ハクモクレンはアリウスに咲く 作:白栗
日は過ぎ、決行日。
夜も深くなり、薄く灯る月明かりと僅かな星明かりの他には暗さが占めているトリニティ本校。
……私は考えた。考えた上で、私には無理だった。ただそのままに、見過ごすことが。
白州アズサが殺したくないと意を決して伝え、それに錠前サオリも和解を確かに願っている──どのような心持ちであるかはどうであれ。
……これは偽善だ。人殺しの私が墓前で冥福を祈るような、そんな偽善。
……それでも、きっと姉さんなら──あるいはセンでも、きっとそうするだろう。
そうするべきだと思ったら、やってみた方がやらない時よりも後悔しない──なんて、淀んだ空気に似つかわしくない陽気な声で。
──それに、思えば私は戦い続けていた。
普通に遊びたいだとか、普通な物を食べたいだとか、平穏に過ごしていたいだとか。
そんな感情を全て全て薪にして、燃やし尽くして灰にして。
そうしても尚、また私は戦わなければいけないのだろうか?
…………戦って殺し合うことには、もう疲れた。
本音を言えば、何もしたくない。殺し合いをすることも、教鞭を取って立ち振る舞うことも当然、ただ立ち上がっていることでさえもしたくない。
本当は身体が重たいし、息苦しいし、立ち上がる気力なんて残っていない。疲れはいつまでも残ったままだし、何かを食べる気力も──もう少し言えば水を飲む気力でさえもここ数年は薄れている。
そんな言い訳が通じるはずなどないとわかっているから、どうにか頑張っている──多分足りていないだろうにしろ、それでも偽り、動き続ける必要があるからやっているだけで。
だが、今動くことで私の望む平穏がようやく──欠片1粒であったとしても手に入るというのなら、私はまた身体に鞭打って動くことにしよう。
だから、今戦うのはそうするのに必要なダメージだ。
恩人のベアトリーチェには背く事になるだろう──だがしかし、それでも私が必要だと思ったから。
だから私は、この単独作戦を、遂行する。
私は、私自身にこれを言い聞かせる。
──これに至る以上、必要な準備はしておいた。
服装は黒の中折帽とマフラー、トレンチコートを──ハクモクレンを模したエムブレムが目立つそれを脱ぎ、他は構造が特殊な仮面以外は普段と変わらないスーツ姿。
武器は万が一にも特定されては大事になってしまうので、普段の武装を全て取り払った、つまりは撃破した敵から奪い取った物を使う方式。
その一人が余程錯乱していて、武器を持ってきていなかった、だなんて事象を起こしていないのであれば──その可能性は決して否定できないが、さておき──その間はCQBを基軸とした戦い方となるだろう。
白兵戦を強いられることになるが、その点はどうにでもなると見ている。
今に至るまで主軸として扱っている拳銃──姉の遺品のハンドガンの弾が尽きたか、もしくはそもそも無い状態での戦闘は両手でも数え切れない数はあったし、そのことも関係してセンにCQCをこっぴどく教えられたことがあったので、その部分は頼りにできる。
第一私の戦い方は身を隠しながらの戦い方であって、ヒバリのように積極的に前に出て戦う──人の言う【前線】を務める側ではなく【遊撃】だ。
相手に不利を背負わせた1対1を数回繰り返せば私の勝ちであり、仮に気絶や行動不能に持ち込めずとも、相手の気力や体力、そして時間を最大限使わせられたのなら事実上の私の勝ちなのだ。
その点、今回の作戦は私に風向きのあるものである。
──それにどうしようもなくなったら殺せばいい。これは必要な犠牲だったとすれば、それで終いにできる──。
……ああ、いや。
違う。
それは、違う。
