クーラタルの街
道夫の家
『おかえりなさいませ、御主人様』
「お、おお」
家に帰ったら、カタリナとミリアに迎えられた。
ミリアはしずしずとしたメイドミリアverだ、思わずドキッとしてしまう。
匠に重点的に鍛えてもらったから、挨拶も完璧だ。
「ただいま、2人とも」
メイド服――もとい侍女服は、本来作業服でありセックスシンボルではない。
ミリアが着ているのも、今日は昼からずっと家事をやっていたからで、深い意味はないだろう。
セクハラ発言にならないように気をつけて、それだけ言った。
「タマはどうしてた?」
「寝たり、起きたり、です」
猫は睡眠時間が長いというし、子猫なら尚更だろう。
世界が違っても、猫は猫ということか。
「まあ、そんなもんか」
「そんなもん、です」
ミリアがコクリと頷いた。
可愛い。
「ではちょっと相談したいこともあるので、皆居間に集まってくれるか。
あと働いているところ悪いが、カタリナはお茶を頼む」
「はい、かしこまりました」
居間の隅っこの籠の中で丸まっているタマを眺めながら、お茶を待つ。
……いいなぁ、猫がいる生活。
それも世話をみんなに頼んで楽をしているからで、本来はもっと大変なんだろうけど。
「御主人様、お待たせしました」
カタリナのお茶をいただきながら、まずは俺がドープ薬を危険視していた理由を説明しがてら、バラダム家での出来事を共有する。
今日はずっと人目を気にしてコソコソ話す羽目になってたから、ようやくすっきりするな。
尚、バラダム家に決闘を持ちかけたことについては、適当に誤魔化した。
ロクサーヌがいない時にそんなことをしたと知られては、また心配を掛けてしまう。
セリーもハンナもそう思ったようで、上手いこと話を合わせてくれた。
「では、ご主人様はバラダム家の野望を、その威徳によって挫いたのですね」
「あー……いや、それはどうだろうな」
その結果、そんなことになってしまった。
……実態は、ただの脅迫なのだが。
「そ、そもそもバラダム家が実際にそこまで考えていたかもわからんけどな」
「高レベルだったという狂犬のシモンはロクサーヌさんも手を焼く相手でしたし、あの小うるさい女も自信だけはありました。
ドープ薬の脅威度を上方修正したご主人様の判断は、間違ってなかったと思います」
セリーがそう言ってくれて、俺もちょっとホッとする。
だが、セリーには多分言ってないことで、もう1つ対処方法があったことを思い出した。
ボーナス呪文の〈等量交換〉だ。
【パーティージョブ設定(ロクサーヌ)】
セットジョブ
獣戦士:Lv33
効果:敏捷中上昇
:体力小上昇
:器用小上昇
スキル:ビーストアタック
所持ジョブ
▶獣戦士:Lv33
村人:Lv8
農夫:Lv1
戦士:Lv1
剣士:Lv1
探索者:Lv1
僧侶:Lv6
薬草採取士:Lv1
錬金術師:Lv1
獣戦士の持つ効果から考えると、ドープ薬でパーティー効果が上がったところで、劣化サボーは多分HPが少ない。
まあ、以前低レベル盗賊に使った時でさえオデノカラダガボドボドになったことを考えると、何回も使うような事態は想定したくないが。
俺ももっとMPが上がるように、レベリングを頑張らんといかんな。
ともあれ、ロクサーヌの溜飲は下がったようだし、これで良いだろう。
それにしても、
「……なんであの当主は、魔法使いまで俺に売ったんだろうな?」
理屈ではわかるんだけどな。
休日のオークションに出せば100万ナールは下らない値打ちがあるのは確かだろう。
だが、休日まで債権者の猛攻を耐える資金がない。
債権者達も金に困っているはずだ、商家なんかは季節の終わり頃の締め日があって、そこで諸々清算するらしいからな。
故に、安くても放出せざるを得ない。
そこまではわかる。
しかし、それをあの当主が理解できているとは……正直、あまりそうは見えなかったんだが。
「ご主人様の威光にひれ伏したのでは?」
「いや、さすがにそれは……」
ロクサーヌの言葉に苦笑していると、ハンナまでもが「そういった面もあるのは確かでしょう」と頷いた。
えぇ……。
「ああいった御方は……率直に申せば、頭を下げるのが不得手なのでございます。
その点、御主人様は実力者でいらっしゃいますから、下手に出ることも飲み込めるのでしょう。
あるいは、御主人様と誼を結んでおきたい――そんな打算もあったのかもしれません」
……なるほど?
