その後、正式な手続きを経て、加賀道夫容疑者(37)のインテリジェンスカードにロクサーヌさん(16)の所有者であるという証拠が刻印された。
警察はベイルの町在住のアランさん(51)が何らかの事情を知っているものとし、事件の重要参考人として――。
……奴隷の権利と所有者の義務についての説明を聞いていると、海外刑事ドラマでよく見るミランダ警告を思い出して、そんなくだらないことを考えてしまった。
「それでは、またのご利用をお待ちしております」
奴隷商アランに見送られて店を出る。
ロクサーヌは大きな旅行カバンのようなトランクを持っている。
中身は木の盾、皮の帽子、皮のジャケット、皮のミトンだ。
足装備のサンダルはそのまま履いており、銅の剣は俺に渡されて現在ベルトの重しとなっている。
奴隷に武器を持たせるのは一般的ではないようだ。
荷物を持ってやる……のもおかしいか、自身の装備なのだし。
「……さて、まずはベイル亭で宿を取ろうと思う。
その後、迷宮に……行く前に市で身の回りのものを買う必要があるな、市は何時ごろまでやっているだろう? 5日に一度とは聞いているのだが」
「日暮れまでですから、あと4、5時間ほどでしょうか……。
品切れになれば早く閉める店もあると思いますが」
夜明けに起きてソマーラの村を出たから、体感的にはそろそろ残業時間なのだが、まだ昼下がりというところか。
「腹は減っていないか?」
「大丈夫です、朝食は食べましたので」
そういえば、どうもこちらに昼食の習慣はないのだった。
今日は村長夫人にパンを貰ったから大丈夫だが、明日以降は少し考えたいな。
溜め食いは良くない、血糖値的に考えて。
「ではベイル亭へ行く」
ベイル亭
ベイル亭については、朝ビッカーに聞いて場所の下見だけはしておいたので、すんなりと入る。
<♂・35歳>
旅亭:Lv28
カウンターにいる男はちょっとレベルが高いな。
俺と同じようなラフな格好をしている、高級ホテルというわけではなさそうでほっとした。
人間と区別がつかないが、♂となっているから亜人か獣人なのだろう。
「二人部屋を取りたいのだが、空いているだろうか?」
「大丈夫だ。……ダブルでいいか?」
「いや、ツインルームが良いのだが*1」
つい、ロクサーヌの様子を窺ってしまう。
ほっとしている……のかもしれない。
こっちは16歳の女の子と同室という時点で緊張しているんだが? 加齢臭がしないか、とかな!
「わかった、部屋のグレードはどうするね?」
「普通のにしてくれ」
「夕食はどうする? 旅亭ギルドの宿は食事が自慢だ、
ま、安いところを探すんならそれもいいが」
「では、夕食に期待させてもらおう」
旅亭はニヤリと笑った、本当に自慢なのだろう。
村長夫人の料理は悪くなかったから、期待してしまうな。
「うちは旅亭ギルドの宿屋だ。
インテリジェンスカードのチェックをするけど、いいね?」
「構わない。
……ちなみに、泊まれないのは盗賊だけか?」
「他に何がある。
……ああ、奴隷も問題ないぞ」
ロクサーヌの首輪を見て気付いたのだろう。
他に、亜人なら山賊、獣人なら海賊になること、とりわけ凶悪の盗賊は兇賊になるなど、思わぬ話も聞けた。
恐らく上級職のことだろうな。
そして言うまでもなく、それらは全部まとめて宿泊不可とのことだ。
「一番安い二人部屋は500ナール、夕食も1人分なら60ナール、2人分なら120ナールだ」
「2人分で」
「……ええと、ステイ利用だし初めてのお客さんだから、一泊434ナールでいい。
料金は先払い、ただし、1日分からで構わない」
ここでも3割引が効いているな、良いことだ。
食堂の場所、朝食と夕食の時間や注意事項等の説明がされる。
「昼の食事用に弁当なんかはないか?」
「ああ、冒険者の中にはそういう人もいるな。
パンに肉と野菜を挟んだ軽食で良ければ20ナール、朝食の時間に食堂で受け取ってくれ」
それも2人分欲しいというと、一泊462ナールに訂正されたので、2日支払う。
1日でこれ以上の金額が稼げれば、とりあえず口に糊することはできるのか。
「滔々と流るる霊の意志、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン。
……ん? あんたがミチオさんか」
「……そうだが?」
