1
春は出会いと別れの季節と一般的には言うが私にとっては憎き花粉症の季節である。マスクとティッシュは手放すことができない。
「ブエックしょい!!」
そう言うわけで私は放課後に他人の部屋で爆音のくしゃみをするのだった。
「くしゃみ、独特ですね」
オブラートに包んでいそうであまり包めていない言葉が私の左肩にぶつかった。
見た目は子供な自称名探偵の魔法少女、天杜灰火。
ひょんなことから魔法少女として彼女の元で名探偵の助手として働くことになった私だったが、彼女の職場兼住居は私にとっては問題があった。
街の商店街から少し外れた路地裏にあるその建物はアンティークなものが置いてある雑貨屋のようなところだった。
だが緑に殆どを覆われたその建物は春の季節に花粉症の私に容赦なく攻撃をする悪魔の家だった。
差し詰め天杜灰火は悪魔城の吸血鬼といったところだろう。
「花粉症に配慮しない家が悪い」
「そうは言いましてもこれはこれで気に入っているんですよ?」
私の身分は高校3年である。なので今のところはアルバイトだ。学校が終われば帰宅部として活動していた私はそのまま行き先がこの探偵事務所になっただけだった。
だがどうやらこの見た目に反して彼女は相当名の知れた名探偵らしい。
2週間彼女の助手として書類整理などをしている中で、何人かの人が訪ねてきては彼女と話し帰っていくと言うのを目撃していた。
最初はフォーマルスーツを着たメガネの似合う男性だった。
奥の部屋で1時間ほど相談をしていたが部屋を後にする頃には納得した表情だった。
彼女に聞いてみるとどうやら探偵としての仕事をしていたらしい。
「探偵と言っても世間的に言う浮気調査とかそう言うのを行うのではなく民間諮問探偵、まあ難解な問題に対しての相談役のようなものと考えていただければ結構ですよ」
つまりは詐欺師にも通じる能力というものだろう。
そんな彼女が名探偵として外に出ることは殆どない。少なくとも私がアルバイトを始めてからそのような姿は見たことがなかった。大抵の場合相談を聞いてアドバイスをするようなスタイルだった。
しかしその日は違った。
2
「うへ…にがい……」
「だから言ったのに……」
事務所に置いてあるアンティークの中で埋もれていた年代物のドリップ式コーヒーメーカーを使い家で焙煎したものを作ってみたのだが、案の定天杜灰火には早かったようだ。苦味に顔を顰めていた。私はブラックが好きなだけなのだが、別にコーヒーは無理してブラックで飲む必要もないのだがそう言う年頃なのだろう。
砂糖とミルクを渡していると玄関の扉が開いた。
「お邪魔するわ、天杜さん。…そちらは事務員?」
やや青みがかったスーツにタイトスカートとずばりキャリアウーマンですと入った格好に長く伸びた髪を三つ編みで片側に垂らした女性が立っていた。
「あ、海乃さん。こちらは助手の森千佳杜琶さんです」
「初めまして、海乃よ」
「あ、初めまして。紹介に預かりました森千佳です。とりあえず助手と呼んでください」
「海乃さんが来たって事は何か絡みの“事件”ですか?」
コーヒーに砂糖をこれでもかとぶちこんでカップから溢れそうになっている状態で意味深な話が始まった。なんだかシュールすぎません?
「ええ、助手さんは外してもらえる?」
「いえ、絡みでしたら助手さんにも話を聞いておく必要があります」
「…正体を知っているのね。わかったわ。それじゃあ話すけれど」
彼女はどうやら刑事らしい。所属などは全く言わないし怪しいところまみれだったが別にそのことを追求しても仕方がない。それに超常現象絡みであるからおそらく彼女は国として彼女に指令を出すそう入った役割の人なのだろう。
その人の話を要約するとこうだった。
ここ数日この街を含めた複数の市で失踪が相次いでいる。それも失踪しそうな人ではなくある日普通に生活していた人が忽然と消えるのだと言う。ある人はトイレに行くと入って家族の前で行方不明になりある人は仕事中に気がつけば消えていたと言う。
その人数は現在6人。警察はこの不可解な失踪を禍異人絡みと判断。最も現場に近いところで活動している魔法少女である灰火に解決を依頼してきたのだった。
「事情は分かりました。しかしこうも範囲が広いと追いかけるのが困難ですね」
「禍異人に行動パターンとかあるの?」
「個体差がありますが知性が高いタイプほど狡猾でずる賢くなります。ですが私はそれを見つけ出すのが仕事でもあるんですよ。社会という無色の糸の中に禍異人という緋色の糸が混じりこんでいる。 私達の仕事は、それを解きほぐし、白日の下に晒すことなんです」
振り返った灰火の目はまさに目の色が変わっていた。
