ある反奴隷主義者の手記   作:無職のプーさん

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 12月は少々忙しかったので更新をサボってしまいました。申し訳ありません。
1月末にはもう一話くらい投稿したいです。




14

 

 渓谷から南に進み続けると、ある地点を境に景色が一変した。

地面は泥濘んで黒ずみ、暗雲立ち込める空からは酸の雨が絶えず降り注ぐ。遠方の地平では、時おり稲妻の音が木霊していた。

 

黒い土を踏みしめるたびにブーツがシュワシュワと音を立てていることに気づき、私は思わず舌を打った。

傘とコートで酸性雨の対策は完璧だと思っていたが、どうやら考えが甘かったらしい。私の靴はそれなりに分厚い革でできているが、酸への耐性はそれほどでもないようだ。

 

できるだけ水溜まりを避けて進むしかない。私はひょこひょこと傍から見れば奇妙な足取りで、酸の溜まりを避けて歩いていった。

 

 

 

 

 

 岩壁に囲まれた皮剥ぎ盗賊の拠点は、遠目にもはっきりと視認できた。

分厚い雲に覆われた黒い大地には日の光などめったに射さないが、それでも時々暗闇を貫く雷光が、平地にぽっかりと浮かぶ岩の塊の影をはっきりと刻んでいる。

 

作戦通り正面から近づくが、見張りの姿は確認できなかった。いささか拍子抜けしたが、たまたま席を外しているとすればまたとないチャンスだ。

私はおっかなびっくり入り口をくぐると、危険な盗賊たちの根城へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 予想していた通り、連中の拠点はそれなりの規模だった。

酸の腐食を防ぐために特殊な加工が施された金属製の建物が複数あり、他には発電機や燃料の精製器など、そこそこに高い技術力が窺えた。

今では錆びついたり壊れたりしているものも多いが、少なくとも過去には彼らが正気だった時期があったということだ。

 

酸性雨が降りしきる中、皮剥ぎ盗賊たちはぼんやりと佇み、あるいは思い出したように製油作業に手をつけたりしている。熱心に見張りをしている者も数人いたが、少年に教わった手順であっさり無力化することができた。

 

スケルトンの視覚、聴覚は人よりも正確で、熱源センサーまで備えている。だが連中の場合、それらの機構のほとんどは破損しているか、あるいはそこから送られてくる情報を正確に処理する能がすでにないのだろう。

 

げんに首の後ろから抜き取ったCPUには、熱による変形や焦げつきまであった。

スケルトンの人格や記憶を保存する主要脳とも呼べる部位だ。こんな状態で稼働し続けていたことこそある種の奇跡と呼べるに違いない。

 

今の時代、人は狂うほど長生きすることができない。先に病で死ぬか、餓えて死ぬか。そうでなくとも世話に嫌気が差した身内によって荒野に捨てられる。

心も体も壊れてしまった年寄りなど、奴隷商でさえ買い取らない。文字通り獣の餌にするしか使い道がないからだ。

 

狂うほどの歳月を生きても簡単に死ぬことができない機械の身体であることこそ、彼ら最大の不幸と言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 そして私にとっての最大の不幸はここからであった。

大きなドーム状の建物の前に辿り着き、その内の一つの小さな窓から中を覗こうとしたときだ。

 

恥ずかしいことに、このときの私には些かの油断があった。油断できる状況でないことは重々承知だが、それでも私にはそういうところがある。トントン拍子で事が進むと気が抜けるというか何というか。

一人で行動しているときは特にその傾向が強くなる。

 

「やあ、生身の兄弟!!」

 

突然響いた声に、私は心臓が飛び出るかと思った。おそるおそる振り返ると、そこには一体の皮剥ぎ盗賊の姿があった。悪趣味な覆面の奥にあるメインカメラの光を明滅させ、こちらの姿をはっきり視認している様子である。

 

「そんなところで何をしてるんだ? さあさあ、中に入って! くつろいで!!」

 

彼は極めて明るくフレンドリーな音声で、私を建物の中へと導いた。

呆気に取られ、ついノコノコとついていってしまったのは、私の人生最大の失態である。

 

「やあ、ニンゲンの兄弟!!遠路はるばるよく来たな!」

 

