今日もどこかで悲鳴が聞こえる。非日常が日常となった世界で、私は魔法少女と会った。
1
それは5年前の雪の日だった。神奈川県で10年に一度の雪が観測された年、珍しくやってくる白い水の結晶と共にそれは人々の前に現れた。
タコの触手のようなものを生やしたそいつは川崎市で住民を襲撃し、そして災害派遣という名目で出動要請が下った自衛隊によって退治された。それまでに600名を超える犠牲者と行方不明者を出した。
それから全国各地、いや世界各地にそいつらは出現した。
それらがどうやって倒されているのか、一般市民には公開されていない。だが生存者や遭遇した人は空を自在に飛び、禍異人と戦っている少女を目撃していた。
いつしかそれは魔法少女と呼ばれるようになっていた。
当の私はそんな噂話には全くもって否定的であった。だが実際に被害は出て、それを解決している存在はいる。その事実だけはいかに天邪鬼であっても否定することができないものだった。
そうして噂と現実の二つへ相反する答えを唱えつつ、日常となっている学園生活を送っているのが「私」というわけだった。
2
その日は日差しこそ強くないにしても梅雨入り前で少し気温が高い時期だった。
私立の高校と言えど国から定められた休日という概念を無視するわけにもいかず、私は午前中の街へ繰り出す事が出来ていた。社会性という呪縛から解放された私は、その興奮を内面に潜めながらも1人商店街を散策していた。
怪人が何処かに出現するかもしれないが、しかし人というのはそれに慣れてしまうと今までの日常生活にそれを組み込んで過ごすようになってしまう。かくいう私もその1人で、取り止めのない平穏で贅沢な時間の使い方をしていた。
彼女と会ったのはそんな非日常を楽しんでいる最中であった。
「わー!待って!待って!」
店の軒先で並べられたガラス細工を見ていると、足元を猫が駆け抜けていった。やや遅れて子供の声がして、私の体と接触しそうになる。
「子供?」
咄嗟に出た言葉に、猫を追いかけていた少女の足が止まった。赤縁のメガネの奥で瞳に火が灯っていた。
「し、失礼ですね!これでも立派に仕事をしているんですよ!」
子供の怒りというのはこうして見下ろす立場になってから見ると不思議と微笑ましいものに感じる。勿論当人は至って真面目なのだろうが、小学六年生くらいの子供が相手となるとそう感じざるおえない。それは私が大人と子供の中間点な時期を過ごしているからだろうか。
「仕事ねえ……何をしているのかな?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!私は名探偵をしている天杜灰火です!」
名探偵を職業と言い張る人に碌な人はいない。ああ、小学六年生(仮)であってもその法則は普遍なものなのかもしれない。
「名探偵ねえ……」
「あー!信用していませんね?これ名刺ですから。ほら本物!」
差し出された名刺には確かに私立探偵社天杜探偵事務所と書かれていた。
えっへんと胸をはる姿は微笑ましいくらいに子供なのだが……
「それで名探偵灰火ちゃんはここで何をしているのかな?」
「迷い猫探しです!あとちゃん付はしなくて良いです」
「あー……」
「なんですか?これでもしっかりとした依頼なんですよ」
ところで猫逃げちゃったけれど良いのかな?
