※ここからしたはごしゅじんさまのめもです。
春76日
AM:ハーフェン(魚市)
→ボーデ(朝市+武器売)
→ベイル(素材買)
PM:ソマーラ(帽子+ウサギ)
→帝都
クーラタルの街
道夫の家
「忙しいな」
夕食後、明日の予定を考えながら黒板に書いていたら、ついポツリとこぼれてしまった。
「移動が多いですから」
テーブルで装備の手入れをしているロクサーヌの耳に届いてしまったようで、「お疲れ様です」と気遣われてしまった。
彼女が念入りに手入れしているのは、自警団に渡す〝索敵の硬革帽子〟だ。
〈索敵〉スキルが実際どんなもんなのかは、さっき試してみた。
視界が通っていない場所にも、魔物がいるのがわかるようになるのだ。
DbDの索敵スキルみたいな感じだ。
しっかり恩恵があった……ロクサーヌ以外には。
「うん、まあそうなんだが……」
買ったり売ったり素材を受け取ったり、事務的なやり取りだけでは終わらないのだ。
特にエルフ武器商人の奥さんが難敵だ。
主に相手は女性陣に任せているとはいえ……なかなか油断ならない。
索敵の硬革帽子を届ける時も、絶対遠慮されるだろうし何かしらありそうだ。
といって、遠慮されずに当然みたいな顔をされたらモヤるような気がするし、ただの我侭なのだろう。
それに案外、雑談の中から拾えることもあるし、無駄な時間とまでは言えない。
……いわゆるコミュニケーション強者というのは、こういうのをものともしない人のことを言うのだろうか。
俺が特に何か言うわけでもないと思ったらしいロクサーヌが、作業に戻った。
帽子の次は、俺の装備品だ。
明日は休日だから、普段より更に丁寧な様子である。
別にアイテムボックスに入れてれば錆びたりカビたりしないし、1日空く程度気にすることもないと思うのだが。
…………?
「ご主人様?」
「明日は休日じゃないか」
「えっと、1と6が付く日は休日にすると、ご主人様がお決めになりましたが」
そう、休日にすると決めた。
毎日毎日迷宮で戦いに明け暮れるのはどうかと思ったからだ。
だが休日というのは休む日だ。
迷宮に入らないからといって、その日に外回りの予定を入れたらそれは休日ではなくなる。
最初の休日は、セルマー伯関係であまり迷宮に入っていないということで、ロクサーヌ達に遠慮された。
給料だけは渡したが、特に買物とかをした様子はない。
次の休日は、思い出したくもないクレーマー野郎に絡まれて潰れた。
地引網はちょっと面白かったが、さすがにあんまりだと言えよう。
……危なかった。
今、明日の予定を思って「まあ、明後日はまた迷宮に行けるし……」と少し思っている自分がいた。
そのうち休日になったら、「明日迷宮に行けるぞ!」ってソワソワするようになってしまうのかもしれない。
レベルがゴリゴリ上がるのは、正直言って楽しい。
確かに楽しいのだが……ワーカーホリックとゲーム廃人を同時発症しているというかなんというか。
とにかく、懸念事項だった職質1発アウト状態も解消できたのだ。
資金が心細い問題だって、今の潤沢なボーナスポイントがあれば〈結晶化促進六十四倍〉でそう苦労しないで解決できるはずだ。
それに攻略速度も上がるから、二十三階層まで行ければドロップアイテムの買取価格だって倍になる。
今は明らかに、焦る必要も急ぐ必要もない時だろう。
「明後日も休みにしよう、連休だ」
「連……休ですか?」
「迷宮にも行かないし、特に用事もない、完全な休日だ」
ロクサーヌが手を止めて、困った顔をした。
この世界には春夏秋冬の4つの季節があり、それぞれ90日と定められている。
一般に休日とは、季節と季節の間の1日2日のことを指すのだ。
そんなわけで、ロクサーヌ達はどうも休日というのがピンと来ていないというか、遠慮してしまうようだ。
「えっと、ご主人様はお忙しい日々を過ごしていますから、お休みは必要だと思います。
