加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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バンドル販売

 

   クーラタルの迷宮

     二十四階層

 

 竜皮に舌鼓を打って、ロクサーヌ達の美肌に舌舐めずりした翌日、今度はクーラタルの迷宮にやってきた。

 

「この階層の魔物はタルタートルです。

 水属性に耐性があり土属性が弱点です。

 動きは遅いですが、水属性の魔法を使ってきます」

 

 いつものようにセリーのブリーフィングを受けてから探索を開始する。

 

「よりにもよって、土属性か」

「はい、この階層もあまり人はいないと思います」

 

 この階層に来た魔法使いは、きっと皆「グミスライムと出現順が逆ならなぁ……」と思ったことだろう。

 そうすれば二十三階層は、空を飛ぶ魔物ばっかりの十六階層に並ぶ稼ぎステージになっていたはずだ。

 内心げんなり思いながら、遊び人に〈初級土魔法〉をセットする。

 

 歩きながら、グミスライムと一緒に出てきた場合はタルタートルを優先して倒すこと、クラムシェルやケトルマーメイドが一緒にいる群れがいれば優先的に戦うこと、そんな風に方針を決めていく。

 そして早速、

 

「あちらです」

「おっ、ありがとう、ロクサーヌ」

 

 

   タルタートル

     Lv:24

 

 

 

   クラムシェル

     Lv:24

 

 

 

   クラムシェル

     Lv:24

 

 

 タルタートルは、樽のような形の膨らんだ円筒形の甲羅を持った亀だった。

 バランスが悪い形だ、転がった方が早いんじゃなかろうか。

 

 まず〈サンドストーム〉を3連発して、クラムシェルを片付ける。

 ここまでは楽勝だ。

 そしてロクサーヌとセリーがスキル発動をキャンセルしてくれるのを確認して、

 

「ちょっと試したいことがあるから、距離を空けてくれ」

「わかりました」

 

 3人がシュタっと安全圏に移動したのを確認してから、タルタートルの足元を狙って〈サンドウォール〉を使ってみる。

 以前、ラブシュラブをこれで転ばせるのに成功して以来、動きの遅い魔物では試すようにしているのだが、

 

「おっ、うまいこといったかな」

 

 案の定、タルタートルは横倒しになってジタバタし始めた*1

 ミリアが「ごろごろ~」と呟きながら、エストックで亀を突っつき始めた。

 浦島太郎に怒られそうだ。

 

 この状態で樽亀が魔法を使い始めたら、果たして魔法陣は空中に出るのか、地面に出るのか。

 見守るのもバカバカしいので、さっさと〈サンドボール〉でトドメを刺した。

 

「皆、ありがとう。

 この階層は問題なさそうだな」

 

 ドライブドラゴンに比べたらぬるま湯と言っていい。

 そしてタルタートルのドロップは、

 

 

   亀甲

 

 

 樽型ではない、普通の亀の甲羅だった。

 いや、普通というのもおかしいが、

 亀の甲羅は鍋の蓋みたいにとれる仕組みじゃないというし。

 

「亀甲は焼いて砕いて肥料にする場合があるようです。

 一部の装備品の素材にもなります」

「なるほど」

 

 すかさずセリーが解説してくれた。

 装備品はともかく、寄生ワームに比べるとなんとも地味な使い方だな。

 

「それと、もっとシンプルな使い方もされます」

 

 セリーは甲羅を持って、口に運ぶ仕草をする。

 それを見て、思わず手を叩いてしまった。

 

「なるほど、皿代わりか」

「丈夫ですし、熱いものを入れても平気です。

 なによりアイテムボックスに入るので、嵩張らないですから」

 

 ふむふむ、地味に便利そうだな。

 アイテムボックスにいくつかストックしておいても良さそうだ。

 というか絵面だけでちょっと面白い、日本酒をなみなみ注いで呑んでみたくなる。

 

「では、このまま探索しようか」

 

 戦闘時間が延びたことで、亀のようなとは言わないまでも探索ペースが落ちた。

 だが、ミリアの麻痺だけじゃなく砂壁で転がすこともできるので、MP回復はしやすい。

 危なげなくボス部屋まで到達することができた。

 

「タルタートルのボスはトータルタートルです。

 耐性も弱点もタルタートルと同じです。

 ただ、トータルタートルは噛みつき攻撃が得意なので気をつけてください」

 

 すっぽんかよ、と思っていたら、セリーが「一度噛みついたら、雷魔法で攻撃されるまで離さないと言われています」と付け加えた。

 やっぱりすっぽんじゃねえか。

 

