加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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修行

 

 

   わたしの むら では 地引網で きょうそう

   してました。セリーおねえちゃん は ちからが

   つよい ので きっと つよい です。(ミリア)

    ↑網の両端で二組に分かれて競争するということですか?

     賦役現場で似たような光景を見たことがあります。

     それと、地引網に行くのは明日です。(セリー)

     ↑はい です。(ミリア)

 

   ※ここからしたはごしゅじんさまのめもです。

 

   春70日

    AM:ターレ18F続き

    PM:買物の旅2

 

 

 

   ターレの迷宮

    十九階層

 

 昨日は一八階層でサラセニアの草刈りをして、1日終わってしまった。

 さすがに毎回1日で階層突破とはいかない……と思って今日探索を再開したら、すぐにボス部屋まで到達してしまった。

 昨日は本当にギリギリの所まで進んでいたらしい。

 

 ボスのネペンテスはサラセニアより更に巨大なウツボカズラのような魔物だが、動きはあまり速くない。

 そうなるとロクサーヌでスキル発動をシャットアウトしてしまえるから、あっさりと倒してしまった。

 

「マーブリームの臭いがしますね」

 

 階層に足を踏み入れてすぐ、ロクサーヌが言った。

 土属性弱点族がここで出たか……サラセニアと階層が逆だったらなぁ。

 

「すぐに階層突破の報告をしに行くのも不審がられそうだし、少し戦っていくか?」

 

 俺が冒険者ということになっているから、本来は〈ダンジョンウォーク〉で昨日の到達地点から継続して探索することはできないのだ。

 まあ、鍛冶師のセリーは論外として、ロクサーヌかミリアが探索者ということにすれば良いのだが……攻略情報は騎士団に届いているっぽいからなぁ。

 なんかどっかでボロを出してしまう気がする。

 

「……おっと、まだスキル設定が使えないか。

 皆のおかげで、すんなり倒せたからな」

「それもご主人様の魔法があればこそです」

 

 とはいえどうしたものか。

 多分、あと30分くらいはクールタイムが明けないと思う。

 だが、

 

「ロクサーヌ、サラセニアがいる所に案内できるか?」

「はい……えっと、サラセニアが何体かとマーブリームがいる所なら、この近くです」

「そこにするか」

 

 多少属性が合わないくらい、臨機応変に対応すべきとも思う。

 このペースで上がっていくと、魔道士のジョブを解放する前に二十三階層に到達するだろう。

 そしてランク3の魔物は、弱点属性がない魔物も結構いるらしいのだ。

 

 ロクサーヌの案内で迷宮を進んで、

 

 

   サラセニア

    Lv:19

 

 

 

   マーブリーム

     Lv:19

 

 

 

   サラセニア

    Lv:19

 

 

 

   サラセニア

    Lv:19

 

 

 ……4体か。

 もしかして、ロクサーヌもミリアの仕事が少ないのを気にしているのだろうか。

 

 ロクサーヌが後列にいるサラセニア2体を押さえるために走りだし、セリーとミリアが残りのサラセニアとマーブリームを相手に定めた。

 こっちは〈ファイヤーストーム〉を2連発だ。

 数が多いサラセニアが先だ。

 

 十九階層の魔物でも危なげなく相手をする皆を見守り、クールタイムを挟んでもう1発〈ファイヤーストーム〉――倒れないか。

 そろそろだとは思ったが、魔物が強くなっている。

 弱点属性3発の実質魔法6発分で、これまでは塵にできたのだが。

 もう1発を〈ファイヤーストーム〉にするか、いや〈サンドストーム〉で足りるんじゃないか、少しだけ悩んで〈ファイヤーストーム〉を選――

 

「まほう! です!」

 

 ――ミリアが鋭い声を警告を発した。

 マーブリームの足元に魔法陣が輝いている。

 慌てて〈ファイヤーストーム〉を使ってサラセニアを焼却するが、そちらに気を取られた分、セリーの対処が遅れてしまった。

 

――ズガッ!