しかし、先日も迷宮に入らない日がありましたし、私達が休む必要はないかと」
こんな感じだな。
うーむ、どうしたものか。
「ロクサーヌはあまり働いてないつもりかもしれないが、そこらの探索者よりよっぽど働いているんだぞ」
「そんなことは――」
「――あるとも」
迷宮に入る日も、少なくとも2時間に一度くらいは〈ワープ〉で帰宅してお手洗いを済ませたりお茶したりしている。
だから働いてないように思っているかもしれないが、実際は無駄なく効率的に作業していると言える。
実際、中心街に行けば長々と行列に並んでいる探索者が沢山いるではないか。
そうした移動時間や待機時間を削って、探索時間と戦闘回数を増やしているわけだ。
勤務時間は短いかもしれないが、仕事量は多いのだ。
「というわけで、皆は十分働いている、いや働きすぎなのだ」
「えっと……そ、そういうものでしょうか?」
「そういうものだとも」
幸いセリーもこの場にいないし、ここは勢いで押し切る一手だ。
いや、俺は別に良いんだよ。
そろそろかな? そろそろレベル上がるかな? って確認しながら魔物を蹴散らすのは楽しいし、なんならジョブ設定画面を眺めてるだけで酒が飲めるまである。
至福の時だ、吝嗇家末崎なら俺の気持ちをわかってくれるだろう*1。
だが、ロクサーヌ達に延々とダンジョンアタックする日々を送らせるのは、さすがに自重すべきだろう。
というか心配なのはロクサーヌだ。
セリーとミリアは良いんだ、それぞれやりたいことや好きなものがあるからな。
「各自、何がしたいか確認する」
「は、はい、わかりました」
勢いそのまま、ロクサーヌに皆を呼び集めてもらった。
そして口火を切ったのは、
「では、私は帝都の図書館でお願いします。
新たなジョブがわかりましたし、別の観点で探ってみれば新たな情報を得られるかもしれません」
セリーは想定通りだな。
ハンナとカタリナには「家事禁止、商談禁止」と釘を刺したところ、2人もやはり図書館ということになった。
そしてミリアは、
「図書館で、勉強、します」
……あれ、海もしくは川って言うと思ったんだけどな。
皆が図書館に行くと言うから、同調圧力のようなものを感じているのかもしれない。
ミリアは結構空気を読むからな。
「休日だからな、それは無しにしよう」
「…………海、行きたい、です」
そんなに後ろめたい顔をしないで良いのにな。
ここは優しく……優しく……。
「海か、良いじゃないか。
暖かくなってきたしな、泳ぐのか?」
と努めて明るく言ってみるが……魚を獲ったりしないだろうか? ちょっと心配になってきたな。
ミリアが奴隷になったのは、禁漁区で魚を獲ったからだ。
言い方はアレだが、要するに前科者だ。
俺と同じ懸念を覚えたらしいセリーが、「釣る以外で魚を獲ることは、問題視される危険が大きいと思います」とバツが悪そうな顔で言った。
……だよな、漁業権ってやつだ。
日本でもたまに、アワビとかナマコの密猟がニュースになっていた。
ヤクザのしのぎになってるとか聞いたことがある。
干しナマコの輸出量が、ナマコの漁獲量と合わないとかなんとか。
「釣りなら問題ないのか?」
「はい、釣りは貴族や引退生活者の趣味として認知されています。
貴族や有力者がやるため、釣りで魚を獲ることは漁業権の例外として認められています」
金持ちだったらしいセリーの祖父は、釣りが趣味で海釣りもやっていたらしい。
帝都には釣具屋があるそうだ。
いかにも金持ちの道楽って感じだな。
……ま、それは日本でも同じか。
作業用BGMに旅行動画と料理動画を見てると、釣り動画がおすすめに表示されることがある。
それで見たことがあるんだが、釣りガチ勢の金銭感覚はちょっとどうかしているんじゃないかと思うことがある。
あと、太平洋と日本海を気軽に行き来する距離ガバ勢だったりもする。
だが、今の俺には金を稼ぐ手段もあれば〈ワープ〉もあるのだ。
「じゃあ、ミリアは釣りをやってみるか?
