加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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竜人族

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 ドープ薬20個は、明日竜人族の奴隷に面会しに行くタイミングで用意してもらえることになった。

 ベイル(向こう)はもう日が傾いていたのに、申し訳ないことをした。

 

 そうして家に帰ってきて、皆にカレンダー代わりの黒板の前に集まってもらった。

 明日からの予定の検討だ。

 

 人の気配を感じたのか、居間の隅っこでゴロゴロしていたタマがアップを始めて*1……カタリナに「こっちですよー」と猫竿で釣り出されて退場した。

 いつもは母親(ハンナ)と同じでキリッとした感じで話すよう努めている風だから、こういうちょっと甘ったるい話し方は新鮮だ。

 猫を相手にすると幼言葉(おさなことば)っぽくなるのは、世界が変わっても同じらしい。

 

 俺もそれやりたいな……という気持ちを堪えて、

 

「休日に向けて、最低20万、できれば30万ナールほど用意する必要がありそうだ。

 まあ、明日面会して、上手くやっていけそうならだがな」

 

 特に一緒に戦闘するメンバーとの相性は確かめておきたいので、「明日、3人は一緒に面会してくれ」と言うと、ロクサーヌ達が頷いた。

 そして今の所持金と、竜人族の予想落札価格を説明する。

 今日は春の83日だから、残りは84日から90日の、ちょうど1週間か。

 

「そのためにも、春の終わりの休日まで、ボスの周回をしようと思う。

 金策と、レベル上げも兼ねてな」

「二十三階層以降では、ドロップアイテムだけで1回当たり360から400ナールになりますね」

 

 こういう時、打てば響くセリーがすかさず言った。

 ランク6のボスのドロップアイテムは320ナールになるから、ランク2かランク3のお供2匹と一緒に出現するボス戦は、最小で320+20+20の360ナール、最大で320+40+40の400ナールになる。

 理論上、ランク1の雑魚が混じる可能性もあるようだが、滅多にないし外れ値で良いだろう。

 

「ロクサーヌ、ちょっと筆記を頼む」

「あっ、はい」

 

 チョークを持って黒板の前に立つロクサーヌに、書いてほしい内容を指示していく。

 

「あー……っと、平均値を取って1回あたり380ナール、1時間あたり……前にハントアントの周回をしていた時は、6回くらいだったかな」

「今ならもっと早くできるのでは」

「んー……まあ、そうだな。

 2倍は楽観しすぎかな、9回にするか」

 

 当時は魔法使いの魔法だけで戦っていた。

 だが今は違う。

 敵は何倍も強くなっているのだろうが、こっちもそれ以上に強くなっている。

 

 

  戦闘1回収入  :平均380ナール

  1時間戦闘回数 :9回

  1時間収入   :380ナール×9回=3,420ナール

  1日作業時間  :8時間

  1日収入    :3,420ナール×8時間=2万7,360ナール

  総期間     :6日間(春84~90日、休日1日)

  予想総収入   :27,360ナール×6日=16万4,160ナール

 

 

「まあ、こんなところか」

 

 ボスはレベルも上がりやすいし、魔道士になればもっと加速するだろうが、そこまで勘定するのは希望的観測がすぎるだろう。

 

「これで足りないのは13万から14万ナールだが、これについては……」

 

 言いながら、手持ちの魔結晶をテーブルに広げた。

 

 いつも迷宮に持参している緑魔結晶は、ずっと貯めているものだ。

 一時期、〈結晶化促進十六倍〉を有効にして緑魔結晶にしたことは覚えている。

 だが、ペルマスクでの取引で資金に余裕ができた頃から外していて、そのままだ。

 

 アイテムボックスに突っ込んでいた13個は、盗賊から押収したものだ。

 1個だけある黄魔結晶は、なんとなくシモンのかな、と思っている。

 なにしろLv67だったしな。

 

 あとは緑魔結晶が1つ、青魔結晶が7つあって、紫魔結晶が4つだ。

 合計10万+1万+7,000+400の11万7,400ナールになる。

 10個がハインツ一味で、3個はターレの迷宮で遭遇した盗賊が持っていたものだ。

 果たしてどれがどれだったか……。

 

 いずれにしても、これを売ればほとんど目標金額に到達するわけだが、

 

