加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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もう数話日常回が続きます。


階層突破

 

 

   ネコは 子どもの ころ 食べもの を 好きなもの

   になる そうです。

   わたしは 子どもの ころ 魚 好きでした。

   だから ミリアは 魚好き と いわれました。(ミリア)

    ↑猫は子猫のうちに食べたものが好物になる、

     ということみたいです。

     魚以外の餌も与えた方が良いですね。(ロクサーヌ)

    ↑ネズミや害虫を捕らせるのですから、そもそも

     あまり食べさせないほうが良いのでは?(セリー)

    ↑そうでした。(ロクサーヌ)

 

   ※ここからしたはごしゅじんさまのめもです。

 

   春67日

    AM:ターレ17F(行ければ)

    PM:ハルバー17F

 

 

 

   ターレの迷宮

     入口

 

 ここに来るのは何日かぶりだ。

 しばらく探索者になっているという設定になっていたから、寄りつけなかったのだ。

 

「ああ、お久しぶりです」

「どうも」

 

 入口にいるエルフの探索者に挨拶された。

 公爵の依頼でハルツ公領の迷宮に入っているから、挨拶だけはちゃんとするようにしている。

 

「探索はどこまで進んでる?」

「3、4日前に十七階層まで進みました」

 

 以前来た時は十六階層までだったが、順調に進んでいるようだ。

 というかギリギリ間に合ったというところか。

 公爵の依頼を受けているために騎士団関係者ということになっているから、攻略が進んでいる最上階まではタダで運んでもらえる。

 十八階層まで突破されていたら、十七階層に行くのに余計な金を払うか、わざわざ非効率な十六階層を突破する羽目になるところだった。

 

「十七階層の魔物は何かな?」

「ハットバットですね」

 

 えーと……ハットバットは火魔法以外が弱点の魔物だな。

 十六階層のクラムシェルが土属性弱点だったから、やりやすそうな階層だ。

 十八階層も土属性弱点族なら激アツだ。

 

「では、十七階層まで送ってくれるか」

 

 

 

   ターレの迷宮

    十七階層

 

 入口の探索者に「いつもありがとう」とお礼を言って、目的の階層に入った。

 

 この探索者に送ってもらう作業が、地味に面倒だったりする。

 パーティーメンバーの枠が余っていないからだ。

 

 パーティーを解散するとハンナとカタリナが抜けてしまうし、盗賊が出た迷宮で誰か1人だけ入口に残すのも不安なので、ロクサーヌ達3人に一旦抜けてもらってから探索者に〈パーティー編成〉を使っている。

 そして目的の階層まで送ってもらったら、また入口に戻ってロクサーヌ達に〈パーティー編成〉を使って……という流れだ。

 どちらもすぐ近くに探索者がいるから、合計4回〈パーティー編成〉の詠唱を唱えなければならない。

 

「次から、もう一度パーティー編成する時は、一階層に入ってからにしようか」

 

 一階層なら探索者じゃなくても迷宮内に入れる。

 そしてそれなら人目を気にしなくて良いので、〈詠唱省略〉で済ませられるわけだ。

 ……と言いながら、問題点に気付いた。

 

「いや、パーティー編成しないで中に入ると怪しまれるか?」

 

 4人パーティーに見えているはずなのにそんなことをしていることは、特に怪しまれていない。

 アランの所の戦闘奴隷のように、留守番メンバーがいるのは別に普通のことのようだ。

 だが〈パーティー編成〉しないで迷宮に入るのは、普通におかしいだろう。

 

 そう思っているとロクサーヌが、

 

「大丈夫だと思います。

 以前ご主人様と2人でクーラタルの迷宮に入った時、入口の小部屋でそういう作業をしている人を見ましたし」

「ああそうか、あそこは入口が混んでるからな」

 

 理由は違うが、似たようなことを考える者はいるわけか。

 

「手間も掛かりませんし、その方が良さそうですね。

 それに、ご主人様が詠唱しているのはどうも違和感がありますし」

 