というか、釣りってわかるか?」
「……わかり、ません」
やっぱり庶民お断りの趣味なんだろうか。
「俺もやったことはないけどな、俺が居た所には『一生幸せになりたければ、釣りを覚えなさい』なんて格言もあった。
それだけ楽しいものなのだろう」
「えっと、それはどういう意味なのですか?」
ミリアに俺の言葉を噛み砕いて伝えていたロクサーヌが、首を傾げた。
「一生かけても極められないような、奥の深い趣味ということだったと思う」
「そういえば祖父も、もっと若い頃から釣りを始めていれば良かった、と何度か口にしていた記憶があります」
ほほう、こちらでもそうなのだな。
格言の元ネタは、確か中国の諺だったかな*2。
糸に錘と針と餌を付けた仕掛けを釣り竿に結んで、魚が潜んでいそうな所に投げ入れて釣り上げる。
そんなにわか知識を披露すると、ミリアは顔を輝かせて、
「やってみたい、です」
「じゃあ、詳しい説明は……セリー、頼めるか?」
「釣具屋で聞いた方が良いと思いますが、わかる範囲でやっておきます」
決まりだな。
何度も地引網漁に参加させてもらうのも気が引けるし、1人でできる釣りは良い趣味だろう。
「えっと、それでは明後日は、私もミリアと一緒に海に行っても良いでしょうか。
折角なので、海を眺めてのんびりしたいと思います」
「お姉ちゃん、一緒、です」
ミリアも嬉しそうだ。
ロクサーヌはたまに厳しいことを言わざるを得ない立場だが、2人の仲は良好らしい。
一安心だな。
「ご主人様はどうされるのですか?」
「家でのんびりさせてもらうよ」
俺は1日幸せになれれば十分なので、酒でも呑んで昼寝するつもりだ。
たまには休日らしいことがしたい。
「ではあの、タマの世話は」
「半日くらい大丈夫だと思うが……餌とトイレの世話くらいだよな?」
別にそれくらい大したことじゃないだろう。
だが、ロクサーヌは心配そうだ。
「ま、どうしても手に負えなくなったら……」
図書館にいるセリー達は頼れないが、釣りをしているロクサーヌ達なら頼れるだろう。
……と思ったが、休日と言い出しておいてそれもちょっとな。
「そうだな、ビッカーの奥さんに泣きつくとしよう」
ビッカーはベイルの町にいるだろうが、奥さんは家にいるだろう。
〈ワープ〉でひとっ飛びだ、問題ないだろう。
「あの方でしたら、確かに大丈夫ですね」
ロクサーヌがほっと息を吐いた。
ようやく安心してくれたようだ。
……そこまで心配することはないと思うんだがなぁ。
ハーフェン 魚市場
そして連休初日の朝、ハーフェンに魚を買いに向かう。
すると、目に見えて魚の種類が少なかった。
とはいえ不漁なわけではなく、売り子達は俺達を見て元気良く呼び込みをしている。
「豊漁、みたい、です」
「そのようだな」
上手いこと魚の群れにでも当たったのか、同種の魚が山のように陳列されていた。
ミリアに名前を訊いてみるが……発音しづらいな。
ともあれ群れで移動する魚で、煮て良し焼いて良しらしい。
アジ・サバ・イワシのような回遊魚なのだろう。
その点この魚は……どことなくニシンっぽい。
昔は北海道で
だが、最近はまた漁獲量が増え始めたらしく、ちょくちょくスーパーで見かけるようになった。
目が小ぶりで×印がいっぱい並んでいるような魚体が、なんとなくニシンのように見えたのだ。
……身欠きニシンが食いたいな。
以前安売りしてたのを衝動買いしたんだが、コメの研ぎ汁で戻すとかいう工程が面倒だった。
というか家には米がなかった。
なので無精してコンロで炙って齧ったら、普通に美味かったのだ。
これが意外と、ウイスキーに合うんだ。
「これを干物にできるか?」
「……脂、腐る、ダメ、です」
おや、ミリアのNGが出た。
脂が腐るから駄目?