 だが、そういえば魔道士になれば雷魔法が使えるんだった。

 魔物を麻痺させることができて、弱点属性の魔物がいない代わりに耐性のある魔物もいない属性。

 それが使えるようになればドライブドラゴンも……っと、今考えることじゃないな。

 

 重く軋んだ音と共に、観音開きの扉が開いていく。

 そして発生する霧の中に、大きな影が現れた。

 

「行きます!」

 

 

   タルタートル

     Lv:24

 

 

 

   トータルタートル

      Lv:24

 

 

 

   タルタートル

     Lv:24

 

 

 〈サンドウォール〉でタルタートルを1匹横倒しにして、〈サンドストーム〉を2発叩き込む。

 

 霧が晴れて見えたトータルタートルは、平べったい普通の形の甲羅をしていた。

 ただし、甲羅は草で覆われている。

 身体も大きいし、まるで何百年も生きているかのようだ。

 

 そしてワニのような頭、ゾウのような足、魚のような尻尾……それぞれパーツを抜き出すと、あまり亀には見えない。

 亀というよりキメラだな。

 だがあえてどんな生き物かと言えば、亀っぽくはある。

 全体(トータル)では亀だ。

 

 クールタイムが明けて、更に〈サンドストーム〉を重ねてタルタートルを片付けた。

 

「ロクサーヌ、こいつも転がしてみる」

「はい!」

 

 一言断ってから〈サンドウォール〉を試すと、トータルタートルはぶっとい足をしゃかしゃか回転させて避けてしまった。

 すっぽんも甲羅が柔らかいから、陸上でもかなり速く動ける。

 この図体で、やはりすっぽんなのか。

 

 一瞬ギョっとさせられたものの、その後もやはり何事もなく倒すことができた。

 はっきり言って、ドライブドラゴンの方が嫌な相手だ。

 あれでただの雑魚モンスだから経験値も少ないはずだし。

 

「皆、よくやってくれた」

「はい、ご主人様もお見事でした」

 

 噛みつきのような大ぶりの攻撃は、ロクサーヌにとっては余裕で避けられるようだ。

 涼しい顔をしているな。

 

「こうら、です」

 

 

   ソフトシェル

 

 

 ミリアに手渡されたのは、柔らかい甲羅だった。

 すっぽんの甲羅っぽい。

 やっぱりこいつはすっぽんなのだろうか。

 

「ソフトシェルか」

「はい、柔化丸の材料ですね」

「……食べ物じゃないのか」

 

 ちょっとがっかりだな。

 いや、別にすっぽんを食べたいわけじゃないけども。

 どう料理すれば良いのかよくわからんし、食べ物で精力増強する必要もない。

 

 まあ、柔らかい甲羅だから、身体を柔らかくする石化の薬になるわけだな。

 ……わかるような、わからんような。

 

「えーと、食べ物ではありませんが、稀に鼈甲(べっこう)を落とすと言われています。

 装飾品に使われる、高価な素材です」

「鼈甲細工というやつか」

 

 鼈甲は(すっぽん)の甲羅という意味だから、合ってはいる。

 合ってるけど間違ってる。

 

 なぜなら、鼈甲細工に使われるのはタイマイというウミガメの甲羅だからだ。

 これは江戸時代に何度か発令された奢侈禁止令(しゃしきんしれい)で、ウミガメの甲羅を使った装飾品が贅沢品として規制された事に由来するらしい。

 

 禁止されたところで、江戸っ子というのはお上に大人しく従う者達ではない。

 羽織の裏地にご禁制の派手な柄を使って、「粋だねぇ」とか言ってる連中である。

 ウミガメについても、「これは(すっぽん)の甲羅で作った鼈甲だ」とかなんとか言って規制逃れしたそうな。

 

 故に、合ってるけど間違ってるのだ。

 だが、こんなことをセリーに話しても仕方がないわけで。

 

 ……トータルタートル、お前は結局なんなんだ。

 モヤッとボールを箱投げしてやりたい。

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 時間は早いが、区切りも良いので一旦帰宅した。

 するとハンナが、

 

「お疲れ様です、御主人様。

 早速ですが、ルーク殿より至急お会いしたいと言われています」

「ああ、MP吸収のついた武器の件か?」

「はい、先方に是非とも譲ってほしいと言われたようで」

 

