バラダム家 邸宅
アランの案内でバラダム家にやってきた。
屋敷は結構広そうだが、公爵の城に比べたら大したことはない。
「こちらは当家の客人である……遠方よりいらした、
飾り気の少ない、味も素っ気もない印象の玄関ホールで、アランが訪問の口上を述べ始めた。
遠方からの客人と言っているのは、バラダム家は窮状を隠したいだろうから、身近な相手と取引したがらないだろうというアランの判断だ。
そして無駄かもしれないが、一応名前も隠すことにした。
先日と違って装備を着用しているから、ある程度変装のような効果はあるかもしれない。
「ご覧の通り歴戦の勇士にて、良い装備をお求めとのこと。
このバラダム家ならあるいはと思い、ご紹介を賜りたく参上いたしました」
俺とセリーは全身竜革装備とダマスカス鋼装備で固めて、ハンナにはアルバとスタッフで魔法使いの振りをしてもらっている。
だからわかる人が見れば、確かに歴戦に見えるだろう。
更に違いがわかるなら、「これウチが売ったやつやんけ!」ってなるかもしれないが。
……ところでアルバとスタッフって繋げると、アルバイトスタッフみたいになるな。
ハンナはもちろん正社員だが。
魔法使いのコスプレをする34歳正社員、一児の母だ。
「ふむ」
サボーより年嵩の獣人族が、俺達を睥睨して鼻息を吐いた。
これがバラダム家の当主らしい。
がっしりとした輪郭が、サボーによく似ている。
初老のマッチョ軍人みたいな雰囲気があるな。
「遠方よりの客人とあらば、まずは労をねぎらうべきか。
よくぞこの地まで足を運ばれた、我がバラダム家の門をくぐるに足る胆力と見受ける。
当家の品はすべて実戦にて鍛え上げられたものばかり、数こそ限られるが、残っているのは選び抜かれた使えるもののみ」
……要するに、ほとんど売りに出してしまったということだな。
屋敷の内装も空虚な感じがするから、本来は公爵の御用邸のように武器や防具を飾っていたのかもしれない。
つまり、内装は無いそうです、ということだ……ふふっ。
「案内は儂がしよう。
目利きのつもりなら、見せる価値のあるものを見せてやろう」
こういう言い方をすることで、欲しいものがなかったらこっちの見る目がなかったということになるわけか。
なかなか参考になる、一生使うことはないと思うが。
ともあれ、装備品を見せてくれるようだ。
皆で屋敷の奥に進もうとすると、
「待て、儂が案内するのはそちらの客人だけだ。
奴隷商人風情に見せるほど、我がバラダム家の品は安くはない」
おっと、ここでアランと引き離してくるか。
交渉を有利に進めようということだろうか。
「失礼致しました。
こちらでお待ちしております」
アランが慇懃にお辞儀して、冒険者と一緒に下がっていった。
それを見て当主が「フンッ」と鼻息を荒くする。
そんなところもサボーに似ているな。
今度こそ歩き出す。
するとしばらくして、見覚えのある顔が現れた。
〈鑑定〉結果にも見覚えがある、サボーのパーティーにいた獣戦士の1人だな。
あの時はほとんど冒険者とばかり話していたから、きっとこっちのことはあまり覚えていないに違いない。
ないはずだ。
ないんじゃないだろうか。
ないといいながあるといいな。
そいつは俺を見て一瞬立ち止まった後、驚愕に顔を歪ませて、
「××××× ミチオ・カガ ×××××」
「×××!? サボー ××××××!?」
はい、だめでしたー。
まあ、わかってはいたけどさ。
だってロクサーヌと同じ種族の集団だもの、臭いでバレるに決まってる。
「ご主人様のことを、戦士の心? がある人だ、とか言っていますね」
何を言っているのやらと思ったら、セリーが耳打ちしてくれた。
戦士の誇りとかだろうか。
……ところで、なーんでセリーがバーナ語を聴き取れるようになってるんですかねぇ。
ロクサーヌのことを非常識人扱いしてるけど、君も大概だからね?