 ……セリー君、それはどういう意味かね。

 ツッコミたいが、異常なのはどう考えてもこっちの方なので黙っておく。

 

「では、探索開始といくか」

「はい、ハットバットと弱点が一致しないのは、火属性が弱点のラブシュラブとロートルトロールです」

 

 戦ったことのある魔物ばかりだから、セリーのブリーフィングも必要最低限だった。

 

「その2種類は避ける、もしくはその2種だけがいる所に案内する。

 ……で、良いですよね、ご主人様」

 

 ロクサーヌも話が早くて楽だな。

 

「ああ、それで頼む。

 クラムシェルも多いだろうから、遊び人には初級土属性魔法を設定しておくか」

「はい、それでは、こちらです」

 

 ロクサーヌが剣を抜いて歩き出した。

 〝強権のダマスカス鋼剣〟の初お披露目だ。

 そして早速、

 

「ご主人様、あちらに」

「ああ、ありがとう」

 

 

   ハットバット

     Lv:17

 

 

 

   ハットバット

     Lv:17

 

 

 

   グラスビー

    Lv:17

 

 

 やっぱり〈鑑定〉は〈詠唱省略〉があると楽だな。

 〈詠唱中断〉の手が増えたから、セリーには加速の靴を外してもらっている。

 

 空を飛ぶ魔物だけだから、〈ブリーズストーム〉で……って、遊び人に〈初級土魔法〉を設定しちゃったな。

 ま、大丈夫だろう。

 

 ……大丈夫だった。

 〈ブリーズストーム〉と〈サンドストーム〉を1発ずつ、とどめに〈サンドストーム〉を殲滅完了だ。

 

「お見事です」

「ああ、多分クリティカルが発生したな」

 

 想定より1発少ない。

 今日は食糧調達がメインじゃないから、料理人の代わりに博徒を付けて余ったボーナスポイントをクリティカル率上昇に割り振った。

 それが早速仕事してくれたようだ。

 

「この階層も問題なさそうだな。

 このまま攻略を進めよう」

「はい! この調子ならすぐ階層突破ですね!」

 

 ロクサーヌはやる気満々だ。

 まあ、魔物が楽に倒せたところで、すんなり出口まで辿り着けるとは限らんのだが。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 と思ってたんだが、その日のうちにボス部屋まで到達してしまった。

 

「やりましたね! まだ夕食まで時間があります。

 もしかすると、我々が一番乗りかもしれません!」

 

 ロクサーヌがグッとガッツポーズした。

 俺は今朝、探索者に攻略状況を聞いて、運賃を払わなくて済んで『ギリギリ間に合った』と思った。

 だがロクサーヌは、一番乗りで階層突破をするつもりだったのか。

 

「いやいやいや、さすがにさっきの今で攻略するのはだな。

 ……早すぎると怪しまれやしないか?」

 

 俺がそう言うと、ロクサーヌの尻尾がしなっと垂れ下がった。

 ……ぐ、ぐぬぅ。

 

 だが、どう考えても魔法が使えないと不可能な攻略速度だろう。

 公爵のポイント稼ぎのために階層突破はしたいが、それで過度な評価をされるのはご遠慮願いたい。

 ……現時点ですら、なんか重すぎる期待をかけられているっぽいのに。

 

「いえ、ご主人様が魔法を使えることは秘匿しなければなりませんが、ロクサーヌさんの索敵能力はそうではない……ですよね?」

「お? おおっ、なるほど」

 

 確かに、さすがはセリーだ。

 元々人目を避けて探索しているし、ロクサーヌのおかげで敵を避けて攻略することができた……ということにすれば良いわけか。

 狼人族が鼻が利くのは種族的な特長らしいし、俺の魔法よりもセキュリティ・クリアランスは低い。

 

「よし、この調子で突破してしまうか。

 ……一応、MP回復してからな」

 

 デュランダルを取り出してロクサーヌに「頼むぞ」と言うと、尻尾をブンブンさせながら「はい!」と勢いの良い返事がきた。

 今後ずっと偽装するのも面倒だし、これで良かったのだろう。

 

 

 

   ターレの迷宮

     入口

 