「ああ、さっきビッカーって商人が、もしかしたら泊まるかもしれないって、空室の確認をしに来たよ」
夕食代はもう受け取っている、と一部を返してくれた。
そうか、いつもより人出が多いと言っていたから、心配してくれたのだろう……人の縁を感じて嬉しくなる。
地球では仕事でしか人付き合いがなかったが、こっちではもっと上手くやれたらいいな。
※ ※ ※
その後、部屋に案内された。
シングルベッドが2つ――ありがたいことに衝立で仕切られている――そしてクローゼットと、簡素な2人掛けの椅子とテーブルが一組。
広さは12畳ほどだろうか、雰囲気としてはビジネスホテルという感じだ。
普通でこれなら、グレードの高い部屋とかどうなってるんだろうか。
「うちでは遮蔽セメントを使っているし、鍵付きの棚もあるが、貴重品は持ち歩くようしてくれ」
「わかった」
いや、わからんが。
遮蔽セメント? 心の調べ物リストが渋滞し始めている。
とりあえず心に棚を作っておく。
「あの、お食事をいただけるようで、ベッドも……よろしいのでしょうか……ありがとうございます。
ええと、ビッカー様というのは?」
「ベイルに来る前、ソマーラの村というところに滞在していてな、ビッカーはその村の商人だ。
ちょうど、村に盗賊が来た時に居合わせたので撃退したのだが、その縁で色々世話をしてくれている。
……ああ、そうだ」
キュピコを分けてもらっていたのだった。
「村ではこのキュピコという果実を作っていてな、村の名産品にしようと頑張っているようだ。
……1本どうだ?」
「ありがとうございます! いただきます」
そのうち会う機会もあるだろうと言うと、是非お礼をしたいです、という。
ロクサーヌを買ったことをどう言われるだろうか、……まあこの世界ならそうおかしなことではないのだろうが。
……ロムヤとか体育会系特有のドギツい下ネタとかぶつけてきそうだ、クソデカ偏見だが。
「荷物を置いて、次は身の回りのものと、私の装備を整えたい。
必要なものはなんだろうか?」
「ええと、ご主人様のお荷物はこれだけでしょうか?」
村長にもらったリュックサックに、部屋着にしていたジャージと下着が入っているが、それだけしかない。
感覚としては、着の身着のまま出張先に行き、貯金のほとんどをはたいて高級車を買った後、背広とアメニティグッズを探し始めるようなものか、そりゃ
先ほど作った心の棚に〝まるで無計画な自分〟を一旦置いて見えないことにする。
ロクサーヌはクローゼットにその乏しい荷物をしまいはじめた。
化学繊維には初めて触れるのだろう、「こ、これはすごいです!」と慄いている。
……トランクスをまじまじと観察するのはやめていただきたい。
「あー……っと、下着と着替え、雨が降るかもしれないから外套、洗濯したり身体を洗ったりするのは……」
ロクサーヌに聞き取りし、必要なものを復唱していく、本当はメモ用紙が欲しい。
シャンプーはない、ブラヒム語に翻訳もできなかった。
石鹸はあるが、高級品……いつか作れたら作ろう、理科の実験で作ったことがあるし、ぼんやりとは覚えている。
歯磨き粉はないがシュクレの枝で作った房楊枝で歯が磨ける。
服を洗うのはコイチの実のふすま……
下着と靴下。
装備を手入れするための手ぬぐいとオリーブオイル。
探索のための水筒――家畜の胃袋らしい――とリュックサック。
剣、盾、頭、手、鎧、足の装備……これはロクサーヌと同じもので良いだろう、自分の装備を差し出そうとするロクサーヌを、新品の方が良いから、と押し留める。
「じゃあ、買い出しに行こうか」
「はい」
鍵を旅亭の男に預けて、市場に出る。
ロクサーヌは多分、買い物が長いタイプだ。
雑貨類はともかく、服に関しては長くなりそうな気配を察したので、「夕食前に、少し迷宮に入りたいな」と独り言を零すと早くなった。
そのうち余裕ができれば、買い物を楽しませてやりたいものだ、……俺はその間、酒でも呑んでいるとして。
装備は武器屋と防具屋に行けば、空きのスキルスロットがある装備が1つや2つはあったので、選ぶ余地が少ないので助かった。
また、より高価な武器のほうがスキルスロットが多くなる傾向があることも知れた。
ということは、安価な装備を使っているうちはあまり気にしなくて良さそうである。