「なぜ名乗ってくれなかったのだ、カガ殿。
サボーを斃した勇士と知っていれば、それに相応しい遇し方をしたというものを」
……えぇ。
いや、普通名乗れないと思いますけど?
ひたすら困惑していると、何をどう解釈したのか当主は頷いて、
「確かに、サボーを斃した貴公に恨みはある。
あれは儂が鍛え上げた剣、バラダム家の誇りそのものであった。
だが、勇は勇、力は力だ。
貴公であれば、我がバラダム家の至宝を預けるに足る資格があろう」
……わからん、お前の話はわからん。
あと預かるつもりはない、買い叩く。
「ところで、狂犬のシモンを討ち果たしたという娘は来ておらぬのか」
「……いや、彼女には所用を頼んでいるので」
当主は残念そうに「そうか」と言った。
……ロクサーヌを奴隷に落とした罪悪感とかは全くないのだな。
まあ、細かい事情を知らないだけかもしれないが。
どっちにせよ、ここでそんな話をしたところで言葉は通じても話が通じることはないだろうな、という確信がある。
こういう鳴き声をしているのだな、と思ったほうが精神衛生上良さそうだ。
だからセリーは落ち着いてくれ。
……。
…………。
………………。
案内された一室には、絵画やら壺やらの美術品、高価そうな酒瓶の他に、様々な装備品があった。
一目見てどことなくひん曲がっていたり、傷んでいたりするものが混じっている。
多分ここにあるのはなんらかの曰くがある品とかで、買い取りを拒否されたか売るのを惜しんだのだろう。
宝物庫というより倉庫か。
正面中央にあるスキル付きのダマスカス鋼装備一式は、サボーが装備していたものだな。
当主は「さあ見るが良い」と手を広げて言うが、視線が微妙にそっちを向いている。
多分、俺が決闘相手のダマスカス鋼装備を欲しがっていると思っているのではないかと思うが、
聖槍
・空き
・空き
・空き
・空き
・空き
――おほっ! これこれ。
まさか、まさか貴重な武器である上に空きスロット5つとは!
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい俗しい欲しい欲しい。
八千年過ぎた頃からもっと欲しくなった。
ここは文句なしに宝物庫だ。
「……あれは、サボーが装備していた品だな」
「ふっ、一目で見抜くか」
だがあまり物欲しそうにしてはいけない。
スロ5聖槍の引力に魂を引かれながら、目はダマスカス鋼装備に向ける。
「好きに見させてもらっても?」
「うむ、じきに我が家の武器商人が戻ってくる。
それまでゆるりとするが良い」
これだけの家になると、そういう商人もいるわけか。
もしくは商家から諸侯に成り上がる途中だったのかもしれないが。
……そういえば、武器商人や防具商人と違って奴隷商人は探索者を経由する必要がない。
戦闘奴隷に戦わせてレベル上げしているであろう奴隷商人は、武闘派からすると蔑視の対象になるかもしれん。
この当主のアランへの対応には、そんな職業蔑視があるのかもしれないな。
どうせそれまで商談はできないから、言われた通りゆっくり見させてもらおう。
「右の壁の奥から3番目、聖槍だ。
あれは必ず買う」
手をグーパーさせながら宣言すると、2人が一瞬目を見開いてから頷いた。
「聖槍の公定価格は60万ナールです。
もっとも、貴重な品ですから相場などあってないものですが」
「高いな……それでもなんとか、いやなんとしても手に入れたい」
じりじりと聖槍に近づきながら、ハンナと相談する。
ハンナが当主の方をチラッと見た。
古びた装備品を無言で眺めているその背中は、どことなく煤けている気がする。
いずれにせよ、こちらに注意を払っていないようだ。
「魔法使いを手放す以上、聖槍も同様にするつもりでしょう。
実は今朝のことなのですが……」
一層声を潜めたハンナの説明に耳を傾ける。
今朝、クーラタルの商人ギルドに高額商品を持ち込んだ者がいた。
話を持ちかけられたのは仲買人で、すぐに金が欲しいなら15万ナール、それ以上欲しいならオークションに出品するようと言ったらしい。
しかし、どうも今は競りが盛り上がらない時期らしく、春の終わりかできれば夏まで待つようにと言ったら、交渉決裂したそうだ。
……時期が悪いおじさんはこの世界にも存在するのか。