 

 盾を構えていたミリアではなく、横からハルバードを突き出すセリーの顔面に水球が直撃した。

 猛烈な勢いで衝突するサッカーボール大の水球に、ヒヤッとなる。

 セリーは食らった体勢が悪かったのか、身体が仰け反って後ろ倒しになる。

 

「セリー!」

「平気――です!」

 

 思わず叫んでしまったが、正面から食らったセリーは身体を仰け反って後ろ倒しになって――倒れ込む前に腹筋で復帰した。

 ……なんちゅう体幹しとるんだ。

 それともその鎧には姿勢制御のスラスターでもついてんのか?

 

 ともあれ最後の1匹だ。

 〈ファイヤーボール〉と〈サンドボール〉を叩き込んで、戦闘終了だ。

 

「すまない、ファイヤーストームにするかサンドストームにするか少し迷ってしまった、大丈夫か?」

「いえ、問題ありません。

 通常属性の魔法1発分多くなったようですね?」

 

 マーブリームは通常()属性5発と弱点()属性2発で倒せた。

 なので魔法1発分で間違いないため、「そのようだな」とセリーに答える。

 

「ごめん、なさい」

 

 ミリアがドロップアイテムを持ってきてくれた後、しょんぼりした様子でセリーに頭を下げた。

 自分の受け持った魔物を上手く引き付けることができなかったことを、ミリアは悔いているようだ。

 とはいえ、魔物がどうやってターゲッティングしてるかなんてよくわからんしな。

 

「盾を構えるのが早かったかもしれません。

 あとは、火炎剣を使うのも良いですね」

 

 少し前までほぼ同じ装備をしていたロクサーヌが助言した。

 そういえば、以前はヘイトを集めるのに〈火炎剣〉を使ってくれてたな。

 ほむらのレイピアを持たせる際にブラヒム語の詠唱は教えたはずだが、咄嗟に使うのは難しいのかもしれない。

 

 まだ〈スキル設定〉が使えないので、ロクサーヌが〈火炎剣〉の詠唱を指導することになった。

 手持ち無沙汰になって、水を拭っているセリーの顔色を窺うが……本当になんでもないようだな。

 それにしても、ブラックダイヤツナをなんとなく小さいと感じたり、サッカーボール大の水球が頭にぶつかるのを見て恐ろしく感じたり……固定観念というやつだろうか。

 

 俺が小学生の頃には、サッカーの授業でヘディングは禁止だった。

 頭部への衝撃は脳に悪い影響を与える……確か体育教師にそんな説明をされたと思う。

 で、お調子者が頭でリフティングして「うわー脳細胞死んだー」なんてケタケタ笑って……まあ、ごく一般的な小()()生と言えよう。

 

 最近は世界的に子供のヘディングは禁止らしい。

 大人のサッカー選手でも、認知症になる可能性が有意に高いデータがあると聞く。

 おっかない話だ。

 

 サッカーボールの重さなんて、1キログラムもなかったはずだ。

 そんなものでも脳震盪やらになることを考えると、同じくらいの大きさの水の塊なんてただの凶器だろう。

 もちろん、レベルが上がって地球人より耐久力も上がっているだろうが。

 

 ……やっぱりエリクシール欲しいな。

 健康診断代わりに毎年飲みたいレベルだ。

 だがそのためにはもっと上の階層に行く必要があり、そうなると更に戦闘は激しさを増すだろう。

 ジレンマだ。

 

「そのための水耐性です。

 これくらいはなんてことありません」

 

 悩んでいるところに、セリーの冷静な言葉が沁みる。

 実際、今更迷宮に入らないという選択肢はないし、過度に恐れるのは意味がないな。

 防具を固める、スキルも付与する、地道に着実に進んでいこう。

 

「さて、詠唱の方はもう大丈夫か?」

「大丈夫だと思います」

「……はい、大丈夫、です」

 

 ミリアがぶつぶつ呟きながら頷いた。

 まあ、なかなか大変だよな。

 

「まだスキル設定が使えないようでしたら、ハルバーの十八階層の方に移動しますか?