……ああ、身欠きニシンって、脂の多い腹身を欠いてるから身欠きニシンなのか。
「魚の脂は腐りやすいということかな」
例えばタラは低脂質高タンパクな、中年の味方だった。
タラの干物は大航海時代を支える保存食だったそうだが、それは脂が少ないからだったのだろう。
「そういえば、そういう話を聞いたことがあります。
バラの脂は保存しやすいのですが」
セリーの話では、ピッグホッグのドロップアイテムのバラを調理した際に出る脂で、保存食を作ったりするらしい。
ペミカンみたいなものだろう*3。
「バラの脂だとちょっと胃もたれしそうだが、オリーブオイルで漬けても保存は利くよな」
「そういうものもあります……お高いですが」
セリーが胡乱な目で俺を見ている。
わかるぞ、一息で漁村にも農村にも移動できるのに何故保存食が必要なんですか? そんなところだろう。
だが仕方ないんだ。
こんな話をしたせいで、オイルサーディンが食べたくなってしまったんだ。
アンチョビは我慢する。
あれは発酵食品だからな、暖かい時期に作るようなものじゃないだろう。
「燻製にして、オリーブオイルで煮て保存が利くようにする……できるか?」
「ええと……まあ、作ることはできますが」
セリーが指を差した。
その指の先では、ミリアが猛烈な勢いで魚を選別している。
「……桶いっぱいですか?」
「いや、さすがにそれは……まあ、何食分かあれば良いから、また頼むよ」
ボーデ 城下町
買った魚の下処理を担当するミリアと燻製担当のセリーを家に置いて、今度はハンナとカタリナを連れてボーデにやってきた。
今度は朝市で、カタリナに魚介とオリーブオイルに合うハーブを見繕ってもらう。
「タイムが良いと思います。
こちらのものは、香りが特に良いですね」
「本当に、クーラタルで売っているものより香りが強いですね」
ロクサーヌもご機嫌な様子で、鼻をスンスンさせながら選び始めた。
「花が咲く前の方が香りが強いのです。
あちらはもう、咲いた後なのだと思います」
カタリナは、寒い場所でも根を覆っておけば冬を越せること、庭に植えたものは夏になれば収穫できるだろうことなどを教えてくれた。
タイムは聞き覚えがあるハーブだな。
抗菌作用が強いとかで、コロナ禍が騒がれてた頃に特集されていたような……抗ウイルス作用じゃないだろ、とツッコんだ記憶がある。
ま、腐りにくくはなるだろう。
それにシソ科だし、確かに魚に合いそうだ。
というか、ミントとかバジルとかローズマリーみたいな素人でも知ってるハーブは、大体シソ科だけども。
……
陸に生えるくせに魚と相性が良すぎるせいで、ニホンジンとかいう食い意地の張った連中に食い物にされるのだ。
お次は果実酢を探してもらった。
さっきミリアに油漬けのことを話したら、果物で作った酢で魚を酢漬けにする保存食があるという話が聞けたのだ。
なお、なんで保存食を作ろうとしているんだろう? という思いがありありと込められた戸惑いの眼差しは見なかったこととする。
アジの南蛮漬けが食べたくなってしまったから仕方ないんだ。
カタリナに質の良いリンゴ酢を見繕ってもらって、ついでに
この辺りは寒いから、
そういう気候なのだろう、冬は青森より寒そうだしな。
燻製や魚醤で味付けした魚を、爽やかな香りのシードルで洗い流す。
良いじゃないか良いじゃないか。
明日の昼呑みメニューが決まってきたぞ。
……。
…………。
………………。
買物を済ませた後は、ふと思いついてコハク商の店に立ち寄ることにした。
以前あそこの猫人店員が、ハーフェン帰りの俺達に「釣りでもなさったんですか?」と訊いてきたことがあった。
あれは、身近に釣りをする人がいないと出てこない言葉だろう。
というわけで、良い釣り場を知らないか尋ねてみると、
「ハーフェンの磯は良い釣り場ですよぉ。
岩場で網が入れにくいですからな、魚影が濃いのです。
ミチオ様がおやりに? ああっ! あの、猫人族のお嬢さんですか。
ほぉ! 初めてと!
それはそれは、でしたらそうですなぁ――」
予想はしていたが、釣りをやるのは猫人店主だった。
超絶長話の気配を感じたので、「この後予定があるので」と緊急退避した。
後ろで孫娘も「あちゃー」という顔を手で覆っていたからな。
オタク特有の早口は、初心者ですらない動画エアプ勢には刺激が強いのよ。
……。
…………。
………………。
お次は当初の予定通り、武器防具店だ。
道々、ロクサーヌはやたらと周囲を警戒していた。
どうも先日、バラダム家に絡まれたのを事前に察知できなかったことを気にしているらしい。
……室内にいたんだから、わかるわけないと思うのだが。
というかわかるようになったら怖いので、あまり気にしないでほしい。
もちろん連日トラブルに見舞われることなどなく、何事もなく到着した。
セリーが製造してくれた装備を納品して、「今後もお願いできますか?」という申し出を快く引き受ける。
もう冒険者になったわけで、不意の職質も怖くないのだ。
そして今日はハンナを連れてきたので、ペルマスクに石鹸を持ち込む話を詰めることにした。
この話にはハンナも乗り気で、
「向こうはこちらよりずっと温暖ですから、石鹸の需要も大きいと思います。
ご一緒できるなら、ありがたいお話です」
「ふーむ、やはり一度向こうの様子を見ておきたいですな。
あちらの人にも、ご紹介いただきたいですし」
やはりペルマスクか、いつ出発する?
