【姉の子】 作:双子の妹
『ほんと、本当に申し訳ありません!!!!直ぐに向かいます!!!!』
「あ、いえ…………その、そちらが今大変な時期なのは何となく分かってますから」
ルビー達が朝ごはんのデザートを嗜んでいる最中、何とか隙を見て抜け出したマイはミヤコに連絡を取っていた。実は昨夜に連絡先だけ交換していたのだ。
かなり慌てている様子で、電話越しに車のドアを開ける音が聞こえる。双子とはどういう関係なのか全く分からないが、昨夜や今の対応を見るに大切にはされているようだ。
あちら側の状況を思えば、青天の霹靂のような出来事があった翌日の朝に幼子二人が姿を消しているというのだから心臓が飛び出るような思いだっただろう。
涙ぐむような小さな声で「……でも良かった」と聞こえて来た時には思わずこちらもウルっもきてしまったが、医者の卵としてあわや大事故に繋がりかねない"ながら運転"を許すことは出来ない。
「じゃあテレビでも見せて待たせておきますから、気をつけて」
電話を切り、側にあった自動販売機でテレビカードを購入する。ついでに双子への飲み物も確保しつつ戻ると二人は既にデザートまで食べ終わって手持ち無沙汰なのか、さっそくテレビを点けようとしている所だった。
「あっれぇ?テレビがつかないんだけど。壊れてるのかな?」
「あぁ、病院のテレビはここにテレビカードって言う……そうだな。テレホンカードみたいなものを入れないと繋がらないようになってるんだ」
「え?そうなの?(私の部屋じゃそんなことなかったけど、個室だからなのかなぁ?)」
キョトンとするルビーに対して原理を理解しているアクアは自信ありげに解説する。
「懐かしいなぁ……昔はもっと大きな機械でタンスと一体化してたんだよ。いつの間にかこんなにちっちゃくなっちゃって……」
どうにも爺臭い……と言うか、言葉に年月が乗っかっているような気がしたが、こういうのが好きなんだろうか?
「ここだけの話だぞ?ここにある配線を」
出るタイミングを逃してしまい暫く見守っていると、
「本来はお金を払わないと見れないようになってるがこれには裏技があってだなぁ……」と何やら含みある笑みを浮かべてテレビの裏側へと手を伸ばしだしたのでマイは慌ててテレビカードを差し出した。
「だめだめ!何をしようとしてるかは分からないけど、勝手に弄くったらだめでしょ!ほら!テレビカード買ってきたから!」
「え、いや……別に本気でやろうって訳じゃ」
「もうっだめだよ~お兄ちゃん。そんなズルしたら」
「う、おぉ…………ごめんなさい」
マイはそのままテレビカードを挿入してテレビを点けた。
今日は幸いにも日曜日であったが、この時間帯、アニメや特撮はもう終わってしまっている。取りあえずいいともでも見るかとチャンネルを切り替えようとして、リモコンを握る私の手が止まった。
『えードーム公演を当日に控えた早朝。自宅に侵入した容疑者に刺され一時重体となったアイドルグループB小町のアイ。今朝になって彼女が姿を表したと情報がありましたが、真偽は不明であり果たして彼女の安否は…………』
「…………はえ?」
でかでかとアイの写真が乗せられ、
まるでそれは、ありえないファンタジーをぎゅうぎゅうに詰め込んだ物語の導入のようで、ワクワクするよりも、身の毛もよだつ恐怖が背筋を凍りつかせた。
「あ、アクア……」
「クソッ!なんでここだってバレた!?」
シャー!
アクアがカーテンを勢いよく閉める。
どうにも現実味が沸かず、マイはベッドに座り込んだ。
B小町の人気ソングである『サインはB』が背景に流れながら、事件について語られる。
人気アイドルのアイ。会ったことはない血の繋がった双子の姉。存在を知ったのはつい最近だったし、それほど思い入れがあったわけではない。けれどいつかは会って話してみたいと思っていた。
どうやって突き止めたのか、自宅に押し入ったストーカーに刺されて昨日、この病院へ緊急搬送されたらしい。
「ま、ママ?その……ね、ドームは延期にすればいいんだよ!大丈夫だよ!きっとファンのみんなも分かってくれるよ!」
マイに寄り添うようにルビーが背中をさすり…………ピタッとその時、何故彼らの母親に間違えられているのか、謎だったピースが埋まった。
まさか……この子達はアイの子?
