加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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魔道士

 

 

   期日が近づく中、お休みをいただきましたが、

   私達に気を使っているのではないでしょうか?

   セリーは順調だと思いますか?(ロクサーヌ)

   ↑84日は外出と探索があったので予定は未達でした。

    しかし、85日で遅れは全て取り戻しています。

    今後、予定が早まることはあっても、

    遅れることは考えにくいと思います。

    よって進捗は順調であると考えます。(セリー)

   ↑ありがとうございます。

    ご主人様のお言葉に甘えましょう。(ロクサーヌ)

 

   ※ここから下はご主人様のメモです。

 

   春86日

    AM:帝都に買い物

    PM:ソマーラの村→休日

 

 

 

   クーラタルの街

     道夫の家

 

 いつものように、5日間の給金を皆に渡した。

 今日は休みだ。

 金策は順調だし、遠慮しがちなロクサーヌ達も心置きなく羽を伸ばしてもらいたいものだ。

 

(はて)なく及ぶ遠景の、旅人導く白石(しらいし)の、フィールドウォーク*1

 

 緊張の面持ちのロクサーヌが詠唱を終えると、玄関に置いた衝立に黒い(ゲート)が開いた。

 成功だ……ここまでは。

 

「本当に行くのか? ハーフェンは結構遠いぞ……多分。

 通れないと、頭をぶつけるからな」

 

 やっぱり心配になって、ついつい口うるさくなってしまう。

 ロクサーヌは「えっと……」と、はにかんだ表情でゲートに指で触れて、

 

「はい、大丈夫みたいです。

 それでは、いってまいります」

 

 ロクサーヌがぬるっと衝立に吸い込まれて、消えてしまった。

 パーティーメンバーの反応が……うん、北の方角に移動したな。

 

 休日ということで、ロクサーヌとミリアはまた釣りに行くことにしたようだ。

 普通に俺が送るつもりだったんだが、冒険者になったということでロクサーヌがやりたがった。

 

 そう、ロクサーヌは冒険者になった。

 ミリアもだ。

 追加のドーピングで、2人とも探索者Lv50に達したからだ。

 

 そして年頃の女の子だし、いちいち送り迎えされるのも(わずら)わしいだろう、そう思った。

 そう思って「冒険者を試してみるか?」とは言ったが、いきなりハーフェンは遠すぎるような……うむむ。

 

「次、行きます」

「あ、ああ、気をつけるんだぞ」

 

 一応、2人とも昨日Lv15までは上げることができたのだが。

 これもボス周回に慣れて、余裕も出てきたおかげだ。

 ……おかげでこんなことになってしまった。

 昨日の昼休みじゃなく、朝のうちに言ってくれたらLv20ずつにはできたと思うんだが。

 

(はて)なく及ぶ景色? の――」

「――遠景、な」

「はい、です」

 

 そうして多少苦労しながら、ミリアも同じように詠唱して衝立の向こうに消えていった。

 ……うん、こっちも移動はできたな、移動は。

 

「さて、セリーの準備は問題ないか?」

「あ、その、はい。

 よろしくお願いします」

 

 そして俺はセリーとカタリナを連れて、帝都に買い物だ。

 ロクサーヌはちゃんと仕事をしてくれた。

 前に頼んでいた、セリーが欲しい物を訊き出しておいてくれたのだ。

 

 セリーが欲しい物――というか給料が貯まったらそのうち買おうと思っていた物は、自分の机だった。

 なにしろこの家には人間用のテーブルしかないので、セリーの体格に合わない。

 だから小さめのローテーブルを買ってベッドの上で使うか、いっそ材料だけ買って自作するか、そんなことを考えていたらしい。

 

 それを聞いてから意識してみると、普段食事している時もちょっと不便そうだった*2

 対面に座っているからわからなかったが、かなり背筋を張り上げて食事をしている様子だ。

 何度も一緒に食事しているのに、我ながら気が利かないものだ。

 ……子育て経験でもあれば、すぐ気づけたのだろうか。

 

 セリーの身長は、小学校高学年くらいはあると思う。

 そのくらいの年齢なら、大人に混じってU字テーブルで牛丼も食えるし、大きいお友達と差し向かいでデュエルもできるだろう。

 だから問題ないと思っていたのだが、体格ではなく体型への考慮が足りてなかった。

 

 一般的に――少なくとも地球人類は――成長するにつれて、胴体より脚が長くなっていくものだ。

 だがセリーは、いわゆる幼児体型ではない。

 ほっそりとした均整の取れた体型で、胴体と脚部の比率は成人と変わらないと思う。

 要するに、座高が低いのだな。

 

