加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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深夜残業

 

   ベイル亭

 

 パチリ、と目が覚める。

 ……今日は迷宮に入ったんだったな。

 

 体感、深夜の1時くらいだと感じる、だからまだ気分としては〝今日〟だ。

 ニードルウッドを10体倒し、キリが良いからと探索はそこまでにして、日没までに宿に帰って夕食を摂って……急速に眠気が来たのだった。

 37歳デスクワーカーが夜明けから外で活動すれば、まあそうなるな。

 

 なんとか身体を拭いたことは辛うじて記憶にある。

 視界が真っ暗だが、意識はどんどん覚醒していく、晩酌をして変な時間に寝てしまった時のような感覚だな。

 食後すぐ寝たから、口の中がネバついて胃がダルい。

 

 ……ロクサーヌは装備の手入れをしてくれたみたいだな。

 暗くても、〈鑑定〉のおかげで装備がテーブルの上に整頓して置かれていることがなんとなくわかる。

 

   木の盾   

   皮の帽子   

   皮の鎧   

   皮のグローブ   

   コップ   

   水差し   

 

 喉が渇くだろうと、用意してくれたのか、ありがたいことだ。

 衝立の向こうからロクサーヌの寝息が聞こえたので、起こさないようにそっとベッドから降りて、手探りで慎重に水を淹れる。

 

   皮の靴   

   サンダル   

 

 ソマーラの村で拾った(重要)サンダルの代わりに皮の靴を買ったが、サンダルの方も手入れしてくれたようだ。

 

 この世界の装備品はサイズ自動調整機能付だそうだ。

 学生時代はスニーカーだからあまり気にならなかったが、どうも俺は左右で足のサイズが異なるらしい。

 学生時代に剣道をやっていたから、踏み出す右足と踏ん張る左足で形が変わったのだろうと思う。

 革靴を履くようになってからは、右足に合わせると左足が靴擦れし、左足に合わせると右の親指が鬱血するので難儀していたのだが、非常に助かる。

 

 ……水を飲み終えた。

 もう眠れそうにない。

 迷宮に行くか、1人で試したいこともある。

 暗がりで鎧を装備していると起こしてしまいそうなので、装備を手にして外に出た。

 

   ※   ※   ※

 

 部屋にはトイレがないので、フロアのトイレに行き、ロビーへ下りる。

 

「迷宮へ出かけるのか?」

 

 鎧を片手にロビーに下りると、カウンターの奥から声を掛けられた。

 内心ヒヤリとしながら、「ああ」と返事をする。

 ここは明るいな……ついでにここで鎧を着てしまおう。

 

「早く寝すぎて目が冴えてしまった、夜中に出かけても問題ないだろうか?」

「当然だ。夜中に迷宮に入るやつは多い。ここの迷宮はまだそうでもないだろうが、昼間はどうしたって混むからな。

 ……1人で行くのか?」

「ああ、連れはまだ横になってるので、鍵は預けないが構わないか?」

 

 旅亭が構わないと頷いた。

 ……部屋を出る時に寝息が聞こえなかった気がする、起こして怖がらせてしまったかもしれないな。

 

「そっちこそ夜更けなのに1人なのか?」

「ああ、俺たちはエマーロ族だ。エマーロ族ってのは特殊でな――」

 

 半分ずつ寝るのだというが、他種族には説明し難い、とじれったそうな顔をする。

 右と左ということか? と聞くと、我が意を得たりと頷いた。

 半球睡眠というのだったかな、鯨類や渡り鳥がするというから、そういう種族なのだろう。

 戦闘向きなのかはわからないが、とても強種族なのではなかろうか、レベル上げがしやすそうだ。

 

「人間族にわかってもらえたのは初めてだ」

 

 エマーロ族は定住を嫌う。

 故にその多くは種族固有ジョブの旅亭になって、各地に転勤するという。

 

 俺とは全く逆の生き方だ。

 誰も自分を知らない場所、というのはちょっと憧れる気持ちもある。

 就職してから初対面の人間とはそつなく話せるようになったが、少し親しくなると距離感が掴めなくて話しにくくなる。

 ……ビッカーやロムヤとはまだ大丈夫な気がするが、村長は微妙だな、後ろめたい気持ちを溜め込むのが良くないのだろう、早めにこっそりサンダルを返そう。

 

「1人であまり無理するもんじゃないと思うがな、まだ村人なんだろう?」

 