ああ!よくないです!探さないと、それではこれにて失礼しますね。
なんだか騒がしい子供だった。しかしその騒がしさというのは私は嫌いではなかった。
路地裏に駆けていった灰火ちゃんを見ながら、再び私は怠惰な時間の過ごし方をしようと思い、歩き出した。しかし数歩も歩かないうちにソレは目の前に現れた。
3
進行方向と逆に向かって駆け出す人々。それが何を意味するのかと言えば危険が目の前にあるということだった。
確かにそれはいきなり現れた。先程まで予兆があったわけでもなんでもない。まさしく突然現れたに等しいものだった。
紛れもない巨人だった。見た目は人間を5mか6mほどに大きくしたような巨漢の男と言った感じだろうか。毛の類は一切なく肌も青黒い。そして何よりそいつの目玉は四つあり鼻はなく、大きく開けられた口が咆哮をあげていた。
つられて私も走り出していた。怪人を見るのは初めてだったが、人々がパニックで駆けているのが私にとっては役に立った。あんなのと1人の時に遭遇したら固まって動けない自信がある。振り返れば怪人は蹴りと拳で建物を破壊しながら歩いていた。人に興味があるわけではないらしい。ただ暴れているとしか言いようがない。
真後ろで二階建ての建物が一瞬で破壊され瓦礫が周囲の建物を巻き込んでいるのが店のガラスに映った。
だけれど少しづつ距離が空いていた。うまくいけば逃げ切れるかもしれない。
そう思えたが今日の運勢はそう簡単に私を助けてはくれなかった。
電柱だったものに押しつぶされたトラックの影に動くものが見えた。見えてしまった。視線でそれを追いかけるとさっき私の足元を駆け抜けていった猫がいた。
あのままだと暴れている怪人に巻き込まれてしまう。
人だって巻き込まれているのだ。小動物なんかひとたまりもない。だけれど助ける勇気なんてなかった。ただ逃げ惑う。それだけの存在なのだ。
「でも……」
もしあの猫を見殺しにしてしまったらあの小さな探偵、灰火ちゃんは悲しむかもしれない。
人の悲しむ顔を見るのは嫌だ。
そう思ったら居ても立っても居られない。お人好しとよく言われるのはそれが由縁なのかもしれない。
人の流れを逆走し隠れている猫を抱き抱えた。意外にも猫は大人しく素直に従っていた。畜生、これで逃げるタイミングを失った。
大破したトラック目の前で建物がまた破壊された。爆風のような風が吹いて体に小さな建物の破片が当たる。脚がもつれて思わず膝をついてしまった。
咄嗟に怪人の視界から逃れようとして建物の瓦礫を遮蔽物にするようにその場にうずくまる。当然猫は抱えたままだった。
それでもこんなものは気休めにしかならない。建物を一撃で破壊する拳や蹴りをくらえば瓦礫事吹き飛ばされて無事ではすまない。今更になってそんな後悔が押し寄せたが、押し寄せた割には拳も蹴りも飛んでこなかった。
その代わり飛んできたのはついさっき聞いた声だった。
4
「変身!」
その言葉で私は顔を上げた。瓦礫の向こう側に、天杜灰火が立っていた。何故ここにという疑問は手に持ったステッキで一瞬にして吹き飛ぶ。
「……⁇」
ニチアサなどの魔法少女物でよく見る変身ステッキ…にしては持ち手から上部の飾りまで長さが無い。
ステッキと呼ぶにはあまりにも短いそれを天杜灰火は腰のあたりに持っていった。
爆風で靡く彼女の服の下から見えたそれはベルトにしてはこれまた無骨なもので、近づけられたステッキは光を放ちながらベルトと一体化していった。
同時に眩い光に包まれる灰火。カメラのフラッシュを数倍にして数秒に渡って浴びせられたかのような光に思わず目を瞑ってしまう。
光が収まった時そこにいたのは先ほどの少女と良く似た顔の、魔法少女だった。
白を基調として緑色の線が幾何学模様のように入ったフリル着きのロングワンピース。昔のおとぎ話で出てくるドレスをワンピース型にアレンジしたようなデザインの服に足や手に着いた天使のような羽の装飾。
そして相反するように直線で構成された箱型の手持ちカバンのような物。
「魔法少女マジカル⭐︎カイカ!参上!」
「魔法…少女?」
なんか変身シークエンスは違う気がするけど、それでもその言葉は口から漏れていた。
そんな小さな呟きだったけれど、目の前の魔法少女の顔が焦りに変わり硬直を生み出すには十分だったらしい。
「……はひ、人⁈い、いえ、あ……」
瓦礫の影にいたからもしかしたら見えていなかったのかもしれない。
「もしかして見たら不味かった?天杜…ちゃん?」
「だからちゃん付け……じゃなくて天杜って誰でしょう?ヒュ〜ヒュヒュ…」
「いや口笛できてないし、なんならさっき思いっきり変身って言ってたし……」
「うぐぐ……」
目を逸らし渇いた口笛をしながら必死に誤魔化そうとするあたり知られたくはない事なのだろうが、最早バレバレである。
