クーラタルの街
道夫の家
翌早朝、皆に居間に集まってもらった。
「ロクサーヌ、この5日間よく働いてくれた」
「はい、ありがとうございます、ご主人様」
銀貨が10枚入った巾着袋を手にすると、ロクサーヌが頭を深く下げた。
無駄遣いが多いと思われていそうだし、こうして給料を渡すことについてどう思っているのか……顔が見えないのでわからない。
色々考えたが、特にロクサーヌにはお金の使い方を身に着けてほしいという思いがある。
俺は引退するまで稼いで財産を遺すつもりでいるが、よほど不測の事態でもなければウン百万ナールにはなるはずだ。
自分の金というものを持たないまま大金を渡されたら、碌なことにはならないと思うのだ。
巾着袋を渡すと、ロクサーヌが押し戴いて下がった。
この袋は昨夜、ハンナとカタリナに用意してもらったものだ。
毎回用意してもらうのも手間なので、後で
……この場で言うのは締まらないので、今は言わないが。
「セリー、この5日間よく働いてくれた」
「はい、ありがとうございます、ご主人様」
セリーが同じようにして受け取った。
こちらは銀貨5枚、ロクサーヌの半分だ。
貢献度とか考えだすと、正直甲乙つけがたいところがあるのだが……商家の給与体系をハンナから聞き取った結果、この額にしている。
「ミリア、この5日間よく働いてくれた」
「はい、ありがとうございます、ご主人様」
ミリアも淀みなく受け取った。
こちらは銀貨3枚。
セリーの半分にしなかったのは、そうするとハンナ達の給料を下げることになりそうだからだ。
家事担当より戦闘担当の扱いを上にするべきという、文化的なところを考慮した。
……まあ、銅貨を50枚用意したくないという理由があることも否定できない。
「ハンナ、カタリナ、この5日間よく働いてくれた」
『はい、ありがとうございます、御主人様』
最後は2人にまとめて、銀貨5枚だ。
同額にするのもおかしいが、どう割り振ったものか悩んだので、ここはロクサーヌに以前相談した。
ロクサーヌとしては、家事以外にも色々やってくれている2人に配慮するべきという考えだった。
ロクサーヌの給料を高めにしたのは、それもあってのことだ。
それに、この世界の上司の責任範囲は、令和日本より余程広い。
例えば皆が華金のアフターファイブに呑みに行った場合、財布を出すのは絶対にロクサーヌだ。
……果たしてそんなことをするかは別として。
ともあれ、これで全員に給料は渡した。
今までは休日が潰れたこともあり、ただ金だけ渡していたが、こうしてみると一度やっておいて良かったと思う。
公爵のような厳粛さは出せないが、皆のおかげで形になったのではないだろうか。
儀式とか形式というやつは面倒だと軽んじられがちだが、自尊心をくすぐるものだ。
令和日本だと名誉とか割と死語だが、ここはそうではないのだ。
「ご主人様」
皆の顔を見渡していると、ロクサーヌが意を決した顔で進み出た。
少し遅れて、ミリアも続いた。
「私達に買っていただいた釣り竿なのですが、こうしてお給金までいただいているのです。
仕事に必要な品でもありませんし、お給金から天引きしてお支払いする形でお願いしたいのですが」
……うーむ、そうきたか。
装備や生活必需品は俺が出すと言っている。
その判断は間違ってないと思う。
だが、釣り竿は違うだろうと言えば、確かにその通りだ。
緊張した面持ちの2人に「わかった」と頷くと、ロクサーヌは小さく、ミリアが大きく息を吐いた。
……言い難いことを言わせてしまったな。
「だがそうなると……高価な竿を選んでしまったのがな。
今更返品するわけにもいかないし、しばらくの間、給料の何割かを差っ引くようにするので構わないか?」
「はい、申し訳ありません。
お気遣いいただき、ありがとうございます」
ざっくり、100日くらいで日割りにすれば良いかな?