というかあのサボーの一族だしな、トップが弱いところを見せたら下剋上とかされそうではある。
「ですが一番大きな理由は、御主人様が商人でないからでしょう。
金勘定しかできぬ下賤な輩に頭を下げたくないという御方は、実のところ少なくありませんので」
ハンナが遠い目をして言った。
色々とあったんだろうなあ……あまり掘り下げないほうが良さそうだ。
「さて、それで折角手に入れたドープ薬の使い道なんだが……っとその前に、セリー。
忘れないうちに油脂植物のスキル結晶を融合してほしいんだが……何に付けるのが良いかな」
「はい、ソマーラの村の自警団へ貸し出すのですよね?
色んな人が使うなら、ミサンガが良いと思います」
身代わりのミサンガを作るために、空きスロットがあるミサンガはストックしているから、確かにそれが良いかな。
「いや、俺も使うかもしれないから、前に使ってた硬革の帽子にしよう。
――ああその……移動中とか、ロクサーヌがいない時に迷宮に入ることもあるかもしれんからな」
……べ、別に言い訳じゃないし。
ちゃんと情報共有してるだけだし。
「ご主人様の身が安全になるのなら、それが一番です」
……ふぅ。
セリーに以前使っていた空きスロット付きの硬革の帽子と、油脂植物のスキル結晶を渡した。
初めて融合するものだし、折角なのでこのまま見させてもらおう。
「今ぞ来ませる
警戒の硬革帽子
・魔物探知
ほほぅ。
――タン
視界の端で、タマがピョンッと跳ね上がった。
〈スキル結晶融合〉の発光でびっくりしてしまったらしい。
恨みがましい目でこっちを見て唸り声を上げている。
寝起きドッキリでガチギレする芸人のようだ。
「えっと、ミリア。
ご主人様のお話の邪魔になるので、タマの訓練をお願いします」
「はい、わかりました」
暇を持て余すとまたタマが悪さをするということで、最近は身体を動かして疲れさせるようにしているようだ。
こないだの戸棚の上に乗るというささやかな事件以来、ロクサーヌが厳しめである。
そして一番奴隷という立場を意識しているロクサーヌとしては、そういう裏方的なところを俺に見せまいとしているようだ。
猫耳メイドと
「折角の服に爪を立てられてはいけませんから、着替えてからですよ」
「はい、です」
そしてメイド要素もなくなってしまった。
あァァァんまりだァァアァ!
「…………で、ドープ薬なのだが、いい加減冒険者の立場を誤魔化すのが面倒になった。
ドープ薬を使って探索者のレベルを上げて、冒険者になってしまおうかと思うのだが」
あんな話をした後だし、WADAさん*1に怒られそうな名前の響きがなんともインモラルだ。
恐る恐る皆の反応を窺うと、
「ご主人様には必要ないと思いますが、無用な誤解を避けようというお心遣いはさすがと言えるでしょう」
「ええと……アラン様には、まだご主人様は探索者ということにしているのですよね?
セルマー伯のように疑惑の目を向けてくる者もいますし、良いのではないでしょうか」
基本俺を全肯定するロクサーヌと、そのロクサーヌに気を使って言葉を選ぶセリー。
温冷交代浴みたいで癖になるな。
セリーは正確に俺の悩みを察してくれているようだ。
俺は基本的に冒険者ということになっているが、アランは俺のインテリジェンスカードを見ているから探索者だと知っている。
そして今回、バラダム家を通じて公爵関係者とアランに関連性が生じた。
……何て嫌な
「迷宮に行かず、ドープ薬を使って上級職になる者は、一般に軽んじられます。
ですが、御主人様は迷宮に頻繁に入られておりますし、そのような扱いを受けることはないと存じます」
あー、やっぱりそういうのはあるんだな。
とりあえずハンナも反対はせず、と。
「で、ついでなので前提となるジョブレベルがわかっている、聖騎士と魔道士にもなろうかと思ってな。
あとは商人から豪商、僧侶からは沙門になれるんだったか……」
基本的に上級職は下級職の上位互換っぽいし、どうせ下級職はそのうち使わなくなるだろう。
必要になったら遊び人の〈スキル設定〉という手もある。
今後もずっと使うであろう、英雄・遊び人・色魔は地道に育てれば良いだろう。
……いや、魔法使いはやっぱり惜しいかな?