「さあ、楽にして! ニンゲンの食事を摂ってくつろいでくれ!!」

 

中では皮剥ぎ盗賊たちがまるで人のように胡座を組み、床に敷いた毛布の上でリラックスしていた。連中は私を見ると口々に歓迎の言葉を吐き、腐りかけの(あるいは完全に腐っている)食べ物や飲み物を勧めるのである。

 

そのまますんなりもてなしを受けるかと思いきや、数分と経たずに様子がおかしくなった。横にいた一体のスケルトンが、私の身体をじいっと見つめだしたのである。

 

「お前の肌は柔らかそうだ……」

 

そう呟いたスケルトンの音声は、こころなしかネットリとしていた。「触ってもいいか?」

 

「い、いや……」

 

私は拒否したつもりだが、彼は私の身体をベタベタと触り始めた。

 

「おお、素晴らしい! 完璧だ。硬すぎず、柔らかすぎず……」

 

「何だと?!」

 

「本当か!」

 

「おお、いいじゃないか! こういうので良いんだよ、こういうので!!」

 

「私にも私にも!!」

 

周囲の連中までが私に群がり、腕や顔などをもみくちゃにしていく。

 

「やめてくれ。触るな!」

 

思わず振り払うと、意外なことに彼らはあっさりと身を引いた。

 

「すまない、興奮しすぎた。我々はニンゲンの肌が好きなんだ。何と言っても……ニンゲンだからな!」

 

よく分からないことをほざきながら(正直ずっと何を言っているのか分からない)、彼らは一斉に建物の隅に集まった。何やら相談事を始めたようだが、聞き耳を立てるには距離がありすぎる。

 

そうして間もなく彼らは散解し、まるで私の逃げ場を塞ぐように周囲を取り囲んだ。否、まるでではなく、本当に私の逃げ場を塞いだのである。

 

「すまない、兄弟。満場一致で決まってしまった。こんなことになって残念だ。本当にすまない」

 

「な、何がだ? 何の話だ?」

 

「……お前の皮が今すぐ欲しい」

 

呟くや否や、スケルトンたちはほとんど同時に武器を構えた。機械らしく統率の取れた綺麗な円陣を描き、それらを徐々に狭めていく。

 

「わ、わ、私の側に近寄るなァァァァッ!!?」

 

私はわめきながら長剣をメチャクチャに振り回した。

 

言い訳するようで見苦しいが、決して私は愚かではない。こうなったのは自己責任だと思う読者がいるだろうが、そうではないことを分かって頂けると幸いだ。

 

私には荒野の生活で鍛えた、遠方からでも殺気や敵意を察知する勘がある。その精度は野生の獣に勝るとも劣らない。

しかし機械人にはその勘が通用しない。彼らは全身の毛穴から殺気が噴き出すことはないし、その表情から敵意を読み取ることもできないからだ。

 

長年頼ってきた能力を狂わされたのだから、少々意表を突かれたとしてもそれは仕方のないことだろう。

もっとも今回のこれは、少々どころの騒ぎではないのだが。

 

「わああぁぁぁぁッ!?」

 

私は情けない悲鳴を吐き散らしながら武器をやたらと振り回した。スケルトンたちはそれに怯むことなく、ゆっくり着実に距離を詰めてくる。

彼らの手に持つ棍棒が、室内の薄明かりを反射して微かに燦めいた。

 

 

 

 

 

 そこから一体どれだけ時間が経ったのか。気がつくと私は、おかしな機械の中に囚われた状態だった。立ったまま身体を鉄柱に縛られ、手首足首を錠で固定されている。

 

「気がついたか、生身の兄弟」

 

私を囲んでいた皮剥ぎ盗賊の一人が、すぐ横までやってきた。耳元に顔を近づけ、ネットリとした音声を吐き出す。

 

「喜ぶと良い。君は今から生まれ変わる」

 

「な、なんだと?」

 

「我々の一部になるんだ。我々の皮膚として、君は永遠に生き続ける。……我々と共に」

 

「……!!」

 