一瞬まさかだと思った。現役アイドル。それも来週でやっと二十歳になるアイドルに子供だなんて。
馬鹿馬鹿しいと普段なら考えもしなかっただろう。だが、マスコミのカメラを避けるようにカーテンを閉めたアクアや今まさにテレビに映るアイをマイのことであるように語り、元気付けてくれるルビーを見て、単なる他人の空似で言っているわけではないのではと、マイは若干震えるような声で二人の名字を聞いた。
「星野アクア、マリン」「星野ルビーだよ?」
星野……星野だ。珍しくはない。離婚したマイの両親が互いに興味を持った切っ掛けが同じ姓だったことだそうだし、探せば簡単に見つかるのだろう。
けれど、自分やアイそっくりの顔立ちをした双子を見て、それが決定打に欠けるとはとても思えなかった。
「……………………」
「不味い……不味いぞ。これは」
カーテンの隙間からチラリと、蟻のように群がるマスコミに焦りを覚えるアクア。
「え、何が?アイは生きてました!パチパチ~じゃないの?」
「…………かもな。だけど、僕たちの存在がバレたら大変なことになる」
その言葉にはっとなるルビー。彼女は放心状態にあるマイの腕を掴むと叫んだ。「逃げなきゃ!」「ばか!やめろ!」それをアクアが止めた。
「なんで!?」
「何でも何もこの人は!…………いや、それこそ俺たち三人でいるところを撮られたらアウトだ!」
とても苦しそうな顔をしていた。妹に残酷な現実を知って欲しくないのだろう。
「なら、私たちだけで帰ればいいの?そしたらママにも迷惑かからない?」
マイの腕を掴んだままのルビーは不安を隠せないでいた。
分かってはいたことだ。自分たちの存在がアイというアイドルの評価を貶めるということは。
バレたらアイがこれまで積み上げた全てが無に帰してしまう。
だからここでアイと別れるのが正解なのだが、どうしてだろうか?今ここで彼女と別れてしまえば永遠の別れとなるような気がして、気が進まなかった。
「ママは帰ってくるよね?来週になって退院したらまた家に帰ってくるよね?」
ルビーからの問い掛け。こればかりは安易に受け答えするわけにはいかなかった。
「………………」
だが何て言ったらいいか。ここで母親でないから無理ですとは口が裂けても言えなかったし、都合よく誤魔化す文句は言い浮かばない。
「……えっと。その…………」
「ママは私たちを見捨てたりしないよね?」
中々返答しないマイに焦れたのか、涙目になってすがり付くルビー。
その時マイの脳内には、片親であることや母親がいないことでいじめられた幼少期の記憶が思い浮かび上がった。
「なんでマイちゃんはお母さんじゃなくてお父さんが来るのぉ?」
「知らないの?マイちゃん家って離婚してるんだよ」
「ええ?でも普通お母さんの方に着いて行くんじゃないの?」
「もしかしてマイちゃん。お母さんに捨てられたんじゃない?子供の癖に先生にも色目使ってさ、そんなビッチはうちの子じゃありません!的なww」
「違うもん……マイ、捨てられてないもん!」
「…………う、うん。当たり前でしょ?ママは自分の子供たちのことが一番大切なんだから!」
それはマイがそうであって欲しかったことだ。少なくとも父親と電話でよく口論になっていた女の人が母親だと知るまでは子供は母親に愛されて当然だと思っていた。
「会いたくない」、「こっちはもう手一杯」だと、勇気を出して連絡した先で顔も知らない肉親に拒絶されたトラウマは今でも夢に出る。
「大丈夫……大丈夫だよ。ママはどこにもいかないからね……」
マイはルビーとアクアをそっと抱き寄せた。
この子たちには何の罪もない。私と同じ経験をする必要はないと…………その日、彼女は自分の存在を捨てる第一歩を踏み出してしまった。
そして翌日にアイの葬儀が執り行われ、星野アイの死は公然と知られることになったが、それとほぼ同時期にネットに一枚の写真が公開された。
それは患者衣を着たアイの姿であり、撮影時刻には死亡が確認されていた筈である。
アイの死を受け入れらない人たちは思った。実は何らかの理由があって死を擬装しているだけで、アイは生きているのではないか、怪我の後遺症でアイドルを続けられなくなって精神を病んでしまったのではないかと、根拠のない生存説をネット上にいくつも展開し、反論するものがろくにいないものだから、いつしかその波が広がって、アイは生きているというまやかしが世間にうっすらと浸透していくようになっていった。