 ルークは無事に交渉を進めてくれたらしい。

 話が決まってからにしようと思っていたが、ここまで進んだなら良いだろう。

 アイテムボックスからスタッフと、アランの倅が仕入れてくれた〈MP吸収〉のスキル結晶セットを取り出して、テーブルの上に広げる。

 

「ではセリー、帰って早々で悪いが」

「いえ、大丈夫です」

 

 セリーは一切気負う様子もなく、〈スキル結晶融合〉を成功させた。

 

 

   吸精のスタッフ

   ・MP吸収

 

 

「吸精のスタッフか。

 セリー、よくやってくれた」

 

 平然とした顔をしているが、一応沙門のジョブをつけて〈布施〉を使っておく。

 ……沙門も使い道が多そうだから、育てたいんだよな。

 

「あっ……ありがとうございます」

 

 〈布施〉があると、デュランダルでMP回復する必要すらなくなって、セリーが無限に〈武器製造〉や〈防具製造〉を使えるようになってしまう。

 そういうブラックな労働をさせたくないからこっそり使ったのだが、セリーには気付かれてしまったようだ。

 逆に言えば、回復してわかるくらいには消耗があったという事だろう。

 

「それと御主人様、アラン様からの書状も届いておりました。

 できるだけ早くお会いしたい、と」

「おっと、ルークの後でも大丈夫かな?」

 

 一応確認すると、ハンナが頷いた。

 

「はい、文面からはそこまで緊急ではないかと」

 

 まあ、ASAP(できるだけ早く)はまだ割と余裕ある時に使うからな。

 最初から優先度順に話をしてくれたようだ、ありがたいことだ。

 なにはともあれ、

 

「今日の探索はここまでにしよう」

 

 

 

   クーラタルの街

    商人ギルド

 

 ハンナとセリーに同道を頼んで、早速商人ギルドに飛んだ。

 1階の会議室を押さえているらしいので、受付を素通りする。

 ルークと何度も会っている部屋なので、迷うことなく到着した。

 

「おお、ミチオ様。

 ご足労いただきありがとうございます」

「いや……あー、そちらが?」

 

 問いかけると、ルークが頷いた。

 武器商人Lv8の優男だ。

 ルークが外資系のエリートビジネスマンとすると、こっちはいいとこの坊っちゃんみたいな雰囲気がある。

 

 武器商人は挨拶もそこそこに、

 

「MP吸収のついたスタッフを提供できるというのは本当ですか?」

 

 と切り出した。

 結構焦りを感じるな。

 値段交渉もまだなのに、そんな様子を見せてしまって良いのだろうか。

 

「ああ、か――く認してくれ」

 

 間抜けなのは俺の方だ。

 ついつい「鑑定してくれ」と言ってしまうところだった。

 彼はまだ、武器商人だとは名乗っていないのだ。

 

「おおっ! 武器に宿りし魂よ、その力を解き放て――武器鑑定」

 

 言い直したせいでブラヒム語が変な発音になっていないか心配だったが、男は特に不審がることもなく〈武器鑑定〉を使って、

 

「確かに吸精のスタッフです。

 間違いありません」

「ああ、それはなにより」

 

 杖をがっしり握り締めて言う武器商人に手を差し出して、スタッフを回収する。

 まだ値段交渉をしてないんだ。

 武器商人は気不味そうに咳払いをして、

 

「そうですね、では、なぜ折角の武器を手放す気になったのでしょう?

 そちらのドワーフの方は、腕の良い鍛冶師のようですが――」

「――鍛冶師の腕が良いとスキル結晶融合の成功率が上がるというのは俗信です」

 

 値段交渉の前のアイスブレイクでも始めようかという姿勢の武器商人に、セリーがピシャリと一撃くらわせた。

 武器商人が酸っぱいものでも食べたような顔になり、一方ルークは視線を落として素知らぬ様子をしている。

 

「お求めなのはそちらなのですから、こちらの事情をお尋ねになる前に、なさるべきことがおありなのではございませんか?」

 

 更にハンナが追撃を始めると、ルークの肩が震え始めた。

 ルーク~! 面白そうだなぁ!