私も同行する。
何と言っても冒険者だからな。
「とはいえ明日は困るが……」
「いえいえいえ、夏になってからお願いできればと思います」
エルフ武器商人が手をパタパタとさせた。
セルマー伯への援助は変わりなく行われているようで、何かと忙しいらしい。
「ですが、良いこともございました。
以前から集めていた冒険者達なのですが……」
騎士団が忙しくなったということで、あちらでも雇用費を受け持ってくれることになったらしい。
二重派遣はしないが、セルマー伯領の援助に向かっている騎士団の穴埋めを、そうした冒険者で穴埋めしようということのようだ。
それでペルマスクとの交易の話も、「にわかに現実味を帯びて参りました」とエルフ武器商人は笑顔になった。
とはいえ、
「もうすぐ春が終わりますから、色々と……」
江戸時代の商家は、盆と大晦日に帳簿を突き合わせて差額だけ支払っていたというが、この国の商家も似たようなことをしている。
こっちではその清算をするのが季節末で、色々と忙しくなるというわけだ。
そうして一番資金が集まる時期に、金持ちが集まってオークションを開くわけだな。
バラダム家の債権者達も、そのために資金を集めているのかもしれない。
……向こうはどうなったことやら。
ベイル
アランの館
今度は母娘を家事の増援に回して、ロクサーヌとアランの店に来た。
また入口で最敬礼も受けた。
アランに冒険者になったことを伝えるのは、もうちょっと時間を置いてからにしようと思う。
ついこないだ、魔法使いの奴隷の所有者になった時に探索者のインテリジェンスカードを見られたばかりだからな。
これまでのように戦闘奴隷が集めたドロップアイテムを買い取り、バラダム家のその後の話を尋ねてみることにする。
「借財の整理も無事に進んでおりますようで。
サボーを喪い、魔法使いも失い……当分は大人しくしているものと思います」
うんうん、それが何よりだ。
盛大に破滅したりしたら恨みを買いそうだからな。
「誰が魔法使いを買って資金提供したのか、疑われたのではないか?」
「まあ、多少は……当家では買っていないとは言っておりますが」
嘘ではないなぁ。
意地の悪い笑みを浮かべるアランに、思わずこっちも笑ってしまう。
「そうそう、倅からまたスキル結晶が届いております」
スキル結晶
コボルト
スキル結晶
はさみ式食虫植物
おお、〈MP吸収〉のスキル結晶コンビだ。
聖槍のために欲しかったのだが、どうも誰かが集めているようでクーラタルの商人ギルドでは高騰しているとハンナに言われていたのだ。
……まあ、剣豪がある今となっては、聖槍に融合するかは微妙なところなのだが。
どちらにしても、コボルトのスキル結晶は素晴らしい。
「コボルトのスキル結晶と……先日ご注文いただいておりませんでしたが、はさみ式食虫植物のスキル結晶となります。
獣戦士のビーストアタックは強力なスキルとして有名です。
いつかミチオ様が魔法使いを手に入れるまでの、繋ぎとなるのではと思いますが……」
前回はロクサーヌの能力を知らずに仕入れてしまったが、今回は顧客の状況を鑑みて潜在ニーズを掘り起こそうとしたわけだな。
いいねぇ、攻めてるねぇ。
「なるほど、確かに。
ありがたく買わせていただこう」
「ありがとうございます」
ロクサーヌも俺とアランに「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
話を合わせてくれたようだ。
「素晴らしい仕事をしてくれたと、是非伝えてほしい」
アランが嬉しそうな笑みを浮かべた。
好々爺の笑みだ。
クーラタルの街
道夫の家
昼食を挟んでソマーラの村に行って〝索敵の硬革帽子〟を届けてきた。
案の定恐縮して遠慮されたので、交換条件にセリーに製造してもらった木の盾を買ってもらった。
素材の板は、こないだラフシュラブの周回をした時にたんまり手に入ったからな。