まあ多分、これから季節の締め日で市場の流動性が悪いとかそういうのなんだろうけど。
ともあれ非常に貴重なものだったので、仲買人は15万ナールなら担保として差し出すから自分に出品を任せてくれとまで頼んだらしい。
が、持ち込んだ者はそれをも断った。
随分と激しい応酬があったということだ。
商人ギルドに出入りしているだけの、ギルドメンバーでもないハンナの耳にも届くほどに。
それがバラダム家であるかも、聖槍であるかもわからない。
だから俺に報告しなかったのだが、状況から考えると可能性は高そうだ。
15万ナールというのは、聖槍の店売り価格だろう。
「連中は目先の資金を求めているわけだな」
であれば、金を積み上げれば買えそうだが……ロクサーヌに買い叩いてくるって約束しちゃったんだよなぁ。
「ご主人様」
セリーに呼ばれた。
何か指差ししてるな。
金剛杵
「おお、これか」
物理的に小さいから、大量の鑑定画面で隠れて見逃していた。
……なんとも言えない形状をしている。
「攻撃に使うことはできないんだよな?」
「はい……まあ、殴れないこともないでしょうが」
この尖ったところで殴られたら痛いだろうけどな。
まるで自動惑星ゴルバだ、手のひらサイズだけど*1。
金剛杵は杖のカテゴリに含まれる装備で、魔法の威力を高める効果がスタッフと同程度だと言われているらしい。
片手武器なので盾を使うことができ、回復スキルの効果を高めるなどの効果がある。
だが魔法使いは重い盾を使うことができないし、ならば両手持ちのスタッフの方が良いということで魔法使いが使うことはまずない。
しかもスタッフの方が安い。
だから実質、盾が使える巫女や僧侶の専用装備であると言える。
ならば聖職者系ジョブに人気があるのかと言えば、そうでもないのだそうだ。
そもそもゲームのNPCじゃないんだから、攻撃能力0のヒーラータンクなんて誰もやりたがらないだろう。
衛生兵だって最低限の武装はするもんだ。
「お求めになられますか?」
そんな金剛杵が必要かと言えば……微妙なんだよな。
スロットが1つもないのは構わない。
攻撃に使えないなら、スキルを付与する必要もないからだ。
「
スタッフと同程度の威力で盾が使える、これは明確なメリットだ。
回復スキルの効果を上げるのも悪くない。
戦闘中はほとんど〈パーティライゼイション〉で回復アイテムを使っているが、僧侶の〈手当〉も使わないわけではないから無駄ではない。
だが、聖槍があるのに使うかというと……多分使わないと思う。
「できるだけ多くの品の購入を打診した方が、話が早くなるかと存じます」
「それで連中の資金繰りを良くするのもなぁ……」
我ながら、都合の良い言い分だとは思うが。
まあ、金だけあっても装備がごっそりなくなれば、簡単に再起はできないだろう。
バラダム家を搾り取るのは
……間違っても、気になるからってちょいとお高そうな酒を買ったりしてはいけないな。
むしろ連中が健康的になってしまう。
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
ドープ薬 ドープ薬
……思わず声を出さなかった自分を褒めたい。
回復アイテムとかは全部丸薬や錠剤だったから、ドープ薬もそうなのかと思った*2。
高価そうな酒瓶だと思ったのは、全部ドープ薬だった。
「あそこにあるのは全部ドープ薬だ、数えてもらえるか」
3人で顔を突き合わせて話している風を装って、代わりに数えてもらう。
しばらくして、セリーが「22です」と適当な武器を手にしながら呟いた。
「すまんが、適当に会話して誤魔化してくれ」
2人が頷いて、装備品の薀蓄か何かの話を始めた。
それに参加しているふりをしつつ、考えをまとめる。
……22本、もうそんなに集めたというのか、動きが早すぎる。
獣戦士Lv99という点を除いて、サボーは狼人族の中でどれくらい強かったのか……いや、それは重要じゃないな。
問題なのは、あのお嬢様がドープ薬によってジョブのパーティー効果が上がることを確信していたことだ。
つまり獣戦士Lv99のパーティー効果は、少なくとも実感できる程度には強力だったということだ。
セリーは『いたずらに服用しても強くなれないので、使用は50個までという説もあります』と言っていた。
……本当にそうだろうか?
