拘束を解いてくれた少年に、私は気になる疑問をぶつけた。どうやって連中を出し抜いたのかと。
返ってきた答えは、何とも拍子抜けするものだった。
彼はまず建物を見つけたら戸口に立ち、「ごめんください」と声をかける。
すると皮剥ぎ盗賊たちが一斉に飛び出してくるので、すかさず扉の裏に張り付き、連中が一人残らず外に出たタイミングでこそこそと入り込む。
そうして全ての建物を虱潰しにしながらここまでやって来たとのことだ。
間抜けな話だが、実際そのやり方で私を助け出したのだから文句のつけようがない。ときには理に縛られず大胆であることも必要なのだろう。
「他に生き残りはいたか?」という私の問いに、少年は俯いた。全ての建物を見て回り、最後に確認したのがここらしい。途中には丁寧に鞣された人皮とズタズタの衣服、肉と骨の破片しかなかったとのことだ。
そうか。それは残念だ。ならこんな場所にもはや用はあるまい。私はすぐにでもおさらばしようと提案したが、少年は「仲間と合流しなきゃ」と返した。
何でもいい。とにかく早くここから離れたい。私は思考を止め、金魚のフンのように少年の後ろについて外に出た。
皮剥ぎ盗賊の首領は、サヴァンと名乗るスコーチランド人であった。歳は私と同じくらいで、どこにでもいそうな中年の男である。
どうして私がそんなことを知ってるかと言えば、合流した村人の一人がその首を掲げて見せてきたからだ。若く気性が荒いが村で最も腕の立つ男で、一騎打ちの末にそいつを討ち取ったらしい。
打ち合いの最中もずっとよく分からない説法を続けていたが、無視して首を斬り落としたとのことだ。
賢明な判断だ。狂人の理屈など聞くに値しない。こっちまで狂気に呑まれてしまう。真っ当な人間と狂人の垣根というのは、私たちが思っているほど高くないからだ。
何故このどこにでもいそうなおっさんがスケルトンたちの親玉なのか。如何にして彼らを狂気に引きずり込んだのか。分からないことだらけであったが、おそらく分からないままの方が良いのだろう。
彼らと一緒にいたヘッドショットは、私の顔を一目見るなりニヤリと笑い「ずいぶんお楽しみだったみたいだね?」と言ってのけた。殴りかからずどうにかこらえた私を、読者の皆には褒めてほしい。
可能な限り戦闘を避け、おまけに真面目に見張りをしていた連中は先んじて私が無力化していた。
理想的な条件が重なっていたものの、さすがにこちらも無傷とはいかなかった。負傷した村人の一人(先述した村一番の剣士である)が連れ去られ、例の恐ろしい機械にかけられてしまったのだ。
若者たちに落ち度はない。むしろ恐ろしいのはスケルトンたちだ。一度見つかれば最後、奴らはどこからともなくいくらでも湧いてくる。
二人の狙撃手の援護があったとはいえ(ヘッドショットとその弟子の青年が事前に高台に陣取っていた)よく包囲されずに立ち回ったものだ。それだけでも褒めてやりたい。
幸い皮になる前に救出が間に合ったが、発見が少々遅れたせいだろう。頬の一部と耳たぶが削ぎ落とされてしまっていた。
彼は私と違って泣きもせず悲鳴すら上げなかったらしい。大した胆力だが、そのせいで見つけるのが遅れてしまったので、やはり蛮勇というのは利があるものではない。
拠点への潜入が無駄骨だったと知るや、血気盛んな若者たちは怒り狂った。
サヴァンの首を何処かに蹴り飛ばしたあと(賞金首だから金になるのに。もったいない)、全ての建物に燃料油をぶち撒けてから火をつけた。
雷光に勝るとも劣らぬ激しい炎の輝きが、皮剥ぎ盗賊の拠点を包み込んだ。
無言で全てが燃えるのを見届けてから、私たちは帰路に着いたのだった。
こちらの損害は微々たるものだし、攫われた村民は全員助けられた。目標は概ね達成だ。だというのに、帰りの道中の空気は最悪に近かった。
誰も一言も喋らない。こんな重苦しい空気を味わうくらいなら、喧嘩でもしてくれていた方がマシである。
唯一普段通りのヘッドショット(こいつには人の心がないに違いない)とどうでもいい会話をしながら、その後何事もなく村に着くことができた。
ようやくいつもの暮らしに戻れると思ったのも束の間、少年が私の拠点を久しぶりに訪ねてきた。
話を要約すると、復讐者の女の義手を買うためブラックデザートシティまでついてきてほしいとのことだった。
私は最初に自分の耳を疑い、次にこのガキの人格を疑った。私がスケルトンどもに酷い目に遭わされベソまでかいていたのを彼はその目で見ているはずだ。
私がスケルトンそのものに恐怖を抱いているだろうとどうして考えない(こいつにも人の心がないのか)?