 そこまで考えて、顧客が本当に必要としているものがわかった。

 子供用の補助椅子だ。

 もしくは座高を高める、硬めのクッション。

 

 ……とはいえ、だ。

 服も子供用なのに、家具も子供用というのは、あまりにもあんまりではなかろうか。

 よく仕事をしてくれた褒賞に、それはさすがにないと思った。

 

「カタリナも、準備は良いか?」

「はい、母からちゃんと場所は確認しました」

 

 というわけで、こんな時に相談するのはハンナだ。

 種族固有ジョブが鍛冶師のドワーフは、明らかにこの世界における必須種族だ。

 装備品を製造してくれる彼らがいなければ、人類社会は立ち行かないだろう。

 

 だから当然、色々な場所にドワーフはいるはずで、彼らのための家具もきっとあるだろうと思ったのだ。

 

 そして、やっぱりちゃんと存在するらしい。

 ハンナが知る限りでは帝都にそういう工房があるというので、今日はそこに行こうと決めた。

 だがタマがいるから全員留守にはできないので、代わりにカタリナに案内役を頼んだのだった。

 

 万が一にもゲートにタマが入りこまないよう、しっかりとホールドするハンナに見送られて、衝立に向かって〈ワープ〉を……、

 

「すまん、やっぱりロクサーヌ達が心配なので、ちょっと様子を見に行かせてくれ」

 

   ※   ※   ※

 

「やっぱりか」

 

 潮風が吹きすさぶハーフェンの岸壁で、2人のケモミミ美少女が体育座りでくたばっていた。

 

「……あ、ご主人様、少しばかり休んでいるだけですので、どうか捨て置いてくださいますよう

「……へいき……です

 

 ええい、聞く耳持たぬわ。

 〈布施〉! 〈布施〉!

 

 

 

   帝都

 

「2人には悪いことをした。

 本当なら、ボーデ辺りを経由するべきだったんだろう」

「そういうわけにもいきませんからね」

 

 家具職人の工房への道すがら、なんてことのない雑談をしながらゆっくり歩いていく。

 

 少なくともハルツ公領では、あの2人が冒険者になっているのがバレるのはよろしくない。

 まあドープ薬なんてものがあるから、適当に誤魔化すことはできるだろうが。

 やっぱり止めるべきだったんだろうけど……移動系のスキルは便利すぎるからなぁ。

 

「……すまなかったな、巫女のレベルを上げさせてしまって」

「いえ、私が自分で決めたことですから」

 

 セリーにも〈パーティライゼイション〉でドープ薬の効果が及んでいるわけだが、彼女は俺のMPを上げることを優先して巫女のレベルを上げてくれていた。

 今も巫女でいてもらっている、ロクサーヌ達のMPを上げるためにだ。

 ……それも焼け石に水だったわけだが。

 

 そもそも普通の冒険者は隣町に、それも基本的に休み休み移動してるっぽいしな。

 それに多分、元になるMPが少ないからパーティー効果の恩恵も少ないのだと思う。

 効果による補正は、固定値ではなく比率によるものでまず間違いない。

 

 加えてセリーは、カタリナのように禰宜になれなかった。

 レベルのほとんどをドープ薬で上げているからだろう。

 本人はそれも、「やはりドープ薬だけでは駄目なのですね」と楽しそうにしていたが。

 

 必要ステータス説が補強される結果になったわけだが、俺としてはセリーに欠けているものがあるからじゃないかと疑っている。

 セリーには、信心とも言うべきものが全くと言っていいほど感じられないのだ。

 ……いや、ドーピングしてジョブを得ている俺が言う筋合いでもないのだが。

 

 こないだの休日、セリーはものまね士について図書館で調べてくれた。

 結果は、神話に出てくる神々や聖人の何人かが、ものまね士だったとすれば説明できるというものだった。

 まあ、それは良いんだが……神話に対する配慮や遠慮のようなものが、一切ないんだよな。

 なんというか、セリーはホラー映画だと長生きできないタイプだと思われる。

 

 そして俺の方も、ドープ薬で新たに得られたジョブは1つだけだった。

 アイテムボックスを拡張するために探索者、ボーナスポイントを増やすために遊び人、豪商の必要レベルが足りない可能性を考えて商人。

 そしてLv50で何か生えてこないものかと、武器商人・防具商人・奴隷商人を試したが、全滅だった。

 奴隷商人はアランもLv50になっていなかったし、結構期待していたんだが。

 

 〈セブンスジョブ〉の残りの1枠は、博徒・暗殺者・賞金稼ぎで迷って、今のままでも十分使い道のある博徒と暗殺者はやめておいた。

 そして結局、〈生死不問〉はもう使わないだろうと賞金稼ぎをLv50まで上げたのだった。

 