残念ながら、今回もウサギのスキル結晶はなしだった。
ちょっとだけホッとしたのは内緒だ。
だが、毛皮集めは順調にやってくれていて、これで累計300個を超えた。
そろそろ帝都の服屋に売りに行くとしよう。
「ミリアのエストックに詠唱中断を付けられないから、代わりに灌木のスキル結晶を融合しようかな」
「そうですね、それも良いと思います」
ロクサーヌとそんな相談をしながら帰宅したら、そのミリアがしょんぼりした顔で居間の椅子に腰掛けていた。
向かい合うのは、
「あやまちあらば安らけく、巫女の
……ご主人様、お帰りなさいませ」
回復呪文を使っているカタリナだった。
「ああ、ただいま……ミリアが怪我をしたのか?」
「その、はい、料理をしていたら油が跳ねてしまいまして」
そのミリアは、「へ、平気、です」とバツが悪そうな顔をしている。
油の温度とか上手く測れないし、熱くなりすぎたのかもしれない。
何度もやってると、なんとなく具材の泡立ち方でわかるんだけど。
「ミリアも来たし、台所用の皮のグローブかミトンを増やした方が良さそうだな」
「えっと、装備品を使わないでも普通のミトンで良いと思いますが。
普通のミトンでしたら、明日いただくお休みに買いに行くつもりです」
「いや、仕事に必要なものなのだし、こちらが支給するのが筋だろう」
ロクサーヌは遠慮しているが、サイズ調整が利くし、今なら〈防火〉スキルも付けられる。
安めの装備品で賄えるならその方が良いと思うんだよな。
……油跳ねに〈防火〉が効くのかは知らんけど。
「それと、そういえばミリアが来てからエプロンを増やしてなかった。
……でも、エプロンってごっついのしか無いんだよなぁ」
エプロンというより、作業用の前掛けというのが正しい。
布地も分厚く、安全第一という感じだ。
俺が着けるのは良いが、ロクサーヌ達にと考えるとちょっとあれだ。
「これから帝都に行くし、向こうの服屋でお洒落なのを作ってもらおうか、皆の分も」
「その……とてもありがたいのですが、春の終わりのオークションに向けて、節約されているのではないかと」
……そうだけどぉ。
帝都
料理の続きはセリーとハンナに任せて、そのまま4人で帝都までやってきた。
カタリナはこの中では一番帝都に詳しいので、案内役を頼んだ。
といっても釣具屋の場所は知らないようで、冒険者ギルドの受付で道を尋ねることになるが、
「先日連れてきていただいた、図書館の方向だそうです。
帝宮のある方、お貴族様のお住まいがある辺りですね」
「なるほど……とすると、服屋も途中で寄れるかな?」
「はい、ご案内いたします」
途中、以前ロクサーヌと2人で買物した怪しげな店舗が並ぶ小道があった。
ロクサーヌも同じ場所を見て、目を細めている。
「そういえば、あれからカルメ焼きを作ってなかったな」
「あれは美味しかったですね」
ちゃんとした焼き菓子とかに比べるとチープだが、あれはあれで素朴で美味しい。
「ミリアも来たし、また作ってみるか」
「食べ物、ですか?」
「そうだ、甘いお菓子だ」
ミリアが「ありがとう、ございます」とちょっと申し訳無さそうな顔をした。
材料はストックしてあるもので作れるし、そんな遠慮することはないのだが。
……そういえば、あの時ものすごい臭いの魚醤を見つけたな。
ロクサーヌの鼻が利かなくなったらえらいことだから、1人の時くらいしか試せない。
後でこっそり買いに行こう。
「タマに見つからないようにしないといけませんね」
ロクサーヌが話を逸らすように言った。
「猫も甘いものを食べたがるのか」
「焼き菓子には興味を持っていたと、ハンナさんが言ってました」
基本的に肉食動物だろうに、そういうものなのか。
「いや、甘いものというよりバターの匂いに惹かれたのかもしれないな」
「確かに、そうかもしれませんね」