「いやぁ、まさか1日で階層突破とは、お見事です」

「まあ、運も良かったようだ」

 

 ボスのパットバットをさくっと攻略した後、入口の探索者を連れて一八階層まで行って帰ってきた。

 まだ誰も階層突破していなかったそうだ。

 これまでの傾向からすると、随分時間が掛かっている感じだが……騎士団が忙しいのかね。

 

「階層突破の報奨金となります。

 ……ところで、一八階層の魔物とは戦いましたか?」

「いや、まだだが、あー……」

 

 ロクサーヌの方を見ると、頷いて「サラセニアの匂いがしましたね」と答えた。

 探索者は目を見張って、「なるほど、狼人族の方でしたか」と頷いた。

 そうそう、不正は一切ない。

 

 ……それにしても、火が弱点のサラセニアか。

 一八階層も土魔法が弱点だったらなぁ。

 ま、そんなに美味い話はそうそうないってことか。

 

「騎士団の方は、一五階層のボスのロールトロールを倒すのに忙しいようで……。

 ですから攻略を進めていただいてありがたいことです」

 

 ……なるほど?

 で、なんでそんなことしてるんだ? と思っていたら、

 

「ロールトロールは通常ドロップで鉄、レアドロップで鋼鉄を落とす魔物ですね*1

 確か、ハルバーの迷宮の方ではもっと上の階層の魔物でしたか」

「はい、そのようで」

 

 セリーがフォローしてくれた。

 ああ、セルマー伯への援助のために、装備品素材を集めてるってことか。

 貴族ともなると、色々考えてリソース配分しているのだな。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 翌日はターレの迷宮に顔だけ出して、午前中にハルバーの迷宮十七階層を突破した。

 出てくる魔物はひょっとこみたいな顔をした人魚のケトルマーメイド、ボスはボトルマーメイドだ。

 

 ケトルマーメイドのドロップアイテムは真鍮だった*2

 装備製造に使わないわけではないが、装飾品部分とかだけらしい。

 だが加工しやすい金属だから、金物屋に売れるようだ。

 

 ボトルマーメイドの方は珪砂だ。

 こっちはガラスの原材料だな*3

 ペルマスクの鏡工房に持ち込めば売れるとは思うが、迷宮があればどこでも採れるのだから、わざわざ持っていくほどでもないだろう。

 

「とりあえず、ハルツ公領の迷宮には入ったな。

 一八階層に行くのは明日にして、午後はクーラタルの迷宮でマーブリームのボスを狩ろう」

「ブラックダイヤツナ、です。

 トロ、です」

「ああ、たっぷり狩ろう」

 

 ミリアが笑顔になった。

 

 

 

    クーラタルの迷宮

   十七階層 ボス部屋

 

 

   ブラックダイヤツナ

      Lv:17

 

 

 

   マーブリーム

     Lv:17

 

 

 ブラックダイヤツナは空中を泳ぐ魚の魔物だった。

 というかマグロだ。

 1メートル以上あるマグロだ。

 

 魚としては大きいが、マグロとしてみるとそれほどでもない……というかむしろ小さく感じる。

 空を飛んでいるが、風属性は弱点ではない。

 マーブリームと同様、弱点は土魔法だ。

 〈サンドストーム〉を使って、まずマーブリームを落とす。

 

「来ます!」

 

 ロクサーヌの合図に、慌てて横に避ける。

 強力な突撃を仕掛けてくる、セリーの事前説明のとおりだな。

 

――ゴォッ!