私はそのときなって、足元に散らばる肉片に気がついた。私を拘束する鉄柱は血錆まみれであり、錠前も赤黒く染まっている。

そして周囲には、ピーラーのようなものが取り付けられた歯車がゴウンゴウンと音を立てて回っていた。

 

果たして何を剥くための物なのか、今さら解説する必要もあるまい。

 

「ヒイィィィィッ!?」

 

私は力の限り身をよじって暴れた。涙と鼻水で顔面はグシャグシャであったが、そんなことを気にしている余裕はない。

 

「だ、誰か! 誰か助けてくれぇぇぇ!!」

 

「案ずるな、兄弟。苦しいのは最初だけだ」

 

スケルトンは私の側に立ったまま、歯車がゆっくりとこちらに近づいてくるのを見ていた。

 

「初めはみんな痛がるが、次第にその痛みが快感へと変わる。みんなそうさ。最後には、とても楽しそうに笑うんだ。最期まで……」

 

歯車が正常に動作しているのを見届けてから、ようやくスケルトンは名残惜しそうに離れた。

 

「あぁ、そんなっ、やめてくれ! ダメだ、やめろ!!」

 

私は言葉にならない叫びをあげながら、必死に拘束から逃れようともがく。

 

「嫌だあぁぁぁ!! ワアアアァァァッ!」

 

顔から出せる全ての体液を撒き散らし、私は暴れた。文字通り全身全霊だ。

 

後になって考えれば、手首に隠した針金で拘束の錠を解くこともできた。力尽くで逃れようとするより、そちらの方がよほど現実的だ。

だがお察しの通り、こんな状況で冷静でいられる私ではない。土壇場で平常心を失ったものがどうなるかは、多くの者の知るところだろう。

 

ただ今回に限ってはそうはならなかった。この手入れを欠いた皮剥ぎ機には、ある一つの欠陥があったのだ。

拘束には錆が少なく、これといった不備はなかった。だが周囲を回転するピーラーの機構は歯車が剥き出しであり、その清掃にはさほど時間がかけられていなかった。

 

そこには獲物から飛び散る血や肉片が付着し、噛み合わせが甘い箇所がいくつもあった。それゆえ私が暴れた衝撃で、それらのうちの一つが運良く外れたのである。

歯車仕掛けの機械は精密ゆえ、一つが止まれば全てが動かなくなるものが多い。皮剥ぎ機もそのうちの一つであった。

 

「おや、どうしたんだ。止まったぞ?」

 

スケルトンの一人が異常に気づくと、機械に駆け寄った。あれこれ調べ始め、すぐに歯車が外れた箇所を見つける。

 

「ここだ。生身の兄弟が暴れた衝撃で外れたらしい」

 

「そんなこと今までにあったか?」

 

「ないな。この機械も、我々同様に歳をとったのだ」

 

「そんな強い力が出せるニンゲンには見えないが」

 

「逃走・闘争反応の一種だろう。彼らのCPUは我々のものより遥かに優れている」

 

故障した箇所の間近で頭を寄せ合い、何やら話し合う皮剥ぎ盗賊たち。やがて一人が私の方に向き直り、申し訳なさそうな声を出す。

 

「すまないな。機械に不備があった。悪いが少しだけ待っていてほしい」

 

「ううう、出してくれぇ……」

 

めそめそ泣く私にさほど構わず、スケルトンたちは修理に注力しようとする。

だがそのとき、建物の外で高い声が響き渡った。

 

「ごめんくださーーい!」

 

皮剥ぎ盗賊たちはハッと顔を上げ、次の瞬間、大慌てで外に飛び出していく。

 

「新たな生身の兄弟だ!」

 

「もてなさなければ!!」

 

「急げ!」

 

バタバタと騒がしく出ていくスケルトンたちを、私は呆然と見送った。やや間があってから、涙で歪んだ視界に少年の姿が映る。

 

「大丈夫? 今、出してあげるね」

 

「ううぅ……」

 

安堵と情けなさから、私は再びめそめそと泣き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふう……まったく困りますよ。泣きわめくノーフェイスおじさんが可愛すぎて可愛すぎて。
まったく……ふう。大変です。

ちなみに助けが来なくてそのまま皮になってしまった話も自分用に書いているので、もし希望者が多ければそちらも公開しようかと思っております。

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