ハクモクレンはアリウスに咲く 作:白栗
襲撃妨害のその後は、当然といえば当然ではあるが、懐疑的な雰囲気が分校中に漂っていた。
曰くは、たった数秒にしてアリウスの小隊を全滅させた襲撃者がいた、と。
曰くは、聖園ミカにも少なくないダメージを与えた、と。
曰くは──そいつは、アリウス分校に不利益をもたらす裏切り者である、と。
白州の成功報告でいくらかは緩和されているのだが、アリウスの中には裏切り者がいるのではないか──そのような雰囲気が、そう容易くは無視できない程度には膨れていた。
とはいえ、成功は成功であり、また目標も達成している。それならまあ、良いのではないのか? そういった意見が多数を占めていることも、また事実。
そもあれはただの横槍だったのでは? 情報漏洩ではなく、ただの運の悪い偶然が重なっただけじゃないのか? ──そういった、私にとってみれば見積もりのやや甘い議論も起きていた。
さて、当の襲撃者側であった私の方は、といえば。
……まあ、1部からは確信めいた目を向けられている。特に、黒犬部隊の2人からはほぼバレているような物といっても過言ではない。
1人からは『テメェ位だろうが、こんなこと出来る奴なんてよ』なんて意味でも含められたような疑心を向けられ、またもう1人からは『ようやく動きましたか』だとかが含まれたような、生暖かい目を向けられた。
……まあ、真汐と早乙女の──内戦に生きていた子供たちからすれば、私以外にできるはずのない芸当だろうと粗方分かったのだろう。
ステルスや殺人的な高機動は、今では私の専売特許であるから。
幸いなのは、どちらともベアトリーチェが気に食わない、という姿勢であることだろうか。
早乙女は過去のように反逆の意志を隠しながらも、しかし強く固持しており、真汐はベアトリーチェの視界の通らない所で悪態や愚弄を吐く。
余談になるが、そういった心情や言葉などを私は伝えていない。
伝えた所でまず曲がらないような精神性だからというのもあるし、第一不必要に傷つけておく事を面白がれるほど、負の方面に豊かな人格は持ち合わせていない。
まあ、さておき。
彼女らの気遣いか、義理立てか──それとも自分の地位を不必要に落とさないための黙認か。
どれであろうと、お互いがお互いに不利益になる事を言わないでいる現状にあった。
さて、その合間にも現状のトリニティの状況についてを私の方で調べたが、どうも情報統制が強い。襲撃以来警備の目が鋭くなっただとか、集団での登下校をするようになっただとかといった、下らないと一蹴出来るような内容ばかりであった。
何故こうも情報の漏れが無い? ──およそティーパーティーの迅速な行動によるものだろうが、だとして今の
死を偽装された百合園セイアが主導など当然として有り得ず、聖園ミカは思慮には富めども感情に走りやすいきらいがある。長期的に、かつ理性によって動く事を求められる政治にはあまり向いていないだろう。
であれば、残るは1人。
──桐藤ナギサ。彼女によるものと考えておくべきか。
……成程。
3人での体制では有事では事が進まなくなるだろう──ことより主導者以外は動きが鈍くなるのではないか、などと甘く見積もっていた。
しかしその才を発揮している様を見るに、評価の程をより一段と上方修正するべきだろう。
どう動くかを考慮しながら、より一段と厳しくなった訓練を積ませている最中の、ある日。
──かのベアトリーチェに呼び出された。
何か問題でもあっただろうか──私が起こした襲撃妨害のそれを除くとして。
……とはいえ、有り得なくはないラインでもある。どこのラインかはわからないが、情報が漏洩し、私がその裏切り者である、と発覚したことも。
いくら盲愛のベアトリーチェだとて、娘代わりが反逆でもしたのなら、切り捨てる時は切り捨てるだろう。
……そうあれば、良いが。
…………まあ、いい。その時はその時だ。でもなければ、いつも通りに動くだけのこと。
そう思いながら、身につけていた武器を取り外し始める。
──私はベアトリーチェに会う時、コート内に仕込まれている投げナイフやマガジンを含め、武器を持たずにいる。
殺しの道具を身につけるのが元より好きでもない──センや姉さんの形見だから持っているだけでしかない──そういった意味合いもあるが、1番の理由は武器を持たないでいる事で、反逆する意志は無いと言うのを伝えるためだ。