「その黄魔結晶はどれくらい貯まっているかわかりませんし、売るのは惜しいですね」

「そうだな」

「それ以外の魔結晶は、ご主人様の緑魔結晶にまとめてしまうのが良いかと」

「……そうだな」

 

 セリーがいつもの調子で合理的な提言をしてきた。

 こっそり皆の顔色を窺うが、特になんとも思っていないようだ。

 

 魔結晶はまとめる事ができるというのは、いつだったか聞いていた。

 だがなんというか、盗賊の魔結晶とひとまとめにするのは、給与振込口座に後ろ暗い金を入れたくない……みたいな感覚がある。

 いや、そんなダーティーな収入を得たことはないが、なんとなくフィーリングとしてだ。

 

 ……ま、誰も気にしてないなら別に良いか。

 

「あー……魔結晶同士を押し込むんだったかな?」

「はい、そうです」

 

 硬い魔結晶同士をくっつけて押し込むと……ずぶりずぶりと合体して1つになった。

 ショット・ガン・シャッフルをしてるみたいな感じだ。

 山にカードを押し込むような手応え。

 

 ……よく考えると、黄魔結晶はハインツのだったかもしれんな。

 迷宮で仕留めた探索者達(獲物)から魔結晶を奪い取って、こうして融合していたのだとすれば、頭目のハインツが独り占めしていてもおかしくない。

 そう考えると、闇に消えそうになっていた探索者達の苦労の結晶を、真っ当な経済活動の流れに戻すとも言えるな。

 

 ……いや、用途はちょっとアレだけれども。

 

 そんなことを考えながら、なんともクセになりそうな感覚を繰り返す。

 

「ふーむ、黄魔結晶にはならなかったか」

 

 まあ、想定の範囲内だ。

 

「ロクサーヌ、前にコボルトを何匹か倒しただけで、黒魔結晶が紫魔結晶にできたことを覚えているか?」

 

 確か、魔法使いのジョブを得たばかりの頃だ。

 ロクサーヌがポンっと手を打って、

 

「ベイルの迷宮の三階層にいた頃ですね」

「そうそう、その頃だ」

 

 まだボーナススキルの使い方も全然わからなくて、色々試行錯誤していたな。

 もう2ヶ月くらい前になるだろうか。

 

「前に聞いたんだが、ボスは結晶化速度が早いらしい」

 

 以前、探索者ギルドに貢献したがっているロムヤが言っていた話だ。

 もし素の結晶化速度が通常の魔物の4倍なら、〈結晶化促進十六倍〉が実質〈結晶化促進六十四倍〉になる。

 ……まあ、そこまではいかないかもしれないが。

 

「で、ドープ薬があれば、経験値効率はそのままに結晶化速度を上げることができる」

「てっきりドープ薬で魔道士になるものかと」

 

 首を傾げて言うロクサーヌに「やっぱりそれはちょっと勿体ないような気がしてな」とフォローする。

 

 ……まあ、本当はちょっとだけ心配なだけなんだが。

 短期間に立て続けに上級職を得たのだし、魔道士になれる事も間違いないだろう。

 間違いないとは思うのだが……魔道士になれるかなれないかは、恐らく――いや間違いなく今後を大きく左右する。

 これでせめて、過去にドープ薬を使って魔道士になれたというエビデンスがあれば、踏ん切りも付くんだが。

 

「まあ、早いところ魔道士になるためのボス周回でもある、というわけだ。

 ドライブドラゴンに魔法使いの魔法で戦うのは、ちょっと骨だ」

 

 手持ちのドープ薬が2個で、更に20個買えれば22レベル分ドーピングできる。

 つまり、遊び人をLv81にすることができるわけだ。

 そうなると、ボーナスポイントは99プラス80で179になる。

 

 〈必要経験値二十分の一〉で63、〈獲得経験値二十倍〉で63、シックススジョブで31で合計ボーナスポイントは157だ。

 そしていつもの基本セットだと10ポイント必要だが、探索しないでボス相手に連戦するだけなら、〈ワープ〉・〈パーティライゼイション〉・〈パーティージョブ設定〉・〈詠唱短縮〉・〈キャラクター再設定〉の7ポイントだけで済むのだ*2

 これで164ポイントだから、〈結晶化促進十六倍〉の15ポイントに割り振る余裕が出てくる。

 