ロクサーヌはそう同意した後、ちょっと迷ってから、
「明日はタマが食べたがっても、お菓子を与えないでくださいね。
猫は子供のうちに食べたものが好物になるそうですから」
「いや、さすがにそれはな……虫歯になったら大変だ」
獣医なんていないだろうし、折角永久歯が生えてきたのにそんなことになったら、歯が抜けるだけで済んだら御の字だ。
想像してしまったのか、ミリアが「悪い、夢、です」とげっそりと言った。
よくわかる、俺も虫歯になったら間違いなくエリクシールを手に入れようとするだろう。
この世界では、食事は貴重な娯楽なのだ。
「きっと、タマは、魚が好き、になる、です」
今度は一転、笑顔になった。
怖い想像を振り払おうとでも思ったのかもしれない。
タマが魚好きになることで、自分の分が減るとかは考えていないようだ。
純粋に、自分の好物を好きになってくれることが嬉しいらしい。
性格の良い娘だと思う。
「そうだな、今のうちに好物を増やしてやろう」
ロクサーヌが「あの、害虫や害獣を退治するために……」と言いかけた後、苦笑して息を吐いた。
「いえ、ご主人様がそれで良いのであれば良いのです」
うむ、それで良いのだ。
……。
…………。
………………。
服屋にウサギの毛皮を持ち込んで、断腸の思いで何も買わずに店を離れた。
そうしてまたしばらく歩くと、
「あそこのようですね」
「はい、そのようです」
ロクサーヌが指差す先に、店頭に釣り竿を何本も置いてある店があった。
釣具屋だ。
近づいて竿を見るが、間違いなく釣り竿だ。
のべ竿というやつだと思う。
「いらっしゃいませ」
「海釣りがしたいのだが、道具を一通り揃えてもらうことはできるか」
中に入って、やってきた店員に告げる。
そんなに大きな釣具屋ではないようだ。
俺が知ってる釣具屋は、東條英機みたいなハゲ頭の店主がやってる店くらいだけど*4。
「釣りは初めてでございますか?」
「ああ、多少話を聞いたことがある程度だ」
「かしこまりました、もちろんご用意させていただきます」
そう言った店員が、ささっと道具を揃えてくれた。
竿、リール、道糸、錘、針。
竿はのべ竿じゃなくて、糸を中通しするものだった。
随分と高度な技術が使われているな。
対してリールの方は、ただ糸が巻かれているだけって感じだ。
ていぼう部の部長は竿を使わずに糸巻きだけでタコを手釣りしていたが、ああいうのを竿にくっつけたような感じだな。
あの時の部長は防波堤で釣りしていたから、竿が不要だったのだろう。
そしてこっちにはあんなコンクリで作った防波堤なんかはないだろうから、長い竿が必要になる感じかな。
投釣りなんかは当然無理だろう。
店員の説明を、ロクサーヌが翻訳してミリアに伝えてくれた。
餌は海辺でとれるワームや、小エビ、カニ、あるいは魚の切り身。
ただし貝は駄目だ、この世界の貝は毒があるらしいからな。
風や波の強さで
ただし、底まで沈んでしまうと根掛かりで仕掛けを失くしてしまうこと。
竿先の感覚でその辺りを見極めること。
そんな説明を聞きながら、横目で店のあちらこちらを見ていると、ワカサギ釣りで使うような短い竿が目に入った。
あれは……、
「ご主人様?」
俺の気がそぞろになっているのに気づいたカタリナに声を掛けられた。
顔を戻すと、皆に見つめられていた。
「ああ、申し訳ない。
ところで、あの短い竿はなんだろう?」
「あちらでございますか。
残念ですが、今の時期に使うものではありません」
店員の話では、やはりワカサギ釣りのような使い方をするそうだ。
湖が凍結した時に、穴を空けて糸を垂らす。
だから竿は短くても良いというわけだ。
「氷の上で釣りですか……氷が割れて落ちてしまわないのでしょうか」
ロクサーヌがそんな素朴な感想を口にするが、俺が考えてるのは全然別のことだ。
……あれって、猫用の釣り竿に丁度良いんじゃないか?