サボーは『規定通りドープ薬を50個しか服用していない』と宣言していた。
ということは決闘には明確な決まり事があり、そこにドープ薬の個数も規定されているのだ。
だが、ドープ薬をオーバードーズしたハリボテ野郎が負けたところで、それはそいつが馬鹿だったで済む話だろう。
わざわざ規定にしたのは、乱用するのが危険だからではないのか?
そしてこの規定が邪魔だ、いっそこんなものはない方が良かった。
なぜなら、1人につき50個までしか使ってくれないということだからだ。
連中がサボーの代役を作って、それで元のレベルが49以上なら怖くない。
だがレベルを見れるのは、多分〈鑑定〉が使える俺だけだ。
最悪の最悪は、獣戦士Lv99
〈パーティー編成〉を使える探索者か冒険者は必須だから、パーティーを組める獣戦士の数は5人までだ。
養殖モノでも超高レベル獣戦士が5人いるパーティーは、果たしてどれくらい強くなることだろう。
一人ひとりは劣化版サボーだとしても、相乗効果で相当な脅威になるのではないかと思う。
それが鼻が利く狼人族で?
断片的であっても俺の情報を知っていて?
俺とロクサーヌに喧嘩を売ってくる理由はいくらでもあって?
そんなパーティーが〈フィールドウォーク〉でいきなりポップしてくるかもしれない?
……駄目だ、容認できない。
そんな存在は、断じて容認できない。
「あの薬を全部買う」
「それは……なかなか難しいように思われますが」
ハンナが壁に掛けられた両手剣の刃毀れを指で弾きながら言った。
バラダム家のバラ色の未来には、2つのルートがある……と連中は考えていると思われる。
1つは魔法使いを育てて地道に迷宮攻略する王道ルート。
もう1つはドーピングマシマシで対人戦に極振りする、覇道ルートとでもいうか。
そして聖槍は王道ルートの重要アイテムで、ドープ薬は覇道ルートの必須アイテムだ。
両方寄越せというのは、確かに難しいことだろう。
バラダム家は王道ルートを諦めたか後回しにするかして、絶賛覇道ルートを邁進中……と思われる。
何よりふざけたことに、覇道ルートはこの世界では合法だ。
同時攻略も、後からのルート変更も可能だということだ。
……どうしよう、値切りじゃなくて根切りしたくなってきたんだが。
ハンナが片手剣を鞘から抜いて、根本から先端を眺めるようにした。
顔を寄せて一緒に眺める――ちょっと曲がってるような……そうでもないような……。
「今詳しくは説明できないが、あの薬は危険だと思っている」
「あの薬を揃えるのを、債権者達が黙って見ているとは思えません。
それに、彼らは恐らく仲買人も敵に回しています」
おっとそうだった、基本的に時間はこっちの味方なんだった。
ちょっと悪い方に考えすぎていたかもしれない。
ドリルお嬢様はプラセボ効果で気分がハイになっていただけで、獣戦士Lv98が5人集まったところで大して強くないかもしれない。
そもそも連中は別にそこまで考えていないかもしれない。
あの22個だってここ数日でかき集めたわけじゃなくて、サボーに使った余りが倉庫で埃被っていただけかもしれない。
……かもしれないばっかりだ。
だからといって、あの当主に確認するわけにもいかんしな。
「すまん、そもそもアレはどれくらいで買えるものなんだ?」
「2、3万ナールほどだと思いますが、正確なところは……」
まあ、ハンナは商人といっても武器防具を取り扱っていたわけだしな。
セリーに視線を向けると、盾の表面を手でなぞりながら「ランク6の魔物のレアドロップで作れるはずですから、そのくらいだと思います」と囁いた。
鍛冶師とかには関係ない知識だろうに、さすがだな。
うーん、50個揃えるのに100万から150万ナール、250個なら500万から750万ナールか。
……集められないほどじゃないよなぁ。
クーラタルの武器屋と防具屋に売った分だけでも、100万ナールは超えてると思う。
ということは、
大体、推定750万ナールだって、耳を揃えて用意する必要はない。
ジェネリックサボーの錬成に1体でも成功したら、それである程度金策は加速するはずだ。
そしてロクサーヌと大差ない年齢のお嬢様でさえ、獣戦士Lv28だったのだ。
Lv40後半の
……やはり危険なのでは?