 向こうはフライトラップですから、火魔法が弱点です」

「なるほど……じゃあそっちに行って、その後クーラタルの十八階層も突破して、そしたら階層突破の報告をしよう」

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 午前中までに、その通りにすることができた。

 慎重に探索すれば、やはりなんてことはないのだ。

 

「おかえりなさいませ、御主人様。

 スライムのスキル結晶は予定通り落札しております」

「おお、素晴らしい」

 

 

   スキル結晶

    スライム

 

 

 うん、間違いないな。

 

 あんなことがあった後だし、これもセリーの竜革の帽子につけるか?

 いや、水球はすごい物理現象に見えるが、魔法だから意味がないかもしれない。

 それに、ウサギのスキル結晶と良さげな片手剣が見つかったら、間違いなくミリアの仕事が増える。

 必然的に、ミリアの被弾だって増えるはずだ。

 

 ……良い感じの足装備が欲しいな。

 頼りになるロクサーヌの移動速度が上がれば、ロクサーヌのサポート範囲が広がるし。

 いやいや、今は〈物理ダメージ削減〉のことだった。

 

「……スライムのスキル結晶は、頭につけた方が良いとか、そういう話はないか?」

「いえ、特にそういった話は聞いたことがありません」

 

 セリーによると、どの防具につけても物理ダメージを減らしてくれるらしい。

 ハンナも頷いているから、間違いないだろう。

 

「あー……話は変わるが、パンチドランカー……あ、いや、頭に衝撃を受けた者が、まだ若いのに呆ける、なんて話はあるかな?」

 

 パンチドランカーはブラヒム語に変換されなかった。

 まあ、地球でも結構最近の概念だしな。

 

「ええと、頭を揺さぶられると意識が遠のくことはありますよね」

「顎先を狙われると危ないですね」

 

 セリーとロクサーヌが言葉にしたのは、脳震盪のことだろうな。

 

「戦いに飽いて無気力になり引退する者というのは、危険な仕事ですからどうしても居るものですが……」

 

 今度はハンナが言った。

 身近にそうした人がいたのだろうか。

 

「あとは激しい戦いを経たお貴族様が、代替わりで引退したら腑抜けになったという話は耳にしたことがございます」

 

 うーん……前者はうつ病かな?

 よく脳震盪になるようなフルコンタクトスポーツの選手は、うつ病になる割合が高いとかなんとか。

 

 後者は……どうなんだろう?

 定年退職後に刺激のない生活で一気に認知症が進行する、みたいな話じゃなかろうか。

 

「そういう腑抜けになった貴族に、エリクシールを使うことはないのか?」

「さて……お貴族様とはいってもエリクシールは貴重な品です。

 当然、戦える者、働ける者が優先されるはずですから……」

 

 ハンナの煮えきらない回答に、ロクサーヌ達が控えめに頷いた。

 まあ、訊かれてもわからんよな、そんなこと。

 

 えーと……うつ病は脳の炎症だったかな。

 そしてパンチドランカーは認知症と同じような症状だったはずだ。

 まあ、要するに脳の損傷だろう。

 原因が物理的な細胞の損傷なら、一切合切エリクシールで治りそうな気がするんだが。

 

 ……大分話が迷子になってしまった。

 というか、ロクサーヌ達がパンチドランカーとか若年性痴呆症になったらどうしようとか心配する前に、どう考えても俺の方が危うい。

 

「変な話をしてすまなかったな。

 スライムのスキル結晶の使い道は、新装備を探してから改めて考えよう」

「はい、商人ギルド付きの冒険者とは話をつけてあります」

 

 こないだ回った武器防具屋に行っても期待はできない。

 なら、まだ行ったことがない町に探しに行けば良い、単純なことだった。

 

 その日は早めに昼食を終わらせた。

 ミリアは多分、重労働になるだろう。

 たっぷり食わせる、おかわりも許可する。

 ……いつも許可してるけども。

 

 そして「ウチからは彼女を出すので」という挨拶と、「ブラヒム語は不完全なのでよろしく」とバーナ語の話者の狼人族に頼むために、ハンナとロクサーヌにも来てもらって、一緒に金物屋まで向かう。