 例えば、ボス戦1回で雑魚2匹とボス1匹で、素の結晶化速度が1+1+3=5だと仮定しよう。

 これが〈結晶化促進十六倍〉なら80になる。

 ここにさっき計算した6日間での戦闘回数を掛けると、9回×8時間×6日間×80で34,560だ。

 

 この緑魔結晶も、それなりに魔力が貯まっているはずだ。

 34,560匹分追加すれば黄魔結晶になることを期待するのは、分の悪い賭けではないと思う。

 どうしても駄目だったら、〈結晶化促進六十四倍〉にすれば確実だろう。

 

「首尾よく黄魔結晶にできれば、これで残りは3万から4万ナールだ。

 それくらいなら、ウサギの皮を売ったり、セリーの〈武器製造〉と〈防具製造〉の分もある。

 それで十分間に合うだろう」

 

 そこまで話してロクサーヌの様子を窺うと、安堵した顔で頷いていた。

 まあ彼女にとっては、アルバイトで学費を稼ぐ苦学生から、毎月の収支が8桁万円の家に来たようなものだ。

 かくいう俺もナール単位だから割と気楽にやってるだけで、この世界の通貨が円とかドルだったらもっと恐々としていたかもしれない。

 

 そのロクサーヌが口を開いた。

 

「それでご主人様。

 どこで周回されるおつもりですか?」

 

 おっと、肝心なことを言ってなかった。

 

「ドープ薬が欲しいからターレのカーブカープを……と思っていたんだがな、アランのおかげで大量に手に入った。

 あとはスライムのスキル結晶も欲しいから、クーラタルのゼリースライムを周回するのが良いと思っている。

 あそこは人も少ないようだしな」

 

 属性攻撃は付与術士のスキルで代用が利くが、〈物理ダメージ削減〉は優先度が高い。

 前衛をやってもらっている皆には、できるだけ早く行き渡らせたいところだ。

 

「ハルバーの迷宮の二十五階層もゼリースライムです。

 レベルを上げるなら、その方が良いのではないでしょうか?」

 

 セリーが指摘した。

 続いて、ハルバーの迷宮ならそもそもクーラタルの迷宮ほど人はいないこと、二十五階層ならランク2の魔物は少ないという利点を挙げられた。

 確かに、そうなるとドロップアイテムの売値が上がるから、1回の戦闘で400ナールか。

 さっきの算出結果の16万4,160ナールを19で割って20で掛けて……17万2,800ナールになるな。

 

 とはいえ、

 

「やっと二十四階層を突破したばかりなのに、ちょっと強気すぎないか?

 それに、ハルバーの迷宮は騎士団がなぁ……」

「いえ、ドライブドラゴンの階層が厄介なのは事実ですから、他の迷宮を優先しても怪しまれないと思います」

 

 昨日、階層突破の報告をした時、「二十四階層の魔物はドライブドラゴンだ」と言ったら、入口の探索者は顔を歪ませていた。

 下の方で厄介な魔物が出るなら、その方が良いんじゃないかと思ったんだがな。

 だが、二十四階層にドライブドラゴンがいるという事は、その上の階層では常にドライブドラゴンが出ることを想定しなければならないという事でもある。

 ロクサーヌのように魔物を選別できる能力がないと、厄介この上ないだろう。

 

「階層突破するだけなら、地図もありますしロクサーヌさんがいれば苦労はしないでしょう。

 二十四階層のボスにも苦労していませんでしたし、二十五階層でもそれほど苦戦するとは思えません」

 

 ……うーん、確かにそうかもなぁ。

 ボスと一緒に戦うなら、雑魚の殲滅に多少手間取ったところで全体攻撃魔法の回数が何回か増えるだけだ。

 そうはいっても、ボスがタフになってクールタイムが増えるようだと困るが。

 

「まあ……試すだけ試してみるか。

 それで進捗が悪いようなら、改めて二十三階層に移動する」

「はい、それで良いと思います」

 

 セリーのお墨付きが出て、ロクサーヌも頷いた。

 二十五階層の方がレベルも上がりやすいだろうし、それが良いのだろう。

 

 齢のせいか、どうしても発想が保守的というか、手堅くなってしまうな。

 皆に相談して良かった。

 ……しかし、ベスタという竜人族はこのイケイケな皆と上手くやっていけるだろうか。

 