……別に素手で戦えない、などと言う訳でもない。寧ろ素手も交えて戦うような、所謂白兵戦の距離が私としては得意分野だ。所詮は儀礼のようなものでしかないが、それでも気分は多少マシになる。
……こうもくだを巻いているが──とどのつまり、私の自己満足に過ぎないだけで。
結局はそうする理由など、対して優れたものでもありやしない。
──そうしていつもの自己批判をしている内に、武器の全てを身体から取り外し終えていた。
さあ、早く行こう。
カツ、カツ、カツ──ブーツの音が廊下に響く。一足ごとにじわり、頭痛と身体の重さが微かに強まる。
そんな頭の中で、考える。
私はどうするべきなのか。
私は、私の意志で動くべきなのか。
この問いは、いつも私の中で巡り続けている。
姉さんなら『わかんないよ、あたしにも。でもまあ、好きなように生きていけばいいんじゃない?』と言うだろう。
センなら『さあな。……ただ、それを決めるのは自分自身だよ、戦友』と言うだろう。
つまりは私のような──人の話を聞いていたいだけの性分の背中は2人とも一切押してはくれない。
──自由意志──自分で選び、戦う意志。
センが良く言っていたそれは、元来私とは無縁なもの。
常日頃からどうすべきかを考えながら、漠然と生きるのではなく、揺らがない柱を持ち、それを元に正しく、前に進み続けながら好きに生きる。
……これの何と難しいことか。
どう動くべきか。間違っていないか。現状に甘んじてはいないか。果たして自分の目指したものか。
──無理じゃないか、そんなの。センにしかできるはずがない。
──無理じゃないさ、案外。誰にだってできることだ。
ふと聞いて、その途方もなさへ無意識に口にした時にセンはこう答えていた。
……正直に言うと、今でも疑っている。センであったからできた事じゃないか、なんてことを。
そうでもなければわからない──納得できない。
私ができない理由が。私がそう従って生きられない理由が。
だが、偏に己を責め続けるのは簡単だ。そうしていれば良いだけ──嫌な事実から逃げているだけで済むから。
だが、逃げるな。立ち向かえ。過去の自分を省みろ。
他でもない、友人の価値を私自身で貶めないために。
できない理由を、探し続けろ。
──決意を固め、同時に生徒会室へと着いた。
……冷静を取り繕え。変わらない姿を見せろ。
1度目を閉じて深く息を吸い。少しずつ息を吐き。
「入室する」
扉を三度鳴らし、扉のノブに手をかけて入る。
見慣れた赤の肌と多数の目。やたらと目立つ白のドレス。
──ベアトリーチェ。今の生徒会長である。
「楽にしていなさい」
目の前のそれは、その一言だけを私に交わす。
言葉を聴く──そこに角々しさはない。
瞳を観る──私を見る目に冷血はない。
表情を観る──そこに裏や厳しさはない。
いつもの、溺愛するような甘さがあるだけ。
……ベアトリーチェの感情の隠蔽が余程上手いか、あるいは私の目が鈍っていなければ、気付いていないと見るのが最適だろう。
ひとまずは自らの方針を変える必要もなさそうだ。少しの安心が身に回る。
「聞いておきますが。体調はどうですか、我が娘よ?」
「ああ……そうさな。ひとまずは上々だ」
「……いいえ。少し顔を見せなさい」
──いつも通りを聞かれる。それに言葉を返せば、それを否定し。
手で顔を包むようにされ、顔を近づけられる。
ほんの一時、静けさが流れる。
「……昨日よりも隈が濃いですね。しかも肌もより白さが強まっている。良く寝ていない証拠ですよ。やはり良い寝具を導入すべきでしょう」
「いや、良い。私は今の椅子だけでも十分過ぎる程の睡眠環境だ。良すぎると却って寝入りが悪くなる」
そう答えれば、ええ、そうですか、と。やや不服そうな感情を滲ませつつも後ろへと下がった。
──詳しく、いつからか、までは覚えていない──だが記憶している限りでは、7年か8年は前からだろうか。
今のように母親じみた振る舞いをベアトリーチェはするようになった。
私の健康を気遣う。小遣いをやる。いい物を用意しようとする。私の意志を尊重する。
──さながら親のように。
……気味が悪い。
私の親は、あの血の繋がっていた父さんと母さん──もう死んだ2人だけだ。知識と道徳を教えられたのは教育係で、私の生きるための理由になったのは姉さんで。そして私に生き方を教えてくれたのも、友人で。