必要ない物だ。今となっては不要で、使い道もなく、使うことなどない──また使われる時も、あってはならない。
殺すことは、【悪】だから。
……そうというのに。
一度選んだ選択は、死ぬまで脳裏に過ぎり続ける。
私は今も、「殺す」という考えがまとわりついている。
内戦が終わり、10年経った今も尚。
…………まあ、もう、いい。
どうしようもないことだ。今更、それをやり直すことなど出来やしない。どうにもできない事だから。
……確認を取ろう。
必要なことは、自身の情報の秘匿を前提として敵の無力化。無力化であって、殺害ではない。──確かに、殺害そのものも無力化に含まれるとはいえ、さりとて今はそれではない。
その上で武器は敵からの奪取であり、数は5人──案内役だと伝えられている美園ミカ、誘導対象である白州アズサを除けば3人。
発覚された場合、少なくとも死ぬことになるのは間違いない。獄門か、市中引き回しか、断頭か。
まあ、どれであろうとどうでもよく。
──ああ、なんだ。過去よりも随分と簡単だ。
構造は複雑、中は明るく、しかも対象の守りは厳重。バレてしまえば2桁数の人数に囲まれたそれらと比べ──簡易な構造または外であり、夜間で、対象はまだまだ未熟。しかも増援の1つも来ない。
そも私は脆いのだから、大抵囲まれて撃たれたらそれで終わり。そのまま死ぬか、遅れて死ぬかの違いでしかない。
ほとんどが背水の陣も極まった戦いであり。
だからこそ──未熟の3人を相手にすればいい戦いなど、今までと比べて簡単も簡単なことじゃないかと。
そう、思えたのだ。
──さて。
「……
行こう。
カチリと、脳の中でぼんやりと響くスイッチ音をよそに、過去の精神へと切り替えた。
──与えられた命令に従うのみ。考えるとして、それは作戦を遂行するのみであれ。
例え、死ぬことを前提であったとしても。
……よくもまあ、無機物じみた振舞いに適合したものだ。
どこか他人事のように思う。
命令だけに従い続けるモノとして「居る」。「居」続けること。
人として振る舞うのではなく、人の形をした道具として存在し続けること。
自分自身を人として看做さず、道具であると、認識し続けること。
その振舞いを表すなら、鍵盤に打ち込まれた事だけを認識して稼働し続ける機械か、運指のままに音を鳴らす楽器か──あるいは生命のある道具として扱われた奴隷だろうか?
……いいや、奴隷も機械も、当然楽器もそぐわないな。
並び立つにしては、あまりに私の価値がない。
思い上がりがすぎるな、未だに。
己自身を、価値のあるものと認識しようとは。
有り得ない──有り得るはずもない。
名誉など、あるはずも無いじゃないか。ましてやこんな、臆病者に。
心の奥底で自分自身を嘲笑していれば。
──影が、見えた。
来たか。嘲笑から切り替え、夜間の暗闇に紛れながら、屋上より目を凝らして観察に入る。
見た記憶のないピンク髪──推察するなれば、美園ミカだろう──を先頭に、見慣れたガスマスクの集団と、アリウスでは中々見ない羽付き──白州アズサ。
おおよそを確認できた私は、一度目を閉じる。
──確認。
本作戦の標的、3──アリウス分校の生徒、3──場合によっては美園ミカの撃破。
殺害許容数、0。
発覚許容範囲、0%。
損害許容範囲、5%。
──復唱。
私は、首輪の繋がれた人紛い。
私の命など、塵芥の1つに過ぎない。
だからこそ、躊躇うなどとは烏滸がましい。
心の中で、反復する。
精神は、そうだ。
命令に従って行動し、命令に従って潜入する。そして命令に従って殺す。
不満を吐いてはならない。不平を漏らしてはならない。当然不幸をも、嘆いてはならない。
