登場人物紹介
『サヴァン』
皮剥ぎ盗賊団の首領。スコーチランダーのおっさん。装備が妙にかっこいい。お前も人皮を着ろよ。
うろ覚えだがスケルトンの心理学を修めた元学者とか何とか自称していた気がする。何だスケルトンの心理学って。
懸賞金50,000cat。いや低い低い。どう考えてもこいつらの狂気に見合った額じゃない。もっと出せるだろ都市連合。
とはいえ、デッドランドを目指すのに大所帯ではかえって効率が悪い。目的が買い物なら尚更だ。
襲われてもひたすら逃げれば良いだけなのだから、なんなら武器すら必要ない。……というのはさすがに大げさだが、とにかく過剰な戦力は不要だ。
私と少年、そして荷物持ちのハイブ(私が留守の間にぐうたらしていたらしく少し太った)がいれば十分だろう。
だが少年が行くとなれば、必然的に復讐者の女と舌なしのハイブ人もついてくる。
村の若者たちも面白半分に同行を願い出たが、私が許可しなかった。
この先重要になりうる戦力を、たかが買い物くらいで失うリスクは冒せない。未開の地の探索に不慣れな者だと、ふとした拍子に足を滑らせ、酸の湖の餌食になることもありえるからだ。そうしたアクシデントには、多人数よりごく少数の方が手早く対応できる。
彼らは若者らしく冒険心に飢えているようだが、今回は諦めてもらった。彼らの助けを借りる機会はこの先いくらでもあるだろう。その時まで我慢してもらえばいい。
翌日の朝、「やっぱり行きたくない」とボヤいた私に復讐者の女は軽蔑の視線を向けたあと(お前にそんな目で見られる筋合いはない)、首根っこを掴んで村まで引きずっていった。
そうしてなんやかんやごたついてから、私たちの北西への旅が始まった。青地の浜にしばしの別れを告げ、赤い砂漠に足を踏み入れた。
ガットの只中を直進した方が近道ではあるのだが、そのルートはさすがの少年でも選ばなかった。ビークシングに追いかけ回された記憶がまだ新しいのだろう。連中に対する恐怖はしっかりと根付いているに違いない(どうやらそうでもなかったらしい)。
砂丘の影に佇むアイソケット(半年ほど前に少年が世話になった奴隷鉱山)の真横を過ぎ、十時間ほど歩き通したあと、その日の夕刻にはウェイステーションに到着した。
急を要する旅路でもないため、今日はそこで羽を休めることになった。
錆びついてはいるが、それなりの鉄壁に守られた小さな(おそらく読者諸君の想像よりもずっと小さい)要塞のような場所だ。アウトランド以北にはこうした行商キャラバンのために用意された滞在地がいくつかある。
キャラバンが利用する場所ならばトレーダーズギルド、ひいては都市連合の管理下にありそうなものだが、どういうわけかそうでもないらしい。侍や憲兵の姿は見当たらず、ギルドの紋章も掲げられていないからだ。
私のような脛に傷のある連中にとっては憩いの場所だ。ご丁寧に整形外科医まで住み着いていることが多い(酒瓶片手にメスを振り回しているようなヤブ医者だ)。
都市で悪さをしたらどうぞここへ逃げ込んでください、と言わんばかりだ。
連合はこういう場所こそ真っ先に取り締まるべきだと思うが、やはり僻地ではそうしたくともできない、何かしがらみのようなものでもあるのだろうか。
確かにアウトランド周辺の人手不足は深刻だ。多少の犯罪に目を瞑ってでも人材を確保すべき、という言い分は理解できなくもない。
以前にも述べたかもしれないが、都市連合とギルドは決して一枚岩ではないのだ。
まあ、そんなことは別にどうでもいい。一番気になるのは、ウェイステーションをこんな場所に建てた所以である。
ここはジ・アイとヴェンジの中間地点に位置している。その名を知る者なら私の言いたいことは分かるだろう。
ジ・アイはともかく、ヴェンジは天より光線が振り注ぐ危険地帯だ。いや、この世界においては危険でない場所の方が珍しいのだが、遠目にもはっきり見える脅威というのはなかなかない。
雲間を貫く無数の極光が地を焦がし、砂をうねらせ燃え上がらせる様を見て、ここに定住地を作ろうなどと考える馬鹿がどれほどいるだろうか。
いちおうギリギリ射程圏外の位置にあるらしいが、そんなものは古代の衛星兵器(と呼ばれるものらしい)の匙加減だろう。たまたま気まぐれでおかしなところに撃つかもしれない。そうなったら焼かれるのは私たちだ。
全く冗談じゃない。ギリギリの場所にステーションを建てた者も馬鹿だが、もっと馬鹿な者を一人知っている。