 ……まあ、セリーもハンナも大分アレだけども。

 

「し、失礼いたしました。

 手前の方からお話しさせていただきます」

 

 武器商人はそう前置きして、事情を話し始めた。

 

 吸精のスタッフ――正確には〈MP吸収〉がついた武器を欲しがっているのは、彼の本家だそうだ。

 その本家の嫡男が、()()御家の公女をお迎えする。

 だが婚儀にあたって、〈MP吸収〉がついた武器を用意しなければならない。

 

 ……要するに、結納の品ということなのだろう。

 つまり公女と結婚できるかどうか、まだ決まっていないわけで……そりゃ焦るわ*2

 何度も〈スキル結晶融合〉が失敗し続けて、きっと枕に抜け毛が増える日々を送ったことだろう。

 

 で、そんな用途だから来歴が怪しい物を用意するわけにもいかず、前のめりにこっちの事情を知りたがったというわけだ。

 

「MP吸収さえついていれば、実は武器そのものは問わないのです。

 しかし格式というものがございますので、相応の品であることが求められます。

 そちらのスタッフは状態も良いですし、公女をお迎えするのに恥ずかしくない品です」

 

 ……まあ、1日かそこら魔法を使っただけで、直接攻撃にも使用していないからな。

 日雇いとはいえ、スタッフの再就職先を斡旋できそうでなによりだ。

 

「これまで商売で付き合いのある鍛冶師に無理を言って頼んでいたのですが、それも終わらせられます。

 コボルトのスキル結晶を3つ、はさみ式食虫植物のスキル結晶も1つお付けします*3

 30万ナールご用意しました、どうかお譲りいただきたく」

 

 30万か……ハンナが小さく頷いた後、ちょっとだけ首を傾げた。

 まあまあ妥当な金額だが、まだ絞れる……そんな感じか。

 

 一定以上の装備品が時価になるように、スキル付き装備も相場なんかあってないようなものらしい。

 〈スキル結晶融合〉に失敗すると、対象の装備は素材に戻って、更に素材の一部が失われてしまうというからな。

 試行回数分のスキル結晶は当然として、素材と人件費も必要になる。

 装備のランクが上がるほど、後者の値段も鰻登りになるというわけだ。

 

「そちらの事情はわかった。

 ではこちらの事情だが……今度の休日に魔法使いの奴隷が出品されるというのは知っているか?」

「は、はい、それも噂になっておりましたから、なぜ手放すのか一層気になりまして、先程は失礼なことを……」

 

 武器商人が平身低頭しながら言い訳した。

 もう全部さらけ出してこっちの同情を買って、譲歩を引き出そうとしているのだろうか。

 それともそういう振りをしているだけか……判断に悩むところだな。

 

「実は、その魔法使いを売ったのは私なのだ」

 

 武器商人が「なんとっ」と驚愕した。

 ……おや? ルークは驚いていないな。

 まあ、俺とアランがここで会っていたのは、調べればわかることか。

 

「縁あって手に入れることができたが、うちで一番古株のパーティーメンバーの仇の一族だということがわかってな。

 これは一緒にすることはできないと考えたわけだ」

 

 悔しい顔を作って「……縁は縁でも、悪縁だな」と言って首を左右に振る。

 すると武器商人はもう一度「なんと」と呟いて、親身な顔をしてみせた。

 

「まあそういうわけで、取り立てて金に困っているわけではないが、当面使い道もないのでな。

 どうしてもと求める者がいるなら、譲るのも良いかと思ったわけだ」

 

 片や手に入らなくて困っていて、片や金に困っていないと言う。

 顔を強張らせる武器商人に、セリーが「コボルトのスキル結晶が手に入らず、不便していましたしね」とチクリと刺す。

 武器商人の顔が一層引きつった。

 

「ところで……結納の品に困っているようだと、当の公女様の装備品もまだ揃っていないのではないか?」

「は、はぁ? ……それはまあ、先の話ですし」

 

 困惑している武器商人の前で、アイテムボックスからロッドを取り出す。

 もちろんそれは二軍落ちした……、

 

「こ、これは! ――ひもろぎのロッドでございますか」

 

 こういうのも抱き合わせ商法と言うのかな?

 ……いや、ラーメンチャーハンセットみたいなもんだよな。

 バンドル販売だ。

 

「これの扱いにもちょっと迷っていてな、相談に乗ってくれるとありがたい」

 

 ……結局、合わせて45万ナールということになった。

 もちろん、コボルトのスキル結晶3つとはさみ式食虫植物のスキル結晶1つも含めてだ。

 

 すぐにギルド神殿がある部屋に移動して、スキル結晶の鑑定が始まった。

 オークションで買った品物ではないからそれなりの鑑定料が掛かるが、それも武器商人の奢りだ。

 

「あー……ところで、今回はルークにも交渉してもらったが、こういう場合の手数料はどれくらい包めば良いのかな?」

「いえいえ、どうかお気遣いなく」

 

 ルークはそう言って、優しい笑顔で武器商人に頷いた。

 武器商人は力なく頷きを返した。

 

 

 

   ベイルの町

 

「さっきは随分絞り取ってしまったような気がするんだが、恨まれてないだろうか?」

 

 今度はロクサーヌとハンナに付いてきてもらって、ベイルに移動した。

 冒険者ギルドからアランの商館に移動している途中、ちょっと引っかかっていたから訊いてみたのだが……ハンナは「大丈夫でございますよ」と目を細めた。

 

「実際、渋りつつも満額支払っておりましたでしょう?