 

 

   ベイル

   アランの館

 

 翌朝、今度は直接アランの商館に飛んだ。

 空っぽの、〈フィールドウォーク〉用の衝立があるだけの部屋だ。

 そこには従業員が待機していて、俺達の姿を見るなり「主を呼んで参ります」とお辞儀された。

 

 そして待つこと暫し、

 

「おはようございます、ミチオ様。

 早速ですが、こちらをお渡しいたします」

 

 2人の従業員を従えて、アランが部屋に入ってきた。

 彼らは薬瓶を載せたお盆を持っている。

 

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

 

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

   ドープ薬        ドープ薬   

 

 ……20本だ、間違いないな。

 

「昨日の今日で、ありがたい。

 だいぶ忙しくさせてしまったと思う、申し訳ない」

「いえいえ、先方も金策に苦労しておりましたから、それはもう喜んでくれました」

 

 アランが鷹揚に頷いた。

 手数料とか要求してくる様子はないが、何か埋め合わせをしなくてはな。

 

「お約束した通り、紹介状もご用意しました。

 よろしければ、当家の冒険者に送らせましょう」

「……ありがとう、お言葉に甘えよう」

 

 いや、ホントになんか埋め合わせしなきゃな。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 早速、冒険者の〈フィールドウォーク〉で移動した。

 もうすっかり顔なじみだな。

 

 その商館は、町中にある三階建てのアランの商館とも、豪奢な帝都の奴隷商のそれとも大分趣が違う。

 池や植え込みのような飾り気が一切ない広い庭は、庭園というより練兵場のようだ。

 戦闘奴隷が多いのだろうか、なんとなくそう思った。

 

 そんな風に庭を見渡していると、「主より、話は通してあると聞いております」と言って冒険者が帰ろうとした。

 それを呼び止めて、強壮丸を差し入れる。

 他所の奴隷に金を渡すのはどうかと思うが、まあこれくらいなら良いだろう。

 

「ここまでありがとう。

 アラン殿によろしく言っておいてくれ」

 

 冒険者は深くお辞儀をして去っていった。

 冒険者の言葉は確かで、入口で紹介状を渡すと一切待たされることもなく通された。

 

「いらっしゃいませ。

 アラン殿から話は伺っております」

「よろしく頼む」

 

 奴隷商は余計なことは何も言わずに案内を始めた。

 なんとなく、あてにできそうな商人な気がする。

 帝都の奴隷商は、結構余計なことを口走っていたからな。

 

「こちらで待たせております」

 

 奴隷商の案内で中に入ると、こじんまりした間取りに女性が1人で立っていた。

 

 

   ベスタ

   <♀・14歳>

   村人:Lv2

 

 

「よろしくお願いします」

 

 ベスタが頭を下げると、特徴的な赤毛が揺れた。

 肌は淡く色づいた小麦色だ。

 なんとなく情熱的な印象のある見た目だが、声音は割と落ち着いた感じだな。

 

「よろしく頼む」

 

 軽く声を掛けて近づくと……いや、でかいな。

 部屋の間取りは普通だ。

 多分、うちの居間と同じくらいだ。

 基準(ベスタ)が大きすぎて錯覚した。

 

 地味な白いワンピース……というか簡素な貫頭衣を着ているが、これで白い帽子も被っていたらまるで八尺様じゃないか。

 

「お……大きいな」

 

 錯覚したもう一つの要因は、この娘の体型だ。

 

 学生の頃も女子バスケ部や女子バレー部の部員は背が高かったが、明らかに胴長短足だった*3

 一方、この娘は均整が採れたモデル体型だ。

 モデルのように小顔で、なのに胸は……すごい。

 下手すると俺の頭よりデカい、これが噂に聞くスイカップというやつか。

 

 ……これで14歳とは……10年後にはどうなってるんだろう。

 

「はい、さすがは竜人族ですね」

「大きい、です」

 

 ロクサーヌとミリアは普段通りの様子だ。

 さて、ここで心配なのは、

 

「頼もしそうな人ですね」

 

 セリーが優しい目で言った。

 ……おかしい。

 最近はロクサーヌだけじゃなくて、ミリアの胸も見てぶつくさ言ってるのに、一体どうした。

 