「当主様、ただいま戻りました。
ご客人がお越しとのこと、拝顔の栄を賜り恐縮に存じます」
部屋に入ってきたのは、人当たりの良さそうな狼人族の男だった。
武器商人か、こいつもバラダム家の係累のようだ。
「うむ、ご苦労。
さて、カガ殿、そろそろよろしかろう」
時間切れのようだ。
……ぶっつけ本番で行くしかないか。
……。
…………。
………………。
応接間に場所を移した。
まず、聖槍は30万ナールになった。
当主は「話にならん」と鼻を鳴らしたが、ハンナがクーラタルの商人ギルドのことを匂わせたら黙り込んだ。
武器商人が「他のお品の話も……」と言って先送りにしたが、恐らく決まりだろう。
次に、金剛杵は9万2,500ナールだ。
なお、公定価格は40万ナールらしい。
こっちはセリーが古びていることや、実用性のなさを指摘して値切ってくれた。
向こうもそれなりの値段で売れるなら十分だと思っていたようで、すぐに頷いた。
お次は、
「それとドープ薬を全て売ってもらおう」
「あれは売るつもりはない」
思い切って切り出すが、間髪いれずに返された。
「なぜだ、貴公には必要ないものであろう」
なぜと言われても、説明するわけにはいかない。
小学校でシャーペンが禁止されている理由みたいなもんだ*3。
「あくまで売るつもりはないと」
「そう申しておる」
……根切りか。
ありがたいことに、こいつらを殺しても良心の呵責に苛まれることはあまりないだろう。
「そも、貴公は装備品を探しにきたのではないのか?
あの卑しい者共に何ぞ吹き込まれて来たのか?」
卑しい? 債権者達のことだろうか。
無理やり脅して金を借りたんだろうに、返すつもりはないどころか借りた時点で自分の物だと思っていそうだな。
……ああそうか、他にも手はあるな。
「では、決闘だな。
俺が勝ったら、ドープ薬を手放して二度と集めるな」
「なぜそうなる! 一体どういう名分で決闘をするというのだ!?」
……名分? 自分たちは訳分からんこと言って突っかかってきた癖に。
しかし、名分か。
困ったな、これまでの人生で喧嘩の売り方なんぞ必要になる機会はなかった。
「それは当然、侮辱ですね。
卑しい者とやらにまるでご主人様が操られているかのような物言い、聞き捨てなりません」
さすセリ。
「うむ、酷い侮辱だな。
我がカガ家に対する侮辱と受け取った」
まっすぐ当主を睨みつける。
視界の端で、狼人族商人があたふたするのが見えた。
しばらくの沈黙の後、当主は「わかった」とため息混じりに言った。
「だが、せめてドープ薬は買い取ってほしい。
1つ3万ナールだ」
「良いだろう」
30万、9万2,500、3万が22個で合計105万2,500ナール、1回の買物で100万ナール超えするのは初めてだ。
……なくなる時は呆気ないものだなぁ。
何か実績トロフィーでももらえないものか。
「それと」
まだ何かあるのかと思っていると、当主がハンナに向き直って、「
「はい、巫女ですが?」
ハンナが間髪容れずに話を合わせた。
そうだったのか、勘違いしていた。
巫女のコスプレをする34歳正社員、巫女巫女母娘だった。
「
なるほど、それでか。
それと金剛杵を買ったことも、判断に影響を与えているかもしれない。
「貴公のパーティーメンバーに魔法使いはいるのか?