いや、1日40ナールの125日割の方が、銅貨を用意しなくて良いから楽か。
ミリアはそれだと給料が少なくなりすぎるな……250日割にするか。
「では、後でハンナにちゃんと借用書も書いてもらおう。
こういうのはきっちりと、な」
「はい、それでお願いいたします」
2人が俺とハンナに頭を下げた。
……色々難しいな。
ハーフェン 魚市場
帝都の冒険者ギルドに送迎するだけでいいセリー達を運んだ後、ロクサーヌとミリアの3人でハーフェンにやってきた。
「天気が良くてよかった。
まあ、釣りするには微妙かもしれんが」
そう言うと、ロクサーヌが「そうなのですか?」と首を傾げた。
その表情に、気まずい様子は一切ない。
晴れの日や波が穏やかな日より、水が濁っていたり曇天だったりする方が良いという話を聞いた覚えがある。
魚達は海の中で元気に弱肉強食っているわけで、視界が通りやすければ身を守るために警戒を強めて隠れてしまうという理屈だ。
だがそれも地球の話だし、そもそも聞きかじりの知識でしかない。
「遮るものがない所で、ずっと陽に当たっているのも大変かと思ってな」
と、適当に誤魔化すことにする。
「陽の光、海も、光ります。
お姉ちゃん、気をつける、です」
ミリアが熱心に言うと、意味を図りかねたらしいロクサーヌがまた首を傾げた。
「多分、水面からの照り返しのことを言っているんだろう。
確かに、日焼けしそうだな」
とはいえ日焼け止めなんぞないわけで。
磯での釣りだから足元がおっかないので、2人には野良着に皮の帽子とグローブを身に着けてもらっている。
だから身体は大丈夫だろうが、顔ばっかりはどうしようもない。
ロクサーヌが自分のその顔をぺたぺた触りながら、
「えっと……ひ、日に焼けた女は、ご主人様はお嫌いですか?」
「えっ……い、いや、健康的で良いんじゃないかなーと思うが。
あー……後で風呂に入る時に痛い思いをするから、気を付けてな」
昨日はあれから網元に確認して、「この辺りが良うございますよ」というポイントを教えてもらっている。
そして今は、一応網元に挨拶しておこうと魚市場を歩いているわけで……人目があるところでこういうことを言わせないでほしい。
「おお、ミチオ様! いらっしゃいましたか!」
居心地の悪い思いをしていると、網元の声がした。
海の男に相応しい胴間声だ。
彼は漁師というよりバイキングのような大男の猫人族だが、俺を見ると一転腰を低くする。
……地引網の時、やりすぎたかなぁ。
なお、今なら剣豪のジョブのせいで更なるパワーアップも可能だ。
更にものまね士もあるから、倍率ドン! 更に倍だ。
「ああ、どうも。
昨日教えてもらった場所で、これから釣りをさせてもらおうかと」
「はい、よろしければこちらをお使いください」
と、差し出されたのは、手桶に入った……えーと、魚のアラか。
臓物比率が多いから、アラというより大分生ゴミ寄りだが。
「撒き餌にもなりますし、針につければ餌にもなります。
効果覿面ですよ!」
「おお、なるほど」
何かと思ったが、そういうことか。
コマセってやつだな。
柄杓とワンセットのそれを受け取ってミリアに渡すと、「いい感じ、です」とにんまりした。
いい感じらしいので、お礼に……と懐に手を伸ばすと、
「いやいや、女衆が魚の下処理をした時に出たゴミみたいなものですんで」
「だが撒き餌になるのなら、本来は漁で使うものだったのではないか?」
と言うと、網元は「あー、まあ、その」と言葉を探しだした。
やはり、0円食堂だったらアウトになるやつらしい。
銀貨を1枚だけ差し出すと、根負けした様子で受け取られた。
「村からあまり離れますと、少々手強い魔物が出てきます。
どうかお気をつけください」
「ああ、この通り2人には武器も持ってもらう」