 

 すごい勢いだが、風切り音の感じから十分余裕を持って避けられたな。

 突進攻撃は勢いがあるが、その分だけ小回りは利かないようだ。

 

 距離を取ってれば危険は少ないから、魔法で戦う分にはやりやすい相手だ。

 どっちから来るのか、一目瞭然でもあるし。

 

「魔法です!」

 

 いや、そんなことはなかった。

 突進攻撃は、距離を取るのにも使われているらしい。

 そして広いボス部屋の端まですっ飛んでいった魚体の下に、魔法陣が輝いていた。

 

 セリーが駆け寄るが――突如、全身に水が纏わりついてきてシェイクされる。

 キャンセルは間に合わなかった、水の全体魔法攻撃だ

 しばらくの間、洗濯物の気分を味わって……水が引いた。

 

 すかさず滋養丸を〈パーティライゼイション〉で使って回復する。

 

「大丈夫か!?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 ロクサーヌは元気なようだ。

 ……くっそ、片耳に水が入ったな、聴き取りにくい。

 

「セリーは私の後ろに」

「わ、わかりました!」

 

 今までのボスは囲んで袋叩きにしていたが、それはちょっと難しいようだ。

 ロクサーヌだけがブラックダイヤツナと対峙した。

 セリーは後方で待機して、マグロの突進に合わせてキャンセル狙いというわけだ。

 

 次の突進攻撃には、セリーが間に合った。

 強権のハルバードの〈詠唱中断〉で、魔法陣が霧散する。

 そして何度目かの〈サンドボール〉が命中して、ブラックダイヤツナも霧散した。

 

「ふぅ、結構手強かったな」

 

 顔を斜めにしながら頭をトントンして耳の水を追い出そうとしていると、ロクサーヌが手ぬぐいを耳に当ててくれた。

 

「ありがとう。

 皆は耳に水が入ったりはしないのか?」

 

 犬耳長耳猫耳と、人間より水が入りやすそうな気がするんだが。

 

「大丈夫です! タイミングを見計らってこうすれば……」

 

 ロクサーヌが腕で頭を抱えて、垂れ耳を押さえる仕草をした。

 対ショック姿勢みたいな感じだ。

 確かにぴっちり塞がる、便利だな。

 

「だが鼻から入ってくるだろう」

「タイミングを見計らって息を吐けば問題ありません」

 

 ……うん、参考にならないということがわかった。

 ちなみに全体魔法攻撃は、ボール系と違って身体の周囲にいきなり発生する不可避の攻撃だ。

 凡人目線ではそうだ。

 

「赤身、です。

 白身、です」

 

   赤身   

   白身   

 

 ミリアが嬉しそうな顔でドロップアイテムを届けてくれた。

 受け取るついでに、水魔法は大丈夫だったか確認すると、

 

「水は、得意、です!」

 

 ……絶対そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。

 

「あー、セリーは……」

「ええと、ちょっと驚きましたが、大丈夫です」

 

 そう言うセリーの声は、ちょっと鼻声だ。

 自分でもそれに気づいたのか、「失礼します」と言ってそそくさと後ろを向くと、チーンと鼻をかみ始めた。

 ダメージは大したことないんだが、水属性は副次効果がなかなか厄介だな。

 おまけに全身びしょ濡れだし、シンプルに不快だ。

 

 ゴゴゴっと耳鳴りがして水が出てきた。

 ふぅ、すっきりだ。

 

「ちょっと家に戻って、竜革の帽子に人魚のスキル結晶を融合しようか」

「い、いえ、ご主人様の装備を優先すべきだと思います」

 

 セリーがぶるぶる首を振ると、水を吸った三つ編みが振り子のようにぶるぶる揺れた。

 こういうおもちゃありそう。

 

「俺は詠唱省略があるから、鼻から水を飲まされても回復も攻撃も支障がない。

 それよりセリーがしっかり攻撃できるようにして、追撃を封じてくれる方がありがたい。

 それに、ケトルハットと違って竜革の帽子は誰でも使えるしな」

 

 セリーが助けを求めるようにロクサーヌを見て、俺も視線を追うようにする。

 ロクサーヌは「うーん」と唸り声を上げると、

 

「ご主人様がそれでよろしいのであれば……。

 また攻撃を受けて、厳しいようであれば装備を換えて下さいね」

「ああ、そうしよう」

 

 泣き言を言ったら、無理やり帽子を被らされそうだな。

 精々気を引き締めるとしよう。

 