 インテリジェンスカードを見られているのだから知られているか。

 ロクサーヌの前でジョブを言わなかったのは、こっちの顔を立ててくれたのかもしれない。

 探索者になったことを伝えると、「へぇっ、そうか」と驚かれた。

 37歳の村人、いや探索者……レベルまではわからないはずだが、どう思われているんだろうな。

 

「カンテラは使うだろう?」

「ああ、幾らだったかな?」

「いいさ、サービスだ……失くさないでくれよ」

 

 頑張れよ、という声を背に、迷宮へ向かう。

 

 

 

   ベイルの迷宮

     一階層

 

「やっと見つかった……いや、見つけられたか!」

 

 迷宮に入って数分……10分は掛かっていないだろう、という時間歩き回って、ニードルウッドと遭遇した。

 

 

   ニードルウッド

     Lv:1

 

 

 身長2メートルを優に超える頭ブロッコリーの木人、その特徴を一言で表現するとそんなところか。

 ヒタヒタとした歩みはゆったりと見えるが、その歩幅は大きく、意外と速い。

 歩幅同様大振りの攻撃、一撃で倒せるとわかっているから、思い切って踏み込んで胴切りとする。

 

 

   ブランチ

 

 

 これで1つか、ロクサーヌがいるといないとでは全然違うな……。

 狼人族はマジで迷宮探索の人権キャラではなかろうか*1

 

 

   ニードルウッド

     Lv:1

 

 

 そして、出る時には出るのか。

 もっと間隔が短いと危険かもしれない、まったく、

 

「ロクサーヌがいるといないとでは全然違うな――!」

 

   ※   ※   ※

 

 とりあえず、1人で狩りをするのは危険だし、何より効率が悪いということを理解した。

 

(キャラクター再設定)

 

 

   キャラクター設定

 

   【ボーナスポイント】

    2

 

   【ステータス】

    腕力上昇 5

 

   【ボーナス装備】

    武器Ⅵ

    アクセサリーⅡ

 

   【ボーナス呪文】

    ワープ

 

   【ボーナススキル】

    必要経験値三分の一

    獲得経験値五倍

    サードジョブ

    鑑定

    ジョブ設定

    詠唱省略

    キャラクター再設定

 

  ▶決定

   やり直す

 

 

 スローラビットより明らかにタフそうな敵だから、一応〈腕力上昇〉にポイントを割り振っていた。

 不要かもしれないが、1人で検証するのも怖い。

 

 そして、ロクサーヌがいる間はおかげで一方的に戦えたので敏捷のボーナスを減らして経験値効率を上げていた。

 というか、今敏捷振らないで戦っていたのか……よく大丈夫だったな*2

 そのおかげもあり、今倒した2体も合わせて村人Lvは4になり、ボーナスポイントも増えている。

 探索者も上がっているが、やはりファーストジョブのレベル分しかボーナスポイントは増えないのだな、0.5ポイントずつ増えるとか少し期待していたんだが。

 

 ボーナス呪文の〈パーティライゼイション〉を取得。

 更に〈ジョブ設定〉にボーナスポイントを使い〈パーティジョブ設定〉を取得する。

 パーティ周りの設定を確認したかったのだ。

 

 〈パーティライゼイション〉は何かの使用を求められている……アイテムの全体化とかだろうか? 粉塵使って、役目でしょ。

 〈パーティジョブ設定〉も対象を求められる……近くのパーティメンバーにしか使えないのだろうか……うーむ。

 

(しまった)

 

 

   【パーティー】

   ・加賀 道夫

   ・ロクサーヌ

 

 

 パーティ編成画面から選択できないかと思ったら、ロクサーヌがパーティから外れてしまった。

 特に今までロクサーヌの位置を意識していなかったが、それでもなんとなく意識から外れたような、視界の端にあったはずものが消えているような感覚がある。

 

(このやり方では駄目なのか……)

 

 まだ試したいことがある、移動呪文だ。

 

(ダンジョンウォーク)

 

 唱えると、昼に見た推定〈フィールドウォーク〉と同じ黒い壁ができる。

 場所を指定できるようだ。

 迷宮前の大木を指定してみる……思った通り、これは駄目のようだ。

 おっかなびっくり黒い壁に触れると、硬い感触があった。

 

(なら、迷宮入口の小部屋)

 

 今度は入れそうなので、そのまま通り抜けてみる。

 すぐ横に、迷宮入口の黒い壁がある、思った通りだな。

 さっきの場所に戻って、〈ワープ〉を試そう、ボーナス呪文は人に見られたくないからな。

 以前ソマーラの村の森の中で〈ワープ〉を試した時はよくわかっていなかったが、〈フィールドウォーク〉や〈ダンジョンウォーク〉と同じなら壁に向かって使うのだろう。

 

(ダンジョンウォーク……さっきの場所)

 

――ゴッ!