「彼女はベスタと申します竜人族の女性です。

 春が終われば15歳になりますので、休日のオークションに連れていく予定です」

 

 ベスタの胸を目の当たりにしたセリーの胸の内を心配する俺の胸中など知る由もなく、奴隷商人がベスタの横に立って説明を始めた。

 並ぶと本当に大きいな。

 

「あー……竜人族なら迷宮に入っても大丈夫だろうか?」

「もちろんでございます。

 特別に鍛えることはしておりませんが、戦闘能力はうちでも一番でございます」

 

 確かに、この体型だしなと見上げていると、ベスタが「大丈夫だと思います」と告げた。

 長身でも鈍重そうな印象は一切ない。

 バスケットボールを片手で持てそうだな。

 

「迷宮に入ったことは?」

「ありませんが、近くに出た魔物を倒していました。

 あまり痛くなかったので、問題ないと思います」

 

 つまり、Lv1の魔物としか戦ったことがないということだな。

 うーん……どうなんだろう、よくわからんな。

 だが、村人Lv2なことは確かだし、それでここまで言うということは素の防御力やHPは高いのだろう。

 

 この2人の発言を信じるならだが。

 ……ま、この場で確かめることができるわけもなし、信じる他ないな。

 

「竜人族ということで、欠点もございます。

 夜遅くの活動は得意ではありませんので、深夜の戦闘はお避けください」

 

 奴隷商人がはっきりとした口調で注意してきた。

 ここまで明確に欠点と言ってくるのは、なかなか潔いな。

 種族的な特徴だから、隠す意味がないと思っているだけかもしれないが。

 

 そして種族的な特徴ならばどうしようもないことだ。

 どうせ深夜残業などする予定はないし、問題はないだろう。

 

「食事にも注意事項がございます」

「食べられないものでもあるのか?」

 

 アレルギーとかだろうか、と思っていると「好き嫌いは特にありません」と、声が落ちてきた。

 物理的に、上から。

 

「どんな食事でも大丈夫です。

 ただし、竜人族は10日に一度くらいボレーを食べる必要があるそうです」

「ああ、オイスターシェルのドロップアイテムだな」

 

 これは確か前にハンナに聞いたな。

 奴隷商人は「仰る通りです」と頷いて、

 

「竜人族の、とりわけ女性はボレーを食べませんと身体が弱くなってしまいます」

 

 そうそう、ボレー粉を食べる鳥みたいだと思った記憶がある。

 ベスタは伝聞形式で語っているから、自身がそんな体験をしたことはないのだろう。

 奴隷商人は、さすがに行き届いた生活をさせているらしいな。

 

 ……あれ? 15歳にならないと販売できないなら、なぜ奴隷商人の所にいるのだろう?

 実際、〈鑑定〉の結果は14歳だ。

 奴隷商人が売ることができないなら、彼女の親族だって奴隷商人に売ることはできない気がするが。

 

「あー……彼女はもうすぐ15歳ということだが……」

「はい? この年まで当家で大切に育ててきたつもりです」

 

 とはいえなんと訊いたものかと悩んでいると、奴隷商が訝しげに言った。

 つまり……つまり、両親も奴隷だということだろうか。

 彼女を奴隷として売るために産ませた?

 

 割と戦慄する内容の気がするのだが、ロクサーヌ達は全然気にしていないようだ。

 ……子供を持つ事と恋愛感情が切り離されているのかな。

 まあ、合理的ではあると思うが。

 

「……夜の活動を苦手としているということだが、夜目が利かなかったりするのだろうか?」

「いえ? 特に人間族と変わらないと思いますが……」

 

 奴隷商人が再度首を傾げた。

 話を逸らそうとして、変なことを訊いてしまったか。

 奴隷商人に促されて、ベスタが口を開く。

 

「竜人族は、温度が高い日は夜の間に熱を失って冷たくなります。

 目覚めればやがて温かくなるので、大丈夫です。

 逆に温度が低い日は、寝ている間に(こご)えたりしないように身体が熱くなります。

 朝になると、疲れてぐったりするほどです」

 

 今度は体験談として語ったな。

 魔物の攻撃を受けた事はこともなげに語っていたのに、ここまで言うのだからよっぽどなのだろう。

 

「なるほど、ありがとう。

 よくわかった」

 

 つまり変温動物ということだろうか……鳥じゃなくて爬虫類?