 あちらも織り込み済みでございますよ」

「そういうものか」

 

 あの武器商人は本家とやらの使いなわけで、当然予算は本家から下りていたはずだ。

 本家に確認を取らずにその場で支払ったのだから、想定の範囲内であると。

 言われてみるとそんな気がしてきたな。

 

「それと、ルークは随分とこっちの肩を持ってきたという感じがしたのだが」

「以前、御主人様も仰っておられましたが、仲買人はスキル結晶……には限りませんが、基本的には高く売れる分にはその方が良いわけです」

 

 それはそうだろうな。

 

「しかし、一部の者の寡占状態にまで値上がりしてしまえば、客は手を出さなくなるか、余所に流れてしまいます。

 極端な話、100ナール払えば余所の街の商人ギルドに行けるわけですから」

「なるほど、それもそうか」

 

 あの空気が読めなさそうな商人は、ちょっとやり過ぎてしまったのかもしれんな。

 スマホで簡単に相場が見れる時代だったら、冒険者が飛び交って上手い具合に需給バランスが取れたのだろうが。

 

 ……いや、〈鑑定〉がないとスキル結晶の判別ができないんだったな。

 すり替えや取り違いのリスクを考えると、途中で何度かギルド神殿による鑑定を挟まないと、トレーサビリティが確保できないか。

 そうすれば当然コストも増大するわけで。

 

 そもそも、下手すると取り違いが発生した時点で窃盗判定されて盗賊落ちするか?

 さすがにそれはないかもしれないが、普通の冒険者だったら取り扱いたくない代物だろうな。

 この絶妙な可搬性の悪さによって、相場の流動性が抑えられていたりするのかもしれない。

 

 まあ、俺にとっては悪い話ではないな。

 

「先程の交渉は、上手くいったようですね?」

 

 ハンナとの会話が一段落したところで、ロクサーヌが笑顔でそう言った。

 

「ああ、ハンナとセリーには敵わん」

 

 俺1人ならあんなに追い込めなかっただろうし、あるいは足元を見られていたかもしれない。

 実のところ、休日のオークションに向けてそれなりに金に困っているわけで。

 

「そうだ、ロクサーヌ。

 随分良い値段で売れたし、セリーに何か……褒賞のような物を用意した方が良いと思うんだが」

「そうですね……何か欲しいものがないか、それとなく訊いておきましょうか」

「ああ、頼んだ」

 

 45万ナールは、さすがに「よくやってくれた」の一言で済ませられる金額じゃないだろう。

 しかし、〈鑑定〉と〈スキル結晶融合〉があるといくらでも稼げるな。

 目をつけられたくないし、しばらくはあんなことはしないが。

 

 そんな会話をしながら、アランの商館に到着した。

 いつぞやのように店員一同の最敬礼を受けながら入店して、遅れてやってきたアランの出迎えを受ける。

 

「お呼び立てして申し訳ございません、ミチオ様」

「いや、こちらこそ申し訳ない。

 別件があったので遅くなってしまった」

 

 挨拶を交わした後、アランはあっという顔になった。

 

「重ねて申し訳ございません、冒険者になられたのでしたな。

 今後こちらにお越しの際は、先日の衝立をお使いください」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 うん……というか、今日も使っても良いんじゃないかなーとは思ったんだけども。

 使わせてとも言ってないし、使っていいよとも言われてなかったからな。

 俺が冒険者になったのは寝耳に水だっただろうし、お互い確認を忘れてしまったようだ。

 

「報告が2つございます」

 

 応接間に移動して、いつもの小母さんがお茶を運んできた後、アランが単刀直入に切り出した。

 

「まず、休日のオークションに竜人族の奴隷が出品される事がわかりました。

 面会させてもらいましたが、見目よく気性も穏やか、将来有望と見ました」

 