「いえ、魔道士になるのはドープ薬では上手くいかないそうです。
10年以上も研鑽しないといけないと言われています」
……なぬ?
この間は上級職への転職もできると言っていたではないか……いたいけな中年の心を弄んだというのか。
「何故なれないのだろう?」
「ドープ薬を使うと長年研鑽を積んだ人より弱いと言われていますし、魔道士に足る実力がないということなのではないでしょうか?」
なるほど、必要ステータスが足りないということか?
魔法使いなら知力だろうか。
……そもそも知力ってなんだろう。
色魔には〈知力小上昇〉があるが、相当頭悪くなってる自覚があるぞ。
代わりに恥力はガン上がりしているが。
「……うーん、どうもピンとこないな」
「ご主人様は、私が鍛冶師になれなかった理由に才能が関係なかったように、魔法使いから魔道士になるのも何らかの条件があるのではないかとお考えですか?」
「話が早いな、まさにそれだ。
魔法を使わないと魔法使いになれないように、魔法を例えば1万回使わないと魔道士になれない……とかな」
それだと迷宮でLv50になるまで戦い続けていれば自然と達成できるから、そんな条件が必要だとはわからないだろう。
「まあ、ここで結論が出ることではないな。
しかし、冒険者にはドープ薬を使ってもなれるのか?」
「はい、そう言われています。
探索者も冒険者も、戦闘職に比べれば弱いジョブですから、あまり実力が問われないのだと思っていましたが」
ロムヤも以前いたパーティーでは立場が低かったと言っていたし、あまり強くないジョブだとも言っていたな。
というか、戦闘要員というよりヒマラヤ登山におけるシェルパに近いのだと思う。
登山家の名前は新聞に載るが、それを支えているシェルパの名前が載ることは少ない。
「それに、探索者と冒険者の関係は、魔法使いと魔道士とは……なんというかちょっと違うよな」
中級魔法が使える魔道士は、魔法使いの上位互換だ。
初級の魔法が使えなくなるから完全上位互換とまでは言えないが、パーティーでの役割は全く変わらないはずだ。
一方、探索者は迷宮の中で働くジョブで、冒険者は迷宮の外で働くジョブという違いがある。
探索者としての実績が冒険者の条件に関わるとは思い難い。
どちらかというと、上級職より派生職という方が正確な表現だろう。
探索者Lv30から派生して、30×30のアイテムボックスを持つ料理人と変わらない。
だから、単純に前提レベルの探索者Lv50を満たすことが、冒険者になる条件なのではないだろうか。
『迷宮に入ること』が条件の探索者と対比すると、『フィールドに出ること』とか『フィールドを一定距離以上移動すること』みたいな目立たない条件もあるかもしれないが。
「商人はドープ薬を使うのか?」
「はい、家業を継ぐために武器商人や防具商人になる必要はあるが、迷宮で戦うのは向かない……そういう者はどうしても居りますから」
運動音痴とか協調性のない人間を迷宮に行かせても、自分だけじゃなくて周囲も巻き込んで自爆するだけだろう。
そういう救済措置と考えれば、ドープ薬は決して悪いものじゃないな。
あとは当主が死んで、急遽跡継ぎが武器商人や防具商人にならないといけない場合とかな……今言うことではないが。
「豪商について詳しく申し上げることはできませんが……商人として長い修業を積むと共に、更に大商いを成功させた者だけが辿り着ける頂だと言われております。
先人に倣い、そうした取引の前後にはエレーヌの神殿に詣でる方も少なくございません」
商人になる条件は売買をすることだし、高額の商いをするのが条件というのは納得感はある。
……が、ただの願掛けのような気もする。
信心深い経営者って結構いるらしいしなぁ。
三井財閥で有名な三井家は、お稲荷様を信仰してたとかなんとか。
大陸系の企業だと、社屋に風水を考慮しているケースもよく耳にする。
――×××! ×××!
――フギャー! くぁwせdrftgyふじこlp!!!