いないのならば、我が一族の魔法使いを買うつもりはないか?」
「……いや、遺恨のある者をパーティーメンバーに迎えるつもりはないが」
「何を言う、勇士に従うのは当然のことではないか」
……あー、失敗した。
なんで「魔法使いはいるからいらん」って言わなかったんだ。
つーか遺恨があるのはこっちもだっつの。
当主が「呼んで参れ」と指示すると、狼人族商人が急いで席を立って出ていった。
なんとなくそれを見送る。
「……資金繰りが厳しいのか?」
部下がいると話し難いかもしれないと思って尋ねると、当主は無言で頷いた。
「屍肉喰らいしかできぬ者共が徒党を組みおってな」
「アランはそうではないだろう」
「……買ってくれぬのなら、聖槍も30万ナールでは売れぬ」
うーむ、面倒くさい。
そう思っていると、価格交渉に悩んでいるのかと思ったのかハンナが耳打ちしてきた。
「アラン様は60万ナールと言ってました。
少々上乗せするところから交渉されるのがよろしいかと」
そうだよな、その値段じゃ嫌だから俺にゴネているわけだろうし。
だが、アランに転売すれば損はしないか。
そういう意味ではチャンスとも言える。
狼人族商人が若い男を連れてきた。
まあどうせ迎え入れるつもりはないし、品定めはせずにアランの見立てを信じよう。
「65万ナールなら出そう」
当主が「話にならん」と言った時の顔をしたが、口には出さなかった。
「そもそも聖槍にしても、仲買人を敵に回してどうやって売るつもりなのだ?」
無言の当主に追撃する。
まあ実際、仲買人を敵に回すのがどれほどの障害なのかなんて知らんけど。
ネットオークションもない時代では、現代より更に難しいだろうというのは想像できる。
聖槍にしても魔法使いにしても、金があって欲しがっている者がピンポイントで釣れれば良いんだろうけどな。
……そんなこと、古今東西全ての商売人が切望しているか。
「なれど、魔法使いの奴隷を得ようと欲するならば、その対価が白金貨を下ることはあるまい」
「いや、末端価格と流通価格を一緒にするなよ?」
奴隷商人が右から左に流すだけで利益を得ているとでも思っているのだろうか。
きちんと教育してる分、嵩張らず劣化もしないアイテムボックスに商品を保管できる武器商人や防具商人より、よっぽど仕事していると思うのだが。
当たりの人材を寄越してくれる派遣会社は貴重なんだぞ。
ちゃんと当主を教育しておけ、という気持ちを込めて狼人族商人を睨みつける。
「当主様……」
当主と狼人族商人が小声で相談を始めた。
説得に掛かっているようだ。
……もう一押しって感じかな。
「わかった、70万ナールで手を打とう。
それ以上寄越せというなら、決闘でカタをつけるとしよう。
こっちが勝ったら、ドープ薬を全部叩き割って俺は帰る」
というかこれが本当に限界だ。
盗賊の懸賞金を得た時点の所持金が180万ナール超、190万ナールに届かないくらいだった。
それから決意の指輪の40万ナールと、ゴスラーから志の20万ナールという収入があったが、それらは服や装備品を買ってとっくに足が出てる。
聖槍と金剛杵とドープ薬22個で105万2,500ナール。
これに魔法使いを足すと175万2,500ナールだから、本当にスッカラカンになってしまう。
……まあ、どっちでもいいが。
聖槍とドープ薬は譲れないが、それ以外はどうでもいい。
やがて、
「……わかった、貴公に任せよう」
当主が大きく息を吐いて、ソファに深く身を沈めた。
そして狼人族商人に弱々しく頷く。
それに商人の方も頷きを返して、
「カガ様は我がバラダム家の窮状を招いた方ですが、我らに手を差し伸べてもくれました。
我らは勇士を称えます。
聖槍、金剛杵、ドープ薬を22個、魔法使い、しめて122万6,750ナールいただきとうございます」
「わかった」
〈値引交渉30%値引〉が効いたか。
いや、商人が出てきた時点で効くことを疑っていたわけではないのだが、この商人はあくまで交渉人で、モノを出すのは当主だ。