……私はこれ以上席を用意したくない──甘えた事を言うのなら、もう喪ったが理由の苦しみなど味わいたくないのだ。
だがその用意してくれている環境に甘えている──そうあることに甘んじていること──席が少しずつ、また少しずつと完成されていく実感があること。
それは、私自らでも否定できない事実だった。
……いや、一度こんなことは忘れよう。
それよりも、呼んだ要件について聞いておくべきだ。そう考え、口を開く。
「して、要件の程を聞いておこうか──まさかとは思うが、このような世間話をするために呼んだ訳ではなかろうてな」
「……ああ、ええ、そうでしたね。……そろそろ頃合としても、いい頃でしょう。私の計画の事を話しておきましょうか」
──作戦か。
聞いておくべき、だな。
今後の事についても並行して思考を回しながら耳を傾ける。
「現状の標的はトリニティだけですが……そこだけではなく、ゲヘナをも。両方を纏めて滅ぼします。タイミングは……そうですね。エデン条約の締結日にしておきましょうか。そうすればゲヘナも纏めて始末できるでしょう。襲撃には巡航ミサイルを使い、生じた混乱の隙に両者の要人を始末し、崩壊させる──その段取りです」
「件の……キヴォトス外からの産物を使うと」
「ええ、そうです。当然貴方は着弾までは後方で待機してもらうつもりですよ。危ないですからね」
「……そう、か」
……握り拳が固まる。
違う。違う。
こんな私よりも、先に他の子供を優先してほしいと希いたくなる。
……だがお前は、人の願いを、自分のためにとへし折ってきたじゃないか。
そんな事を言えた口でもないだろうに?
……そうしてどうにか、蓋をする。
「ですが巡航ミサイルも混乱させるだけ。子供の前では大した殺傷力は持たないでしょう。そこでロイヤルブラッドの力を利用します。古聖堂ユスティナ聖徒会とアリウス内戦に残る強い感情──
「……ベアトリーチェ」
「ええ、何か疑問でも?」
「…………いや、気にしないでほしい。ただ……いや、本当に良い。何でもなかった」
「そうですか。……無理はしないことですよ」
……彼女たちは死んでも尚戦わされるのか。ただ休む事さえ、許されないのか。
私を心配するベアトリーチェを前に、陰っていく感情を覚える。
……ある一種の、死者の冒涜。これは正しく、そうではないだろうか。
……私はそれを許容するべきなのだろうか?
「ですが、ユスティナ聖徒会、及びアリウス内戦の参加者──
「……いや、良い。必要ない……指揮系統はそちらに任せよう」
……正直に言うと、難しい。
例え親代わりの存在でも。
こればかりは、どうしても譲れない一線だった。
……例え、委ねた責任が私にあるとしても。
──クーデター。
その言葉が脳裏に過ぎる。
そうするべき、なのだろうか。
……そうするのであれば……ああ、いや。
センだろうが、姉さんだろうが、こんな事をする相手なら、例え親を前にしても止めるに違いない。きっとそうする。
だから、私もやろう。
そうであれば、根回しを今のうちにしておく事は必須になるだろう。
黒犬部隊に情報を共有し、3人係でクーデターの案を練る。
信頼も信用もされるかはわからない──おおよそされることは見込めないだろうし、しでかしたことを考えれば厚顔無恥な行動にもなるが、それでも白州アズサを通じてトリニティにも頼れないかを考えておこう。可能であるのなら、ゲヘナの側にも。
そして、然るべき時にクーデターを実行する。
……今になって、センの方が正しいことを知るなんて。私は、どうしてこうも。
そう陰りの感情が支配していくうち。
ここからが本題だ、と言うように息を溜め。
「──ですが、それらは全てまやかし! そうして邪魔をする物がいなくなった後に儀式を執り行い、かのロイヤルブラッドを生贄に、より高次元的な存在へと至るのです!」
──は?
言葉には、できなかった。呆けたとて、言葉を一言でさえ発する以上に、ただ、受け入れたくなかった。
──目を背けていた現実を。
…………なん、て?
……アツコを、子供を、利用する?
……さながら解放戦線の、大人たちじゃないか。
私が……私が今まで信じていたベアトリーチェは……──自己利益以外を認めない悪、だったのか?
──瞳が褪せていく感覚がする。
「ええ、ですがそれだけでは足りません。色彩と接触し、存在証明を確固たる物にする」
……い、いや。
いいや。
まさか、そんな、はずが。ありえないだろう?