「あと、ロクサーヌかセリーに加速の靴を使ってもらうのはどうだろう。

 間合いを詰めやすい方が良いよな?」

「はい、でしたらそれもセリーにお願いします。

 今回のように私が食い止めるので、突進で逃した時に……お願いしますね、セリー」

「はい、わかりました」

 

 今は料理人をつけてるから、クリティカル上昇系スキルは必要ない。

 ボスと戦うだけなら〈鑑定〉もいらないし、〈ワープ〉も……まあ大丈夫だろう。

 水魔法を食らって声が出せなくても魔法が使えるという巨大な利点があるから、〈詠唱省略〉はマストだ。

 

「じゃあ一度家に戻って装備を整えて、もう1回戦ってみよう」

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 装備を換えてからは、目論見通りブラックダイヤツナは楽勝だった。

 たっぷりと漁獲して、トロも人数分確保できたので帰宅した。

 

 ただ問題……というほどでもないかもしれないが、ボス周回するとミリアの出番がないんだよな。

 ボスと雑魚が1匹ずつだと、前衛は2人で十分だからだ。

 逆に言うと、安定感はあるんだが。

 

 そのミリアだが、魚料理は任せてほしいと言うので、そうすることにした。

 

 ちなみに、トロを刺し身にする文化はないらしい。

 まあ、あんま食べたくないけど。

 最近脂っこい刺し身を食べると胃もたれするんだ。

 アラフォーになってから、メバチマグロとキハダマグロの良さがわかった気がする。

 

「御主人様、香茶でございます」

 

 ミリアの代わりに食事当番から外れたハンナがお茶を淹れてくれたので、「ありがとう」と受け取った。

 

「タマに変わったところはなかったか?」

「昼間は寝たり起きたりですが、環境に慣れてきたのか何度か部屋の中を歩いている様子でした」

 

 それは一安心。

 だが、まだ部屋の外にまでは出てきていないようだとハンナが言った。

 

 まあ、そのうちあちこち歩き回るようになるのだろう。

 となると……そのうち2階にも上がるよなぁ。

 しばらくはこまめに帰宅して、様子を見ておこうか。

 

 と、なんとなく〈鑑定〉すると、

 

   タマ   

   歯   

   布   

   籠   

 

「は? ……ハンナ、どうやら歯が落ちているようなんだが」

「ああ、乳歯でしょうか」

 

 ハンナがタマを抱きかかえようと身を屈めようとするのを、ロクサーヌが手を伸ばして制した。

 

「タマ? ちょっと口の中を見せてくださいね?」

 

 ロクサーヌが甘ったるい声で語りかけながらタマの顔を覗き込んだ。

 彼女が子猫を抱き上げる様子を見ていると、無性に頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 ああ、香茶が美味しいなあ。

 

「やっぱり乳歯ですね、1本抜けています」

「ほー、もうそんな時期なのか。

 食事は柔らかいものを用意した方がよさそうだな」

 

 トロは脂っこいから良くないかもしれないが、赤身は良いかもしれない。

 要するにツナだろうし。

 お供のマーブリームもたっぷり狩れたから、白身の在庫も十分だ。

 それらを細かく焼きほぐして与えれば良いだろう。

 

 そんな話をすると、ロクサーヌが一瞬困り眉毛になった後、キリッと顔を引き締めた。

 

「ご主人様、ミリアによると猫は子猫のうちに食べたものが好物になるようです。

 あまり贅沢をさせてしまうのは、如何なものかと思います。

 それに、満腹にすると害虫や害獣を狩らなくなってしまいます」

「そ、そういうものか」

 

 タマを見ると、ロクサーヌの手の中で小さく「ん〜……にゃっ」と鳴いた。

 ……か、可愛い声を出しやがるじゃねえか。

 

「ま、まあ良いじゃないか。

 成長期なんだし、一杯食べて健やかに成長してもらおう」

「……ご主人様がそれで良いのであれば」

 

 ロクサーヌが渋々頷くと、ハンナが「それと、商人ギルドの方で報告がございます」と話を逸らしてくれた。

 

「近々スライムのスキル結晶が競りにかけられるようです」

「おおっ、報告するということは、買えそうなのか?」

 