 そういえば、インパクトのある質量に気を取られていたが、前腕にイグアナみたいな突起物があるな。

 ……草薙護(くさなぎまもる)みたいじゃん、少年心が疼くわ*4

 

「ご主人様、彼女の戦い方について訊いていただいてもよろしいですか?」

「おっと、そうだったな」

 

 ロクサーヌの声に我に返る。

 というか、それが本筋だった。

 

「ではベスタ、得意な武器はあるか?」

「器用な方ではありませんので、得意とする武器はありません。

 竜人族の人は大抵、どんな武器でも力任せに振り回すだけだそうです」

 

 見た目通りの力自慢な種族らしい。

 もう少し突っ込んで確認すると、竜人族は盾と剣を使うことが多いそうだ。

 しかも、両手剣を片手で持てるらしい。

 

「それほど力が強い方ではありませんが、私にもできます。

 それで大丈夫だと思います」

 

 できるのに力が強くないのか。

 奴隷商人が苦笑いしているな。

 正直な娘のようだ。

 

「あるいは、片手剣を持ってもう片方の手に大盾という大きな盾を持つこともできます」

「大盾か、あまり見かけないな」

 

 一度だけ、アランのところで見かけたな。

 だがあれから結構防具屋を巡ったが……多分、見ていないと思う。

 スキルスロットがない装備は流し見しているから、それが原因かもしれないが。

 

「大盾は竜人族以外ですと、両手で装備しなければなりません。

 主を守らせるために戦闘奴隷に装備させることもございますが……まあ、あまり出回らない品ですな」

 

 奴隷商人はそう言うと、「お買い上げいただいた方には、扱っている場所をお教えしましょう」と澄まし顔で続けた。

 ……元を辿れば鍛冶師が製造しているのだろうし、セリーなら造れるだろう。

 

 横目でセリーの顔を見ると……穏やかに微笑みながら頷かれた。

 あの……さっきからどうかされたのですか?

 

「竜人族には竜騎士という固有ジョブがございます。

 竜騎士になりますと、大盾と同時に両手剣を装備することも可能になります。

 彼女であれば、鍛えれば竜騎士になることも叶うでしょうな」

 

 その竜騎士を仲間にするのが目的だったので、思わず奴隷商人の顔を凝視してしまう。

 すると、「お買い上げいただいた方には、その方法もお教えするといたしますか」と素知らぬ顔で韜晦(とうかい)していた。

 ……商売が上手いじゃねえかよ。

 

「さて、そろそろよろしいですかな?」

「ああ、一通り確認したいことは済んだ……よな?」

 

 ロクサーヌが笑顔で頷き、ミリアが「はい!」と元気良く返事した。

 そしてセリーは、

 

「…………」

 

 その目は優しかった。

 いや、ホントにどうした?

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 帰りの道中、皆に彼女とやっていけそうかどうか確認してみると、

 

「頼もしそうな人でしたし、アラン様の言うように性格も良さそうに感じました。

 迷宮に入ることにも気後れしていませんし、大丈夫だと思います」

 

 ロクサーヌ的には結構高評価のようだな。

 アランの評価もあるのだろう。

 実際、俺も人を見る目に自信なんてないから、アランの見立てを一番信用しているところはある。

 

 次にミリアは、

 

「盾、使い方、教えます」

「あ、ああ、その時は頼むな」

 

 別に盾を使わせると決めたわけではないし、まだ買ってもいないのだが。

 まあ、この調子なら上手くやってくれるだろう。

 

 そして問題のセリーは、

 

「良い人であることに間違いありません」

「そ、そうか」

 

 一体どうしたというのか。

 しかし、どう尋ねたものか……変な訊き方をして、「なんでそう思ったのですか?」と返されても困る。

 胸の話はするわけにはいかないしな……。

 

「セリーは竜人族の知り合いでもいるのですか?」

 

 そんな風に頭を悩ませていると、ロクサーヌが言ってくれた。

 ナイスだ。

 

 セリーは「いえ、そういうわけではないですが」と首を振ると、

 

「竜人族は口から火を吐くことができます。

 ご主人様はご存知でしたか?」

 

 と、逆に質問された。

 

「いや、知らないな。

 それは魔法とは違うのか?」

「どうも、身体のどこかに燃えるガスを蓄えておくことができるようです。

 ガスそのものは引火性で、竜人族でなくても火を付けられるので、魔法には当たりません」

 

 ほー、すごい話だな。

 ロクサーヌとミリアも、知識としては知っているが見たことはないらしい。

 ガスの話については完全に初耳で、「すごいですね」と2人揃って目を丸くしている。

 

 ……いや、引火性のガス?