──足元が覚束無い感覚が強まっていく。
「そうすることにより更なる──そして創造主へとなるべく、下らない世界であるキヴォトスを破壊するのですよ!」
だったらアリウスも、統一などしないはずで。
ああそうだ、そうじゃないか! 心底の悪ならアリウスのような環境にテコ入れもしないじゃないか!
──『悪の敵』という
「他ならない──私と、貴方という我が娘の、最も崇高に近い存在である2人で!」
だが、辻褄が合う──合ってしまう。
アリウス分校に目を向け、内戦を終わらせた──なぜなら「動かすのに最も都合が良い」から。
私以外をただ虐待し続けた──なぜなら「そうあるべき存在」だから。
私だけを愛する理由などわからない──わからないが、だからこそおかしい。
何故私が
……いや、いいや。そもそも、分かりきっていたじゃないか。
私が目を逸らしていただけで──本来ならとっくに気づいていたんだ。──本当は子供を利用する悪だなんて、分かっていたんだ。
それを争いがないからと、殺しあっていた時よりは格段に良いからと、友人の遺志をねじ曲げてまで。
…………私の、
私の間違えた選択の
今になって、今になって。
──ああ。
もう、良いか。
それに武器なら。
左腕がある。
左腕を、掴んで。
「……どうしました? 我が娘よ──」
引き抜いて。
叩きつける。
「な、何を──!」
地に崩れ落ちる。
叩きつける。
「一体──!」
頭部を守ろうとする。
叩きつける。
「落ち着──!」
叩きつける。
「待──!」
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
──死ね。
死ね。
死ね。
……死ね!
死ね!
死ね! 死ね! 死ね!
ピンク色の内側、その粘膜を全て晒せ! 二度と己自らに都合の良い口など聞けぬよう、丹念に丹念に丹念に──丹念に丹念に丹念に丹念に叩き潰してやる!
──だから死ね!
「──長?」
さっさと死ね!
「──長!」
お前も死ね!
「──総長!」
……呼び声が聞こえる。
気付かなかったのか。
……気付かなかったのだろう。余程に怒りが強かったのか。
声の質を考えるに、錠前だろうか──錠前だろうな。
目の前の赤く染まった死にかけよりも優先すべきは、錠前の方だ。
格好は誤魔化しも効かないだろうが、しかしせめてとして、努めて声の平常を装う。
「──ああ……錠前、貴官だったか。まあいい。ナイフを貸せ。銃器でも良い。とにかく貸せ。早く」
一刻も早くこの悪を駆逐するために。
……しかし、動きに躊躇いが見える。
「……総長。もし渡したら、マダムはどうなる?」
「殺す。当然だ」
銃器の方が早い。だがよりナイフの方が早い。
義手はちぎれ掛け──二の腕に関しては叩きつけているうちにどこかへ飛んだ。
まだ息はある。だからさっさと仕留める。殺さないとこれはまた同じことを──不幸を振りまく。
……だというに、遅い。
「……総長。それは、ダメだ」
──は?
ほざけ、戯言を。
口からその言葉を吐きかけるが、ぐっと堪える。
「何故だ」
「……わからない。でも、殺すのは……ダメだ。ダメなんだ」
「……なら命令する。上官命令だ。ナイフを渡せ」
「ダメだ、人殺しなんて!」
「上官命令だ!」
「それでも駄目だっ!」
……ここで差が出るか。
内心舌打ちをする。
私達は──内戦に生きてきた子供は人殺しをした。人殺しによって生きてきた。
だから武器を持つ手は重い──だがその割に、殺しに対しては躊躇がない。
だが未経験者は別だ。
人殺しなどしたことがないから──良く言えば、底抜けに心優しいからこそ、人殺しを拒む。
だから武器を持つ手は軽い──その癖して、殺すことには躊躇する。
その差が、この悪を仕留める阻みとなった。
……相手が早乙女か真汐であれば、より早く仕留められたというに。奴らなら事情も素早く飲み込んだだろう、というのもあって殊更に。
──まあいい。
死ぬまで叩きつければ、いずれは死ぬ。
当たり前だ。だがほとんどがやろうとしない。
だから私がやる! 今、ここで!
──そのまま、振り返れば、それはいた。
よく見たスーツ。よく見た顔のひび割れに、よく見た黒のモヤ。
──黒服の姿だった。
「……何だ黒服。そいつに一体如何程の用がある」
聞けば、聞き覚えのある含み笑いで返す。
「突然の来訪、失礼します、「総長」。……いやはや、驚きましたよ。定められた筋書きを覆す可能性──特異点的存在。前々から微かに観測していましたが、ここまでとは……想定外ながら、喜ばしい想定外です……クックックックックッ……」
……観測者、研究者というのはこうも話がくどく抽象的な奴らばかりなのか?