金属鎧姿で釣りをするわけにはいかないが、いつもの武器は腰から下げてもらっている。
ロクサーヌとミリアがそれぞれの剣をポンと叩いて、しっかり頷いた。
「何かあったら、あっしでなくても村の衆に声をかけてください」
「ありがとう、そうさせてもらう」
最後まで腰の低い網元と別れて、釣り場に向かった。
海から岩礁が突き出ている場所だ。
網を入れるどころか、船で近づくのも危ないだろう。
ミリアが真剣な顔で海に身を乗り出すと、「魚がいる、です」と満足げに頷いた。
「じゃあ、2人はここで釣りをするでいいか」
「はい、やってみます」
ロクサーヌはそう言うと、海を見渡しながら大きく息を吸い込んで、薄く笑みを浮かべた。
俺も同じようにしてみる。
……朝の海風が無性に心地いい。
「午後遅い時間……そうだな、夕方になる前に一度様子を見にくる。
それで終いにするか、もう少し続けるかは……まあ、任せる」
明かりがほとんどない磯で夜釣りとかはやめてほしいけどな。
クーラタルの街
道夫の家
さて、久しぶりに1人きりだ。
以前は……あれ? そもそも1人だけになったことって最近ほとんど無いような。
……ま、いいや。
1人じゃないとできないことをしよう。
「タマ、起きてる……みたいだな」
猫の可愛さと飼い主の気色悪さは正比例の関係にある。
何度かリモート会議の猫ジャックに遭遇した結果、俺が得た持論だ。
そして猫というのは大概可愛いから、つまり猫の飼い主は大概キッショい。
猫を愛でながら威厳を保てるのは、ドン・コルレオーネくらいのものだろう*1。
ロクサーヌ達の前でするには……ちょっとな。
それにしても、猫竿が手に入らなかったのが惜しいところだ。
この小さな生き物と、一体どう触れ合ったものか……とりあえず、撫でてみるか。
「……」
タマはじぃっとこっちを見ている。
そっと手を伸ばしても避ける様子はないから、怖がられているとかはないようだ……と、思う。
ま、噛むなりひっかくなりされても問題無い。
こっちには〈
「……大人しいな」
しっとりすべすべな手触りが、なんとも心地良い。
風呂上がりのロクサーヌの、耳の内側の感触に似ている。
ずっとこうしてられる。
…………うーん、ロクサーヌ達の扱いを間違ったかなぁ。
基本的にランク2の魔物のドロップアイテムは20ナール。
ボスのランク5の魔物なら160ナールでギルドに売れる。
1日1~2万ナール稼ぐのはそう難しくないし、そう考えれば皆に還元するのは当然というか、まだまだ全然足りてないんだが。
といって、ブラックな環境でコキ使ってしまうと、今度は俺の方が病んでしまいそうだ。
たとえ、彼女たちがなんとも思わなかったとしても、だ。
だからまあ、結局は俺の我侭なんだが。
問題なのは、俺の評価とロクサーヌの自己評価に乖離があることだと思う。
だが、ロクサーヌくらい働いてくれているのに評価しないなんて有り得ないだろう。
だから、やはり扱いを変えるのはなしだ。
まあ、良くも悪くも人は慣れる生き物だ。
小まめにすり合わせしながら説得していけば、いずれ馴染んでくるんじゃないかと思う。
で、セリーは心配ないとして、だ。
ハンナも大人だから大丈夫だろう。
そしてカタリナはハンナがなんとかしてくれると期待するとして……。
ミリアがなぁ、頑張ってくれてるんだけど……と、考え事をしながら撫でていると、タマに手を押された。
――ふみゅ
えっ……なぁにこれぇ。
まさか、まさかこれが噂の肉球なのか。
もっと押してほしい。
多分癌にも効く。
と思って更にナデナデしていたら、タマが耳を伏せてそっぽを向いてしまった。
……やっちまった。
明らかに嫌がってるよな、これ。
「すまんかった。
構ってくれて、ありがとさん」
