【姉の子】 作:双子の妹
それはある晩のことだ。
星野マイが鼻唄を歌いながら皿洗いをする中、リビングでテレビを見ていたアクアに斜め後ろから声がかかる。
「ねぇ、最近ママがどんどん可愛くなっていくんだけどどう思う?」
「ん?あー確かに綺麗になったかも?」
横目に見ればルビーがソファーの上から乗り出していた。
また始まったか。内心うんざりとした気持ちをおくびにも出さず、アクアは適当な相づちをうつ。
「だよね!やっぱり私の目に狂いはない!アイドルメーター急上昇中だよ!」
「マイさんはアイドルじゃないけどな~」
「何かあったのかな?美容院に行ったとか、エステ受けたとか!メイクの仕方を変えたのかな?」
「ん~?別に髪型は変わってないように見えるけど。それに今スッピンだろ?」
「うもう!ママってばスッピンでこれって凄すぎだよ!今年で23なのに、全然10代って言われても通用するって言うか、日を追うごとに磨きがかかっているような気がする。このまま可愛くなり過ぎて人間国宝に認定されたらどうしよう!」
ルビーのママが可愛いと言うのは、今に始まったことではない。
アイの頃から同じテンションであり、マイにも最初こそ遠慮していたが、今では毎日のように私のママは綺麗だ可愛いと自慢しまくっていた。
良い兆候なのだろう。少なくとも医者の視点で見れば。
アイとマイは双子なだけあって瓜二つだが、同一視している様子もない。始まりは最悪だったものの、ルビーは彼女を新しい母親として受け入れ、心を許していた。
「私としては何か理由があると思うんだよね。女の子が一番可愛くなるのは恋をした時って言うけれど、お兄ちゃんはどう思う?ママ、好きな人とか出来たのかな?」
「好きな人、か……」
良くも悪くともアイとは違い、保護者としての側面しか知らないマイに好きな相手が出来たとは想像がつかない。
「私としてはママのパートナーでしょ。金髪のイケメンで外資系の仕事をしているバイリンガル。とっても一途でデートのプランは1ヶ月前から準備しているなんて当たり前。あと年収は1億は欲しいところかな」
「お前は何を言ってるんだ」
「まぁ年収1億ってのは高望みし過ぎだよね。でも結局、愛もお金って言うか、お金がなきゃ何も出来ないし、この物価高でしょ?いくらあっても足りないぐらいだし、せめて1000万は貯金がある人じゃないとママを任せられないよ」
「一応言うが年収と貯金は比例しないぞ。年収1000万あっても貯金が100万切るやつだっている。逆に年収400万でも貯金が2000万のやつもいる。後者はどうやって貯めたんだって話だが、多分かなりの守銭奴だ。金はどれだけあるかじゃなくて、どうやって使うかだ。よっぽど金使いが荒いわけでもなければ多少給料が低くても大丈夫だろ」
前世で得た数少ない友人達である。今ごろ彼らは何をしているんだろうか。ボンヤリとアイツは恋人さんと結婚してそうだが、アイツは無理だろ、なんて考えているとニュース映像が目に止まる。
【B小町 解散】
「あっ」
声に出したのはどっちだったか。多分二人とも同じ気持ちだったのだと思う。
B小町はアイという絶対的なエースの存在であそこまで上り詰めた。ドーム公演というアーティストの華まであと一歩のところまで来たが、彼女が抜けた穴は大きく、また創設者の斎藤壱護が失踪したこともあってこの三年で長い幕を降ろすことにしたらしい。
「ミヤコさん、何も言ってなかったのに」
「俺たちが知ってどうにかなる話でもないだろ?マイさ──母さんは教えられていたかもしれないけど、俺たちにはしづらい話だろうし」
「ラストライブはやるのかな?最後だし派手にさ。小さい箱じゃなくてどこかのライブ会場を借りて大々的に」
「……難しいかもな。アイがいなくなってから彼女達をテレビで観なくなったのは直ぐだった。むしろ三年もよく持った方なんだ。例え事務所に余裕があったとしても今のB小町にはでかい箱を埋める集客力がない」
あってデビュー当時に懇意にしていた小さい箱でファンクラブの人たちを優先的に、そういった規模になるだろう。
当然の帰結か、時代の流れか。前世からのファンであったアクア達二人には複雑な思いだった。
「これさ。もしママが参加したら……ううん。何でもない」
「そうか」
アイが死んだ直後からまことしやかに囁かれているアイ生存説。そのことを思い出したのか声を上げるルビーも、それがどれだけアイを冒涜する行為かを悟って口をふさいだ。
「もし、ラストライブがあったら最後尾でも参加出来るようにミヤコさんに頼んでみような」
「うん。そうする」
アイ推しだったが、それでもB小町というアイドルグループは二人にとって特別だった。これで最後というならファンとしてちゃんと別れを告げなければ。
「二人とも~、そろそろ歯磨きしよー」
「「はーい」」
一週間後。公式ホームページにラストライブの開催時期と場所が明記された。
それは奇しくもアクア達がヲタゲーをする赤ん坊としてバズった小規模の箱であり、ファンクラブのごく一部の人間だけが参加出来る一回限りの最低限の物だった。
ミヤコさんには何とか無理を言ってチケットを貰ったが、マイさんは別件で参加出来ず、またミヤコさんが保護者として見守ることになる。
「暗いね……」
「あぁ」
スマホやカメラでの撮影は禁止。
純粋に彼女達の歌と踊りを楽しんで欲しいという配慮からだったのだろうが、誰もが、これから始まる推しのアイドルの最後の花道だというのに暗い顔をしていた。
最後を楽しもうというより彼らも別れを告げる為に来たのだろう。
チケットの競争率も低かったと言うし、この小さな箱を辛うじて満員に出来たといった感じだった。
これはキツいな。どんよりとした空気の中、派手な照明と爆音がステージを照らし出す。
「いえーい!」
ドクン。その言動、その姿に、会場にいる全ての魂が鼓動する。
「「「「「「は?」」」」」
その日彼らは見た。この世を去った完璧で究極なアイドルの亡霊を。