苛立ちを覚えながら、話を急かす。
「黒服、私は長ったらしい話は嫌いだ。さっさと要件を言え」
「おや、これは失礼しました……さて、本題について話しましょう。彼女を──ベアトリーチェをこちらへと引き渡して貰いたいのです。ええ、貴方の気持ちが微塵もわからない、という事ではございません。ですが不肖ながらも、彼女もゲマトリアの一員。研究者にも、義理を通す感情はありますから」
──なら、条件がある。
ため息も混じりながら前置きをし、息を溜める。一挙に吐くために。
一挙に言わなければ、コイツらは穴を付く。
「──その畜生にも劣る屑を表裏関わらず二度とこの世界に関わらせるな! 貴官らゲマトリアで未来永劫に飼い殺せ! もし欠片でも出してみろ──貴官ら郎党の肉体全てを切り落とし叩き潰して塵箱行きだ! 生涯貴官らの呼ぶような神秘や崇高や恐怖だとも関われないような身体に仕立ててやる! わかったか! わかったのならさっさと回収して私の前から消え失せろ!」
「……勿論。貴方の意志を尊重しましょう。このことを契約として、私から処理しておきましょう。それでは、また機会があればお会いしましょう……クックックッ」
そう言い残し、それを引き連れワープをしようとし──ベアトリーチェが掠れた声で、呟いたのが聞こえる。
「……なぜ……ですか……我が娘よ──」
「黙れ。……私はもう貴様の娘でもなんでもない」
そう吐き捨てた。
決別した。
部屋の中は、久方ぶりの静寂で満たされた。
「……ハァッ……ハァッ……」
義手を手放す。
……ああ、このスーツは返り血で随分汚れたな。洗いに出さないと。今まではベアトリーチェがどうにかしていたが、これからは1人でやらないと。……幸いに替えはある。暫くはそれを使おう。
それに義手も、随分とこっぴどく壊れた。コイツも修理に出さないと行けない。
後は中身のシャツもだ。腕で殴り殺そうとした時に纏めてちぎった物だから、1つ買わないとだ。
──激情が少しずつ引いていく。
「……ああ……」
膝から、崩れ落ちる。
……どうしようか、今後は。
ベアトリーチェはいなくなった。……つまりは、主導する人がいなくなった。それと同義だ。
人に任せてはいられない。そもそも私が始めた事だから、私の時点で終わりにしないと。
……憂鬱だ。
──引いた虚無感で、満たされる。
「総長!」
「良い……気にするな……」
前のめりに倒れそうになる。
……疲れたな。もう十何年も、父親と母親と、姉さんとセンに会っていない。
久しぶりに会って、何か話でもして。そうして暫く、休んでいたい。
…………でも、おかしいでしょう?
だってもう、死んでいるんだもの。
……でも、もう一度会いたい。
──死にたいと、心からせがみたくなる。
「……伝えておいてくれ、錠前。──これよりアリウスを主導するのは私──総長であることを。……このクーデターを起こした責任は、私自身で
「……ああ、わかった」
少しだけ溜めて、了承の答えが帰ってきた。
アリウスはこれから、変わらない今ではなく、より良いかもしれない明日を目指して変わりゆくのだろう。
……私を、主導として。
……だから、なんだ。
……もう疲れた。気の赴くままに寝たい。家族に、姉さんに、センに会いたい。
もう何もしたくない。何もかも人任せにして、私は隠居をしていたい。
本当はただ普通でありたかっただけで。
ただもう、墓守でもしていたい。墓守でもして、こんな理不尽ばかりの世界で生きるなんて、もう疲れた。
──だが私は、「総長」だ。
もう変わりようのない、確定された「事実」なのだ。
ふらつく脚で、無理やりにも立ち上がる。
……ああ、そうだ。
そうだったな。
家族たちは、センは、姉さんは、弱音のようなことを1つだって言いやしなかった。
……私は、どうしようもない人だ。
言い訳をして逃げようとする。
何もかもから逃げようとする蛆虫だ。
妥協に甘んじ、それに良しと生きようとするような屑だ。
誰かが傷ついても、それを仕方ないとするような生き恥だ。
そんな人間未満でも、後始末は、私でやらなければ。
だから。
──全てはアリウス復興という大義のために。