そろ~っと距離を取ると、タマはこっちに顔を見せることなく、籠の中で丸くなり始めた。
……大人しいもんじゃないか。
ロクサーヌは心配しすぎなのではなかろうか。
さて、休日を始めよう。
給料を支給して帝都にハーフェンにと皆を送り出したが、起床が夜明け前だから多分まだ朝7時から8時ってところだ。
朝8時から酒を呑むなんて、休日にしかできない贅沢だといえよう。
今日の献立は、昨日作ってもらった魚の燻製オイル漬けと酢漬け。
あとは白身と赤身を魚醤に漬け焼きにして、トロはシンプルに塩焼きにしてホースラディッシュでいただく。
野菜類はまったく考えてなかったが、カタリナが常備してくれているピクルスで補おう。
早速、白身と赤身を魚醤に漬けておいて……いや、すごい臭いだな。
ロクサーヌが家に居たら、すわ何事かと飛んできたに違いない。
日本だったら味醂と料理酒で薄めるところだが、漬け時間が短いしこのままで良いだろう。
オイル漬けと酢漬けを、台所の中央の台の上に広げ、皿に取り分ける。
ついでにパクっとひと摘み……酢漬けは冷蔵庫で冷やせないのは残念だが、結構イケる。
燻製オイル漬けは素晴らしい……が、蒸留酒が欲しくなる味だな。
が、残念ながら今日のメニューはボーデで買った
これらは濡れタオルを巻いて、2階の風通しが良い場所に昨夜から安置していた。
ルンルン気分で2階に取りに行くと、
「……あんま冷えてないな、なんでだ」
おかしいな、昨夜は風が少なかったろうか。
……いや、逆だ。
タオルが完全に乾いている。
つまり気化熱による冷却効果はとっくに終わって、室温で温くなってしまったということだろう。
暖かくなって、乾燥するまでが早かったのだろうな。
今度から、タオルは2枚重ねにした方が良さそうだ。
とりあえず今日のところは、
「魔法に頼るか」
2階の壁を使って、〈ワープ〉で風呂場に移動して、もう一度タオルに水を染み込ませる。
1人しかいないから、突然現れて誰かを驚かせてしまう心配もない。
今度はまた〈ワープ〉で玄関に移動して、防犯用の鉄の槍に……えーと、〈飛燕剣付与〉と。
そうして早速〈飛燕剣〉を使うと、槍の穂先から風が逆巻く。
「あー、涼し」
この辺りは日本より湿度が低いみたいだし、水が蒸発するのも早いのかもしれない。
ということは、気化熱で冷えるのも早いだろう。
魚醤に漬ける時間もある程度必要だし、このまま少しの間……と何度か〈飛燕剣〉を付与して使っていると、視界の端でタマが歩いていた*2。
「……あっ!」
慌てて〈オーバーホエルミング〉を使って台所に駆け込むと、タマが台の上に飛び乗っているところだった。
スローモーションになっているタマの首根っこを、慎重に摘み上げる。
……ふぅ、いつの間にか元気な悪戯っ子になってしまったが、サボーに比べればまだまだ遅いな。
やはりロクサーヌは心配しすぎだったろう*3。
「それは塩味が濃いから駄目だ」
スキルの効果が終わってから、ネットミームになりそうなくらいわかりやすく驚いているタマに語りかける*4。
そしてタマを床に下ろすと……その足元からじわ~っと水が広がった。
「…………すまん、驚かせたな」
びっくりしたあまり、ちびってしまったらしい。
まあ、片手に槍持った男にいきなり掴まれたらね、そらそうよ。
槍を立て掛けて両手を空けて、タマを慎重に抱きかかえて玄関のトイレまで運んだ。
トイレは木箱に布を敷いて、砂を詰めたものだ。
ビッカーの家では枯れ草を敷いているそうだが、それは農村だからだろう。
クーラタルで同じことをするのは面倒だから、〈サンドウォール〉で出した砂を朝晩入れ替えている。
「もう残ってないかもしれんが、するならそこでな」
ポンと頭を撫でるが、タマは壁を見ながら微動だにせずに砂の上に座っていた。
お漏らしして恥ずかしがってる?