……気になることは、ロクサーヌも商人も仮称:スキルスロットのことを認識していないらしいことだ、何かしらの意味はあるのだと思うのだが。
それらの用事を済ませて、ようやく迷宮に来ることが出来た。
ロクサーヌによれば、移動時間を考慮すると1時間ほどで戻らないと夕食に間に合わないという。
気分的にはそろそろ深夜残業帯なのだが……逆に考えよう。
初めての迷宮探索なのだから、何があるかわからない、最初は様子見で少し潜るだけだ。
そう考えれば、ちょうど良い時間と言えるのではないか。
……探索というより、探訪だな。
ベイルの迷宮
一階層
「ほ、本当に一撃なのですね……すごいです」
迷宮に入って、すぐボーナス装備のデュランダルに持ち替える。
そして、ロクサーヌの案内で見つけたニードルウッド Lv:1と鑑定された木の魔物をあっさり仕留めた。
「すごいのはこの剣……あとロクサーヌだがな」
「わ、私ですか!?」
「ニードルウッドを見つけてくれたじゃないか、しかも、向こうがこっちを見つける前に」
おかげで後ろ――前後がわからないが、進行方向の逆だったので恐らく――から一方的に袈裟斬りにできた。
ゲーム的に言えば、不意打ち無効&先制攻撃確率UPというところか、人権キャラというかぶっ壊れというか。
ロクサーヌがはにかんでいる、尻尾が動いている! ふぁっさ……ふぁっさ……かわいい……語彙力……お前、消えるのか?
「こ、この剣のことは内密にな」
「は、はい! ……なるほど、それで銅の剣を購入されていたのですね」
そういうことだ、と答えながら、魔物を倒した後の残留物を〈鑑定〉。
ブランチ
「ブランチか……」
「はい……ニードルウッドのドロップアイテムですね。確か10ナールほどで売れたかと*2」
さきほど買い物した時、散々世間知らずなところを見せたからだろう、解説してくれた。
1日これを50も拾えば食うのには困らなさそうか。
確かに、堅実にやっている分には糊口を凌ぐことはできそうだ。
さて、次の魔物は、と思ったところで、
「え、ええと、パーティー編成はなさらないのでしょうか?」
「パーティー編成?」
「……はい、ご主人様は探索者か冒険者の方ではないのでしょうか?」
そういえば探索者ギルドというものがあるのだった、と思いながら、〈ジョブ設定〉を唱える。
(おお、ジョブが増えている)
予感はあった。
ロムヤからも、探索者になるのに特に試練とかはなく、誰でもなれるようなことを聞いていたからな。
条件が迷宮に入ることだけならば、そうもなろう。
【ジョブ設定】
村人:Lv2
英雄:Lv1
探索者:Lv1
盗賊:Lv2
「……いや、探索者だ」
今なった。
元々、〈サードジョブ〉までボーナスポイントを設定していたので、そのまま設定することができた。
探索者:Lv1
効果:体力小上昇
スキル:アイテムボックス操作
:パーティー編成
:ダンジョンウォーク
なるほど、ロクサーヌがなぜ俺が探索者や冒険者だと思ったのかわかった。
迷宮に入ってからデュランダルを出したのを、アイテムボックスから出したと思ったのだろう。
(パーティー編成)
そんなことを頭の片隅で考えながら、スキルを唱えると、対象を指定する
AR*3のようなイメージだな。
マーカーをロクサーヌに合わせる。
「え? あ、入ります!*4」
【パーティー】
・加賀 道夫
・ロクサーヌ
加入されたようだ。
「パーティーの効果はどのようなものだろうか?」
「移動魔法はメンバーも一緒に移動できます」
「ダンジョンウォークのような?」
「はい、あとは冒険者のフィールドウォークですね」
名前からすると、探索者の〈ダンジョンウォーク〉が迷宮内の移動、〈フィールドウォーク〉は外での移動用というところか。
さっき迷宮に入る時、入口近くの大木から黒い壁が生えてきて――としか表現できない――6人組が出てきていた。
魔法使いのジョブを持っている人間に気を引かれたが、冒険者もいたような気がする、あれが〈フィールドウォーク〉だろう。
〈ワープ〉については言われない、ボーナス呪文は知られていないのだろうか。
「他にも、離れた場所にいてもどの辺にいるかわかったり、経験を共有すると言われています」
その辺りは、まんまゲームだな。
「では、次の魔物まで案内してくれ」
「はい!」
俺はロクサーヌの揺れる尻尾を見ながら迷宮を進んだ。