「う…こ、こうなったら記憶を忘れさせるしか……ハッ!じゃなくて今はあの怪人を倒さないと!」
そう言った直後彼女の上を影が覆い隠した。それは拳が灰火に向かって飛んでくる影だった。
直後、彼女の姿は拳によって消されていた。剥がれたアスファルト片が飛び散り、轟音が耳を突き抜けて言った。
「ま…負けた?」
だが次の瞬間、彼女の気を逸させ続けてしまったことに対する罪悪感を感じるよりも早く、その拳が真上に押し返された。
「ふふーん!こんな拳がなんぼのもんじゃい!」
地中に通された何かのパイプを足場にして、片手で巨大な拳を持ち上げる少女。
まるでコミカルな漫画を見ているようだった。
現実感を喪失するその後継に、怪人も困惑しているのか顔のような部分が少し表情を表すかのように動いていた。
拳を持ち上げる手とは反対の手に持っていたケースのようなものから棒が伸び、本体が上下に展開してハンマーのような形状になった。
小学生サイズだからそこまで大きいわけではないが、ピンクの丸い奴が主人公のゲームのイメージが強く出ていた。
そのハンマーをまるでバットでも使うかのように片手で振り回して、拳を吹き飛ばした。弾かれるようにして怪人が転倒する。
「街をこんなにして!今日という今日は許しません!というか毎回許しません!」
反動もつけない、まるで軽くジャンプするかのような動きで、カイカは怪人の頭に向かって跳躍していた。振りかざしたハンマーをその勢いのまま振り下ろす。
怪人も両腕をクロスして防ごうとしたのだろう。だが腕にぶつかったハンマーによって怪人の上半身は地面にめり込んだ。とてつもない威力だ。あの巨体がこうも簡単に蹂躙されている。
「ーーん、やっぱりこっちの方が早い」
彼女は今度はハンマーではなく飛び蹴りに切り替えた。片足が防ごうとクロスしたままの腕をへし折った。
うわぁ幼女強い……
もはや先ほどまでの後悔とか恐怖心とか色々すっ飛んでいた。
そのまま彼女は腕の折れた怪人を蹂躙するかのように蹴り上げていた。巨体が軽々と宙に吹き飛ぶ様は現実感を損失する。
「必殺、マジカル⭐︎バレッド!」
ハンマーの先端を怪人に向けると、その先からまばゆいピンク色のビーム光線が放たれ、怪人を貫通した。
一瞬遅れてお腹に巨大な穴を開けられた怪人は空中で最後の咆哮をあげながら爆発四散した。巨大な火球と爆風が肌を撫でる。それだけが現実感を生み出す。
「これにて一件落着。後は街の修復……はラビリンス⭐︎に任せましょうか」
5
流石に正体がバレているのはもう諦めたのか、彼女は私の前で堂々と変身を解除した。
光と共に先ほど見た天杜灰火の姿に戻る。相変わらず服の下にはゴツいベルトがついていたが、意外とそれが目立たないファッションをしているのだということに今更ながら気がついた。
「貴女の勇気、中々なものがありますね。肝が据わっていて大変よろしいです」
何故か上から目線で話す灰火ちゃんに迷い猫を預けながら私は生返事で答えた。
「それはどうも」
現実感のない光景に今まであり得ないと否定していた事実を覆すような魔法少女の出現。それに頭が追いついていなかった。
ただ、破壊された街は気がつけば小さなステッキが勝手に飛び回ってはみるみるうちに再生されていく。それがさっきまでの現実を虚構に上書きしていく儀式のように思えた。
「それに助けようとするその心意気…気に入りました!」
満面の笑みで話す灰火ちゃんに少し気恥ずかしくなる。そこまで自分は人間ができていると思っていないからだ。
「それじゃあ灰火ちゃんこの事は内緒にしておくで良いのかな?」
「勿論そうしてください。後ちゃん付けはいらないです。むしろ見直してください。完璧でクールでしょう?」
「クールかどうかは別としてかっこいいは具現化できていたんじゃないかな?」
「随分と辛辣⁈」
「ヒーローは遅れてくるを実践していたのかな?その点もまあ…倫理的にはどうかと思うけど良かったんじゃないかな」
人的被害がなかった場合にのみ許されることだと思うけれども。
「あ…いやそれは……裏路地で迷ってました」
前言撤回、想像以上にポンコツだこれ。大丈夫なのだろうか?
流石に空気が気まずくなった。それを払拭するかのように灰火ちゃんは言葉を繋いだ。
「そ、そうだ!あなた、私の助手をしませんか?丁度名探偵には欠かせない助手がいなくて困っていたところなんですよ」
そう言って彼女は手を差し出してきた。どうしたものか。面倒ごとに巻き込まれるのは確実なのだけれど、でも少女の願いを無碍にできるほど私は冷酷でもない。
差し出された手を、気がつけば私は握っていた。
こうして私、森千佳 杜琶は自称名探偵、天杜灰火の助手になったのだった。