なぜなら、そうした所で何にもならず──そうした所で手加減も、ましてや救済されることも有り得ない。ただ、「相手が弱ったらもう1発」とこちらが不利になるばかりだから。
こうして「堪える」ことには慣れている。
だから、今度は心まで。欠片残さず、余すことなく。己の自我を塗りつぶすように。
感じる部分も、兵士としてあるように。
幾度と繰り返し──目を開き。
──作戦、開始。
声無き声で、呟いた。
距離は30mと認識。現状では攻撃前に発覚、先手を取られると推定。
──調整。
出力上限再設定。集中修復位置、骨格及び腱へと変更。
アクセル──
システムじみた思考と共に、ミシリと。骨の軋む音が体内で響く。
繰り返すことになるだろうが、私の身体は高い運動性はあれ、しかし脆さは大人にも劣る。弾丸1発だろうと、受けただけで致命傷になり得る。挙句自身の高速移動でさえ、自傷を負う。
だからこそ、私はこのどうしようもない、極端な身体の運用方法の1つを考えついた。
被弾部位にリソースをほとんど回さないことを前提に、自身の骨と腱を常に修復し続け、元よりある馬鹿げた攻撃性と高速化された動作──それの副産物である殺人的な機動性を常に発揮し続ける──自暴自棄の特攻じみた、戦法とも言えないような戦法。
ある1種の出力の──ゲマトリアの曰くには、全てにとって不都合な本質を以てのみ成立する暴力。
だがしかし、それこそが私の戦法であり、またあまりにも少ない手札の中でマトモに切ることのできるカードなのだ。
現在位置把握──射出、及び攻撃移行可能と推定。
3、2、──フォールアウト。
壁沿いに、落ちる。
だが、落ちるだけではない。
ダンと勢い良く、しかし最小限の音で済ませるよう壁を蹴り、急激に加速していく。
──攻撃は、獲物の目が覗き込めるまで引き絞る。
ぼんやりとした、私なりのやり方に従う。
残り5m。ガスマスク越しの目を覗けば──何も分かっていない目が、見えた。
つまりは。
「──ぐっ!?」
──今。
接近した1人の側頭部に蹴りを1つ。バギリと自身の骨が砕けるが、直ぐに修復するだろうと気にせず次へと視線を移す。
1。残り2。
数えながら倒れ込むのを視認し、手元から零れる武器を空中で回収する。
武器種はアサルトライフル。カスタムは3倍率スコープと消音器、バーチカル型フォアグリップ。
おおよその確認を取った直後に銃口を1mmこちらへと近づけた1人に接近し。
「コン──カハッ」
接敵と叫びかけたそれの顔面に銃床を叩きつけ、大きく怯んだ所を義手の肘打ちで追撃。
2。残り1。
脳震盪を起こしたか、手から零れ落ちていく武器を奪う。
武器種、ショットガン。12ゲージで
そのままに銃口を向けられている側へと振り向き。
認識──白州アズサ。
驚きつつも途中で認識したのか、しかし警戒は解かずにトリガーに指を掛けたままの彼女へとハンドシグナルを送る。
『先に行け。こちらで片付ける』
受け取ったらしい白州は頷きの後、校舎の側へと走り去る。
その直後残り1人と美園の銃から発射された弾丸を一つ二つと躱し、最優先鎮静対象のアリウス生から攻撃に入る。
上半身が地面に着くスレスレまでに、大幅に姿勢を低め。
「嘘──グァッ」
地に着けた義手を基点に回転。足払いをし、地面に転がった所に脇腹へのストンピングを1つ。
それなりに本気でやったが、およそアーマープレートで防がれているだろう。これぐらいで丁度いい。
先程までそれが持っていたハンドガン──マズルブレーキ、レッドドットサイト付き──とナイフを取りながら考えていれば。
──危。
危機の予感。当たれば、死。
何処だ何処からだ、スナイパーかあるいは、いや違うなその前に!
強く感じられた方向に頭部を守るよう義手を配置し。
「でぇやァッ!」
──ギイィィンッ!