そうだ、猫用の釣り竿を作ろう。
糸の先に猫じゃらしを付けたやつ。
あれなら訓練という名目で遊べるし、前みたいに戸棚の上に登った時にもハンナ達が猫を誘導できるんじゃなかろうか。
「申し訳ありません、注意してきます」
と席を立ったロクサーヌを手を上げて留める。
「いや、いい」
「……えっと」
「いいんだ」
あれを止めさせるなんてとんでもない。
ロクサーヌは「……そうですか?」と小首を傾げながら着席した。
「それで、聖騎士と沙門の方はドープ薬を使ってなれるか知ってるか?」
「聖騎士は長い間修練を積んだ本物の騎士でないとなれないと言われます。
しかし、騎士はドープ薬を使ってもなれるそうです。
弱い騎士はそのように馬鹿にされます」
騎士はそもそも、槍で魔物を倒したらなれるっていう、はっきりした条件があるしな。
「沙門は魔道士と同様に厳しい修行をしないといけないと聞いたことがあります」
「わかった……ちょっとまとめてみるか」
探索者Lv50 → 冒険者 ドープ薬:◯
商人+探索者Lv30 → 武器商人 ドープ薬:◯
同上 → 防具商人 ドープ薬:◯
商人Lv? → 豪商 ドープ薬:? 大商い?
魔法使いLv50 → 魔道士 ドープ薬:×
戦士Lv30 → 騎士 ドープ薬:◯ 槍を使う
騎士Lv50 → 聖騎士 ドープ薬:×
僧侶Lv50? → 沙門 ドープ薬:×
神官/巫女Lv50? → 禰宜 ドープ薬:×
薬草採取士Lv? → 薬師? ドープ薬:?
剣士Lv? → 剣豪? ドープ薬:?
豪商は割と謎な存在だな、まだ一度も遭遇してないし。
豪商ギルドもあるし、存在するのは間違いないらしいが。
沙門の前提Lvは推測だが、セリー曰く「聖騎士や魔道士より修行期間が長いという話も聞いたことがありません」ということらしいので、多分間違いないだろう。
そして神官もしくは巫女の上級職である禰宜も同じくらいと言われているそうだ。
ギルド神殿で身分照会されてしまうので、神官になるのをずっと後回しにしていたが、そのまますっかり忘れてた。
薬草採取士の上級職の薬師は、謎な存在らしい。
職業としての薬師、いわゆるおとぎ話に出てくる魔女の婆さん的な存在と、ジョブとしての薬師がいる……とされている*2。
剣豪も似たようなものだ。
戦士と違って派生するジョブがないから、剣士自体あまりなり手がいないようだしな。
剣豪というのもただの称号なのか、ジョブなのかよくわからないそうだ。
剣士Lv30になっても何のジョブも出てこないし、出てくるとすればLv50か。
「こうして見ると、強力なジョブはドープ薬を使ってもなれないように見えますね」
セリーが黒板に書いたまとめを見て、ロクサーヌが言った。
「聖騎士や沙門は、やはり強いのか?」
「聖騎士は先頭に立って戦い、仲間を守り鼓舞する、迷宮に入ろうとする者が憧れる姿です」
ロクサーヌがグッと拳を握りしめながら言った。
『仲間を守り』の辺りに力が籠もっているから、そこら辺がロクサーヌの琴線ポイントらしい。
「聖騎士は騎士を強力にしたもの、と言って良いと思います。
スキルもほとんど同じですが、大防御というスキルが使えます」
セリーによると、自分の防御力を上げるだけの〈防御〉と違って、自分と自分が庇う相手に対象を広げることができるらしい*3
ゴスラーのパーティーに聖騎士が2人いたのは、メイン火力の
「先程のご主人様の仮説で考えると、槍で魔物を倒し続ける……とかになるでしょうか?」
「いや、公爵はオリハルコンの剣を使ってるみたいなんだよなぁ」
「……なるほど、考えてみると公爵様のパーティーにも魔法使いがいるわけですし、公爵様が魔物にトドメを刺すこともあまりなさそうです」
きっと公爵は、迷宮であの超絶美人の奥さんを庇いながら戦ってるんだろうなぁ。
亭主としても男としても立派なもんだ。
「誰かを守るとかが条件だったら、俺がなれるとは思えんな」
基本後衛だしな。
魔法でできるだけ早く魔物を片付けるのも立派な仕事だと思うが、コンプレックスを感じないと言えば嘘になる。
そんな風に思ってため息を吐くと、ロクサーヌが「えっと」と首を傾げた。
「ご主人様ほど騎士らしいお方もいないと思いますが……?」
「……何故そうなる?」
「村人を盗賊の脅威からお守りになり、迷宮討伐に邁進して迷宮に巣食う盗賊も討伐なされたではありませんか。
加えて暴れ者で有名なバラダム家の挑戦を堂々とお受けになり、正式の決闘で退けもなさいました」
……えぇ?