 

    狩人:Lv1

    効果:器用中上昇

      :腕力小上昇

      :MP小上昇

   スキル:生存限定

      :標的設定

 

 

 その結果、ホラー映画で活躍しそうなジョブが解放された。

 ただしキラー側だが。

 

 狩人のジョブの事はセリーも知らなかったので、魔物相手に実験してみた。

 〈生存限定〉は〈生死不問〉と同様に対象を選択するスキルで、それを使った後だと対象を殺せなくなるようだ。

 恐らく〈みねうち〉とか〈てかげん〉のようなスキルなのだろう。

 

 とてもじゃないが、人間相手に使う気にはなれない。

 普通に考えて、HP残り1になるような負傷を負ったら、そのまま痛みでショック死するか失血死するだろう。

 アバンの使徒の長兄は、はっきり言ってかなり人間辞めてるからな。

 

 ともあれ、『素手で魔物を倒す』とか『槍で魔物を倒す』、『毒で魔物を倒す』みたいな条件で獲得できるジョブがあるから、今後は同じ事を試すのは大分楽になるだろう。

 地味に面倒くさいんだ、これが。

 魔物は総じてタフだからな。

 

 〈標的設定〉も同様に対象を選ぶものだが、こちらは指定した相手がどこにいるのかがわかるようになる、という代物のようだった。

 パーティーメンバーの位置がなんとなくわかるような感じで、対象がどの方角にいてどれくらい離れているかがわかるようになるのだ。

 当然迷宮で使うものではなく、盗賊相手とかに輝くスキルだろう。

 

 ベイルの町で盗賊退治した時にもこれがあれば……いや、でもロクサーヌがいるからなぁ……。

 

「ロクサーヌさんも、帝都で買い物とかしたかったんじゃないでしょうか」

 

 考え事をしていると、セリーがそう言い出した。

 連れて来なくて良かったのか、ということだろうか。

 

 ……多分、ロクサーヌはセリーに気を使ったのだと思う。

 ロクサーヌ達に釣り竿を贈ったが、結局給料から自分たちで分割払いをするという話に落ち着いたわけで。

 そのロクサーヌがついていったら、セリーも分割払いすると言い出しかねない。

 

 ……という話を、本人がいない所でするのもどうかと思うので、

 

「とはいえ、買い物するような場所ではなさそうだが」

 

 と誤魔化した。

 

 実際この辺りは、魚醤を買った怪しい通りとも、釣り竿を買った釣具屋があるエリアとも違う。

 並ぶ家々はどれもこぢんまりしていて、はっきりいってボロい。

 

「この辺りは、帝都でも職人達が集まる街区です。

 冒険者の方なんかには、あまり縁がない場所だと思います」

「なるほど」

 

 カタリナがしてくれた説明に納得する。

 江戸でいうと神田辺りだろう。

 何百年か後にはメイド喫茶がいっぱいできたりするのかもしれん。

 

 などと辺りを見渡していると、作業着姿っぽい少年が走ってきた。

 そしてカタリナとセリーを見つけると歩調が緩くなって……俺の顔を見たら慌てて顔を背けて走り去っていった。

 どこかの工房の丁稚かな。

 

「ちょっとこの服装で来る所じゃなかったかな」

 

 俺とセリーは、古着とはいえそこそこの値段がした民族衣装を着ている。

 社交辞令だとしても、公爵達にも褒められたほどだ。

 秋葉原だったらさして目立たないかもしれないが、ここだとどうだろう。

 

「まあ、騎士団も巡回とかはしていると思いますし、おかしな格好ではないと思いますが」

 

 つまりはそういう階級の人と見られるわけか。

 カタリナも余所行きの商人風の服装をしているが、3人まとめるとどう見えるんだろうか。

 盗賊にカモだと思われたくないから始めた服装だが……もしかして、一般人にはビビられるのだろうか。

 

 ちょっと黄昏れていると、前方の建物から大勢の男達が出てきた。

 全員、ちょっと顔が上気している様子だ。

 建物の煙突から煙が出ている……ペルマスクのガラス工房みたいだな。

 

 ここは何の工房だろうかと建屋を見ていると、カタリナが「公衆浴場ですね」と看板を指差した。

 

「……公衆浴場があるのか?」

「えっと……はい、ございます。

 この時間ですと、朝の割安料金の時間が終わった頃でしょうか」

 

 風呂は王侯貴族くらいしかしないと聞いていたのだが。

 

「多分、ご主人様が考えているものとは違います。

 蒸気が充満した部屋に籠もって、汗と一緒に汚れを落とすのです」

 

 セリーの話では、大きな都市には結構あるものらしい。

 なるほど、風呂は風呂でもサウナ風呂か。

 

「人が密集すると病気が流行りますから、汚い身なりでうろついてると騎士団にしょっ引かれます」

 

 ……コワイ!

