待ち伏せを決めてからの若者たちの行動は素早く無駄がなかった。今までの悪ふざけは何だったのかと問い詰めたくなるほどだ。
こういう場面を想定した上での人選なので当然と言えば当然だが、少なくとも私は彼らについていくのに苦労した。
心臓と肺がもたない。変な耳鳴りもするし、膝もずっとガクガクしていた。まだまだ身体は元気なつもりでいたが、やはり若者たちについていくのは相当キツい。
結果から先に言えば、襲撃は成功した。
ヘッドショットの情報通り、皮剥ぎ盗賊らは飛び道具を持っていなければ、自身を修理する道具すら身に着けていなかった。
スケルトンは厳密には生き物ではない。機械だ。代謝がないゆえ、損傷が自然に治癒することもない。よって修理キットを持ち歩くのが常のはずだが、どうやら彼らは例外らしかった。
拉致した村人以外に、荷物らしきものはまるでない。身につけている物は武器である粗末な棍棒と、ロープで身体に括り付けた奇妙な鞣し革くらいだ。
服のつもりなのだろうか。自作するなら裁縫技術くらいは学ぶべきだと思うが。
連中の頭数は多く、個々の技量にも目を瞠るものがあった。そこらの野盗程度では相手にならないだろう。
だが技量においてはこちらも折り紙つきだ。優秀な狙撃手の援護に加え、少年の統率力もある。
さらに嬉しい誤算として、村の若者たちが存外強兵揃いであることも挙げられた。さすがにアウトランド近辺で日頃から魑魅魍魎に揉まれている者たちは場数が違う。実力はともかく、覚悟のほどなら帝都の侍たちにも負けぬに違いない。
数がほぼ互角なら、戦術と統率力がものを言う。スケルトンと戦うのは初めてであったが、苦戦と呼べるほどのことはなかった。
彼らは頑丈で動きも正確だが、可動部にガタが来ているためか、腕力と動きのキレはそこまででもない。おまけに統率に難があるため、開けた場所での集団戦はこちらに大きく分があった。
極めて正確で効果的な奇襲が行えたことも大きな勝因の一つだろう。
何をとち狂っているのか。連中は大声で奇妙な歌(そうとしか形容できない。聴いていてひどく不快になる)を歌いながら、周囲への警戒もなくノコノコと現れたのだ。
どうやらハイキング気分なのは我々だけではなかったらしい。幸運に恵まれたようだ。
思えば少年と行動を共にしているときは、大体そんな感じな気がする。
意外にも戦闘で一番活躍したのは、舌のないハイブ人だった。彼は持ち前の気配の少なさと速さで先陣を切り、手にした
後で聞いた話だが(誰に聞いたかは忘れた)、彼はハイブの中でも戦闘に特化した種であり、自由意思は希薄だが死を怖れることもないとのことらしい。
死を怖れぬなら、死の間際に感じる恐怖もないということだろうか。だとしたら羨ましい限りだ。死への恐怖がないのなら、死ぬことを恐れず気楽に生きていけるだろう。
それがどれだけ幸せなことか。若者にはきっと理解できまい。
自由意思が希薄。結構なことではないか。
私に言わせれば、意思など人間が自身を他の生き物とは違う、何か高尚なものと勘違いした末に生み出した妄想の産物だ。
人間も本能と欲に操られる獣だ。詩人によって賛美される人の勇気や愛など存在しない。それは虚飾であり、いわば後付けの蛇足だ。
心や魂の活動など、突き詰めれば脳みその皺に沿って走る小さな電気信号に過ぎない。我々が自分の意思で選択したと思ったものは、幼少期の動的刺激によって形成された脳の回路が物事を自動的に選り分けた結果なのだ。
そして後から自身を見返したとき、その脳が機械的に行った選択を心や意思による尊い決断と曲解しているに過ぎないのである。
くだらない与太話はともかく、スケルトンどもの荷物を調べて分かったことが一つあった。正確には、連中の身につけていた鞣し革についてだ。
私を含む何人かの見立てでは、それはおそらく、いや間違いなく……人間の皮だった。
なるほど、人から皮を剥いで衣服として身につける。けっこうな趣味じゃないか。
そこまでならまだその程度で済んだかもしれないが、奴らの悍ましさの本領はその先にあった。
話を聞く限り、どうも彼らは生身の肉体を持つ我々に対し、異常な憧れと執着を抱いているらしい。自分たちは機械の骨格が剥き出しになった不完全な存在であり、なめらかでフレッシュな我々人間の肌を纏えば完全な存在になれると信じているようだ。
頭部には顔から剥いだ皮を被り、そこから下は胴体から切り取った人皮を鞣して着飾る。死体愛好家の作った悪趣味なマネキンにしか見えないその姿こそ、彼らの思う完璧な姿であるらしい。
そうなると彼らが修理キッドを持たず、代わりに人を治療するための応急処置具を持ち合わせている理由にも納得がいった。本体の骨格よりも、愛すべき皮膚を労りたいのだろう。
連中のことをそこまで理解できたとき、何だか私は急に怖くなってきた。
ビークシングやリーバーに比べれば何のことはないと思っていたが、こいつらはこいつらで別方向に狂気のベクトルが振り切れている。人皮を纏えば我々と同じになれると考え、そのために生身の我々から皮を剥ぎ続ける。所業よりも、その信仰の方が怖ろしい。
