし、ちょうど良かったのかもしれない。

 

 さっき家に連れ帰った時は逃げ出そうとしたり、ロクサーヌの腕の中で物悲しい鳴き声を上げていたものだが……。

 とりあえず、ジロジロ見るのは止めておく。

 環境が変わった猫は、しばらくそっと見守るようにして落ち着くのを待つのが良いらしい。

 

 というか一応休日なので、俺も落ち着きたい。

 早速安楽椅子でちょっと居眠りを……する前に、セリーに頼んでおくことがあるな。

 

「さっきソマーラの村でウサギのスキル結晶が手に入ったので、ロクサーヌの剣に融合しようと思う。

 セリー、夕食後にでも頼めるか?」

 

 風呂を沸かすタイミングなら、ついでにMP回復しにいける。

 セリーは「今やっても以前のような醜態を晒すことはないと思いますが……」と小首を傾げた後、「わかりました」と頷いた。

 ……とんでもない量の魚の燻製を作ることに比べたら大したことないです、と言われているような気がする。

 被害妄想だと思いたい。

 

「ありがとうございます、ご主人様。

 ご期待に応えられるように頑張ります」

「ああ、明日から頼むな」

 

 ともあれ、これで魔物のスキル攻撃をほぼ封殺できるのではないだろうか。

 ロクサーヌは周囲に気を配る余裕があるし、足も速いからな。

 

「それと、明日はウシのスキル結晶も手に入る予定だ」

 

 ビッカーに調べてもらった明日の競りの出物は、ウシのスキル結晶だった。

 ベイルの迷宮に最初に行った時、三階層のコボルトを嫌って四階層のミノから攻略を始めるパーティーがいたのを思い出す。

 早速明日競り落としてもらえるよう、ビッカーに依頼している。

 

「これもロクサーヌの装備に融合するのが良いような気がするんだが……」

「ロクサーヌさんの硬革の靴には、空きスロットがあるんですよね?」

 

 そうなんだが、それではもったいないと俺の中のもったいないお化け(ゴースト)が囁くんだ*5

 

「まあ、明日戦ってみてから考えよう」

 

 すぐに融合しなきゃいけない理由もない。

 ……という結論を出し続けて、人魚や蝶のスキル結晶がアイテムボックスの肥やしになっているのだが。

 

「ハンナ、商人ギルドでは相変わらず、コボルトのスキル結晶は値段が上がってるんだよな?」

「はい、昨日も5,400ナールで落札されておりました」

 

 別にそれ以上出すのはなんでもないが、じゃあ5,500ナール出したら落札できるのかと言うとそうとは限らないわけで。

 ロクサーヌ達がいる以上多少目立つのは諦めているが、必要以上に耳目を集めたくはない。

 まして、あいつ金持ってそうだし女に弱そうだぜ……とか噂されるのは避けたい。

 

 いつぞやまとめ買いできたお陰で、コボルトのスキル結晶はまだ4つある。

 だが1つは今日使うし、ウシのスキル結晶にも使うなら2つ……この調子ではすぐなくなってしまうな。

 

「どんなスキル結晶を融合させようとしているのか知らんが、さっさと成功させてほしいものだ」

「何を狙っているのか、調べておきましょうか?」

「いや、そこまではいいだろう」

 

 だって知ったところでなぁ……。

 〈鑑定〉を使えばスキル融合の成否を予め知ることができるが、そんなことをしてやる理由もないわけで。

 

「さて、あとは猫の世話だが、ミリアに頼もうと思うのだが」

「はい、本人もそのつもりでした」

 

 どうかなと思ったら、すぐロクサーヌが頷いた。

 粗方話はしておいてくれていたらしい。

 

「あまり構いすぎても良くないらしいが、目を離すのも不安だ。

 しばらくの間、夜はミリアに面倒を見ておいてもらおう」

「えっと……はい。

 ミリアに言っておきます」

 