 市民、清潔は義務です。

 

「や、やっぱりきちんとした服装をした方がいいな」

「そうですね」

 

 心持ち背筋を伸ばしながら道行きを再開してしばらく、

 

「御主人様、こちらになります」

「おおっ、これはすごい」

 

 カタリナが示す工房に入る。

 そう広くない店内だが、半二階構造になっていて上にも下にもずらっと家具が並んでいる……というより、詰め込まれているといった感じだ。

 

 戸棚、食器棚、本棚、飾り棚、テーブル、椅子。

 所狭しと並べられたそのどれもが、微妙に小さい。

 まるで巨人にでもなったような、そんな非現実感があるのだ。

 

 テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなぁ~。

 

「とはいえ、ちょっと歩きにくいな。

 カタリナは大丈夫か?」

「はい、杖はちょっと使えませんですけれど」

 

 背の低い家具がいっぱいあるので、カタリナはそれを支えに歩いていた。

 意外とバリアフリーだな。

 つまり、カニ歩きしないといけない俺が一番不自由か。

 

 大規模なジオラマの中にでも入り込んだ気分で店内を見て回って――見つけた。

 

「おっと、この書斎机は良さそうじゃないか?」

 

 明るい色の無垢材の、作りは完全に学習机だ。

 天板に世界地図を置きたくなるな。

 

「ええと、確かにとても良い品のようですが……」

「セリーには書き仕事も任せているからな、ちゃんとした机があってもいいだろう。

 いや、あるべきだ」

 

 こういう時は遠慮されてしまうから、グイッといく。

 セリーは「いや」とか、「しかし」とか言いながら唸っている。

 多分、不要ならはっきり言うタイプだと思うから、これは欲しい時の反応だと思う。

 

「その……こちらの作業台ならベッドの上に載りそうですから、それで十分だと思うのですが」

「やめておけ、猫背になって腰を痛めるぞ」

 

 それは在宅勤務1年目の俺が通った道だ。

 

「ですが……置く場所が――」

「――うむ、セリーがベッドの上に台を載せようとしてるのは、俺が私物はベッドの上段にしまうように言ったからだよな?」

 

 そう確認すると、セリーがこくりと頷いた。

 

 この世界の奴隷は、基本的に私有財産というものがない。

 故に服も装備も俺が貸与しているという形になるが、それだといちいち俺が何が必要かを確認してやらないといけない。

 化粧品とか生理用品とかもだ。

 

 そうなることは予想ができたので、明確に場所を区切って私物を認めるようにしたわけだ。

 法的にどうなるかは知らんが。

 ともあれ、それと給料を渡すから細々したことは自分でやってくれ、というのが基本方針だ。

 

 そしてベッドの上段にと言ったが、それはあくまで荷物を置きやすいのがそこだったというだけだ。

 ベッドの下に置いても構いやしない、掃除するのだって彼女たち自身だ。

 行間を読んで察していただきたい。

 

「なんにせよ、ベッドがあるスペースに収まるなら、それはセリーの私物だ。

 そうだろう?」

「えーと……そうですね?」

 

 俺の完璧なロジックにセリーが完璧に納得したことが完璧に確認できたので、懐から紐を取り出す。

 

「カタリナ、こっち側を持ってくれ」

「はい、かしこまりました」

 

 紐はメジャーの代用品だ。

 ロクサーヌに頼んで、3箇所に印がつけてある。

 短い方から、二段ベッドの内寸の奥行き・高さ・横幅だ。

 

 ……うん、やっぱりこのサイズなら余裕だな。

 

「下段のベッドを外して、この書斎机を収める。

 なかなか機能的だとは思わないか?」

「お、おお……確かに」

 

 機能的には、現代にも通じるシステムロフトベッドだ。

 この発想、この時代にはまだあるまい*3

 

 セリーは目を輝かせている。

 さもあらん、俺も欲しいくらいだ。

 なにしろ俺の部屋は、半分以上占有済みだからな……ダブルダブルベッド(ダブルベッド2つ)に。

 

「しかし……かなり良い値がすると思いますが……」

 

 もう一息だな、ここは――

 

「――おっ、カタリナ。

 このサイズなら、追加であそこにある本棚も収まるんじゃないかな」

「ああ、そうですね。

 見たところ、高さも手頃そうです」

 

 と、カタリナと移動しようとすると、セリーに袖を掴まれた。

 

「そ、そちらは給料が貯まったら自分で買いますから」

 