スケルトンは太古の昔から生きる、賢く思慮深い者たちだ。そんな彼らに間違った思想を広め狂わせた輩とは一体何者なのか。その顔を拝んでやりたいような死んでも近づきたくないような、微妙なところである。
しかし奴らを尋問するうちに、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなってしまった。どうやら皮剥ぎ盗賊の拠点には、まだ皮を剥ぎ終えていない捕虜たちが大勢捕らえられているらしい。
見殺しにはできない。助けに行こう。そういう方向に話がまとまるのに時間はかからなかった(なんなら秒で決まった)。
冗談じゃない。危険な橋を渡らずに済んでほっとしていたのに。顔も知らぬ連中のために命を張るなど馬鹿げている。
私は何とか若者たちを説得しようとしたが、彼らは待ち伏せが成功したことで大いに調子に乗っていた。私の忠告など聞きやしない。
ヘッドショットに至っては「まだまだ撃ち足りない」などとぼやいている始末だ(的でも撃ってろ狂人め)。
しかもこの女、作戦を立てている際に「こいつを囮にすれば万事上手くいく」と私のことを指さしたのである。
反対する者は大勢いたし、無論私も嫌だと言った。しかし彼女がいくつか論拠を上げると、多くの者は黙るしかなかった。
まず、私は隠密行動に長けており、今は必要最低限の荷物しか持っていないので逃げ足が速い方だ。慎重で引き際を誤ることもないため、単独での生還率は高い。
次に、皮剥ぎ盗賊どもの趣向の問題だ。彼らは十代二十代の若々しい肌より、私くらいの年季を重ねたものを好むらしい。
ぞっとする話だが、心当たりがなくもない。
確かに先ほどの戦闘では私ばかりが狙われていたし、無力化したあとのスケルトンどもは、ずっと私の皮膚の素晴らしさについて意見を交わしていたのだ。
「あれくらい傷んでいた方がリアリティがある」とか「元々鞣し革のようだから鞣す手間が省ける」とか……申し訳ないが、褒められている気が全くしない。
少年は最後まで反対してくれたが、結局私が折れる方が早かった。
引き受ける旨を皆に伝えた後、ヘッドショットの横まで歩いて行き、耳元で囁く。
「死んだら化けて出てやるからな。覚えていろ」
「そいつはいい。悪霊になら撃ち放題だね」
彼女はそう言ってケラケラ笑うだけだった。
そうして彼らと別行動に移る際、どういうわけか少年に呼び止められた。彼は私に、スケルトンに存在する二つの急所について教えてくれた。
まずは胸部のAIコア。全身の動力維持を担うスケルトンの心臓及び補助脳であり、破壊すれば機能停止に追い込める。ただし胸部の装甲は特別頑丈に造られているため、達人でもなければ直接狙うのは難しい。
不意討ちが前提なら、後頭部(よりもやや下あたり)からCPUユニットを取り外す方が安全に意識を奪えるとのことである。
「言うのが遅くないか? どうして襲撃の前に全員で共有しなかった?」
私は真っ当な疑問を投げかけたが、彼は少し肩を縮めてから「CPUの老朽化が進んでると、一度外したら付け直しても意識が戻らないことが多いんだって。かわいそうだから……」と答えた。
かわいそう? この悪趣味なイカレ殺人マシンどもがかわいそうだと言うのか?
……結構。だがその場合、私の方が百倍かわいそうということに異論を挟む余地はないな??
私はそんな感じでキレかけたが、我ながら大人げないとも思ったので口には出さなかった。
どうもこの少年、リーダーに向いているようで、その実全然そんなことはないらしい。どうにも楽観的というか、温和過ぎるというか、気が抜けているというか。
指導者よりは研究者気質であり、争いごとよりは交渉役に向いているように思える。剣技はともかく、軍事に関しては父親からそれほど多くを学ばなかったようだ(あるいは敢えて学ばせなかったのか……)。
ともかく、私は若者たちといったん別れ、一人で敵拠点を目指した。
私は真正面から一人で、若者たちは大きく迂回して後背から拠点に潜入する手筈である。
今冷静に思い返しても無茶苦茶な作戦だ。皮剥ぎ盗賊一人一人の強さを考えればあまりにリスクが大きい。何よりそのリスクの大半は、私一人が担うものなのだ。
少し距離を空けてから振り返ったとき、ヘッドショットがニヤけ面で手をひらひらと振っているのがはっきり見えた。
クソが。
登場人物紹介
『皮剥ぎ盗賊』
人皮を纏うスケルトンのキチ○イ集団。正直こいつらは出したくなかったが、大陸南東部を舞台にするなら避けては通れない連中である。
皮剥ぎ機の説明欄みんな読んだ? 『外側のレイヤーをじっくり丁寧に剥がしていく機械』? 何だろう、日本語喋ってもらっていいですか??(半ギレ) どうして狂人のレパートリーがこんなに豊富なんですかねぇ……。
でもスケルトン関係で作者が一番ビビったのは、出会い頭にエラー吐いて急にこっちの味方になってくる連中。理由なく襲ってくる奴らより、理由なく味方になってくる奴らの方が人間心理的には怖いんだなあって初めて実感した。