そいつはヴェンジを避けるどころか「面白そうだからここを通ってみよう。近道だし」と出発前に地図を指してほざいたのだ(さすがの私もこのときばかりは手が出た)。
誰のことかはご想像にお任せする。
夕日に染まった砂丘を焦がす光線を見ながらBARで食事を摂り(気が気じゃなかった)、その後は隣の雑貨屋を少し冷やかした。日が沈んだ後は衛星兵器も活動を停止するので、安心して買い物を楽しむことができた。
宿の屋上に備え付けられたベンチで酒瓶をあおり(当然のように密造酒である)、私はすっかり上機嫌になっていた。
テーブルを囲った席には少年たちのほか、流れの傭兵やごろつきどももいたが、不思議とトラブルの類いは起きなかった。
ここの治安を守っている奇妙な格好の者たち(私のような浮浪者に見える)は常に周囲に目を光らせており、その視線は抜け目なく鋭い。
彼らを怒らせたら一体どうなるのか。ごろつきどもは私たちよりもそれをよく知っているらしい。復讐者の女に下品な視線を向けながらも、特に絡んでくるようなことはなかった。
酔っていたせいもあってよく覚えていないのだが、そのとき私は少年と色々なことを話し込んでいた気がする(覚えている範囲で後述する)。
都市連合の貴族たち、奴隷市場を中心に据えた自由経済の異質さ、拝火の教国の動向、彼らの教義に隠された秘密、人類を支配していたとされるスケルトンの古代帝国……などなど、難しいようなつまらないような興味深いような、そんな話だ。
ブラコン女は少年の膝を枕にぐっすり寝ていたし、舌なしハイブも酒に弱いせいでうとうとしていた。私の奴隷ハイブも聞いているのかいないのか、終始口を挟まなかったので、実質私と少年だけの会話となった。
都市連合に関することは概ね知らないふりをした。私の正体を悟られかねない情報は漏らさないし、今後も誰とも共有するつもりはない。
彼らの極端な女性蔑視や旧文明の機器を嫌う思想。それらは古代帝国から人類が独立したばかりの時代、強固な人間社会を築くのに極めて都合が良かったらしい。
厳格な男性優位社会は規律と生産性を高め(道徳や倫理が犠牲となる)、機械を遠ざけるのは古代帝国のスパイや盗聴、監視を警戒してのことだ。あとは共通の仮想敵を作ることによる人類の団結が利点か。
いずれにしろ、当時の治世において多くのメリットがあったからこそ今にまで続いているのだ。
問題なのは教義が強固で完璧過ぎたがゆえに遊びを挟むゆとりがなく、それゆえ現代の価値観にアップデートすることが叶わなかったことだという。
言うまでもないが、信仰とは信じることだ。不信を抱けばそれは神への裏切りである。いかなる苦難に晒されようとも、神の存在を信じ続けることこそが宗教の本質だ。
もしかして我々は間違っているのか。いや、そんなはずはない。神の言葉を疑うことは、神そのものを疑うことだ。そのような不義が許されるはずがない。一字一句変えてはならぬ。
真面目で勤勉で、馬鹿正直な者ほどこう考える。
厳格な教義に身も心も鍛えられた原理主義者が支配層に立ち続ければ、時代遅れの教義は永遠に守られるだろう。ゆえに彼らに変化はないし、発展もないのである。
次にスケルトンの古代帝国について話が及んだとき、少年は刀の白い鞘に結ばれた布を緩め、中から古そうな一枚の地図を引き抜いた。
どういう話の流れでそうなったのかは覚えていないが、とにかく彼はそれを私の前に広げて見せた。
「アッシュランドの地図だよ」
「……何だと?」
少年の何気ない一言に、私は思わず訊き返していた。
立ち上がって身を乗り出し、テーブルに置かれた古紙にじっと目を凝らす。
くだらない好奇心や冒険心をくすぐられたが故の反応ではない。本物偽物を問わず(あからさまな贋作なら見抜かれるだろうが)アッシュランドの情報は貴重だ。テックハンターに売り払えば大金になる。
私にはそれが本物かどうかの判断はつかなかったが、それには地形だけでなく、そこにある建造物の子細まで記されているように見えた(一箇所だけ赤い丸で囲んであった覚えがある)。
他には気が狂ったように書き殴られた文字が目立つが、少なくともそれらは私の知る限り、既存の言語ではない。
テーブルの上のランプの光だけでは、読み取れる情報などその程度のものだった。
目が疲れてきたためほどほどに切り上げ、私は椅子に座り直す。
「何処で手に入れた?」
「言っても信じないんじゃないかな」
少年は意味深にクスリと笑ってから、地図を畳んで元のところにしまった。