 ふふふ、言質取ったぞ。

 つまり書斎机に関しては、大人しく俺に奢られてくれるということだな。

 上手いこと話を合わせてくれたカタリナにアイコンタクトすると、薄っすら微笑まれた。

 

「では、お店の方は奥にいるようですから、値段を確認して参りますね」

「ああ、頼んだ」

 

 器用に家具の谷間を縫っていくカタリナを見送る。

 

 すると、また袖口をちょんちょんと引かれた。

 引っ張られた方を見下ろすと、セリーが目一杯背伸びしてこちらに顔を寄せてきていた。

 ……なんだこの可愛い生き物。

 

 抱き上げたい衝動を押さえて、しゃがんで耳を寄せると、

 

ハンナさんとカタリナには褒賞は出さないんですか?

 

 ああ、それかぁ……。

 2人はペルマスクでの鏡や宝石の売買に大きく貢献しているわけだから、セリーに褒賞を出すなら同じようにしないと筋が合わない。

 しかし、

 

以前断られた

 

 あの2人は、まだ傷跡が生々しい状態を半ば助ける形でパーティーに迎えた。

 どうもそれで、恩返ししている認識らしいんだよな。

 給料を渡すのも苦労したし。

 

まあ、考えはある

 

 そう言うと、セリーは「そうですか」と引き下がった。

 

 ペルマスクでの歯ブラシや石鹸の取引が上手くいけば、それを口実にするつもりだ。

 鏡やコハクは俺が紹介状を貰って、俺の〈ワープ〉で行った取引だ。

 だが、歯ブラシや石鹸は基本的に2人に任せているものだ。

 

 それをハンナが〈フィールドウォーク〉を使って売りに行くなら、それで得た利益は当然母娘に還元するべきものだ。

 完全に偶然だが、ハンナを冒険者にできたのは幸いだった。

 

 そしてベスタを無事に迎えることができたら、ハンナはパーティーから抜けてしまう。

 だが、冒険者なら自分のパーティーを持てるわけだ。

 さすがに荒事は無理だろうが、交易ならできるだろう。

 

 基本的に穏やかで楚々とした美人だが、ハンナは結構ギラついているところがある。

 彼女がどんな風に稼ぐのか、それを見るのはちょっと楽しみだと思う。

 

 ……あれ? 当然のように冒険者でレベル上げているが、商人ギルドで不便してないのだろうか?

 何も言われてないから、そのままなんだが。

 

「御主人様」

 

 カタリナが戻ってきた。

 店主らしきおっさんも一緒だ。

 

 店主はこんな店をやっているから当然だが、ドワーフのようだ。

 トールキン作品に出てくるような、立派な髭を蓄えているザ・ドワーフだ。

 そして厚みはともかく、セリーより小柄だな、カタリナと比較するとよくわかる。

 セリーはドワーフとしては背が高いと言っていたが、本当だったのか。

 

「店主殿、この書斎机はいくらだろうか?」

「それか……2000ナールくらいだったかな」

 

 くらいってなんだ、だったかなってなんだ。

 つーか釣り竿の半分じゃねえか。

 ……俺はロクサーヌ達にとんでもないものを押し付けてしまったのでは。

 

「随分安いな」

「ふんっ! ここにお貴族様やお偉い司祭様が使うような品が置いてあるように見えたかよ」

 

 別に貶したつもりはなかったのだが、怒られてしまった。

 

「すまない、侮辱したつもりはなかったのだ」

 

 俺としては『あらやだ、お得だわ』くらいのつもりだったのだが、金額がそのまま製品の評価額とすれば、安い=良い製品ではないという意味になるかもしれない。

 デフレマインドから脱却しなければなるまい。

 

 そのためにも昇給だ。

 今度新規要員が入るのだし、管理工数も増えることになる。

 つまり昇給だ。

 

「彼女も気に入ってくれたようだ。

 こちらを譲っていただきたい」

「ふん」

 

 否定とも肯定ともとれない、というか返事ですらないが、一応頷いた……気がする。

 気が変わって「帰れ」と言われる前に、さっさと金を渡すことにした。

 あまり高いようなら予約だけして夏に支払うよう交渉するつもりだったが、そんな値段じゃないしそんな空気でもない。

 

「銀貨20枚だ、確認してくれ」

 

 おっさんは無言で金を受け取ると、「よいしょ」と近くにあった小さいテーブルに座って金勘定を始めた。

 ……いや、テーブルじゃないな。

 色々と縮尺がおかしいから見間違えていたが、あれは椅子だ。

 バーカウンターにあるような、スツールというやつだな。

 