 そしてベッドが狭い問題もとりあえず先送りだ。

 

「それと、猫は風呂に入れる……のかな」

 

 皆の反応は……困っているようだな。

 それもそうか、そもそも風呂の存在が希少なわけだし。

 猫を飼っている王侯貴族のお風呂事情なんか、さすがに知る由もないだろうしな。

 

 この世界の猫の飼い方は、割と先進的な感じだ。

 昭和の時代の漫画とかだと、外飼い……というか半野良半飼い猫みたいな飼い方も一般的だったようなんだが、こっちでは室内飼いが基本だ。

 まあ、外に魔物がうろついているから、当然と言えばそうだが。

 猫が危険なのもそうだが、ノンアクティブ状態の魔物に猫がちょっかい出してアクティブ状態になったら死人が出かねないからだと思う。

 

 だからトイレの世話なんかもちゃんとする必要があるわけで……風呂も入れるのかな? と思ったのはそれが理由だ。

 

「ええと……何かあったときのために、泳ぐ訓練をするのは良いかもしれませんね」

 

 ロクサーヌが絞り出すように言った。

 そこまで無理やりフォローしてくれなくてもいいのよ?

 

「……話が逸れて申し訳ありません。

 それで思い出したのですが、昨日この辺りで季節外れの雨が降りまして」

 

 昨日は1日迷宮に入っていたから、天気は全然気にしていなかった。

 詳しく聞くと、クーラタルの辺りはそれほどでもないが、川の上流の方で降ったようで、増水していたらしい。

 この家で使う水は、俺が全て〈ウォーターウォール〉で出しているから水汲みにも行かないし、あまり天気は気にしてなかった。

 

「世話役のオネスティさんが言うには、下水の堤が壊れたそうです」

「大事じゃないか。

 今日風呂を沸かすのは止めたほうが良いかな?」

 

 毎日トン単位のお湯を下水に流してる我が家は、間違いなく一番下水を利用しているだろう。

 風呂場で〈ワープ〉を使って、ゲートに向かって排水すればいけるか?

 ……推定1トンのお湯が入った桶を持ち上げるのがそもそも無理だな。

 間違いなく壊れる……俺の腰が。

 

「いえ、もう水は引いてますし、特に水を使うことを禁止されてはおりません」

「おお、それはなにより」

 

 だが、補修工事のために各家から人を出してもらうことになるそうだ。

 尤も、まだ領主に許可を求めている状態なので、いつになるかはわからない。

 話が決まってから報告しようと思ったが、話の流れで言っておいた方が良いと思ったようだ。

 

「では補修工事の話は決まってから考えるとして、猫を風呂に入れるかどうかも……まあ、猫の反応を見て考えてみてくれ」

「はい、怖がらせないように、ミリアに言っておきます」

 

 まあ、こんなところかな。

 

「ところで、猫に名前はお付けになりますか?」

「おっと、それがあったか」

 

 ぱっと思いつくのは国民的アニメのタマだが……こっちの言葉で変な意味だったら困るな。

 カツオをイタリア語にすると、センシティブな意味になるというのは有名な話だ。

 

「こっちではどんな名前をつけるんだ?」

「……見た目の特徴から名付けるのはよく聞きますけど」

「あとは性格とかでしょうか」

 

 ロクサーヌとセリーが『黒縞模様』、『茶褐色』、『長い尻尾』、『青い眼』、『短い毛』、『臆病者』と単語を羅列した。

 これは単に特徴を並べているわけではなく、名前候補を言ってくれているようなのだが……多分、謎翻訳さんが仕事を頑張っちゃってるな。

 日本語に直訳されているせいで、およそ名前と認識することができない。

 

 ……いや、それにしたって臆病者はなぁ。

 ド直球過ぎて、マーティ・マクフライも怒る前にびっくりしそうだ*6

 

「……あとは、物語から名前を拝借することもありますね」

 

 俺が怪訝な顔をしていることに気づいたのか、ロクサーヌが付け足すように言った。

 うーむ、となるとやはり、

 

「タマ……は、どうだろうか?