店内を見渡せば毛鉤のようなものもあるし、針を外せば良い感じに猫の気を引けそうだ。
……いやでも、ここにあるのって職人の手作りっぽいしなぁ。
馬鹿にしてんのかこの野郎、とか怒られるだろうか。
でもこんな立地だし、貴族の無茶振りとかにも慣れてそうな気もするし……。
「……店員殿、少し相談なのだが」
「はい、なんでございましょう」
ちょっと改まった口調を作って、思い切って話を持ちかけてみることにする。
「これは私の、以前の上長の話なのだが……」
と、WEB会議中に猫と遊ぶ姿を放送してくれた部長の話を言葉を濁して伝えて、屋内で取り回せるような短い猫用の釣り竿を用意できないものかと話した。
言われた店員は、狙い通り俺のことを宮仕えの身とでも思ったらしい。
背筋をピンッとすると、「どうか、今しばらくお待ちいただきたく」と店の奥に引っ込んだ。
「この店の店主でございます。
話は伺わせていただきました」
代わって奥から出てきたのは、初老の紳士だった。
こっちもジョブが商人だから、多分職人ではないと思う。
「愛猫のための釣り竿が欲しいとは、なんとも風流なご依頼でございますな」
「短い竿や毛鉤を扱っているようなので、もしかしてと思ってな。
あー、決してそちらの仕事を軽んじるわけではないのだ」
店主は「いえいえ」と笑顔で手を振った。
「とはいえ、私としても初めてのお話ですので、困惑しております。
職人に作らせるにも、もう少しお話をお聞かせいただきたいのですが」
「いやいや、有り合わせのもので出来るんじゃないかと思ったんだが」
室内で取り回せるような短い竿、糸は太い方が良さそう、猫の気が引けそうな派手な毛鉤、当然針はつけない。
そんな注文を、店主はいちいち頷きながら聞き取ると、
「釣り竿というのは、穂先が一番壊れやすいというのは、この通りご覧いただければおわかりになると存じますが――」
店主は穂先を指先で曲げながらそう言った。
当然だが、釣り竿というものは根本が一番太く、先端が一番細い。
「――当店ではもちろん、修理のご依頼も受け付けております。
しかし中には、釣りはもういい、というお客様も残念ながら居られます。
そこで……」
そういう壊れた竿を再利用するのはどうだろう、という提案をされた。
それなら安くできるし、俺が言ったように有り合わせの品を組み合わせれば良いから、職人に注文しないでも良いそうだ。
「それで頼む」
「おありがとうございます。
……それと、海釣りの道具はお求めになられますか?」
「ああ、彼女たち2人分を頼む」
そう言うと、ロクサーヌに「あの」と袖を引っ張られた。
いや、2人で海に行くのに、道具は1人分にするわけにはいかんだろう。
「こちらの釣竿は当店自慢の一品です。
末永くお使いいただけるものと思います」
店主と店員が、釣った魚を入れる
どちらも木で器用に作られているな。
「一揃えで5,000ナール……と言いたいところですが、これから釣りを始めるお客様ということですし、2つ買っていただけるなら一揃え4,000ナールとさせていただきましょう」
高いのか安いのかわからん。
だが店主の言葉を聞いて、ロクサーヌも軽く会釈をして袖を離した。
「ところで、猫用の釣り竿は?」
「そちらは有り合わせの品ですから、今後のお付き合いに期待して無料で結構です。
ただし、使ってみた感想はお聞かせいただけますか?」
もしかすると、猫好きの貴族とかに商機を見出したのかもしれないな。
こっちとしても異論はないので、次に来た時に報告することを請け負った。
「でありましたら、明日の今時分までにはご用意できるでしょう。
それでよろしゅうございますか?」
「ああ、頼んだ」
店を出ると、ロクサーヌに呼び止められた。
「申し訳ございません、ご主人様。
高価な品なのに、私の分まで……」
「申し訳、ございま、せん」
少し遅れて、ミリアも続いた。
「そう気にするな。
あの店主も、長く使えるものだと言ってただろう。
大切に使ってくれれば、それで良い」
2人の新たな趣味ができることが嬉しくて、つい衝動買いしてしまったが、それにしたって金を使いすぎたか?
とはいえ今の殲滅速度なら、ドロップアイテムだけでも大分稼げるんだが……難しいな。
1日幸せになりたければ、酒を飲みなさい。
3日幸せになりたければ、結婚しなさい。
7日幸せになりたければ、豚を殺して食べなさい。
一生幸せになりたければ、釣りを覚えなさい。
原文では1時間、3日、8日らしいですが、邦訳する際にわかりやすくしたのだと思います。
乾燥させた赤身肉(牛、鹿、バッファローなど)と動物の脂、乾燥した果物(ベリー類)やナッツなどの混合物を密閉して保管する。
高カロリーなのに軽量、コンパクト、水分がほぼなく腐敗しにくいという特長があるため、狩猟や旅の食料として重宝された。
TVアニメはコロナ禍真っ盛りの時期に放映開始され、そのせいで途中2ヶ月の中断が発生、更に放送再開後には作品舞台のモデルとなった熊本県で豪雨災害が発生、そしてもちろんコロナ禍による外出自粛という三重苦に見舞われた。
しかしファンはしっかり増やしたようで、2025年現在も聖地巡礼による観光収入は安定して伸びている模様。