「店主殿、今座っているものだが、それは?」

「ぁ゙ぁ? 俺達用の椅子だよ。

 人間族のテーブルは、どれもこれも(たっけ)えからな」

 

 なるほど、ドワーフ向けの家具が置いてある店だが、人間に混ざって暮らすドワーフ向けの家具も扱っているわけか。

 なかなか素晴らしい店じゃないか。

 

「彼女に試してもらいたいのだが、構わないか?」

「ふん、好きにしな」

 

 おっさんがドスンと降りたので改めて確認するが、完全にスツールだ。

 座面も回転するし、足をひっかけるための段差もある。

 椅子を引かずに横から乗り降りできるから、ドワーフ用の椅子がこういうタイプになるのは納得だな。

 おっさんの尻のぬくもりが残っていることを除けば完璧だ。

 

「セリー、これは良さそうだぞ。

 座ってみてくれ」

「はあ、わかりました」

 

 戸惑っていたセリーだが、座って座席を回転させると、目を輝かせた。

 

「臼みたいですね。

 でもどうやってこんなに滑らかに……」

「かすかにだが、ゴロゴロ転がる音がするな。

 ボールベアリング――いや、軸受が入ってるのだろうか」

 

 きょとんとした顔で「軸受?」と言うセリーの前で、ポンと手を合わせる。

 

「面と面の間に溝を彫って、球体を噛ませるんだ。

 そうすると球体が回転して、動かしやすくなるというわけだな」

 

 と、手をこすり合わせるように回しながら説明する。

 手と手の軸と軸を合わせて軸受、南~無~。

 

「へぇ、人間族のくせに詳しいじゃねえかよ」

「……どうも」

 

 公爵もたまに出るけど、人間族に対する当たりが厳しいよな。

 令和の言葉遣いが優しすぎるだけかもしれんが。

 いや、令和の言葉狩りが厳しいのかな。

 

「では店主殿、これも――」

「――いえいえ、こんな良いものまでいただくわけには」

 

 また遠慮してしまうセリーだが、「居間のテーブルはちょっと高いだろう」と言うと、言葉に詰まった。

 

「無理な体勢で生活してると、肩と腰を痛めるぞ。

 ……あれは辛いぞ、何をするのも億劫になる」

「そうだぞ、アンタもいい歳なんだから、関節を労んな」

 

 ここでどういうつもりだか職人のおっさんも援護射撃を始めたが、

 

悪いが、彼女は耳は細いがまだ15でな

「あー……すまん

 

 おっさんはごにょごにょと口を動かしたあと、そっぽを向いて、

 

「まぁ……値切りせずに買ってくれたしな。

 それはタダで持ってっていいぞ」

 

 アンタは自分の仕事の成果を高く売りたいのか安く売りたいのかどっちなんだ。

 気分で仕事してんじゃないよ。

 

「若いなら、なおさら腰を大切にせにゃならん。

 子供を生む時に苦労するぞ」

「はぁ……」

 

 セリーの耳がげんなりと垂れた。

 

 いやー、すごいわ。

 この令和のコンプラじゃ許されないノリ。

 ……俺は本当に異世界に来たんだなぁ。

 

 何はともあれ、目的のものは満点以上の品を手にすることができた。

 ……さて、これをどうやって外に運ぼうかと店内を眺めて途方に暮れていると、

 

「アンタは騎士団員か? 冒険者か?」

「騎士団員ではないが、冒険者だ」

「帰るなら、そこらへんにある棚でも衝立でも適当に使っていいぞ」

 

 うーん、アバウト。

 

 

 

     ハルバーの迷宮

   二十五階層 ボス部屋

 

 翌日から、またボス周回を再開した。

 皆のおかげもあって、周回速度も上がっている。

 特に――

 

「やった、です」

 

 ――ミリアがまた決めたな、石化だ。

 〝痺縛(ひばく)のエストック〟に〈石化添加〉を付与して以来、暗殺者のミリアの貢献度が爆上がりしている。

 その上、石化状態になると魔法ダメージが上がるのだ。

 その時の消耗具合でMP回復したり魔法で押し切ったりと様々だが、さっきも決めてくれたからまだ回復は不要だな。

 

「このまま魔法で倒す」

「はい」

 

 ロクサーヌ達も構えを解いた。

 実質戦闘終了だ。

 

「カルメ焼き、みたい、です」

「丸くなったタマのようにも見えますけれど」

「ボーデのお城が建っている山を麓から見ると、こんな形だったような……」

 

 石化したゼリースライムを見てあれこれ言うのも恒例だ。

 固まる度に形が違うから、これがちょっと面白いんだ。

 さっきなんてそれはもうすごい――おっと、クールタイムが明けたな。

 