……ま、じっと見守ってるもんでもないな。
トイレ砂をちょっと分けてもらったら、台所の粗相の跡を砂で固めてちりとりで掃き集める。
そして集めたゴミは〈ワープ〉で迷宮にポイっちょだ。
多分これが一番早いと思います。
さあ、料理を再開しよう。
今度は鉄の槍に〈火炎剣〉を付与して、竈に火を付ける。
穂先にしか火が付かないから、レイピアよりこっちのほうが便利だわ。
……こんなこと、ロムヤには言えんな。
まずフライパンに油を引く。
オリーブオイルの香りがつくのはちょっと気分じゃなかったので、トロの身を鍋底にこすりつけて脂を付ける。
魚脂は融点が低いから、常温でも結構ギトギトだ*5。
で、魚醤を漬けた白身を焼く前に、タマの食事を用意しようか。
アイテムボックスから追加の白身を出して……半分は多いかな? 3分の1? ……4分の1くらいにしとくか。
切り身を焼き始めると、なんとも香ばしい。
白身じゃなくて、トロの脂の匂いだな。
炙り大トロが美味いんだから、これも絶対美味い、タマも喜ぶことだろう。
とはいえ鍋の上でほぐすと脂が付きすぎるから、小皿に移してからだ。
……タマが台所の入口からじぃっとこっちを見てるな。
入ってこなくて偉い。
だが猫舌というし、熱いままはよろしくないだろう。
「もうちょっと待ってな」
小皿は念の為に棚の上に退避させて、と。
今度は魚醤に漬けた白身と赤身を焼き始めたら、ステイしていたタマがニャーニャー鳴きながら俺の足を肉球と尻尾でペシペシ叩き始めた。
くぅっ、表情筋が制御できない。
だが、堪能しているわけにもいかない、脂が跳ねたら危ないだろう。
「頼むから料理中は入ってこんでくれー」
もう一度抱っこして台所の外に追い出すと、今度は大人しく待ってくれるようだ。
……いつまで有効かはわからんが。
一応脂が飛ばないように遠火気味で焼き上げた。
しっかし暑いな。
出来上がったからって気軽に火を消せないし、火元を離れて別の部屋でのんびり食事するわけにもいかない。
……ハンナとカタリナが俺達と一緒に食事をするのを控えてるのって、単純に遠慮してるだけじゃないな、さては。
こうして1人で料理をして、裏方の苦労が初めてわかる。
夏本番になるまでに魔道士になる必要があるな。
クーラーが利いてない部屋で料理なんかするもんじゃない。
熱帯勤務手当を適用すべき暑さだ。
だが〈下級氷魔法〉が使えるようになれば、氷塊の1つも出せるようになるだろう。
さて、そろそろ良いかな。
「タマ、メシだぞ」
ベイルの迷宮
一階層
タマに冷ました焼き魚をあげて、ガッついて皿まで舐め取る様子に目を細めつつ、魚醤で漬け焼きした魚をシードルで流し込んだ。
期待通りの味と臭いだったが……暑いし食い終わったタマが纏わりついてくるしで、落ち着いて食えん。
堪りかねて、ちょっくら涼みにタマを抱えて迷宮に避難したところ、
――シャ―!