いや、そう言われると……?
「主人の仇を討っていただきましたこと、改めて申し上げるまでもなく感謝の極みでございます」
「はい、本当にありがとうございました」
ハンナとカタリナが、わざわざ席を立って深々とお辞儀をしてきた。
う、うーん……俺とセリーはジョブの特徴から条件を考えていて、ロクサーヌ達が言っているのは職業として騎士のイメージだからちょっと違う気もするが。
だが、結果だけ評価すると……うーん。
俺が盗賊になった経緯を考えると、故意とか害意とか関係なく行為そのものが判定されていると思う。
この世界のシステムは、良くも悪くも内心の自由がある。
ここは校長や組分け帽子が内心を開示請求してくる魔法学校とは違うのだ。
あいつらは絶対に俺をグリフィンドールに入れようとしないと思うが、行動だけを抜き出すと実にグリフィンドール的だ。
もういい年のおじさんとしては、ハッフルパフでヌクりたいが。
「あー……沙門はやはり回復職なのだろうか」
「あ、はい、僧侶と同じ回復職ですが、内容はかなり変わります。
使えるスキルは布施、介抱、解毒、喝破となります」
〈布施〉はMPを分け与える効果があるそうだ。
いわば外付けMPタンクか。
ゴスラーのパーティーにもいたが、上手いことMP管理すればMP回復速度が実質2倍になるわけだ。
……俺がなる場合のメリットがほとんど死んでるが。
〈介抱〉は継続的な回復効果があるそうで、即効性はないが僧侶の〈手当〉よりも効果自体は大きいらしい。
いつぞや説明してもらった、戦闘中の詠唱共鳴現象が起きないのというのが大きな利点だな。
騎士の〈防御〉と同じく、ボス部屋に入る直前に使うのが一般的な使われ方だそうだ。
錬金術師の〈メッキ〉と同じようなものか、どっちが良いかは好みが分かれそうだが。
〈解毒〉はまあ、そのままだな。
毒になっている時は薬を飲むのもままならないし、男同士で口移しも厳しいものがある。
もちろんいざという時はそんなこと言っていられないだろうが。
……ん? つまり沙門になったらロクサーヌ達のマウストゥマウスを見れなくなるってことか?
なんてこったい。
「ご主人様?」
「あ、いや、喝破というのは?」
「大声で眠りに落ちた仲間を起こします。
解毒と違って、これは声の届く範囲に効果があるそうです」
……それスキルなの?
「あー、麻痺や石化は治せないのか?」
「そちらを治せるのは、
巫女や神官の上級職です*4」
で、そんな沙門になる条件は何か。
「御主人様のお慈悲を賜りまして、手前も娘もこうして無事に日々を過ごしております。
他人に分け与える沙門は、もちろん御主人様に相応しいジョブであると存じます」
「ええと、ご主人様のお陰で鍛冶師になれましたし、私ももちろん感謝しています」
ハンナ母娘の同調圧力に、頼みのセリーまでもが屈してしまった。
ロクサーヌが慈母のような微笑みで頷いている。
「ま、まあ、あまり考えても仕方ないな。
結局、ドープ薬でなれないのは、単に弱いからってことかもしれんしな」
「ご主人様は素晴らしく強いのですから、薬を使っても使わなくても上級職になれることでしょう」
……いかん、ロクサーヌの全肯定具合が進行していないだろうか。
重傷状態からある程度持ち直したハンナ母娘がそうなるならわかるんだが、なんでロクサーヌがこうなってるんだろう。
俺がロクサーヌにしてやっていることと言えば、衣食住の他に通常の数十倍の速度で成長させているくらいだ。
……いや、逆の立場なら泣いて喜んでついてくし、下手すりゃケツも貸すけどさぁ、なんか違うだろ。
「そ、それもこれも、皆が支えてくれてるお陰だから、その、あまり……な?」
といって、なんと言ったら良いのやら。
……どーすんべ。
「ええと……それでご主人様、結局ドープ薬は使うのですか?」
俺が困ってるのを察したのか、セリーが訊いてきた。
「使う」