 もちろん購入だ。

 スライムのスキル結晶で付与できるスキルは〈物理ダメージ削減〉だ。

 そんなん人権スキルだろ。

 

「はい、他に競合する相手もいなさそうだと、ルーク殿からは聞いています」

「それは素晴らしい」

 

 物理攻撃だから前衛に付けるべきだよな。

 ロクサーヌは普通の攻撃なら避けられるから、セリーかミリアだが……まあ、ゆっくり考えよう。

 

「それから、商人ギルドの帰りにオネスタさんとお会いしました。

 先日お話しした堤の修復作業について、領主様から許可が下りたそうです。

 明後日の昼過ぎから夕方まで、各家で1人ずつ人手を出してほしいと」

 

 また、その時間は下水に水を流すのも禁止だそうだ。

 そこらへんは日本と変わらんな。

 

「半日で良いのか、どんな作業だろう?」

「下水溝を浚渫(しゅんせつ)し、堤を補修してリコリスの植え付けを行うとのことです」

 

 そんなことまでするのか。

 保水力を高めたり、植物の根で土を固定するためだろうか。

 

 ……リコリスといえば、お菓子の材料だよな。

 確かそういう甘味料の名前だ。

 

 世界一まずい飴なんて云われるサルミアッキとか、ビニール紐か何かにしか見えない飴も有名だ。

 あとはルートビアもそうか、通称飲む湿布。

 よくわからん代物だよな、ちょっと試してみたい。

 

「ところで、リコリスのお菓子なんかはないのか?」

「……申し訳ありません、わかりかねます」

 

 珍しく困り顔のハンナが、ロクサーヌ達に助けを求めた。

 

「えっと、水に晒すと毒は抜けるので食べられますけど……」

「菓子にするというのは初耳です」

 

 うーん、ないのか。

 というか、地球のリコリスとこっちのリコリスが同じという道理もないか。

 

「すまんな、ちょっと思い違いをしていたようだ」

「リコリスは根にも花にも葉っぱにも毒があるので、動物が近寄ってきません。

 そのため、動物の巣穴で堤が崩れるのを防ぐために川の堤などによく植えられます」

 

 セリーが魔物の説明をする時と同じ口調で言った。

 ふーむ……なんか聞き覚えがある特徴だな。

 

「食べるのは球根?」

「そうですが」

「もしかして、赤い花が咲く?」

「そうですね」

「細い花びらが、こう……反り返ってる?」

「はい、蜘蛛のようだと気味悪がる人もいますね」

 

 ミチネーターが答えを導き出した。

 彼岸花じゃねーか、そういやあれもリコリスだったわ*4

 突然変異の青い彼岸花(リコリス)が咲いたらえらいこっちゃ。

 

 ……まあ、無惨様は〈エクストリームドロップデッド〉が効きそうな気がするが。

 絶対レベルMAXにしてると思うんだよな、性格的に。

 

 ともあれ、彼岸花ならわざわざ食べる必要もないだろう。

 これから豪勢な食事も食べられるわけだし。

 

「御主人様、夕食の支度ができました」

「トロ、です」

 

 料理ができたようだ。

 トロは普通に焼き物だな、ステーキだ。

 濃い目の味付けで火を通して、出た油で野菜を炒めるのがポイントらしい。

 ……うん、やっぱり火を通してある方がさっぱり食べられるな。

 

「美味いな、舌の上で溶けるようだ」

「ええ、ホントに」

 

 だが半分くらい食べたところで、ちょっと胃もたれしそうな予感がした。

 油は貴重なカロリー源だからか、この世界の料理は基本的に油を除けるという考え方がないのだ。

 ……うーん、わさびの援護がほしい。

 

「カタリナ、ちょっとハーブについて聞きたいんだが……」

「はい、なんでしょうか?」

 

 わさびの特徴をカタリナに伝える。

 緑色の根菜、すり下ろしたり細かく刻んで薬味にする、鼻の奥からツーンとくる。

 ……ざっと思いつくのはこんなところか。

 