金属音の重苦しい音が鳴り、殺しきれなかった衝撃に、土煙を立たせながら後方に3mと下がらされた。
視界に捉えれば、聖園ミカが殴り抜けているのが見えた。危機の予感はあれか、と即座に確定させる。
……腰の入っていない殴打でアレか。
大振りとはいえ、あんな攻撃をモロに食らってみろ。確実に死ぬ。
──修正。
対象の脅威指数を1から8へと上昇。
警告。想定の不足。死の恐れ。
鳴り響く警告音に、了解と打ち込んで止まさせる──頭の中の音ではあれど。
……ああ、見通しが甘かった。美園ミカが『特別』の側である事を考慮していなかった。確かに、私の落ち度だ。
そのお陰で義手が壊れかけた。幸いにも壊れてこそいないが、しかし壊れかけには違いない。この場で確認できる限り、握力はより酷く落ちているし、反応速度も明確に遅くなっている。
……だが、観ろ。考えろ。
追撃を意識していない強烈なだけの殴打。
私から見れば低いと言ってもいい射撃精度。
明らかな緊張が見えすぎている面構え。
……つまる所、場馴れしている訳ではなさそうだ。技術も経験もない、ハイスペックな身体能力をただ押し付けるだけのパワープレイ。
「貴方は、何が、目的なのっ!」
息切れか緊張か。詰まりの聞こえるそれを聞き流す。
……相手がパワープレイで押し通ろうなら。そうであるなら簡単だ。
いなし続ければいい。
──制限機構解除。全再生リソース、骨格、腱に注力。
万に一だろうが、億に一だろうが、一は一であることに変わりない。
言い換えれば、どう対処しようとも有りえてしまう事だ。だから。
──アクセル、
備えは、万全にする。
ミシリ、ミシリと。軋みがより増し、だが慣れた痛覚の電子信号を徹底して無視しながら、前のそれと向き合う。
いなし続ければ、勝てる。あるいは無力化すれば。
──逆を言えば、いなせなければ死ぬ。無力化出来ずとも、当然死ぬ。
──何。いつものことさね。
そう考え。
「何もいわないなら──早く倒されてよ!」
相手がトリガーを引くと同時に、踏み出した。
ホルダー未満の役立たずと化した左手を頭の盾に、またそこ以外に飛ぶ弾はナイフで切り落としながら前へと進み、懐へ。
潜り込んだ刹那に下段の足払いをするが、しかし後方に跳びかわされ、トリガーを引いて隙を埋め合わせる。
それなら。視認の瞬間に高速で弾丸に照準を合わせ、アサルトライフルで迎撃。逸れども尚私の方向に迫るものは持ち替えたナイフで落とし。
と、今度は相手の方から迫り、叩きつけんと振るわれた拳。高速化した動作をしても尚ナイフの背でいなすのは寸前。当然、重打の衝撃全てを逃がしきれる訳でもなく。
ぐ、う、と。手の痺れと痛覚、それらと同時に呻きが細切れに出る。
衰えたとはいえ、こちらも相当に速いはずだ──そうというのに反応するのか。……チッ。ダメージを追わせずに無力化など、過去の私はどうして軽視していた? 呆れた奴だ。
過去の自分を呪いたくもなりながら、だが努めて冷静に判断する。
…………ああ、よろしい。努力目標としての無力化は不可能と判断しよう。このままでは思っている数段はジリ貧だ。
──なら、【最低目標】として無力化するまで。積極的に、打って出る。
──了解。対人戦行動原理を防勢より攻勢へと変更。
……思えば私が、時間稼ぎのための戦い方など知るはずもない。相手していた瞬間までの、捨て身でただ攻撃し続ける──そちらの方が、余程私に合っている。
改めて構え直し、見据える。目の前の敵を。目の前の鎮圧対象を。
相手にはどう見えているだろうか。妨害をしに来た間者か? それとも不幸をもたらしかねない誰か? ──あるいは、死神?
強ばった顔つきのそれを見て、思う。
……まあいい。
勝手に怯み、勝手に恐れるのであれば、それを利用するまで。
さあ、やろう。スラグ弾の込められたショットガンを取り出し──また、それが詰めてくるのも同時だった。
いなし用のナイフは持たない。迎撃のために撃つ。
しかして撃つのは、その後ろへと引いた肩だ。
カチリ、トリガーに掛けていた指を引き。
「痛っ……!?」
微弱な神秘を込めた──少なくとも頭部に当たらなければ死にはしない──弾丸で大きく仰け反らせる。……仰け反らせただけでしかないのも、それの異常じみた身体能力の産物か。
だが構わない。すかさず怯みに合わせアサルトライフルの弾に並列しながら接近。同時も同然の射撃は戦士の本能だかで致命打は避けたらしいが、しかし全て避けられた訳ではない。確実に蓄積している。