ぼちぼち魔物も強くなってきたなと思っていたところに、バラダム家みたいな危険な連中まで現れた。
俺が恐れているのは、バラダム家のような連中がまた現れることではなく、あの連中が盗賊でもなんでもなかったという事実だ。
俺は基本的にルールを遵守して生きてきて、ルールの庇護があるからこの年齢まで生きることができたと思っている。
高卒で就職できなかったら反社にでもなるしかなかったと思うし、苦しい時に仕事を投げ出してたら野垂れ死にしていただろう。
クソみたいな理不尽はいくらでもあったが、ギリギリのところで幸運でもあったのだ。
この世界でも同じようにしたいと思っている。
死せる餓狼の自由は要らない、虚偽であっても家畜の安寧が欲しい。
そのためにはこの世界のルールを理解し、当たり障りなく振る舞えるようにならなくてはならない……と、思う。
しかしこの世界のルールは、法的にもシステム的にもまだまだわからないことだらけだ。
ロクサーヌもセリーもハンナだって、知らないことが一杯あるはずだ。
どこまでいっても彼女たちは、この世界の身分制度の下の方の存在でしかないからだ。
ルールの庇護が期待できない以上、俺がロクサーヌ達とこの世界で安穏とした日々を送るには、結局のところ障害をねじ伏せる力が要る。
そして力があると思わせる、社会的信用のようなものも必要だ。
だが、信用というのは積み上げるものであって、ある日突然生えてくるものではない。
それになにより、俺はもうすぐ四十路だ。
元気に活動できる残り時間は、決して長くはない。
賢い選択ではないかもしれない。
だが10年以上掛かると言われて、一刻も待てないような焦燥感に駆られてしまった。
もし魔道士になる条件に勤続年数が関わっていたら……早急に別の戦略を練る必要があるだろう。
「まあ、一応成算はあるんだ」
上級職を得るのにレベル以外に何かしらの行動が必要だとすれば、そもそも促成栽培の俺は満たせない可能性が高い。
そうではなくて、必要ステータスによるものだとすれば複数ジョブの俺は問題にならないはずだ。
根拠としては、遊び人の仕様だ。
遊び人に探索者の〈アイテムボックス操作〉を設定した時、使えるアイテムボックスの数は遊び人のレベルに依存していた。
だが魔法使いの魔法を設定した時は、遊び人の魔法も魔法使いの魔法も威力に差がなかった。
このことから、魔法の威力はステータスに依存していて、ステータスはジョブ毎に管理されているものではないという推論が導き出せる。
そして俺のステータスは、複数ジョブで高くなっているはずだ。
これで真面目に修行した魔法使いに劣っているということはないだろう。
あるとすれば、それは地球人である俺とこの世界の人類のスペックに差がある場合だろう。
……ロクサーヌとセリーという天然モノの天才を見てると、ちょっと自信がなくなるが。
「魔法使いのレベルは、今41でしたか。
それくらいなら大量服用というほどではない気がしますし、仰る通り大丈夫なような……」
セリーは迷いながら頷いた後、
「しかし、魔法を同時に使用できるのがご主人様の強みなわけですし、魔法使いは今後も使うのでは」
「……うーん、やっぱりそう思うか」
「むしろ今のお話でしたら、遊び人のレベルを上げた方が良いのではないでしょうか?」
遊び人は間違いなく今後もずっと使うだろうから、全く考慮に入れていなかった。
だが確かに、遊び人のレベルが上がってどんなステータスが上がってるんだって話でもある。
一方、自由に使えるパーティー効果は確実に強くなるわけで。
魔道士になって一挙にパワーアップしたかったのだが、その方が堅実ではあるかもしれない。
「……ところで、ドープ薬は22個しかありませんよね。
探索者で使った場合、それで残るのは14個くらいだと思いますが……」
「いや、多分有効にしている全てのジョブに効果があるんじゃないかと思うんだが……まずそこから試すべきか」