「それじゃあ早速情報を集めないといけませんね。行方不明になった状況とか証言とかまとめてありますか?」
3
海乃さんが置いて行った書類に目を通しながら1時間椅子に座って唸っていた灰火は唐突に紅茶を要求してきた。それも砂糖たっぷりのものだ。
「頭を使う時は甘いものに限りますね」
しかし紅茶に角砂糖3つは入れすぎだ。子供の時からこんな甘いの飲んでいたら体に悪い。それはそれとして名探偵の頭脳はある程度の回答を導き出している様子だった。
「分かったんですか?」
「まあ、確かに警察がこれを禍異人の仕業と見たのかは分かりました。それと犯行の手口もね。もうちょっと詳しい事を知りたいので…1番近くに現場に行きますよ!」
紅茶を飲み干すのと同時に立ち上がった彼女は、魔法少女の変身アイテムを持って先頭を突き進む。
近くと言ってももうすぐ日が暮れる。現場につく頃には街灯が虫を集めている事だろう。
「でも殺人と違って失踪じゃ現場保存はしていないんじゃ……」
「禍異人の残滓は結構わかるものですよ」
魔法少女ならではの視点と言うものだ。近くの失踪現場はなんの変哲もない公園だった。
ここで遊んでいた子供を残し一緒に来ていた母親が失踪したのだと言う。
もうここで遊んでいた子供たちは家に帰ったのだろう。夕闇迫る公園は人気がなく、どこか七不思議の舞台のようだった。
「まず最初に禍異人を相手にする場合人間の常識や現世の物理法則は通用しません。あれらはこの世界に張り付いた別世界の住人です。ですので向こうの世界の法則に縛られはするんですけれどね」
唐突に始まった禍異人談義。それは私が聞いても良いもの何だろうか?
「この禍異人は相当狡猾ですが必要以上に残忍と言うわけでは無いようです。狙っているのも全てが大人です。特に3番目になるこの現場には子供もたくさんいました。それらを差し置いて大人を狙った。基本人間を攫う場合二つのパターンがあります。栄養素として食べてしまうか、生贄として集めているかです」
物騒な言葉が幼女から飛び出していた。恐ろしすぎる。しかしだとすれば街を破壊するように襲ってくるやつはなんなのだろう。
「街を襲っている奴みたいなのは?」
「あれは力任せに暴れているか、或いは大量の人を一度に集めているかです」
あ、そう言う感じだったんだ。やっぱ恐ろしい存在だ。
「禍異人がなんなのかは私にもわかっていません。ですがこの場合白昼堂々と犯行に及んでいること、防犯カメラに何も写っていなかった事から光学迷彩持ちなのでしょうね」
光学迷彩、自然界にいる存在であればカメレオンか蛸だろうか。
「カメレオンみたいな感じ?」
「そう!それです。ですがいくら体を隠していても魔力の残滓は空気中に滞留するので残るんですよ」
そう言いながら灰火は公園の片隅をじっと見ていた。なも無いところを見つめるその姿はなんだか猫のようにも思える。
「見えているの?」
「ええ、よく見えますよ」
一通り見て納得したのか、帰りますよと公園を後にした。
「貴女がいてくれるとこうして夜遅くでも補導されにくいのが良いですね!」
「小学生は家に帰る時間ですよ」
「あー!また子供扱いする!」
いや小学生ではないか。プライベートの話は全くしてくれないし私も聞かないからわからないけれど見た目からして灰火は小学生だ。だが小学校に行っている様子はないし名探偵と言う仕事をしている。ますますわからない。
「ともかく今日中に片付けますよ。これ以上行方不明者を出してはいけませんから」
「手口は分かりましたがどうやって戦うんですか?」
「こうしてみると規則性がないように見えてしっかり規則があるんですよ」
私にはわからないがどうやら彼女には見えているらしい。6つの場所をプロットした地図を見せてきたが何が何だか分からない。ただ、いくつかの線が地図を横断するように引かれている。
「まあ、次に失踪が起こるのはここです」
指を刺したのは住宅地の一角だった。
3
流石に夜の住宅地は人通りも殆どなくて不思議と不気味な雰囲気を出している。家の建物に明かりが灯っていて人の温もりがあるにも関わらず、それが壁一枚挟んだ別世界のように感じる。内と外、はっきりとした境界で区切られた異質な世界だった。
「本当にくるの?」
「ええ、待っていれば来ますよ」
そう答える灰火は既に変身ステッキをセットして変身していた。
相変わらずの魔法少女の格好は、夜の街で煌びやかに照らしているようだった。
私は戦闘になったらすぐに逃げるか隠れられるように電柱の影に隠れることになっていた。
「来ました!」
何がいるのか全く分からない。しかし何かがいるのは空気の流れでわかった。
完全に透明だ。アニメで見るようなやつだった。