 ……と思ったら、工事現場に直接向かえば良いらしい。

 家の北側の水路を辿って現場に行った。

 

 現場には結構な人数が揃っていた。

 まあ、この辺りの家一軒一軒から人を集めれば、こうもなるか。

 

 誰も彼も、割と見窄らしい格好をしているな。

 下水掃除だからか、下男下女ばかりが集まったからか。

 ミリアは野良着にブーツ、帽子に手袋という農家のおばちゃんスタイルだが、それでも上等な方だ。

 

「どんな作業をするのか気になるな。

 ちょっとだけ遠目に見物させてもらおう」

「そうですか? では……あちらの木陰ではいかがでしょう?」

 

 今日は良い天気だが、作業するにはキツそうだな。

 ロクサーヌの言葉に従って移動して、遠目に作業を見守ってみる。

 最近の日本ではしょっちゅうどこかしらで水害が発生していたから、こういう話は少しばかり神経質になってしまうな。

 

 現場は金八先生が通勤する時の土手とは程遠い、小さな堤だった。

 人がやっとすれ違えるくらいの幅だろうか。

 浚渫すると言っていたから、汚泥が溜まって徐々に水位が上がり、そこに大雨が重なってしまったということなのだろう。

 浚渫しないで堤だけ積み上げると、何百年か後には天井川になるわけだな。

 

 金物屋スポンサードだからか、道具は充実している。

 鍬とスコップ――シャベル? ……まあ、いいか。

 そして海外の牧場にありそうな、どでかいピッチフォーク。

 どれも鉄製だ。

 

「あの道具で泥を浚ったり、落ち葉や水草を漉き取ったりするのか。

 で、()()()でどこぞに運び出すと。

 迷宮に捨てたりするのかな?」

「いえいえ、ああした泥には上流から流れてきた肥えた土が混じっておりますから、畑の肥やしにするはずでございます」

 

 俺の半ば独り言に、ハンナが博識ぶりを見せてくれた。

 なるほど、そういうものか。

 ……こういうのを見ていると、NAISEIしたい欲が積み上がってくるな。

 

 例えば、アフリカで日本のNGOがやってる土嚢(どのう)を使った道普請のやり方を流用できないだろうか*1

 堤の欠けた所に積み上げて、その上に土を撒いて踏み固めるのだ。

 そもそも、土嚢って洪水時に浸水を防いだりするのにも使われるものだしな。

 

 そういえばこの辺りの未舗装の道も歩きにくいんだ。

 グリーンキャタピラーの糸があれば土嚢は作れるだろうし、〈サンドウォール〉を使えば砂は出し放題だ。

 材料を自給できるというのは大きい、かなり労力が抑えられるはずだ。

 もしもの時のために、試しに家に常備しておこうかな。

 ……あの借家は丘の上にあるから、使い道はないか。

 

 あとアフリカといえば、カマド・ジコというのがあったな*2

 家の台所は、焚き火の上に鉄の足が4つついた五徳を置いて調理している。

 火力はあるが、はっきり言ってアルコールランプでやってた理科の実験と大差ない。

 さすがにカマド・ジコの構造は知らんが、理念はなんとなくわかるつもりだ。

 暖炉を参考にして、セリーに協力もしてもらえば、〈カルク〉もあるし設計できそうな気がする。

 

 ……まあ、考えるだけだ。

 内省した結果、NAISEIしたいという欲求を自覚するに至った。

 とはいえ借家住まいの流れ者にどないせいと言うのか。

 

――ミチオ殿が諸侯に列せられたら、そのエンブレムもここに並ぶことになるかもしれぬの

 

「いやいやいや」

「ご主人様?」

「あ、いや……さて、ここから歩いて移動するのも面倒だ。

 ロクサーヌ、どこか人目につかない所に、大きな木とかないかな?」

 

 やれやれ……妙なことを考えてしまった。

 これも公爵におかしなことを言われたからだな。

 困った公爵様だ。

 

 

 

   クーラタルの街

    商人ギルド

 

 〈ワープ〉でさっと商人ギルドに移動する。

 