普通に戦っていてジョブが同時にレベルアップすることもあるから、ドープ薬も当然そうだと思うんだが……。
しかし言われてみると、ボーナススキルで目立たないだけで実は経験値がジョブの数だけ分割されて入っている可能性もあるか。
「ついでに、ご主人様のパーティライゼイションの効果も調べませんか?」
「――確かに! よく気づいてくれた」
回復薬の効果が微妙に減っていたとしても検証し難いが、ドープ薬のように定量的な効果を及ぼすものなら確実に検証できる。
ドープ薬の効果は『レベルを1上げる』というもののはずだ。
だがそれだって、服用すると『1レベル分の経験値が発生する』とか、『1レベル上がったという結果だけ発生する』とかのパターンがあるだろう。
そして〈セブンスジョブ〉や〈パーティライゼイション〉で使った結果として、『アイテム効果が等配分されてレベルが上がらない可能性』、『ファーストジョブしか上がらない可能性』、『誰か1人にしか効果を及ぼさない可能性』などが考えられるわけだ。
そして〈パーティライゼイション〉のアイテム効果が完全に横展開される場合、ハンナ達のために必要なエリクシールが1つだけになる。
これは非常に大きい。
セリーと目を合わせる……彼女は母娘に一瞬視線を向けた後、頷きを返してきた。
さすが考えに無駄がない、こちらも頷きを返しておく。
とはいえ、ジョブが一杯あって自由に変えられる俺はともかく、皆に使うのはちょっとどうかと思っていたんだが……、
「皆にも使うと考えると、今のジョブでドープ薬を使うのは勿体ないな。
……探索者で良いかな、アイテムボックスの容量が増えるし、ハンナも冒険者になれるようになるはずだし」
「そこまでしていただくのは、なんとも恐縮ですが……」
「まあ、いざという時に2人で移動できるようになってくれるのはありがたいからな」
そう遠くない内に、ハンナ達はパーティーから外れる。
商人ギルドで仕事も頼んでいるから、実際に冒険者に転職してもらう機会は殆どないだろうが、選択肢が生まれるだけでありがたい。
「早速試したい……が、レベルが上がってからしばらく経つジョブがいくつかあるんだよな」
探索者はクーラタルの十六階層でレベリングした時にLv41になって、それからずっとそのままだったがブラックダイヤツナの周回をしてたらLv42になった。
魔法使いは探索者にちょっと遅れて追従してるから、多分もうすぐ上がるはずだ。
まあ、魔法使いでドープ薬を服用するかは迷っているのだが……。
騎士は普段使っていないが、僧侶のレベルもそう遠くない内に上がるだろう。
いくら焦りがあると言っても、経験値を無駄に捨てるのはそれはそれで本末転倒だと思う。
「なので、まずはドープ薬の実験ということで、魔法使い以外のジョブでとりあえず1個だけ試してみよう。
ロクサーヌ、ちょっとミリアを呼んでくれるか」
「はい、わかりました」
〈セブンスジョブ〉でドープ薬の効果がどうなるかを見たいのだが……何が良いかな。
実験だから、今後使いそうもないジョブが良いのだが。
まずは村人は確定だな。
ついでの義務感だけでLv30にしただけだし。
この世界には高レベルの村人が結構いるから、隠されているジョブとかもないと思う。
奴隷商人、武器商人、防具商人辺りも使い道がなさそうだ。
とりあえずLv30にした時点で止めてたし、経験値の無駄もないだろう。
料理人の〈レア食材ドロップ率上昇〉は、なんとなくだがレベルが上がるだけで効果が上がる気がする。
が、前にレベルが上がってから結構戦ったような気もする。
……保留だな。
農夫も要らんな。
万が一知られてない上級職があったとして、ライフコッドの農夫*5とかYAMA育ちのNOUMIN*6とかの強力なジョブが生えてくるとは思えん。
あとは……と考えていると、
「あの、御主人様」
カタリナに意を決した顔で話しかけられた。
「ドープ薬で強くなるのはパーティー効果なのですよね?