こういう場合に値引きスキルがどう働くのかが不安だったのだが、当主は何の疑問も覚えていないらしい。
単に計算ができないのか、それとも頭の中を書き換えられているのか……やっぱりこのスキルは気持ち悪いな。
「釣りはいらん」
アイテムボックスから金貨を123枚取り出して、机の上に広げる。
セリーとハンナがそれを10枚ずつまとめて、数えやすいようにしてくれた。
「おありがとうございます。
それでは、この者の所有権をカガ様に移す必要がございますので、アラン殿を呼んで参りましょう」
「ああ、頼む」
残金は50万ナールと少しか。
当分は節制するとして、夏至のオークションには心許ないな。
セリーの装備品の納品と、ソマーラのウサギの皮の転売、そして普通にドロップアイテムを売っていけば、季節末までに10万ナールくらいは積み立てられるとは思うが。
盗賊の戦利品には黄魔結晶もあったが、いくら貯まってるかわからんから売りたくないんだよな。
魔物10万匹分で10万ナール、しかし90万匹分でも10万ナールだ、振れ幅が大きすぎる。
場合によっては、またペルマスクに行く必要があるかな。
石鹸と歯ブラシに公爵がお墨付きをくれれば良いのだが……多分セルマー伯の件が片付くまでは忙しいだろうな。
しばらくは色んな意味で油断ならない日々が続きそうだ。
ベイル
アランの館
「おかえりなさいませ、ご主人様」
ロクサーヌがいつものように、だがいつもと違う場所で迎えてくれた。
ここはアランの商館の、〈フィールドウォーク〉を使うための部屋のようだ。
調度品もなにもない、衝立だけがある空間。
ロクサーヌはここでずっと待っていたらしい。
一緒にいるのは、いつぞやの小母さんだ。
ロクサーヌの相手をしてくれていたのだろう。
「ただいま、ロクサーヌ。
まあ、首尾は上々というところだ」
小母さんにも軽く会釈をすると、深々とお辞儀を返された。
彼女はアランにも同じようにして、何やら手紙と小包を渡した。
「ふむ……なるほど」
それを見てアランは1回頷いた後、苦笑して首を振った。
「ミチオ様、お手数ですが、また先程の部屋で少々お話を」
「ああ、こちらもお願いしたいことがある」
そして、元バラダム家の若者に聞かせたい話ではないので、「少しの間、世話を頼めないか?」と頼んでおく。
アランは快く頷いて、小母さんとアランの戦闘奴隷の冒険者がバラダム家の若者を連れていった。
その後、応接間に移動して「まずはミチオ様から」と水を向けられた。
「あの者だが、さっきも言ったようにパーティーメンバーとして迎えるつもりはない。
できればアラン殿に買ってもらいたい。
バラダム家には70万ナールと言ったのだが……」
嘘じゃないもん。
70万ナールって言ったもん。
払ったとは言ってないもん。
アランは「はい、それはもう」と大きく頷いた後、
「ですが、そうと言われて70万ナールをお出しするわけには参りませんな。
出す所に出せば、100万ナールは下らない値が付きますから」
「いや、そうは言うがな」
その……さすがに罪悪感が……。
俺の後ろめたい気持ちを見抜いているかのようにアランが何度か頷いた後、「ではこういたしましょう」と手を叩いた。
「所有権はそのまま、身柄は当家でお預かりします。
オークションには手前が代理出品しますので、売却金を分配するのです。
如何ほどになるかは、こちらの腕次第」
そしてアランは自信の笑みを浮かべて、分配の割合を9対1で提案してきた。
9が俺、1がアランだ。
「それは流石に申し訳ないな、7対3で良いだろう」
これなら100万ナールで売れても70万ナールだ。
アランの話ではそれ以上になるのも期待できるし、それで十分、いや十二分だ。
「いえいえ、これは当家にも益があることなのでございます」
まず、バラダム家の財政状況が好転したら、誰かが手を差し伸べたということはわかってしまう。
そこで疑われるのは、魔法使いという一番の目玉を抱えているアランだろう。
あくまで代理出品という形にして、追及の目を逸らしたいのだという。