ペパロット……でも緑色じゃないし……。

 申し訳ありません、わかりかねます」

「あ、いや、似たようなものがあるなら良いんだ。

 そのペパ……は、ツーンと辛いのか?」

 

 この「ツーン」という表現(オノマトペ)を謎翻訳さんがどう伝えているのかが不安なんだが、カタリナはクスっと笑って、

 

「はい、ペパロットですね。

 香りが良くて肉料理に使われることが多いですが、脂の多いトロにも合うと思います」

 

 弱そうなカカロットみたいな名前だが、カタリナが以前住んでいた場所――つまり帝国北部にはあったらしい。

 なら多分ボーデにもあるだろうということで、今度探しに行くことにする。

 そういえば、あのスキー場がある観光地みたいな街を散策したことはまだなかった。

 

 食後、堤防工事の話をミリアにした。

 参加で大丈夫かと確認すると、

 

「絶対、やります!」

 

 なんでやる気になってるんだ。

 ……やっぱり迷宮で暇だったのかな。

 やりがいが感じられないというのは、結構厄介な兆候なんだが。

 

「ミリア、魚は獲ってはいけませんよ」

「……はい、です」

 

 ロクサーヌにピシャリと言われて、ミリアの目が泳いだ。

 いや、食欲(そっち)かよ……ドブ川なのに……。

 

「獲ってはいかんし、食べるなどもってのほかだぞ」

「はい、です」

 

 ちょっときつめに言うと、ミリアがしょんぼりと頷いた。

 

 ……うーん、でも魚はしょっちゅう食べさせているよな。

 とすると満足できないのは、食欲じゃなくて狩猟欲求かもしれん。

 釣りバカのハマちゃん的なアレだ。

 

「よし、こうしよう。

 作業が無事に終わったら、今度ハーフェンの地引網漁に参加させてもらおう」

 

 コハク商に紹介状は書いてもらったし、コハク商(お得意様)のお得意様なんだから、そう悪い扱いはされないだろう。

 魚を買いに行く代わりに、ちょっとしたレクリエーションに参加すると思えば大した手間でもない。

 

「ああ、それは良いですね。

 本で読んで、私も少しやってみたかったんです」

「地引網ですか、投網漁は見たことがありますが」

 

 ロクサーヌとセリーも話に乗ってくれた。

 2人もミリアの様子が心配だったのだろう。

 そのミリアは、

 

「お、お、お、お」

 

 ……うん、大興奮だな。

 

「余計なことをして、ご主人様のことを貶めるような真似をしてはいけませんよ、ミリア」

「はい!」

 

 よしよし、いい返事だ。

 これで大丈夫だろう。

 

 しかし、明後日は下水も使えないとなると、俺達は外に出た方が良いな。

 とすると、装備品でも買いに行くか? でも10日も経ってないから、さすがに入れ替わってないよな。

 ミリア抜きで迷宮に行くのも気が引けるし……まあ、明日ゆっくり考えるか。

 

*1
ロールトロールのレアドロップが『鋼鉄』というのは本作オリジナル設定です。

 装備品のランク的に、モンスターランク5のドロップが『鉄』、ランク6のレムゴーレムのレアドロップが『ダマスカス鋼』なので、鋼鉄はその中間でドロップするというのが自然です。(レムゴーレムの通常ドロップは『岩』で確定済み)

 しかし、他に鋼鉄を落としそうな適当な魔物が思いつきませんでした。

*2
本作オリジナル設定、真鍮は西洋のケトル(kettle)の材料として広く使用されていた歴史があります。

*3
本作オリジナル設定、ボトル=瓶=ガラスという発想です。

*4
 原作でリコリス=彼岸花かどうかはわかりません。

 花が赤いかも明言されていませんが、それ以外の特徴は完全に彼岸花ですので、おそらく間違いないでしょう。

 また、彼岸花は英語圏ではレッド・スパイダー・リリー(=赤い蜘蛛の百合)と呼ばれています。

 原作道夫君はリコリス=彼岸花という認識は持っていませんでしたが、道夫さんはきっとリコリコでも観たんでしょう。

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