 既に北はハルツ公領、南東はペルマスクに行っている。

 手配した冒険者(チャーター便)で、帝都から西の方にある町を目指すのだ。

 go to the westだ、西遊記だ。

 

 その冒険者は、既に正午に一仕事を終えた後らしい。

 ハンナが値段交渉した結果、〈フィールドウォーク〉1回につき100ナールと強壮丸1つとなった。

 強壮丸なんか実質タダみたいなもんだ。

 さっきフライトラップを乱獲して、材料になる遠志(おんじ)をアイテムボックス1マス分埋めたからな。

 

 西への移動はすぐに終わった。

 買物するのは後で、とりあえず俺だけ運んでもらったからな。

 冒険者(車掌さん)が「ここは○○です」と次から次に移動して終わりだ。

 停車駅は冒険者ギルドだったり、商人ギルドだったり、ただの広場だったりと様々だ。

 依頼した冒険者が行ける範囲まで行って、帰りは〈ワープ(快特)〉でクーラタルにひとっ飛びだ。

 

『おかえりなさいませ、「ご主人様」「御主人様」』

 

 そしてギルドのロビーで待ってもらっていたロクサーヌとハンナに迎えられた。

 ……のは良いんだが、

 

「おかえりになられましたか、ミチオ様」

 

 なんでルークがいるんだろう。

 特に約束とかはしていないはずだが。

 ロクサーヌ達に視線で問いかけるが、ルークは先回りするように「思いがけずお会いできて驚きました」と口を開いた。

 

「先日の一件では、手前の粗相のせいでご迷惑をおかけしました。

 直接お目にかかれた機会に、あらためてお詫びを」

 

 神妙な顔でそう言ったルークが、深々とお辞儀をした。

 『粗相』とはもちろん、セルマー伯が決意の指輪を兇賊のハインツ一味に盗まれたことを、ルークが商売仲間に言い触らしてしまったことだな。

 あれのせいで公爵の伯爵への対応が塩っ辛くなった可能性はあるし、すっかり俺も巻き込まれてしまった感はある。

 

 ルークは多分、ハンナの夫のことを復讐したかったんだろう。

 上手く利用されたようで、「まあ、事情が事情だししょうがないよね」が7割、「でも、ちょっとモヤっとするよね」が3割くらいあったのだが……こうして真正面から謝罪されるとなぁ。

 まあモヤッとボールはいくつか減らしておこう、スッキリフラワーが咲くほどではないが。

 

「あー……必ずしも悪いことばかりではなかった。

 まあ、あまり気にしないでほしい」

「はっ、そう言っていただけますと」

 

 とはいえ、盗賊を討伐したのも決意の指輪を取り戻したのも間違いなく俺だし、結局同じような展開になったのではないかとも思う。

 だが、決意の指輪が40万ナールで引き取られたのは、ルークの一手のせいでセルマー伯が追い詰められたからではないかという気がする。

 

「重ねてお手数をおかけするのは心苦しいのですが、セルマー伯の援助のためにハルツ公が装備品を求めておいでです。

 手前も仕事を申し付けられているのですが、当家で抱えている鍛冶師だけでは限界があります」

 

 というわけで、これまで以上に装備品を納めてほしいそうだ。

 公爵に「お前のせいでややこしくなったんだから責任取れ」とでも言われたかな?

 

 以前からルークとは、装備品素材をギルドの定価より割安で売ってもらい、作った装備品を店頭価格の4割で買い取ってもらう取引をしている。

 普通にそこらの店に持ち込むと2割5分でしか売れないから、ささやかだが継続的に儲けさせてもらっていると言える。

 

 皮や硬革、銅に鉄といった素材はこれまでも扱っていたが、今回は鋼鉄素材も頼みたいらしい。

 素材は公爵の騎士団から受け取ったそうだ。

 つまり、ターレの迷宮のロールトロールだな。

 世間の狭さを感じる。

 

「鋼鉄装備は、うちのパーティーメンバーにも使わせたいのだが」

「それは……ミチオ様はハルツ公の迷宮攻略に協力なされているのですから、公爵様も否やとは言いますまい。

 では、このようにいたしましょう」

 