 おならも燃えるよな……ライターで着火する動画をいくつか見たことが――やめよう、これについて考えるのは本当にやめよう。

 

 どうあがいても、人間には着火機構はついてない。

 つまり竜人族はすごい。

 それで良いじゃないか。

 

「さすがはセリーだ、よく知っているな」

「ありがとうございます」

 

 セリーはすごい、竜人族はすごい、なべて世は事もなし、世界は平和だ。

 

「ガスは胸に溜めているという説もありますが、それが正しいかどうかはよくわかっていません。

 男性の竜人族が少ししか火を吐けないとか、胸の大きい女性ほど長く大きな火を吐けるということもないようですので」

 

 ……さて、平和に暗雲が立ち込めてきたぞ。

 

「それもあって、竜人族で胸の大きい女性に悪い人はいません」

「??? ……そ、そうなのか?」

 

 ロクサーヌに助けを求めると……苦笑いされてしまった。

 

「竜人族は子供を母乳で育てたりはしない種族です。

 竜人族の女性の胸には空気が詰まっています。

 気嚢(きのう)といいます」

 

 キノウ……気嚢か、鳥類についてるやつだよな。

 それで鳥は空気の薄い高高度にも適応できるんだったか。

 人類が成層圏まで到達する航空機を開発するまでに掛かった時間を思えば、月並みな表現だがそういう自然のメカニズムはすごいものだと思う。

 

「胸の大きい竜人族の女性は不当な扱いをされるのです。

 無駄に空気が入っているだけだと……酷い話です」

 

 故に気嚢が大きいなら運動能力も高いような気がするのだが……実際のところはわからんし、いい加減なことも言えんな。

 本人のいないところで、勝手にハードルを上げるのも可哀想だし。

 

 あと、そもそも迫害されてるからって別に良い人と決まったわけではないのだが……これも理屈じゃないだろうしなぁ。

 まあ、セリーが彼女と上手くやっていけるなら、それで良いのだ。

 

「では、彼女をパーティーに迎えるためにも、頑張って稼ぐとしよう」

『はい』

 

 頑張って働いて、そして夜はたっぷりセリーを教育しよう。

 セリーの胸に気嚢はなくとも希望は詰まっているのだと。

 

*1
おっ、出番かな?

*2
 〈ワープ〉で1、〈パーティライゼイション〉で1、〈鑑定〉で1、〈パーティージョブ設定〉で3、〈詠唱省略〉で3、〈キャラクター再設定〉で1の合計10ポイントが基本セットです(何度もボーナススキルの名前を書くのは面倒なので、今後は省略すると思います)

 もう〈ダンジョンウォーク〉がないので、ボス周回には〈ワープ〉が必須になります。

*3
 道夫さんが高校生だった2000年代中盤は、くびれの位置でスカートを履くハイウエストが流行してた時代です。

 しかし、背が高い女性は中身が見えてしまうので、腰の位置でスカートを履くロウウエストになりがちです。

 同じ教室の中で見比べてしまうと、前者は実際以上に足が長く、後者は同様に胴長短足に映ったことでしょう。

 つまり道夫さんはまんまと錯覚に騙されていたわけで、本作品は日本人女性アスリートを中傷する意図はありません。

*4
 草薙護はマンガ『碧奇魂ブルーシード』、およびこれを原作としたアニメ『BLUE SEED』の主要登場人物。

 彼はヤマタノオロチに両親を殺され、身体にヤマタノオロチの7つの(みたま)を埋め込まれた影響で、腕から竜のトサカのような刃を出すことができる。

 マンガは1992年1月から1995年5月まで隔月で連載され、アニメは1994年10月5日から1995年3月29日まで放映された。

 更に初回放送から数年後に朝のアニメ枠で再放送されていたので、アラフォーの道夫さんは多分直撃世代。

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