そのまま白兵戦の距離に持ち込み、ハンドガンに持ち替えた刹那に脇腹を狙った蹴りと、頭部狙いの射撃。
「ぐ、うぅっ!」
だがなおも見切ったのか身体をこれでもかと大きく捻って横に躱した。
だが無理のある回避。体勢を大きく崩したのが見えた。
次の攻撃は、避けさせない。避けさせるものか。
──殺す気で。
刹那持ち替えたショットガンの銃身を握り──。
「嘘っ──!?」
フルスイングで銃床を側頭に叩きつけ、地に伏せさせた。
これでようやく落ちたか? ──そう思わせる間もなく、身体を起こそうとする姿が見えた。
これでも通らないのか。さながらセンの体質じみている──思わず苦虫を噛み潰したような感情が顔に滲み出る。
……だが、いよいよ続行までは行かなかった──少なくとも戦意は失ったようだ。奥底から信じられないような顔で、殴りつけられた所から流れ出る血を手で触れ、怖気付いたように地へとへたりこんでいる。
底の底まで、場馴れしていない。……これが普通だろうが。
──戦闘モード、終了。これより通常時へと移行。
一旦は切り時と判断し、張り詰めていた気を少しばかり緩める。
……何故、私は。
こんな事をしているのだろう。
こんな武器を持っているのだろう。
こんな生き方しかできないのだろう。
切り離していた鬱屈とした感情が一挙に雪崩込む。
……これだから、私自身が嫌いになる。
どう頑張っても、私は私の所業を嘆いてしまう。人の想いを、悲願を踏み潰した事を顧みずに生きることができない。
……センなら、できた。センなら同じ状況でもできた。
それなら私にも出来ないはずが無い。
なのに何故出来ない? 何故出来ない?
答えは明確だ。私が努力をしていないからだ。努力することを怠っているからだ。そうして今に甘んじているこらだ。
……いいや、あるいは。
これさえも、私を追い詰めるそれなのかもしれない。
追い詰める事だけが趣旨の、酷くみすぼらしい現実逃避であるのかもしれない。
……それなら尚更に、センの価値を貶める愚行ではないか。
そうであるなら尚のこと。
「──無駄であろうに……」
「……へ?」
思わず呟きが漏れ──同時に轟音が辺りに鳴り響いた。振り返ってみれば、そこには一室が爆破され、黒煙が立っている光景。
「……え……あ、嘘……そ、そんなつもりじゃ……」
目の前の彼女は青ざめた顔で、そのまま呆然としている。少なくとも私の事は目に入っていないか、あっても今は目の前の事に意識を向けているはずだ。
……彼女には悪い事をしたが……しかし、良い頃合だ。さっさと撤退させておこう。作戦としては、それなり程度には上々な出来だ。
悠長に起こしている時間もない。そこらに転がっている各員の腹部を力強く踏みつけて叩き起こす。
それで気を取り戻したが、どうも前後不覚らしくふらついた状態の彼女たちをおいて私はさっさと立ち去る。そも私は本来、ここにはいないであろう人間だ。何、彼女たちは優秀だ。じきに方向感覚を取り戻すだろう。
そのまま距離を取っていれば、不意に白州と会った。
恐らくは、連絡のために来たのだろうか。
「……白州か。セイアの方だが……どうだったか、聞いておこう」
「……大丈夫。生きている。未来予知のような物があって、それで来るのが分かっていたらしい。それで、どうにか私からの説得と、その人の提案もあって、死を偽装することにしたんだ」
「……そう、か。……そうか」
……目の前の彼女は、意思を貫けたのだな。
良かったと、我が身で無いながら、少しばかり嬉しく思えた。
……だが、と。こうして今に浸かっている暇は無さそうだと、漂う空気から実感する。
騒ぎは大きくなっている。じきに、厳戒態勢が敷かれるだろう。その時の脱出ほど、難しいものはない。
ことさら、慢性的に物資の不足していたアリウスではなくトリニティだ。より厳格なものであることに違いない。
早めに伝えておくべきことは、伝えておこう。
「報告の期間については貴官に一任しよう。彼女たちには抹殺した、とでも報告しておけ。そして、それと……それ、と」
……良い言葉が思いつかない。
どう形容するべきだろうか。どう送り出すべきだろうか。
──この時、姉さんならどう言うだろうか?
そう、考えていたら。
「──白州。普通に生きてこい。その制服、似合っているぞ」
自然と、そんな言葉が零れていた。
それに答えるように。
──ああ、分かったよ、総長。楽しんでくる。
今までに見た事の無いほどににこやかな顔で、返事をした。