灰火が虚空にステッキを構えた。直後ステッキに何か重量物があたり火花が散った。
同時に建物の屋根まで灰火が飛んだ。
そのまま見えない何かと戦っているのか蹴りとステッキのフルスイングが続く。
「見えないと厄介ですね!なら、これでどうですか!」
何かの魔法がステッキから放たれ、相手に命中したらしい 途端に緑色に彩られた存在が姿を表した。
目がない人サイズのカメレオンのようなやつだった。カメレオンと決定的に違うのは尻尾の先端が何かを掴むように四つに別れて自在に動いていることと脚が人のような関節構造をしていることだろう。
「光学迷彩と言っても光ではなく反射を異次元に吸い込ませて見えなくさせているのであればその異次元への膜を取っ払ってしまえばいいんですよ」
ドヤ顔をしながら見えるようになったそのカメレオン擬きの頭を思いっきり蹴り上げ、空中に吹っ飛ばした。
「この街の平和は私が守りますから!」
空中だと身動きが取れないのかステッキから放たれたビームを避けるそぶりも見せず、禍異人は粉微塵に爆ぜた。
「倒しちゃって良かったの?行方不明の人とかは?」
変身を解除しつつ灰火はああその事ですかと思い出したかのような反応をしていた。
「生きているでしょうね。6人も食べてたらあんなに弱くは無いですから。おそらくアジトに集めてゆっくり捕食するつもりだったのでしょう。異形に近いほどなぜか食う速度は遅くなるようですから。
ならどこかに攫われて囚われている?
「ふふん、アジトは割れているんですよ」
探す手間は省けそうだ。
「じゃあ直接カチコミに行けばよかったんじゃ?」
「それはそれでこれはこれですよ」
あ、こいつ完全に頭からそのこと忘れていたな。
4
灰火の推理した場所は事件現場6箇所を囲った円から外に外れた小さなビルだった。テナントが入らず空きビルになっているところだ。普通は六箇所を囲った円の中心とかだが現実は違うらしい。
「ここなんですか?」
「勿論です。あれは迷彩で姿が見えなくすることができますが、だからと言って表を堂々と動けば車や人、それに雨などの天候によってそこに何かがあると言うのはすぐにバレてしまいます」
確かに見えないだけであれば接触すればわかってしまう。相手はさらに人を選んでこっそり攫う相手だ。表通りで何人も一気に掻っ攫うなんて脳筋なことはしないのだろう。
「移動するならなるべくそう言った条件がない場所?」
「そう、特に下水路とか。ですが下水路は迷路状になっていますしあの体格が通れる場所は意外と限られます」
堂々と不法侵入する灰火に続いてビルの階段を登っていく。手慣れていて、なんだかいつもこう言うことをしているのだろうかと心配になる。
各場所のすぐ近くを通る大型の下水路、周辺からの支流を集めてまとめて流す大きな水路ならあれも自由に動けると言うわけだ。
「それで最終的にこの場所に?」
「他に良さげな潜伏先は無いですからね」
でもつまらなさそうな表情をしていた。あっさりとわかってしまうほど雑なのだろう。
「でもどうして1人づつ攫うなんて事を?ここなら夜の表通りで攫うことも出来たのに」
「一つは監視カメラ、流石にカメラの前で人が消えたらバレてしまいます。それともう一つは、事件発覚を遅らせる為でしょうね。こうして遠い場所を狩場にしてあくまでも行方不明と言う体裁を取れば警察の初動はほぼ遅れます」
ほらいましたよ。ビルのフロアを仕切るガラス張りの扉を開けると、そこには床に寝かされた人影があった。懐中電灯を向けると行方不明になっていた人の顔が浮かび上がった。呼吸はしているようで死んでいるわけでは無いようだ。
「催眠術のようなものにかかっていますね。おそらく攫う時にかけているのでしょう。だとすれば人でも抵抗すれば十分反撃が可能なのでしょう」
「でも魔法少女と十分渡り合っていなかった?」
「ええ、ですが手応えは軽かったですよ。だから外殻の強度自体は強く無いんだと思います」
そう言いながらステッキを出した灰火は寝ている人たちの頭にそれをかざした。
淡い青色の光がぼんやりと光った。
「これで催眠は解けました。後は警察に通報して後を任せましょうか」
そう言いつつ折りたたみ携帯で電話をかけ始める灰火。それが終われば私達は足早にビルを後にする。
「子供は寝る時間ですからね」
気がつけば時計は21時に迫っていた。
「失礼ですね!これでも街の平和を守るために……」
「はいはい、どうせ昼間のコーヒーのせいで寝れないんでしょう」
「な?!違います!ほら、こんなに眠いんですよ。おんぶしてくれないと寝落ちしちゃうかもしれませんよ?」
こうしてみると彼女もまだ子供なのだなと思える。しかし彼女の謎はそのままだ。しかしそれはいずれ分かることだろう。