であれば、私は巫女のまま服用した方が御主人様の御役に立てると思うのですが」
「いや、今後も巫女でいるなら……」
反論しようとしたが、語尾が弱くなる。
俺の都合だけ考えるなら、確かにその方が良い。
そしてカタリナもいずれパーティーから抜けるし、そうなるとレベルが上がることはほとんど無くなるだろうが……、
「まあ、今からやるのはあくまで実験だ。
全部使うのは明日少し戦ってからになるし、それまでに巫女のレベルが上がるかもしれない」
そうなったら1レベル分無駄になるから……そう言い聞かせて、先送りにさせてもらう。
カタリナは黙ってお辞儀すると引き下がった。
……覚悟決まってんなぁ。
〈セブンスジョブ〉の残りの1枠は盗賊にしよう。
上級職に兇賊があるが、あまりなりたいジョブじゃないし。
効果もスキルも不明だが、魔法中心ビルドでは出番もないだろう。
加賀 道夫
<男・37歳>
探索者:Lv42
村人:Lv30
奴隷商人:Lv30
武器商人:Lv30
防具商人:Lv30
農夫:Lv30
盗賊:Lv30
装備:身代わりのミサンガ
ロクサーヌ
<♀・16歳>
探索者:Lv1
装備:身代わりのミサンガ
セリー
<♀・16歳>
探索者:Lv15
装備:身代わりのミサンガ
ハンナ
<女・35歳>
探索者:Lv30
装備:ウッドステッキ
:身代わりのミサンガ
カタリナ
<女・15歳>
探索者:Lv1
装備:ウッドステッキ
:身代わりのミサンガ
ミリア
<♀・15歳>
探索者:Lv1
装備:身代わりのミサンガ
「……では、使うぞ」
〈パーティライゼイション〉を使用して、ドープ薬を指定する。
あれ? 何も起こらないな。
「……蓋を開ける必要があるのでは?」
「そ、そうだな」
セリーに言われて蓋を開けたら、一瞬で中身が空になった。
使える状態までする必要があるのかな、よくわからん。
加賀 道夫
<男・37歳>
探索者:Lv43
村人:Lv31
奴隷商人:Lv31
武器商人:Lv31
防具商人:Lv31
農夫:Lv31
盗賊:Lv31
装備:身代わりのミサンガ
ロクサーヌ
<♀・16歳>
探索者:Lv2
装備:身代わりのミサンガ
セリー
<♀・16歳>
探索者:Lv16
装備:身代わりのミサンガ
ハンナ
<女・35歳>
探索者:Lv31
装備:ウッドステッキ
:身代わりのミサンガ
カタリナ
<女・15歳>
探索者:Lv2
装備:ウッドステッキ
:身代わりのミサンガ
ミリア
<♀・15歳>
探索者:Lv2
装備:身代わりのミサンガ
「おお、ちゃんと全部のレベルが上がったぞ!
皆も試してみてくれ」
1人ずつ〈アイテムボックス操作〉を使ってもらうと、ちゃんと拡張されていることが確認できた。
よしよし、最上の結果だ、さすがはボーナス呪文さんだ。
……え、しかもボーナスポイントも増えてるじゃないか。
これは素晴らしい、まさに『予期せぬ贈り物』だ*7。
増えることは期待していなかったんだが、確かにレベルと連動しているから増えてもおかしくないか。
〈ステータス再設定〉がないとボーナスポイントは上手く利用できないから、ドープ薬を使った者が通常より弱い理由とも整合性がある。
「実験の第一段階は成功ということで、続きは明日だ。
レベルを上げたいジョブは探索者でなくても構わないから、朝までに考えておいてくれ」
そして俺もゆっくり考えなくては。
探索者と騎士、僧侶は確定として、魔法使いにするか遊び人にするか、あと残りは何にしたものか……。
書籍版では名前も出ていないので、多分存在自体削除されたのでは……。
毒は医学的な扱いとして沙門に(古くは仏法僧は医療者としての役割も負っていました)、石化と麻痺(原作の描写を見る限り、神経毒的な麻痺ではなさそうなので)は呪いの類として巫女/神官のスキルツリーとしました。
そのことから『予期せぬ贈り物』と言われる。
ドープ薬については、原作で矛盾していると取れる記述があります。
書籍版7巻では、「上級職への転職も可能、ただし、長年実際に修行を積み重ねた者より弱いという意見が一般的」とセリーは回答しています。(143ページ)
『決闘』回で引用したセリーのセリフはここからです。
しかし書籍版11巻では、「魔道士などの上位のジョブを得るには、10年以上研鑽しないといけない、ドープ薬ではうまくいかない」と言っています。(228ページ)
また、上級職になれない理由について、原作道夫君は必要ステータスが足りないからだろうかと推測しています。
しかし、その時点で道夫君は魔道士のジョブを獲得済みである点が本話と異なります。
本作道夫さんはまだ未獲得状態ですから、レベルと必要ステータス以外にも必要条件があるかも? と警戒するだろうと思いました。
本作ではこれらを両立できるように、というかふわっとどうとでも取れるように