 以前希望されたように、ロクサーヌとセリーも暗殺者になれるようにレベルを上げた。

 2人とも比較的上がりやすいLv30までは上げてみて、痺縛のエストックを使い回してもらったが、ずっと暗殺者のままのミリアに比べると目に見えて決まる回数が違ったのだ。

 敵が強くなるにつれて状態異常耐性も上がるらしいから、そうなると兼業暗殺者では効果が薄いかもしれない。

 なかなか悩ましい結果だ。

 

 悩みは今後に先送りする事にして、結局2人には獣戦士と鍛冶師に戻ってもらっている。

 

 さて、もうすぐ夕食の時間なのだが、その日はまだレベルが上がっていなかった。

 そろそろだと思うんだが……と、悩ましい形をしたゼリースライムを倒して確認すると――

 

 

   【ジョブ設定】

      遊び人:Lv81

       英雄:Lv47

     魔法使い:Lv50

      冒険者:Lv37

    ものまね士:Lv37

     付与術士:Lv32

       村人:Lv31

       盗賊:Lv31

      探索者:Lv83

       商人:Lv73

       剣士:Lv50

       戦士:Lv30

    薬草採取士:Lv30

       僧侶:Lv53

       農夫:Lv31

      料理人:Lv33

     錬金術師:Lv52

       色魔:Lv40

     奴隷商人:Lv53

     武器商人:Lv53

     防具商人:Lv53

     賞金稼ぎ:Lv52

       騎士:Lv50

      暗殺者:Lv31

       博徒:Lv32

       沙門:Lv31

      聖騎士:Lv31

       剣豪:Lv31

       狩人:Lv30

       村長:Lv30

      魔道士:Lv1

 

 

「――ぃよしっ! 魔道士が出たぞ」

 

 まだかまだかと待ちわびていたものだから、ついガッツポーズが出てしまった。

 すぐにロクサーヌとミリアが、『おめでとうございます!』と言ってくれた。

 焦れてたのを見透かされていたのかもしれない……恥ずかしいな。

 

「周回回数の少なかった84日の終わり頃にLv46になって、それから85日、86日、87日、そして今日と1レベルずつ上がってます。

 戦闘時間自体は短くなっていますが、レベルが上がるまでの時間は徐々に長くなっていましたね。

 レベル毎に、戦闘回数は大体3割増でしょうか」

「そんな感じだったか。

 ありがとう、セリー」

 

 必要経験値が当然増えるのに加えて、レベルが上がるにつれて取得経験値も減る気がする。

 ボスは結晶化速度も早いみたいだし、経験値も多いんじゃないかとは思うが。

 

 さぁて、

 

 

   魔道士:Lv1

    効果:知力中上昇

      :MP小上昇

      :精神微上昇

      :体力微上昇

   スキル:中級火魔法

      :中級水魔法

      :中級風魔法

      :中級土魔法

      :下級氷魔法

      :下級雷魔法

 

 

 ……この盛りに盛られた〈鑑定〉画面、間違いなくゴスラーと同じものだな。

 

「早速だが、魔道士を試してみたい。

 ちょっと遅い時間で悪いが、付き合ってくれ」

「はい、もちろんです」

 

 そう言ってくれるロクサーヌ達に、もう一度「悪いな」と言ってから二十六階層に移動して、すぐ二十五階層にとんぼ返りだ。

 とりあえず遊び人には適当に〈中級火魔法〉を設定して、ものまね士も当然魔法使いから魔道士に変更だ。

 

「魔法の名前は確か、バーン、アクア、ウインド、ダート、アイス、サンダーの6種類だったよな?」

「はい、それで間違いないはずです。

 ボール、ストーム、ウォールについても同じだそうです」

 

 以前から調べてくれていたセリーに確認して、これで準備は完璧だ。

 

 

   ゼリースライム

     Lv:25

 

 

 

    グミスライム

     Lv:25

 

 

 

    グミスライム

     Lv:25

 

 

 そしてお誂え向きに、弱点属性盛り沢山のスライムオンリー編成だ。

 迷宮さんも俺が魔道士になったことを祝ってくれているようだ。

 ありがとう、これからも頑張って魔物を倒すよ。

 

「バーンストーム、アクアストーム、ウインドストーム、ファイヤーストーム」

 

 これはすごい、アクアストームの時点でゼリースライムしか残らなかった。

 火花が散る程度の〈ファイヤーストーム〉に比べて〈バーンストーム〉は炎が巻き立つ派手なものだが、威力も派手だな。

 少なくとも倍の威力はあるようだ。

 ……MP消費も相応に大きい感じだが。

 