 名はベスタ、春が終わると15歳となり、販売できる年齢になるので出品する予定だそうだ。

 戦闘経験はほとんどないらしいが、竜人族の女性としても恵まれた体躯をしており、戦闘能力自体は高いだろうということだ。

 アランはそう言った後、難しい顔をして、

 

「80万ナール出すなら出品しないとの事でしたが、その場合でも引き渡しは春を終えてからになりますし、割高でもあります。

 まあ、値段については当日の順番次第な面もあるのでございますが……」

 

 事前情報を集めたアラン曰く、魔法使いの奴隷が一番人気になると自信を持って断言できるそうだ。

 故に、それ目当てで大金持った太客が大勢現れる。

 結構なことである。

 

 しかし、落札するのはそのうちの1人だ。

 当たり前の話ではあるが。

 つまり出品される順番次第で、魔法使いの競りに向けて資金を温存モードになるか、魔法使いを逃した金持ちがヤケクソモードになるか……、

 

「オークションにも、流れというものがございます。

 一度加熱すると、その熱が持続するものなのです」

 

 そうだろうなぁ。

 俺も戸建てを8桁で購入した後は、しばらく金銭感覚が麻痺したものだ。

 ともあれ、「安ければ50万ナール台、高ければ70万ナール台……そんなところでございましょう」ということだ。

 

「もしよろしければ、事前に面会なさいますか?」

「そうだな……できるならお願いしよう」

 

 アランは笑顔で「では紹介状をご用意致しましょう」と頷いてくれた。

 

「それでは、もう1つのご報告です。

 ドープ薬を売っても良いという者が現れました」

 

 それもなんと、1本2万ナールで良いそうだ。

 バラダム家はその1.5倍だったから、破格と言って良いだろう。

 ただし、

 

「20本まとめて買うことが条件となります」

 

 アランによると、大きな商家ではドープ約20本程度を保有するのはそこそこあるらしい。

 それだけあれば商人兼低レベル探索者を武器商人や防具商人にできるし、既になっている場合は冒険者にもできる。

 キリが良い数というわけだ。

 

 そして加えて、

 

「どうも先方ですが、休日のオークションのためにまとまった資金を集めているようです。

 というわけで、春の間に購入する事というのも条件となります」

 

 夏に売ってくれという下交渉のつもりが、そういう話になってしまったそうだ。

 竜人族の奴隷の値段を事前に報告してくれたのは、合わせて資金繰りを考えるように、という気遣いだろう。

 俺が資金を温存するために売買契約を先送りしたいと考えているように、早く資金調達したいと考えるやつだっているわな。

 

「もしかして、その者も魔法使いのオークションに参加するつもりなのだろうか?」

「……は、どうもそのようで」

 

 アランが神妙な顔で頷いた。

 どうやら、宣伝が効きすぎてしまったらしいな。

 

「いや、本当にありがたい。

 ドープ薬20個で40万ナール、この場で快く払わせてもらおう」

「……よろしいのでございますか?」

 

 心配そうなアランに、「もちろんだ」と頷いて金貨を40枚用意する。

 

 バラダム家で123万ナール散財して、所持金は50万ナールそこそこにまで落ち込んでいた。

 迷宮探索で少しずつ蓄財して、おまけにさっき45万ナール手に入ったが、こないだ聖銀の胸当てと珊瑚のスキル結晶も買ったから、今は差し引き90万ナールほどだ。

 だが、ドープ薬を買うとまた50万ナール前後に戻ってしまう。

 よって休日までに最低20万ナール、できれば30万ナール稼いでおきたいところだな。

 

 横でハンナと金貨をまとめてくれているロクサーヌが、物憂げに目を伏せていた。

 稼いだ端からまた大金を放出してしまったから、また心配させてしまったか。

 

 だが大丈夫だ、ロクサーヌ。

 これで金策もレベル上げも両立できるのだ。

 

*1
今更の注釈ですが、原作漫画版11巻にて〈サンドウォール〉で魔物を転ばせるという、漫画オリジナルの描写があります。

*2
 原作8巻の『記憶力』の回とは、武器商人の態度を意図的に変えています。

 原作では既に聖槍を手に入れて、それを吸精のスタッフを交換することを道夫君の方から申し込んでいます。(つまり、吸精のスタッフが手に入ることは既に決まっている)

 本作では、この武器商人は現時点で何も手に入れていません。

*3
 原作ではコボルトのスキル結晶2つでしたが、取引をしたのは恐らくオークションの前々日くらいです。

 本作では5日程度早くこの取引が発生しているので、まだ手持ちにスキル結晶が残っていたということになります。

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