【姉の子】   作:双子の妹

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星野父

それは良く晴れた夏の日だった。

前日までの梅雨の影響でベチョベチョになった校庭を力強く踏みしめる音が複数聞こえる。

明日は天気予報では晴れの予想と出ていたが、果たして本当なのかと前日に分厚い雲を見上げながら子供たちによって大量に生産されたてるてる坊主が、校舎の窓際で心地良さそうに笑っていた。

 

 

『さぁさぁ最終ライン!ゴールテープを切るのは赤組か白組か!―――赤組の星野君速い!白組の星野さんも負けてないぞ!おっと!ここにきてまさかの兄妹対決!一騎討ちだ!果たして決着は~!!!!』

 

「やったー!私の勝ち~!!!!」

「ハァ……ハァ……くそっ。コーナーで足さえとられなければ………」

 

汗水流しながら少年少女が各競技で競い合う大会。運動会・小学生の部である。

私、星野マイが二人の母親となって早二年目。

その間に苺プロで働くことになったり、引っ越ししたり、実母と父が喧嘩したりと色々あったが、アクアとルビーの初めての運動会ということで、張りきって重箱弁当を用意してみた。

 

 

「ルビー1位おめでとう!速かったぞ!アクアも流石だね、転けそうになったのに上手く持ち直した!」

 

「あ、ママ!」

「かあさん?……て、何だよ。その格好」

 

二人がいるテント先にお邪魔してみればアクアに不審な目で見られた。

体のラインが分からないダボダボの服にフェイスガード、アームカバーそして髪を痛めないようにまとめて頭をすっぽりと覆う麦わら帽子と、確かに普通の紫外線対策にしてはちょっと過剰にみえるかもしれない。

私の場合は変装も兼ねているので、これぐらいやらないと意味がないのだが、今回初めて見たにしては二人とも直ぐに気づいてくれた。

 

「はぁ。男は分かってないね。乙女にとって日焼けは天敵。いくら対策してもキリがないの」

「にしても、これはやりすぎ…………いや、そうだな」

 

星野アイが亡くなってから二年経った今でも、星野アイが実は生きていると信じる人たちは多い。それは私がタイミング悪くアイが亡くなったあとに撮られてしまったからで、ネットにはその事について定期的に記事が上がったりしている。

公的には死亡扱いになっている故人についてメディアが大々的に取り扱うことはなかったが、時折苺プロにはうさんくさい雑誌の記者を名乗る男が鎌をかけてくる。

ミヤコさんは問題ないと言うけれど、普段でも出歩く時はサングラスとマスクはするようにしているし、小学校の運動会ならB小町が直撃世代の人も多いだろうと、いつもより念入りに対策してしまった。

 

「次の二年生の部が終われば昼休憩でしょ?私はあそこにテント張ってるからね。お弁当は……ふふふっ、楽しみにしててね!」

「うん、分かった!」

「ありがとう。分かったよ母さん」

 

 

テントに戻る。

残念ながら今回これたのは私だけである。二人の父親は探してはいるんだけど、全く手掛かりがなく、ミヤコさんは会社のトラブルで急遽来れなくなった。

その為、父が昔買ったテントを引っ張り出したはいいものの、組み立てるのは本当に骨が折れた。途中で諦めてしまおうかと思ったが、隣の家族が手伝ってくれて何とか組み上げることが出来たのだ。

 

「…………」

 

五人ぐらいが優に寛げるビニールシートに腰掛け、始まった二年生の部を何となくで見る。

そしてそれを応援しているアクア達を見ていると欠伸が漏れた。今日は朝から頑張ったし、その疲れが出てきているのだろう。

 

いけない。そう思って眠気覚ましのコーヒーでも買おうと自動販売機に向かうと、同じような人がたくさんいたのかコーヒーやエナジードリンクだけ品切れ状態になっていた。

 

近くにコンビニもあるけどそこまで行っていたらお昼休憩になってしまうかもしれない。これは気合いを入れるしかないかと「あの、もしよかったら。これ貰ってくれませんか?間違って買いすぎちゃって」

 

 

――――――私はそこで恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星野マイが星野兄妹の母親になってから2年の月日が流れた。

あれからアクア達は苺プロ所属の子役タレントになって、マイはその子役部門のリーダーとしてマネージャーの仕事をしている。

元が大学生でアクア達を養う為に無理繰り就職して与えられた職業がこれだったのだ。

当時の苺プロ所属の子役はアクアとルビーしかいなかったのでろくに仕事が回ってこず、三人とも暇を持て余していたが、せめて子育てに集中出来るようにというミヤコなりの優しさだったのだろう。