そもそも義手など火急の用でもあるまい。あの女はすでに片腕がないことに慣れてしまっている。戦闘はもちろん、日常生活においても大した支障はない。
負傷したときなども、口や足まで使って一人で器用に包帯を巻いて見せる。腕の代わりと言って子ガニを肩に乗せていることもあった(その役立たずが一体何の代わりになるというんだ)。
どうしても必要だと言うのなら、そこらのハイブ人の腕でもちぎって取り付けてやれば良いのだ。どういうわけかそれで上手くくっつくし、なんなら動かすことまでできるようになるらしい。
ブラックデザートシティはデッドランドと呼ばれる地域に存在する。そこは皮剥ぎ盗賊の拠点同様、分厚い黒雲と酸の雨に閉ざされた人の手の及ばない僻地だ。
地形は入り組み、酸の湖が点在し、日の光は永遠に差すことがない。乱立する鉄塔は役目を終えた今もなお煙を吐き続け、その周囲を無数の小さな機械たちが漂うように飛行している。
そこが古来より機械人の住まう地であることは周知の事実だ。拝火の教国の迫害から逃れた多くの者たちが暮らしているという。
私はスケルトンが嫌いだ。というより、数日前の一件で嫌いになった。あんな目に合えば誰でもそうなるというものだ。
その街の連中が皮剥ぎ盗賊ほどイカれているとは思わないが、人間の脳というのは一度根付いた偏見を簡単に拭い去れるようにはできていない。
私はデッドランドは危険だし、肝心のスケルトンの黒い街も何処にあるのか分からないと言った。降り続く酸性雨のせいで、生身の人間がその地に近づくことはほとんどないからだ。
しかし少年はこう返してきた。実はここに来る前に一度立ち寄っており、街の大雑把な位置は把握しているのだと。
ならお前一人で行ってこいと怒鳴りたかったが、やめておいた。助けてもらった借りがあるし、大体の場所が分かっているなら真っすぐそこを目指せばいい。探索の危険は最小限で済むだろう。
デッドランドは地図で見る限り、ここから近いとは言えないが遠く離れているとも言い難い、微妙な距離だ。だが少なくともアッシュランドへの旅路に比べれば遥かに安全だし、苦労も少ないだろう。
アッシュランドは動くもの全てが敵だが、デッドランドはそもそも動くものがない。文字通り死の土地だ。酸の雨にだけ気をつけていれば良いはずなのだ。
安全な道程(今考えれば全然そんなことはないのだが)で彼への借りが返せれば安いもの。
私はそう思い直し、少年の頼みを引き受けることにした。
私たちが留守の間に農村の安全をどうするか。これはなかなかに解決し難い問題だ。有能な人材を連れ出せば、その分村の防衛は手薄になる。
傭兵に常駐してもらうのが定石だが、いちいちブラックスクラッチまで行くのはどうにも手間だ(今回の目的地とは正反対の方角にある)。
悩んだ末、そういえば村の近くに傭兵の拠点があったことを思い出した。
ブラックドッグ傭兵団。リーバーやクラブレイダーほどの規模ではないが、過酷なアウトランドでしぶとく生き延びている連中である。
比較的小さいが、堅牢な造りの砦も有している。付近の荒野であまりにもいろいろなことが起きていたため、近頃は門を閉め切って内に引きこもっているらしい。
試しに砦に近づいてみたが、なるほど聞いた通り、分厚い鋼鉄の門は閉じられたままだ。ノックしても反応がない。
少年が「ごめんくださーい!」と声を張り上げたところ、少ししてから門は開いた。
傭兵たちは用心深く私たちを睨んでいたが、用件を伝えて金貨の入った袋を掲げると、コロリと表情を変えた。
押し売りが酷すぎてごろつき扱いされる連中だが、腐っても傭兵だ。相場より高いが、許容範囲の金額で村の警備を引き受けてくれた。
ぼったくりというほどではない。「近頃は何かと物騒で、少々高値をふっかけないと商売にならん」という彼らの言い分は理解できるし、筋も通っている。
なにせその物騒になった原因の大半には私が関わっているのだ。彼らがそれを知らないのは幸いである(初対面の態度から考えるに、もしかしたら多少の情報は得ていたかもしれない)。
年中雇用するほど村に金はないが、若者たちが留守にする間くらいは防衛を任せてもいいだろう。彼らは悪漢ではあるが、先述の通り腐っても傭兵だ。契約を無碍にはしないはずだと信じたい。
こんな時代だ。人を信じるという単純なことも命懸けになる。疑心を抱くことはもちろん重要だが、人と人との繋がりにおいて互いに信を置く行為は不可欠だ。
それが社会というものであり、そして社会がなければ、人は人たりえない。獣に成り下がるしかないのだ。この私のように。
登場人物紹介
『村一番の剣士』
読んで字の如く、村一番の剣士の青年。描写されていないが太刀使い。単独でサヴァンを討ち取った。
生まれついて気性が荒く、それっぽい言動してる若い村人は大体こいつ。しかし義理にも厚く、リーバーが来たとき「手伝うぜ」とノーフェイスに声をかけてたのもこいつ。
たまに生きたまま食われても悲鳴を上げないキャラがいるけどアレほんとやめてほしい。マジで救出が遅れる。