 装備素材は、なんと無料で良いそうだ。

 出来上がった装備の買取価格は、これまで通りの定価の4割だ。

 ただし、こちらの装備品で使う分の素材は別途買い取りだ。

 

 装備品の売る比率を高くしてボロ儲けしても良し、儲けを度外視してこっちで使う分を優先しても良し、と。

 その辺りはこちらの判断に任せてくれるというわけだな。

 

「なんとも申し訳ない気がするが、折角なのでお言葉に甘えよう」

「はい、もちろんです。

 よろしくお願いします」

 

 素材をハンナのアイテムボックスに受け渡すと、ルークは一礼して去っていった。

 まあ、公爵は金銭感覚がガバ……鷹揚そうだし、十分自分の利鞘は確保しているのだろう。

 

 それにしても、話し込んですっかり遅くなってしまったな。

 今日買い物に行くのは西だから、余裕があるとは思うが。

 さっき行ったなんとか言う町も、まだ正午前だったし。

 

「さて、家に戻ってセリーを連れてくる前に、ハーフェンの網元に挨拶しておこう」

「地引網に参加できなかったらミリアに悪いですからね」

 

 全くだ。

 買物は別に後日に回しても良いが、これだけは確認しておかなければならん。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 幸い、明日も漁はするようで、地引網に参加するのも快諾してもらうことができた。

 コハク商は随分と俺のことをプッシュしてくれていたようだ。

 むくつけき漁師が、紹介状を読んだ後は揉み手をしてくれた。

 尚、当然だが猫耳だ。

 

 とはいえ漁は海任せ、波任せだ。

 網元は分厚い身体を畳むようにしながら、「朝の天気次第では船は出せませんが……」と潮風に焼けたガラガラ声で言っていた。

 猫耳をペタッと寝かせながら。

 ……コハク商は紹介状に何を書いたんだろう。

 

 まあ、悪天候ならミリアも諦めるだろう。

 とりあえず早朝に来ることを約束して、3人で〈ワープ〉で家に戻った。

 

――フギャー!

「あ、ああっ!」

 

 すると、猫の喚き声と、カタリナの悲鳴が響いてきた。

 ロクサーヌが瞬時に表情を切り替えて駆け出して……台所からダッシュで出てくるタマの首根っこを摘み上げる。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 遅れて俺も駆けつけると、仰向けに倒れたセリーの上にカタリナが乗っていた。

 というより、セリーがカタリナを抱きかかえていた。

 揉め事とか、そういった様子ではないが……。

 

「す、すみません、セリーさん」

「い、いえ、大丈夫です」

 

 立ち上がった2人の説明によると、洗い物を済ませて食器をしまうために戸棚を開けたら、それを足がかりにタマが戸棚の上まで駆け上がってしまったらしい。

 だが登ったはいいものの、高さに怯えてタマは下りられない。

 セリーは戸棚の上まで届かないし、背伸びができないカタリナも同様だ。

 

「……で、セリーがカタリナを肩車して救出しようとしたら、2人を足がかりにされたと」

「今まで大人しく振る舞っていたのは、こちらを油断させようとしていたに違いありません」

 

 ……いやぁ、さすがにそれはどうだろう。

 セリーは多分本気じゃなくて、カッとなって極端なことを言っているんだと思うが。

 まあ、昨日までの大人しい姿はどこにいったんだと言いたい気持ちはわかる。

 

 しかし、猫のパワフルさを甘く見ていたな。

 そういえば、こないだ乳歯が抜けたんだったか。

 人間で言うと、乳歯が抜けるのって小学校中学年くらいだっけか? ……イタズラ盛りだなぁ。

 

「しばらくは、戸棚を開ける時は注意するようにしよう」

「戸棚の天板に鼠返しをつけてはどうでしょう。

 一回り大きな板を乗せるだけで、同じような働きをすると思います」

 

 と提案するセリーの目が据わっている。

 そ、そこまでせんでも……。

 

「あー……うん、まあ、良いかもな。

 とはいえ、この調子だと2階にも登るよなぁ」

 