ニードルウッド
Lv:1
「おっ、おお!?」
腕の中でジタバタするタマをしっかりホールドしながら、反射的に魔物に〈ファイヤーボール〉を叩き込む。
無事魔物は灰になって消えたのは良いとして、
「くそ、暑いな!?」
迷宮は人間を捕食するためだろうが、中は温度湿度ともに過ごしやすい。
その迷宮さんのおもてなしの精神を、火を撒き散らして無碍にしてしまった。
……どうも木の魔物を見ると、条件反射で〈
「もう大丈夫だから、落ち着いてくれー」
他に魔物がいないことを〈鑑定〉で確認してから、小部屋の奥でタマを下ろす。
この小部屋は、屈まないと出入りできないような小さな隠し通路で隔たれている。
だがここなら、タマがダッシュで部屋の外に逃げ出しても問題なく捕獲できるだろう。
――ゴポンッ
〈ウォーターウォール〉を出して、思い切って茹だった頭を水壁に突っ込んだ。
激流でもない水の壁で頭を洗うのは、シャワーとも違う未知の感覚だが……堪らん心地よさだ。
と、浸っていると、足元でタマも水壁に舌を伸ばしていた。
「すまん、喉が乾いてたのか?」
だが、危ない。
〈ウォーターウォール〉の水量は、確実に100リットル以上、あるいは200リットルを超えるかもしれん。
効果時間が終わったら、小さいタマは木の葉のように流されてしまうだろう。
「タマ、こっちゃこい」
水を両手で掬って、離れた所から声を掛けると……おおっ、こっちに来た! 飲み始めた!! ペロペロしてりゅッ!!!
なぁんて聞き分けが良いんだ、ウチの子は。
まさか天才なのではないだろうか。
「………………アホくさ」
まあ、ゆっくり飲め。
でも竈の火がつけっぱなしだから、なるべく急いでくれ。
クーラタルの街
道夫の家
その後は、トロを焼いてたっぷりのホースラディッシュでいただいた。
……タマの妨害に遭いながら。
食べ終わったら迷宮に移動して、脂でギットリの鍋と皿を〈サンドウォール〉の砂で汚れを落とすインド式で洗った。
……そしたら、その砂山の頂上でタマが小便を始めた。
ちゃんと砂の上にしてるから、怒るに怒れん。
いや、疲れたわ。
子猫の世話を舐めてた。
それに、そんな風に慌ただしく酒を流し込んだものだから、早くに回ってしまった。
というわけで、ちょっと早いが昼寝させてもらうことにした。
タマを放置して2階に篭もるのは怖いので、居間に安楽椅子を運ぶ。
木窓を閉めて暗くして、椅子にもたれて目を閉じて、安楽椅子でゆーらゆら。
そうして船を漕いでいると……爪先から登ってくる重みを感じた。
登りやすいように動きを止めて、腹の辺りまできたことを確認してから目を開ける。
そこにはもちろんタマがいて、でっかい
「……お前も一緒に寝るか?」
鼻をスンスンさせているタマが何を考えてるのかわからんが、とりあえず降りる気はないようだ。
また椅子を揺らすのを再開すると、振動に合わせてタマが足踏みを始めた。
ゆらゆら、ふみふみ。
ゆらゆら、ふみふみ。
ゆらゆら、ふみふみ。
……ああ……いい休日……だ……なぁ。
ドン・コルレオーネの猫は、映画冒頭の象徴的なシーンで登場。
ドン・コルレオーネが猫を膝に抱き、撫でながら依頼を聞く姿は、彼の穏やかな威厳と冷酷さを際立たせる。
実はこの猫は撮影現場にいた野良猫で、即興で取り入れられたという逸話が有名。
しかし、〈オーバーホエルミング〉はこれまで戦闘中にしか使用していないため、戦闘スキルだと思われているのではないかと。
あるいは、奥義的なものだとも思われているかもしれません。
いずれにしても、猫をあやすのに使う等とは想像の埓外でしょう。
そして子猫と比較されたサボー・バラダムさん(故人)は、泉下で怒髪天を衝いていることでしょう。
魔法やスキルをフル活用する休日