 

本人はいきなり閑職に追い込まれたようで少し気まずそうにしていた。

 

なら僕たちが良い感じに頑張ろうと奮起した二人だったが、ルビーはどうにも空回りして仕事を得ることが出来ない。

アクアもアイが亡くなってから子役として出たのは数回程度、その中でも五反田泰志という監督のコネで一応映画の主演もやらせて貰ったが興行収入は振るわなかった。

脚本が悪かったわけではない。アイが死んで以来自分の演技の質が落ちた。役にのめり込もうとすればするほど拒絶反応が出て酷い吐き気と眩暈に襲われてしまう。

そうならないように中途半端な演技をした結果がこれだ。作品自体が崩壊してもおかしくない大根演技だったが、それでも観れるように編集した監督としての手腕は見事と言う他なかった。

 

しかし同期に神童と言われる有馬かながいたこの時代、まともに演技すら出来ない子役が使われるわけもなく、マイさんに迷惑をかけまいと頑張れば頑張るほど星野アクアは子役の価値を落としていった。

 

「うわー!また落ちたー!!!ごめんなさーい!ママ!!!」

「いいよ、いいよ。調子が出なかったんでしょ?仕方ないよ」

 

まさに前途多難の毎日だ。それでも悪いことばかりではなく、マネージャーとは名ばかりで家でも会社でも一緒にいた三人の距離は急速に縮まった。

特にルビーは元々年相応の幼さがあったが、今では本物の子供になったように見える。

恐らくアイが生きていた頃はアイドルや女優業で家を開けている時間が多かったせいで甘えられなかった反動が今になってきているのだろう。

 

マイの腕の中で、CMの役が落ちたと言うのに楽しそうにバタバタとはしゃいでいる。満更でもなさそうに頭を撫でている彼女と一緒に見れば二人は本当の親子のようだ。

 

「ん?アクアもこっちに来る?」

「…いい。観たい番組があるんだ」

 

その様を正直羨ましく感じながらアクアは交ざれないでいた。

別に距離を置きたいという訳ではない。前世でおっさんだった身として親に甘えるという行為に抵抗を感じてしまうが、見ず知らずの双子を母親として引き取ってくれた彼女には心から感謝しているし、体の影響なのか無性に孤独を感じ甘えたくなってしまう時は、ひょっこりと抱っこされて大人しく頭を撫でられている。

 

マイを親として見て、頼ってしまう。

それでも自分達が彼女の人生を一方的に奪ってしまった罪悪感が消えることはなかった。

 

先ほどとは真逆なことを言うようだが、事実、星野マイにとって二人は姉の子だ。

 

ルビーがアイのようなアイドルになりたいと思うように、彼女にだって大学に入ってやりたいこと、叶えたいことがあった筈だ。何を学んでいたかは誤魔化されたが、大学で素敵な出会いもあったかもしれない。

それを踏みにじって、自分たちの幸せを謳歌すると言うのは…………はっきり言って、卑怯ではないだろうか?

子供だから仕方ないというのは分かる。実際俺たちだけで生きていくことは不可能だ。が、その……もっと遠慮を覚えるべきではないかと考えるのだ。

甘えたいのは分かるが、そんな四六時中くっついていればマイのプライベートが死んでしまう。普通の母親だって祖母や親戚に子供を預けてデトックス期間を設けるものなのに、この二年間、ルビーはマイにべったりであった。

 

外面には現れていないが、確実に負担になっているのは確かだ。それでルビーと二人での仕事を増やして彼女だけでゆっくり出来る時間を作ろうと…………今回落ちたのがそれである。

 

ため息がもれた。

もう子役として二人が業界で輝くことは実力的に不可能かもしれない。ルビーには学校で友達でも作ってもらって放課後は遊び、自分は図書館にでも行こう。せめてその間だけでも彼女のプライベートになればと思った。

 

そういって妥協するアクアであったが、彼は知らない。

 

「あい、……いっ、ちゃ……だめだ!!」

「ふぁぁぁ…………ほーら、ほら。大丈夫だよ。落ち着いて。ゆっくり息を吐いて、すって……ねんねんころりよ……ころこーりよ………またカウンセリングの場所かえないと……全然効果ない……どころか悪化してるよ……」

 

アイが死んだあの日から毎晩のように魘されている。それを宥める為に起きて、寝てまた起きてと、夜泣きの激しい赤ん坊のように気の休まらない自分のせいでマイは睡眠時間をガリガリと削り取られていることを。

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