 ちゃんと扉を締めておけば部屋が荒らされる心配は不要だろうが、粗相をされてしまうのは困る。

 2階の掃除はロクサーヌ達の担当だが、当たり前だが昼間は基本迷宮に入っているわけで……帰ったら2階が糞尿まみれというのはさすがにな。

 ハンナ達も自分を責めるだろう。

 

「大丈夫です」

 

 ロクサーヌがにっこり笑顔で断言した。

 その手にはタマがダラッとした姿勢で垂れている。

 

 ……本当にそれすると大人しくなるんだ。

 猫を飼ったらやりたいことでアンケートを取ったら、ベスト3には必ず入ると思う。

 思うが、俺もやりたいとか言える雰囲気ではない。

 

「躾けます」

「……お、おう」

 

 タマよ、怒らせちゃいかん者を怒らせたかもしれんぞ。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 タマに心の中で合掌し、今度はセリーとハンナを連れて買物に出かけた。

 

 

   竜革のグローブ

   ・空き

   ・空き

   ・空き

 

 

 一軒目で見つかったのがこれだ。

 なかなか幸先が良い。

 

 だが、できれば空きスロット4つが良かったな。

 スロット4なら、最終装備として即決できる。

 他の部位のスロット数が少なくても、妥協できるようにもなるからな。

 

 まあ、購入するんだが。

 そして足装備が欲しい足装備が欲しいと念じながら移動して、

 

 

   ダマスカス鋼のデミグリーヴ

   ・空き

 

 

 お次に見つかったのがこれだ。

 こういうのでも妥協できるようになるから、スロット4の装備が欲しいんだよなぁ。

 

 これでは移動・回避・跳躍のうち1種しか付与できない……転売するならそれで良いのだが。

 ロクサーヌは自力で回避も跳躍もできるから、ウシのスキル結晶と融合するならスロットは1つでも大丈夫な気がする。

 だがデミグリーヴだから、ロクサーヌの動きが鈍ってしまうかもしれない。

 

 悩んだが、結局購入した。

 

 

   竜革の靴

   ・空き

   ・空き

   ・空き

 

 

 で、買ったら買ったで次の店でこんなものが見つかるわけだな。

 スロット数がデミグリーヴと逆だったら……と思わないでもないが、買わない理由はないので購入した。

 まあ、とりあえずこれでロクサーヌとセリーの足装備は問題なくなったわけだ。

 

 そして次も、その次も、次の次も空振りで、最後に入った店にそれはあった。

 

 

   ビットローファー

   ・空き

   ・空き

   ・空き

   ・空き

   ・空き

 

 

 見た目には銀色の金具がついた、ただの革靴(ローファー)だ。

 だが、スロット数が多いということは相当良い装備のはずだ。

 実際、カウンターの奥のちょっと目立つ所に陳列されているしな。

 

「あれはすごいな」

 

 興味なさげに店の奥に移動しつつ、声を潜めてセリーとハンナに向けて指を5本立てる。

 店主の前で、あまり物欲しげな様子は見せたくない。

 

「ビットローファーというのはどんな装備だ?」

「聖銀が使われた貴重な足装備です。

 魔法に対する防御力を高めてくれます」

「他にも、身体の動きが速くなる効果もあると言われております」

 

 それは素晴らしい……と思ったが、教えてくれたセリーとハンナは顔を見合わせて微妙な表情をした。

 

「しかし、防御力は低いそうです。

 性能よりもファッション性を重視していると、敬遠されることもありますね」

「身体の動きが速くなるというのも、単に軽い足装備だからではないか、と眉唾扱いされることもございます*3

 

 それはまた、なんとも微妙な。

 防御力が低いとなると、前衛にはつけられないが……と考えていると、

 

「ええと、貴族も使うような逸品ですから、買うなら御主人様がお使いになるのが良いと思います」

 

 とセリーが言った。

 ……そんなつもりはないのだろうが、これまでの会話を踏まえるとあまり良い意味で聞こえないんだが。

 