「無論、ミチオ様のことを漏らすようなことは致しません」
「もちろん、それは信頼している」
そしてアランにとっての利点はもう1つある。
それはオークションまでに出費が抑えられるということだ。
ここで俺から買ったらこの場で代金を支払う必要があるが、代理出品なら支払いが発生するのは売却後だ。
つまりアランの手元資金が増えるというわけで、
「すでに農閑期に入り、春の作業を終えた農村より奴隷が売りに出されることも多うございます。
ゆえにこの時期に仕入れを増やせるのは、当家にとりましても誠に有り難きことなのです」
ここまで理詰めで言われては、遠慮するのもかえって失礼かもしれない。
だが失礼を承知で頼み込んで、最終的に8.5対1.5で分配することになった。
「ではそういうことにいたしまして、あとは手前からのお話なのですが……」
アランはさっき受け取っていた小包の中身を取り出した。
スキル結晶
羊
スキル結晶
油脂植物
こないだサボーの装備を見て、睡眠耐性のある防具が欲しくなっていたから、羊のスキル結晶はありがたいな。
……で、もう1つの方はなんだったかな。
「先日承っておりました、
1つはご依頼通りの羊のスキル結晶なのですが……」
アランは難しい顔をして言い淀んだ後、
「もう1つは油脂植物のスキル結晶なのです。
……どうも手前の悪い所が似てしまったようで」
セリえもん?
「油脂植物は〈魔物察知〉、コボルトのスキル結晶と一緒に融合すると〈魔物探知〉が付与できるスキル結晶ですね。
私達にはロクサーヌさんがいますから、使い道はないと思います」
おお、そうだった、ナイーヴオリーブが落とすのだったな。
前に存在を教えてもらった時に不要だと思ったから、すっかり忘れてしまった。
ナイーヴというのは、一昔前は『純真な』とか『繊細な』みたいな意味で使われていたと思う。
だが原語では『世間知らず』や『未熟』というような、無警戒な状態を意味するネガティブな使われ方をするらしい。
ラーメンハゲは明らかに後者の意味で使っているな。
殺されてスキル結晶にされることで、ナイーヴな考え方を捨てて用心深くなるのだろう……知らんけど。
「相場よりなかなか安く手に入れることができたと申しておりますが……いやはや」
と、アランが恥ずかしそうにしているのは、ロクサーヌの嗅覚を見抜けなかった己と重ねているからだろう。
「相場より安いのなら、買わせていただこう。
セリーの言う通り俺達には不要だが、使い道を思いついたのでな」
そう言うと、セリーがはっとした。
そう、俺が考えたのは、ソマーラの村の自警団に貸し出すことだ。
ウサギの毛皮の転売は、1つあたり10ナールの儲けになる。
自警団の討伐速度が上がれば上がるほど、俺の懐に入る不労所得が増えるわけだ。
彼らはベイルで市が開かれる日は迷宮にも入っているはずだから、いずれは三階層のコボルト狩りをしてもらうのも良いだろう。
コボルトのスキル結晶はいくらあっても足りない。
……うん、悪くないんじゃないか?
倅殿は特売品についつい飛びつくうっかりさんかもしれないが、幸運補正は持っているかもしれない。
今後も仲良くさせてもらおう。
で、気になるお値段は……あ、意外とするのね……ま、まあ長期的には絶対お得だから。
リメイク前は全長720m、全幅432mという惑星どころか要塞というにも不釣り合いな大きさだったが、リメイク版では全長10kmとそれらしいサイズとなった。
作中で殆ど無敵だが『主砲発射時に露出する主砲が唯一の弱点』という、後の『インデペンデンス・デイ』や『地球防衛軍シリーズ』などで見られる設定の草分け的存在かもしれません。
〇〇丸が丸薬であることは原作で描写されており、恐らく他のも名前通り錠剤や丹薬と思われます。
ドープ薬はそれらの命名規則に従わないので、本作では飲み薬であり、スキルで製造すると共通規格の瓶に入った状態で出来上がるものとします。
なお、近頃は教師ですら理由を知らない人もいるとか……。(気になる方はお子さんが見ていないところで自己責任で調べて下さい)