 俺がいたところでは国民的に有名な……あー、絵物語に出てくる飼い猫の名前なんだが」

「どんな物語なんですか?」

 

 ロクサーヌに訊かれて、困ってしまう。

 

 ……人生で一度も、このことを説明したことも説明を求められたこともない。

 いや、何度も観たことがあるし、家族構成も知っている。

 カツオとワカメがタラちゃんの叔父叔母であることも把握している。

 でもそんな説明をしても意味ないよな。

 

「……あの、申し訳ありません」

「あ、いや、悪いことはない。

 皆なんとなく知っているものだから、誰かに説明したことがなくってな」

 

 困惑していた、と素直に話すことにする。

 

「それに、何か面白いとか為になるのかと言われると、よくわからなくてな」

 

 別につまらないわけではないのだが。

 あれって一口でどういう物語で、誰がどういう目的で観ているんだ?

 終わりゆく日曜日に思いを馳せるため?

 アナゴさんの美声に耳を震わせるため?

 

「古くから伝わる寓話とかはそんなものです。

 かつては何かの警句だったり、教訓を伝えていたのだと思いますが」

 

 セリーがフォローしてくれた。

 それもなんか違うのだが、蒸し返しても仕方がないので「そうかもしれないな」と頷いておく。

 

「とりあえず、タマという名前がおかしくないなら、それでいいか?」

「はい、呼びやすいですし、良いと思います」

「特に思い当たる単語もないですね」

 

 ブラヒム語にもバーナ語にも、思い当たる言葉はないらしい。

 音と口の動きが一致してるから、謎翻訳さんが仕事をして『ボール』とかに変化してるということもないようだ。

 

「お前の名前はタマだ、よろしくな」

「ご主人様のお役に立つのですよ、タマ」

 

 

   タマ

 

 

 ……おおっ、鑑定結果が変わった。

 

*1
原作では帝都の服屋が160ナールで買い取っていますが、毛皮を倍額で買い取っているので肉も同様であると考えています。

*2
 1999年公開の映画『マトリックス』のこと。

 その世界において、AIとの戦争で負けた人類は体内の生体電気エネルギーを得るために飼育される家畜となっており、電源となっている人間は仮想現実世界で夢を見て過ごしている。

 夢の中で赤い薬を飲むと目覚めることができ、現実世界で頭の後ろに挿し込まれているケーブルを引き抜くことでAIの支配から脱することができる。

 ……という設定は多分二の次で、バレットタイムという斬新なSFXを利用したアクションシーンは多くの男の子を魅了した。

*3
もちろん道夫さんの心の中だけの呼称である。

*4
 鮭様は戦国時代の大名、最上義光の愛称の1つ。

 義光は鮭を非常に好み、領民から鮭を献上されて大喜びした、伊達政宗・豊臣秀吉・徳川家康にも贈答した等の逸話が残っている。

 出羽国(現在の山形県)庄内地方を領有した時は『念願の鮭(が獲れる港)を手に入れたぞ!』と喜んだが、十五里ヶ原の戦いで上杉景勝に『殺してでも奪い取る』された。(意訳)

*5
 原作で明言されているわけではありませんが、原作道夫君はコウモリのスキル結晶を硬革の靴にスキル融合しています。

 他に登場した移動力上昇スキルがついた装備も加速の靴しかありませんし、本作ではコウモリ(回避力)とウシ(移動力)とカエル(※本作オリジナル:跳躍力上昇)のスキル結晶は足装備にのみ融合可能ということにします。

*6
 マーティ・マクフライはタイムトラベルを題材にしたSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公。

 彼は「チキン(腰抜け)」と呼ばれると激昂し、無謀な行動に出るのがお約束。

 そして怒らず大人になる時が物語の終わりでもあった。

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