 

 油断した……なぜだろう、通り抜けられず、思い切り頭をぶつけてしまった。

 移動できる場所が限定されているのか、入口まで戻る専用なのか、仕様を調べなければならない……面倒くさいな。

 もう宿に戻るか……部屋にはロクサーヌがいる、きっと起きてるだろう、事情を訊かれるだろうな。

 あまり時間が経っていないから、旅亭の男に何か言われるかもしれない、「もう音を上げたのか?」と。

 

 ……妙だ、この状態はまずい。

 

 やるべきことがわかって、時間があっても何もしたくない感覚。

 謂われのない(やま)しさを抱えて、誰にも見られたくない気分。

 称賛や激励の言葉すら重みになる息苦しさ。

 この世界に来る前、自殺について調べていた時の、あの時のような……。

 

 

   聖剣デュランダル

   ・攻撃力5倍

   ・HP吸収

   ・MP吸収

   ・詠唱中断

      ▼

 

 

 ……MP切れ!

 

 きっとそうだ。

 この世界に来た時、夢の中だと思っていたから最初の一歩を踏み出せた。

 そして最初の一人を斬った後、気分が良くなって何人でも掛かってこい! そんな全能感を覚えた。

 寝落ちしていた時間がどれくらいかわからないが、その前に呑んでた酒も残っていただろう。

 だがあれはそんなものではなかった。

 

 魔物だ、魔物(獲物)を探そう……。

 もう座ろうとグズる足を叱咤して、奥へ。

 勝手に俯く顔で眼だけでも深淵に向け、奥へ。

 さっき獲物と遭遇した場所を目指して、奥へ奥へ――

 

 見ぃつけたぁ

 

 

   ニードルウッド

     Lv:1

 

 

「黙って、斬らせろ……!」

 

 魔物の()がしなる、限界まで引き絞られた弓のように――放たれた!

 構うものか! 遮二無二突撃! あの時、盗賊Lv2のチンピラを斬った時のように! 胴を薙ぐ! 走り抜ける!

 

 

   ブランチ

 

 

「…………いや……いやいやいや、やばすぎるだろ」

 

 気分が良い、良すぎるほどに。

 酒を呑んだ時とか、風呂に入った時とか、不意に視界が晴れ渡るような感覚になることがある。

 おそらく交感神経だかなんだかが刺激されているのだと思うが……あれだ。

 

「人を斬って気分が良くなったってなんだよ、狂人かよ、狂人だよ」

 

 今回は魔物で良かった、もし出会ったのが他の冒険者だったら……自分に確信を持てない。

 薬物中毒者は薬物を手に入れるためならなんでもするというが、痛感した。

 

 もう何年前だったろうか、半年ほど休職していたことがある。

 精神病院で色々な薬を処方され、妙にそわそわした気分になったり、逆に勃起不全になって落ち込んだりしたが……セロトニン受容体がどうたらこうたらと……あの時飲んでいた薬を思い出す。

 当時は初めて――指で数えられる程度の人数とはいえ――チームリーダーとなって、それなりに大規模なプロジェクトの一部機能を担当していたが、打ち合わせと管理業務だけで定時内は手が塞がってしまうから、早出して終電まで残って残業時間だけで自分の作業を片付けていた。

 

「……いや、それ完全に今の状態だろうが」

 

 なんで深夜に起き出して、1人で残業始めてるんだと。

 

 ……あの時、そこまでやった結果は、実らなかった。

 同業他社が先に似たような製品をリリースして、後発では競争力がないということでプロジェクトごとポシャったのだ。

 特に俺の評価が下がったりしたわけではないが、徒労感だけが残った。

 後で聞いたら、他所の協力会社は結構状況を察知していて、終盤は適当に力を抜きつつやっていたらしい。

 そして空回りしていた俺は休職した。

 

 別に仕事に追われてるわけでもないのに、なぜホテル取ってすぐ迷宮探索(仕事)をしているのかと……。

 

  チェックインした日ぐらい

    ゆっくりしたっていいじゃないか

          おじさんだもの

                みちを*3

 

「……アホくさ、帰ろ」

 

 MP切れはやばい。

 デュランダルは超強力な向精神薬。

 学びを得たのだ、前進したのだと思おう……。

 

*1
もちろん、正確にはロクサーヌが天然チートキャラなのである。

*2
この時点では、獣戦士によるパーティ全体への〈敏捷中上昇〉のバフ効果を知らない。

*3
相田みつを先生ごめんなさい。

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