 『身体の動きが速くなる』というのは、多分敏捷が上がる特殊効果があるのではないだろうか。

 以前、〈敏捷中上昇〉の効果がある獣戦士だってパーティーメンバーが機敏に動けるようになるはずだが、はっきりした話ではないとロクサーヌが言っていた。

 多分、正確に速度を測るような手段がないからだろう。

 加えて装備を換える時点で測定条件も変わってしまうわけで、「それってあなたの感想ですよね?」と言われてしまうのだと思う。

 

「防御力が低いと言っても、貴重な素材が使用されていることは確かです。

 はっきり比べることはできませんが、少なくとも今お使いの硬革の靴より弱いということはございません」

 

 ハンナはさすがのセールストークだな。

 魔法防御力が上がること、あやふやだが動きやすくなること、スロット数が豪華絢爛なこと。

 それらを考えると、買わないという選択肢はない。

 だから、いっそ背中を押してくれた方がありがたいのだ。

 

 防御力についても、あくまでそのクラス帯で期待する性能ではない、貴重な聖銀を使っている割には弱い……そんな感じなのだろう。

 どうせ泡銭なのだ、買ってしまおう。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 決意の指輪分の40万ナールをあっさり溶かして帰宅した。

 〈ワープ〉で玄関に出ると……鎧がガションガション動いていた。

 

「あっ、おかえりなさいませ、ご主人様」

 

 ダマスカス鋼のプレートメイルを着込んだロクサーヌだった。

 

「……なにをしているんだ?」

「はい、タマの躾けのついでに、身体を動かしていました」

 

 ロクサーヌはこう考えたそうだ。

 タマが昼間の間に2階に上がって困るのは、2階で粗相をされると困るからだ。

 つまり、タマがちゃんとトイレを覚えれば良いわけだ。

 

 故に、タマが勝手にテーブルや戸棚に登らないように見張りつつ、粗相をしそうな気配を察したらすぐにトイレに連行していたそうだ。

 そして、プレートメイルを着用して不規則に駆け回るタマについて回ることで、自身の中にある身体の無駄な動きを見直していたのだった。

 

 ……うん? 途中から何か変な電波が混線したな。

 ここってドラゴンボールの配信見れんの?

 重力10倍の界王星でバブルスくんとやる修行だよね、それ?

 

「勝手にプレートメイルを借りてしまって、ごめんなさいね、セリー」

「イエ、オカマイナク」

 

 ああ、セリーの目が死んでしまわれた。

 ……やっぱロクサーヌだけなんか世界観が違うんだよなぁ。

 

 なお、ロクサーヌにダマスカス鋼のデミグリーヴと竜革の靴を選ばせた結果は言うまでもない。

 

*1
 NPO法人道普請人(みちぶしんびと)が開発した手法。

 アスファルト製の道路を維持できない土地で、地元民でも維持管理できることをコンセプトに、アフリカを中心に世界30ヵ国でプロジェクトが展開されているとされる。

*2
 岩手県遠野市出身の食物栄養研究家が、ケニアで国際協力機構に参加していた時に、自身が育った実家にあった『遠野かまど』を手本に発案した。

 鍋のかけ口が3つあるため、『3つの調理が同時並行できる』、『熱効率が良いため薪の消費量が減る』、『水を沸かしやすいので安全な飲料水が手に入りやすくなる』、などの利点がある。

*3
 ビットローファーは、原作ではカシアが装備している足装備です。

 金具が聖銀というのは推測ですが、公爵夫人が身につけている品なので恐らく聖銀かオリハルコンでしょう。

 性能については、原作8巻でクーラタルの防具屋にアルバを購入した際、商人が「このクラスの装備品となりますと、ローファーなど性能よりもファッション性を重視した装備品も多くなりますが」と言っています。

 しかし、現実的に考えて一緒に迷宮に入る奥さんにファッション重視の装備で着飾るとは思えません。

 よって、敏捷が上がる特殊効果がある実用的な装備品とします。




原作では軽装備のロクサーヌが選択する装備が変わっているのは、デュランダルの影響で両手剣を使っているからです。
……というのは建前で、ロクサーヌの非常識エピソードはいくら盛っても許されるかなって。
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