 クールタイムが明けるのを待って、一応〈ダートストーム〉も確認するが、これは弱点属性じゃないから1発だけだ。

 あとは〈バーンボール〉をバーンバーンバンバーンと撃っていたら、すぐゼリースライムも溶けてしまった。

 

「さすがはご主人様です」

「時間は半分、いやそれ以下ですか」

「すごい、早い、です」

 

 回数も増えたから、それもあってかなり早くなったな。

 付与術士Lv32から魔道士Lv1に変えた分、魔法攻撃力自体は多少落ちているかもしれないが、全然気にならなかった。

 いや、ものまね士Lv37が実質魔法使いLv37から魔道士Lv37になったはずだから、むしろ攻撃力も上がっているかもしれない。

 

 それを考えると……、

 

「魔法使いは外しますか?」

 

 頭の回転が早いセリーも、同じ結論に達したらしい。

 

「うーん……そうだな、そうなるか」

 

 遊び人、冒険者、英雄、ものまね士、魔道士、ここまでは確定として……。

 〈シックスジョブ〉の残る1枠に、属性攻撃に耐性がつく付与術士か、回復できる沙門か。

 これはディフェンシブな選択だな。

 

 雷魔法は麻痺の状態異常の付加効果があるらしいから、俺が暗殺者になるというのも選択肢か。

 〈下級雷魔法〉の麻痺効果に〈状態異常確率アップ〉が乗るかはわかっていないから、試してからだが。

 

 今の金策が終われば〈結晶化促進十六倍〉の分のボーナスポイントが浮かせられるから、〈クリティカル発生〉のある博徒にして〈クリティカル率二十パーセント上昇〉というのもありだ。

 しかも博徒には〈状態異常耐性ダウン〉もあるわけだから、俺以外暗殺者集団になって状態異常とクリティカルの乱舞祭りも開催できる。

 石化して魔法ダメージが上がったところに弱点属性の中級魔法を叩き込んでクリティカルが発生したら……えらいこっちゃで。

 

 やり直しができるゲームなら、この博徒&暗殺者ズのアウトレイジ(全員悪人)ビルドを選ぶだろう。

 だがやり直しができないなら、俺は固定値の忠実な信徒でいたい。

 それに年齢的に俺が最初に引退するわけで、そうなって以降のことも考える必要がある。

 

 ……まあでも、一度は試してみよう。

 一応な、一応。

 

「とりあえずは色々試してみるとして、明日明後日は引き続き魔法使いのレベルを上げてみよう。

 Lv50を超えると、どれくらいレベルが上がりにくくなるのか……これは今度を考える意味でも重要になると思う」

「なるほど、魔道士の更に上ですね」

 

 ゴスラーは魔道士Lv61だったから、魔道士の上があるとすればLv70とかだと思う。

 だが、レベルは10毎に必要経験値がガタッと上がる感じがある。

 だからそこまでいくのにどれくらい要するか、という目星をつけるのは重要だ。

 そして、Lv50を超えてあまりにも育つのが遅くなるようなら、引き出しを増やす意味で他のジョブを育てるのも考慮すべきだろう。

 

「では、悪いが今日はもう少し付き合ってくれ。

 実験したいことが色々とある」

『はい!』

 

 今日の残業手当はどうしようかな。

 あまり中途半端にすると面倒臭いんだが……昇給と一緒に思い切って奮発しようか。

 

*1
 〈フィールドウォーク〉の詠唱は原作になかったので、でっち上げました。

 参考までに、〈ダンジョンウォーク〉は「入り組み惑う迷宮の、勇士導く糸玉の、ダンジョンウォーク」です。

 この詠唱の『糸玉』は、ギリシャ神話のアリアドネの糸の事でしょう。

 なので〈フィールドウォーク〉は、ヘンゼルとグレーテルで帰宅に使われた白い小石から『白石』としました。

*2
 原作漫画版6巻の161ページに、セリーとロクサーヌが道夫君の正面に着席しているシーンがあります。

 ロクサーヌはテーブルの上から見える肘の角度がほぼ直角になっていますが、セリーは肘をテーブルに載せず、指先だけが見えています。(原作漫画すごい! 描写が細かい!!)

 これは明らかに食事に不便をきたす高さですし、テーブルの上で書き物をするのも当然不便でしょう。

*3
 一説には、システムロフトベッドは1950年代から60年代のアメリカにて、ベビーブーム世代の大学寮で省スペース化のために発明されたと言われています。

 その後、より省スペースな家具の需要がある日本にも伝来し、より洗練されたそうです。

 この世界においてですが、地球の中世同様に書斎机は高級品であることを想定しています。

 そしてそんなものを使う階層の人は、二段ベッドと組み合わせて省スペース化に励んだりしないんじゃないかと思います。

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